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最近学生様に教えてもらった曲 (3) THE BLUE HEARTS 「1000のバイオリン」、Dish//「猫」

The BLUE HEARTS 「1000のバイオリン」

https://www.utamap.com/showkasi.php?surl=39501

これはいいっすね!最高っすね!っていうか、なんでブルーハーツを学生様に教えてもらうなんてことになってるんだ。CDはもってたはずだけど、そんな何回も聞いてるわけじゃないからか。

「ドンッタタッタ!」のイントロいいね。ギターサウンドも最高。パンクロックの最高峰。ロックというのはこうでないとならんと思う。

主人公は中学生か高校1年ぐらい、別になにもとりえがなくて、教室でぼーっと机の上の鉛筆と消しゴム眺めてヒマラヤだのミサイルだの考えてる。夜になると彼は支配者たちと晩御飯食べたりいっしょにテレビ見たりするけど、支配者たちに心は許さないのだ。夜支配者が寝たあとでベッドからこっそり抜けだすして冒険に旅立つのだ!ハックルベリーが友達だから本人はトムソーヤで、まあ自分が実はおぼっちゃんであることはよくよくわかっている。それでも冒険するんだよ。少なくとも布団の中や、授業中にはね。熱いトタン屋根の上には猫もいるしね。さいこう!


Dish// 「猫」

https://www.uta-net.com/song/234121/

これはとてもすぐれた曲だと思う。優秀すぎてびっくりした。

まあDishのボーカルの人(北村くん)ものすごい歌うまいし、歌詞の内容も十分咀嚼して、ライブなのに完璧な歌唱ですごい。

あいみょんの曲と歌詞は、ものすごく新しいってのではないんだけど、とんでもなく高品質だと思う。

最初「夕焼け」キーワードで夏の終りぐらいの季節感を一気にバチっとキメてる。「飲みこんでしまえ夕焼け」「明日ってうざいほど来るよな」みたいなのがなんか自暴自棄というかガクっときている感じが出ている。

「君の顔なんて忘れてやるさ/馬鹿馬鹿しいだろ、そうだろ」のところ、「〜〜〜馬鹿!〜ばかしいだろう」みたいになっていて、聞き手に「この馬鹿!」って言おうとしているのがほんとにうまい。北村くんもよくわかってる。

サビのところ、「心と体が喧嘩して」のところがミソだと思う。これ、すごいっすよね。心と体が喧嘩している。意見がくいちがっている。つまり、心は「もういいや」っていってるけど体は欲しがっている、「おらおら、体は正直じゃねーか」というやつですね。これ、男子の歌じゃないよね。男子だとこういうふうにはならない。だって「俺の頭はいやがってるけど下の方の大砲がおまえを狙っている」とか北村くんが歌うにはひどすぎる。まあ男子はふつうはこういうふうには感じないわけですし、もし感じててもそういうことは歌わない。それが許されるのは女子だけ。実はこれ、「僕」が一人称だけど女子の歌なんですわ。

「家まで帰ろう一人で帰ろう」「家までつくのがこんなにも嫌だ」みたいな感じもほんとに実感がこもっている。

最後のところ、「君がもし捨て猫だったらこの腕の中で抱きしめるし/ケガしているならその傷拭うし/精一杯の温もりをあげる」みたいなの、これも男子のものではない。いかにもケアリングな女子の愛情表現よねえ。もちろん女子はこういう感じで男子から想われたいと思うと思うけど、実際の男子はこういう発想がない。

女子が、百合的な関係にある身勝手な女子にあてた歌か(「マリーゴールド」も百合風味だし)、あるいはずばり拾ってきたけどどっか行方不明になってしまった猫にあてた歌ですかね。それにしても等身大の切実さがあって感動させる。男子が歌うとなおさら効果的。すばらしい。

この、ちょっとジェンダー・セクシュアリティ的に曖昧なところがあいみょんの曲の魅力でもある。あいみょん本人のライブバージョンもあるけど、わたしは北村くんのやつの方が効果的だと思う。

 

 

 

 

 

 

 

最近学生様に教えてもらった曲 (2) Superfly「愛をこめて花束を」、パスピエ「永すぎた春」、Radwimps「正解」

Superfly 「愛をこめて花束を」

https://www.utamap.com/showkasi.php?surl=A02718

(おそらく)女性の歌詞にしては花束を贈るとかなんか気前がよいと思う。素直な感じの歌詞に曲調で、カラオケとかで歌うと気分があがりそうでもある。

このタイプのは私はあまり聞く機会がないので、学生様に教えてもらう一方よね。林檎先生聞く人々とSuperfly聞く人々というのはやはりずいぶん違うタイプの人なんじゃないかという気がするんだけど、最近わたしはそうした趣味とパーソナリティ・ライフスタイルみたいなのに興味があるわけです。あいみょんはまた違うわよね。


パスピエ「永すぎた春」

https://www.uta-net.com/song/211857/

Superflyとかがわりと堂々と地に足のついた正常さが売り物なのに対して、このバンドなんかはサブカル風味や内省、自己反省が強いと思う。サブカルというよりボカロ音楽風味があるんかな。前はこういう感じじゃなかったんじゃないかという気がする。

三島由紀夫先生のあれと関係あるんだろうけど、読んでないんよね。

例の「ポップ音楽リテラシー」の話によせると、歌詞とかについてもいろんな基準でタイプ分けできないかと思っていて、チェックリストできないかなあ。「恋愛を歌っているか/それ以外か」で大きく分けられそう。「自分自身を見ているか/それ以外か」とかもあるかね。歌詞の複雑さはどれくらいか、みたいな基準もあるように思う。あとでちょっと考えよう。


Radwimps 「正解」

https://www.uta-net.com/movie/260329/

紹介してもらった曲のなかで、これが一番ひっかかった曲でしたわ。どうももとから中高の卒業シーズン向けの合唱曲にすることを前提とした作曲なんですかね。学校の卒業に際して、友達に感謝と別れを告げている。それはわかる。でもその友達の像があんまりはっきりしない。

最初は「この先に出会うどんな友とも分かち合えない秘密を共にした」。まあ中高の友達ってそういうことありますかね。「それなのにたった一言の「ごめんね」だけ/やけに遠くて言えなかったり」。この「ごめんね」が、男子中高生だとちょっと子供っぽいように思う。この「友」がはじめて恋愛してはじめてセックスした異性の相手だったりしたら、まあ「ごめんね」もいいかもしれないし、「どんな友とも分かちあえない秘密」みたいなのはわかるけどそれでいいのだろうか。

明日も会うのに〜明くる朝」もなんかへんで、「次の日も会うのに〜明くる朝」よね。このバンドの曲は、こういうなんかちぐはぐな日本語が目につくような気がする。あくまで印象なんだけど。

これまで「出会ったどんな友とも/違う君に見つけてもらった/自分をはじめて好きになれたの〜」。ここもよくわからないけど違和感がある。「君はこれまでであったどんな友とも違う」って言ってるのかな。そして「君に見つけてもらった自分をはじめて好きになれた」のかな。まあ友人から自分の言いところを見つけてもらって、それで自分に自信がつく、みたいなのはよい経験なのだろうと思う。このバンドのソングライターであるボーカルは、(リーダーの?)ギターからバンド誘ってもらったとかって話があるようで、そういうのが背景にあるんかなあ。

「並んで歩けど/どこかで追い続けていた/君の背中」。これはわかります。まあ友達だけど尊敬している、内緒だけど追いつきたいって思ってる、って感じでうまいと思う。でもなんで「歩けど」なんて言葉づかいするんだろう。

この友達から教わったことはたくさんあるんだけど、その友達当人との仲直り方法、女子の口説き方、興奮している夜の眠り方、なにかで負けたりしたときの回復方法、こういうのはわかるけど、「傷ついた友の励まし方」はこの友人を励ましてるのか、この友人といっしょに別の友人を励ますのか、どっちだろうかと気になる。最初の「仲直りの仕方」も友達本人だとすれば、この「励ます」のも本人かなあ。でもこのどちらも当人から教えてもらうというのもなんかへんな話よね。経験から学んだ、ということなんだろう。それにしてもなんか違和感がある。それだったら教えてもらっというよりは、いっしょに大人になってきたよな、みたいな話になるんちゃうかと思うんだけど。

んで、3コーラス目が一番違和感がある。

「あなたとはじめて怒鳴り合った日/あとで聞いたよ/君は笑っていたと」。これ、「あなた」と「君」は同一人物なんかな。ものすごく混乱する。「あなた」は男子の友達としてはずいぶん距離がある感じよねえ。

一つの解釈は、この聞き手は年上の人物、たとえば教師だと読むんだと思う。それが「君」になるってことなんかなあ。

「想いの伝え方がわからない/僕の心/君は無理矢理こじ開けたの」もよくわからない。同意がないのにこじあけてはいかんですなあ。教師なのか、あるいは男子どうしのなにかなのか。

けっこう謎の多い曲よねえ。まあ古いタイプの合唱曲みたいでしんみり歌いやすいので人気があるみたいだけど、どうもよくわからない部分が多い曲だと思うし、聞いている人々はどう解釈してるんかなと思う。

最後のコーラスの「次の空欄に〜」の部分はあきらかに教師からのテスト問題とかが想定されてますわね。

この曲のタイトルは「正解」で、メッセージとしては「人生には正解はない」ってな感じなんだろうけど、それ自体だとなんか月並すぎるようにも思う。「答がある問いばかりをおそわってきたよ」とかっていうのもこれ自体が陳腐で、学校の教師というのはまさしく「答はないんだ!」みたいなの言いそうで、正解ばっかりおそわってきたとかっていうのがなんというかテンプレにはまっている感じもして、それもなんかへんな感じがする。

このバンドの曲は、かなり平明な言葉をつかうんだけど、なんとなく語り手の視点がさだまらない感じがあって不安になってしまう。林檎先生みたいにもっと面倒につくってあれば「まあこれは面倒な曲なので面倒な仕掛けをして面倒なことを表現しているのだろう」ぐらいで納得なんだけど、サウンド的にも歌詞的に素直な感じがあるので不安になるんよね。

それにどうもメッセージというか歌詞にある思想みたいなのが、男子中高生としては素直すぎるというか、よい子すぎる感じがある。この曲、いかにも正解の歌詞、正解のメロディー、正解の伴奏、みたいなことさえ言いたくもなってしまう。私がひねくれてるのかなあ。

最近学生様に教えてもらった曲 (1) 椎名林檎「熱愛発覚中」、仲村宗悟「カラフル」、Mrs. GREEN APPLE「ロマンティシズム」

ここ数年、この時期に学生様におすすめの曲とか教えてもらうことが多いです。今年も数曲。いつものように勝手な印象評しよう。


椎名林檎と中田ヤスタカ「熱愛発覚中」

歌詞はこれ https://www.utamap.com/showkasi.php?surl=k-131113-130

まあ林檎先生らしい何を言っているかわからない歌詞で、あんまり整合的な解釈しようとして無駄だろうとは思う。IOCとかCRPとかSpO2とかMRIで輪切りにしてとか、なんか肺炎が関係あるみたいで、今年のコロナブームを予言してるような感じよねえ。発病しているのかどうか私をMRIで検査してみてください!宣告希望!みたいな感じ。

PVはおかしいし、先生のおっぱいすごいけど、歌詞とは関係ないっすね。一回カンフーサイボーグやってみたかったんだろう(おっぱいもサイボーグ)。私はライブのやつの方がすき。これはよい。アレンジもこっちの方がいいな。

 


仲村宗悟「カラフル」

歌詞はこれ http://j-lyric.net/artist/a05db7a/l04fbdc.html。

声優やってる人らしい。声がよい。それだけでもてそうだ。ミスチル風味を感じる。バンドサウンドという感じ。AABBCCみたいな形式で、つなぎのBのところで半分のテンポにしているのが工夫している。

「ストーリー」「曇ーりー」「僕は一人」とか軽く韻を踏んでるか。

「最高な結末の恋/関係ないねいつも素通り」が微妙なところで、最高な結末の恋ってのもおかしいけどたとえば(女子的には)結婚を意味するのかもしれないけど、この人はそれは関係ない、そういうのは素通りすると言っている。そういうの関係なく、「僕のスケッチ」で君との関係を描くのだ、といっている。冒頭で「難解だって僕のストーリー」ってなことを言ってるので、とにかくこのひとは「僕」の好きなようにやりたい。どんなことをするのだろうか。

「「待って」だって?そんな時間なんてない」ってことなのでこの人はおそらく急速に相手に迫るタイプ。「動いてからきめりゃいい」というまあそういう行動派ですな。んでまあカラフルな、誰もみたことのないプレイをするのですな。ちがうか。


Mrs. Green Appple 「ロマンティシズム」

https://www.uta-net.com/song/265825/

この曲はAABBCCDDEEみたいなので要素テンコモリ。部品こんなたくさんいれてたらふつうは収拾つかないと思うんだけどそれなりの構成感はある。けっこうな腕だな。

僕と私の二つの一人称が出てきて、これ同一人物なのか、二人なのか。そもそもBの「白熊のように涼しげでいたいの」の部分はその前までの人と別人かなと思うんだけどどうだろう。か。

「イマドキドキドキ」のところはけっこうよい。「さすがにそろそろあなたに恋する私に気づいてほしいのです」は「さすがに恋する」ではなく、「さすがに私に気づいてほしい」なんだろうな。

んで、ここで「あなたに恋する」といいながら、「愛を愛し恋に恋する僕らはそうさ人間さ」の非常に印象的なキメが来て、このシメをもってくるはすばらしい才能だと思う。「恋に恋する」のモトネタは最低でもアウグスティヌスの『告白』あたりまでさかのぼれるやつで、他でも書いてるけどまあ「セックスしたい!」なわけよねえ。それを最後にもってくるんだからなかなかやるなあ。「愛うらがえし故意に恋する」も同じよね。かなり皮肉でもあり、でもまあ「それが人間なんだよ!」ってな感じのポジティブさもある。まあ人間だからすぐに恋愛とかしてセックスとかもしてしまいますが、それが人間ってものです!

「濃(こま)やか」とかそういうふつう使わない言葉を使うの、なんというか知性や学歴のディスプレイなんかね。林檎先生とかはそういう人だからそれでいいんだけど、若者がやるとどうなのかという感じはある。

「濃やか」とかへんな言葉つかうのは(林檎先生以外のアーティストがやるのは)気にくわないけど、「ドクドク独特な苦もあって」とかの言葉あそびはけっこういけてる。

1コーラス目で「勇気をもって声掛ける」、2コーラス目で「勇気を出して触れてみる」。大丈夫かいな。同意は得てますか?「心動いたらあなたに恋する僕を見てほしいのです」。聞いてるときは「心動いたらあなたに恋する」「僕を見てほしいのです」だったけど、「あなたが触られて心が動いたら、(君に性欲を向けている)僕を見てほしいのです」ですな。

「悪戯にも哀を知り君と居たい意味を教える」は聞いても聞きとれない。なんて歌ってるんだろう?そもそも悪戯がなんだかもわからないし。うーん。声かけしたり触ったりするフリーダムな感じ?

このPV、イタリアかスペインみたいな感じの場所とそこらへんの人つかっていて、まあおしゃれだけどなんか私には違和感がある。どういうひとたちなんだろうな。

「若気の至りなんかじゃ決してないから」いったいこの人はなにしたんかねえ。「悪戯にも哀を知り」の「悪戯」って「 性的にみだらなふるまいをすること。強制猥褻の婉曲な言い方」ではないよなあ。

まあとにかくこの曲は「僕らはそうさ人間さ」のポジティブな肯定がすべてで、このDの部分の歌詞は他の部分から独立しているというかある程度距離をとってるんじゃないかと思う。あれやこれや、エッチなことをしたりしなかったり、まじめなことをしたりしなかったりするけど、それが(動物としての、あるいは理性的存在者として)人間である、というメッセージが読みとれると思う。この人々にはちょっと注目してみたい感じがある。

 


 

林檎先生はともかく、「カラフル」や「ロマンティシズム」みたいな曲を二十前後の女子が聞くと、まじめな恋愛とか言いだせない片思いみたいなのを歌っていると考えるみたいなんだけど、そうじゃない曲っていうのも大量にあるんよねえ。不真面目なのとかチャラいのとか邪悪なのとかいろいろあるわけで(仲村先生やグリーアップルがそうだというわけではないけど)、そういう歌詞世界のひろがりとか、人間のさまざまなあり方みたいなのも楽曲を聞きながら考えたいとは思ったり。

 

星野源先生の「うちで踊ろう」を鑑賞して重なろう

 

なんか政府の偉い人が星野源先生の「うちで踊ろう」という曲にのっかって「コラボ」して問題になったそうで、それをきっかけにこの曲を知りました。実は最初に聞いたのがその問題の動画だったのですが、これほんとにいい曲で、へんなおじさん(とかわいい犬)が映ってるのがぶっとんでしまった。

はまってしまてそのあと何回も聞いてしまいました。私が気づいたことを書いておきますね。
勝手な妄想がはいってるので注意。

たまに重なり|合うよな| 僕ら|() | C | B7 | Em7 | G7 |
扉閉じれば|明日が生まれるなら|遊ぼう| 一緒に| | C | B7 | Em7 | G7 |
(キメ) |Am7 Bm7 | F/G |

  • ここまで、4拍でコードが1個です。コード進行は、名曲Just the Two of UsのIV△ – III7 – VIm7 – I7 ってやつそのまんまですね1)実はこのコードの解釈には疑問があり、Just the two of usはキーFm、「踊ろう」はEmだと思う。VI♭7-V7-Im7-III♭7。
  • この曲のボーカルのビル・ウィザーズ先生が今年3月30日になむなむしてしまって、ミュージシャンは一回は追悼にこの曲弾いたんじゃないかと思います。星野先生もうちにこもっていて弾いたと思う。そっからできた曲ですね。
  • 「重なりあうような僕ら」なのか「重なりあうよな、僕ら」なのかわからん。星野先生が「重なりあう」っというともうセックスセックス、って思いました。あの先生ほんとに重なるのが好きだから。先生の「恋」もちょっと勉強したことがあったのですが、あれはものすごくエロチックな曲で、特にエッチなのが「指のまざり、頬の香り」のところですよね。指がからんでいるのを連想する。この「重なり」もまあ時々指もまぜながら重なっているのではないか、とか。あはは。
  •  何回も聞いていると「扉」がとても印象的で、これは単なるドアとかではない。どういうわけか私は銀行の奥や旧家の土蔵にあるような動かすにも重い重い扉、一回閉めたら開けるのもたいへん、みたいな扉を想像します。
  • キメの「ラーシードー」ってやつはよくやるやつだけど、すごく効いてる。

