カテゴリー別アーカイブ: セックスの哲学

セックス哲学懇話会のお知らせ 3/10(金) 東京神田参加者話題提供者募集

2017年3月10日午後、東京神田で1年ぶりのセックス哲学懇話会を開催したいと思います。ざっくばらんなお茶会の形式でおこないます。話題提供したい方と、それを聞きながらお茶を飲みたい方を募集します。

日時:3月10日(金)15:00〜17:30
場所:神田駅前センタービル4F 神田駅前ホール
東京都千代田区鍛冶町2-7-3
http://www.kaigi-room.com/build/access/c002320.php

 

  1. 江口聡(京都女子大学)「エロティック・キャピタル論をどうするか」(仮)
  2. 相澤(東京経済大学)「70年代フランスのピル受容」

 

「セックスの哲学」や性にまつわる問題にアカデミックな興味のある方、また大学の授業方などについての情報交換をしたいなら誰でも参加できます。「セックスの哲学ってなんだ?」という方やセックスや哲学が苦手な方も歓迎します。詳細は江口 eguchi.satoshi@gmail.com にお問いあわせください。また、終了後、研究打合せのための懇親会でビールなどを飲むことを予定しております。


ワム!の「ラストクリスマス」は失恋の歌ではない

 

ジョージ・マイケル先生(Wham! )は私ものすごく好きで、デビューアルバムのラブマシーンあたりから死ぬほど聞いて、Last ChristmasやCareless Whisperもリアルタイムで楽しみました。クリスマスには必ずLast Christmasが流れるし、テイラースイフト先生とか多くの人がカバーしているけど、この曲の歌詞、ちゃんと理解されてないのではないかという気がします。

一般的な和訳・解釈 → http://ryugaku-kuchikomi.com/blog/last-christmas http://xn--tfrt83ip2e.biz/1056

まあシンプルな英語だし、訳はこんな感じでいいと思うんだけど、ちゃんと注目すべきところがある。

Last Christmas
I gave you my heart
But the very next day you gave it away.
This year
To save me from tears
I’ll give it to someone special.

去年のクリスマスに一発やったけど次の日にはもう他人、というワンチャン・ワンナイトの歌なのははっきりしてますよね。そんで、今年はやり逃げされて泣きたくないから、「特別な人」とセックスするつもりです、という歌です。

しかしここでひっかかるべきなんすよ。someone specialってどういうことよ。「今年は誰か特別なひととしますよ」って、なんじゃないな。今年は「大好きな彼女/彼氏としますよ」ならわかるのに、「誰か」とするっていうのは、つまり、スペシャルなひとはまだいないわけですわ。

Once bitten and twice shy
I keep my distance
But you still catch my eye.
Tell me, baby,
Do you recognize me?
Well,
It’s been a year,
It doesn’t surprise me
(Merry Christmas)

一回ひどい目にあったから、今年は遠巻きにしておいります、でも君はやっぱりイケメンか美人かで僕の目をひくなあ。んで、「君、僕のことわかる?」ですよ。こんな異常なセリフを言う機会っていうのはあんまりないですよね。20年ぶりの同窓会とかであって、「僕のことわかる?」ってのだったらありですわ。でも去年のクリスマスにセックスしてるのに「僕のことおぼえてますか?まあ覚えてなくても、1年前だからしょうがないねえ」っていう関係って、どういう関係なんすか。

I wrapped it up and sent it
With a note saying, “I love you,”
I meant it
Now I know what a fool I’ve been.
But if you kissed me now
I know you’d fool me again.

なんかカードみたいなに「アイラブユー」って書いて渡すとセックスできるわけです。そういうのやって、去年はひどいめにあったけど、もしいま僕にキスしてくれたら、君はまた僕をひどい目にあわせることができるよ。つまり、いまちゅーしてくれたら、今年もセックスお願いするですよ、という歌です。

A crowded room,
Friends with tired eyes.
I’m hiding from you
And your soul of ice.
My god I thought you were someone to rely on.
Me? I guess I was a shoulder to cry on.

その場所はたくさんの人がいるパーティールーム、みんなお友達だけどコカインとかマリファナとかやばい薬とかもやっててみんなやばい目をしている。君は氷のように冷たい奴だ。去年は信頼できる人だと思ってセックスしたけど、君は僕を単なる寂しさをまぎらわせるセックスオブジェクトとしてつかいましたね。許しません。

A face on a lover with a fire in his heart.
A man under cover but you tore me apart, ooh-hoo.

ここはちょっとむずかしい。a man under coverは相手のことだろうと思う。業界でいういわゆる「クローゼット」かな。いやちがうな。

Now I’ve found a real love, you’ll never fool me again.

ここが一番のポイントでむずかしい。

一つの解釈は、「もうほんとうの恋人見つけたから、君にひどいめにあわされることはないよ」。でもあとで出てくるように、その恋人とは今年のクリスマスはセックスしないのです。

もう一つの解釈は、ここで見つけた「本当の恋人」っていうのは、実はこのyouなんよ。去年は遊びだったけど、今年は本気でセックスしようじゃないか、と解釈することもできると思う。あるいは強がりか。

Maybe next year I’ll give it to someone
I’ll give it to someone special.

