月別アーカイブ: 2014年7月

デートレイプ魔としてのジャンジャック・ルソー

ルソー先生。イケメンだけどあやしい。

ルソーには「先生」つけたくない、みたいなこと書いてしまいましたが、いけませんね。ルソー先生の言うこともちゃんと聞かねば。しかしこの人やばい。やばすぎる。まあ実生活でもかなり危険な人でしたが、書くものもやばい。私はこの先生の書くもの、なにを読んでもあたまグラグラしますね。理屈通ってないわりにはなんか情動に訴えかけるところがあって、健康に悪い。肖像画とか見てもなんか自信満々の怪しいイケメンで、なんか恐いものを感じる。 続きを読む

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カント先生とセックス (5) オナニーも禁止です

カント先生によれば、売買春やセフレがだめなだけではありません。オナニーもいかんです。いいですか、オナニーもいけません。

性的傾向性(性欲)の濫用が「情欲の罪」です。んで、売買春とか姦通とかは「自然にしたがった」罪で理性に反しているのですが、自涜(オナニー)は自然に反した罪です。 続きを読む

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カント先生とセックス (4) 恋人関係でもセックスしてはいけません

前エントリで「利害関心にもとづいて」と訳されているのは主に金銭的利益とかを考えてって、ことです。まあ「売買春はいかんです」というカント先生のご意見に「我が意を得たり」みたいな人は少なくないかもしれませんが、カント先生が偉いのは、売買春だけじゃなくて、お互いに性的に求めあってる関係でさえセックスはいかん、と主張するところですね。 続きを読む

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カント先生とセックス (3) 自分の体であっても勝手に使ってはいけません

まあ性欲はそういうわけでいろいろおそろしい。だいたい、いろんな犯罪とかもセックスからんでることが多いですしね。性欲は非常に強い欲望なので、道徳とバッティングすることがありえる、っていうより、他人の人間性を無視してモノに貶めるものだっていうんでは、ほとんど常に道徳とバッティングしてしまう。 続きを読む

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カント先生とセックス (2) 性欲は直接に他人の身体を味わおうとする欲望

カントのセックスについての話は、『人間学』、『コリンズ道徳哲学』(死後出版。カント先生の講義ノートをまとめたもの)、『美と崇高の感情性に関する考察』、『人倫の形而上学』、『人類の歴史の憶測的起源』あたりにばらまかれてます。けっこういろんなこと語ってますわ。『コリンズ道徳哲学』の有名なセックス論はこんな感じ。 続きを読む

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カント先生とセックス (1) いちおう「人間性の定式」の確認

哲学者・倫理学者といえばカント先生。しかしそのカント先生を専門的に勉強していた人が犯罪で逮捕されたというので話題になっているようです。まあ正直なところまったく同世代なのでいろいろ考えちゃいます。 続きを読む

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進捗どうですか (11)

進捗だめでした。

いろいろ反省しつつ、東京にいったついでに帰省したりして。ずいぶん長い間帰ってない親不孝を反省したり、街を歩いてあまりにも滅んだ昭和のままで暗い気分になったりいろいろ苦しみました。郷里は人口統計とか見ても超高齢社会になっていて、町内も更地や売り家ばっかり。新築の家なんてのもない。少子化とか過疎化とかってのの問題はやっぱり田舎でこそわかりますね。本当にやばい。

帰ってからは読まねばならないと思っている本を開いてもあんまり進まず。だめだめ。まあ土用の一番暑いときなのであんまり無理するのもいかんかな、みたいな。しょうがないので簡単なブログ書いたりamazonレビュー書いたり。そういうのしているとわりと楽しい。っていうか私余暇にそういうふうなことをして楽しむような人生設計するべきだったんですよね。ガチに研究するっていうのは向いてなかったかもしれない。今となっては遅いですけど。

やらねばならない翻訳の仕事の督促もあって、これがまたやっかいで時間かかるしなんかストレスたまります。うまく日本語にならずに自己評価も下る。ざっと訳すのでさえ、1ページ2時間以上かかる感じ。

っていうわけで、せっかく時間をもらっているのにひどく低調な1週間でしたが許してください。おそらく一番暑いところは抜けたんじゃないかと思うので、中盤戦です。これから9月なかばまで、夏は好きな季節ではあります。