うちで踊ろう|ひとり踊ろう| C / B7 | Em7 / G7 |
変わらぬ鼓動|弾ませろよ| C / B7 | Em7 / G7 |

  • こっから1小節にコードが2個入っていて、最初の部分の倍の速さになってます。ゆったりしたダンスや活動や鼓動を感じますね。
  • この「うちで踊ろう」は「家で踊ろう」「家庭で踊ろう」ではないかもしれませんね。Dancing on the Insideだそうだけど(この英語正しいかどうか自信がない)、とにかく「内側で踊りつづける」っていう歌だと思います。家のなかかもしれないけど、どっかの内側、そして体内の内側、心の内側。もう十分に身体的に踊ることは難しいかもしれないけど、それでも心のなかだけは踊っていよう、そんな感じ。
  • 「ひとり踊ろう」。まあ踊るっていうのはエッチな曲だとやっぱりセックスセックスなんですが、一人で踊らないとなりません。でも一人でも心臓はばくばく言わせましょう。

生きて踊ろう|僕らそれぞれの| C / B7 | Dm7 / G7 |
場所で重なり|合うよ| C | F7(#11) |

  • この「生きて踊ろう」がどきっとしますよね。みんなの死が予想されている。わたしは「なんとか生きのびて踊ろう」だと聴きました。多くの人が死ぬのかもしれない。
  • 私らおじさん世代は、子供の頃から核戦争とか環境汚染やらで、この世界がもう棲めなくなって、一部の人だけが核シェルターみたいなところや、あるいは宇宙船みたいなところに避難して生き延びる、みたいな話になじんでいます。上の方の「扉」もそれを連想させられるんよね。「重なりあう」が私は実は遺体の山みたいなのもうっすら連想してしまう。
  • 社会はもう解体され崩壊し、人々はそれぞれのシェルターにばらばらになってしまっている。みんなとじこもって自分を守ることしかできない。そういうなかでの切実な歌だと思うのです。でもそういうときでもつながり重なりたい。私は星野先生はセックスセックス鬼畜だと思っているのですが、こうした歌を書けるのはほんとにすごい。

うちで歌おう| 悲しみの向こう | C / B7 | Em7 / Dm7 |
すべての歌で | 手を繋ごう | C / B7 | Em7 / G7 |

  • 歌おう/向こう/繋ごう、が韻ふんでますね。
  • ここでも大きな悲しみが我々を襲っている。あるいは襲うことが確実になっている。でも我々にはまだ音楽とSNSとかがあるから、歌を歌って手をつないでいきたい。そしてこの歌だけでなく、すべての歌がそういう力をもっている。

生きてまた会おう| 僕らそれぞれの| C / B7 | Dm7 / G7 |
場所で |重なり合えそう | C | F7(#11) |
だ | C |

  • もう一回「生きてまた会おう」が出てきました。ほんとに不吉。一部の人とはもう会えないかもしれない。でもなんとか歌でみんなをつないで一人でも多く生き延びましょう。生きのびてたらまた好きな人と身体的にも重なったりできるかもしれない。とにかく生存第一。
  • あとこの曲、「ラーシードー」のあとに同じこと(C-B7-Em7-G7)を4回くりかえしているように聞こえるかもしれないのですが、実は違うんですよね。上のコードで、強調したところ見てください。1回ごとそれぞれちがってるのよね。すごく凝ってて、われわれを飽きさせない。特にDm7の響きがとてもよい。これがプロの技術か!って感じです。
  • まあ歌詞は単純そうに聞こえても連想させるものが豊かだし、音もシンプルに聞こえても複雑になってる。すごい。

私はほんとうにこの曲気にいりました。というわけで、私も星野先生に重ならせていただくことにしましたー!うらー、遊ばせろ!重ならせろ!まあ下手だろうが音痴だろうが、リスペクトしながらそれぞれのしかたで重なればいいのです。政治家の人だってせめて自分で歌ってくれたら私はリスペクトしましたよ!

 

Twitter見ると、みんなそれぞれ思い思いに重なって、とてもよい時代になった。20年ぐらい前はそういう遊びができるのは一部だったけど、いまは老いも若きもそんなお金かけずに遊べるんだから、デジタル文化やSNSってまだまだ可能性があるなあとうれしくなりました。

あ、蛇足だけど、Just the two of usはこれね。

ビルウィザーズ先生なむなむ。ほんとにお世話になりました。近いうちあの世で重なりあってください。

この曲の歌詞(ウィザーズ先生作詞だと思う)もすばらしいのです。この世界には俺たち二人だけだ。訳詞探して鑑賞してください。

References   [ + ]

1. 実はこのコードの解釈には疑問があり、Just the two of usはキーFm、「踊ろう」はEmだと思う。VI♭7-V7-Im7-III♭7。

星野源の「恋」の歌詞はエッチだと思う

なんか忙しくて疲れていて、まともなことはできないので、いつもの歌詞解釈。

最近、学生様たちが図書館に自発的に集まって星野源の「恋」の歌詞を考えようってな企画をしていたので、参加してきたんですわ。学生様が読書会その他、自発的にいろんなことをするっていうのはほんとうにすばらしいことですわねえ。私も邪魔にならない程度にいろいろ応援したい。


んで「恋」ですが、これ数年前にギターで弾き語りの真似しようとして練習したことがあったんですわ。練習しながらニコ生配信したとき、歌詞についてもちょっと考えてみたりしました。

営みの
街が暮れたら色めき
風たちは運ぶわ
カラスと人々の群れ

この先生の歌詞の特徴として、省略が多いんですわね。「営み」は「日々の営み」とか「昼間の営み」とか「営業という営み」とかそういうことなんだろうけど、「営み」一発ですます。「営みの街」って、繁華街なのか、住宅地なのかよくわかんけど、まあその中間ぐらいの、電車やバスが走ってる街ですかね。

「色めき」もなにが色めくのかよくわからん。繁華街ならネオン、住宅地なら住宅や団地とかの窓に明かりが灯る感じですかね。

風はカラスと人の群れをを運ぶ。カラスが鳴くから帰ろう。うちには七つの子がいるかーらーねー。

意味なんか
ないさ暮らしがあるだけ
ただ腹を空かせて
君の元へ帰るんだ

「意味」っていうと哲学やら倫理学やら勉強していると、「人生の意味」とかそういう大物を考えちゃう。人生の意味なんかないのです。ただ毎日の暮しがあるのです。

キリスト教の聖書に「コヘレトの言葉」っていう章があるんです。むかしは「伝道の書」って呼ばれれたみたい。こんな感じ。

伝道者は言う、空の空、空の空、いっさいは空である。
日の下で人が労するすべての労苦は、その身になんの益があるか。
世は去り、世はきたる。しかし地は永遠に変らない。
日はいで、日は没し、その出た所に急ぎ行く。

リンク貼っておくので読んでみてください。これはどうも賢者として有名なソロモン王が作った、ってことになってて、「私はいろいろやりましたが、すべては空しいです」みたいなそういうニヒルな文書だって言われてます。

しかし、この文書は読みようによってはさほどニヒルじゃなく、人生は全体としては空だし、贅沢やあざとい快楽はむしろ害悪をもたらすものなんだけど、毎日の食事みたいなものがもたらしてくれる喜びはよいものだ、って歌われてるんですわ。

「人は食い飲みし、その労苦によって得たもので心を楽しませるより良い事はない。」「すべての人が食い飲みし、そのすべての労苦によって楽しみを得ることは神の賜物である」「あなたは行って、喜びをもってあなたのパンを食べ、楽しい心をもってあなたの酒を飲むがよい。」

人生は空だから意味なんかないけど、毎日おうちに帰って家族とごはんを食べるのはよいことだ、みたいなそういうメッセージがありそうで、星野先生これ知ってるかどうか知らんけど、知ってるんじゃないだろうか。

物心ついたらふと
見上げて想う事が
この世にいる誰も
二人から

これはその学生様の歌詞検討会で指摘させてもらってけど、なにを見上げてるのかが問題ですね。物心ついたってのは子供で、子供が見上げたときに何が見えるか。私は、空や山やビルじゃなくて、親だと思いますね。この世にいる誰(で)も父母の二人から生まれているだな、ってことですね。「ママから生まれた」じゃないところがポイントですね。パパがいないと子供は生まれない。となると、「セックスしたのだ」ということですか。

胸の中にあるもの
いつか見えなくなるもの
それは側にいること
いつも思い出して

胸のなかにあるものはまあいくつか解釈あるだろうけど、曲タイトルの「恋」でいいんですかね。あるいは「愛」か。

君の中にあるもの
距離の中にある鼓動

これも「恋」なりなんなりが指されてるものなんですかね。まあ恋っていうと聞こえがいいんだと思うんですが、私はここは非常に肉体的で肉感的なものを感じるんですが、どうでしょう。距離のなかにある鼓動ってのは、自分じゃない他人の鼓動だろうから、他人にくっついてそれを聞いているか感じているかしているわけです。

恋をしたの貴方の
指の混ざり 頬の香り
夫婦を超えてゆけ

私ここ最初は「恋をしたあなた」って聞いてたんですが、「私が恋をしたのはあなたの〜」なんですかね。「指の混ざり」とかものすごく新鮮な言葉づかいだけど、指をからめてる感じですか。「頬の香り」もふつうはごく近づかないとかげげないですよね。そういうんで非常に星野先生らしいエッチな感じがする。「夫婦を超えてゆけ」の解釈は保留。

みにくいと
秘めた想いは色づき
白鳥は運ぶわ
当たり前を変えながら

「みにくいと秘めた想い」っていうのも解釈が必要だけど、人間の醜い欲望といえばやはり性欲ですか。食欲もそこそこ醜いけど、性欲ほどではないですね。それにあんまり隠す必要がないと思われてるし。「まーおいしそう!」とか平気で言うけど「へへへ、あのXXはいいXXXXだな」とかだと秘めた方がいいだろう。

そういう秘めた思いが「色づく」っていうのも解釈が必要なんだけど、これは「色気づく」の意味ではないだろう。果物とか野菜とかが色づく、実る、成熟するって意味だろう。

さっきはカラスだったんだけど、ここは白鳥。白鳥が運ぶっていうのはわかんけど、似たような白くて大型のコウノトリが運ぶものは当たり前の生活を変えるかもしれない。はっきりいってしまうと、エッチな思いでセックスばっばりしていると妊娠してあわてます、ですか。ここらへん、歌詞で直接に歌わずに連想つかっていてうまいですね。

恋せずにいられないな
似た顔も虚構にも
愛が生まれるのは
一人から

「似た顔」っていうのはまあ親子ですか。「虚構」はむずかしい。結婚制度は虚構です、みたいなそういう話かな。さっきは恋だったけど、愛が生まれるのは一人で、その一人っていうのは、さっきのコウノトリの連想からすると両方に似た顔の誰かでしょうか。

泣き顔も 黙る夜も 揺れる笑顔も
いつまでも いつまでも

まあここは「人生と生活はいろいろあるけどがんばりましょう」ですね。

夫婦を超えてゆけ
二人を超えてゆけ
一人を超えてゆけ

んで、最後のこれが残りますが、夫婦を超えて家族、2人を超えて3人に、ぐらいですか。「1人を超えていけ」は一人でいるのやめて家族になって少子化に対抗しましょう、ぐらいかな。

全体としてこの曲はリスナーの連想を非常にうまくつかってるし、単にエッチなだけじゃなく、生殖とかからんだエッチでものすごくエッチだと思いますね。夫婦というのはそうでないカップルよりずっとエロい。そういうことを歌ってるんではないでしょうか。こういうタイプの曲はあんまり聞いたことがない。プリンス様がマイテさんとラブラブだったころに作ってた曲ぐらいかなあ。

もっとひどい解釈もありそうな気がするけど、まあ今回はこれくらいで。

フィガロの結婚からケルビーノのアリア二つ

大人数の教養科目みたいなので1時間半の授業は長いので、途中で5分ぐらい休憩して音楽とか流すことがあるのですが、今日はフィガロの結婚のケルビーノ君で。この人は思春期にはいったところの美少年お小姓って設定ですね。年齢は知らないけど14才ぐらい?15才?まあイケメンだからなにしても許されるわけです。

「自分で自分がわからない」

歌詞とかはこの歌詞対訳プロジェクトさんがすばらしいですね。→ 自分で自分がわからない

「愛」 amor って言葉を聞いただけで興奮するんですわ、ってときのこのアモールは、単にあこがれてますとか好意をもってます、とかそういうアモールじゃなくて、もっと女性の身体に対するアモールですわね。なんかしらんけど女の体を見るとどんなのでもむらむらして自分がよくわからなくなるのです、へたすると犯罪してしまうかもしれません、どうしたらいいでしょう、ぜんぜん経験しことのない感覚なのです、でも相手がいなくてしょうがないので自分に対して「アモール」を語りますよ、見ててもらえますか、みたいなそういうやばい感じ。でも美少年だから許されてしまって大拍手をもらうわけです。これはやばい。

モーツァルトの音楽はもちろん天才中の天才で、長調と短調がいったりきたりするのが心理的・生理的な浮き沈みを反映していてあれですね。こういう短調(マイナー)なのに性欲をのっけるっっていうのはここらのモーツァルトから、70年代の歪んだギターロックまでずーっと続きます。天才。

「恋とはどんなものかしら」→対訳プロジェクトの歌詞はこっち

これは美少年ケルビーノ君、さっきよりすこし成長している感じですよね。別の演出ではありますが、さっきのシーンのケルビーノ君は多動がはいってるかんじで体を動かすのですが、このシーンいろいろあって軍服みたいなの着てお行儀よく歌う、っていう演出が多いように思います。

さっきの「わからない」のときは実際なにもわからないで興奮して自分にアモールしてたのですが、このタイミングでは少し相手がさだまってきて、行儀よく、「ご婦人がた」っていってスザンナさんと伯爵婦人に「アモール教えてくださいよー、もう自分に語るのやめて外に向かってアモールなんすわ、自分以外とアモールしたいのです、どうにかしてください奥さん、おねがいしますよー」っておねだりしてます。やばい。でもやっぱり美少年だから大拍手。これくらい行儀よいと伯爵婦人も「まあお歌がうまくなりましたね」ぐらいのことは言ってくれるわけです。それが何を意味するのかはよくわからない。

まあオペラとかこういう下品なもので、お上品にスーツにネクタイ、ドレスとか着てこういう下品なものを見てうふふ、って言うものなわけで、なんか西洋人やばいですよね。

このケルビーノ君のみさかいのない性欲、っていうかまだ対象がはっきりしてない性欲については、キェルケゴール先生が『あれか‐これか』のなかの論文で詳しく論じているのですが、ふつうは読んでもなにやってるかわからんと思います。

日本でキェルケゴールが有名なのは、下の河上徹太郎先生の『ドン・ジョヴァンニ』で紹介されているからですが、これもそんな読みやすいものではないかもしれない。キェルケゴール解釈としても微妙かな。でも音楽ファンなら目を通しておきたいですね。

 

この本は読みやすくていいですよ。おすすめ。

 

「恋するフォーチュンクッキー」は本物のマスターピース

SNSでAIアイドルみたいなのにフェミニストの人が文句をつけたのが問題になってるようですが、なんかあれですよね。我々はおそらく生物として生き延びるために我々はどうしてもネガティブなものに目が行きやすいんだけど(そうじゃないと危険な目にあって死んでる)、我々のような豊かな時代に生きてる人間は、もっとポジティブに豊かに生きられるはずだという感じがします。

まあどうやってポジティブになるか、楽観的になるかっていうのはわれわれのような気質の人間には人生の課題っていう感じがする。ここしばらくセリグマン先生たちのポジティブ心理学を見直してるのもそういうあれです。

このブログでは秋元康先生の曲についていくつか書いてるんですが(タグつけてるのはこっち)、やはり秋元先生の力に気づかせてくれた「フォーチュンクッキー」については書いておかないとならんですね。この曲は昔の名曲なので分析や鑑賞のブログ記事のようなのも多くて、屋上に階を重ねる感じであんまり意義はないと思うけど、ポジティブ心理学の先生たちもポジティブになるためのエクササイズとして、「あなたを動かす作品をじっくり鑑賞してみよう」みたいなのを提案してるし、それにしたがってみよう。

作詞は当然秋元先生、作曲は伊藤心太郎先生。この先生すごい。

実は歌詞についてはそんなに言うべきことがない。すべて自明なわかりやすい曲。基本的には、好きな男子にコクりたいけどコクれない、勇気がなくてだめだめな気分になっているときに、カフェで流れてきた音楽を聞いてたら気分が上がってきて、注文したフォーチュンクッキーを割ったらなんかいい感じだったので希望が出てきました、とかそういう単純な歌詞ですね。

あなたのことが好きなのに/私はまるで興味ない
何度目かの失恋の準備

この人は恋多き人なのですね。10回目なのか20回目なのか……いやまあ3、4回目ぐらいですか。

まわりを見れば大勢の/可愛いコたちがいるんだもん
地味な花は気づいてくれない

ここまでが前フリですね。

カフェテリア流れるMusic/ぼんやり聴いていたら
知らぬ間にリズムに合わせ/つま先から動き出す

ここがいい。音楽というのはそういう力がある。この曲が発表されたのは2013年ですか。2011年に例の大地震があり、多くの人がなくなり、原発は爆発し、SNSは荒れ果てたのがやっとおさまった感じですか。みんなのあいだに相互不信やネガティブなものが満載されてた記憶があります。みんなダウンな感じしたよね。でもそういうときにでも、ぼーっと聞いててもよい音楽は我々を力づけてくれる。

ダメなときに、素敵な音楽を聞いて気分が上がる、っていうのはこれはもうポップ音楽の基本パターンの一つです。あとで2、3曲紹介する。

止められない今の気持ち
カモン カモン カモン カモン ベイビー/占ってよ

恋するフォーチュンクッキー!/未来はそんな悪くないよ
ツキを呼ぶには笑顔を見せること
ハートのフォーチュンクッキー/運勢今日よりもよくしよう
人生捨てたもんじゃないよね/あっと驚く奇跡が起きる
あなたとどこかで愛し合える予感

ここの「未来はそんな悪くないよ」がクッキー占いの結果なのか、語り手の思考なのかはわかりませんね。まあ「吉」ぐらいなんですかね。「大吉。あなたが驚くようなことが起こるでしょう」ぐらいなのかなあ。

フォーチュンクッキーっていうのはこういうものですね(Google画像検索)。語り手は「占い」っていってるけど、吉凶を占うというよりは、なんか格言みたいなのが入ってるのだと思う。食べたことないけど。私は今日まで中国、というかアメリカ華僑とかのものだと思ってたんですが、中国関係なくて日本人が作ったんですね(Wikipedia)。おどろきました。

この曲の歌詞のどの部分がクッキーの格言に対応しているか、っていうのがおもしろいわけですが、「未来はそんな悪くない」「ツキを呼ぶには笑顔」「人生捨てたものではない」「驚くようなことが起きます」「殻を壊してみよう」「世界は愛で溢れている」「明日は明日の風が吹く」とかぜんぶクッキー名言なんでしょうね。でもなんか通俗でひねりがないなあ。

コンピュータシステムのUNIXにはfortuneっていうコマンドがあります。端末に向って「fortune」って打ち込むと、フォーチュンクッキーみたいな格言を教えてくれるのね。私のコンピュータにもさっきインストールしてみました。

最初に教えてくれたのは、「結婚は天上にてなされる──雷鳴と稲妻も同様である」とかですね。意味はわかりますね。まあ皮肉で気が利いてる。これはコンピュータハッカーたちの文化ではこういうのが好まれるから。

まあこういうわかりにくいお告げをするっていうのが古代ギリシア以来の「お告げ」fortuneの常道ですね。

さっきのフォーチュンクッキーの画像にあるお告げも「When one doors closes, another opens. 一つのドアが閉まると別のドアが開くものだ」ぐらいで、それほどヒネってはいないけど、歌詞のよりはもうちょっと気が利いてる。それに比べると、上の歌詞の「フォーチュン」はなんかださい。なんでこんなださいのだろう。

でもこれ勝手に深読みすると、実は語り手はクッキーとか実際には食べてないのです。日本のカフェでフォーチュンクッキーとか出してるとこ見たことないし。ミスタードーナッツでも売ってないっすよね。そうじゃなくて、この甘い「クッキー」は、カフェで流れている(あるいは家でラジオから流れてくる)ポジティブな音楽そのものなんだ、それで歌われているポジティブな内容なんだって解釈してみたいですね。そしてそれが自己言及的になっている、つまり流れてくる素敵な曲は、この「恋チュン」そのものなのですわ。まあそれがあまりにも自己言及的だっていうのなら、恋チュンを含む一群のポジティブな音楽だ。

あなたにちゃんと告りたい/だけど自分に自信ない
リアクションは想像つくから/Yeah! Yeah! Yeah!

