投稿者「江口」のアーカイブ

オペラを見よう

(学生様向け)

クラシック音楽好きな人は多いと思いますが、オペラはあんまり知らないという人は多いと思います。私もあんまり知らない。これはやはりオペラはちゃんと舞台見ないとならからですね。そしてDVDが高い。

でも図書館とかにいけばDVD見ることができますのでぜひ見ましょう。実はオペラは有名作はそれほど多くないので、5〜10本ぐらい見ればすでにかなりの教養人です。YouTubeでもけっこう見ることができるんですよね。ただしこういうのは音響がよくないとおもしろくないので、しょぼいPCのスピーカーなどで聞いてはいけません。せめてイヤホンとか使いたい。

私のベストテン。

  1. モーツァルトの『ドンジョヴァンニ』 https://www.youtube.com/watch?v=NBt2vjTdCh0
  2. モーツァルトの『フィガロの結婚』。モーツァルトは誰でも見なくてはならない。 https://www.youtube.com/watch?v=xKhY7aV3KzY
  3. ビゼーの『カルメン』。オペラらしいオペラ。 https://www.youtube.com/watch?v=u_fh84Iqetc
  4. リヒャルト・シュトラウスの『サロメ』。奇っ怪。シュトラウスは他のもおもしろい。 字幕つきのはなさそう https://bit.ly/3GGgOIm
  5. プッチーニの『トゥーランドット』。プッチーニもどれもおもしろいです。字幕つきのはなさそう https://bit.ly/3gukjHa

これでいいと思います。これだけ見ましょう。ヴェルディさんのオペラが入らなかったけどまあ「椿姫」と「アイーダ」。

ワーグナーは「トリスタンとイゾルデ」とかはおもしろくないのに長くてしんどいので、せいぜい「さまよえるオランダ人」ぐらい。「マイスタージンガー」は実はおもしろいんですけどね。

↓は以前に書いたもの。

他に有名ミュージカルもじゃんじゃん見たいですね。ハブ・ファン!

トリスタンとイゾルデの「動機」(1)

いつもの某講義でちょっとワーグナーの『トリスタンとイゾルデ』の話をしたんです。この曲、動機(モチーフ)になにやら象徴的・文学的意味があるってことになっていて、それを理解するとおもしろいんですよね。せめて前奏曲だけでもその秘密を理解したい。大好きなショルティ先生で。

以前から音を聞かせながら説明したいって思ってて方法を考えてるんですが、とりあえずYoutubeでどんな解説動画があるか確認してみたり。

このシリーズがいいですね。

最初のやつですね。これ、解釈者によっては「媚薬の動機」ってことになってると思います。ワーグナー本人が解説してくれてるわけじゃないから解釈者によって呼び方はさまざまですね。私は「媚薬の動機」派です。この冒頭部はいわゆる「トリスタン和音」が含まれるところで、それについては日本語でもかなり解説がありますね。私はジャズで音楽理論勉強したので、「ただのG7(b7,b13)≒ G7(alt)のルートのないやつじゃないですか」派です。Am – G7(alt) – E7かなあ。

「まなざし」とか「憧憬」とかいわれるやつ。上にいって下に行く。最後の「ド〜↓レ」って落ちるところが、「すてきだ!」って見てから「いやでも俺なんかの手には入らない」みたに思うがっかり感があると思って聞いてます。とにかくなにか困難がある。

「魔法の小箱」。そうなの?

これが「媚薬」なのか。ずいぶん効きがおだやかだなあ。

「死の望み」。そうなの?なんか希望がある感じだけど。

なんかちょっとちがうなあ。

アーネスト・ニューマン先生という方の解説動画だとちょっとちがう?

この先生は最初の動機を「悲嘆」と「欲望」の二つに分けて理解してますね。いろいろむずかしい。しかしこのニューマン先生のはすばらしい自分で弾きながら説明してるんでしょうな。字幕ちゃんとつけてあげたいですね。

もうすこし勉強してみたい。

授業の感想の「驚きました」と「共感しました」

どうでもいいことなんですが、講義なんかでフィードバック(感想)を集めると「〜に驚きました」「〜に共感しました」っていう言葉をよく見るんですが、なんか違和感があって、すこし他の表現を工夫してもらえるとたすかるな、みたいな話。

