音楽」カテゴリーアーカイブ

Hakubiの「光芒」

数日前に、小倉秀夫弁護士からHakubiの「光芒」という曲を教えてもらったのですが、これものすごい名曲ですね。

透き通ったセンスあるボーカルが印象的ですね。歌詞はこんな感じ。JASRACさんすみません、おねがいです!訴えないで下さい!

作詞:片桐 作曲:Hakubi

僕達は下手くそなまま未来を思い描いて
いつかは いつかはって世界に中指を立てる

心を無くせば 強くなれるの
弱さを隠せば 強くなれるの
僕らの証が消えてゆく

容赦ない日差し
お前は甲斐性がないな
わかってるんだよ
わかっちゃいるんだよ僕も

だれかを羨んで妬み僻みを繰り返して
少し不幸でいた方がずっと楽だったんだ

何か一つ 何か一つ
確かなものを探してる
何も見えない闇の先に
かすかな希望を今日も探してる

僕たちはいつまでどこまで頑張ればいいの
果てのない道を ただ歩いている気がするんだ

みんながみんな何か背負って
それでも笑って生きてんのなんて
わかってるよ、わかってるよ
僕だって

生きてゆけ下手くそなまま 未来を思い描いて
いつかは いつかはって世界に中指を立てろ
僕たちの描いた地図がたとえ消えてしまっても
選んだ道をただ進んでゆけ

生きてゆけ

小倉先生はこの歌詞がコロナ下の若者たちの歌に聞こえるっていうんですが、まあそういう聞き方はもちろん可能だけど、このバンドがこれ作ってるときはまだコロナ問題になってなかったからら、ふつうに聞けばまだ売れてないバンドマンたちの歌ですよね。

「僕達は下手くそなまま未来を思い描いて、いつかは いつかはって世界に中指を立てる」。まあまだ下手なバンドだけど、いつかは認めさせてやる、売れてやると思っているわけです。

この歌詞を読んで気づくのが、くりかえしが多いことですね。「いつかはいつかはって」「わかってるんだよわかっちゃいるんだよ僕も」「何か一つ 何か一つ 」「わかってるよ、わかってるよ」。この歌の主人公の「僕」はとても不器用で、同じことを何回もくりかえしてしまう。

「心を無くせば 強くなれるの/弱さを隠せば 強くなれるの」のところは、私が見るところではこの歌詞の唯一の難点で、「強くなれるの」を2回くりかえしているのがださい。ふつうなら順番もいれかえて「弱さを隠せば強くなれるの?/心を無くせば(〜「強く」以外〜)なれるの?」っていう形になると思うんだけど1、あえてこのださい歌詞にしている。この主人公は徹底的にださくて「下手くそ」だ。でもそれがいい。

音楽的な聴き所も少し書いてみます。このバンドはギターボーカル・ベース・ドラムのスリーピースでバンドとしては最小限の形ですね。ギターボーカルは歌はうまいけどギターはごく初歩的なことしかできないので、音楽的に凝ったことをして聞かせるのはむずかしい。でもこの曲では、楽器を弾くところとほとんど弾かないところ、ドラムが叩かないところと暴れるところと対比をはっきりしていてリズムも多彩で、技術力があるとはいえないバンドができる最大の効果を発揮しています2。そりゃ椎名林檎先生がひきつれてるようなスーパー腕利きなんでもできる大人数バンドを使えばなんでもできちゃうわけですが、そういう道は(まだ)とらないし、またスタジオミュージシャンとかに頼んで弾いてもらうのをいさぎよしとせず、自分たちでできる範囲で最高のものをつくりだしている。すばらしい!

またこの曲は、頭っから最後までコード進行がA – B – C#m7 – G#m7 という四つのコードだけでできていて、ほとんどずっとそのまんま一本道です(間奏で2小節ぐらいはしょってるところがあるけど)。それなのに展開しているように聞こえるのは、メロディーラインがいろいろ工夫されてるからですね。とくに、2コーラス目の「僕たちはいつまでどこまで頑張ればいいの果てのない道を ただ歩いている気がするんだ」のあたりが平坦な語り口調になってるところとかが、そのあとの「生きていけ!下手くそなまま」のサビを印象的にしていてすばらしい。

ボーカルは非常に歌がうまくて、声をひっくりかえした最高音域も印象的で、ある意味セクシーな感じがあるんですが、イントロで一瞬披露したあとはそれを封印して中音域で歌っていますね。まんなかの「何か一つ何か一つ」のところできっちり最高音域を披露してギターで暴れて、最後のサビの「思い描いて!」「たとえ消えてしまっても!」でもう一回披露してくれてすばらしい。もう絶賛ですね。

最後の「生きていけ!あー!」のあたり、実はうっすらコーラスが聞こえるような気がするのですが、この歌はみんなで歌うものではない、と判断したんでしょうね。正しい判断だと思う。

最初に書いたように歌詞は全体はまあ明白で、おそらくまだ売れてないバンドが大人たちからあれやこれや言われて出口が見えなくなってる状態だけど、どっかに光芒はあるはずだ、自分たちが信じてるものを信じて進むしかない、っていう感じですか。なんかやってると、大人や外野が、「みんなたいへんなんだよ」とか「我慢するところは我慢しないと」「売るためにはもっとこうしないと」とか勝手なことを言ってくるわけですが、そんなことは我々もわかっているのだ!うるさい!おまえらの言うことなんか聞かない!自分の道を行く!F x x K!」というそういう歌ですよね。ちょっと幼ないといえば幼ない感じがあるけど、でも若いってそういうことだから。

イントロでは「いつかは いつかはって世界に中指を立てる」だったものがラストでは「いつかは いつかはって世界に中指を立てろ」ていう自分たちへの命令・決意表明になっているところもいいですね。

あんまりよいので、うっかり昨日から何十回も聞いて、自分でも何十回か歌ってみたりしてしまいました(その音源は秘密)。あと何回も歌ってみて思ったのですが、これ女性ボーカルだからすばらしい歌だけど、男子ボーカルだとちょっと微妙な感じになっちゃうかもしれないなと思いました。「出口が見えないけどがんばる!」はいいんですが、男子がこういうふうに不器用に「そんなこと僕もわかってるよ、わかってるけどね……」とかって語るのはちょっと微妙かもしれない。モテないかもしれない。AKBや欅坂みたいな秋元節の男の子歌詞も、女子が歌ってるからよいのであって男子が歌うとキモい、みたいなのはあるかもしれない。でもまあそれも含めてよい。

まあ小倉先生がこの歌をコロナ下でもがんばっていこう、っていう曲だって聞くのもわかりますね。われわれはいま暗闇のしたでいつまでがんばっていなきゃならないのかわからないんですが、でもこうした歌を聞きながら耐えて、その結果見えてくる光芒を探したいものです。カラオケとかもみんなで楽しくできるようになるといいですね。でも私この曲カラオケで歌おうとしたら自分で泣いちゃうかもしれんなあ。

あと何回も書いてるけどバンドマン世界マンガの最高峰、みうらじゅん先生の『アイデン・ティティ』、読んでないひとは必ず読みましょう。

脚注:

1

対句表現は同じようなものを並べるわけですが、まったく同じのを並べてもどんくさくておもしろくない。それに「心を無くす」と「弱さを隠す」のふたつだと「心をなくす」の方が強いのであとにもってきたい、と思うわけです。

2

最小構成でドラムは止まったり思いっきり暴れたりする、ってのいかにも「ガレージバンド」って感じでいいです。音楽的衝動とはこういうものだ!

最近学生様に教えてもらった曲 (3) THE BLUE HEARTS 「1000のバイオリン」、Dish//「猫」

The BLUE HEARTS 「1000のバイオリン」

https://www.utamap.com/showkasi.php?surl=39501

これはいいっすね!最高っすね!っていうか、なんでブルーハーツを学生様に教えてもらうなんてことになってるんだ。CDはもってたはずだけど、そんな何回も聞いてるわけじゃないからか。

「ドンッタタッタ!」のイントロいいね。ギターサウンドも最高。パンクロックの最高峰。ロックというのはこうでないとならんと思う。

主人公は中学生か高校1年ぐらい、別になにもとりえがなくて、教室でぼーっと机の上の鉛筆と消しゴム眺めてヒマラヤだのミサイルだの考えてる。夜になると彼は支配者たちと晩御飯食べたりいっしょにテレビ見たりするけど、支配者たちに心は許さないのだ。夜支配者が寝たあとでベッドからこっそり抜けだすして冒険に旅立つのだ!ハックルベリーが友達だから本人はトムソーヤで、まあ自分が実はおぼっちゃんであることはよくよくわかっている。それでも冒険するんだよ。少なくとも布団の中や、授業中にはね。熱いトタン屋根の上には猫もいるしね。さいこう!


Dish// 「猫」

https://www.uta-net.com/song/234121/

これはとてもすぐれた曲だと思う。優秀すぎてびっくりした。

まあDishのボーカルの人(北村くん)ものすごい歌うまいし、歌詞の内容も十分咀嚼して、ライブなのに完璧な歌唱ですごい。

あいみょんの曲と歌詞は、ものすごく新しいってのではないんだけど、とんでもなく高品質だと思う。

最初「夕焼け」キーワードで夏の終りぐらいの季節感を一気にバチっとキメてる。「飲みこんでしまえ夕焼け」「明日ってうざいほど来るよな」みたいなのがなんか自暴自棄というかガクっときている感じが出ている。

「君の顔なんて忘れてやるさ/馬鹿馬鹿しいだろ、そうだろ」のところ、「〜〜〜馬鹿!〜ばかしいだろう」みたいになっていて、聞き手に「この馬鹿!」って言おうとしているのがほんとにうまい。北村くんもよくわかってる。

サビのところ、「心と体が喧嘩して」のところがミソだと思う。これ、すごいっすよね。心と体が喧嘩している。意見がくいちがっている。つまり、心は「もういいや」っていってるけど体は欲しがっている、「おらおら、体は正直じゃねーか」というやつですね。これ、男子の歌じゃないよね。男子だとこういうふうにはならない。だって「俺の頭はいやがってるけど下の方の大砲がおまえを狙っている」とか北村くんが歌うにはひどすぎる。まあ男子はふつうはこういうふうには感じないわけですし、もし感じててもそういうことは歌わない。それが許されるのは女子だけ。実はこれ、「僕」が一人称だけど女子の歌なんですわ。

「家まで帰ろう一人で帰ろう」「家までつくのがこんなにも嫌だ」みたいな感じもほんとに実感がこもっている。

最後のところ、「君がもし捨て猫だったらこの腕の中で抱きしめるし/ケガしているならその傷拭うし/精一杯の温もりをあげる」みたいなの、これも男子のものではない。いかにもケアリングな女子の愛情表現よねえ。もちろん女子はこういう感じで男子から想われたいと思うと思うけど、実際の男子はこういう発想がない。

女子が、百合的な関係にある身勝手な女子にあてた歌か(「マリーゴールド」も百合風味だし)、あるいはずばり拾ってきたけどどっか行方不明になってしまった猫にあてた歌ですかね。それにしても等身大の切実さがあって感動させる。男子が歌うとなおさら効果的。すばらしい。

この、ちょっとジェンダー・セクシュアリティ的に曖昧なところがあいみょんの曲の魅力でもある。あいみょん本人のライブバージョンもあるけど、わたしは北村くんのやつの方が効果的だと思う。

最近学生様に教えてもらった曲 (2) Superfly「愛をこめて花束を」、パスピエ「永すぎた春」、Radwimps「正解」

Superfly 「愛をこめて花束を」

https://www.utamap.com/showkasi.php?surl=A02718

(おそらく)女性の歌詞にしては花束を贈るとかなんか気前がよいと思う。素直な感じの歌詞に曲調で、カラオケとかで歌うと気分があがりそうでもある。

このタイプのは私はあまり聞く機会がないので、学生様に教えてもらう一方よね。林檎先生聞く人々とSuperfly聞く人々というのはやはりずいぶん違うタイプの人なんじゃないかという気がするんだけど、最近わたしはそうした趣味とパーソナリティ・ライフスタイルみたいなのに興味があるわけです。あいみょんはまた違うわよね。