性格いいコがいいなんて/男の子は言うけど
ルックスがアドヴァンテージ
いつだって可愛いコが/人気投票1位になる
プリーズ プリーズ プリーズ オーベイビー/私も見て

秋元先生のアイドル曲というのは、基本はもちろん(1)少年少女の恋愛模様なわけですが、同時に(2)アイドル活動、あるいはアイドルとファンの関係について自己言及していることが多い、っていうのも特徴です。これは出世作の「なんてったってアイドル」からずっとそうですね。ちなみに「ヘビーローテーション」「フライングゲット」もそうだと思う。これはファンがアイドルやその音楽に対してもつ気持ちをアイドルが歌ってるというかたち。

この曲も「人気投票」あたりからわかるように、AKBグループの総選挙とかに言及していて、私はAKBのメンバーであり、「あなた」はファンであり、何度目かの失恋はランキングに入れないことである。歌やダンスや性格も重視されるとはいうもの、やはりルックスはアドバンテージである、わたくし指原のルックスではちょっと苦しいところがあるのですが、指原、指原をよろしくおねがいします。ルックスでは負けても、才気や笑顔その他には自信があるのです。

恋するフォーチュンクッキー!
その殻/さあ壊してみよう
先の展開/神様も知らない
涙のフォーチュンクッキー
そんなに/ネガティブにならずに
Hey! Hey! Hey!/Hey! Hey! Hey!
世界は愛で溢れているよ/悲しい出来事忘れさせる/明日は明日の風が吹くと思う

「悲しい出来事忘れさせる」がいいですね。「未来はそんな悪くない」もいい。この曲や語り手はそれほどポジティブな感じでもないわけです。

私は個人的にはこの曲にはものすごく思いいれがあって、2011年に例の大震災があって何万人も亡くなり、直後に原発爆発して世界が終るかと思い、政治家はなにやってるかわからず、SNSは荒れに荒れてみんなが派閥に分かれて罵りあっていて、もうなんか地獄でしたね。この曲はそれから2年半ぐらいたってからの曲ですか。最初は意識してなかったんだけど、ツイッタで有名な心理学者の先生が何回か言及していたのは記憶の片隅に残ってて、聞いてみるとこのマスターピース。これはすごい。

PVもすばらしいと思いますね。DJが「悪いニュースばっかりでおまえら元気ないぞ!この曲を聞け!」みたいにして指原先生からざっとAKB登場、パパイア鈴木先生のふりつけも完璧だ。

おそらくAKBの東北の学校訪問、小学生もいれば高校生もいる、幼稚園、吹奏楽、剣道部、バスケット部、スーパーのおばちゃん、プロレスラー、ナオトクラブ、ゲイバー、子連れ、避難所を連想させる体育館、プロレスラー、リーマン、トラック運転手、寿司屋、港湾労働者、だれだってポジティブになれるだ、って感じでPVもマスターピース。

いろんな人々がいて、いろんなことを考えてるけど、音楽やダンスはそれを結びつける働きがある。「あなたとどこかで愛しあえる予感」は、まあ好きな相手かもしれないけど、お互いに憎みあってる「あなた」とも、いずれは楽しくやっていけるようになる、ってことかもしれない。

いいじゃんアイドルグループが人々を楽しくさせるなら。若い女子にはそういう力があるんだろう。私はこの曲からこういうものの見方が変わりましたね。みんな好きにポジティブにやればいい。よいものはそのなかで生き延びるだろうと思う。


いくつか関連する動画も貼っておきましょう。

平井堅先生が発表後すぐにカバーしてるんですね。この曲が日本人応援歌みたいなのだっていうのは平井先生もそう思ってるのだと思う。そうじゃないと、ヒットしてるからっていってもわざわざとりあげる意味ないし。AKBバージョンの作曲・アレンジは隅から隅まで完璧だと思うのですが、特に大事なのはブリッジみたいなののあとの「パッ!パッ!パッパッパッ!」のヒットだと思うんです。ここで「嫌なこと」や「悲しいこと」がふっきれてる。平井堅先生のは小編成で大人っぽくやってるけど、その3発はやっぱり残していて、そう、あれ入らないと「恋チュンにならんのよね」とか思ったり。

https://youtu.be/KxglkMFz5-o

「いやなことがあっても音楽があれば大丈夫」タイプの曲はものすごく多いと思うのですが、私が好きなのはこれ。2002年の曲。後ろの方長くてじゃまだけど。

ベースのブーチー・コリンズとボビー・ウーマック先生がプリンス風の曲を作ってる。歌詞はこちら。このタイプの曲は、メジャーコード一色、っていうのにはならんのですよね。むしろ裏にブルーな感じが流れている。実は「恋チュン」もそういう作り。

とにかくポジティブに行こうぜ、っていうのではファレル先生のこの曲が好きですね。

いろんな人が踊ってるバージョンがあるし、日本の大学生なんかも踊ってますね。

こうした、いろいろあるけど音楽聞いてダンスして生き延びよう、っていうのは黒人系ポップ音楽の最良の部分であり、恋チュンもその流れの作品の一つであり、秋元先生たちの解釈の一つだと思う。アイドル、いいじゃないっすか。そして他にもたくさんすばらしいものはあるので、人生そういうのを楽しんでいきたいですね。

そうそう、これもあれだったね。われわれを縛りつける「重力の魔」にダンスで対抗するのだ!世の中にもっと美しいもの、おもしろいものを増やすのだ。馬鹿なことをするのだ。時々は、やらなきゃならないことじゃなく、やりたいことをするのだ。単にやりたいから、単におもしろいからって理由で活動するのだ。

乃木坂46「制服のマネキン」もやばい

リテラって雑誌は秋元康先生が嫌いみたいで、いろいろ非難してるのを最近見ました。基本的には秋元先生は女性蔑視的で許せん、みたいな論調ですが、秋元先生がどのていど女性蔑視的なのかよくわからんですね。全体として見ればハッピーな曲も多いし女性をエンパワしたりエンカレッジしてるように見えるときもあるし、私には判断がつかない感じです。ただあの歌詞群を全体としてみると、女性蔑視的だとかそうではないとか、そんな単純な解釈を許さないようなものに見えてます。もっと複雑でアイロニカルなアートなんじゃないかな。

私はポップ音楽の歌詞の解釈、鑑賞にはまっていて、それを楽しくやるための最低限の準備のことなどを考えています。ゼミなどでもそういうことを話すものですから、学生様もいろいろ分析してみせてくれたりします。このまえのゼミで「制服のマネキン」を分析してみてくれた人がいて、ゼミでもいろいろ話し合ってみました。それを下敷にちょっと考えてみたい。乃木坂は特に微妙な曲があるとは思っていて、前に「君の名は〜」について書きました。作曲の杉山先生による曲はもうすばらしいですね。でも歌詞はどうかな。

https://yonosuke.net/eguchi/archives/7465 ここらへんで書いてみたことですが、とにかく歌詞を読む上で大事なのは語り手とその聞き手のアイデンティティを特定することだと思います。「制服のマネキン」もまさにそれが一番大きなポイントだと思う。誰が誰に向って語りかけている歌なんだろう?

君が何かを言いかけて/電車が過ぎる高架線 動く唇読んでみたけど/ Yes か No か? 河川敷の野球場で/ボールを打った金属音 黙り込んだ僕らの所へ/飛んでくればいい

Aメロはこんな感じ。これじゃわからんですね。野球するシーズンにふたりで外(河川敷)にいるってことはわかる。ボールが飛んでくればいいのは、ちょっと硬直してしまった二人のあいだをほぐしてくれる出来事がほしいからですかね。この二人はどんな人々でどんな関係か。

一歩目を踏み出してみなけりゃ/何も始まらないよ 頭の中で 答えを出すな

まあメッセージ性が強い。でもなんか高圧的ですね。

恋をするのはいけないことか? 僕の両手に飛び込めよ 若過ぎる/それだけで大人に邪魔をさせない 恋をするのはいけないことか? 君の気持ちはわかってる 感情を隠したら/制服を着たマネキンだ

サビでは恋愛するのは悪いことではないぞ、と強く主張している。恋愛するのに「若すぎる」っていうのは何歳だろう? まあとりあえずふつうに語り手が男子、語られ手が女子ということにして、女子が恋愛するには若すぎるというのは何歳だろうか。

「恋」って言葉はなかなかあれで、たんにぼんやり「好き」ってのもあれば、セックス!を意味することもあるのは当然のこと。まあ「大人」が子供に「おつきあいするには早過ぎます」みたいなのもあると思うけど、この「おつきあい」っていうのはマクドナルド(マクド)でハンバーガー食うことじゃないですからね。この場合はセックスしたりそういう関係になるのは早い、って解釈するのがふつうだろうと思う。

23才とかで「恋」が早いっていう人はいないだろうから、女子大生世代だろう、って考えるひともいませんね。そんなこと言われるのは高校生か中学生に決まってます。小学生って可能性もあるのだろうか。いやー。2番の歌詞いきましょう。

冬型の気圧配置に/心が冷え込みそうだよ 自販機の缶コーヒー/君の手にあげる

以前のレクチャーで、歌詞の1番と2番の間に時間的経過があるかもしれないという話を書きました。この歌でもそれがあるかもしれない。実はこれは学生様が指摘してくれたことで、1番は河川敷球場で野球をして、その音を聞いてる余裕のある時期、まあ春〜秋かな。初夏っていうのもありそうだという話でした。2番は明白に秋の深まったところか、冬そのものですね。

場所ですが、自販機のコーヒーで温まろうってんだからやっぱり外なんですかね。道端とかですか。

ここで一つ、おそらく慣れてない人が読みにくいポイントがあります。「心が冷え込みそう」ね。こういう寒いとか冷たいとか、あるいは雨が降ってるとか、そういう表現は、ポップ音楽ではそれは語り手の心情をあらわしてます。どんな冬型低気圧が来てたって、君といっしょにいてハッピーだったら心は暖いじゃん。でもこの人は「冷え込みそうだ」っていってる。「これから心が冷え込むかもしれない」っていうことですが、実はすでに冷えている。ハッピーではない。そしてこの心の冷えは、多くの場合、相手に対する不満の表明、あるいは怒りの感情の告白(と脅し)なのです。

典型的にはビートルズのPlease Please Meがそういう曲ですね。この曲は、「僕が君を喜ばせてるように、君も僕を喜ばせてくれよ」って曲ですね。

Last night I said these words to my girl / I know you never even try, girl 昨日の夜、彼女に言ったんだ/君はやってみようともしないんだね、って。 I don’t wanna sound complaining / But you know there’s always rain in my heart 君に文句つけてると思われるとやだけど、いつも僕の心に雨が降ってるのはわかるだろ?

とかっていう歌で、セックスさせてくれないガールフレンドにセックスをせがんでる歌ですね。(正確には、ガールフレンドにセックスをせがんだことを友達に打ち明けている。)

ここで「心に雨が降ってる」ってのは、「君」に対して僕は不満で、たとえば、もうおつきあいするのをやめようかなと思ってる、ぐらいのおどしですね。

この「制服のマネキン」の「冬型の気圧配置に心が冷え込みそうだよ」もまったく同じだと私は解釈します。このカップルは、おそらく夏から冬ぐらいまで「つきあって」いるけど、まだセックスしてなくて男子はそれにいらついていて、それを表明している。この脅しは缶コーヒー1本で補えるようなものではないと思う(貧乏なのはわかります)。

卒業を待ってみたところで/何も変わらないだろう 今しかできないチョイスもあるさ

これで少なくとも女子の方は卒業がそれほど遠くないことがわかる。となると高3か中3と解釈するのが適切そうさけど、高3よりは中3の方がキモいですね。さて、男子は何歳だろう?

どんな自分を守ってるのか? /純情の壁壊すんだ 汚(けが)れなきものなんて/大人が求める幻想 どんな自分を守ってるのか?/僕は本気で好きなんだ その意思はどこにある? /制服を着たマネキンよ

「守る」とか「純情」とか「汚れなき」ここではなんか性的な純潔の話をしてますね。まあセックスしないからって純潔かどうかはわからんけど。ははは。んでポイントは「大人」ですが、大人が「それは大人の幻想だ」みたいなことは言いにくい(不可能ではないが)なので男子も大人ではない。でも女子と同年代でこんなこと言うのかどうかもよくわからない。「セックスさせてくれないとか君はマネキンだよ」とかやばい。こういうなんかインテリっぽい青臭い感じの比喩をつかうことからして、中学生どうしではない。高校生男子と中3女子はありえる。あるいは大学生男子か、それとももうちょっといって20代前半ぐらいか。

私はずばりアルバイト塾教師(大学生/院生)男子と中3ぐらいを想定しましたが、みなさんはいかがでしょうか。ネットで検索してみると、やはり教師・生徒関係っていう解釈があるみたいですが、本職の教師とかが自分の生徒と外で二人でいるっていうのはちょっと考えづらいと思う。見られたらすぐわかるからね。でも塾教師ぐらいだと外にいることはあるんではないだろうか。同年代ってのもまあないではないけど、それほどうまい関係ではないですね。

できないんじゃない/やってないだけさ 未来の扉 そこにあるのに 僕は何度も誘う 生まれ変わるのは君だ僕にまかせろ

力強い説得で、これってPlease Please Meと同じですね。「君はトライさえしないんだね」。ビートルズの曲ってのは、音楽やる人間なら誰でも全曲弾いてみて歌ってみるので、「できないんじゃない、やってないだけさ」でI know you never even try, girlを連想すると思います。まあこれは言いすぎかもしれないけど。

恋をするのはいけないことか? 僕の両手に飛び込めよ 若過ぎる それだけで 大人に邪魔をさせない 恋をするのはいけないことか? 君の気持ちはわかってる 感情を隠したら 制服を着たマネキンだ

「君は制服を着たマネキンだ」ってディスることによってセックスしようとしているわけです。この曲は邪悪ですね。

前にフェミニストのシュラミス・ファイアストーン先生についてちょっとだけ書きましたが、70年ごろのセックス革命のときもそういう脅しみたいなのがよく使われたみたいですね。「君は堅いんだね(皮肉)」「じらし女」「解放されてないんだね」「とらわれてる」「自分を殺してる」みたいな。

「君の名は希望」についてもキモい曲だということを書いたのですが、この曲も非常にキモい。なにより、この曲では女子の意思がさっぱりわからない。冒頭でもイエスかノーかわからず、そのままずるずるとこの語り手男子の言うなりにされている。というより、この男子が強引すぎるんですね。そもそもこの語り手とそんなことしたいのかどうか。むしろしたくないのではないか。でも「君の気持ちはわかっている」。

ふつう考えたらイエスかノーかわからないっていうのはノーなわけですが、そうした女子の気持ちがどうなのかとはまったく関係なく「腕に飛びこんでこい!」みたいなのを力説してて、すばらしくキモい。というより、そういう高圧的な態度に嫌悪感の方が大きいのではないか。

まあこの曲はそういうタイプに読める曲ですわ。これが女性蔑視的かどうかはわからない。女性操作的な歌詞だとは思う。ショックなのは、この歌詞の解釈についてちょっとググってみても私のような解釈が出てこないことですね。うちの学生様たちはディスカッションしてるうちにそういうのわかってくれたようで、一安心。


補足1。もっと穏健な解釈があって、とくに有力なのは語り手がファン、聞き手が乃木坂やAKBのメンバー、「大人」が運営、という読みですね。この曲が出たころは誰かが「恋愛禁止」の運営のルールに反して「恋愛」してるのがバレてどうのこうの、みたいなのがあったみたいなので、そんなのにとらわれずに恋愛を楽しみましょう、みたいなの。まあアイドルと「恋愛」する夢はいいし、そうでなくたってアイドルってそういうふうに楽しむものですよね。

