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読めない漢字・書けない漢字

漢字は大量にあるので、いつまでたっても読めない漢字や書けない漢字があります。読めないのは辞書やネットで検索すればいいわけですが、読めない書けないだとパソコンに入力することもできずに困りますよね。私も困ります。特に明治大正の文章なんてのはほんとうに読めない。最近、永井荷風先生の『断腸亭日乗』をネットに掲載しようってんで入力してるんですが、異体字とか最初はひどく困りました。漢字をどれくらい知ってるかっていうのは漢字文化圏では教養の印なんであんまり知らないのも人文系大学教員としてはくやしい。
以前はそういうのは古典的な漢字辞典に当たるしかなかったわけです。部首から画数とかってあの面倒なやつね。しかし部首の名前とかってのも面倒で、けっきょく部首はどこだとか画数は何画なんだとか面倒くさい。

電子辞書や辞書アプリとかでも漢字辞書は弱点なんすよね。そんなうまく検索できない。

ここ10年ぐらいはWindowsの「手書き入力」とかで入れる人が多いようですが(最近はMacにもあります)、あれもまた面倒すぎる。

『断腸亭日乗』を入力するためにオンラインの漢字辞典をいろいろ見たんですが、けっきょく落ちついたのは「字源」ってとこですね。 http://jigen.net/ 。ここはすばらしい。ふつうの漢字辞典のような部首や画数による分類に加えて、「部品」という概念を導入してくれている。「聡」とかなら「耳」と「公」と「心」からできてるので、その三つを入力して「部品」で検索すれば一発。異体字も示してくれるから、「だいたいこの漢字なんだけどちょっと違う」みたいなのも発見できるし。おすすめですね。

ただこのサイトは漢字の意味は示してくれないので、コピペしてふつうにネットで検索する必要がある。でもこれもいまはいろんな優秀な辞書サイトがあるから一発。よい時代になりました。


剽窃を避ける

http://www.indiana.edu/~wts/pamphlets/plagiarism.shtml

剽窃とは

剽窃・盗用 (plagiarism プレイジャリズム)はアカデミックな世界では非常に重大な犯罪です。大学生はすでにアカデミックな世界の一員であって剽窃は絶対に行なってはなりません。「なぜ剽窃をしてはいけないのか」については「なんで丸写しじゃだめですか?」ってページを書いてみました。

このページの冒頭にあげているインディアナ大学の Plagiarism: What It Is and How to Rocognize and Avoid It というすばらしいガイドでは「剽窃」を「情報源を明示することなく、他人のアイディアや言葉を利用すること」として、剽窃を避けるため次のことに注意しなければならないと言っています。

次のものを利用するときはいつでもクレジットをつけ
なければなりません。

  • 他人のアイディア、意見、理論
  • 他人が発言したことや他人が書いた文章のパラフレーズ
  • 多くの人が共通に知っていること(common knowlege)でないような事実、統計、グラフ、図など

この「多くの人が共通に知っていること」はなかなか微妙です。なにが「みんなが知っていること」でなにが「オリジナルな主張・発見」かは、その分野をよく知らないとわからないですからね。別の大学のサイトで、「5冊以上の本などで出典なしに挙げられている」ということを目安として提案されているのを見たことがあります。

パラフレーズ

なかでも「パラフレーズ」はなかなか難しい問題です。パラフレーズとは、ある表現を他の表現で置きかえることなのですが、どの程度違う文章にしなければならないのかをはっきりと示している文章を、国内ではほとんど見かけたことがありません。私は、それが大学におけるレポートの剽窃の横行につながっているのではないかと思います。

つい最近、この件をよく考えてみなければならない出来事がありました。それを利用して、上のインディアナ大学ガイドのような形で問題を指摘してみたいと思います。

次の文章はソースティン・ヴェブレンの『有閑階級の理論』(高哲男訳、ちくま学芸文庫、1998、p. 129-130)の一部です。

人目につく消費を支持するこのような差別化の結果生じてきたこと、それは、衆目の前で送られる生活の公開部分がもつ輝かしさに比べて、ほとんどの階級の家庭生活が相対的にみすぼらしい、ということである。同じ差別の派生的な結果として、人びとは自らの個人的な生活を監視の目から守るという習慣を身につける。何の批判も受けず秘密理に遂行しうる消費部分に関して、彼らは隣人との接触を完全に断ち切ってしまう。こうして、産業的に発展した大部分の共同社会では、個人の家庭生活は、一般的に排他的なものになる。したがってまた、かなり間接的な派生物ではあるが、プライバシーと遠慮という習慣──あらゆる社会の上流階級がもつ礼儀作法の規範体系のなかでも、きわめて重要な特徴──が生じることになった。なんとしても面目を保てるような支出を実行しなければならない羽目に陥っている出生率の低さは、同様に、顕示的消費にもとづいた生活水準をみたす、という必要性に起因している。子どもの標準的な養育に要する顕示的消費や結果的な支出はきわめて大きく、強力な抑止力として作用する。おそらくこれが、マルサスが言う思慮深い抑制のうちで、最も効果的なものであろう。