パスピエ「永すぎた春」

https://www.uta-net.com/song/211857/

Superflyとかがわりと堂々と地に足のついた正常さが売り物なのに対して、このバンドなんかはサブカル風味や内省、自己反省が強いと思う。サブカルというよりボカロ音楽風味があるんかな。前はこういう感じじゃなかったんじゃないかという気がする。

三島由紀夫先生のあれと関係あるんだろうけど、読んでないんよね。

例の「ポップ音楽リテラシー」の話によせると、歌詞とかについてもいろんな基準でタイプ分けできないかと思っていて、チェックリストできないかなあ。「恋愛を歌っているか/それ以外か」で大きく分けられそう。「自分自身を見ているか/それ以外か」とかもあるかね。歌詞の複雑さはどれくらいか、みたいな基準もあるように思う。あとでちょっと考えよう。


Radwimps 「正解」

https://www.uta-net.com/movie/260329/

紹介してもらった曲のなかで、これが一番ひっかかった曲でしたわ。どうももとから中高の卒業シーズン向けの合唱曲にすることを前提とした作曲なんですかね。学校の卒業に際して、友達に感謝と別れを告げている。それはわかる。でもその友達の像があんまりはっきりしない。

最初は「この先に出会うどんな友とも分かち合えない秘密を共にした」。まあ中高の友達ってそういうことありますかね。「それなのにたった一言の「ごめんね」だけ/やけに遠くて言えなかったり」。この「ごめんね」が、男子中高生だとちょっと子供っぽいように思う。この「友」がはじめて恋愛してはじめてセックスした異性の相手だったりしたら、まあ「ごめんね」もいいかもしれないし、「どんな友とも分かちあえない秘密」みたいなのはわかるけどそれでいいのだろうか。

明日も会うのに〜明くる朝」もなんかへんで、「次の日も会うのに〜明くる朝」よね。このバンドの曲は、こういうなんかちぐはぐな日本語が目につくような気がする。あくまで印象なんだけど。

これまで「出会ったどんな友とも/違う君に見つけてもらった/自分をはじめて好きになれたの〜」。ここもよくわからないけど違和感がある。「君はこれまでであったどんな友とも違う」って言ってるのかな。そして「君に見つけてもらった自分をはじめて好きになれた」のかな。まあ友人から自分の言いところを見つけてもらって、それで自分に自信がつく、みたいなのはよい経験なのだろうと思う。このバンドのソングライターであるボーカルは、(リーダーの?)ギターからバンド誘ってもらったとかって話があるようで、そういうのが背景にあるんかなあ。

「並んで歩けど/どこかで追い続けていた/君の背中」。これはわかります。まあ友達だけど尊敬している、内緒だけど追いつきたいって思ってる、って感じでうまいと思う。でもなんで「歩けど」なんて言葉づかいするんだろう。

この友達から教わったことはたくさんあるんだけど、その友達当人との仲直り方法、女子の口説き方、興奮している夜の眠り方、なにかで負けたりしたときの回復方法、こういうのはわかるけど、「傷ついた友の励まし方」はこの友人を励ましてるのか、この友人といっしょに別の友人を励ますのか、どっちだろうかと気になる。最初の「仲直りの仕方」も友達本人だとすれば、この「励ます」のも本人かなあ。でもこのどちらも当人から教えてもらうというのもなんかへんな話よね。経験から学んだ、ということなんだろう。それにしてもなんか違和感がある。それだったら教えてもらっというよりは、いっしょに大人になってきたよな、みたいな話になるんちゃうかと思うんだけど。

んで、3コーラス目が一番違和感がある。

「あなたとはじめて怒鳴り合った日/あとで聞いたよ/君は笑っていたと」。これ、「あなた」と「君」は同一人物なんかな。ものすごく混乱する。「あなた」は男子の友達としてはずいぶん距離がある感じよねえ。

一つの解釈は、この聞き手は年上の人物、たとえば教師だと読むんだと思う。それが「君」になるってことなんかなあ。

「想いの伝え方がわからない/僕の心/君は無理矢理こじ開けたの」もよくわからない。同意がないのにこじあけてはいかんですなあ。教師なのか、あるいは男子どうしのなにかなのか。

けっこう謎の多い曲よねえ。まあ古いタイプの合唱曲みたいでしんみり歌いやすいので人気があるみたいだけど、どうもよくわからない部分が多い曲だと思うし、聞いている人々はどう解釈してるんかなと思う。

最後のコーラスの「次の空欄に〜」の部分はあきらかに教師からのテスト問題とかが想定されてますわね。

この曲のタイトルは「正解」で、メッセージとしては「人生には正解はない」ってな感じなんだろうけど、それ自体だとなんか月並すぎるようにも思う。「答がある問いばかりをおそわってきたよ」とかっていうのもこれ自体が陳腐で、学校の教師というのはまさしく「答はないんだ!」みたいなの言いそうで、正解ばっかりおそわってきたとかっていうのがなんというかテンプレにはまっている感じもして、それもなんかへんな感じがする。

このバンドの曲は、かなり平明な言葉をつかうんだけど、なんとなく語り手の視点がさだまらない感じがあって不安になってしまう。林檎先生みたいにもっと面倒につくってあれば「まあこれは面倒な曲なので面倒な仕掛けをして面倒なことを表現しているのだろう」ぐらいで納得なんだけど、サウンド的にも歌詞的に素直な感じがあるので不安になるんよね。

それにどうもメッセージというか歌詞にある思想みたいなのが、男子中高生としては素直すぎるというか、よい子すぎる感じがある。この曲、いかにも正解の歌詞、正解のメロディー、正解の伴奏、みたいなことさえ言いたくもなってしまう。私がひねくれてるのかなあ。

最近学生様に教えてもらった曲 (1) 椎名林檎「熱愛発覚中」、仲村宗悟「カラフル」、Mrs. GREEN APPLE「ロマンティシズム」

ここ数年、この時期に学生様におすすめの曲とか教えてもらうことが多いです。今年も数曲。いつものように勝手な印象評しよう。


椎名林檎と中田ヤスタカ「熱愛発覚中」

歌詞はこれ https://www.utamap.com/showkasi.php?surl=k-131113-130

まあ林檎先生らしい何を言っているかわからない歌詞で、あんまり整合的な解釈しようとして無駄だろうとは思う。IOCとかCRPとかSpO2とかMRIで輪切りにしてとか、なんか肺炎が関係あるみたいで、今年のコロナブームを予言してるような感じよねえ。発病しているのかどうか私をMRIで検査してみてください!宣告希望!みたいな感じ。

PVはおかしいし、先生のおっぱいすごいけど、歌詞とは関係ないっすね。一回カンフーサイボーグやってみたかったんだろう(おっぱいもサイボーグ)。私はライブのやつの方がすき。これはよい。アレンジもこっちの方がいいな。


仲村宗悟「カラフル」

歌詞はこれ http://j-lyric.net/artist/a05db7a/l04fbdc.html。

声優やってる人らしい。声がよい。それだけでもてそうだ。ミスチル風味を感じる。バンドサウンドという感じ。AABBCCみたいな形式で、つなぎのBのところで半分のテンポにしているのが工夫している。

「ストーリー」「曇ーりー」「僕は一人」とか軽く韻を踏んでるか。

「最高な結末の恋/関係ないねいつも素通り」が微妙なところで、最高な結末の恋ってのもおかしいけどたとえば(女子的には)結婚を意味するのかもしれないけど、この人はそれは関係ない、そういうのは素通りすると言っている。そういうの関係なく、「僕のスケッチ」で君との関係を描くのだ、といっている。冒頭で「難解だって僕のストーリー」ってなことを言ってるので、とにかくこのひとは「僕」の好きなようにやりたい。どんなことをするのだろうか。

「「待って」だって?そんな時間なんてない」ってことなのでこの人はおそらく急速に相手に迫るタイプ。「動いてからきめりゃいい」というまあそういう行動派ですな。んでまあカラフルな、誰もみたことのないプレイをするのですな。ちがうか。


Mrs. Green Appple 「ロマンティシズム」

https://www.uta-net.com/song/265825/

この曲はAABBCCDDEEみたいなので要素テンコモリ。部品こんなたくさんいれてたらふつうは収拾つかないと思うんだけどそれなりの構成感はある。けっこうな腕だな。

僕と私の二つの一人称が出てきて、これ同一人物なのか、二人なのか。そもそもBの「白熊のように涼しげでいたいの」の部分はその前までの人と別人かなと思うんだけどどうだろう。か。

「イマドキドキドキ」のところはけっこうよい。「さすがにそろそろあなたに恋する私に気づいてほしいのです」は「さすがに恋する」ではなく、「さすがに私に気づいてほしい」なんだろうな。

んで、ここで「あなたに恋する」といいながら、「愛を愛し恋に恋する僕らはそうさ人間さ」の非常に印象的なキメが来て、このシメをもってくるはすばらしい才能だと思う。「恋に恋する」のモトネタは最低でもアウグスティヌスの『告白』あたりまでさかのぼれるやつで、他でも書いてるけどまあ「セックスしたい!」なわけよねえ。それを最後にもってくるんだからなかなかやるなあ。「愛うらがえし故意に恋する」も同じよね。かなり皮肉でもあり、でもまあ「それが人間なんだよ!」ってな感じのポジティブさもある。まあ人間だからすぐに恋愛とかしてセックスとかもしてしまいますが、それが人間ってものです!

「濃(こま)やか」とかそういうふつう使わない言葉を使うの、なんというか知性や学歴のディスプレイなんかね。林檎先生とかはそういう人だからそれでいいんだけど、若者がやるとどうなのかという感じはある。

「濃やか」とかへんな言葉つかうのは(林檎先生以外のアーティストがやるのは)気にくわないけど、「ドクドク独特な苦もあって」とかの言葉あそびはけっこういけてる。

1コーラス目で「勇気をもって声掛ける」、2コーラス目で「勇気を出して触れてみる」。大丈夫かいな。同意は得てますか?「心動いたらあなたに恋する僕を見てほしいのです」。聞いてるときは「心動いたらあなたに恋する」「僕を見てほしいのです」だったけど、「あなたが触られて心が動いたら、(君に性欲を向けている)僕を見てほしいのです」ですな。

「悪戯にも哀を知り君と居たい意味を教える」は聞いても聞きとれない。なんて歌ってるんだろう?そもそも悪戯がなんだかもわからないし。うーん。声かけしたり触ったりするフリーダムな感じ?