さらに穏健に解釈すると、この歌詞のリスナー(オーディエンス)は、男女両方の立場に身を置いて聞いてると思う。自分で「僕、はっきり意見も表明できないいまのままじゃ木偶の坊人形だよな、男子だから木偶の坊で、きれいな女子だったらマネキンみたいなものだよな、自分の意思をはっきりさせなきゃ、がんばっていこう!乃木坂も僕らを励ましてくれているし」ぐらいに聞いてる。これが多くのファンが聞いてる筋だと思う。でも字面からすればちょっと無理矢理なところがあるわね。

こういう多様な解釈を許すようにできてるのはこの曲が精巧につくられている名曲だからですね。


補足2。ビートルズの初期のシングルの内容的な繋りは以前なにげなしに歌詞の分析の例としてやってみたところ発見したものです。

デビューシングル Love Me Do → ぼくは君のことがずっと好きだからLove Me Do! (セックスさせてください)

上で言及した2枚目Please Please Me → 「ぼくは君を喜ばせてるんだか君も僕を喜ばせてください(セックスさせてください)」って彼女に言ってみました。

3枚目She Loves You → 君はセックスセックスと彼女に迫って気分を害して振られたと思ってるようだが、彼女はまだ君のことが好きだってよ。

4枚目 I Want to Hold Your Hand → (あらためて)やっぱりセックスさせてください、君にタッチしてるとぼくはとってもハッピーなのです。

てな感じでセックスセックス言ってるわけですね。これは不良の音楽だ!もっとも、そういう次第でポップ音楽でセックスさせてくれとせがむのは由緒正しい伝統でもあります。ただ「制服のマネキン」の場合は、人間をマネキンよばわり(モノ化)してて非常に侮蔑的な感じがするのでキモいわけです。「そのままじゃお前はマネキンだぞ!」みたいなの、なんか体育会系のハラスメントっぽいですよね。

aiko先生の「カブトムシ」は女子的にエッチな曲かもしれない

 

https://www.youtube.com/watch?v=WMPO5qgm39E&

https://youtu.be/WMPO5qgm39E

https://youtu.be/9m7gCFarbqs

aiko先生の「初恋」は歌詞の解釈について考えるようになったきっかけの曲で、まあこの先生おもしろいですね。最近「カブトムシ」についても考えるきっかけがあって、これまたなかなかすごい曲だな、みたいな。

いつものこのリストをちらっと見たり。https://yonosuke.net/eguchi/archives/7465

ジャンルは典型的J-POP、楽器編成はふつうのバンド構成ですね。冒頭のピアノと、薄いシンセストリングがまあ典型的ポップスですか。ドラムの音いいっすね。

テンポは75BPMぐらいのバラード。リズム・パターンはごくふうつのエイトビート、ドラムはちょっとだけハネてる気がする。メロディーラインはふつうの譜割なんだけど、バックがシンコペしてるところが多いのがちょっと特徴。

シンガーは発表時20代なかば〜後半ぐらい?ライフスタイルはティーシャツ・ジーパンな感じ、想定リスナーはごくふつうの女子だと思う。そんなオシャレでもなく、都会派でもなく、イケイケやヤンキーでもなく。ファンの男子もなんかそういう感じなんちゃうかな。

  1. 語り手のアイデンティティ/どういう人物か/年代性別等: まあシンガーそのまんま、20代女子。
  2. 語りかけられている聞き手のアイデンティティ、年代性別等、ライフスタイル等:「あなた」に向かってる。

これくらいおさえたところで、いきましょう。

悩んでる体が熱くて 指先は凍える程冷たい
“どうしたはやく言ってしまえ” そう言われてもあたしは弱い

これ、私いきなりおかしいと思うんですわ。聞いてるひとはあんまりいきなりなんで、「はてなー」ってなるはず。なにで悩んでるのかわからない。

この「カブトムシ」は4枚目のシングルらしいですね。「初恋」が7枚目で2001年、カブトムシはそれより前の1999年ですか。

この2枚共通して「悩んでる体が熱くて」とか「悩んでるあたしはだらしない」とか「悩んでる自分」はaiko先生のキーワードなんですね。これリスナーをひきつけるなにかだとおもう。この曲では「体が熱い」っていってるけど、「初恋」でも「小さなあたしの体は熱くなる」っていうフレーズがあって、この2曲、かなり密接な関係あるように思いますね。ていうか同じ事件なり体験なりを歌ってるのかもしれない。(制作・発表順番はおそらく逆)

「初恋」の場合はまだつきあってない男子を見つめて悩んでる。「カブトムシ」の場合はどうなのだろうか。

「「どうしたはやく言ってしまえ」 そう言われてもあたしは弱い」っていうのが誰から言われてるかわからんですね。「初恋」の流れだと、「相手に告白してしまえ」と友達から言われてるぐらいか、もうすこし読んで「自分の頭のなかの声がそう言っている」ぐらいなんかね。でもそうすると次とつながりにくい。一番すなおな読みは「あなた」からそう言われてる、なんだけどそれもよくわからないですね。このAメロには謎があるわけです。

あなたが死んでしまって あたしもどんどん年老いて
想像つかないくらいよ そう 今が何よりも大切で

いきなり相手殺すんですかね。わからんですね。「今が何よりも大切」っていうのは、まに「NIPPON」で書いたように、林檎先生なんかもそういう一瞬で完全燃焼!他のことは考えません!みたいなのがあって私好きなんですが、aiko先生の場合は「今がだいじ」といいつついつも時間的な長さ、時の流れを考えてるようなところがあって、林檎先生とはわりと対照的であるように思います。

スピード落としたメリーゴーランド 白馬のたてがみが揺れる

これもなぜメリーゴーランドなのか、なぜスピードを落とすのか、白馬ってなんでありたてがみがなんであるのかよくわからんですね。このかなり謎が多い曲だと思う。しかしこの部分は楽曲として非常に印象的なところです。Gm7-C7とかになって転調してんですかね。

白馬のたてがみがゆーれるーのあとに、サビに入る前に、非常に印象的な2拍の間があるんですね。この2拍はそれまでのふつうの4拍子のリズムには異常な部分で、つまりタメてるわけです 1)「エイリアンズ」でも最後の方に似たタメがあって、あそこで何かが起こってることは指摘しました。 。これがものすごく効いてると思います。この曲が成功したのはまさにこの2拍にあると思う。スピード落して、ためて、ためて、どばーっていく感じ。

サビ

少し背の高いあなたの耳に寄せたおでこ
甘い匂いに誘われたあたしはかぶとむし

初恋と同じようにこのサビもどんどん上に高揚していく感じです。この女子は匂いフェチっていうか、相手の匂いが好きなのね。なんか耳の後ろあたりから匂うあれがものすごく好きなんですな。この女子の匂いのなにかは生物学的な背景ありそうとかって話は、進化生物学・心理学の定番ネタっすね。

んで問題のカブトムシです。カブトムシっていうとあのオスの角とかあるあの種を連想するんだけど、この曲でもそうなんかなあ。とりあえずメスカブトムシだろうから角ないですね。あと、音楽やってると、「ビートルズ」はもとはbeetleだけどあれは日本のカブトムシではなくコガネムシやカナブンみたいなのもbeetleなのだ、って必ず一回は話してるんじゃないかと思うんですが、どうですかね。

まあこれの上のメスみたいなやつってことでいいや。さて、ここで一番の問題なんですけど、「私はカブトムシ(メス)である」というときに、その体勢はどうなっているのか、ですわ。

このメスカブトムシは相手の耳の後ろのにおでこくっつけたりして匂いかいだりしているのですが、それって「背の高い」(とりあえず)男子にならできるだろうか?しかしそれなら背伸びしている感じになり、上のカブトムシらしい、腕をひろげて抱きついてるポーズにはらないのではないだろうか。

わかってきましたか。「ああ、私はメスカブトムシでございます」と思うとき、それは直立しているわけではないのです。むしろ体の軸は水平方向にある。背伸びして耳の後ろにおでこをあててるわけではないのです。

さらにですね、カブトムシは匂いにひきよせられてなにをするのでしょうか。そう、匂いをかぐだけではなくて樹液かなんかをペロペロとあれするのですね。驚きましたか。匂いにひきよせられるだけでなく、そういうあれの上で「あたしはカブトムシである」と言ってるのだと思います。

流れ星流れる 苦し うれし 胸の痛み
生涯忘れることはないでしょう
生涯忘れることはないでしょう

ビタースイートな感じ。「生涯〜」くりかえしてるのがしつこいですね。

間奏はやっぱり歪んだギターがキュー。

鼻先をくすぐる春 リンと立つのは空の青い夏
袖を風が過ぎる秋中 そう 気が付けば真横を通る冬

ここはすばらしくいいですね。Roxy MusicにTo Turn You Onって曲があって、Spring, Summer, Winter through Fall、みたいな歌詞があるんですが、こういう春夏秋冬通しておつきあいします、みたいなのはうったえかけるところがある。

なんかwikipedia情報によれば、aiko先生はカブトムシが冬のものだと思ってたらしくて(冬に時々でてくる冬眠中のコガネムシとかのこと考えてたんちゃうかって思うんだけど)、春夏秋ときて冬が今なんですかね。けっこう長いことつきあってきたって話じゃないのかなあ。1年ぐらいいろいろあったあげくにやっと今そうなってる、っていう話かもしれないけど。

上の部分、主語はそれぞれ春、空の青い夏、秋中、冬なんですかね。どれも微妙に空気や風と関係していて、「あなたの匂い」が本当の主語のような気がしますね。匂いフェチです。さすが昆虫。

強い悲しいこと全部 心に残ってしまうとしたら
それもあなたと過ごしたしるし そう 幸せに思えるだろう

ここはまあいいです。作詞的にはつなぎにすぎないと思う。肝心なのはやはり、さっきのメリーゴーランウンドと対応する次です。

息を止めて見つめる先には長いまつげが揺れてる

なぜ息を止めているのだろう。そして睫毛がゆれるのがはっきり見えるほど近い。そしてあの2拍のタメ。ここやっぱりいいと思う。

少し癖のあるあなたの声 耳を傾け
深い安らぎ酔いしれるあたしはかぶとむし

もうなんかおわってます。

琥珀の弓張月 息切れすら覚える鼓動
生涯忘れることはないでしょう
生涯忘れることはないでしょう

弓張り月は、ふつうは半月です。琥珀色(透明な赤茶)になるのは地平線に近くないとならないから夜中ですね 2)この月がどういう形のときにどこにあるのか、っていうのはけっこう重要ですわ。。そして「息切れすら覚える鼓動」はなぜそんなハアハア言っているのか。

とかって考えると、まあこれってそれの歌ですわ。それもかなり直接な。カブトムシみたいになって大木みたいなのにしがみついている感じ。そうなると、「悩む」っていうのも告白を悩んでいるんではなく、もっと身体的ななにかを指しているのではないかとか、一番最初の「言ってしまえ」もなんかちがう表記をするのが正しいのではないかとか、そういうの考えちゃいますね。速度をゆるめたメリーゴーランドとかもまあなんかの暗喩だ。まあかなり肉感的で露骨な歌で、主人公女子がかなり強いなにかを経験した、とそういう歌ですね。

まあ男子が視覚的にあれするのに、女子は匂いとかそういうのであれする、みたいな感じもあれであれですね。

ちょっと下品な解釈だったけど、aiko先生はそういうのをああいうかたちにする先生だと思う。もちろんこうしか聴けないわけではないけど、わかるひとにはわかると思う。

さっきのRoxy Music。関係ないけど名盤だわー。

https://youtu.be/VGCXmXLfuOw

 

https://www.youtube.com/watch?v=sUNPn3SGOiw&

References   [ + ]

1. 「エイリアンズ」でも最後の方に似たタメがあって、あそこで何かが起こってることは指摘しました。
2. この月がどういう形のときにどこにあるのか、っていうのはけっこう重要ですわ。

椎名林檎先生の「NIPPON」は軍国歌か

なんか若いバンドが軍国歌を作ったとかで話題になってて、聞いてはみたものの別に思うところもなく。ひねってくれないとおもしろくないですよね。事情は知らなかったんだけど、「あれ、これサッカーのワールドカップ用かな?」とか気づいて(実はそれのB面らしい 1)「B面などない」とか言わないでください。年寄りにはやさしくしよう。 )、前にも林檎先生がそういうの作って話題になってたのを思いだして聞きなおしてみました。CDはもってたけどちゃんと聞いてなかった。これは名曲ですね。林檎先生らしくひねりまくり。

万歳(Hurray)!万歳(Hurray)!日本晴れ 列島草いきれ 天晴
乾杯(Cheers)!乾杯(Cheers)!いざ出陣 我ら 時代の風雲児

PVでは最初に昔のNHK風の青空を背景にしたはためく日本国旗が出てきて、まあ誰でもナショナリズム・国粋主義とか連想するんだと思うけど、ほんとにそんな歌だろうか。なんでわざわざ時報鳴らすんですかね。国旗なんてNHKのピッピッピッポーンだ。ポポポポーン!

「フレーフレー日本」なのかと思うとそうではなく実は日本晴れを応援している。「フレーフレー、ニッポン、ガンバレ」が「日本(がん)ばれ」になってるわけよね。いきなり腰を砕いてるというか。脱構築だ。デコンストラクションというのはこういうふうにするものですか。

そして天晴。「あっぱれ」は漢字で書けばこうなり、「あっぱれ」なのは日本とかっていう最近しょぼそうな国家ではなくその上に広がる空。澄みわたる青空。あの空の青さがこの曲を通じてイメージされている。私青空本当に好きなんよねえ。

「列島草いきれ」も問題で、まあサッカー場の芝生の匂いを連想させるのがふつうだけど、「草いきれ」は音程・譜割の関係で「臭い切れ」にしか聞こえないんよね。「列島(は)臭い(布)切れ」なのかもしれない。もしかしたら国旗ディスってる?やばい。んじゃ「列島」も「劣等」なんかいな。「劣等、臭い、(関係を)切れ」かもねえ。ここ思いついて曲ができた感じなんじゃないかな。

「出陣」とかも平和主義・左寄りの人はまあいやな感じなんだろうけど、まあスポーツと戦の関係は世界中普遍的に意識されてるでしょうな。

さいはて目指して持ってきたものは唯(たった)一つ
この地球上で いちばん
混じり気の無い気高い青
何よりも熱く静かな炎さ

いかにも疾走系。「この地球上で」がものすごく印象的で、一番最初でNHK画面見せられて「列島」ってでてくるから、頭のなかはいきなり天気図的な俯瞰、「日本列島晴天です、お日様マーク!」になってるじゃないですか。「地球上」って言われるからさらに視点が上にあがってあの青い地球が見えてしまう。

あの日本代表のユニフォームは「サムライブルー」とか呼ばれて、まあそれを指してるんだけど、実はあの青は、青は青でも紺に近い青よね。群青か。最初に空の青を見てるから、それと比べると私には「混じり気のない青」にも「気高い青」にも思えない。地球の海の青さは私は肉眼では見てないけど、衛星写真で見るあの青もすばらしいわねえ。あれは気高いといってもいいかもしれない。

鬨(とき)の声が聴こえている
気忙(きぜわ)しく祝福している
今日までのハレとケの往来に
蓄えた財産をさあ使うとき

ここのところのメロディーのシェイプ(形)は自然ですが、注目してほしいところですね。上って下ってくる、をくりかえしてる。

これ歌詞カードでは「今日までのハレとケの往来に」になってるけど、「祝福してる今日まで」で切れて「ハレ〜」に聞こえる。こういう歌詞カードと聞いたのが食い違うのは林檎先生多かった気がする。私は聞いた方を優先しますね。

ここはよくわからんけど、この「ハレとケの往来」がなんとも双極性障害、いわゆる躁うつ病を感じさせますね。わりと毎日ウツに苦しんでる人がぱーっと活動的になることがあって、これは、アリストテレスとかガレノスとか、そういう古代ギリシア・ローマの昔から観察されてました。黒胆汁という体液が多い人はそういうずーっと苦しんでいていきなりパーッとでかいことをすることがあるらしい。

「ハレとケの往来のあいだに蓄えてきた」のか「ハレとケの往来のときに(財産を)使う」のかはちょっとあいまいだけど、私は後者をとりたい。(ちょっと苦しいけど)「ウツなケの生活送ってきて、せっかくハレの日が来たんだからパーッとお金使っちゃいましょう、ほかにもはちゃめちゃしちゃいましょう」な感じではないんかね。躁転したから金や資源使いまくります。

私が林檎先生を再評価したのは「長くて短い祭」を紅白で見てからなんですが、あの歌もそうした人生の祭礼的時期・季節を歌ってますね。林檎先生は黒胆汁質の人なのだと思う。

ちなみに、アリストテレス先生なんかに言わすと黒胆汁は天才の印、というか哲学、詩作、芸術、政治を極めた人はみんな黒胆汁質だったとか(『問題集』第30巻)。まあニルヴァーナのカートコベイン先生はたくさん躁鬱の曲作ってるし(たとえばこれ)、ジミヘンもManic Depression(躁うつ病)って曲つくったりしてるし、シューマンもそうだし、特に音楽家とは切っても切れない傾向・病気ですな。

このタイプの人は、いつもはうじうじしてるのに時々暴れたりカジュアルセックスした散財したり、他の人には迷惑なのです。おとなしくしてろ。

爽快な気分誰も奪えないよ
広大な宇宙繋がって行くんだ
勝敗は多分そこで待っている
そう 生命(いのち)が裸になる場所で

前のブロックが上がって下ってを繰りかえしてて、ついにもっと大きな上昇してる感じ。ここのところで譜割がかわって、聴覚上はテンポが半分になるように聞こえると思う。よくある手法だけど(たとえば相対性理論の「気になるあの子」)非常に効果的ですね。まあドラマーその他疾走ばっかりしてらんないし、聞いてる方も飽きちゃうのでこういうふうに作るものです。

この曲の場合、Aメロが疾走系でわーっとやってきてここで離陸して飛行機やグライダーに乗ってる感じになる。ジブリ的でもあるかもしれない。「特攻隊の歌」とか言われるのはこの浮遊感、飛行機に乗ってる感じもあるんだと思います。

歌詞としてはここで「宇宙」が出てきて、青空と列島を上から見てるところから、目線がさらに高いところに行ってますね。

とにかく多幸感がすごい。Aメロから「祝福」だの「蓄え」「財産」とかなんかもう軽躁状態っすよね。話に聞くところでは双極性障害の人が躁転したときというのはものすごく爽快らしいです。私も経験したい。