非常に示唆的な洞察ですが、こういう硬い文章に慣れない人にはちょっと歯応えがあるかもしれませんね。翻訳調だし。何を言っているかわからない、と思うひともいるかもしれません。

これをある学生さんがレポートで次のように書いていました。

人目につく消費を支持するこのような差別化の結果、他者から見られる生活の公開部分に比べて、ほとんどの階級の家庭生活が相対的にみすぼらしい、ということが言える。また、派生的な結果として、人々は自らの個人的な生活を他人の目に晒されることから守る、と言う習慣を身につける。こうして、産業的に発展した大部分の共同社会では、個人の家庭生活は、一般的に排他的なものになるのである。そして、間接的な派生物ではあるが、プライバシーと遠慮という習慣も生じることになった。顕示的消費に基づいた生活水準を満たすことを考えた際に、子どもの養育に要する支出の増加は極めて大きく、面目を保つための支出に追われているような階級での出生率の低下も考えられる。現代日本の出生率の低下に関しても、原因の一つとして当てはまるのではないだろうか。

この文章を書いた学生さんは、たしかに、レポートの冒頭で一応、

本稿はヴェブレンの『有閑階級の理論』(1998年、ちくま書房、ソースティン.ヴェヴレン1:著、高哲男:訳)をもとに、この顕示的消費と、顕示的消費における(略)

と書いているのですが、それでもこれは剽窃になります。

一つには、 ヴェブレンの『有閑階級の理論』のどのページにあるのか明記していない からですが、もっと重要な問題もあります。ヴェブレンの文章とレポートの文章を比べてみましょう。

人目につく消費を支持するこのような差別化の結果生じてきたこと、それは、衆目の前で送られる他者から見られる生活の公開部分がもつ輝かしさに比べて、ほとんどの階級の家庭生活が相対的にみすぼらしい、ということであるということが言える同じ差別のまた、派生的な結果として、人びとは自らの個人的な生活を監視の目他者の目に晒されることから守るという習慣を身につける。何の批判も受けず秘密理に遂行しうる消費部分に関して、彼らは隣人との接触を完全に断ち切ってしまう。こうして、産業的に発展した大部分の共同社会では、個人の家庭生活は、一般的に排他的なものになるのであるしたがってまた、かなり間接的な派生物ではあるが、プライバシーと遠慮という習慣──あらゆる社会の上流階級がもつ礼儀作法の規範体系のなかでも、きわめて重要な特徴──がも生じることになった。なんとしても面目を保てるような支出を実行しなければならない羽目に陥っている出生率の低さは、同様に、顕示的消費にもとづいた生活水準をみたすことを考えた場合、という必要性に起因している。子どもの標準的な養育に要する顕示的消費や結果的な支出はきわめて大きく、強力な抑止力として作用する。おそらくこれが、マルサスが言う思慮深い抑制のうちで、最も効果的なものであろう。面目を保つための支出に追われているような階級での出生率の低下も考えられる。現代日本の出生率の低下に関しても、原因の一つとして当てはまるのではないだろうか。

ほとんどヴェブレンの記述の順番そのまま、細かいところを自分で入れかえただけです。語順さえも直っていません。このように、このレポートを書いた人は、ヴェブレンの文章の重要な語句のまわりにある細かい語句を変えているだけなのです。 これも剽窃とみなされます。

インディアナ大学のガイドは次のようなパラフレーズは剽窃であるとしています。

  • オリジナルの文章の一部の語句を変更しただけか、あるいは語順を変更しただけである
  • アイディアや事実の出典を示していない

ふつうの大学生なら、「出典を示せ」は耳にタコができるくらい聞かされていると思いますが、パラフレーズの件についてはあんまり指導されていないんではないでしょうか。しかし私も上のヴェブレンの件は剽窃だと考えます。

それではどう書けばいいのか

んじゃどう書けばいいのか、ってのはなかなか難しい問題です。インディアナ大学のガイドでは次に注意したパラフレーズは正当だと述べています。

  • オリジナルの情報に正確に依拠する
  • 自分自身の言葉を使う
  • 読者が情報源を理解できるようにする
  • オリジナルの文章を正確に記録する
  • 文章におけるアイディアにクレジットをつける
  • 引用記号をつけることで、どの部分がオリジナルのテキストからとられたもので、どの部分が自分で書いたものか判別できるようにする