とにかく作業にかかる時間を計測してだいたいの能力がわかった感じなので、ちゃんと生産計画立てていきたいと思います。同じ過ちをくりかえすのは避けたい。自信ないけど。まあ真面目に活動したことがなかったから自分の能力をちゃんと知ることができなかったわけです。そういうこと考えてるとだんだん暗くなってだめですね。それでも人生は進みます。ぴーす。

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進捗どうですか (10)

進捗すごくだめです。

若手フォーラムで発表だったんですが、いろんな意味でだめで深く反省しています。どう反省しているかというのはまあここにはあんまり書きたくないので秘密です。まあ当然のことがらできないことはやっちゃだめだし、やるにしてももっとちゃんとやらねばならない。今回は作業時間とかいろいろ気をつけようとしていたにもかかわらずだめだったのでけっこうショックですね。とにかく勝手に理想を高くするのもだめだし、かといって甘い気持ちでやるのもだめ。自分が嫌いなタイプの人間に自分がなろうとしているのに気づかされました。まあそれがおやじってことだけど。

若い人々は元気があっていいな、とか。オヤジ抜きで自由そうな感じ。世話人の人々もなんか献身的で、ああいうのを世話人とか代替りしながら長く続けているのというのはすばらしいことだと思いました。彼らには未来がある。そういう人々のできるかぎりジャマにならないように気をつけたいです。

まあいろいろ整理して出直し。いろんな意味で自分の限界を見るよい機会になりました、とポジティブに考えたいです。

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酒飲みセックス問題 (11) 同意というのはプロセスだ

前のエントリで書いたように、ワートハイマー先生のは私にはちょっと不安があっていろいろ考えるところです。

ところで、(8) 「セックスする気があるとき女性は酔っ払うか」で紹介したDavis & Loftus先生たちの論文の後半は法政策に対する提言になっていて、サーヴェーの結論として次のようなことを言おうとしています。

  1. 性的な同意というのはある時点での行為ではなく、時間をかけて展開されるプロセスだ
  2. 酔っ払った相手とのセックスは禁じられるべきでは*ない*。酔っ払うほど飲むっていう決断が性的な意図を含意していることはありえる
  3. 意思が途中で変わることはありえるものの、アルコールを摂取したということは被害者の強制されたという主張の信頼性に影響する
  4. reasonableな人にとって、相手のアルコール使用は、相手の同意と同意能力の蓋然的証拠になる
  5. アルコール使用はレイプや強制の虚偽申告の要因になる
  6. 酔っ払っての性的行動に対する規制は、危害の防止と自由の制限という諸刃の剣になる

どれも政治的にちょっとあれで、けっこう論争を呼びそうな主張ではありますね。うしろの方はいろいろ検討しなければならないものを含んでますが、最初の「同意は時間をかけて展開されるプロセスだ」っていう主張は鋭いことを言うな、と思いました。つまりふつうのセックスとかでは「やりますか」「やりましょう」「はっけよい、のこった!」みたいにはならんわけですね。相撲じゃないんだから。

実際のセックスでは、少なからぬ場合最初は女性は(いろんな事情から)ノーと言う場合が多い。これはけっこう研究の蓄積があります。古いのだと、Muehlenhard, Charlene L., and Lisa C. Hollabaugh. “Do women sometimes say no when they mean yes? The prevalence and correlates of women’s token resistance to sex.” Journal of personality and social psychology 54.5 (1988): 872.とか。まあそういうのは女性の弱い立場や抑圧があれだ、みたいな議論もあるのですが、そうでなくてもとりあえず軽く見られないように最初はノーっていう、みたいなのもある。ここはいろいろ議論あるところです。

Davis先生たちは、まあ最初は実際そういうもんだけど、同意しているかどうかっていうのはその最初の返事がどうかってことよりは、そのあとで、いっしょにどの程度酒飲むかとか、遠まわしに誘いかけられたらどうするかとか、手を握られれたらどうするか、耳もとで口説かれたらどうするか、他から隔てられた場所に移動するよう誘われたときについていくかとか、いろんな部分触られたときにどうするかとか、まあそういう時間的に発展していくいろんな合図によって示されるものだ、って主張したいわけですね。ここらへんの見方はワートハイマー先生より女性らしい分析を感じました。なんかよくわからんけど、セックスの同意なんてそんなもんな気がしますね。商売の契約とかギャンブルの賭けとかとは違うです。