続きを読む

八重樫徹先生の「猥褻」論(3) 「悪い」「悪さ」は少し避けてみたらどうでしょう、あるいは単なるグチ

八重樫先生の「性表現の哲学入門」の第2回は、「猥褻」を性的興奮と性的羞恥心によって定義した上で、その「道徳的悪さ」を検討するというかたちになってます。

まあ「猥褻」をそういうふうに定義するというのが、八重樫先生がそう定義したいというのならば文句を言うつもりはないです。でも今度は「道徳的に悪い」というのが気になる。

前にも書いたんですが、これは批判やコメントというよりは、グチに近くなってしまうんですが、この「悪さ」っていう表現は、ここ5年ぐらいで日本の若手哲学者まわりで突然よく見るようになった表現じゃないかと思うんですよ。もちろん言いたいことはわかりすのでそれはそれでいいんですが、私はもっと適切な表現があるんじゃないかと思って心配してます。

私が気になるのは、たとえばある表現が「道徳的に悪い」と言う場合に、その「悪い」というのはなにと比較して悪いのかとか、あるいはどんな基準に照らして「悪い」のか、っていうのが曖昧になってるんじゃないかということです。そりゃ「悪い」というのはもっとも広い否定的な表現なので使いやすいですが、そんなにぼんやりした表現つかってすますのってなんか怠惰じゃないですか?

たとえば男女の性器を直接に描いたマンガを「道徳的に悪い」って言いたいひとはいるかもしれない。でもここで「悪い」の解釈はいくつかに分かれる。

  1. 性器を直接に描かないマンガと比較した場合に、直接に描いたマンガは道徳的に悪い
  2. 性器を直接的に描いたマンガは、道徳的に非難されるほど悪い
  3. 性器を直接的に描いたマンガは、2.の意味で道徳的に悪く、さらにそれは社会的に非難され規制されるべきで、場合によっては法的に規制されるほど悪い

そもそも「悪い」とか「悪さ」とか書く人々が、「悪い」という語をどういうふうに使っているかもよくわからないんですよね。私はオールドウェーブの勉強したまんまなので、基本的に「よい」とか「悪い」とかっていうのは価値判断であり、なにかを選択する際には「悪い」ものより「よい」ものを おすすめする とか、あるいは「道徳的に悪い」であれば「非難に価すると 私は考えている 」だとかそういうふうに理解してるんですが、「悪さ」「道徳的な悪さ」とかっていう言葉を使うひとびとが、そこらへんがはっきりしているのかどうかよくわからないのです。

「道徳的な悪さ」とかよりももっとはっきりした言葉は他にあって、たとえば、「社会的な非難に値する」≒「みんなで悪口を言うべきだ、場合によっては縁を切るべきだ」とか「法的な制裁に値する」≒ 法的な罰を与えるべきだ、とか、「そうでないものにくらべたら推奨できない」とか、いろいろあると思うんですよ。

すくなくとも、「道徳的に悪い」「道徳的な悪さ」っていう言葉をつかうときは、それが集団的な非難や社会的な規制に値するほど「悪い」のかどうかぐらいははっきりさせてほしいのです。つまり、「道徳的に悪い」「道徳的な悪さがある」みたいなぼんやりした話してないで、どの程度悪いと思ってるのかはっきりさせてほしいのです。

「悪い」にくらべて、「道徳的に不正」っていう言葉を使えば、だいたいそれは社会的に非難され禁じられるべきだ、っていうのがはっきりすると思います。「道徳的に望ましくない」「道徳的に問題がある」だったら、まあ非難されるかどうかはわからんけどできれば避けてほしい、ぐらい。「道徳的懸念がある」だったら「それするならいろいろ考えろよ」。「悪い」「悪さ」なんてぼんやりした表現つかってないで、そういう表現つかいませんか?