インディアナ大のガイドは、剽窃を避けるためもっと具体的に次のような方な方策を次のように述べています。

  • テキストから直接に書き写したものには常に引用記号(「」)を付ける。
  • パラフレーズする。しかし、いくつかの単語を書きかえただけではだめ。次のようにします。
  1. まずパラフレーズしたい文章をよく読む。
  2. 手でその部分を隠したり、本を閉じたりしてテキストが見えないようにする(テキストをガイドにしちゃだめ)。
  3. 覗き見せずに自分の言葉でそのアイディアを書いてみる。
  • 最後に、オリジナルの文章と自分の文章をつきあわせてみて、まちがった情報を書いてしまってないか、同じ言葉を使ってしまってないかの二点をチェックする。
  • (インディアナ大のには書いてないけど)忘れないうちに出典をつける。

さっきのヴェブレンの文章の前半を、実際に上の方法1と2にしたがってやってみました。

ヴェブレンの『有閑階級の理論』によれば、プライバシーという規範は顕示的消費と関係がある。ひとびとが他の人々に見せつけるために消費するのであれば、他人に見えない部分ではそれほど消費する必要がない。むしろ、顕示的消費を行なうため、見えない部分に費す費用はより少なくなる。そのため、生活の他人に見えない部分は相対的に貧弱でみすぼらしいものになる。そういう貧弱な部分を他人に見せないために、プライバシーを守るという習慣が発生するのである。(ヴェブレン『有閑階級の理論』高哲男訳、ちくま学芸文庫、p. 129)

あんまりうまくないですね。あはは。まあ平凡な大学教員の読解力、記憶力、文章力なんてこんなもんです(私ヴェブレンほとんど勉強したことないしとか言い訳したくなる)。でもここまで来れば、まあ「自分の文章だ」ってな感じでもあります。

さらに教員の側から

まあ私自身が拙いパラフレーズの腕を見せたのは、それが ほんとうに難しい ということを示すためでもあります。私の考えでは、学者の腕のよしあしの大きな部分はパラフレーズの巧拙によって決まります。まあそればっかりやっている業界もあるわけで。

ちゃんと内容を理解しないと適切にパラフレーズすることはできません。逆に言えば、パラフレーズを見ればその人がどの程度内容を正しく理解しているのかがわかる。学生にレポートを書いてもらうのは、授業内容を理解してもらうためなわけで、つまり「適切にパラフレーズ」させることによって内容を把握させたいと思っているわけです。だからそれは一所懸命やってほしいのね。

パラフレーズだけでなく、剽窃一般についてもちょっと書いておきます。レポートを書かせようとするときに一番頭が痛いのが剽窃です。正直、採点するのがいやでいやでしかたがないくらい教員にとって頭痛のタネなのね。

教員の側からすれば、どの大学の何回生がどの程度の文章を書くことができるのかははっきりわかっています。文章がうまい、難しい言葉を平気で使う、斬新な発想がある、なんてのはたいてい剽窃なのね。そんなのに点数出したくない。さっきのレポートでは、一目見たときはどっかのwebからのコピペに違いないと思いこんでしまいました。その発想の豊かさと、奇妙な翻訳調が、勉強不足の大学院生あるいはかなりあやしい大学教員の文章に見えたのです。

べつにうまい文章、きれいな文章、すごい発想なんていらないから、とにかく自分で書いてみてください。

もっとプラクティカル

日本の大学生レベルでは、インディアナ大のような注意をする前の段階の学生が多いと思います。私はもっとプラクティカルなノウハウが必要ではないかと思います。やってみましょう。

さっきのヴェブレンです。

人目につく消費を支持するこのような差別化の結果生じてきたこと、それは、衆目の前で送られる生活の公開部分がもつ輝かしさに比べて、ほとんどの階級の家庭生活が相対的にみすぼらしい、ということである。同じ差別の派生的な結果として、人びとは自らの個人的な生活を監視の目から守るという習慣を身につける。何の批判も受けず秘密理に遂行しうる消費部分に関して、彼らは隣人との接触を完全に断ち切ってしまう。こうして、産業的に発展した大部分の共同社会では、個人の家庭生活は、一般的に排他的なものになる。

たいていの学生はこれだけの文章もけっこう歯応えがあると思います。どうすりゃいいんだろう?そこでまず、次のように書きはじめてみます。

市民社会でのプライバシーの問題について、ヴェブレンはどう考えているのだろうか。

まず自分で疑問文を書く。次に、ヴェブレン本人の文章を引用する。さらに疑問文をつける。

彼は「産業的に発展した大部分の共同社会では、個人の家庭生活は、一般的に排他的なものになる」(p. 119)と述べる。しかしなぜ産業的に発達することと、家庭生活が排他的なものになることが関係しているのだろうか。