ここを見逃してはいかん!いつのまにか、まあ来年は特別な人とするわ、になってるじゃないの!つまり、今年はけっきょく去年と同じように誰だかわからない君とチューしてセックスしてしますしますぜひやりましょう、特別な人は来年の話ということにして、今年はやっぱり君とカジュアルセックスセックスイエース、ワンナイで。

もうちょっと好意的に解釈して、去年は君は特別な人じゃなかった、今年もまだ特別な人じゃない、でも今日セックスして、来年までおつきあい続けて特別な人になってくれたらいいね、ぐらい。

まあつまりこの曲は、非常に華やかで性的に乱脈とされるようなパーティーで一発やることを歌っているわけです。まあ80年代ってそういう時代だったんよね。それがエイズ問題とかにつながるわけです。

ちなみにマイケル先生はワム解散して某事件をきっかけにゲイのカミングアウトする前に、自伝みたいなの出してるんですが、「ぼくらワムの頃はもててもててしょうがなくて、そういうのも好きだったんで目の前を動くものはなんでもf**kしてたよ」みたいなことを語っています。そんなロマンチックな人ではないのです。

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ジョージ・マイケル先生はあとで(1996)、Fastloveっていう超名曲作ってるけど、そっちはもっとはっきりとそういう世界を描いてますわね。

 

 


ファレル先生のBlurred Linesは危険な歌(R18)

ついでだからもう1個音楽の話。

私は情報に疎いので数年遅れてヒット曲を聞くことが多いのですが、今年聞いて一番イカれたのはRobin ThickeのBlurred Linesかな。この人に「先生」がつかないのはあんま好きじゃないから。イケメンだし。敵。

まあ音楽もいいけど、PVがものすごくセクシーですわね。特にエミリー・ラタコウスキー先生はものすごいエロチックキャピタルで、昔のナスターシャキンスキー並ね。演技できるかどうか知らんけど。とにかくこんなPV見せられたらひとたまりもない。

 

このBlurred Linesはセックス哲学的にいろいろおもしろいところがあるんですわ。まあ日本でも今年たてつづけに数件事件が起きてるけど、何回もこのブログで書いてるように、アメリカの大学でも女の子を酔っ払わせてレイプする、とかって事件は多いわけです。このBlurred Linesはそういう文化(「レイプ・カルチャー」)を背景にしていて、まあ「楽しく飲んでセックスしようぜ、セックスさせてくれる君は「いい娘・グッドガール」ってな曲なわけです。あ、歌詞はこの方が訳詞してくれてる。えらい。

http://lyricandrhyme.blogspot.jp/2013/06/robin-thicke-blurred-lines-featti.html

いかにもデートレイプやパーティーレイプみたいなのを連想させる歌詞なので、イギリスの大学とかでは学内放送で流すのを禁止した、みたいなニュースが流れてるんね。

https://www.theguardian.com/music/2013/nov/12/robin-thicke-blurred-lines-banned-another-university

曲を作ったファレル・ウィリアムズ先生(こっちは「先生」)自身は、そういう歌じゃないよって弁明している。

http://www.independent.co.uk/arts-entertainment/music/news/pharrell-williams-defends-blurred-lines-the-song-came-from-a-decent-place-9801336.html

まあこれは微妙ねえ。そういうの好きな人々は男女問わずいるかもしれんしねえ。よくわからん世界だけど、ネット見たり、話聞いたり、クラブとか行ってみると、たしかにあるようだ、っていう予感はありますね。

今日はまあそれについてなんか書きたいわけじゃなくて、このPVの作り方とラタコウスキー先生についてあれしたいんだけど、他の二人はともかく、ラタコフスキー先生の演技は、これは人間ではないわよね。むしろセックスロボット・アンドロイドとかを真似てる感じ。エロ心を刺激するっての以外の感情や思考みたいなのを感じられない。ほかの二人はまだ人間らしい。

ちょっっと前にオーストラリアの偉い哲学者が来て、飲み屋でセックスロボットとセックス哲学の話をしたんですが(講演は出られなかった)、「日本には昔からセックスロボット、セックスアンドロイドの歴史があるよ」みたいな話したんですわ。石ノ森章太郎先生の『セックサドール』と、松本零士先生の『セクサロイド』ね。特に松本先生のはけっこう読まれたんちゃうかな。もちろん、『宇宙戦艦ヤマト』と『銀河鉄道999』で我々の世代に与えた影響はでかい。小学生・中学生、どうしても読んじゃうわよねえ。あれはいかんかった。ははは。松本先生北欧〜スラブ系の女子好きだから、PV見てすぐに連想しちゃいました。うわメーテル、じゃなくてユキやシヌノラだ。

 

 

セクサロイド(1)

セクサロイド(1)

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まあそういう男のファンタジーみたいなのをこのPVはものすごくうまく刺激していて、脳味噌のどっかを局所的に刺激されているような感じがする。ほとんど暴力か洗脳。モデルもすごいけど、PV自体がすごいテクノロジーに支えられてる。誰が作ったのかというと、これが女性でダイアン・マンテル先生って人なのね。ダンスの振り付けとかもしてるのね。すごすぎ、っていうかSex Sellsっていう原則を隅から隅まで知りつくしている感じ。

R-18バージョンもある(「Blurred Lines unrated」でyoutube検索)けど、18才未満とエロが嫌いな人は見てはいけません。同じようなのもんだけど、私はRestrictedバージョンの方ができがよいと思う。

まあそういうんで、この曲がレイプカルチャーを代表するかどうかはわからんけど、性の商品化や女性のモノ化みたいなのを表現しているのはそうなんだと思う。とにかく、あえて人間じゃないんだもんよ。私にはそう見えるね。