このPV、イタリアかスペインみたいな感じの場所とそこらへんの人つかっていて、まあおしゃれだけどなんか私には違和感がある。どういうひとたちなんだろうな。

「若気の至りなんかじゃ決してないから」いったいこの人はなにしたんかねえ。「悪戯にも哀を知り」の「悪戯」って「 性的にみだらなふるまいをすること。強制猥褻の婉曲な言い方」ではないよなあ。

まあとにかくこの曲は「僕らはそうさ人間さ」のポジティブな肯定がすべてで、このDの部分の歌詞は他の部分から独立しているというかある程度距離をとってるんじゃないかと思う。あれやこれや、エッチなことをしたりしなかったり、まじめなことをしたりしなかったりするけど、それが(動物としての、あるいは理性的存在者として)人間である、というメッセージが読みとれると思う。この人々にはちょっと注目してみたい感じがある。


林檎先生はともかく、「カラフル」や「ロマンティシズム」みたいな曲を二十前後の女子が聞くと、まじめな恋愛とか言いだせない片思いみたいなのを歌っていると考えるみたいなんだけど、そうじゃない曲っていうのも大量にあるんよねえ。不真面目なのとかチャラいのとか邪悪なのとかいろいろあるわけで(仲村先生やグリーアップルがそうだというわけではないけど)、そういう歌詞世界のひろがりとか、人間のさまざまなあり方みたいなのも楽曲を聞きながら考えたいとは思ったり。

星野源先生の「うちで踊ろう」を鑑賞して重なろう

なんか政府の偉い人が星野源先生の「うちで踊ろう」という曲にのっかって「コラボ」して問題になったそうで、それをきっかけにこの曲を知りました。実は最初に聞いたのがその問題の動画だったのですが、これほんとにいい曲で、へんなおじさん(とかわいい犬)が映ってるのがぶっとんでしまった。

はまってしまてそのあと何回も聞いてしまいました。私が気づいたことを書いておきますね。
勝手な妄想がはいってるので注意。

たまに重なり|合うよな| 僕ら|() | C | B7 | Em7 | G7 |
扉閉じれば|明日が生まれるなら|遊ぼう| 一緒に| | C | B7 | Em7 | G7 |
(キメ) |Am7 Bm7 | F/G |

  • ここまで、4拍でコードが1個です。コード進行は、名曲Just the Two of UsのIV△ – III7 – VIm7 – I7 ってやつそのまんまですね[1]実はこのコードの解釈には疑問があり、Just the two of usはキーFm、「踊ろう」はEmだと思う。VI♭7-V7-Im7-III♭7。
  • この曲のボーカルのビル・ウィザーズ先生が今年3月30日になむなむしてしまって、ミュージシャンは一回は追悼にこの曲弾いたんじゃないかと思います。星野先生もうちにこもっていて弾いたと思う。そっからできた曲ですね。
  • 「重なりあうような僕ら」なのか「重なりあうよな、僕ら」なのかわからん。星野先生が「重なりあう」っというともうセックスセックス、って思いました。あの先生ほんとに重なるのが好きだから。先生の「恋」もちょっと勉強したことがあったのですが、あれはものすごくエロチックな曲で、特にエッチなのが「指のまざり、頬の香り」のところですよね。指がからんでいるのを連想する。この「重なり」もまあ時々指もまぜながら重なっているのではないか、とか。あはは。
  •  何回も聞いていると「扉」がとても印象的で、これは単なるドアとかではない。どういうわけか私は銀行の奥や旧家の土蔵にあるような動かすにも重い重い扉、一回閉めたら開けるのもたいへん、みたいな扉を想像します。
  • キメの「ラーシードー」ってやつはよくやるやつだけど、すごく効いてる。

うちで踊ろう|ひとり踊ろう| C / B7 | Em7 / G7 |
変わらぬ鼓動|弾ませろよ| C / B7 | Em7 / G7 |

  • こっから1小節にコードが2個入っていて、最初の部分の倍の速さになってます。ゆったりしたダンスや活動や鼓動を感じますね。
  • この「うちで踊ろう」は「家で踊ろう」「家庭で踊ろう」ではないかもしれませんね。Dancing on the Insideだそうだけど(この英語正しいかどうか自信がない)、とにかく「内側で踊りつづける」っていう歌だと思います。家のなかかもしれないけど、どっかの内側、そして体内の内側、心の内側。もう十分に身体的に踊ることは難しいかもしれないけど、それでも心のなかだけは踊っていよう、そんな感じ。
  • 「ひとり踊ろう」。まあ踊るっていうのはエッチな曲だとやっぱりセックスセックスなんですが、一人で踊らないとなりません。でも一人でも心臓はばくばく言わせましょう。

生きて踊ろう|僕らそれぞれの| C / B7 | Dm7 / G7 |
場所で重なり|合うよ| C | F7(#11) |

  • この「生きて踊ろう」がどきっとしますよね。みんなの死が予想されている。わたしは「なんとか生きのびて踊ろう」だと聴きました。多くの人が死ぬのかもしれない。
  • 私らおじさん世代は、子供の頃から核戦争とか環境汚染やらで、この世界がもう棲めなくなって、一部の人だけが核シェルターみたいなところや、あるいは宇宙船みたいなところに避難して生き延びる、みたいな話になじんでいます。上の方の「扉」もそれを連想させられるんよね。「重なりあう」が私は実は遺体の山みたいなのもうっすら連想してしまう。
  • 社会はもう解体され崩壊し、人々はそれぞれのシェルターにばらばらになってしまっている。みんなとじこもって自分を守ることしかできない。そういうなかでの切実な歌だと思うのです。でもそういうときでもつながり重なりたい。私は星野先生はセックスセックス鬼畜だと思っているのですが、こうした歌を書けるのはほんとにすごい。

うちで歌おう| 悲しみの向こう | C / B7 | Em7 / Dm7 |
すべての歌で | 手を繋ごう | C / B7 | Em7 / G7 |

  • 歌おう/向こう/繋ごう、が韻ふんでますね。
  • ここでも大きな悲しみが我々を襲っている。あるいは襲うことが確実になっている。でも我々にはまだ音楽とSNSとかがあるから、歌を歌って手をつないでいきたい。そしてこの歌だけでなく、すべての歌がそういう力をもっている。

生きてまた会おう| 僕らそれぞれの| C / B7 | Dm7 / G7 |
場所で |重なり合えそう | C | F7(#11) |
だ | C |

  • もう一回「生きてまた会おう」が出てきました。ほんとに不吉。一部の人とはもう会えないかもしれない。でもなんとか歌でみんなをつないで一人でも多く生き延びましょう。生きのびてたらまた好きな人と身体的にも重なったりできるかもしれない。とにかく生存第一。
  • あとこの曲、「ラーシードー」のあとに同じこと(C-B7-Em7-G7)を4回くりかえしているように聞こえるかもしれないのですが、実は違うんですよね。上のコードで、強調したところ見てください。1回ごとそれぞれちがってるのよね。すごく凝ってて、われわれを飽きさせない。特にDm7の響きがとてもよい。これがプロの技術か!って感じです。
  • まあ歌詞は単純そうに聞こえても連想させるものが豊かだし、音もシンプルに聞こえても複雑になってる。すごい。

私はほんとうにこの曲気にいりました。というわけで、私も星野先生に重ならせていただくことにしましたー!うらー、遊ばせろ!重ならせろ!まあ下手だろうが音痴だろうが、リスペクトしながらそれぞれのしかたで重なればいいのです。政治家の人だってせめて自分で歌ってくれたら私はリスペクトしましたよ!

Twitter見ると、みんなそれぞれ思い思いに重なって、とてもよい時代になった。20年ぐらい前はそういう遊びができるのは一部だったけど、いまは老いも若きもそんなお金かけずに遊べるんだから、デジタル文化やSNSってまだまだ可能性があるなあとうれしくなりました。

あ、蛇足だけど、Just the two of usはこれね。

ビルウィザーズ先生なむなむ。ほんとにお世話になりました。近いうちあの世で重なりあってください。

この曲の歌詞(ウィザーズ先生作詞だと思う)もすばらしいのです。この世界には俺たち二人だけだ。訳詞探して鑑賞してください。

References

References
1 実はこのコードの解釈には疑問があり、Just the two of usはキーFm、「踊ろう」はEmだと思う。VI♭7-V7-Im7-III♭7。

音楽オタクになろう!(欅坂46「エキセントリック」を題材に)

FDの一貫として、学部教員で1回生向けの「基礎ゼミ」向けのテキストを作っていて、まあ私はごく軽い気分で楽しんで作ってます。自分では最近関心をもってるポップ音楽つかいながらメディアリテレシー教育をする、っていうやつを目指して軽いものを書いてみました。内容よりは、1回生のクラスで適当に最初のスピーチの練習や、ディスカッションの練習もどきをやるための素材って感じ。

まだ校正とかちゃんとしてないんだけど。「エキセントリック」は前にこういうのやろうとおもってそのままになってたのね。

江口聡 (2020)「ポップ音楽オタクになろう!」,京都女子大学現代社会学部編『京女で学ぶ現代社会』,2020年4月30日版.

↓のシリーズの続きというわけです。

欅坂46というか秋元先生はいろいろおもしろいから、過去にも書いてる。

ドラマ感想3本:『ラ・ラ・ランド』『プラダを着た悪魔』『東京ラブストーリー』

卒論でテレビドラマや映画やマンガなどを卒論にとりあげる学生様がいて、私はそういうのは専門じゃないけど学部の教員メンバー構成の関係でそういうのも相手にしないとならんことがあるわけです。私がそういうの指導していいんだろうかとか、私が評価していいんだろうかとかいつも気になるんだけど、そういう先生は全国でけっこう多いはずだし、まあしょうがない。そういう場合はしょうがないので私もそれを何度も見る、ぐらいの努力はするわけです。

まあ学生様と卒論の草稿みながらディスカッションしていると気づくこともけっこうあって、それはそれでおもしろい。

『ラ・ラ・ランド』

今年は『ラ・ラ・ランド』で困りました。私この映画、前作『セッション』ほどではないけどひどすぎると思ってたし。でもまあ何度も見ながら学生様と解釈考えてたら、おもしろいアイディアを教えてもらいました。

この映画がひどいのは、「本物のジャズ」がテーマだって言いながら、ぜんぜんジャズじゃないところですわね。あるいは、音楽が好きだと言いつつ音楽を尊重していない。音楽が(冒頭とレジェンド先生の以外)ぜんぜん本物じゃない。主人公セブの弾くものが、一場面を除いてはほとんど、狭い意味での(つまりセブ自身が尊重する意味での)ジャズではない。お金を稼ぐためにトラ(バンドのエキストラメンバー)で呼ばれたジャズ以外のバンドでは、わざわざつまらなそうな顔と態度で弾く。真面目に音楽やってたら、そんな顔作ってる余裕なんかないだろうよ。主人公が一人で弾いてる音楽は本当に最悪で、そもそもどういうジャンルものとしてプロ・セミプロとしての音楽になってないように思う。これは『セッション』でもそうだった。この監督はジャズというものをさっぱりわかっていない、ってミュージシャンの菊地成孔先生なんか怒っていて、私もまったく同意見です。

しかーし、学生様と話をしていたら、「それって、セブたちが徹底的にだめな人間だというのを描いているのではないですか」ってなアイディアを聞かせてもらった。たしかにセブはなにもかにもだめな男で、まずとにかくジャズがわかってないし、「ジャズは目で見るものだ!」とかお説教しているシーンではミアに夢中で肝心の演奏見るどころかなにも聞いてないでしゃべりまくってるし(バンドはセブたちのおしゃべりにあきれたのか演奏やめちゃう)、恋人(?)のミアも映画俳優になりたいとかいいながら映画館でスクリーンの前を動きまわって上映の邪魔するし(ありえない)、本気でだめな連中なわけです。そもそも彼らがふつうの意味で恋人なのかどうかもわからない。

ミアがレストランで音楽を聞いてセブを思い出して抜け出して会いに行くシーンがあるのですが、これも、高級レストランにふさわしくない古ぼけた、壁につくりつけの安っぽいスピーカーから、有線みたいなので流れてくる「エレベーターミュージック」で、あれで「ジャズピアノ弾き」を思い出すというのはすごい。ミアは、セブ自身がエレベーターミュージックをディスっているのを知りつつ、そして実はそういったものしか弾けないことを知っているから、エレベーターミュージックを聞いてセブを連想するのです!