「いのちが裸になる」も印象的なフレーズで、なんか地球をバックにした裸の母子、みたいなの連想しますね。そういうのよくあるじゃないっすか。なんか生殖とか繁殖とか、そういう連想もはたらく。まあエッチなことを歌ってるのかもしれんし。ってなると「勝敗」はダーウィンとかそういうやつなんかなあ。まあセックスして繁殖したやつが勝ち、みたいなのかなあ。私はエッチなのと生殖みたいなのが直結するっていうのがなんか女性的な発想の印象があります。

ほんのつい先(さっき)考えて居たことがもう古くて
少しも抑えて居らんないの
身体(からだ)任せ 時を追い越せ
何よりも速く確かな今を蹴って

ここが最高ですね。私最初聞いたときシビれました。軽躁状態だともう思考がどんどん進んじゃって、たしかにさっき考えたことがもう古い!みたいな感じになるかもしれんですね。衝動的な行動はいかんですが、しかしいつも沈思黙考して苦渋の決断ばっかりもしてらんないし、決断の瞬間とかってのはもうそういう「重さ」から解放されてなければならん。「時を追い越せ」はまあそれほど斬新ではないかもしれない表現ですが、「なによりも速く確かな今を蹴れ!」みたいなのは最高。見る前に跳べ!実存主義だ。キェルケゴール先生も「瞬間は時と永遠の出会う場所だ!」みたいなことを言うんですが、実存主義者はそういうの好きなんですわ。全体に躁鬱病的。でもそういう一瞬の充実感を求めて新幹線で人殺したりしてはいかんです。

噫(ああ)また不意に接近している淡い死の匂いで
この瞬間がなお一層 鮮明に映えている
刻み込んでいる あの世へ持っていくさ
至上の人生 至上の絶景

「淡い死の匂い」はサッカー的には相手陣を攻めてるところでボール奪われてディフェンダーの裏を狙われて得点されてしまう、みたいなイメージではないかという意味のことをネットで教えてもらって、「なるほど」みたいな感じ。やはりサッカーファンは言うことがちがいますね。(→参考

まあ全体には死を意識すると生の価値がわかるよ、っていう実存主義のポジティブな方。さっき地球とか生殖とかものすごくポジティブに軽躁状態で、その裏側には死があるっていう。死を意識するときに生の価値と意味がわかる、みたいな。いやはや。くりかえしますがやらかしたり人殺したりしても生は本当の意味では充実しないし自分でも馬鹿らしいしなにより迷惑なのでやめてください。

まあこういうのが戦争とか連想させるのももっともなことですわね。実際、実存っぽい哲学者は戦争や争いが好きなんですわ。ヘーゲルもキェルケゴールもナポレオン大好きだし。ヘーゲル先生もどうも戦争は民族を活発にするとかっていう理由で好きだったみたいだし。

間奏のところはギターで音階弾いてるだけで、まあ破壊的な感じですわね。これもなんか戦争を連想させるんだろうと思う。私だったらここで「君が代」に似せたメロディーにしてみたい気がするんだけど、実際最初はそういうアイディアだったんちゃうやろか。

まあ「破壊と再生」みたいなイメージですかねえ。とにかく暴れて生命を充実させろ!椎名林檎=シヴァ神のイメージ。破壊と豊穣。ロックはこうじゃないと。

追い風が吹いている もっと煽って唯(たった)今は
この地球上で いちばん
混じり気のない我らの炎
何よりもただ青く燃え盛るのさ

「追い風」がやっぱりグライダーや飛行機とかを連想させますね(実際には追い風とかあるとやばいいのかもしれないけど)。「煽ってたった今は」のこの曲一瞬だけのコーラスもものすごく効いてる。「たった今」もこの一瞬を燃えつきましょう、な感じでほんとうにすばらしい。

(万歳!万歳!我らが祖国に風が吹いている)
Hurray! Hurray! The wind is up and blowing free on our native home.
(乾杯!乾杯!我らが祖国に日が射している)
Cheers! Cheers! The sun is up and shining bright on our native home.

この最後のところ、our native homeって歌ってるようには聞こえないんですけどね。なんて言ってるんだろう?「ニッポン」と聞こえるようにしてるんだと思うけど、まあ「祖国」じゃないわね。

全体には軽躁な多幸感に満ちてて、戦争イメージというよりは、サッカーと、グローバルな地球みたいなイメージと、そこで繁茂しようとしている人間のセックス生殖生命、みたいなのイメージが重ねあわされてて名曲です。非常に広大でありかつ瞬間に燃えるイメージがって、伝統とか国家っていうのはこの曲ではほとんど価値がない感じになってて、あんまりナショナリズムとか国家主義とか感じられなくて、なんかすごいです。最初っから腰くだいてるし、PVも最初以外はほとんど国旗とか出てこないし、出てきても白黒で断片的。日の丸のイメージの赤さえも2回のロゴしかないんで、なんか国粋主義的ではなく、もっとグローバルな個人主義、個人的な(躁病的)生の賛歌みたいなのを感じます。

あと冒頭のドラムのリズムは337拍子のようでそうではなく、実はモールス符号かなんかに対応しているかもしれないとか、もうちょっといろいろ考えてみたかったけど、なんかワールドカップ見るので忙しくてやめ。みんな楽しみましょう。ワールドカップ興味ないひとも晴の日は外に出ておだやかな軽躁が襲ってくるのを待ちましょう。でも危険や迷惑は避けてね。


『ニコマコス倫理学』みたいに有名じゃないけどアリストテレス先生には『問題集』っていう本がある。これおもしろいよ。

躁うつ病の人本人の分析がおもしろい。

黒胆汁とかそういうのついてはこれが読みやすくておもしろい。

(黒胆汁の言及は上巻の方ね。)

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1. 「B面などない」とか言わないでください。年寄りにはやさしくしよう。

欅坂46の『真っ白なものは汚したくなる』収録曲にコメント

欅坂のアルバム『真っ白なものは汚したくなる』は秋元節というか中二病全開で訴えかけるところがありますねえ。楽曲のクォリティものすごく高くて、いろいろ語りたくなるので、前に言及した「スカートを切られた」「高く跳べ!」以外の気になる曲に簡単にコメント。

サイレントマジョリティー。

これは売れたみたいだけど、私あんまりぴんとこないです。Aメロの3-3-2のリズムが、現代ラテン(スペイン系)音楽の影響受けてる感じで印象的ですね。でもサビが結局4つだし。でもそこでも手拍子がラテンを主張している。アメリカではすでにラテン系がマジョリティーだ、みたいな含みはさすがにないと思う。でもLatin Hitsとか聞いてるとこういう感じの音良く使ってます。打ち込みスネアがダッダッダッダダダダダダダデレレレレレとかなるやつとか。大森靖子先生のカバーがもうドブ川アイドルでいいですね。これは男子じゃなくて女子をドブ川に引きずり込んでエサにする本物のサイレーン 1)もっとも、女子の方ももとの語りの中二病少年よりちょっと上で、すでに性的に目覚めている感じになってしまう。女子はそうなってしまうのよねえ。

「世界には愛しかない」

このアルバム、この澄んだピアノの音が印象的で、まあ汚れなき中2男子。ははは。オナニーとかしません! こういうの聞くと、校内暴力みたいなのが選択肢に入ってないってのがあれよねえ。

「二人セゾン」

 

これはよくできてますね。前に「二人セゾンの詩学」って評論読んで歌詞その他ちょっと見てみました。音楽的にはいわゆるSus4コードがとても効果的に使われていていわゆる「浮遊感」がある。そういうのついてはもう少し語りたいことがあるけど、もっと音楽に詳しい人がいると思う。ニコ生で配信したときにいろいろ語ったんだけど、最後の方ギターが裏でギュンギュンいってるのとかもいいですね。すごく作り込まれてる。

「不協和音」

 

これは政治がらみでいろいろ話題になった曲なんかな。こういうシンセ鳴りまくりの4つ打ちユーロみたいなのはあんまり好きじゃないのでパス。それより、同じ作りの次の曲がいい。

「エクセントリック」

これは「高く跳べ!」に続く大名曲です。この曲、語り手は実は女子かもしれないっすよね。いちおう「ぼく」なんだけど、そんな少年をみんなで噂するなんてないじゃないですか。むしろ女子の「僕っ子」の方がイメージとしてはあってる気がする。この曲でも澄んだピアノが大暴れでいいです。

しかしこうして並べてみると、この中二病ぼっち反抗ポップ、っていうのは実はこれまで存在してなかったジャンルかもしれないっていう気がしてきました。反抗するんだって、なんか『ホットロード』『爆音列島』的な暴走族的なのしかなかったじゃないですか。そういう世界っていうのは、反抗しながらなんか仲間や絆みたいなのがあるんだけど、秋元先生の歌の主人公はなにも持ってない。そういう年頃の少年が主人公/語り手の歌っていうのは、そもそも存在しなかったんですわ。(女子ならいろいろありそう)

アニメやマンガならエヴァンゲリオンとかそういう代表作があるけど、音楽ではそういうのあんまり聞いたことない。それは男子向けにも女子向けにも、音楽にはならんのです。声変わり前の男子が歌ったら、黒猫のタンゴとか、ウィーン少年合唱団的な僕は清く正しくて満足してます、神様ありがとうございます、になるし、声変わり後とかだとセックスセックスー、になちゃう。男子はそれを歌うことができないのです。

もうすこし年齢があがって、女子にどうやって一発やらせてもらうかとか、ガラス割って歩いたりするのはあっても、こうやって鬱屈しているだけで自分の清さを守ろう、っていうのはめったに聞かない。っていうか思いつかない。

語りや叫びは全部内向して、誰にも届かない。多くの曲で少年は「君」って呼びかけてるけど、それは実際の君には届いてない。ぜんぶ内心の声。

これほど弱い存在が語り手のアルバムっていうのは他におもいつかない。こういう曲を実際に男性ボーカルが歌うのは無理で、若い女子に歌ってもらうしかない。(あるいは矢野あっこちゃんに)。

こういう世界に住み、世間にそまらず自分の清さを維持しようとする人々を、我々は童貞様と呼んで守るべきではないか。男性学とかやってる先生たちは、この新しい世界をじっくり見つめる必要があるかもしれない。

まあこのアルバムは残りの曲もそれぞれものすごくクォリティ高くて、日本のポップ史上に輝く名盤ですね。作曲や編曲・演奏の先生たちもすごいし、秋元先生の作詞アーティストとしても頂点を極めた1枚だと思う。2010年台のポップ音楽はものすごく高い水準に達した。「真っ白なものは汚したくなる」は語り手ではなく、作家の先生たちの意見なんすかね。欅坂メンバーの語りだってことになればもっとおもしろいですね。

 

 

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References   [ + ]

1. もっとも、女子の方ももとの語りの中二病少年よりちょっと上で、すでに性的に目覚めている感じになってしまう。女子はそうなってしまうのよねえ。

「Yes-No」のあとは必ず「いくつもの星の下で」を

オフコースの「Yes-No」は超名曲で、歌詞や理念が嫌いなのに一回聞いてしまうと2回も3回もリピートしてしまうのですが、そのあとで必ず同じアルバム(We Are)に入ってる「いつくもの星の下で」を聞くようにしています。

オフコースといえば小田和正先生ですが、中心人物はもうひとり鈴木康博先生がいるわけです。オフコースは最初はフォークデュオだったのがメンバー増やしてバンドになった。その鈴木先生が書いて歌ってる曲。

実はこの曲知らなくて、10年以上前に、京都の小さなライブハウスで聞いたんですわ。鈴木先生のギター一本で。ギター一本には思えないすばらしい腕でしたね。「ほんとはバンドで来たいんですけどね、お金なくてね」みたいなこと言ってた。つらい。

んでぜひ聞いてくださいよ。これほんとに歌詞が素晴らしい曲なのよ。そして「Yes-No」と理念の違いをあじわってください。

今夜はありがとう

イエス・ノーでも「今日はありがとう」っていってましたね。あれがどのタイミングかはむずかしいけど、まあ一番ゲスな解釈ではホテルでさっさとことをすませて、もうさっさと別れようとしているときですね。でも鈴木先生はちがうよ。

ここまでついてきてくれて

いつものように人物や状況を考えましょう。鈴木先生は1948年うまれだけど、2月なので小田先生と同学年ね。だから1980年ごろはやっぱり32、3才。「ここ」がどこかわからんけど、なんかお店のなかじゃない気がする。タイトルも「星の下」だし、星空が見えるんす。外ですね。どっかの路上でしょう。

どれくらいの時間帯かが問題ですねえ。まあ今夜はありがとう、だから飯食って酒のんで、10時は軽くすぎてますね。わざわざありがとうってくらいだから11時か12時ぐらいまで?相手の女性は何歳ぐらいでしょうか。

話したいことがあるから

え、まだあるんすか。いままで延々なにしゃべってたんすか。

もう少しいてよ

どこ行くんすか。いま道端だとすると、道端にいるって意味じゃなくてどっか「静かな」とこに行こうとかそういうことっすか。そっちの方になんかネオンが光ってるからそこに行こうってわけですね。ほんとにお話するんですか?

あなたの前だけは僕は素直でいたい

32才の男が「あなた」と呼んでるので、まあ20代後半かなあ。でも鈴木先生まじめだから20代なかばぐらいもあるか。大の男が女子の前で素直になれるってんだから、まああるていどのもののわかった年代の女性ですわね。Yes-Noの語り手カズマサオダ(仮名)が相手にしていたより上の年代だと思う。

信じてほしいからせつない思いうちあける

いきなり重いです。重いです先生。それはちょっとどうですか。

いつもひとりくやし涙
ながしてきた男のことを
あなたに聞かせたい
ぼくのすべて教えたい

ぎゃー。

そばにいてーー

ちょっと明日朝から用事あるし、猫のエサやらなきゃならなし、そういえばガスの元栓も気になるから帰ります。残りの歌詞も急いでるからちょっと聞けないんですけどー、みんなに聞いてもらってくださーい

松本零士先生の『男おいどん』。

オフコース解散間際のスタジオ風景ビデオとか見たことあるんですが、小田先生が仲間と「野球すっぞー」とか遊んでるときに鈴木先生は「おれはいい」とかってんでギターの練習してたりするんですよね。シングルだしてもいつも小田先生がA面で鈴木先生はB面。顔もやっぱりまあ小田先生と比べるとちょっとあれだし、くやしいくやしい。

真面目で真剣であることを示すために、自分のすべてを打ち明けたい。自分が毎日悔し涙に濡れていることを!しかしそんなん女子には通じないのです。あまりにも残酷。鈴木先生が話しかけている相手が、カズマサオダ(仮名)が「Yes-No」で相手にしていた人と同じ相手だと楽しいですね。

いやほんとに、これもまたリアルな男ゴコロを歌った一つの名曲なんすよ。でもわっかるかなー、わっかんねーだろうなー。

 

 

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オフコースのYes-No はワンチャンの歌

オフコースの「Yes-No」は超有名な泣く子もだまる超名曲なので、解釈も安定していて私がなにか書く必要はないとおもっていたのですが、そうでもないかもしれないと思ってメモ書きだけ残しておきます。満足いくほど検索してませんが、ネットにかぎっても同じことを書いている人は多数いるはずの標準的な解釈だと思う。音楽的には今回音拾ってみていろいろ発見があって語りたいことが多いんだけど、最小限にしたい。

といいつつ、まずイントロ。このイントロは秀逸ですねえ。シンセサイザーでラーミーレーラーソーミレミーってやる。ただし実はキー(調性)はBというあんまりに使わないキー。それがAメロになるところでいきなり半音上がってC(ハ長調)になる。これ何回聞いてもびっくりします。歌いにくいし。

今なんていったの?