まあこの曲聞いたときはロビンシック先生はイケメンすぎていやな感じだと思ったけど、でもやっぱり過去のマーヴィンゲイやジェームズブラウン先生たちをリスペクトした名曲だな、とか思った。んでファレル先生聞いてみると、この人はほんとにすばらしいミュージシャンなのね。

この曲にはほんとうにイカれた。おれたちそれぞれいろいろあるけど、ハッピーだから手を叩こうぜ。これほど過去のR&B作品とポジティブなその他の文化、特に黒人音楽に対するリスペクトが感じられる曲はめったにない。

 

ものすごいプロダクションの成果で、正直一日中何回も聞いてられるし、そういうサイトもある

次の曲も、単に女の子酔わせてセックスしよう、って曲じゃないね。アリシアキーズ先生がフィーチャーされてるけど、歌詞もすごくいいので調べてみてちょ。

 

和訳はここ。えらい。

Vol.4 強く働く女性へ向けた応援歌。『Know Who You Are / Pharrell Williams feat. Alicia Keys』

 

まあこういう曲の影響で、どうしてもファレル先生には甘くなりますね。ロビンシックはどうでもいいけどファレル先生には逆らえない。

まあそんなこんなで、性の商品化とかポップカルチャーとかおもしろいなあ、みたいな最近。


追記。

これ忘れてた。こういうパロディーがけっこうある。

 

 


ビヨンセ先生のRun the Worldはセックスワーク/エロティックキャピタルの歌

数日前、ビヨンセ先生のRun the WorldのPVを見る機会があって、圧倒されました。昔の曲だし、かなり売れたので、一部は聞いたことあったはずだし、それに合わせてダンスする日本の女子たちも何回もみている気がするんですが、だいたい通りすがりで見るだけなので、「ドラムだけのへんな曲だなあ、私自分では黒人音楽好きだとか言ってたけど、こういうのはもうついていけないな、もう老人だから」みたいに思ってた。集中して聞いたりPV見たりしたことがなかった。しかしこれすごい曲じゃないっすか。

 

歌詞の和訳は http://ameblo.jp/daruma-korokoro/entry-11619444505.html この方が試みていて、えらい。そんなすぐに分かる歌詞ではないので、英語得意な人がこういうのやってくれるのはありがたい。

ただ、Who run the world – Girls!のところは、現に誰が動かしているのか、って意味だったら Who run_s_ the worldになりそうで、文法的には仮定法とか叙想法とか言われてるやつなのではないか、つまり、「誰が動かしているですか」ではなく「これから誰が動かすべきなの?」「ほんとうは誰が動かすの?」みたいなのではないか。という気がするけど、これから偉い人に質問する予定です。「世の中動かすのは誰だ?」「ガールだ!」ぐらいか。うしろでもgilrsが世界をtake over引き継ぐって歌ってるしね。でもまだちょっとわからん。

まあそれはそれとして、名曲っすよね。歌詞の内容は日本では女性を応援するものだ、ぐらいに解釈されているみたいで、それはそうなんですが、内容とPV読めば、まずはセックスワーカーを擁護する歌ですわね。エッチな格好をしてPay Me! っていってるし。テキサス・ヒューストンって地名が出てくるけど、ここはなんか売買春は盛んだけど差別もひどいところなんかな。去年(2015)もセックスワーカーの人々が大量逮捕とかされてるし。

まあもちろんセックスワークに限ったことではなく、(どんな方法であれ)自分でお金を稼ぐ女性をちゃんとリスペクトしろ、って歌ね。

だいたいこの曲は、ミリタリーとトライバルをあわせた暴力的なビートの上でCm、というかCmのキーの上でフリジアンという短調系のスケールの上で動いてアジりにアジってて、ちょっとだけ出てくるコーラスや薄い和音も、マイナー系がおおいんですが、何回聞いても感動するのが、4:20のところでいきなりAb – Cという堂々としたドミソが響くところね。これは音楽理論的にどうなってるのか詳しくは知らないけど、それまでの、打楽器中心の戦闘的で暴力的な展開からするとものすごく意外で快感がある 1)このAb-Cっていう3度飛ぶやつはモーダルインターチェンジとかって技で、ジミヘンやドアーズあたりのロックではけっこう多用されてるんですが、こんなに効果的なのは聞いたことがない。 。ベートーベン並の完全な勝利の響きで、そこでガールズたちが飛び跳ねてるのもすばらしい。歌詞の内容に対する賛同の有無はともかく、ものすごく力がある。

ちなみに最後は男子への敬礼でキメてるんだけど、これは「あんたらが我々をちゃんと扱うなら、我々もあんたらをまともに扱うよ」ってな感じっすかね。この敬礼がないとたしかになんか締まらなくて、ライブでも必ずやってますね。まあ時代的にPVに描かれている警察・機動隊だけじゃなく、中東の軍隊や暴力の話も裏にはありますよね。

まあ実は個人的にはこれに感心する下地があって、今年一番影響を受け目からウロコが落ちる思いをしたのは、キャサリン・ハキム先生という社会学者の、『エロティック・キャピタル』という本なんですわ。「すべてが手に入る自分磨き」ってなんじゃないなってんで誰も手に取らないかもしれないけど、実はちゃんとした社会学の本。

 

エロティック・キャピタル すべてが手に入る自分磨き
キャサリン・ハキム
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これは、社会ではエロティックな魅力っていうのはものすごく重要だって主張している。容姿、化粧やファッションセンス、動作その他のセックスアピール、社交スキル、明るさ・快活さ、セックスのうまさといった資源(資産)をもっているひとは社会的にものすごく成功する。そして当然のことながら、そうしたエロティックな魅力っていうのは、男に比べて女の方がはるかに多く持っている。

