翻訳ゲリラ:ジェンダー役割

(Spencer A. Rathus, Jeffrey S. Nevid & Leis Fichner-Rathus, Human Sexuality in a World of Diversity, 6th ed., 2005のp.175からの項目を江口聡 eguchi.satoshi@gmail.com が勝手に訳したもの。著作権クリアしておいません。版も古いです。)だれかいっしょに訳出しませんかね。出版社はどこに相談したらいいかなあ。医学系のところじゃないとだめだわね。


ジェンダー役割とステレオタイプ

「どうして女はもっと男のようになれないだ?」読者はこんなふうにため息をついている、『マイ・フェア・レディ』でヘンリー・ヒギンズ教授の歌詞の一部を思い出すかもしれません。歌のなかで教授は、女性は感情的で気まぐれで、男性は論理的で頼りがいがあると嘆いています。「感情的な女」はステレオタイプです。「論理的な男」もまたステレオタイプです──ただし女性に対してのものよりは寛大ですが。感情さえもステレオタイプ化されています。人々の想定によれば、女性は男性よりも恐怖や悲しみや同情を経験しやすく、男性は女性よりも怒りやプライドを経験しやすいということになっています(Plant et al., 2000)。

Q: ステレオタイプとジェンダー役割とはなんでしょうか?

ステレオタイプとは、ある人々のグループに対する固定化した、因習的な──そしてしばしば歪んだ──考えです。性割り当て──自分を男性と思うか女性と思うか──がそのまま、私たちの文化で男性的だとか女性的だとか考えられている役割や振舞いを決定しているわけではありません。文化には、ジェンダー役割と呼ばれる男女のパーソナリティーや振舞いについての期待が含まれています。

ステレオタイプ的に女性的な役割には、やさしさ、依存的であること、親切さ、人の助けになること、忍耐、従順であることなどが含まれます。男性的なジェンダー役割のステレオタイプは、タフさ、紳士的であること、誰かを守ることなどが含まれます。女性は一般に温かく感情的であると見なされています。男性は独立心があり、自己主張をし、競争的であると見なされています。時代は変わっています──少しは。私たちの社会の女性は現在、男性と同じ程度に労働力になっています。しかし女性は一般に子どもの養育や家事の第一責任者であると一般に考えられつづけています。30ヶ国での調査によれば、こうしたジェンダー役割のステレオタイプは広く見られます(Williams & Best, 1994; 表6.1参照)。

ステレオタイプ的な見方をすることの結果の一つはセクシズムです。次のセクションで見ます。

セクシズム

私たちは皆セクシズムの影響に出会っています。

Q: セクシズムとは何でしょうか?

セクシズムは、性を理由にしてある人がなんらかのネガティブな特性をもっているとする先入観(prejedgement)です。そしてこうしたネガティブな特性からして、ある人はある種の職業につく資格がないとか、仕事やなんからの社会的状況でそのひとは十分うまくやることができないと想定されてしまいます。

セクシズムによって、私たちは同じ振舞いでも、男性によっておこなわれるときと、女性によっておこなわれるときで、先入観のはいった見方をしてしまいます。「感じやすい」女性は単に感じやすいだけですが、感じやすい男性は「女々しい」(sissy)と見なされるかもしれません。女性であれば礼儀正しいとみなされることを、男性がおこなえば受け身とか弱いとか見られることになるかもしれません。男性は「自信がありげ」に見えるのが、同じようにふるまう女性は「押しつけがましい」と見られるかもしません。男性であれば柔軟だとされる場合に、女性であれば気紛れだとか決断力がないとされるかもしれません。男ならば合理的でも女だと冷いとされます。男ならば必要なときにはタフであるとされるのに、女であれば意地悪bitchyとなります。ビジネスウーマンがステロタイプ的に男性的なふるまいをすれば、セクシストはその人を以上だとか不健康だとかレッテルを貼るかもしれません。

子どもたちは、「男の仕事」と「女の仕事」の間の区別についてのステレオタイプをだんだん身につけます。女性は歴史的に「男性の仕事」から排除されており、「男の仕事」と「女の仕事」についてのステレオタイプ的な期待(expectation)は、小学1年生の時点からはじまっています。たとえば、伝統的なステレオタイプによれば、女性は算数で優秀な成績をおさめることを期待されていません。こうしたネガティブな期待にさらされつづけることによって、女性は科学や技術の分野での仕事をすることを思い止まらせられます。女性が科学や技術に関する職業を選択したとしても、女性はしばしば、雇用や、昇進や研究施設の使用や、研究資金などで差別にさらされます(Loder, 2000)。同じように、やっと最近になってから、男性は以前にはほとんど女性によって占められていた職業上の地位につきはじめました。たとえば秘書、看護、小学校の教員などです。最近になってやっと、女性にも伝統的に男性のものであるとされてきた職業に門戸が開かれました。エンジニアリングや法律、医学などです。