Davis先生たちの他の主張は今やるのはちょっと時節がら具合悪いのでしばらくほうっておきます。興味ある人は読んでみてください。

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酒飲みセックス問題 (10) 同意の文脈・文化

未成年女子に酒飲ませて公然わいせつした警官が女子から損害賠償訴訟起こされたようですね。このシリーズ、そういう実際の話のことは考えていますが、実際の事件についてなんか言おうというつもりはないです。

えーと、話は酔っ払った行為にも責任がないとはいえない、でも酔っ払ってした同意が、「有効な」同意なのかっていうのはすぐにはわからん、という話まで。
この問題はおそらく、その社会的文脈による、みたいな話になっちゃうんですよね。 続きを読む

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酒飲みセックス問題 (9) 同意したことに責任があっても同意は有効じゃないかもしれない

まあというわけで、酒を飲んで酔っ払ったからといって、行動の責任がなくなるわけではないような感じです。(場合によっては)同意したことや酔っ払ったことは非難に値するという意味で「責任がある」ということになりそうです。

しかし、んじゃ酔っ払ってした同意はぜんぶ有効validなのか、というとそうでもないかもしれない。同意の責任はあるけど同意は有効じゃないよ、だからそういう同意をした人とセックスした人を非難したり罰したりすることは可能かもしれない。 続きを読む

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酒飲みセックス問題 (8) セックスする気があるとき女性は酔っ払うか

Deborah Davis先生とElizabeth Loftus先生の共著で、”What’s good for the goose cooks the gander: Inconsistencies between the law and psychology of voluntary intoxication and sexual assault.” Handbook of forensic psychology: Resources for mental health and legal professionals (2004): 997-1032. っていう論文があるんですわ。酒飲み行動と性的な意図はどういう関係があるか、みたいな話のサーヴェー論文。 続きを読む

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アリストテレス先生とともに「有益なおつきあい」について考えよう

まあ「有益な関係」みたいなのっていうのはどうなんですかね。世代的なものかもしれませんが、私なんかだと、そういう損得感情が入っているのは恋愛ではないのではないか、みたいなことをすぐに考えてしまうわけですが、女子はわりとプラグマチックに男性をスペックで見たり、その金とか学歴とか地位とかで見ることもそんな珍しくない感じで、そういう話を聞いてるととまどってしまうことがあります。

しかしプラトン先生自身が恋愛についてなにをいっているのか、というのはすごくわかりにくいんですわ。基本的にプラトン先生は熱情的な人で、こう理屈通ってないこともがんばっちゃうタイプの人で、私自身は苦手です。好きなのはアリストテレス先生。こっちは大人で落ちついている。

ザ・哲学者

ザ・哲学者

アリストテレス先生の恋愛や友情なんかについての考え方は『ニコマコス倫理学』で展開されてます。すごく有名な議論です。

まず「愛する友なしには、たとえ他の善きものをすべてもっていたとしても、だれも生きてゆきたいとは思わないだろう」(1155a)ってことです。この「友」が同性なのか異性なのかていうのはあんまり意識されてないっぽい。いちおう同性を中心に考えますが、異性との話も含まれていると読んでかまわないはずです。お金もってて仕事できても、友達がいないと生きていく甲斐がないです。ここでいう友達っていうのはたんにいっしょにいるんじゃなくて、もっと深い結びつきをもって、お互いが幸せに生きることを願いあうような、そういう関係。

単に趣味をもってるとか、車が好きだ、とかっていってそれが友達のかわりになるわけではないですね。

「魂のない無生物を愛することについては、通常、友愛という言葉は語られない。なぜなら、無生物には愛し返すということがないからであり、またわれわれが、無生物の善を願うということもありえないからである。」