男は女のエロティックな魅力や能力に圧倒されていて、歴史的にはそれを社会的に抑えつけるような制度を作ってきた。典型的にはセックスワーカーにたいする差別・侮蔑というのはそういうところから来ている。まあそうやって搾取もしている。女がエロティックな魅力を自由に使えたら、男とかひとたまりもないもんね。言うなり。

個々の女性を見ても、自分のエロティックな魅力を磨き活用している人々(典型的にはセックスワーカーや接客業)は、そうでない人々より自己評価が高いし、男女平等を信じ、また奥せずいろんなタイプの人間と堂々と交渉することができるようになるそうな。

ハキム先生は、従来のフェミニストは、男性の女性嫌悪というかエロティックキャピタルに対する抑圧をそのまんま内面化しているから有害なところがあった、そうしたセックス嫌悪・エロティック嫌悪みたいなのは捨ててしまえ、みたいな議論をするわけです。まあいろいろと面白い本なので、フェミニズムやセックスや社会に関心ある人はぜひ読んでほしいですね。

まあそういうんで、そういうの考えながら聞いたこの曲ってのはまさにエロティックキャピタル満開ですごいな、それの歌なのだな、とか。ハキム先生の本は2010年なので、ビヨンセ先生読んでるかもしれないし、まあ読んでないとして、そうした女性のエロ能力を解放して自立して世界を支配しようっていうのはまあすごい。ビヨンセ先生がフェミニストかどうかというのはかなり重要な話題のようですが、私はやっぱり21世紀のフェミニストなんじゃないかと思う。エロティックキャピタルとかセックスワークとかについては、国内でももうちょっと議論が必要だな、みたいな。

ハキム先生の本についてはこれからいろいろ言及することが増えると思います。日本でももっと読まれるべき本だと思う。もちろん批判もしたらいい。

 

ライブもプロジェクション使っててかっこいいよ。


References   [ + ]

1. このAb-Cっていう3度飛ぶやつはモーダルインターチェンジとかって技で、ジミヘンやドアーズあたりのロックではけっこう多用されてるんですが、こんなに効果的なのは聞いたことがない。

サロメさんのダンスいろいろ

以下R18。某授業でサロメさんのダンスを見せられるか検討。

ヘロデ王が軍服でいかにもエロそうでエロ点数高い。最後があれで授業では使えない気がする。

 

 

これは衣装とか演出とかまあそれらしくてトップレスまではいかんからこれくらいなら許されるのかどうか。無理か。

 

これも大丈夫か。

 

リヒャルトシュトラウス先生にこだわらないとケンラッセル先生のやつが好きなんだけど、まああれね。

 

まあやめといた方がよさそう、という結論。

まあこの曲、音楽的にすごくいいか、っていうとリヒャルトシュトラウス先生のとしてはそれほどすばらしくよいというわけでもない微妙な感じだし、あんまり価値ないかなあ。

しかしまあオペラとかその手のものっていうのはどれもこれもエロくて、学生様にはフィガロの結婚やドンジョヴァンニでさえ、その標準的な解釈を教えただけでびっくりするみたいね。昨日は「カタログの歌」「シャンパンの歌」「お手をどうぞ」の3曲セット。みんなまじめそうな顔をしてそんなものを見てるのか!みたいな。そこで西洋文化ってのはそういうもんです、とダメ押す。

まあそれは教養科目とかって名前ついてたりするわけで、教養っていったいなんだろうね、それとエロ知識はどう違うのか、とか思ったり。実はあんまりちがわんのではないか。ははは。


旧約聖書の「雅歌」は桃色文書

聖書っていうのはぽつぽつ読んでるとおもしろいですよね。「コヘレトの書」とか名作だし、万葉集みたいな感じの「雅歌」もいい。聖書のガイドブックとしては、キリスト教信者の方々には怒られるかもしれないけど、架神恭介先生の『バカダークファンタジーとしての聖書入門』がおもしろいっす。

 

「バカダークファンタジー」としての聖書入門
架神恭介
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(雅歌 1:15-16)(この訳は新共同訳)

若者:恋人よ、あなたは美しい。
あなたは美しく、その目は鳩のよう

おとめ:恋しい人、美しいのはあなた
わたしの喜び。
わたしたちの寝床は緑の茂み。
レバノン杉が家の梁、糸杉が垂木。

架神先生の意訳だと

「素敵だ、キミの瞳は最高にエロチックだ」「あたなのことも大好き。……ねえ、外でエッチしない?」

ということだそうです。

次は雅歌4:12-16

私の妹、花嫁は、閉された園。
閉ざれた園、封じられた泉。
ほとりには、みごとな実を結ぶざくろの森。
ナルドやコフェルの花房。
ナルドやサフラン、菖蒲やシナモン
乳香の木、ミルラやアロエ
さまざまな、すばらしい香り草。
園の泉は命の水を汲むところ
レバノンの山から流れてくる水を。

これも架神先生にいわせると

「きみのアソコはざくろのパラダイス!」

意味わかりませんね。

おとめ:北風よ、目覚めよ
南風よ、吹け。
わたしの園を吹き抜けて
香りを振りまいておくれ。
恋しい人がこの園をわがものとして
このみごとな実を食べてくださるように。