セクシズムは心理的に不健康な影響もあります。ある実験によれば、セクシズムは一般的だと信じるようにされた女性は、セクシズムはまれだと信じるようにされた女性よりも自己評価が低くなりました(Schmitt et al., 2003)。別の実験では、男女が自分が大学の授業コースをとることを拒絶されたと信じるようにされました(Major et al., 2003)。その理由はセクシズムであるか、個人的な要因であるかのどちらかであるとされました。拒絶されたことを個人に対する評価ではなく、偏見のためであるとすると、自己評価を保護する効果がありました(「私のせいではなく、社会の問題なのだ。」)。

幸運なことに、教育は伝統的なセクシスト的態度を変更することができるようです。ある研究によれば、女性学の授業コースが、学生がセクシズムをより意識するようになり、より平等主義的な態度をとる手助けになること、そしてその程度を報告しています(Stake & Hoffman, 2001)。この研究では、548人の女性学の授業を受けていた学生が、コースの前後に、女性学に対する開放性、女性とジェンダー問題についての平等主義的態度、セクシズムや女性差別に対する意識についての質問に答えました。女性学のコースをとらなかった学生に比べて、コースをとった学生はセイクシズムやその他の偏見に敏感になり、女性やその他のスティグマを科せられたグループに対して平等主義的な態度をとり、社会的大義のための活動に参加することに興味をもつようになりました。

次のセクションでは、ジェンダー役割のステレオタイプが性的活動とも結びついていることを見ます。

ジェンダー役割と性的活動

Q: ジェンダー役割はデートの仕方や性的活動に影響を与えているでしょうか。

ほぼ確実に影響を与えています。子どもたちはまだ小さなうちから、ロマンチックな関係(恋愛関係)ではふつう男性が女性にアプローチして性的活動を先導すること、女性は「門番」となることを学びます(Bailey et al., 200b)。門番としての伝統的な役割において、女性はアプローチされるのを待ち、求婚者を選抜することを期待されています。男性は(性的な)第一歩を踏み出すことを期待されており、女性はどの程度まで許すかを決定することが期待されています。

男性が先に手を出し、女性が門番になるという文化的な期待は、男性は性的に攻撃的で女性は性的に受け身であるというもっと大きなステレオタイプのなかに埋め込まれています。男性は女性よりも多くの性的パートナーをもつことが期待されています(Mikach & Bailey, 1999)。男性は性的な出会いを開始するだけではありません。男性はそれ以後の「発展」のすべてを支配することが期待されており、それはあたかもダンスフロアでダンスをリードするかのように思われています。男性であれ女性であれ、男性的なジェンダー役割に固執する人は、性的にリスクのあるふるまいをする傾向があります(Belgrave et al., 2000)。ステレオタイプによれば、女性は男性に[セックスするかどうかの]選択やタイミングや体位やテクニックを決めされせることが期待されています。不幸なことに、ステレオタイプは男性の性的な好みを優先し、女性が好む種類の刺激を与えたり受けたりすることを認めません。

女性は騎乗位[女性が上になる体位]の方がオーガスムに逹しやすいのですが、パートナーは男性上位の体位を好むかもしれません。もし男性が支配しているのであれば、女性はオーガスムのチャンスがないかもしれません。自分の好みを伝えることでさえ「レディーらしくない」と考えられるかもしれません。

ステレオタイプ的な男性役割は、男性にもさまざまな制約を課します。男性はパートナーをオーガスムに逹させるリードをすることが期待されていますが、パートナーになにが好きかを聞いてはなならないことになっています。なぜなら、男性な生まれつきのエキスパートであることが期待されているからです。(「本当の男」はキッシュなんか食べず、女にセックスのことなんか聞く必要もないのです。)

幸運なことに、もっと柔軟な態度が現れています。女性は以前よりも性的に主張するようになり、男性もより受容力がありやさしさを表現するようになっています。しかし、伝統的なジェンダー役割はまだ深いところで活動しています。

また別のステレオタイプによると、男性は思春期に性的に興奮しはじめ、大人になってからもずっと性的に興奮する準備があることになっています。しかし女性は男性のようにセックスに対して自然な関心はもたず、男性が女性を性的な枠組みでとらえたときのみ自分のセクシュアリティを発見するということになっています。男性は女性の性的な燃えさしを常にかきたてつづけて消えさらないようにしなければなりません。このステレオタイプは、「普通の」女性は自発的な性的欲望をもっていることや、簡単に性的に興奮することを否定しています。

ステレオタイプに反して、女性が生物学的に男性より興奮しにくいかどうかは明らかになってしません。しかしながら、女性はコミットメントのある人間関係に性的活動を制限することを欲求する傾向があります(Peplau, 2003)。一方、UCLAの心理学者Letitia Anne Paplauは、男性は一般的に女性よりも多くの性的欲望をもつことの一環した経験的なサポートを発見しています。

ジェンダー役割ステレオタイプと関係した性差が、どれくらい自然本性を反映しているのか、どれくらい文化や伝統の影響を反映しているのかという問題は解決されていません。性差は性的活動を含むものよりさらに広範に染みわたっています。次にそれを見ます。

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