恋愛とか友情とかってものは、一方通行じゃない。少なくとも私らが求めるのは、相手からも同じように好かれたいってことで、これが友情や恋愛のポイントです。片思いしている人も相手に好きになってほしいわけで、「電柱の陰から見つめているだけで十分」っていうのは相手にしてもらえないからそれで我慢しなきゃってだけですよね。

「だが友に対しては、友のための善を願わなければならないと言われているのである。・・・しかし、このような仕方で善を願う人たちは、相手からも同じ願望が生じない場合には、相手にただ「好意を抱いている」と言われるだけである。なぜなら、友愛とは、「応報」が行なわれる場合の「好意」だと考えられているからである」

この「好意」がまあ片思いとかでしょうな。「彼は私の友達です」「あの子は僕の彼女だよ」ってときはやっぱり相手にとって自分が特別なことが含意されてます。

ところで、「劣ったものや悪しきものを愛することはできない。愛されるものには(1)善きもの、(2)快いもの、(3)有用なもの、の三つがある。(1155b)」っていうことです。よく「ダメンズウォーカー」とかっていて「ダメな男」にはまる人がいるようですが、隅から隅じまったくだめな人ってのを好きになることは不可能だとアリストテレス先生は考えるわけです。まあ「だめ夫」っていったってどっかいいところはあるわけですからね。金もなければ仕事もできないけど、セックスはうまいとかちゃんと話聞いてくれるとか笑顔だけはいいとか。愛というのはそういう長所を愛することなわけです。

「快いもの」っていうのは楽しいもの、いっしょにいいていい感じを与えてくれるものですね。美人やイケメンとはいっしょにいるだけで楽しいということはよく聞きます。以前、ある女子大生様が「やっぱりイケメンといっしょの方がご飯食べてておいしいじゃないですか!」と発言するのを聞いて衝撃を受けたことがあります。たしかにそういうことはありそうだ。すごい実感がこもっていて感心しました。これはおそらく、イケメンがご飯をおいしくするわけじゃないけど、イケメンといっしょにいることによってひきおこされる快適な気分がご飯をおいしくしてくれるのですね。

「有用なもの」っていうのは、それ自体が快楽をもたらすものじゃなく、快楽のために役に立つものですね。お金もっているということはイケメンとちがってそれ自体では快楽をもらたらさないとしても、いろんな楽しい活動をするのに役にたつ。お金いいですね。私も欲しいです。

他にも前のエントリであげたプラトン先生の議論に出てきたような有用さっていうのはいろいろあるでしょうな。古代アテネのパイデラスティアでは、年長のオヤジは少年にいろんなものを提供してくれることになっていた。まずもちろんお金。社会的に成功するには教育とか必要なわけですが、そういうののお金のかかりを面倒見たり。服とかも買ってあげたかもしれんですね。それ以上に重要だったと思われるのが、さまざまな知識の伝授ですわね。本の読み方とか演説の仕方も教えてもらってたかもしれない。学生様だったら年上の彼氏からレポート書いてもらったりしたことある人もけっこういるんじゃないですかね。仕事上のアドバイスを受けることもあるだろう。それに人脈。これも古代アテネでは重要だったようで、「有力者の愛人」とかってのはそれなりにステータスで、いろんなところに出入りするチャンスを得たりすることができたんじゃないでしょうか。やっぱり有力な人と親密なおつきあいするのはとても役に立ちます。

説明が最後になった「善きもの」っていうのが一番どう解釈するのかがむずかしくて、まあ美徳(アレテー)をもっている、ってことですわね。アリストテレス的な枠組みでは、たとえば「勇敢」「知的」「正義」みたいな長所が美徳と呼ばれていて、そういう長所のために人を好きになる。私はここでなんで「イケメン」や「話がおもしろい」が長所に入らないのだろうかと考えてしまうのですが、まあそういうんじゃなくて人格的な美徳を考えてるようですなあ。