これも一言でいうと

「あたしのざくろを食べて」

ということだそうです。これもわからん。その前の、風が吹いて園の香りがあのひとに届きますように、も私には意味がわからない。

この「秘密の花園」は松田聖子先生も歌ってますね。作詞は天才松本隆先生。これも意味がわかりません。世界には謎が多い。

 

 

まあ上の架神先生の本は、旧約・新約聖書のどこにどんな話あるのかざっと知るにはとてもよいので、一冊入手しておいたらどうでしょうか。

ところでまあ俗説だと西欧の歴史のなかで、古代ギリシア〜ローマはセックスに対して開放的で、ユダヤ教の流れは禁欲的、ってことになってるわけですが、これはどうもあやしいってことです。むしろギリシア系は禁欲的で、ユダヤ系はエッチなものに肯定的な評価をしていた、みたいな。

この本は非常に示唆的でした。

 

The Poisoning of Eros: Sexual Values in Conflict
Raymond J., Jr. Lawrence
Augustine Moore Pr

 


セックスの歴史書

 

作成中。自分でも何読んだかわからんようになってるし。

 

 

ちょっと難しめか。

愛と結婚とセクシュアリテの歴史―増補・愛とセクシュアリテの歴史
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古代

 

原書は1960年で古いがとてもおもしろい古典。古代ギリシアの同性愛、セックス、結婚などについてだいたいのことは書いてある。

愛の諸相―古代ギリシアの愛
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同性愛にしぼった名著。

古代ギリシアの同性愛

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近世

 


19世紀

 


20世紀


愛をめぐるパスカル君とモンテーニュさん

最近実存主義はやってるみたいですね。ていうか実存主義はいつも「哲学」に興味ある読書好き学部生の心をひきつけてるんだけど、まあ哲学というよりは文学の領域にはいってるところも多くて、大学で「哲学」や「倫理学」教えてるような人間が授業でいじるにはむずかしいところもある。パスカルやショーペンハウエル、ニーチェあたりはもっぱら文学の人が扱ってますわね。キェルケゴールなんかも本来は北欧文学かなんかやってる人が扱うべき哲学者な気がする。あんまり証拠と論理を使って体系を組み上げていくてんじゃなくて、感覚的・感情的で、「こことここで矛盾してるぞ、整合的に解釈するとすれば〜」みたいな論文書きにくいし、文化や生活や当人の人生に密着しているからそういう文化や伝記的情報集めないと勝負しにくいし。

でもそういう人々が書くものっていうのはやっぱり魅力的で、読んでると「ああ、おれはテツガクしてるぅー」みたいな快があります。

恋愛の哲学といえば実存哲学者たちの独壇場ですわね。我々が台風のたびにお世話になっている哲学者・科学者パスカル先生はこんなこと書いてる。

けっこうイケメン。

けっこうイケメン。

ひとりの男が通行人を見るために窓に向かう。そこを通りかかったならば、彼が私を見るためにそこに向かったと言えるだろうか。否。なぜなら、彼は特に私について考えているのではないからである。ところが、誰かをその美しさのゆえに愛しているのものは、その人を愛しているのだろうか。否。なぜなら、その人を殺さずにその美しさを殺すであろう天然痘は、彼がもはやその人を愛さないようにするだろうからである。

そして、もし人が私の判断、私の記憶のゆえに私を愛しているのなら、その人はこの「私」を愛しているのだろうか。否。なぜなら、私はこれらの性質を、私自身を失わないでも、失いうるからである。このように身体の中にも、魂の中にもないとするなら、この「私」というものは一体どこにあるのだろうか? 滅びるものである以上、「私」そのものを作っているのではないこれらの性質のためではなしに、一体どうやって身体や魂を愛することができるのだろう。なぜなら、人は、ある人の魂の実体を、その中にどんな性質があろうともかまわずに、抽象的に愛するだろうか。そんなことはできないし、また正しくもないからである。だから人は、決して人そのものを愛するのではなく、その性質だけを愛しているのである。

したがって公職や役目のゆえに尊敬される人達をあざけるべきではない。なぜなら、ひとは、だれをもその借り物の性質のゆえにしか愛さないからである。(パスカル『パンセ』323)

これ、いつも人気の「「私ってなんだろう」っていう問いと、恋愛や友情の問題を結びつけたものすごく有名な箇所です。(パスカル先生の『パンセ』はこういう断片のよせあつめ。メモ書いといてあとで本にしようとしてたらしいけど完成する前に死んじゃった)

まあ人を愛するっていうのはどういうことか、ですわね。「〜くんが好き」とかいったって、それになんか理由(東大卒だから)がつくんであれば、そんなものになんの価値があるのか、というわけですわ。美人だからイケメンだから、お金持ちだから東大卒だから三井物産だからフジテレビだから、というその人のもつ属性や肩書を愛しているにすぎない。

ところが「人間は中身だ」とかっていったって、それもまた属性や性質にすぎない。「私そのもの」なんてのはどこにもないんじゃないの、んじゃいったい他人を愛するとかってどういうことなの、そももそも私ってなんなの、ぜんぶ借り物じゃん、みたいな。いいっすねえ。

でもだからどうなの、みたいなのもある。

まあこのパスカル先生の文章は、私の理解では、モンテーニュ先生の『エセー』の「友情について」に対する注釈になってるんよね。

恋愛や友情といった人々を結びつける力は、わしらの生活のなかでものすごく重要で 1)おそらく一番重要。 、人生について考える哲学者たちは皆それについて考えている。ソッソッソクラテスもプラトンもニッニッニーチェもサルトルも、みんなそういうのに悩んで大きくなった