そして最後に弾く音楽もまったくジャズじゃない。ここまで来ると、「なるほどこの映画は、観客をおちょくるための映画なのかもしれない」と思わされてしまいました。ぜんぶ正真正銘のニセモノ なんですわ。そしてそれはたしかに 意図的なもの だ。ほんとにすごい。あれ見て感動したり感心したりした人々は鑑賞者として馬鹿にされている可能性さえある。なんかそういう解釈の可能性を教えてもらい気づいたときにはぞっとしました。


おまけに、あとでブログにしようと思いながら日記にメモ書いた『東京ラブストーリー』と『プラダを着た悪魔』も追記して再掲しておきます。

東京ラブストーリー

母親が好きだった『東京ラブストーリー』を再放送で親といっしょに見て、おもしろかったのでそれで書きたい、とか。DVDもらって私も見た。あれは一般にヒロイン赤名リカの「セックスしよう」発言で女性の性的自律とかそういうのの話ってことになっていると思うわけですが(そういう論説や論文がある)、ぜんぜんそういうものではない、という印象。

そもそもあの物語の主人公は実は医学生の三上であり、そしてその同級生の女子医学生長崎尚子の活躍の物語だと思う。

またリカも三上も性的な関係がありそうなことがドラマでは明示はされていないが示唆されていたように見ました(夜中に頻繁にナンパ男の三上の部屋にいて、かなり親しそう)。

リカの不倫相手の上司や、カンチとの関係のきっかけなども隠蔽されていて、気づく視聴者は気づく、ってかたちになっている。

さらにリカは、性的に活発ではあるけど、自律した女性とは言えないと思う。この女性は元気でチャーミグだけど衝動的で、その場その場の自分の感情に正直に生きるといえば聞こえはいいが、計算したり自分を律したりすることできない。「セックスしよ!」もまさに衝動的で、性的に解放されているというよりは、その場の感覚に正直である、っていう方が正しいように思う。それはそれでいいわけですが、やっぱりそういうのは心配になりますよね。当時の女性もそう見てたと思う。

児玉聡先生の『功利と直観』のなかに、非常に印象的な引用があるんですわ。

食欲にせよ性欲にせよ、欲求がある程度満たされることは幸福になるために不可欠であるが、次々と生じる欲求をすべて満たすことが必ずしも幸福につながるとは限らない。たとえば次の例は、睡眠障害に悩むアメリカの一九歳の少女が、精神科医と交わした対話である。

少女: なかなか眠れない。どうしてか?
医師: 何か心当たりのあることは?
少女: いろいろ過剰だからだろうか。まず、煙草を吸い過ぎる。アルコールを飲み過ぎる。それに、私は男友達が多いせいか、セックスをし過ぎる。だから疲れ過ぎる。眠れないことと関係があるのか?
医師: その過ぎるというのは、よくないのでは。少しセーブするといい。
少女: 本当ですか。自分がしたいと思うことを、しなくてもいいのですか。(千石2001:153)

「自分がしたいと思うことを、しなくてもいいのですか」という少女の言葉は印象的である。彼女は、次々に生じる欲求を満たす以外に選択肢はない、あるいは欲求を満たす義務があると感じているようである。(p.16)

赤名リカはこの少女と同じタイプの人間で、実際バーで「こうなんだからしょうがないじゃない!」とか叫んでいる印象的なシーンがありました。

おそらく「自律する女」の称号に値するのは、つまり、意識的に自分の行動とその結果をちゃんと考えているのは、保母のサトミであり、医学生の尚子である、というなかなか意外なことを(勝手に)発見したわけです。どちらもなかなか計算高く、サトミは二股をかけたあげくに最終的に好きな三上をあきらめ真面目なカンチをゲットし、尚子も三上をきちんと落とす。どうもこのドラマが実際に視聴率が上がったのは後半尚子が登場して活躍しはじめてかららしく、やはり衝動的な人間はかっこいいけど女性の心をつかむのはうまくたちまわるタイプの女性なのではないかという気がするわけです。

おそらく当時のテレビドラマ批評みたいなのではそれなりに語られているのではないかと思うんですが(今は亡きナンシー関先生とか)、時間が経過してイデオロギーみたいなので理解されると「赤名リカは性的に自律した女性像」みたいになってしまう。ちゃんと仕事して経済的に自立はしているかもしれないけど、精神的には自律的とは言えない、そういう女性像だったんすかね。まあ魅力的ではあるけど破滅への道。

『プラダを着た悪魔』

『プラダを着た悪魔』も全体を2回ぐらい、部分的には何度も観なければならず、トランスクリプションも確認することになってしまったわけです。主人公アンドレアはボスのミランダからセーターの件で勉強不足、認識不足をディスられ(名場面)、ナイジェルにグチったらお前はなにもしてない、早くやめろとディスられ、そこから例の女性なら誰でも夢見る変身シーンにつながるわけです。高級ブランド服選び放題!。

でも、まずなんでそんな破格の優遇を受ける資格があるのだろう?ナイジェル(ドレッサー)は、アンドレアに協力することになったのか、ということが語られていない。借り物ショーの直前には、アンドレアは「ねえナイジェル?」ってなにかを提案しようとしている。その提案はなにか。答えは(ナイジェルがストレートだとすれば)決まってますよね。

また例のハリーポッターの原稿を入手するところでもそうしたことが起こる。ハリポタ入手しろと言われて、アンドレアはパーティーで出会っただけの作家トンプソンに電話だったかなにかして、無事入手するけど、なんでトンプソンはそんな危ない橋を渡る必要があるのか。答えはまあパリのベッドでわかる。もちろんあとでもとに戻る彼氏(出世しそうな雰囲気になってる)に秘密ですしねえ。

だいたいそもそも、ファッションに興味のない単なる女子大生が、超一流ファッション雑誌社に入社できたのはなぜか。教授から強力な推薦状を書いてもらったから。しかしそんな推薦状、ふつうファッションに興味のない女性に対して書くだろうか。

実際のところは主人公はいわゆる「女の武器」やエロチックキャピタルをナマの形で多用する女性である、っていうのが隠れた筋書だと思うわけです。これあんまり語られてないような気がします。女版島耕作。これがかっこいい女性の生き方なのだろうか(アンハサウェイだからそういう気もする)。


こだま先生の引用部分はこれ。

日本ポピュラー音楽学会で発表しました

そういや、12月には日本ポピュラー音楽学会で発表させてもらったのでした。タイトルは「大学初年次教育におけるポピュラー音楽の利用」。

私は実は「自発的に学会で個人発表するオヤジの会」会員なので、毎年なんらかの形で自発的に発表しなければならないんですわ。偉い先生たちはシンポジウムに招待されたり、研究会でも強くお願いされたりしてやむなく話をするのが普通なのですが、我々自発的オヤジの会会員は、そうした要請とかないので自分で出張るのです。

私は会員歴も長いので、「ぜんぜん自分の本来の専門と関係ない学会に自発的に新規入会して、さらに発表する」という非常に難度の高い課題に挑戦しました。50歳を超えてこういうのするの、学会としては迷惑なんでしょうけどそういうの無視する、会費払ってるんだから発表させろ、そういう強い態度が望ましいとされています。

まあこの学会とても楽しかったですね。倫理学とか生命倫理学とかジェンダー論とかって、どうも暗い。人々の苦しみを想像して辛い。でも音楽は基本はもう美しく楽しいばっかりっすからね。懇親会も、学会当局がちんどん屋さん呼んでくれて、ちんどん屋にひかれて会場に移動、会場でも演奏を聞くってんでとてもよかったです。

チンドン屋さん

学会員を懇親会に誘導するチンドン屋さん

というわけで、まあいちおう発表につかったスライドのPDFあげときますね。そのうちまともな文章にしたいとおもっていますが、だいぶ先になるでしょう。

大学初年次教育におけるポピュラー音楽の利用

学生アマバンの皆様へのお願い

私はアマチュアバンドを聞くのが大好きで、それは上手い下手とはあまり関係なく、好きな音楽を好きなようにやって楽しそうなのがよいのです。ぜひどんどん聞かせてください。

しかしあちこちの学園祭などでステージを見ているとちょっと気になることがあり、ツイッターなどではそのたびに書いているのですが、考えていることを記事に残しておこうという気になりました。うざいことを言うと怒られそうですが、オーディエンスの側から見るとこういうのが気になる、というのをいくつか。怒らないでくださいね。

ステージ上でチューニングや機材調整するのはやめてください

学園祭ステージだと、1バンド20分ぐらいが多いかと思いますが、その時間はフルに使いきってほしい。舞台にあがって3分以内に演奏をはじめてほしいものです。もたもたしているバンドは印象が悪いものです。

いまはチューニングはチューナーで舞台裏でできるのでやっておいてください。PAに音流しながらやるのはもっての他です。クラシック演奏会じゃないんだから。同様に、エフェクターの調整もやめてください。そんな時間がかかるエフェクターは捨ててしまえ!つまみは演奏前にいじるな!アンプはやはりステージの上で調整せざるをえないことがあるかと思いますが、どうせ細かいことは数分ではできないのですから、だいたいのところであきらめてください。

ライブハウスではリハの時間つかって音の調整できますが、学祭の野外ステージなどで同じことをしようとするのは無理です。とにかくあきらめなさい。

PA業者さんが使っているアンプはジャズコなどの標準的なものが多いのですから、スタジオ練習や個人練習のときにだいたいのところを把握して、ステージ上ではせいぜい微調整ですませてください。ベースの人はそもそもつまみどうしたらいいかわからないだろうからあきらめなさい。ちなみに、PAさんにモニタースピーカーの具合などおねがいするのはステージの上からマイクを通しておこなってかまわないと思います(曲間でもOK)。

ステージ上で練習しないでください

微調整のための音出しはしょうがありませんが、気になっているフレーズなど練習するのはやめてください。ギターピロピロ、ベースのスラップビシバシ、みたいなの見せる必要ありません。最高なのは調整もなしにビシっと1曲目からはじまることですが、まあPA調整しなければならないアマバンステージでは無理ではあります。でも最短に。

特に、今後実際に演奏する曲のフレーズを弾くのはぜったいにやめてください。手のうちあかしてどうするんですか。やる曲やキメのフレーズは最後まで隠しておくこと!ドラムははっきりしたリズムは叩かないこと。みんな注目しちゃうでしょ。それぞれの太鼓をマイク拾ってるか確認すればそれで十分だし、そんなのあとでPAさんがやってくれるはずだからとにかくはじめてしまえ!

バンド全体での楽曲の練習は絶対やめてください

あとでやる曲の一部を使って全体の音を確認したいと思う人々がいるみたいですが、人前なのですから曲を始めたら最後まで演奏しきってください。途中でやめてどうするんだ!絶対まもってほしい。

はじまるときには一言でいいからMCで挨拶してください

「こんにちは。(バンド名)です!ジャーン!」でいいじゃん。こっからはじまる、というのをはっきりしてください。

カバー曲をやる場合は、オリジナルのアーティストと曲名を必ず宣言してください

もちろん演奏したあとでもかまいませんが、誰のなんという曲かは必ず紹介すること。これはオリジナルのアーティストへのリスペクトです。自分たちのオリジナルの場合も曲名あるはずだから必ず伝えること。これは演奏前がよいと思う。誰が書いた曲かとか、どういう曲かとかも思いいれがあるはずなので、ボーカルの人が紹介してあげてください。

ショーであることを意識してください
姿勢に注意してください

さほどショーアップする余裕がないことが多いと思いますが、お客に聞いてもらうのですからたんに楽器いじってるというのではなく、それなりのステージアクションを入れてください。ギター弾くにしてもキボード弾くにしても、それなりのアクションが欲しいです。メンバーどうしのアイコンタクト、ソロがあったらそれへの視線のひきつけなど、少し意識するだけでずいぶん印象がかわります[1] … Continue reading。ボーカルは実は姿勢の悪い人が多いので鏡やビデオ見て確認してください。楽器はテンパって自分の手元だけ見てる人が多いですが、他がなにやってるかいつも見る癖つけておいてほしい。うまくいったら笑顔とか見せてくれるのはとてもよいことです。ボーカルだけなく、バンド全員がそうした表情を意識してください。ドラムもフィルイン入れるときそれなりの顔するんですよ!