アリストテレス先生は最後の美徳にもとづいたお互いが美徳を伸ばしあうことを願う似たもの同士の友愛が一番完全な友愛だと言います。たとえば知性という美徳をお互いに認めあった人びとが、お互いの知性が成長することを願いあう関係とかですかね。まあ今例として「知性」とかをつかったのであれに見えますが、たとえば「サッカーの技能」「忍者としての技能」みたいなものにおきかえることができれば、一部の人びとが大好きなボーイズラブの構図そのものですね。「お前、やるな!」「お前こそ俺のライバルたるにふさわしい!ライバルであり終生の友だ!」みたいに読めばどうでしょうか。このときに攻めとか受けとかあるのかよくわかりません。

まあそういうのが最高の友愛ですが、アリストテレス先生は有用性にもとづく関係とかだめな関係だ、とまでは思ってないみたい。多くの関係がおたがいの快楽をもとめる関係だったり、有用性をもとめる関係だったり、あるいは一方は快楽を提供し、一方は有用性を提供する、みたいな関係ってのもあるかもしれない。最後のは前のエントリで触れた典型的パイデラスティアの関係ですわね。年長者は有用さを提供し、年少者は若さと美と快楽を提供する、というそういう関係。先生はどうも人びと自身の優秀さとか階層とかによって相手とどういう関係を結ぶかが違ってくる、みたいなことを言いたいみたいで、快楽や有益さをもとめた関係とかがすごく劣ったもので軽蔑すべきものだ、みたいなことは言おうとはしてない感じです。すぐれた人びとはもっとよい関係を結ぶものだ、程度。

でもそういう関係ははかない。お金や地位を失なってしまえば有用さを提供することはできなくなるし、若さと美なんてのはもうあっというまに色あせるものですからね。どんなイケメン美人でも10年ピークを維持することは難しいでしょうな。まあそういう持続性の点でも「似たもの同士の美徳のための友愛」が一番だそうです。

『ニコマコス倫理学』は朴先生の訳で読みたいです。岩波文庫のは古い。でもさすがに5000円は出しにくいですよね。光文社でなんとかしてもらえないだろうか。

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もっとも、実際にアリストテレスとかの専門家筋には岩波も悪くないという評判みたいです。

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プラトン先生の『パイドロス』からオヤジらしい口説き方を学ぼう

最近「倍以上男子」という言葉を流行らせようとしている雰囲気があるようですね [1]2017年だと「パパ活」か。 。私はこういうのはなんかバブル時期のことを思いだしてあれなんですが、まあそういうのもあるでしょうなあ。 http://howcollect.jp/article/7240 まあ流行らないと思いますが、こういう記事を書いている人がなにかソースをもっているってことは十分にありそうだとは思います。

しかしまあこういうので言われている女子とか年少者にとって有利な恋愛の形というのは当然昔からあって、あの偉大なるプラトン先生も検討しておられます。プラトン先生は恋愛とセックスの哲学の元祖でもあるのです。おそらくソクラテス先生もね。

プラトン先生が考えている恋愛っていうのは、『饗宴』でもそうですが、男同士、年長の男(30代とか [2]40才ぐらいになったらそろそろ少年愛やめて結婚して子供つくるのが正しいと考えられてたようです。 )と年少(10代)とかの関係ですわね。少年愛。パイデラスティア。どうも当時のアテネの一部の階層ではそういうのが一般的だったんですね。美少年が勢いのある中年に性的な奉仕をして、中年男の方は金銭面とか人脈とか各種の知識や技術を教えたりする関係。まさに倍以上男子です。

プラトンが恋愛について書いたものというと、例の「人間はもともと2人で一つの球体だった、それがゼウスに怒られて二つに分けられちゃった、それ以来人間は自分の半身を求めて恋をするのだ」というアリストファネスの演説が入っている『饗宴』が有名ですが、『パイドロス』も同じくらいおもしろくて重要な本ですわね。その最初に、「君は自分に恋していない人とつきあうべきだ」っていうリュシアスという人の演説が紹介されているのです。話はそこから始まる。

まず、「ぼくに関する事柄については、君は承知しているし、また、このことが実現したならば、それはぼくたちの身のためになることだという、ぼくの考えも君に話した」って感じで話をはじめます。まあ自己紹介みたいなのして、自分がどれくらいお金もってるかとか、どれくらい地位が高いかとか仕事ができるかとかまずは説明するわけですね。んで「このこと」っていうのはまあお付き合いですわ。それは両方のためになるよ、ともちかかけるわけです。