このブログでも書いてると思うけど、プラトン〜アリストテレスのラインでの問題は、恋愛や友愛ってのにはよい関係と悪い関係があり、われわれは関係を同定しそれをもつようにしなきゃなんてことでしわね。

 

たとえばアリストテレス先生によれば、ピリア(友愛)には(1) 快楽によるもの、(2) 有用性によるもの、(3) 美徳によるもの、の三種がある。(1)のは美人イケメンとセックスしたり冗談で笑ったりするのは楽しいからおつきあいする、(2)のはお金持ちや家事うまい人といるのは便利だからおつきあいする、ってので、まあアリストテレス先生はそれが悪いとは言わないけけど、そんな価値のあるものではないと言う。優れた人間関係とは(3)のお互いの美徳を認めあい、それがお互いにさらに伸びることを期待しあう関係だ、と。

モンテーニュ先生は、こういう古代哲学に学んだセックス論や友情論を検討して、(3)の関係ってのはやっぱり男どうしだね、お互いのよいところを認め喜ぶのが友情だよ、うまくすれば一心同体ってくらいうまくいくよ、女性とのエッチな恋愛よりも男どうしの友情がいいよね、ぼくにも二十ぐらいのときにすごく仲のよい友達がいたんだよ、そいつの名前はエチエンヌ・ド・ラ・ボエシ 2)ボエシ君は実はちゃんとした先生で、邦訳もこのまえやっと出た。『自発的隷属論』。Wikipedia項目はまだないね。君さ、ほんとうによい友達だったんだ、生涯のベストフレンドだった、好きだったんだよ、でも早死にしちゃったんだってな話をするわけだ。まあ青年期の友情論の最高峰。

イケメンとは言えないけど、ボルドーの殿様だからまあ女は自由自在。

イケメンとは言えないけど、ボルドーの殿様だからまあ女は自由自在。艶福家であったのはまちがいないところ。

要するに、われわれが普通、友人と呼び、友情と呼んでいるものは、何かの機会もしくは利益のために結ばれた知友関係や親交にすぎないものであって、われわれの心もただその点でつながっているにすぎない。ところが私の言う友情においては、二人の心は渾然と溶け合っていて、縫目もわからぬほどである。もしも人から、なぜ彼を愛したのかと問いつめられたら、「それは彼であったから、それは私であったから」と答える以外には、何とも言いようがないように思う。(『エセー』第1巻28章「友情について」)

てなBLラブ好きな女子が鼻血出しそうなところが出てくるわけっすわ。パスカル青年はものすごくかしこかったけど、ぐだぐだ内省ばかりしてそういう友達もてなかった寂しい男。モンテーニュ先生が友情も恋愛もセックスも手に入れて、人生十分に楽しんだのに対して憎しみみたいなものさえもってたかもしれない。モンテーニュの下品なところとか淫らなところとか許せん!なんでそんなに楽しいのだ!みたいなことけっこう書いてる。でもだからこそ、実存主義者の元祖なのだ。ちなみにニーチェ先生は、「パスカルみたいな優れた人間を破滅させたのはキリスト教だ!禁欲的すぎる!許せん!」みたいに怒ってる。実存主義おもしろいっすよね。みんなどんどん読みましょう。

 

パスカルのパンセは文庫で安いので、適当に買っといて寝る前に一言だけ読み、「どういう意味だろう?」とか考えながら寝る、ぐらいがかっこいい。モンテーニュ先生の『エセー』はどこを読んでもものすごくおもしろいので、もう白水社の赤いやつの抄訳じゃなくて全部読みたい。特に『ウェルギリウスの詩句について』は恋愛とセックスに興味ある人はマスト。「習慣について」もおもしろくて、ああいうの読むとブログ書きたくなるはず。

 

 

パンセ (中公文庫)

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エセーの全巻は岩波文庫。どうせだったら大きな版のやつを買いたい。

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References   [ + ]

1. おそらく一番重要。
2. ボエシ君は実はちゃんとした先生で、邦訳もこのまえやっと出た。『自発的隷属論』。Wikipedia項目はまだないね。

プラトン先生の『パイドロス』でのよいエロスと悪いエロス、または見ていたい女の子と彼女にしたい女の子

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プラトン先生の『パイドロス』の話については、最初にあらわれる弁論家リュシアスの「少年は自分に恋していない人間に身をまかせるべきである」(= セックスは自分の利益になるような相手とするべきだ→だから君に恋していない僕とおつきあいしてセックスしましょう)という議論について、けっこう昔に一部だけ書いたんですが、この本おもしろいけど全体にかなり難しいんですよね。まあプラトン先生は詩人っぽくてでよくわからん。情熱がからまわりしているようなところがあるっていうか。アリストテレス先生なんか落ちついてて大人だなって思いますけどね。

まあそもそもプラトン先生はエロスにとりつかれた人で、かつ先生に言わせればエロス(恋愛)は狂気なんすわ。

〔恋する者は〕母を忘れ、兄弟を忘れ、友を忘れ、あらゆる人を忘れる。財産をかえりみずにこれを失なっても、少しも意に介さない。それまで自分が誇りにしていた、規則にはまったことも、体裁のよいことも、すべてこれをないがしろにして、甘んじて奴隷の身となり、人が許してくれさえすればどのようなところにでも横になって、恋いこがれているその人のできるだけ近くで、夜を過そうとする。(252A)