イントロからAメロへのいきなりの転調は、この語り手の本人もびっくりしているわけです。
「え、なんて?」

他のこと考えて君のこと ぼんやり見てた

それまで全然別の、イントロのシンセサイザーの「ラーミーレーラーソーミレミー」で表されるようなことを考えていたわけです。語り手は、まあ、歌ってる人と同じくらいの男性、って想定しますかね。小田先生は1947年生まれで、このYes-Noは1980年なので、33才ぐらいの男性ということで。これくらいの年齢のミュージシャンは27才ぐらいの次の人生最大の音楽的ピークになることが多いようにおもいます。

「ラーミーレーミー」がなにを意味しているかっていうのは解釈が必要。なにかに対応しているかもしれないし、対応していないかもしれない。

「ぼんやり見てた」のあとの「あーっあーっあー」っていうコーラスがものすごくいいですね。

ポップ音楽でのコーラスはいくつか種類があるのですが、こういうタイプの歌詞がなく、歌詞のあいまにはさまれるやつは、私は言葉にできない、あるいは言葉にしたくないタイプの思いを伝達している、って解釈するのが好きです。「話はきいてませんでしたごめんなさい、他のことをかんがえていて君をぼんやり見ていたのです」っていう表の言表の裏がある。

好きな人はいるの? こたえたくないなら
きこえないふりをすればいい

場面を考えましょう。二人で話をしています。まだ時間帯や場所はわかりませんが、二人で話せるようなところ。君で呼ばれている人は、おそらく女性でいいでしょう。もちろん男性でもいいのですが。「君」よばわりなので、年下、まだちょっと幼いですかねえ。私の想像では20代前半の女子ぐらいかと思いますが、好きに想定してください。

それにしても、話きいてなかったのにいきなり「好きな人はいるんですか/彼氏いるんですか」って聞いてるわけです。とりあえず、そのまえになんの話をしていたのかもっと聞いたらどうですか。あなたミスチル櫻井先生と同じですね。

んで女子が、彼氏がいるかどうか答えたくない、ってのはどういう状況なのかを考えるべきですね。(1)彼氏/好きな人はいるけど答えたくない、(2)彼氏/好きなひとはいないので答えたくない、のどちらでしょうか。っていうか、これ、どちらにしても、彼氏や好きな人がいようがいまいがいないということにしたい、ってことですよね。

「彼氏がいる」っていうことにすれば、目の前にいるなにか変なおじさんは「んじゃやめとこかな」みたいになるし、「いない」って答えればつまらない女だとか面倒な女だということになるかもしれず、まあ答えない方がよい場合というのはあるのかもしれません。これはよくわからん。サルトルの「自己欺瞞mauvaise foi」の議論が参考になるのですが、あとまわしにします

そんで、いきなり「ソラドレミソッ」って突然もりあがる。「ソラドレミソッ」ってやられたら「ラーラララ」にならざるをえない。それが音楽というものです。まあ「ソラドレミソ」してしまったのだからしょうがない。

君を抱いていいの 好きになってもいいの
君を抱いていいの 心は今 何処にあるの

セックスセックスぅ。(1) セックスしたら君をすきになるかもしれませんがとりあえずセックスしていいですか? (2) とりあえず好きになってしまえばセックスしてもいいですか、セックスさせてくれますか?、どっちかわかりませんが、まあこういう人には区別ないのでそれでかまいません。

「心はいまどこにあるの」はまあ「いまなにを考えてますか」「さっき渡しが質問した「好きな人はいるの」という問いに対して、誰のことを考えますか」、下手すると「けっこう飲んでるようですがまだ意識ありますか、判断力は正常ですか」いろいろ考えられますが、これもこういうひとには区別ないのでかまいません。

言葉がもどかしくて うまくいえないけれど
君のことばかり気になる

言葉より別のことで表現した方が早いと主張しています。
「君のことが気になる」は「好き」かどうかわからないけどなんらかの意味で興味関心をもっているということです。さっきの「らーみーれーらーそーみれみー」です。
つまり、「君にいますごく関心を抱いているけど、それは言葉で説明するのではなく、もっと直接的な接触によって表現した方が早いと思うのだが、君はいかがであろうか」「ぼくはとってもラーミーレーミである」と言っています。

ほらまた笑うんだね ふざけているみたいに

この人は女子を笑わせるのが非常に上手なのでクスクスさせます。「ふざけているみたいに」は語り手男子と聞き手女子のどっちがふざけているのかわからないですが、まあどっちもふざけているみたいだけど本気だ、ということです。このふざけているは英語とかだとフラートflirtにあたる言葉ですよね。どっち付かずの色目使い、みたいに訳されるけど、まあ恋愛におけるかけひきのやりとりですわ。

今 君の匂いがしてる

これは非常に肉感的なところで、女子リスナーはここでやられるとおもいますね。
フラート(色目、媚態)ってのはある程度距離があって可能なわけですが、ここでは生化学的に、嗅覚に感知されるほど近づいているか、あるいは近づいていなければそれほど強くなにか生化学物質を発散するほど体温が高くなっている。

君を抱いていいの 好きになってもいいの
君を抱いていいの 夏が通り過ぎてゆく

さっきは「こころはいまどこにありますか」だったけど、今度は「夏がとおりすぎてゆく」。夏のおわりぐらいなんすかね。場所はいまだに不明なのですが、昼に夏の終わりを感じることは少ないので夜ですね。おそらくリゾートとかではなく、時代的に都会のカフェバーみたいなところだと思うんですがどうでしょうか。

ああ 時は音をたてずに ふたりつつんで流れてゆく
ああ そうだね すこし寒いね 今日はありがとう 明日会えるね

ここが一番解釈面倒なんすよね。音楽的に別の場面に物理的に移動しているのは明白。「つつんでゆく」からなんか包まれてる感じがする。毛布やタオルケットですか。「そうだねすこし寒いね」は「寒いですね」って言われたから「ちょっと寒いですなあ」って答えてる。夏の終わりだから普通にしていれば寒いほどではないので、まあ服脱いだりしてますか。そういうシーンですな。

そしてすぎ次に伸びるギターで、これはこのブログで何回も指摘しているように、ロックでのギターのチョーキングは特別な意味があるのです。きゅいーん!

何もきかないで 何も なにも見ないで
君を哀しませるもの 何も なにも見ないで

ここも解釈がむずかしいのですが、まあ「あんまり詳しく私の心理について聞かないでください、これ以降も同じことを数年つづけるのかどうかとか聞くと、答えは実は今のところはノーなのであなたが悲しむことにあるから聞かない方がいいんじゃないっすかね、でも先のことはわかりません」ぐらいですか。

あるいは、「好きな人=彼氏」がいるとすると、ここでこの人に抱かれたり「好き」になられたりすると、その好きな人や彼氏がまあ悲しむことになったり場合によっては怒り狂ったり、まああんまり都合がよくないことが怒って女子自身も悲しいおもいをすることもあるかもしれないわけですが、とりあえずいまはそういう先行きを見ないことにしましょう、とかそういう意味かもしれませんね。ほかにも解釈ありえると思います。いろいろ考えてください。

君を抱いていいの 心は今 何処にあるの
君を抱いていいの 好きになってもいいの

キュイーン。


コーラスの意味についてですが、ワーワー系のコーラスで好きなのはこれ。10ccのI’ not in love、1975年。

君の写真を部屋に貼ったりしているけどそれは壁の穴を隠すためだ。夜に電話するからっていって君がすきなわけじゃないよワーワー。ワーワーは言わないことを言ってます。


きゅいーんはなんでもいいんだけど、まあいつものツェッペリンで。お前を離せないぜべいべ。

まあこれは男性的すぎるか。女性的なギターチョーキングもあるな。まあとにかく、初心者リスナーはギターをキューンってやってたらあれだとおもっていいです。

けやき坂46の「誰よりも高く跳べ!」は放送禁止にしてはどうか

欅坂の「誰よりも高く跳べ!」はまさに大名曲なのですが、それゆえにまったく恐ろしい曲です。

前に書いた聴取ポイントリストとともに聞きましょう。私、30回ぐらい聞きましたが恐ろしい名曲ですね。

 

アーティスト名、曲名、ジャンルはいいですね。ジャンルはJ-Pop、アイドル音楽。でもこの分類でいいのかどうか。
リズムパターンは基本は4つ打ちダンス。
楽器編成は非常に分厚くて豪華です。打ち込みドラム、シンセベース、左右2本(ガットとエレキ)、キーボード、ホーンセクション系、ストリングセクション系、それから最初からぴょーんってやってるシンセと、うしろの方で出てくるもっとエッジの効いたエレピ、コーラス(欅坂と男声と女声)
テンポは130BPMぐらい、ダンスとしてはちょっと速い、いかにも高揚している感じ、踊ってると頬が紅潮しますね。

アーティスト情報は自明だから今回はいいでしょう。

歌詞まず基本だけおさえます。語り手の性別は不明だけど基本は少年、中学2年生〜高校2年ぐらい。主人公は語り手本人、語りかけられているのはよくわからないけどおそらく同世代の他人、あるいは自分自身。

これだけおさえて歌詞と音楽いっしょに行きましょう。

イントロ。ガガって感じでガットギターからはじまってるのかっこいいですね。先走ってかきむしってます。すぐにシンセがぴょーってやってすぐにうようよ、さらにドラムとホーンが入る。ベースも下の方でうようよ。この高揚感はただごとではない。

コード進行は | C | B7 | Em | G |で、キーは基本的にはEmというマイナーキー。これはB7が一応軽く決定しています。でもGってメジャーだって聞く方法もある。まあEmなのかGなのか、ていう曖昧さがある。しかしものすごい肯定的な感じですね。

| C | B7 | 誰よりも高く跳べ!
| Em | G | 助走をつけて大地を蹴れ!
| C | B7 | Em | G | すべてを 断ち切り あの柵を越えろ!
| C | B7 | Em | A | 自由の翼を すぐに手に入れるんだ
|C | 気持ちからTake off
| Am | One Two ThreeでTake off
| Em |ここじゃない ここじゃない
| Em | G | Em | ここじゃない どこかへ…

いきなりサビ。このサビすばらしい。「すべ」「てを」「たち」「きり」って感じが、はあはあ息が切れてる感じ。あの柵をなんとしてもこえるのだ。でも柵ってなんだろう。

「自由の翼をすぐに手に入れるんだ」の最後のところのAのコードがものすごく強くて利いていて、何回きいてもぐっときます。ここじゃないからテイクオフするんです。最後はGかEmかと争って、結局Emでおわって、音楽的に全体がEmであることが確定する。でもあんな派手なのにこのサビの終わりへんだよね。誰だって違和感があるはず。落ち着きが悪い。

Em | Am | B7 | Em / C B7 | 自分で勝手に 限界を決めていたよ
Em | Am | B7 | Em / C B7 | 世界とは 常識の内側にあるって…
Em | Am | B7 | Em / C B7 | 無理してみても 何もいいことない
Em | Am | B7 | Em / C B7 | 大人たちに 教えられてきたのは妥協さ

メロディーラインは普通、歌詞内容もふつうの欅系。1小節に1コード、4小節目だけC / B7 が入って強く推進する。なにもいいことがないようです。

Am / D | Bm / Em | Am / D | Bm / Em | 空の涯に向かい 風は吹き続ける
Am / D | Bm / Em / C#dim | Am B7 |見上げてるだけでいいのかい?もったいない

ここいいですよね。1小節に2コードはいって忙しい。高揚が激しい。歌詞として注目するべきは、風が空に向かって吹いていることです。

クエスチョン:あなたは風が空に向かって吹いていると感じたことがありますか?それはどこですか?

丘の上とかビルの上とかですか。そういう高い場所はたしかに風が上に向かって吹いている感じがする。そういうところで空に飛べる風が吹いているのを見送るのはもったない。

さあ前に遠く跳べ!
力の限り脚を上げろ!
追いつけないくらい 大きなジャンプで!
希望の翼は 太陽が照らしてる
信じろよYou can do!
行けるはずYou can do!
もう少し…

サビすばらしい。丘の上か、ビルの上で、自分に「さあ前に遠く跳べ!」って歌ってます。見る前に跳べ!ジャーンプ。ジャイアントステップ!誰かが追っかけてくるかもしれないけど、大きく跳べ!

君の/僕の 翼を太陽が照らすだろうってのはいいですね。あれ、でもそうすると、なんか翼をつけてる蝋が溶けちゃうかも、って話を聞いたことないですか?私の記憶だとずいぶんむかしにそうやって空を飛んだひとがいてイカロスとかそういう名前だったか……できる、行ける、もう少しいけばいける……

短い間奏がはいって、ドラムがドタドタやってなんかリプレイな感じ。失敗してやりなおしてる感じ。もう一度だ。

立ちはだかる 困難や障害は
これからもきっと 避けることは出来ない
背を向けるより 正面突破しよう!
どんな夢も予想つかない
明日にあるんだ

なにやったって辛いことは避けられません。正面突破だ。でもどっちに?あ、目の前の金網を飛び越えることで正面突破するんすね。

錆びたルールなんか 重い鎖だろう
飼い慣らされてて いいのかい? 頷くな!

ここのところの息の切れてるもいい。錆びたルールってなんだろう?絶対破ってはいけないルールよね。

さあ前に遠く跳べ!
力の限り脚を上げろ!
追いつけないくらい 大きなジャンプで!
希望の翼は 太陽が照らしてる
信じろよYou can do!
行けるはずYou can do!
もう少し…

このコーラス、うっすら男声も入ってて分厚くていいんですよね。それにシンセとかびょろびょろいっててすごい。「僕/君はできる、できるはずだ」しかしもう1回リプレイ。もう少しなのだ。

| Am | D | G | G |金網の外 眺めてるだけじゃ
| C#dim | C | 何にも変わらない
| Am / Bm | Eb / B7 |どこ向いても立ち入り禁止だらけさ

ここいったん落ち着いてる。よく考えるのだ。コード進行はおもしろくて、調性がわかならくなる。ぐだぐだ考えてる感じね。特にC#dimとか。Ebで混乱は最高だけど、最後はB7(ドミナント)でやっぱりEmへ向かうことに決めた。B7はEmへ解決/5度落ちる強い力をもっているのです。調性というのは重力である。コードも分厚くて魅惑的。

そこには金網がある。丘の牧場だろうか?丘の上の牧場の牛が自由をもとめて金網を飛び越えるのだろうか?ちがう。ではもう一つの候補ですね。どっちみち世界は金網があるんだから、どの金網を越えても同じさ、ってことか。でも「その」金網を飛んで跳んで大丈夫ですか。

そしてついに、

レジスターンス!

わあ。やめろー。

守られた未来なんて 生きられない

レジスタンス=生きられない。生きなれないのがレジスタンスなの?そして効果音入って飛んでる!なんに対するレジスタンスなの?親?学校?世界全部?それってレジスタンスなの?

この「れじすたーんす!」のあとのエレピがすばらしい。天国的。ヒイズミマサユ機先生とかも弾きそうなフレーズですが、私が知る限りはウェザーリポートのジョー・ザヴィヌル先生が開発したタイプのフレーズですね。天国へ飛んでる感じがする。

そのあとのコーラスは、もう自分なのか天使たちなのかわからんです。天使っぽい。

誰よりも高く跳べ!
助走をつけて大地を蹴れ!
すべてを断ち切り あの柵を超えろ!
自由の翼をすぐに手に入れるんだ
気持ちからTake off!
One Two ThreeでTake off!
ここじゃない ここじゃない
ここじゃない どこかへ…

「誰よりも高く跳べ!」これはすばらしい。そう、我々は高く跳びたい。そのためには「助走をつけて大地を蹴れ!」そうだ。「すべてを断ち切り あの柵を超えろ」でもこれはやばい。いろんなしがらみたいへんだけど、なにも断ち切る必要ないじゃん。「自由の翼をすぐに手に入れるんだ」この「すぐに」がキモだ。自由とかそんな大事なものが、そんなすぐに手に入れられるはずがないではないか。なに言ってるんだお前は。

「気持ちからTake off!」これは解釈難しいけど、「つらい気持ちから」なのか、もっとひどい「こわい気持ちからテイクオフ」か。「One Two ThreeでTake off!」「1,2,3で跳ぶ?」やめろ。「ここじゃない ここじゃない ここじゃない どこかへ…」そう、ここじゃないところへ行くってのはロックの基本だけど、そういう形で金網を超えるのはいかんよ。

ラストまで聞いてください。ここまで読めば、最後がフェードアウトしないで、タリララタリララというストリングスと下降形で最後ドシンと終わってる理由も明白だろうと思う。邪悪。

これは天使たちじゃなくて、悪鬼とその手下の美しく邪悪なセイレーンたちの歌です。芸術的には最高だけど、道徳的には非常によくない。

私も最初はこの曲、「そうだよな、おれたち足を高くあげて、歩幅を大きく取って生きてかなきゃならない、そう生きるのだ」って聞いたんですよ。最初っから最後まで感動させられる。特にサビの「ぼうの翼」のあたりの感じってもう最高じゃないですか。でも全体はそういう歌詞じゃないんすわ。もちろん、もっと穏健に解釈することもできるけど、実はそうじゃない読みを可能にした作りになっている。

穏健な読みをすれば、そう、我々は時々ジャンプすればいいのです。ちょっと意識して歩幅を大きくして歩いてみたり(我々のジャイアントステップだ!)恥ずかしいから誰も見てないことを確認してから、公園とかで「ジャーンプ!」ってやってみればいい。そういうちょっとした活動から、人生は耐えられるものになたり、あるいはすごく豊かなものになる。部屋でジャンプもしましょう。ちょっと跳んで見るだけで全然ちがう。朝に1回思いっきりジャンプしてみれば、その日1日けっこう機嫌よく暮らせるかもしれない。

だからそう読んでそういう曲だと楽しみましょう。ファンはみんなおそらくそう聞いてると思う。

でも全体はそうではない。そして作詞作曲編曲の先生たちは、そういうしかけを十分意図してこういう名曲名トラックを作っている。私は許せないですね。

DailyMotionにライブ映像があるんですが、これとかもうほんとにギリシア神話のサイレーン、美貌と歌で男性を呼びよせて食い殺す妖怪を連想しますね。君ら、やめろ、ころされるぞ!

最後の個人ダンスもすばらしい。美人ぞろいだけどいつもは腕をだらんと下げてダウンな演出を強制されている欅女子が、笑顔で実は身体能力がものすごく高いことをみせつけながら、「その金網を跳べ、123で跳べ」って呼びかけてる。おそろしくてしょうがないです。ていうか、ライブでサイリウム振ってるファンの皆様は殺されそうなのがわかってるんでしょうか。わかってるんでしょうね。でもサイレンの歌と同じように、もう抵抗できない。放送禁止にしたらどうだろうか。そう、ゲージュツってのはこういうものなのです。19世紀的な「理念と形式の一致」という理想。あらゆる意味ですばらしい。すばらしすぎます。だからこそいろいろ考えるところがありますね。

ウォーターハスウスの有名作「オデュッセウスとセイレーンたち」。セイレーンは半分魚のやつと半分鳥のやつの2種類想像されてるんですが、今回は鳥のやつのほうが適切ですね。


(追記2018/10/03) でもこの曲は「リスナーを勇気づける曲」っていうふうに聞かれてますね。それは悪くないことだと思う。ジャンプできるんなら他のたいていのこともチャレンジできるし。それが製作者たちの一番言いたいメッセージなわけだと思う。

ミスチルのYouthful Daysについて考えてください

一つ前のエントリで書いたミスチルのYouthful Daysの件、私聞いたことは歌詞意識したことがなかったんですが、なんかすごい違和感あったんです。

にわか雨が通り過ぎてった午後に
水溜まりは空を映し出している
二つの車輪で 僕らそれに飛び込んだ
羽のように広がって 水しぶきがあがって
君は笑う 悪戯に ニヤニヤと
僕も笑う 声を上げ ゲラゲラと

まあこれはいいですよね。いかにも青春。ただし水しぶきは他人様にかけてはいけませんよ。
youthful days、若い日々ってんだから高校生ぐらいすか。男子高校生と女子高校生のころの思い出を、おとなになってから歌っている、ってことでいいですか。シンガーは俺様。かなりトンガってます。

歪んだ景色に取り囲まれても
君を抱いたら 不安は姿を消すんだ

まあこれもいいです。「抱いたら」っていうのは女子はハグの意味にとるみたいですね。それでいいでしょうか。とにかく難しい高校生の時期にセックスしてました、ぐらいの意味ですかね。

※胸の鐘の音を鳴らしてよ
壊れるほどの抱擁とキスで
あらわに心をさらしてよ
ずっと二人でいられたらいい

んー、まあ「あらわに心をさらす」ってのがどういうことなのか。でもまあセクロスセクロス。これがそういう歌だってことぐらいはファンの間でもコンセンサスありそうですね。

「サボテンが赤い花を付けたよ」と言って
「急いでおいで」って僕に催促をする

キーワードのサボテン。もちろんあのトゲトゲついたサボテンでしょうけど、どういう形のサボテンを想像しますか?サボテンの花というのはあれは鮮やかで美しいものなのでいいですね。

何回も繰り返し 僕ら乾杯をしたんだ

「乾杯する」まあふつうはビールとかシャンパンとかそういうのだろうけど、文字通りにとっていいのかどうか。

だけど朝になって 花はしおれてしまって
君の指 花びらを撫でてたろう
僕は思う その仕草 セクシーだと

サボテンの花をなでたりするかなあ。

表通りには花もないくせに
トゲが多いから 油断していると刺さるや

ここ謎ですよね。どう解釈するでしょうか。

胸の鐘の音を鳴らしてよ
切ないほどの抱擁とキスで
乾いた心を濡らしてよ
ただ二人でいられたらいい

ここはあんまり問題ない。

生臭くて柔らかい温もりを抱きしめる時 (I got back youthful days)
くすぐったい様な乱暴に君の本能が応じてる時 (I got back youthful days)
苦しさにも似た感情に もう名前なんてなくていいんだよ (I got back youthful days)
日常が押し殺してきた 剥き出しの自分を感じる

これ異常ですよね。サボテンが生臭いとは思えないし、柔らかくもない。んじゃ生臭いのは抱きしめている相手(?)だ。生臭い女子高生とかいやですね。しかし生臭いのは女子高生なのか、あるいはその一部なのか……「サボテンに花が咲いた」っていうのは比喩だとしたらいったいなんなのか。チクチクするけど花びらついてて暖かくて生臭くて、ときどき赤い。

あとこの曲、時間の感覚がちょっと微妙で、高校生の頃を懐かしんでいるようでもあり、でも生臭いのを抱きしめているのは今のようでもあり、なんかわかりにくい。これも技法なのかしら。

繋いだ手を放さないでよ
腐敗のムードを かわして明日を奪うんだ

なにかが腐っている?え、これなんの歌なの?さっきのチクチクのトゲもほんとにサボテンのトゲなの?