口説きは、「ぼくは君を恋している者ではないが、しかし、ぼくの願いがそのためにしりぞけられるということはあってはならぬとぼくは思う」と意外な展開を見せます。君のことを愛しているわけじゃないけどお付き合いしよう、まあセクロスセクロス。

若い人は、自分を愛している人より愛してない人とつきあうべきなのです。なぜか。リュシアス先生は理路整然と説明します。おたがいそうする理由がたくさんある。

(1) 恋愛というのはアツくなっているときはいいけど、それが冷めると親切にしたことを後悔したり腹たてたりする。恋人がストーカーになっちゃった、とかっていうのは今でもよく聞きますよね。でも恋してない人はそういう欲望によって動かされれてるわけじゃなくて冷静な判断から相手に得なことをするから後悔したりあとでトラブルになったりしない。

(2) 恋しているからおつきあいをする、っていうことだったら、新しい恋人候補があらわれたらさっさとそっちに行ってします。「誰より君を大事にするよ」とかいってたって、他に新しい恋人ができたらそっちの恋人を「誰より大事」にするだろうから、古い恋人はひどいめにあうってこともしょっちゅうだ。実際「恋」とかってのは熱病みたいなもので自分ではコントロールすることができないものなのだから、そんなものに人生かけるのは危険だ。

(3)  おつきあいをする相手を自分に恋している人から選ぼうとすると数が少ない。ふつうの人はそんな何十人も候補があるわけじゃないっすからね。でも冷静におつきあいを望んでいるオヤジは多い。よりどりみどりになる。

(4) 恋している男というのは、有頂天になって自慢話におつきあいのことをペラペラと周りにしゃべるものだが、冷静な愛人はそういうことはちゃんと秘密にしてくれる。

(5) 恋している男は嫉妬ぶかい。今どこにいるだの誰とメールしているかとかいちいち詮索してうざい。

(6) 別れるときも恋している男はいろいろうざい。恋してない奴はさっさと納得して別れてくれる。

(7) 恋している男は、相手がどういう人かを知るまえにセックスしようとするが、恋をしてない理性的な人はちゃんと相手を見てからおつきあいする。

(8) 恋をしている人は相手の機嫌をそこねないようにってことばっかり考えて、本当にタメになることは教えてくれない。それに対して恋してない奴はいろいろ有益なアドバイスをくれる。今の快楽だけでなく、長い目で見たら将来のためにこうするべきだ、みたいなことを教えてくれるだろう。

とかまあ面倒になったからやめるけど、こういう感じ。これは今でもオヤジの口説きに使えそうな部分もあるわけですな。まあいつの時代も人は同じようなことを考えるものです。このリュシアスさんの演説に対して、ソクラテス先生が「おれはもっとうまい話ができるぞ」とか言いつついろいろ検討くわえて「恋愛やおつきあいというものはそういうものではないぞ、もっとええもんなんや」とやっつけていきつつ、その実、実は美少年パイドロス君をナンパしてたらしこんでいく、というのが筋です。そういうのが好きな人は読んでみてください。名作です。

『パイドロス』は岩波文庫のでいいと思います。『饗宴』はいろいろあるけど、光文社の新しいやつ読みやすかった。『パイドロス』訳している藤沢先生は授業受けたことありますが、モテそうな先生でした。

→ プラトン先生の『パイドロス』でのよいエロスと悪いエロス、または見ていたい女の子と彼女にしたい女の子に続く。

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アテネとかの同性愛がどういう感じだったかというのは、まあまずはドーヴァー先生の本を読みましょう。まちがってもいきなりフーコー先生の『性の歴史』とか読んじゃだめです。

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ハルプリン先生のはゲイ・スタディーズとかの成果をふまえたものでもっとドーヴァー先生のより現代的なものだけど、ちょっと難しいし評価もそれほど定まってない。

同性愛の百年間―ギリシア的愛について (りぶらりあ選書)
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アテネで女性がどういう暮しをしていたかっていうのは、これかな。

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References

References
12017年だと「パパ活」か。
240才ぐらいになったらそろそろ少年愛やめて結婚して子供つくるのが正しいと考えられてたようです。