八重樫徹先生の「猥褻」論(1) 猥褻の定義

『フィルカル』っていう若手中心の哲学とカルチャーに関するすばらしい雑誌があって、いつも楽しく読ませてもらってます。八重樫徹先生っていうこれまた優秀な先生が性表現の問題を哲学的に分析する話を連載しているのでじっくり読まざるをえないですね。とてもおもしろいです。

続きを読む

「ヘイトスピーチや悪口を分類しよう」のおまけ:定義は選言の形でもかまわんよ

前のエントリ「ヘイトスピーチや悪口を分類しよう」の補足ですが、「ヘイトスピーチを分類しよう」ってんですが、んじゃそもそも「ヘイトスピーチ」の定義はどうなってるのか、と気になる人がいるかもしれません。それはとてもよいことです。Yong先生がそこらへんをどう扱っているかはとても参考になります。

続きを読む

ヘイトスピーチや悪口を分類しよう

言論の自由と悪口の関係については興味があって、昨日Yongという先生の「言論の自由はヘイトスピーチも含むか」っていう論文(Yong, C. (2011) “Does Freedom of Speech Include Hate Speech?,” Res publica , 17(4))読んでたんですが、ヘイトスピーチでありえるものを分類してて興味深かったです。

続きを読む

清水晶子先生の「学問の自由とキャンセルカルチャー」での「定義」の問題

https://yonosuke.net/eguchi/archives/15710 に続いて、また清水先生の講演の問題点に戻ってしまうんですが(しつこいけどいやがらせではない)。ちょっと「学問の自由」と「キャンセルカルチャー」の定義を見てみたい。

続きを読む

清水晶子先生の「学問の自由とキャンセルカルチャー」講演

言論の自由とかキャンセルカルチャーとかには職業がらどうしても関心をもたずにはいられないので、「フェミ科研と学問の自由」シンポジウムでの清水晶子先生の「学問の自由とキャンセルカルチャー」を見ました。この講演は私はいろいろ問題あると思います。

続きを読む

定義ってなんだろう (1) 定義の分類と注意

男性や女性やトランスジェンダーの「定義」がネットでずっと話題になってます。これは日本語圏だけでなく英語圏でもですね。先進国はそうなんだと思う。

定義の問題は昔から気になっているのですが、自分で書いてみる機会がなかったので簡単にまとめておきたいです。本当はなにかの授業でやっててしかるべきなんですが、そういう抽象的な話をする機会がなかったのですわ。「哲学」や「論理学」っていう名前の授業をもつことが少なかったからかな?

続きを読む

文化系のレポートの書き方の本

ちょっとほぼ私的なメモです。

レポートの文章の書き方の本は多いのですが、ゆるい学部でのゆるい文化系のゆるい卒論の指導に困ってる先生は多いと思うので、参考書。いつものようにリンク踏んで買ってもらえると私にアフィリエイト収入が入ります。

続きを読む

「ジェンダー論」の文献は難しすぎる(清水晶子先生の場合)→あきらめ

この前千田有紀先生の文章にコメントしたので、それが批判(?)している清水晶子先生の「埋没した棘」っていう論文も読んでみたのですが、これは千田先生のやつに輪をかけて難しい、というより私にはほとんど理解できませんね。こういうの読まないとならない学生様院生様たちはどうしてるんだろう?

続きを読む

堀田義太郎先生の「女性専用車両は不当な差別か」について (5) 女性専用車両をめぐる論議とは(おしまい)

続き。 https://gendai.ismedia.jp/articles/-/97683

というわけで、いろいろ文句つけてしまったのですが、堀田先生の論説の基本的な主張と結論には私はまったく異論はないのです。つまり、電車痴漢の被害は甚大なので、形式的には差別に見える女性専用車両はやむをえない、そして男性は痴漢やその他の性暴力の被害の大きさをよく考えて撲滅に協力すべきだ、そのためにはまずは多くの男性はそれぞれが自分の意識を変革すべきだ、というのはまったく同意するのです。でもそこに至る議論に文句があるわけです。

続きを読む

堀田義太郎先生の「女性専用車両は不当な差別か」について (4) 平等な尊重の要請をくつがえす理由?

続き。 https://gendai.ismedia.jp/articles/-/97683

最後の方の「警戒と不安には理に適った根拠がある」「尊重要請は当てはまるか」の小見出しのところもなんかおかしな議論をしているように思います。

続きを読む

堀田義太郎先生の「女性専用車両は不当な差別か」について (2) 被害を訴える資格

続き。 https://gendai.ismedia.jp/articles/-/97683

次は「心理的苦痛を訴える資格」。これは見出しからして心乱れます。そんなものがあるのだろうか。苦痛は苦痛であり、それを訴える資格なんか必要がないと思う。もちろん、それを考慮に入れるかどうかというのはその訴えを聞く方の都合でいろいろあるでしょうが、「苦痛を訴える 資格がない 」みたいな言いかたってとほうもないように私には思えます。

続きを読む