メンバー紹介しましょう。最後も挨拶、バンド名など再度

最後もきもちよくおわってください。途中MCでメンバーの名前紹介するのもとてもよいことです。君らサークルのメンバーは知ってるけど聞いてる人はしらんわけだから。サークルのステージだとどうしても内輪なノリになってしまいますが、それ以外のお客さんもたくさんいるわけだから、それは意識しましょう。

というわけで余計なことを書きましたが、これからも楽しい演奏期待しています。がんばってね!

References

References
1 メンバー間のアイコンタクトがないと、このバンドは仲が悪いのか、解散寸前なのか、あそこは元カップルか、とかいろいろ考えておもしろいのですが、おもしろすぎます。

私の好きなベース Spotify版 (2)

[spotifyplaybutton play=”https://open.spotify.com/playlist/3YHBwdcYhP6WNVglAK9fLV?si=JJFmuGXtRruPTAyb8x6W3w”/]

  1. 1曲目はいわずとしれたスコットラファロ。ソロどうのこうのいわれるけど、こういうウォーキングが魅力。よく聞くと音の選び方も新鮮よねえ。私の耳にはジャストじゃなくて、ちょっとビートより前よりで弾いてるように感じられるんだけどどうだろうか。
  2. 2曲目もラファロ。まあこれはしょうがない。カウンターメロディーっていう感じでやっぱりかっこいいわよねえ。聞きどころは、テーマ弾いたあとに3人でぐちゃぐちゃにして、そっからウォーキングに入る瞬間。このスリルがわかるとジャズファンになってしまう。ステディなテンポはあるけど誰もそれを明示的には刻まず、3人勝手にやる、っていうのがやっぱり新しかったんだと思う。
  3. 3曲目はエバンスつながりでエディーゴメス。この先生ピックアップの感じとか微妙な時代もあるんだけど、このアルバムのはすばらしい。チックコリアとやってるやつ(Three Quartets)も聞いてほしい。
  4. 4曲目はチャーリーヘイデン。音が重いというか、そんなパラパラ弾かなくても言いたいことはいえる。
  5. オーネットコールマンとやってるとき、レナードバーンスタインがステージの上に来てヘイデンのベースに耳を寄せてたらしい(なんか写真見た気がするけど気のせい?)、まあそういう魅力がある。
  6. 5曲目もヘイデン。ロンリーウーマンを同窓会しているやつ。もちろんオリジナルもすばらしい。このアルバムはなんか夢のような感じですばらしい。
  7. 6曲目はアートアンサンブルオブシカゴのマラカイフェイバーズ。一人で音楽作ってる感じ。なるべくよい再生装置で聞いてほしい。
  8. 7曲目、ちょっと変えてR&B風。クリスチャン・マクブライド先生。この先生はアコベもエレベもいい。シリアスなジャズもいいし、ファンクもいいし、まあ天才。てか、これクリスチャンにブライアンブレードとブラッドメルドーというガチ最高峰ジャズミュージシャンがR&Bやるとこうなるというか、最強ロックバンドも作れるよな。スティング先生が雇わないのだろうか。
  9. 8曲目はコルトレーンバンドのジミーギャリソン。まあいうことはほぼないというか。ここらへんになると、私好きなタイプってはっきりしてる感じ。ちゃんとベースを鳴らす人々。
  10. コルトレーンの『クレセント』〜『至上の愛』は最高で、ギャリソンも当然非常に重要で、至上の愛の1曲目とかギャリソンじゃないと考えられないわけだけど、9曲目はその至上の愛の2曲目をエヴァンスの最後の相棒のマークジョンソンがやってるやつ。これもメンツがすごい。ジョンスコのあばれっぷりだけではない。
  11. 10曲目はレッドミッチェル。このアルバム好きで好きで。レッドミッチェル先生のピアノも聞ける。
  12. 11曲目はスイング時代のものってことで。スラムスチュワート。アルコ(弓で弾く)しながら歌うっていう独特の芸が楽しい。最後のハンプトンもダブルタイムもすごいけど。
  13. 12曲目はキャメロンブラウン。地味だけどバンドを大事にするひとっていうか。派手なテナーとピアノ、あばれるドラムをまとめている。
  14. このジョージアダムズ・ドンピューレンカルテットは他の3人はミンガスのバンドの出身者で、最後はミンガス先生の晩年のジャムセッション的ライブということで。猛烈にスイングする。

スコットラファロが上達の秘訣を聞かれたときに、「同じレコードを何回も聞くんだよ」って冨田ラボと同じようなことを言ってて、けっきょく聞くっていうのもそういうんよね。よいものを何度も聞く方がいいわ。

私の好きなベース Spotify版 (1)

[spotifyplaybutton play=”https://open.spotify.com/playlist/4juaVFHd0iQTpU9UUxeV65″/]

  1. まあやっぱりべたにジェームズジェマーソン先生から。説明不要。
  2. ンデゲオチェロ先生。ものすごいファンクネスよねえ。ファンクは音の長さと休符だ。音出さないのがファンクベース。このミュートした感じ、鳴りきらない感じが重要なのだというのがわからない人はけっこういるみたい。ジャズではフルに鳴らすタイプの人が好きなんだけど。まあ音の長さって大事よねえ。
  3. プリンスのプロデュース。おそらくプリンス本人が弾いてるんちゃうかと思うけど。この人、ベース弾いても技術的にうまいとかじゃなく、非常に印象的なラインを弾く。音をミュートしたゴーストノートが特徴のライン。
  4. ネイサンワッツ。5弦ベースの低い方をこんなに印象的に使ってる曲はいまだにしらない。リズムとかぜんぜんジャストじゃないルーズな感じのもいい。低い方へ低い方へ行く感じ。5弦ベースのいちばん低い音域とか弦があばれて物理的にななんかむずかしい。とにかく弦が振動している!
  5. メレンゲバンドから。このバンドのベースがものすごく好きで、これも5弦ベースかかてズッズッズッズッってやって、意外なところでビョーンとかブーンとやる。なんかセクシーな太い弦が振動している。
  6.  モンテル・ジョーダンの”Close the Door”。 Andrew Goucheという人らしい。これも5弦の低いところ使いまくってて、ネイサンワッツよりはジャストな感じだけどフィルインとかものすごい効いてる。このフィルインがないとこのセクシーな感じならない。原曲はテディペンダーグラスのはず。まあこれはドラムもよい。
  7. マドンナのホリデイ。これは誰が弾いてるかしらん。このアルバムはキーボードで弾くベースラインの宝庫みたいな感じ。打ち込みなんかあ。ドラムはそうだけど。
  8. プリンスもう1曲。ものすごい独特よね。
  9. ブルースロックのベースにめざめたのはいろいろあって、まあ大学入って1年目か2年目ぐらいに東京にいる友達の家にころがりこんでたころがあり、そこの安アパートの隣の奴がブルースロック大音量でかけてたんよね。そして私は寝ながらギターよりベースを聞いていた。いま思えばクリームかジミヘン。しかしロックベースの最高峰はツェッペリンのジョンポールジョーンズ先生であーる!
  10. ラリーグラハム先生のこれ忘れたらいかんよね。Family Affairでは歌も歌っていて味がある。
  11. テレンストレントダービーの曲のベースは名前すぐに出てこないんだけど、これもすごいファンクネスで好き好き。
  12. The TimeのJerk Out、この「パンデモニアム」ってアルバムもものすごいファンクで、Jam & Lewisのテリールイス先生が弾いているのか、あるいはプリンスか。まあ誰が弾こうがどうでもいいっていう感じでもある。音の指示はやっぱりプリンスだろう。
  13. そしてさらにプリンスのGet on the Boat。この時期のプリンスはロンダスミス先生とか優秀なベーシスト抱えてるけど、やっぱり自分で弾いてるんちゃうかなあ。これもゴーストノートが特徴的。ロンダ先生のアルバムの感じはこれとはちがうんよね。
  14. P-Funk (ファンカデリックとパーラメント)は何人かベーシストがいて、ブーチーコリンズが有名だけど、他も素敵な特級ベーシストたちで、これはコーデルモーソン先生らしい。ビリーネルソン先生もいい。ていうかブーチーはメインアーチストとして見ていて、ベーシストとしては他の人の方がいい。
  15. というわけで最後はP-Funk最強のダンスナンバーの一つ、Flash Light。おそらくバーニーウォレル先生がキーボードで弾いてる。この曲はヒットしたのでベーシストは弦を1本増やさねばならなかった、みたいな。(4弦では出ない音域を使ってる)

星野源の「恋」の歌詞はエッチだと思う

なんか忙しくて疲れていて、まともなことはできないので、いつもの歌詞解釈。

最近、学生様たちが図書館に自発的に集まって星野源の「恋」の歌詞を考えようってな企画をしていたので、参加してきたんですわ。学生様が読書会その他、自発的にいろんなことをするっていうのはほんとうにすばらしいことですわねえ。私も邪魔にならない程度にいろいろ応援したい。


んで「恋」ですが、これ数年前にギターで弾き語りの真似しようとして練習したことがあったんですわ。練習しながらニコ生配信したとき、歌詞についてもちょっと考えてみたりしました。

営みの
街が暮れたら色めき
風たちは運ぶわ
カラスと人々の群れ

この先生の歌詞の特徴として、省略が多いんですわね。「営み」は「日々の営み」とか「昼間の営み」とか「営業という営み」とかそういうことなんだろうけど、「営み」一発ですます。「営みの街」って、繁華街なのか、住宅地なのかよくわかんけど、まあその中間ぐらいの、電車やバスが走ってる街ですかね。

「色めき」もなにが色めくのかよくわからん。繁華街ならネオン、住宅地なら住宅や団地とかの窓に明かりが灯る感じですかね。

風はカラスと人の群れをを運ぶ。カラスが鳴くから帰ろう。うちには七つの子がいるかーらーねー。

意味なんか
ないさ暮らしがあるだけ
ただ腹を空かせて
君の元へ帰るんだ

「意味」っていうと哲学やら倫理学やら勉強していると、「人生の意味」とかそういう大物を考えちゃう。人生の意味なんかないのです。ただ毎日の暮しがあるのです。

キリスト教の聖書に「コヘレトの言葉」っていう章があるんです。むかしは「伝道の書」って呼ばれれたみたい。こんな感じ。

伝道者は言う、空の空、空の空、いっさいは空である。
日の下で人が労するすべての労苦は、その身になんの益があるか。
世は去り、世はきたる。しかし地は永遠に変らない。
日はいで、日は没し、その出た所に急ぎ行く。

リンク貼っておくので読んでみてください。これはどうも賢者として有名なソロモン王が作った、ってことになってて、「私はいろいろやりましたが、すべては空しいです」みたいなそういうニヒルな文書だって言われてます。

しかし、この文書は読みようによってはさほどニヒルじゃなく、人生は全体としては空だし、贅沢やあざとい快楽はむしろ害悪をもたらすものなんだけど、毎日の食事みたいなものがもたらしてくれる喜びはよいものだ、って歌われてるんですわ。

「人は食い飲みし、その労苦によって得たもので心を楽しませるより良い事はない。」「すべての人が食い飲みし、そのすべての労苦によって楽しみを得ることは神の賜物である」「あなたは行って、喜びをもってあなたのパンを食べ、楽しい心をもってあなたの酒を飲むがよい。」

人生は空だから意味なんかないけど、毎日おうちに帰って家族とごはんを食べるのはよいことだ、みたいなそういうメッセージがありそうで、星野先生これ知ってるかどうか知らんけど、知ってるんじゃないだろうか。