(※繰り返し)
いつも二人でいられたらいい

わけわからんですね。私にはもうあるイメージがあるのいですが、これは相当ひどい歌だと思います。メッシーというかなんというか。まあ書くと怒られそうだし、各自解釈してみてください。

 

まあミスチル先生の歌詞はわざとわかりにくくしてるんですわ。でも手がかりは残していて、ニルヴァーナほどわけわからんようにはしてない。それがファンの人々が「深い!」とかっていう理由ですが、その内容が深いかどうか。音楽だけでかく歌詞表現もこったものなのもわかるのですが、私はわざとらしくてあんまり好きではないのです。そしてなにより、その歌詞が表現している理念、思想みたいなのが好きではないのです。ごめんねファンの皆様。

ちなみに、歌詞っていうのは、もっと適当というか、アーティストの霊感や直感で書いているはずだっていう意見はあると思うけど、そういうのにしてもなんらかの知的な作業は行われているのがふつうだと思います。ミスチルはそういうのが特にはっきりしている方で、昔いかにも知的な操作で作られた歌詞を分析してみたことがあるんだけど、あれなんていう曲だったか思い出せない。2ちゃんねるに書いたんだけど。

なぜそうなるかというと、適当につくった歌詞、なんの脈絡もない歌詞っていうのは歌う人間が覚えられないんですわ。あるストーリ、あるいは連想、そういうものがあってやっと歌詞をおぼえられる。たんなるゴロだけではおぼえられない。

それにもっと大事なこととして、作詞する場合、なにも背景の連想やアイディアがなければ言葉の選択肢が多すぎて(無限にあるわけだ)、構成できないんですわ。なぜそこにその言葉がはまるのかっていう少なくとも内的な整合性は必要なんよね。まあおうおうにして作家のその内的な整合性ってのが他人に理解できない形になってしまうけど、本人のなかではあるイメージみたいなのがあるはず。ニルヴァーナのSmells like teen spiritもそういうふうにしてできてるんだモスキート。おそらくカートコベイン先生のなかでは、あそこで歌われている個人的な体験とそこに蚊がいたことがみっちりつながってるのだろうと思う。ミスチル先生がこの曲を歌うときも、そのたびに、赤いサボテンの花びらをいじってる指が思い浮かんでるはずです。

ポップ音楽でリテラシー (3) 私の思う基本的ポップリテラシー

さっきの聴取ポイントのリストは気づいたら増やしてます。実際におしえるときにどこらへんがキモになるかって考えたり。

基本的な情報はいいわよね。テンポも速ければ元気でおそければ眠かったりだるかったりというのはすぐわかると思う。スマホアプリでBPMはかれるってのは教えたい、そのまえにBPMがなにかおしえないとならんから時計では買った方がいいか。

アーティストの年齢性別服装ライフスタイルステージングPVはいいわよね。それが聴取にどういう影響を与えているかってのを考えてもらうのはメディアリテラシーっぽい。

歌詞はこうやってばらばらにしてしまうと考えやすくなると思う。歌詞の語り手とシンガーは別だし、そのくいちがいがけっこうおもしろいというのははっきり示したい。語られている相手を想定したり想像したりするのは大事ね。

歌詞の進行とともに物語のなかの時間も経過している可能性があることも明示する必要がある。そうじゃないのも多いけど。そこで歌詞がタイプ分けできる。

多くの曲は「ストーリー」があるから、それを読み取れれば一応初級編は終了よね。そして語りの相手へのメッセージ、歌のリスナーへのメッセージを読み取りたい。

楽曲(サウンド)と同じように歌詞も真似られたり批判されたりするものだ、っていうのも指摘したい。たとえば、これまでこのブログで触れた曲だと、aiko先生の「初恋」は宇多田先生の「First Love」と「Automatic」へのアンサーソングでありオマージュだと思う。「私のときはこうだった」よね。ヒントをもらってるだけかもしれんけど。他にもいろんな初恋の歌があって、そういう積み重ねの上で作品が作られるのだ、っていうのはいいたいねえ。カンでつくってるのではない。またポップ音楽は態度を広めるものでもあって、ビートルズもパンクもそういうものよね。

修辞は国語の領域になっちゃうけどこれも大事よねえ。やりがいがあるだろう。

母音や子音の扱いっていうのもエピソードをまじえてなんか語りたい。たとえば井上陽水先生は「か行」が好きらしくて、それは彼自身の声がよく聞こえるかららしい。「か」は固い感じ、「さ」だったらさわやかだし、「な」「ま」はねっとりしているし。母音も「あ」はあかるいしや「お」おおらかだと思う。

「内容や状況に疑問を感じる部分、違和感がある表現はないか?」っていうのも大事で、その歌詞の一番のキモはそういうところにある。そこが理解できると全体の解釈が変わっちゃうような。たとえばミスチルの「Youthful Days」だったら「生臭くて柔らかい」「腐敗」。サボテンの花の話してるのに生臭いのは異常っしょ(あとで書くかも)。

メロディーや音楽やサウンドこそがポップ音楽を音楽たらしめてる部分なので、ここはいろいろやりたいわねえ。
コードと調性の話は楽器やらないひとには難しいと思うけど、他は聴取だけでなんとかならんだろうか。形式はぜひおしえたい。音楽は反復だ。「フック」っていうかその曲の魅力を作る箇所も教えたい。あとこっちも歴史大事よね。

楽器の録音技術とかボーカルの取り方とかも指摘すればわかるんちゃうやろか。

あとは、歌っていうのは必ずしもストレートなものではなく、いろんな表裏のメッセージがあるし、また購買者のこともいろいろ考えてるっていうのも指摘したい。けっこう皮肉やユーモアがわからなくて、まっすぐしか解釈できないひとは多いと思う。

「語り手は聞き手/リスナーにどの程度自分の言うことを理解してほしいと思っているか?」っていう問いも入れてみたけど、たとえばニルヴァーナとかリスナーにわかってほしいなんて思ってないような気がする。わかりにくいのがよいのだ、モスキート。

まあもっといろいろあるなあ。

このパロディの歌詞はこっち

ポップ音楽でリテラシー (2) 仮にリストを作ってみた

昨日の記事につづいて、んじゃ楽曲をよく聞くってどういうことだろうか、って考えて、とりあえずチェックしてみる項目を列挙してみました。もっとあると思うけど、とりあえず思いつくものだけ。★つけたのは比較的高級な内容で、知識が必要になるので、学生様には説明が必要な場合があるだろう。

基本情報

  1. アーティスト名
  2. 曲名
  3. 楽器編成
  4. ジャンル
  5. リズム・パターン
  6. テンポ

アーティスト情報

  1. シンガー・バンドの年代性別
  2. シンガー・バンドの印象、服装、ライフスタイル
  3. 想定されている楽曲リスナー、購買層、そのライフスタイル

歌詞

  1. 語り手のアイデンティティ/どういう人物か/年代性別等
  2. 語り手とは別に主人公がいる場合はそのアイデンティティ
  3. 語りかけられている聞き手のアイデンティティ、年代性別等、ライフスタイル等
  4. 歌っている場面はいつ
  5. どこで語られているか
  6. いつのことについて語られているか
  7. 語り手と聞き手はどういう関係?
  8. 語り手はどんな状況
  9. 聞き手はどんな状況?
  10. 1コーラス目と2個ラース目の関係はどうか?時間は経過しているか?語りの内容や語り手の態度に変化があるか?間奏のあとは前と同じか、それともなにか違っているか?
  11. どんなストーリーか
  12. 語り手から聞き手へのメッセージは?
  13. ★他のアーティストの作品で似ている内容を歌っているものはないか?同じ態度の楽曲はないか?歌詞の引用はないか?
  14. ★「修辞技法」をチェックせよ。
  15. ★比喩はどうつかわれているか、擬音は使われているか?
  16. ★対句、縁語、かけことば、枕詞、句切れ、本歌取り、引歌、倒置、体言止め、見立て、擬人法、命令、呼びかけ、折り句、もののな、押韻、反復など、和歌や俳句で使われる技法は使われてないか?
  17.  ★母音、子音の使い方に特徴はないか?
  18.  ★内容や状況に疑問を感じる部分、違和感がある表現はないか?

メロディー、音楽、サウンド

  1. ★形式(AABB、AABBCCなど)
  2. ★コードやその進行は単純か複雑か
  3.  ボーカルの声質と唱法はホット?ウォーム?クール?
  4. 歌詞のないボーカル、掛け声等使ってるか
  5. コーラスの使用、性別等
  6. コールアンドレスポンスの使用
  7. ★「フック」、特徴的な音楽的工夫
  8. 前奏・イントロ
  9. ★オブリガート、フィルイン等
  10. 間奏
  11. エンディング
  12. ギター
  13. ドラム
  14. ★ベースライン
  15. ★その他アレンジの特徴
  16. メロディーの形。メロディーラインは上向き?下向き?
  17. メロディーラインの最高音はどこにある?それは歌詞とどうむすびついている?
  18. 全体のサウンドで感じられるエネルギーの頂点は?逆にエネルギーが弱いところは?それは歌詞と同関係がある?
  19. ★他の楽曲の引用はないか?影響を感じるアーティストや楽曲はないか?
  20. ★同じジャンルの10年前、20年前の楽曲との違いはなにか?
  21. ★録音サウンドに特徴はないか?
  22. カバーの場合、原曲とどうちがうか?変更にはどんな効果があるか?なぜその曲をカバーしたか。リスペクトかパロディーか。時代的背景・音楽的背景の違い。

効果、メッセージ

  1. 語り手が感じていると思われる感情
  2.  ボーカルスタイル、サウンドと歌詞はマッチしているか?
  3. 歌詞の語りの聞き手に引き起こされると期待されている感情
  4. 楽曲のリスナーに引き起こされると期待されている感情
  5. 性的な含み
  6. ★ダブルミーニング
  7.  ★政治的・宗教的メッセージはあるか?
  8. 言葉遊び
  9.  皮肉、からかい、ユーモアは含まれるか?
  10.  調子は高い?低い?
  11.  シンガーと語り手の価値観を推測できるか?
  12.  語り手はなにを求めているか?
  13.  語り手は聞き手/リスナーにどの程度自分の言うことを理解してほしいと思っているか?
  14. 解決されない謎、邪推等
  15. 作詞作曲者・シンガーからリスナーへの直接のメッセージ
  16. 作詞作曲者・シンガーからリスナーへの間接的なメッセージ

 


実はこれはビートルズの初期曲を聞きながら、私はなにを聞いているかを考え見たんですわ。表にするとしたPDFのようになる。これ、私自信も確認しておどろいたんですが、Love me do → Please Please me → She loves you → I want to hold your handっていう最初期の4局はそれ自体が一連の流れの上にあるんですね。そう指摘されれば当然だと思うと思うんですが、でも私自身がそれはぼんやりとしか理解してなかった。表の威力はすごいです。

 

 

 

 

 

 

 

 

ちょっと面倒で音楽特有のおもしろさは、作詞・作曲・シンガーと語り手とその語り手の相手とリスナー、といろんな立場から楽曲をみないとならんところですね。特に(a)語られてるひとと(b)歌を聞いてるひとの区別はどういう表現使えばいいのかもうちょっと考えたい。

ポップ音楽でリテラシー (1) 本を読んで

学生様と話をしていて、好きな音楽の話なんかを聞きたいわけですが、うまく説明できる人はそれほど多くないですね。「よい」「好きです」ぐらいで、なにがどうよいのか、どこがどう好きかを説明できる人はあんまりいない。というか、歌詞や曲をよく聞いてないというわけでもないと思うんですが、分析的に聞いたり説明したりすることはなかなか難しいものです。

とかって考えて、そういうので卒論を書きたいという学生様もいたりするので(うちはそういう学部)、ポップ音楽の鑑賞法とか分析法についての本を探しているのですが、日本語ではなかなかないもんですね。英語ならあるかなってんで探しているうちに、Practical Media Literacyって本をKindleでめくってみる機会がありました。

 

 

これは中学や高校ぐらいのクラスルームで、各種のメディアをクリティカルに見る方法を考えながら教えようっていうクリシンの本ですわ。Musicの項目を見てみると、下のような感じ。ちょっといろいろおもしろいと思いました。

まずポップ音楽ってのが特定のリスナーをターゲットにした産業のプロダクションである、って説明するんね。たしかに楽曲の作成からマーケティングまで考え抜かれている業界ではある。単に楽曲だけじゃなくPVや売り方まで含めた商品なのだ。

んで次にジャンルの説明をする。ジャンルっていうのは特定のターゲット層に向けて、その期待にそうようにわけられてるんですよ、と。たとえばハードなギターロックだったら学校に退屈しているミドルクラスのティーネイジャーとか、ボーカルも典型的には白人男性である、と。ヒップホップだったら社会に困難な若者で典型的には黒人巨体ラッパーとDJとか、まあそういうことね。うんうん。ジャンルっていうのは、その顧客であるリスナーが「こういう音だよな、こういう感じを与えてくれるだろう」ってんで手にとるように、その期待に会うようにできてる。

あとちょっとだけサウンドについて触れて、とりあえず実践しましょう、ってな方向にすすむ。んでクラスルームでやるのは、1曲好きなヒット曲を聞いて、練習問題を考えましょう、みたいなの。

  1. ジャンル(カテゴリー)を考える。
    どの要素によってそのジャンルに分類したか。楽器、ボイスの感じ、曲の長さ、テンポ。人種、年齢、性が違うと別のジャンルになるか?選んだ曲の何が自分にアピールしたか。

  2. 歌詞を考える
    曲を聞き歌詞を読んでどういう感情になるか。ハッピーか、悲しいか、怒りか。歌詞とシンガーの歌い方はマッチしているか。音楽は歌詞や歌い方とフィットしているか(悲しい歌詞なのにアップテンポということもあることを指摘)。メッセージを聞いてどういう感じになるか。歌詞によって語られているストーリーに共感するか。リスナーにアピールするためにどう書かれているか。反対の意味になる歌詞を自分で書いてみよう。

  3. 楽器法や曲の構成を考える
    使われている楽器、全体の感じ。曲の構造をメモする。印象に残る「フック」があるか。繰り返しのセクションがどういう感じをもたらすか。頭にこびりつく感じがあるか。ダンスしたくなるか眠りたくなるか。ハッピーにするか悲しくするか。同じジャンルの20〜30年前の曲と比べるとどうか。プロダクションのスタイル、楽器用法、アレンジは変わっているか。なぜ、どのように変わっているか。

  4. ターゲットのリスナーを考える
    誰がターゲットか。アーティストのルックス、ファッション、態度は歌の感じに影響を与えているか。年齢、人種、性が違っていると違う感じになるだろうか。別の人はその曲を違ったふうに解釈するだろうか。メッセージはポジティブなものかネガティブなものか。

  5. マーケティングを考える
    架空のアルバムのカバーを考えてみる。ジャンルやターゲットリスナーのライフスタイルを考える。

とかそういう感じ。なるほど、おもしろいですね。われわれポップ音楽好きはこういうのは言われなくてもいろいろ考えるわけですが、中高生、あるいは学部生ぐらいだと、こうやって明示的に質問された方がわかりやすいし、意識的に聞くってことに自覚的になるでしょうね。リストや表の形にしておくんですね。いろんなのが作れそうだ。

んで、いろいろ考えたこととか発表したりディスカッションしたりするんでしょうね。これは中高向けかもしれないけど、いずれ私の1〜2回生ゼミの学生様にもやってみてもらおうかという気がします。もうちょっと突っ込んだ問いを設定したいけど、最初はうえみたいな感じかなあ。

上の本全体は、インターネット(Web/SNS)、テレビ、映画、ストリーミング、音楽、ニュースメディア、ヴィデオゲーム、ラジオとオーディオ関連、写真と主要メディアについての簡単な説明と練習問題があって、最後は広告なのね。なるほど、そいうことか、これぞクリシンだ!みたいな。

ちょっとおもしろい鉱脈がここらへんにありそうな気がしています。

 

 

 

 

℃-ute「Danceでバコーン!」も名曲

学生様から「Danceでバコーン」を教えてもらってのですが、これなかなかの名曲、っていうかダンスまで含めてすばらしいプロダクションですね。

最初聞いたときは、E7一発な感じからいきなり歌謡曲になるのでとまどったのですが、歌詞の内容とかをふまえるとなるほどってな感じで、私が見聞きしたことを書いてみようと思います。

まず歌詞と構成はこんな感じね。

 