まあおそらくそういうタイプの恋愛をみんながするわけじゃないけど、なんか延々恋バナはじめちゃったり、瞳孔開いちゃったりする人はいるように思いますね。うしじまいい肉先生というひとが「恋愛では気が狂わないように注意しましょう」みたいなことを言ってるんですが、まあ狂っちゃう人っている。

前に紹介したリュシアス先生の言い分はエロス(恋)はそういうふうに危険だから、冷静に自分の利益になる人と愛人契約とか結んでおつきあいした方がいいですよ、ってな話だったわけです。

そのあとどう進むかっていうとうまく説明できない。とりあえずそのあとソクラテスが恋愛の話を二回やるんですわ。私の素人読みだと、一回目は悪いタイプの恋愛、二回目は良いタイプの恋愛についてなんか言ってる。

非常におおざっぱにいって、恋(エロス)ってのは欲望ですよ、と。しかし人間のもってる欲望には、生まれつきの快楽への欲望と、後天的な善への欲望の二種類があるのです、てことらしい。

この快楽や身体的な美への欲望ってのはよくなくて、そういう欲望にしたがうことは有害だ、ということらしいです。そういう快楽への欲望に動かされていると、まず当然、快楽をもたらしてくれる相手にエロスを感じることになるわけですわね。んで、自分に逆らうような人ってのは不愉快だから、自分の言うことを聞くような相手が望ましい。自分より相手の方が優れてるってことになると自分のだめさを思いしらされたりするから、相手はダメな方がいい。なんかそういうのあるかもしれませんね。「お前はだめな女だから俺が守ってやる」とか「だめな人で私がいないともっとだめになっちゃうから」とかそういう感じですか。

さらに悪いことに、相手が精進して立派に偉くなると自分に快楽を与えなくなってしまうから、相手が立派になるのを妨げようとする。人間というのは、いろんな人々、特に立派な人々と交流しているとだんだん考え方とか向上するわけですが、それを好ましく思えない。「あんな奴らとはつきあうな」ですわね。さらに、自分だけを見ていたいから他の人間とは会うな、とかになるわけです。相手が孤独であれば自分を頼りにするしかないわけだし。肉体的にも快楽を求める人っていうのは、相手が柔和で色白で人工的な装いをしているのを好む。逞しい体はだめだ、みたいになっちゃう。

さらには、そういう快楽ってのはあんまり長続きしなくて、けっきょくそのうち慣れちゃってあんまりおもしろくなくなる。快楽のためにおつきあいしているんだから、快楽があんまりなくなっちゃったら捨てちゃおうってなことになる。

まあそういう話をソクラテスはまずするわけです。これ、一部は前に紹介したリュシアス先生の弁論と共通する部分がありますね。リュシアスは「恋(エロス)」より利益のある冷静なおつきあいがいいのだ、って言うわけだけど、ソクラテス先生はエロスにも二種類あって、悪いエロスの方はこんなだめな関係になりますよ、っていうわけです。

でもソクラテス先生はこの話途中でやめちゃうんですよね。なんか自分が考えてるのと違うぞ、ってことらしい。エロスにはもっとよい面があるよ、善いものを求めるエロスの方がいいものだよ、って話をするわけです。こっから先がものすごく面倒な話していて、私のような素人にはちょっと歯が立たない感じですね。

まあしょうがないので非常に簡単にいってしまうと、エロスはたしかに狂気なんだけど、よいエロスはよい狂気ですよ、と。人間の魂は二頭立ての馬車で、資質も血筋もよい白馬(欲望)とその反対の黒い馬(気概)、そしてその二匹を操る馭者(知性)で成立していて 1)『国家』でも出てくるいわゆるプラトンの魂の三分説。 、馭者が馬たちをうまくコントロールした場合、恋愛は当人と相手を高めるのです、みたいな。でもよくわからん。プラトン先生らしくなんか夢かうわごとみたいなことを言ってるようにも思えたり。

まあこれ読んでる人はこういうところまで興味あるかどうかわからないし、専門家の書いたもの読んでもらった方がいいかもしれません。確認してないけど、納冨先生のとかに書いてるような気がする。

 

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まあむしろ、恋愛にはこういうお互いにダメになっちゃうやつと、お互いが向上するやつがありますよ、っていうのはプラトン以来ずーっと日本の文科省教科書まで続く伝統があるわけですわ。まあ恋愛するなとは言えないから、お互いを高めあいましょう、みたいな。どうやってなにを高めるのかよくわからんですが。『相手と自分を高めるエロス』とかあったら読んでみるべきですかね。叶恭子先生あたりが書いてそうだ。amazonで売ってるだろうか。

数年前、こういうイラストがツイッターとかで流れてたんですが、これおもしろいですよね。

「見ていたい女の子」はかっこよくて強くて優れてる。見てたい。でも彼女にするには強すぎる。彼女にしたい女の子っていうのはそれほど優れてはいないし弱いしそれほど美人でもなくあんまりモテないかもしれない感じ。これって、上のプラトン先生の観察によく合ってますよね、ってな話。


References   [ + ]