物心ついたらふと
見上げて想う事が
この世にいる誰も
二人から

これはその学生様の歌詞検討会で指摘させてもらってけど、なにを見上げてるのかが問題ですね。物心ついたってのは子供で、子供が見上げたときに何が見えるか。私は、空や山やビルじゃなくて、親だと思いますね。この世にいる誰(で)も父母の二人から生まれているだな、ってことですね。「ママから生まれた」じゃないところがポイントですね。パパがいないと子供は生まれない。となると、「セックスしたのだ」ということですか。

胸の中にあるもの
いつか見えなくなるもの
それは側にいること
いつも思い出して

胸のなかにあるものはまあいくつか解釈あるだろうけど、曲タイトルの「恋」でいいんですかね。あるいは「愛」か。

君の中にあるもの
距離の中にある鼓動

これも「恋」なりなんなりが指されてるものなんですかね。まあ恋っていうと聞こえがいいんだと思うんですが、私はここは非常に肉体的で肉感的なものを感じるんですが、どうでしょう。距離のなかにある鼓動ってのは、自分じゃない他人の鼓動だろうから、他人にくっついてそれを聞いているか感じているかしているわけです。

恋をしたの貴方の
指の混ざり 頬の香り
夫婦を超えてゆけ

私ここ最初は「恋をしたあなた」って聞いてたんですが、「私が恋をしたのはあなたの〜」なんですかね。「指の混ざり」とかものすごく新鮮な言葉づかいだけど、指をからめてる感じですか。「頬の香り」もふつうはごく近づかないとかげげないですよね。そういうんで非常に星野先生らしいエッチな感じがする。「夫婦を超えてゆけ」の解釈は保留。

みにくいと
秘めた想いは色づき
白鳥は運ぶわ
当たり前を変えながら

「みにくいと秘めた想い」っていうのも解釈が必要だけど、人間の醜い欲望といえばやはり性欲ですか。食欲もそこそこ醜いけど、性欲ほどではないですね。それにあんまり隠す必要がないと思われてるし。「まーおいしそう!」とか平気で言うけど「へへへ、あのXXはいいXXXXだな」とかだと秘めた方がいいだろう。

そういう秘めた思いが「色づく」っていうのも解釈が必要なんだけど、これは「色気づく」の意味ではないだろう。果物とか野菜とかが色づく、実る、成熟するって意味だろう。

さっきはカラスだったんだけど、ここは白鳥。白鳥が運ぶっていうのはわかんけど、似たような白くて大型のコウノトリが運ぶものは当たり前の生活を変えるかもしれない。はっきりいってしまうと、エッチな思いでセックスばっばりしていると妊娠してあわてます、ですか。ここらへん、歌詞で直接に歌わずに連想つかっていてうまいですね。

恋せずにいられないな
似た顔も虚構にも
愛が生まれるのは
一人から

「似た顔」っていうのはまあ親子ですか。「虚構」はむずかしい。結婚制度は虚構です、みたいなそういう話かな。さっきは恋だったけど、愛が生まれるのは一人で、その一人っていうのは、さっきのコウノトリの連想からすると両方に似た顔の誰かでしょうか。

泣き顔も 黙る夜も 揺れる笑顔も
いつまでも いつまでも

まあここは「人生と生活はいろいろあるけどがんばりましょう」ですね。

夫婦を超えてゆけ
二人を超えてゆけ
一人を超えてゆけ

んで、最後のこれが残りますが、夫婦を超えて家族、2人を超えて3人に、ぐらいですか。「1人を超えていけ」は一人でいるのやめて家族になって少子化に対抗しましょう、ぐらいかな。

全体としてこの曲はリスナーの連想を非常にうまくつかってるし、単にエッチなだけじゃなく、生殖とかからんだエッチでものすごくエッチだと思いますね。夫婦というのはそうでないカップルよりずっとエロい。そういうことを歌ってるんではないでしょうか。こういうタイプの曲はあんまり聞いたことがない。プリンス様がマイテさんとラブラブだったころに作ってた曲ぐらいかなあ。

もっとひどい解釈もありそうな気がするけど、まあ今回はこれくらいで。

ポップ音楽の何を聞く (3) マドンナのサウンドボックス

先のエントリのサウンドボックスというか音場・音像の話、ついうっかりツェッペリンしてしまってあまりにも古い。もうすこし新しくして、マドンナ先生のファーストアルバム(古い!)でもちょっとだけ確認してみたい。

「サウンドボックスに注意しろ」っていうのは、音楽的な意味がどのていどあるかは別にして、楽曲に集中してじっくり聞く(集中聴取)にはよい訓練だと思うのです。通勤通学にヘッドホンして音楽聞いてる人は多いだろうし、そういうときにじっくりどこにどんな楽器が鳴ってるか意識してみるのはたのしいと思う。

サウンドボックスを書くとこうなります。

  • ドラムは生ではなくドラムマシンですね。時代だ。
  • 中央からちょっと右にずらしたところにエレピ(おそらくフェンダーローズ)がいて、これが G–A–A–Bm っていうハーモニーを鳴らして曲の音楽的構造を決めている。
  • 右と左に1本ずつ、コンプかました薄い音のギターがいる。この音色もこの時代。左のギターはときどきいなくなる。
  • 上にストリングス系のシンセがいる。あとちょっと左にピヨピヨしたシンセが間の手(オブリガート)入れる。
  • ベースも当時流行のシンセベース(おそらく手弾き)が中心なんだけど、実はこれおそらくエレキベースも同じことを弾いていて(!)、ちょっとずれたり、ときどきエレキベースだけのフレーズがフィルイン入れてるのがわかる。これかっこいいのよねえ。ソソラッ、ララッシ!とかソソッラ、#ファ#ファソ!ってやってるだけなんだけど、最高。
  • 最後の方、ピアノが入ってくる。

こういうの注意して聞くとたのしいです。んで、ここでぜひ注目してほしいのは、左に聞こえる(私は左「上」に聞こえる)カウベルで、これは打ち込みではなく手で叩いていて、この曲の微妙なノリを決定している。「カッカ、カカツッカ、カカッ、カ」昨日この曲の情報探してたら、これはマドンナ先生自身のカウベルだとか! このカウベルは重要だと思うんだけど、サウンドボックスに注意して聞かないと気づかないのです。

あとベースをわざわざダブルにするのは、この時期のシンセベースがちょっと弱かったのもあるのかもしれないけど、ウェザーリポートのジョーザヴィヌル先生がティーンタウンっていうベース大活躍の曲でやっぱり裏でキーボードでダブルしていて、「こういうのが音楽ってものだ」とか言ってて、サウンド的・音楽的な事情があるんだろう。

このアルバムからはもう1、2曲サウンドボックスを紹介したい。

このマドンナのファーストアルバムはほんとうに名盤だと思っているのですが、それに収録されているBorderlineという曲についてはちょっと疑問があるんね。

アルバムに収録されているのはこのバージョン。


これ、右上のハイハット的なリズムマシンがものすごくうるさいんですわ。それに全体のノリともちょっとずれてると思う。まあこの時期、こうした機械的なリズムがウケてたってのはあるんだけど。

他はすばらしいですね。ベースラインがものすごく印象的で、これもHoliday同様にシンセベース中心だけど陰で従来のエレベも鳴ってると思う。私にはベースコンチェルトの上でマドンナ先生が歌ってるように聞こえます。まあそのベースだけで聞かせる曲。

ところがこのBorderlineはもう一つバージョンがあって、それがこれ。

イントロのエレピに、グロッケンシュピール(鉄琴)が重ねてあったり、シンセが前に出てたりするのも違うんですが、実はドラムがそっくり入れかえられてると思う。断言はできないけど、これすごく自然なノリだし生ドラムじゃないのかなあ。生ドラム使って録音したものをリズムマシンに入れかえるということはないと思うので、もとのリズムマシンを生ドラムに入れかえたのか、それともそもそも録音テープがぜんぜん違う2本があってすべて違うのか。マドンナの歌の違いがあるとしたらわかればいいんですが、私の耳ではちょっとむり。

途中でシンセが右から左、左から右に動いたりして、全体の音数が多い。

どうもこの曲に関しては、作詞・歌のマドンナと、作曲とプロデュースを担当したレジー・ルーカス先生(70年代のマイルスバンドのギターを弾いていた偉い人)のあいだでいさかいがあったらしく、マドンナはルーカス先生のプロデュースが音多すぎるからってんでボーイフレンド呼んできてミックスさせなおした、みたいな経緯があったらしい。でもどっちがどっちのバージョンかはよくわかりません。でもこういうのおもしろいですね。みなさんもサウンドボックスの図を書いてみて、じっくり聞いてみてください。同じマドンナのアルバムのLucky Starあたりがおもしろいでしょう。


追記。ちなみに、「ボーダーライン」の歌詞もいろいろおもしろくて、これはふつうは(1)男性優位主義(male chauvinism)なボーイフレンドに対する非難という解釈がふつうですが、(2) オーガスムを与えてくれないボーインフレンドに対するイヤミなのではないか、みたいな解釈が英語圏ではあるようです。

さらにどうでもいいけど、Lucky Starの歌詞も微妙で、これは男性に向けた曲ではないと思う。 shine your heavenly body tonight、とか男子に向けたものではない。

ここらへん、80年代にはマドンナ先生まだネコかぶってたと私はおもいます。

ポップ音楽の何を聞く (2) ツェッペリンのサウンドボックス

前のエントリの、リズム、ベース、ハーモニー、メロディーの四つの層、みたいな話はまあよくある話。音楽の基本ですね。クラシック音楽の聞き方でもそういう話は最初にしますね。実際にはそんな簡単な層にはなってないんだけど、とりあえずまあいいや。不慣れなリスナーはメロディー以外には注意を向けにくいところがあるのでそういうふうになってるんだと思う。

リズム、ベース、ハーモニー、メロディーっていうのは音楽の基本的要素とは言えるわけです。ベースが特に重要とされるのはなぜか、という話もあるんだけど、それはおいおい。

さて、録音芸術の場合は、それを魅力的にしているものにはさらに別の要素があるというか観点があるというか。それが「どういうふうに録音され提示されているか」です。クラシック音楽で注目されるような楽音の楽理的機能とは別にまさに「サウンド」の「感じ」と呼ばれる側面がある。これはクラシックの録音芸術でも興味深い側面だけど、ポップ音楽ではそれが本質の一部をなしているほど重要になっている。

基本的にクラシック音楽の場合は、(1) 作曲者が作曲し、(2) 演奏者がそれを演奏し、それを会場で(3) リスナーが聞く、という形が想定されているけど、ポップ音楽の場合は、(1) 作曲者が作曲し、(2) 演奏者がそれを演奏し、(3) 録音者たちがそれを音源にし、(4) リスナーがそれを聞く、って形になっている。まあ実はレコード芸術とかも(3)の要素はあるわけですが、オーディオファン以外にはあまり注意されない。ポップ音楽の場合は、作曲者と演奏者が同一の場合が多いし、最近は録音しミックスし音源にするまで一人でやったりしている。楽器やボーカルでもアドリブ等その場で生成される音の要素も多いし、音源には楽音(楽器や声)以外のものも入れられることが多いので、そもそも「曲」というのがどういう単位なのかもよくわからない

そういうわけで、ポップ音楽とかを「聞く」ときには、例のリズム、ベース、ハーモニー、メロディーという四つの層(レイヤー)ってだけでは不足なのす。さらにそうしてできている「機能的な音楽的要素」の他に、それがどのようにしてリスナーに届く音源の形(shape)になっているのかも意識しないとならない。これが今回紹介しているムア先生の本の最初の章が「shape」っていうタイトルになっている理由なわけです。