(a) ファンキー男子
旅立つ時間だ
ファンキー姉ちゃん
ときめく時間だ
ファンキー幹事
宴も酣だ
ファンキー委員長
始業の号令だ
E7(#9)一発
メロディーラインはださい。
(b) 諦めやしない
私の未来
誰のものでもない
もちろん玉の輿
そりゃ乗りたい
毎日が勝負パンツ
輝くしかない
うちらの時代
誰にも任せない
もちろん馬鹿じゃいかん
時代を読んで
レバレッジきかせてこう
E7(#9)一発
おなじくダサい。
(c) ジャッジャッジャー ジャッジャッジャー ギタフリマネ
(d) AH- やだー
またちょっと太った
もうやだー
手柄取り上げないでー
AH- やだー
また上司怒ってる
もうやだー
人のせいにしないで
A | E | B | E |
A | E | F | E |
このF→Eで無理やり転調する。
(e) ダンスでバコーン
なんか全部忘れたい
ダンスでバコーン
涙がとまらないよ
ダンスでバコーン
今日は全部わすれるよ
ダンスでバコーン
慰めはいらないわ
こっからコードが月並みに激しく動く歌謡曲。
A | A | F#m | D/ E |
A | A | C# | C# |
キーはA。
(f) こんなにすごく切ないの
どうしてかわかんない
今までためたストレスと
今夜でおさらばさ
心がずいぶん軽くなる
お腹が減ってきたわ
帰りにうどんたべてくわ
明日が待ってるもん
ここがよい。アゲ。テンポが半分に聞こえる。
Bm E A F#m D E F#
とか

 

 

イントロからいわゆる「Aメロ」の(a)と(b)までを支配しているのはギターのE7(#9)っていうコードで、ジミヘンが有名曲で愛用したのでジミヘンコードとか呼ばれることもあるやつです。E7にb3度が入っているのですごい不協和音で、濁ったブルースっぽい感じになる。このE7(#9)一発でコードには動きがなくて、抑圧された感じになります。前にファンクとか黒人音楽の特徴は抑制だ、っていうこと書いたおぼえがあるのですが、まあそういう感じ。

ただしこの曲は黒人ダンス音楽ではない。まずテンポが速すぎる。ふつうのダンス音楽というのはだいたい120BPM(1分間に4分音符120拍)ぐらいにするものです。フォーチュンクッキーとかが125、ハイテンションは130,フライングゲットは132ぐらい。ここらへんもダンスとしてはちょっと速いかんじですね。このバコーンは150あって、快適に体を揺らすことができるテンポではなく、むしろ、痙攣とまでは言わないにして「踊る」っていうテンポではないです。(ヘビーローテーションは180BPMあってすごく速いんですが、あれは歌のメロディーはゆったり倍の長さになっててむしろゆったり半分のテンポに感じられる、実は90BPM)それにダンスや黒人音楽ではギター使わないんすよ。ジャジャジャーとかやらない。そういうのは、白人ロックの民が使う。ここらへんがまず前提となる基礎知識。

さて、私学生様と音楽の話をしようってときは、(楽器やらない人に楽理の話をしてもわからないから)まず歌詞をちゃんと味わおうって提案するわけです。そのために必要なのはまず、誰が何を歌っているのか、いつ、どこで、どんな状況でかを考えろっていうわけです。5W1Hっていうやつですか。これはいつでも大事ね。

ではこの曲は誰がいつどんな状況でなにを歌っているのか?

最初このPV見たときは、当然10代女子の歌かと思ってましたが、違いますね。OLさん、それも2、3年目ぐらいか。「ファンキー姉ちゃん」とかそう呼ばれちゃう感じで、すでに会社にもそれなりになれてるので20代なかば。

いつか?会社おわって男子も姉ちゃんも「旅立つ時間、ときめく時間」。7時はちょっと早いかな。ちょっと残業して7時半ぐらいっすか。これから会社の男子女子いっしょに遊びにいくんですね。

どこに行くんだろう?これが最大のポイントです。ファンキー男子と姉ちゃんなのでディスコだろうか?違う。なぜならディスコではギタージャッジャッジャーなんてダサい音楽は鳴らないからだ。考えられるのは、(1) V系ロックのバンドのライブ、(2) カラオケボックス、の二つぐらいで、男子が一緒にいくのだからロックのライブではない。広めのカラオケボックスなのです。驚きましたね。

ちょっと太っていやだとか、手柄取り上げられるとかもまあOLさんの世界ね。OLさんに手柄があるってのは単なる事務職ではないかもしれない。あとで「レバレッジ」とか出てくるから、証券会社の営業さんとか製薬会社のMRくらいで考えとけばいいのではないかと思う。

この曲のよさの一つは、1コーラス目から2コーラス目への時間の経過と気分の変化がはっきりしているところですね。上で対比してみたけど、2コーラス目になると、ファンキー男子はファンキー「幹事」になり、ファンキー姉ちゃんはファンキー「委員長」に昇格していて、まあカラオケボックスはもりあがってる感じですね。

ここでダンスについても言及すれば、上の区分の(a)の部分の股開く動作や(b)の勝負パンツ見せる動作とかはあんまりセクシーじゃなくて、むしろ下品。「あたし毎日勝負パンツ履いてんのにぜんぜんだめだわ、がはは」。ここで「ファンキー」というのは「陽気な」「おどけた」「品のない」ぐらいの意味で理解されてると思う。

対比したのでわかりやすいと思いますが、1番から2番に移行すると、「全部忘れたい」→「全部忘れるよ」、「涙が止まらない」→「慰めはいらない」、こんなにすごく切ない」→「心がずいぶん軽くなる、おなかがへった」、って感じでポジティブになってる。お腹が減ったはとてもよくて、それまで飯を食う気にさえなれない軽い鬱だったのがなおって欲求が回復したわけですわね。エクササイズと食事と睡眠は大事です。

まあ歌詞はこういう感じ。つまり、私が読むところによれば、証券会社勤続2、3年めの女子が、男子といっしょにカラオケに行って、ロックで適当におどけて歌って踊って元気になって、少し元気になってうどん食って帰る、というそういう歌なわけです。平日夜なのか、金曜の夜かはわからん。

音楽的には上の表の(a)と(b)のところはさっきも述べたE7(#9)。これは「ミ」と「ミ♭」の音が一緒に鳴っているので、ギャーンという感じの一番きつい不協和な感じの音です。ずっとそれに支配されている。そのあとの(c)のところでコード進行が| A | E | B | E | ってな感じの進行があって、これがカデンツ(ケーデンス)ってやつです。キーがEのときに、AやBのコード(特にドミナントコードと呼ばれるB)を鳴らすと、キーが「確定」するんですわ。キー(調性)はやはりEだ、イントロから続いているE7の厳しい感じを強調する感じになってます。「うちらはなにをしてもEなのだ!これからもずっとあのイライラしたE7(#9)なのだ!」って言われる感じね。

ところが、そのあと無理やり| F | E |とやってキーをAに転調するんですわ。ここが一回目のききどころですね。E F# G G# (ミファソソ#)って盛り上がっていくところです。Eの圧力に対抗して、無理やり歌って踊って盛り上げてる感じ。

そのあとの(e)からのキーはA。これでさっきから(a)(b)(c)のパートでずっとなってたE7は、Aで解放されるためのドミナントでした、いままでずっと続くと思っていたEは、実はAで解放されるための前フリにすぎなかったのだ!、人生のスパイス程度のものなのだ、ってのがはっきりするわけです。これは快感。

このE (ドミナント、属和音)→A(トニック、主和音、主調)に転調、あるいは解決するっていう快感はもちろん定番で、これがないと西洋音楽はなにもできないってくらい定番ですが、単純にやるとものすごい効果がある。

サビの(e)ではダンスでバコーンで| A |F#m | D | E | これもケーデンス、ただし「いや、キーはEではなくAなのだ!」と強く主調している。さらにサビ(f)でももっと強くAが中心なのだ、われわれはAなのだ、と主張するわけです。ここは本当にきもちがいい。

特に(f)の「こころが少し軽くなる」のところでは、音楽では2拍4拍を強調し、ダンスでも2と4で腕を上にアゲアゲにして一番からだが大きくみせて、さらに女子が横向いているので乳や脇を見せつけて、腰も浮いて非常にセクシーになってる。最初の方で、もううちら全然だめで芸もないから、ウケるにはファンキーに股開いたりケツとパンツ見せたりするしかないわあ、みたいな下品で低級な(?)女になってたところが、ここではきちっと上を向いてそこそこ上品なセクシーさを出して踊れるようになってるわけです。さらにリズム的にもうるさいごちゃごちゃがなくなって、聴感ではテンポが半分になってゆったりアゲいるように聞こえると思う。

(f)のところのダンスは、「こころが少し軽くなる」のところの横向いて手を上げるのもいいんですが、そのあとの「帰りにうどん食べてくわ」のところの「わ」のところの小さいジャンプもものすごく効いてますね。あの小さいジャンプがないと、心が軽くなってるところがわからない、あれが最大のキモだと思います。イラついたOLもカラオケで元気になれば小学生のようにちょんと飛べるようになるのだ。

2コーラスめ歌ったあともイライラしたE7(#9)のギターは再び攻めてきますが、それにつづく間奏はもう一発ではなく、歌謡曲的なホーンの勝利のラッパがなって 1)これを本物のホーンを使わずにキーボードのチープな音にしているのもよい。 、2番のサビの歌詞を繰り返しておわる。最後にイントロのリズムがもどってきますが、最初の(#9)のトゲは抜かれている。これは名曲・名ダンスです。

まあ、この曲の主人公の女子たちは正直いって安い。安いというのは、お金もないし、趣味もそれほどよくないかもしれないし、芸もあんまりないかもしれないし、勝負パンツは履いてるのに彼氏もいないし、仕事もうまくいかずに上司から怒られたりで不満だらけだし、ダイエットもうまくいかないまま年をとりつつある。不安だらけ。六本木でR&BやEDMで踊っているようなセクシーな姉さんたちにはダサいとバカにされてるかもしれない。でもカラオケでみんなで歌って騒いで踊って楽しくやれば、明日を生きることはできるのです。大衆向けの曲というのはこういうふうにできてないとならん。

私、震災のあとに「フォーチュンクッキー」を聞いて音楽やダンスの力を感じて、アイドル曲のプロダクションのよさがやっとわかるようになったんですが、このバコーンはその前で、曲の造りや腕をぐるぐる回すダンスなんかに影響が見えてる気もしますね。音楽とダンスにはストレスから解放してとりあえずうどん食いたくならせるような力があるわけです 2)というか、「フォーチュンクッキー」が「バコーン」へのオマージュでありアンサーソングであった、という可能性は十分あると思う。

どうもこのユニットはおとなになって解散したようですが、この曲の主人公たちの年齢になったところで解散というわけですね。その成長とかも、まあライブで(f)で「ん・オー・ん・オー」ってライト振り回して応援しているオタ兄さんたちにはよかったでしょうな。

 


あと、音楽の話で、E7(#9)の音ってのはジミヘンのこんな感じ。

ジャジャジャーはいろいろあるけどこれ。正直、ジャッジャッジャーのリズムはものすごくダサい。つんく先生はださすぎないようにいろいろ工夫してます。なにを工夫しているかはよく聞いて考えてください。

一番大事な、一発もので5度下に進行して快感があるってのはこの曲。E7でじりじりしていて、「おれ、もうブリッジいっていいか?いっていいか?ブリッジいっていいか?」ってやってAに落ちるのが気持ちいい(実際にはEbとAb)。2:00〜2:30ぐらい。単純にやればこれでも気持ちいいんですが、大衆にはわからんからつんく先生みたいにする必要がある。

 

まあこの曲の主人公がカラオケのあと発展してセックスマシーンだったということはないとおもいます。


→ 歌詞を考える

References   [ + ]

1. これを本物のホーンを使わずにキーボードのチープな音にしているのもよい。
2. というか、「フォーチュンクッキー」が「バコーン」へのオマージュでありアンサーソングであった、という可能性は十分あると思う。

欅坂の「月曜日の朝、スカートを切られた」も名曲

「月曜の朝、スカートを切られた」も名曲。

なんかこんな感じで秋元康先生の作詞した曲が非難されていましたなんかリテラって雑誌も非難してる。 まあ先生について好き嫌いはあっても才能がないってことはないだろう、ってんでPVで聞いてみたんですが、拙者、一発で打ちのめされましたグホぉ。これは一流の職人さんたちによる最高級の作品ではないですか。歌詞はこっち。 作曲は饗庭純先生。

 

イントロはDのペダル(持続する低音)のうえでDm – C – Bb – C ってやるよくあるやつ、でもこのDmを中心にしたペダルって、いろいろ因縁があって、一番有名なのはオーネット・コールマン先生のLonely Womanですね。Dのペダルってんで、そこそこ詳しい人は誰でも連想するんちゃうかな。あ、もっと有名なのがあった。ドアーズのジ・エンド。でもまあDの上にDm C Bb Cってトライアド(三和音)のせるのはよくつかうやつです。この進行だと不穏なDmは強く感じるけど、まだそれが主調なのかどうかはよくわからない 1)あとDmつまりニ短調で有名なのはモーツァルトのピアノ協奏曲20番とか、『ドンジョヴァンニ』の序曲と地獄堕ちとか。。こう、デモーニッシュっていうか暗くて情熱的な調性だと意識されてる感じ。

んで、Aメロの歌詞はごくふつうの中二病ね。

「どうして学校へいかなきゃいけない〜」とかまあベタな感じ。拙者はアイドルグループうといのですが、AKBとかにくらべて坂の方はネガティブで抑圧された曲が多く、歌詞も男子一人称が基本だと思ってて、そういうつもりで聞いてました。

コード進行はDm Bb F Cを4回繰り返していて、よくあるパターン。こういうののキーがなんであるのかは拙者いまだによくわかってません。VIm-IV-I-Vなんかな。6415。基本的にはFがキーだと思うんだけど、Dmにも思える。2拍ずつコードが進行していて、あるエネルギーというか活発さがある。イライラというネガティブなエネルギーだけどね。

Bメロはすごくよくて、わたしそこでいかれました。

歌詞は「反抗したいほど熱いものものもなくうけいれてしまうほど従順でもなくあと何年だろうここから出るには……大人になるため嘘になれろ!」いいじゃないっすか。

コード進行は Bb C Am Dm Bb Am Gm A(A7)だけど、各コードがAメロの倍の長さになってる。AmやGmていうそれまで出てこなかったコードが出てきて、やっとキーがFだっていうのがはっきりする。語り手のある覚悟みたいなのが出てくる感じね。ところが最後でA7が鳴ることによって実は本当のキーはDmなのだ、って宣言されるところがこの曲のミソですわね。ベタだけど拙者は感動しますね。そして、でもA7からDmへの自然な落下という予定調和、というより宿命は、最後まで拒否されるのです。どんなにA7が強力でも、Dmに落ちちゃうことは受け入れないのだ。

ここまででもう主人公は言うべきことをすべて言っていて、2コーラス目の「月曜の朝スカート切られた」ってのはもう実はなんでもいい。

本当は、「月曜の朝トイレにとじこめられた」でも「同級生にカツアゲされた」でも「いやがってるのにコブラツイストきめられた」でも、気の弱い男子があいそうな災難だったらなんでもいいわけだけど、それじゃ情けなすぎて歌にならんしょ。「実は女子の歌でした」ってな感じにしてなんとか歌としての形をたもってると拙者は聞きましたね。

「トゥシューズに画鋲いれられた」でもよかったのかもしれないけど、それだと女子どうしのあれな関係を考えちゃうから 2)そしてそれを連想すると、んじゃこのグループはどうなっているのか、とか考えちゃうし。 、まあわかりやすい卑劣な犯罪ってのでスカート切りぐらい使うのは選択として悪くないと思う。「学校のおばちゃん先生からスカート丈についてぐちぐち説教された」ではやはり歌にならんし。スカート切りぐらいわかりやすい邪悪な存在じゃないとね。だれもスカート切りを擁護しようなんてこと考えないっしょ。

まあ、われわれが出会う理不尽な出来事だったらなんでもよい。そして、われわれはそれには慣れているのです。悲鳴なんかあげてる場合ではないです(もちろんここで主調のDmへ導くA7が鳴る)。どうしても生き延びるのです。だってこれから先も、満員電車みたいな教室や職場でどうしても生き延びなきゃならんのですから。こんなクソみたいな場所は、生き延びれば勝ちなのですからね。

この歌詞はものすごくベタで、実際にこの世界を生きている人間は、こうしたベタな思考さえがいまではネットでも解体されて中二病と名付けられていることを知っているわけです。真実がネットで見つかるわけがないのもわかってる。こんなぐだぐだ定型の反抗をすることさえ、いまの若者たちはできないんじゃないかな。「いじめられても悲鳴はあげません」みたいな誇りでさえぐしゃぐしゃにされている。でもだからこそこういう歌が訴えるところがあるわけでね。

何回か聴き直すと、Bメロは(若手の?)男性ボーカルがうっすら残っていて、これはあえて残してますわね。男子の叫びでもあるわけよ。でも今はもうそれじゃ歌にならない。いまどき、男子が「大人も社会もクソだ、僕はいじめられても負けない」とか歌ってたって馬鹿じゃん?女子アイドルならまだいける。最後のリバーブとか切って生々しくした「あんたは私の何を知る?」っていう叫びみたいなのでさえ、もうわれわれは素では歌えないでしょ。

悲鳴はあげない。でも「悲鳴はあげない」ってしか言ってないってことに気づいてましたか?もちろん、この場合はスカート切られてしまってるわけだから、悲鳴あげたってしょうがない。悲鳴ってのは、パニくって、他人からの援助をもとめることだからね。こんな嘘だらけのクソな世界で生きていくには、悲鳴なんかあげたってしょうがないのだ。そのまま我慢することもあるだろうし、警察に行くこともあるだろうし、他のもっと直接的な対応を考えることもあるかもしれない。でも悲鳴なんかあげないのだ。そういう歌っしょ。痴漢にあってるその時点の歌じゃないよ。

こんな名曲、才能がないとかいったいなに聞いてるんですか。

まあでも私「坂」の演出とかはあんまり好きではないです。そういや、「君の名は希望」とかについて昔書きました

References   [ + ]

1. あとDmつまりニ短調で有名なのはモーツァルトのピアノ協奏曲20番とか、『ドンジョヴァンニ』の序曲と地獄堕ちとか。。こう、デモーニッシュっていうか暗くて情熱的な調性だと意識されてる感じ。
2. そしてそれを連想すると、んじゃこのグループはどうなっているのか、とか考えちゃうし。