1. 『国家』でも出てくるいわゆるプラトンの魂の三分説。

エッチな絵からギリシア神話を学ぼう

「教養科目」みたいなの担当していて、まあ低学年の学生様に教養っぽいことをしゃべらなきゃなりません。来週は古代ギリシアとか、その神話とかをやる予定。ちゃんと正確に知らんことをしゃべっていいのか、みたいなことも悩みますが、まあ教養っていうのはそういうものでもあるような気がするからそれでいいのか。
ガイジンの名前っておぼえにくいので、哲学者とかは肖像画とか写真とか見せてるわけですが、神様たちの写真ってのはなくてこまりますね。しょうがないから想像した絵画で代用しようかな、とか。でもこういうの見せたらセクハラで逮捕されて失職してしまうな、とか考えたり。
 西洋では20世紀まで裸の女性とか描いちゃだめ、ってことになってたので、どうしても裸描きたい画家たちはギリシア神話とか使って描くわけですね。同時代の生身の女性はわいせつでだめだけど、まあ神話ってことならしょうがない、とかってことになってたみたい。意味不明ですが、まあそういう言い訳が必要な時代もあった。そういう抑圧とかもあって、神話使った絵画はエロくてよいものです。

アプロディテ/ヴィーナス

古代ローマ人ってのは戦争が強くて帝国なんか作っちゃったりしますが、あんまり文化的じゃないんで、お隣のギリシア世界の文化や学問を輸入して自分たちのものだ、って言いはったりしてたようです。美の女神アプロディテさんはウェヌスさん、とかって名前つけられちゃったりする。それの英語読みがヴィーナスさんですわね。
この神様は美と愛欲と快楽の神様。お父さんのウラノスさんが、事情でチンチン切り落とされてそれが海に落ちてでてきた泡から生まれたということになってます。火と鍛冶の神様ヘパイストスさんの妻だけど、イケメン勇者と浮気したりもします。その子供がエロスだという説もある。もうエッチといえばアプロディテ/ヴィーナスの営みですわ。
ブグロー先生のこの有名な絵はすばらしいっすね。多くの人は、女子に生まれたら一回このポーズとってみたいと思ってるんではないでしょうか。
好きなの探してくさい。

ダナエさん。

最強の神様ゼウスさんは女ぐせがものすご悪い。いろんな女性と関係をもちます。う、うらやましくなんてないんだからねっ!
たとえばこのダナエさんは、ゼウスさんに手をつけられて妊娠して勇者ペルセウス君を生みます。どうもこのとき、ゼウスさんは黄金の雨となってダナエさんを襲ったとか。意味わかりませんね。なんか後代になると、黄金の雨じゃなくて金貨になって降り注いだとか。こっちは少しわかるような気がする。
ここらへんで好きなの探してくさい。私クリムト先生のが好き。
ゼウス先生は鬼畜なので他にもいろいろ悪いことしてます。「ゼウスとレダ」「ゼウスとエウロペ」とかで検索してみてください。

パリスの審判

ゼウスの妻ヘラ(ユーノー)、知恵と戦争の女神アテナ(ミネルウァ)、美の神アプロディテ(ウェヌス)の三大女神様が競演している絵がたくあんあります。神様たちの結婚式に、みんな呼ばれたのに不和の神様のエリスさんだけ呼ばれなくて(いやな人だったんしょね)、それを怒った(怒りますわね)エリスさんが宴会に乱入して「この黄金のリンゴを、いちばーん美人の女神様にあげますわ」とかって宣言する。ギリシアの神様は見栄も張るし、悪いこともすればケンカもする非常に人間っぽい人々です。人間からの貢ぎ物がないとお腹空いちゃうような人々でけっこう経営たいへんそう。
美人コンテストに立候補したのが美人自慢のヘラとアテナとアプロディテさんで大喧嘩になり、困ったゼウスさんが「ほんとは王子だけどいま羊飼いやってるパリスってやつに決めさようじゃないか」みたいな馬鹿な提案をする。一番偉いんだから自分で決めりゃいいのに。っていうか「うちの嫁のヘラが一番だ嫁が最高」ぐらい言ってあげたらいいのにね。
んで、女神さまたちはワイロを使う(!)。悪いやつらだ。美人コンテストというのはそういうものなのですな。ヘラさんは「私を一番にしたら王様にしてあげます」、アテナさんは「戦争したら勝たせてあげます」、アプロディテさんは「世界一の美人と結婚させてあげます」とか言うわけです。アプロディテさんはエッチなことが得意なんだから自分であれしたらいいのにねえ。権力か名誉か女か、ってんでパリスさんは女を選ぶ。んでその絶世の美女っていうのは峡谷スパルタの王様の奥さんのヘレネーさんで、パリスさんはうまいこと人妻と恋仲になりますが命の危険があるから自分の国に女連れて逃げる、怒ったスパルタ王様は「あいつら殺す」ってな感じで大戦争になってそれがトロイア戦争でしたとさ。
教訓としては、競争心と美人とエロと嫉妬はものすごく危険で、へたすると命を落しますよ、ぐらいですか。
この美人3人並べるっていうのは、シュープリームスとかTLCとかデスティニーズチャイルドとかキャンディーズとかまで繋ってるのかもしれなくて、なんか落ち着きがいいですね。
まあこういうの、絵に描かれている話を知るとものすごくおもしろいですわね。授業では見せられませんが、いろいろ勉強してみてください。

 おすすめ本・音楽

古代ギリシア世界や、ギリシア神話とかについては、藤村シシン先生の『古代ギリシアのリアル』とてもおもしろいので読みましょう。
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絵画のエロティックな魅力を知りたい人におすすめなのは、(私読んだ少ない本のなかではありますが)平松洋先生の3冊ですわ。これはすばらしい。(まあ女といえばエロとかってのは許せん、とかいろいろ批判もあるみたいなんですが)買いましょう。
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