んじゃ、四つのレイヤーの他に何があるか。これは「サウンドの感じ」以上にはなかなか説明しにくいですが、ムア先生の分類によれば、音源の位置(location)と音色(timbre)だということです。まあもっと分節化できそうな気がしますが、けっきょくはどこでどんな音色の楽器や楽器もどきが鳴っているのか、ということですわね。

楽音の位置について、ムア先生の提案は、録音音楽を聞くときに、「サウンドボックス」に注意してみようってなことも言ってるっぽい。これは先生独自の用語で、日本だと「音像」とか「音場」とか言われるやつですね。ステレオ音源だと音がスピーカーやヘッドホンの左と右に分かれているわけですが、楽器や声はその音のフィールドのどこかに位置していて、それがけっこう重要なこともある。

まあヘッドホンとかで音楽を聞くのは生音やスピーカーで聞くのとはまたちがった快感があるんですが、あの快感の源泉の一つは、頭のなかに一つの「サウンドボックス」と呼べるような空間がひろがって、そこのあちこちでいろんな音が鳴るからですわね。

まあステレオ初期は音を動かすのがはやってて、まあ典型は

このトラックは何回も言及してますが、最初から聞いてもらうとこうしたサウンドボックスってのを考えるときにはシンプルでいいと思う。

まんかにボーカルがいて「あふっ」ってセクシーな声あげると、左のスピーカーから歪んだギターが飛び出す! この左のギターは、ギターアンプのスピーカーのごく近くにマイク置いてる感じで、スピーカーの紙が動くのが聞こえるようだ。ところが、このごく近いスピーカーの音が、部屋(?)のどっかに反響して、中央〜右でそのエコーが鳴っている。すばらしい録音アイディア。そして重いベースギターが真ん中に入ってきて、さらにドカスカタカスタと重いドラムが入ってきて、これがヘビーメタルだ!それぞれの楽器が微妙に反響して「空間」って感じになっている。

一瞬で聴覚的に一個のボックスができあがって、そこで各楽器が振動している感じ。これはすごい。スネアドラムのスネア(シャラシャラいう響き線)やシンバルとかも、残響うまくとらえていて音源の上の方に広がる感じで、これ以上の名録音っていうのはないくらいですね。

曲のまんなかのごちゃごちゃカオスな部分で効果音が右〜左と動いて気持ち悪いとか、そういうのも、ステレオ録音最初期によくやられたけど(ビートルズの時代からいろいろあります)、この録音は非常に効果的。ぶっとぶぜ! とにかくこれが録音芸術でのサウンドボックスの効果ですわね。

んで、中間のブリッジ、ベースとドラムと左のギターが派手に「デンデンっ」ってやって、右でリードギターがクワァーってソロ弾くとろろ、このギターの位置と音色も最高ですね。

それまでのカオスなパートは、なんかドラッグでもキメてる感じをねらっていて、音は左右に動くわ、残響は多いわで幻想的な感じなんですが、デンデン!のあとの右ギターは、ものすごく近い! もう目の前でギター(とアンプ)弾かれてる感じ。これは残響切ってるからでもあります。いきなり顔の前っていうか目の前にジミーペイジ先生の下半身についているアレ(ギター)をつきつけられた感じですね。どうだ、おれのアレ(ギター)はこんなにあれだ!すごいだろう。すごいです。すごいー。

もうアレ(ギター)をこんなふうに目の前につきつけられたら観念するしかしょうがないですね。暴力だ!あとはもう興奮の絶頂。ロバートプラント先生のリバーブかかった声にやられるしかない。

そして、ぎゃーん、ってなったあとの「Way down inside、Woman, you need it」「ジャッジャーン」。おまえはいやだいやだと言ってるが、ちゃんと反省してみれば、おれのこれ(サウンド)が欲しいんだろう、正直にいえ、へへへ、おれにはわかっているぜ、ということです。そういうことなので、ああ、そうなの、必要なのです、と答えざるをえない。屈服。

そしてここの、エコーの方が先に来るというへんなヤマビコもどうやってとってるかわからない有名なところで、本体よりヤマビコの方が早い。一説によると、一回録音したテープを消しそこねてこういうふうなへんなことになったということらしいですが、そんなうまくいくかなあ。私は計画的にこのヤマビコ→声本体をつくってると思いますね。

とにかくこれ名曲名録音名プロダクションで、曲や演奏でよい曲というのはあるわけだけど、録音まで含めて総合的にこれ以上の曲というのはロック史上でもめったにないと思う。トップだろう。

というわけで、みなさん「サウンドボックス」という意識で音源聞きなおしてみてください。


ちなみにツェッペリンわからないという人が多いのですが、それは残念なので鑑賞方法を習熟しましょう。コツは、(1) できるかぎり大きな音で聞く、(2) 座ったまま聞かずに、体を動かす。この「体を動かす」のが、だいたいどんくさい例の白人中流階級ティーネイジャーのあれな踊りになってしまうのは我慢することです。

もっとおしゃれにツェッペリンを理解したい人は、まずQuestlove先生のライブ音源を死ぬほど聞いて黒人的なかっこいい体の動かし方を学んでからツェッペリンに戻る。クエストラブ先生を聞けば、ジョンボーナムが何者であったのかがわかるようになる。

ポップ音楽の何を聞く (1) 音の層(レイヤー)を意識してみよう

新時代令和ってことなので、新シリーズもはじめたい。令和といえばやはり音楽っすね。歌詞については前から継続しているシリーズがあるから、歌詞以外のポイントをいろいろいじってみたい。

種本は前のエントリで紹介したムア先生のSong Means。あれやこれや参考にしながら、録音芸術としてのポップ音楽を楽しむ方法を考えたいです。もう趣味は音楽鑑賞しかないから、わたしと気のあう人々音楽をもっと楽しめるようになるヒントみたいなの書けたらいいんじゃないかと思います。

この本の最初の章は「方法論」でまあ面倒な話しているから飛ばして、本論最初の第2章は「Shape」。この本の用語は訳しにくいんだけど、とりあえず「形」ってことだけど、まあポップ音楽がどんな形のものかってことだと思う。

ムア先生は「ポップ音楽は4つの層(レイヤー)があって、それ注意するのが第一歩だ」というようなことを言ってるような言ってないような[1]この先生、ちょっと気取ってるところがあって読みにくいんですわ

四つの層というのは

  1. ビート explicit beat layer
  2. ベース functional bass layer
  3. メロディー melodic layer
  4. ハーモニー harmonic filler layer

なんだけど、この「explicit」「functional」「filler」とかいやらしいっしょ。なんでそういう語つかうかというのはそれなりに理由があるんですが、まあ私なりに説明します。

ポップ音楽はだいたい (1) 打楽器つまりドラム類、(2)ベース、(3) ボーカルやその他の単音管楽器、ソロギター、(4)音楽的空間を埋めるキーボードやギターのコード楽器、の音によって構成されてるってことですわ。まあ当然といえば当然。

音楽をぼーっと聞いてると、(1) ドラムや(2)ベースや(4)コード楽器がなにをしてるのか意識してないことがあるんで、そういうのよく聞いてみよう、ってことなんだと思う。その方がたのしい。

実際、不慣れな学生様と音楽について話をしても、ボーカルのメロディーと歌詞以外のことはあんまり話になならなかったり、バックでどういう音がなってるのが分析できないような感じありますよね。楽器の名前を知らないとかもあるかもしれないけど。

一曲聞いてみましょう。八神純子先生の「みずいろの雨」。この演奏はすごいっすよ。

この曲の(1) explicit beat layerとしてのせわしないドラムと(2) explicit bass layerとしてのベースを味わってみてください。ドラムは林立夫先生、ベースは後藤次利先生じゃないかと思うんだけどブラジルのサンバに由来するリズムでものすごいテクニック。

ドラムは16thフィールでチキチキやって、ときどきタムタムを叩くパターン。難しい。っていうか私楽譜にはできない。他の打楽器入ってるかと思ったらたいして入ってなくて、一人でこのサンバ〜フュージョンのノリをつくりだしてますね。すごい。

サンバの感じをドラムセットで表現するのはたいへんなんすよ。1970年代後半、下のスティーブガッド先生に刺激されていろんなドラマーがチャレンジして、国内ドラマーがやっとそれができるようになった時代じゃないですかね。まあここまでテクニカルじゃないけど、ノリをだすだけでたいへん。

これは、サンバのバッテリと呼ばれる打楽器隊のを表現しようとしているわけです。

ベースは頭のサビの|デーデーデ|デーデーデ|っていう比較的ゆっくりしてると聞こえるパターンと、Aメロの|デーンデデデ|っていうせわしないサンバのパターンの二つを使いわけてます。このドラムとベースのユニットでこの曲の3/4ぐらいができてる印象ですね。この演奏できるミュージシャンは、当時このコンビ以外にはほとんどいなかったんちゃうかな。

ちなみに、上のスティーブガッド先生がこういうリズムを一般的にしたのはこのトラック。すごい。

これが1978年で、これ聞いて世界中のドラマーがみんな練習したわけっすわ。これ、サックス、ピアノ、ベース、ドラムしかいないんすよ。わかりますか。

References

References
1 この先生、ちょっと気取ってるところがあって読みにくいんですわ

ポップ音楽でリテラシー (7) 人々をカテゴリ分けさせたい

前のエントリの見本は、去年作った仮の聴取リストをそのまんま使ってしまったんですが、学生様に去年今年と2回やってもらって気づいたことがひとつ。

私が読んだメディアリテラシーの教科書みたいなのでは、アーティストとターゲットのリスナーのアイデンティティみたいなのを推定させるのが最初の作業なんですが、1〜2回生ぐらいだとこれがうまくいかないんですね。

だいたいいつもみんな「10代〜20代の男女」ぐらいになってしまう。こういう答になってしまうのはもちろん私の説明不足なんだけど、学生様たちのあるもの見方や慣れてしまった表現方法なんかについてあることを示している。

つまり、学生様たちはまだ人々のアイデンティティというか、逆に人々の「違い」みたいなのをまだあんまり意識してないかもしれないのね。

欅坂を聞くひととExile聞く人はちがう人々だと思うんですが、それが「10〜20代男女」っていうひとくくりになってしまうわけです。音楽ジャンルは性別、学歴とかにうっすらではあっても対応しているわけですが人々をこまかくタイプ分けするっていうのがまだできてない。人々を勝手にカテゴリ分けするのはよくないことですっていうふうに教育されているのも影響しているかもしれないし、あるいはカテゴリ分けして見てるけどそれを表明することは避けてるのかもしれない。でも2回生ぐらいになれば、聞く音楽からどういう人かっていうのはわかりますわよね。

まあこういうのはおもしろいなと思う。

(おそらくこのエントリはちょっと問題があるんだけど、まあおいおい書き直すです)

ポップ音楽でリテラシー (6) 最初の一歩は見本を示す

下は、あんまり説明してない時点で、1回目の分析(もどき)をやってもらうための課題のためのテンプレというか見本。まあ見本みせないと学生様はなにをやればいいのかわからんし。


アーティスト名: 欅坂46
曲名: エキセントリック
YoutubeのURL: https://youtu.be/65v7JSBpQ4U
作詞: 秋元康
作曲: ナスカ
編曲:?
歌詞: http://j-lyric.net/artist/a05b333/l03efac.html

楽器編成: 打ち込みリズムセクション、ピアノが印象的。
ジャンル: アイドルソング
リズム・パターン: 4つ打ち
テンポ:130BPM ( http://tunalab.web.fc2.com/txt_lib/get_bpm.htm で計測できる)
形式★: あとで


シンガー・バンドの年代性別服装等:女子高生
シンガー・バンドの印象、ライフスタイル: 鬱な女子高生
想定されている楽曲リスナー、購買層: (1) 鬱屈しているオタク男子、中学生〜オヤジオタまで (2) アイドル好き中高生女子、鬱屈?
語り手のアイデンティティ/どういう人物か/年代性別等: 中学生〜高校低学年男子?女子もあり。
語り手とは別に主人公がいる場合はそのアイデンティティ: 語り手が主人公
語りかけられている聞き手のアイデンティティ、年代性別等、ライフスタイル等: 自分自身に語りかけている。もうなにもかにもいや。


歌っている場面はいつ:教室で鬱屈している現在
どこで語られているか: 教室か自分の部屋か。教室の方がドラマチックでよい。
いつのことについて語られているか: 今現在。
語り手と聞き手はどういう関係?: 本人。誰にも関係がない少年少女。
語り手はどんな状況: はみだしている、はぐれている、ぼっち、嫌われてる、敬遠されてる、噂されている
聞き手はどんな状況?: 同上
語り手がかんじていると思われる感情: 絶望、孤独、憎しみ、嫌悪。
歌詞の語りの聞き手が感じていると思われる感情: 同上。
楽曲のリスナーに引き起こされると思われる感情: 同上。
直接のメッセージ: なにもかにもいやです。

間接的なメッセージ:
「なにもかにもいや」っていうのではわれわれは連帯できる。社会やクラスにいるくだらない偽物、インチキな奴らとつきあわず、まともな人間である我々だけで好きなように生きていこう。

その他:

直接には「水清ければ魚棲まず」 http://kotowaza-allguide.com/mi/mizukiyokerebauo.html だが、さらには屈原の楚辞「漁父の辞」にも暗に言及している。


**** 歌詞とその1行1行について気づいたこと★ ****

(次回やる)


こっから中級

性的な含み:
ダブルミーニング:
言葉遊び:
解決されない謎:
歌詞のないボーカル、掛け声等使ってるか:
「フック」、特徴的な音楽的工夫、音楽的におもしろいところ:
コーラスの使用、性別等コーラスの使用、性別等★:
コールアンドレスポンスの使用★:
前奏・イントロの特徴★:
オブリガート、フィルイン等の特徴★:
間奏の特徴★:
エンディングの特徴★:
ギター★:
ドラム★:
ベースライン★:
その他アレンジの特徴★:


これの自慢というか工夫は、「水清ければ魚棲まず」のような引用を発見させようとしているところで、学生様の一人は宇多田ヒカルの”Traveling”から平家物語を発見してくれました


ポップ音楽でリテラシー (5) なんでトライしてみているか

ポップ音楽使ったメディアリテラシーみたいなのに興味があるのはいくつか理由がある。

まず「リテラシー」として、ふつうに目の前にありよく見聞きしているものが、学生様が思っているより内容豊富であるってことを理解してほしいっていうのがある。ビートルズとかからポップ音楽鑑賞をはじめた世代としては、ある程度は歌詞やそのメッセージに注意して聞いてほしいと思っているのだが、J-POP以降の多くのリスナーはそうではないように思える。

ふつうはそうしたリテラシーは古典文学作品を利用して教えるものだと思うけど、昨今はそういうのなかなか難しいし、長い文章や難しい文章だと学生様がついてこれなかったり、私の気力が続かなかったりする。そもそも学生様がそうしたマテリアルに興味をもてるかどうかもよくわからない。小説とかの文学作品なら可能かもしれないけど、私あんまり詳しくないし。ラノベとかにもよいものはあるんだろうけど、よく知らんし。ポップ音楽なら3分だし楽しいし、私もそこそこ知識がある(少なくとも文学よりは)。

ポップ音楽なら歌詞テキストの分析以外にもいろいろやることがある。各種の音楽的な背景や仕掛けや工夫、ビジュアル表現、ライフスタイル、政治的主張、ポップ産業のありかた、広告と、現代のマスメディアとそこで生きる我々の生活を考えるには題材だと思う。

ってなわけで2回生の前期ゼミ半期1回分ぐらいやってみるのはいいんちゃうかと思ってるわけです。1回生後期でもいいかもなあ。

ポップ音楽でリテラシー (4) 音楽分析マストハブ

今年も2回生ゼミ(前期)ではメディアリテラシーみたいなのやっていて、やっぱりポップ音楽からやろうかとしてます。まあそういう題材でゼミするっていうが私に許されるかどうかわからないんだけど、基本的にこの時期は好きなものについて調査したりプレゼンで熱く語ったりできるようになってもらうのが目的なので、題材はなんでもいいといえばなんでもいいというのもあり。私の担当の「倫理学」とかの授業をやっとやってる時期なので、私の専門に近い面倒な話はやりづらいというのもある。

連休つかって、書籍ながめたり、日本の論文いくつかあたってみたり。でもなかなか文献情報が見つからないのでよね。卒論はJ-POP論で書きたい、みたいな学生様たちは全国でかなり大量にいるんじゃないかと思うんですが、手引きがないのはこまりますね。

私が見たものからいくつか紹介しておこうかしら。

おそらく概説でいちばん定評あるのはシュクラー先生のこれだと思う。これは版を重ねていて、楽曲だけでなく、ポップ音楽の歴史やそれをとりまく産業や聴衆とかの話までカバーしたもの。

楽曲に特化して分析の手法を示しているのは下のがいまのところ(私が見たなかでは)最強な感じ。

録音芸術としてのポップ音楽を楽音レベルで分析する手法を提示していて、楽曲の構造やらレイヤーやら歌詞におけるペルソナ(語り手や聞き手やパフォーマー)の問題やら、楽曲を一番大きな単位として考えるときにはとても優れてる。

同じようなのをもう一冊おさえておくとすれば下の。

こっちはもっと大きく楽曲を売ったり享受したりするところまで分析しようってものだけど、歌詞の分析に一章使ってる。ここまでの3冊もって目を通しておけば、まあそれなりにしったかぶりとかできそうな気がしてるんだけど、どうだろう。

下のは、実際に1人1曲を担当して細かく分析してみせてくれているもの。

他にも、私が目を通してみたのはここらからいくつか拾えると思う。
https://booklog.jp/users/yonosuke1965?keyword=popular&display=front

下の『ユリイカ』特集目を通してみたんですが、文献情報もそれなりにあって勉強になりました。15年ぐらい前の「J-POP」の歌詞にまわつわる問題意識がわかる。

それに収録されている増田聡先生や北田暁大先生の論文を観ると、ポップ音楽研究で国内でわりと有名なのが下のものらしいけど、私は未読。入手がむずかしそうでまだ見てないです。

名曲「人生は夢だらけ」にコメント

気づいたことを簡単にコメント。

大人になってまで胸を焦がして
時めいたり傷付いたり慌ててばっかり

ここ、ジャズの曲でいう「バース」(verse)になってて、うしろの歌詞の流れとは一応独立で、それ以降の歌の内容を前置き・要約しているんですね。ふつうはうしろの歌本体の「リフレイン」あるいは「コーラス」と呼ばれる部分とは別のメロディー・コード進行使うんだけど、この曲ではそれではくどいのでおなじものを使ってるんだと思う。

バースがいいのは、これが一番有名かな。楽器だけでやるときもバースのメロディーを前奏っぽくやるのがふつう。

この世にあって欲しい物を作るよ
小さくて慎ましくて無くなる瞬間

こっから本論。この主人公は無くなる瞬間を作るお仕事です。もちろん音楽。ドルフィー先生のこの一言が有名ですね。

“When you hear music, after it’s overit’s gone in the air. You can never capture it again.” 「音楽は終ったら宙に消えてなくなってしまう。二度ととりもどせない」ものすごく有名。ちなみに、このYou don’t know what love isは聞いておきなさい。

こんな時代じゃあ手間暇掛けようが
掛けなかろうが終いには一緒くた
きっと違いの分かる人は居ます
そう信じて丁寧に拵えて居ましょう

音楽とか簡単につくれる時代になって、上質なものも粗悪なものも流通していて、聞く方も大量に聞いてるもんだから違いがわからなくなってるけど、音楽好きはいるからがんばりましょう。どっかの映画監督みたいなのはだめですよ、と。

あの人に愛して貰えない今日を
正面切って進もうにも難しいがしかし

さっきは説明しませんでしたが、ここのキーはEbメジャー(変ホ長調)、ふつうにI-IV-II-Vl-Iという進行なんですが、ちょっとだけ工夫されていて、IIのところが部分的にIIm7-5っていうマイナーキー(変ホ単調)の進行が入ってるんですね。モーダルインターチェンジって技。まあふつうだけど、IIm7-5-Vと聞くとマイナーコードに決着するのな、って予想されるけどEbメジャーに落ちつくところがちょっとした工夫。あとまあ最初のところとかピアノいろいろやっててコピーしようと思うと面倒ですね。たとえばふつうはEbで4小節同じように鳴らすだけでOKのところを、Eb△7 → Eb+5 (aug) → Eb6 → Eb7 → Abって細かく装飾してます。こういう細かい工夫があちこちにあってなんかコテコテ。

実感したいです
喉元過ぎればほら酸いも甘いもどっちもおいしいと
これが人生 私の人生 鱈腹味わいたい
誰かを愛したい 私の自由
この人生は夢だらけ

このサビのところは前でちょっと予告されていた単調Ebマイナーに部分的に転調しているというか、実はこの部分はジャズでよくやられる「枯葉」(枯葉よ〜枯葉よ〜)の前半部と同じ進行なんですよね。

まあジャズミュージシャンが好きなスムーズな進行で、キーがEbmなら(フラット多すぎ!)

Abm7 – Db7 – Gb – Cb – Fm7-5 – B7(b9) – Ebm (- Eb7) みたいな進行。女芸人の人生歌うのにサビが「枯葉」っていうのはなんか諧謔も入ってるんですかね。

ベースとかもジャズらしくウォーキングしていてかっこいい。そして「人生は夢だらけ!」で一発爆発!ゴージャズなモダンジャズビッグバンドサウンド。これかっこよくて、はじめて聞いたときシビれました。編曲は村田陽一先生。ベイシーというよりはサド・メルとかその後継以降のモダンなサウンドよねえ。後半でキーがEbマイナーからAbマイナー(というかG#マイナー)に転調してます。なんでこんな複雑なキーつかうんだ!ヘタクソには弾けないではないか!(おそらくわざとやってる)

この世にあって欲しい物があるよ
大きくて勇ましくて動かない永遠
こんな時代じゃあそりゃあ新しかろう
良かろうだろうが古い物は尊い
ずっと自然に年を取りたいです
そう貴方のように居たいです富士山

歌詞は「大きい」「勇ましい」「古いのが尊い」とかでなんか伝統主義者か右翼みたいなの連想して、最後の「富士山」でずっこけるのがいいですよね。私何回聞いてもずっこけます。そう、政治がどうのこうのなんてこまかいこと考えないで、富士山みたいにゆったりしたいですわ。

3拍子ではあるけどそれと2拍子が複合されてる「ジャズワルツ」っていうリズムに変更されている。このテンポのやつ、紹介するべき適当なのがすぐにはおもいうかばないけど、とりあえずコルトレーンとかがやったやつですね。(あんまりよい例じゃないのであとでいれかえます。)

これ、マーヴィンゲイ先生のWhat’s goin’ onを3拍子にしてるんだけど、この3拍子と2拍子が複合した感じがジャズでかっこいい。

二度と会えない人の幸せなんて
遠くから願おうにも洒落臭いがしかし
痛感したいです
近寄れば悲しく離れれば楽しく見えてくるでしょう
それは人生 私の人生 誰の物でもない
奪われるものか 私は自由
この人生は夢だらけ

最後のところはE△7 on Bb→Ebm7 on Bb → F/Eb とかかっこいいモダンな響き。

他にも歌唱法、アクセントのつけかた、吐息の入れ方とか、スキャット、伴奏に音えらびや対旋律まで、細部まで工夫された名曲です。ものすごく手間暇かけられたものは何回聞いても新鮮な驚きがある。みんなも気にいった曲は何回も聞いてください。