ここまで来ると、ずいぶん書きやすくなってくる。これなら答えられるかもしれないと思ったら次のようにすればよい。

ここで重要なのがヴェブレンが注目した「顕示的消費」である。顕示的消費とは〜

「顕示的消費」とかってのを一応説明するわけね。

ヴェブレンの指摘によれば、近代的な共同社会では、顕示的消費のために他人に見えないところに費す費用を抑えるという動機がはたらく。したがって、家庭の内部での生活はみすぼらしい。

さらに、自分の体験から例を加えられればよりベター。読者は、「この人実感でわかってるな」と思います。

たとえば、驚くほど華美な服を着ている女子大生が、アパートに帰るとケバだったジャージ姿でカップラーメンをすすっている、などという光景はいまでも見られるだろう。しかしそういう格好は他人には見られたくない。だからプライバシーが重視されるようになるのである。

もちろんこうして自分の頭で書いていくと、結果的にできるのはヴェブレンの高尚な文章から遠く離れたしょぼいものになる。しかしそれでいいんです。それが文章を書くということなのです。それがなにかを学び理解するってことなのだと思います。


勉強するときの本の読み方

効率よく本を読むにはどうしたらよいか?

実は私もよくわかりません。研究中です。おそらく一生研究していくことになると思います。とにかく本を読むしかないんじゃないかな。

メモをとる

しばしばメモをとっておくとよいと言われますが、どういうメモをとればよいのかもよくわかりません。まあ、

  • なんでも赤線をひく。
  • 気づいたことはごちゃごちゃ本に書きこむ。
  • 付箋(ポストイットなど)を貼る。

ぐらい?赤線を引くにはふつうの赤鉛筆がよいと思います。蛍光マーカーとかはキャップをはずしたりするのが面倒。三菱のやつがよい。付箋はPostit の透明なやつがよいと思います。

大学ノート

1冊の大学ノートを開いておいて、キーワードだけでも書きつけておくという方法があります。落書き気分で。

重要なところはノートをとる

いろいろな手法があり、ずいぶんこだわりのある人びともいます。とりあえず学生さんはWORDのファイルに貯めておけばいいんじゃないかな。本をそのまま抜書きする場合、必ず出典がわかるようにメモしておくこと。あとで役に立ちます。「ギデンス社会学p.13」ぐらいで十分。

手書きの方があとで読みやすいという意見もあるようです。

ここらへんを考えはじめるとキリがない。すでに「知的生産の技術/論文の書き方」産業が新書を中心に発達しているので、そういう本に目を通してみるものよいでしょう。

 紙かPCか

わからん。紙の方があとで見やすいと思う。

PCで電子化してメモをとっておけば、後で再利用しやすい。キーワードで検索するのも楽。あとで再利用するのも楽。しかし気が散るし、あとで見にくい。気が散る。よくわからんです。


司会する

ゼミ、研究会、会議などの司会は非常に重要な役目であり、名誉な仕事でもあります。適切な司会ができるように訓練しましょう。

司会とは

少人数の集りでは喋りたい人が適当に喋ればよいわけですが、ある程度の人数を超えると(10人以上か)を超えると司会が必要になります。司会者の役割とは、 その会議や会合を順調に、実りあるものにすることです

司会者の任務

  • タイムキーパー。一番重要な仕事。なにがなんでも指定された時間内に終
    るのが一番の仕事。
  • 質問者さばき。質問者が多い場合は適切な質問の順番・時間を考える。
  • 質問・コメント。質問者が出ないような発表の場合は、自分自身が発表者に質問してもりあがるようにする。

ティプス

  • 会合の出席者の名前は常にメモしておくこと。性格や考え方なども。
  • 発表・質問の内容はメモしておくこと。
  • 適切なことを言いそうな人に発言を促す。
  • 発表者と質問者との間で話が混乱しそうなときは割って入って問題を明ら
    かにする。論題の明確化が大事。
  • 発表が時間超過しそうな場合は、少人数なら口頭で、大人数ならメモを渡
    して発表者に注意する。
  • 司会者が議論の雰囲気を作ります。発表者や聴衆がリラックスして発言できるように工夫しましょう。司会者が堅苦しいと会合も堅苦しくなります。
  • 議論が堂々めぐりに陥ったときは、「この件は今後の課題として、他に〜」。
  • 難しい用語とかはあらかじめ司会が確認する。

コピー機ぐらい使えるようになるべし

いいですか、お茶くみとコピーとりは基本です。OLの基本ではなく学生の基本であり人間の基本です。

コピー機は現在あらゆるオフィスワークの基本設備です。これがなければなにもできない。だから大学生にもなってコピー機の使い方もわからんようでは就職はおぼつかない。だめ。生きる資格なし。っていうかコピー機の使い方もしらないようでは勉強さえしたことないですね? (Y/n)てことなんでね。

最低限

  • 拡大、縮小
  • オートシートフィーダー
  • 集約(2枚・4枚ぐらいをまとめて1枚にする)
  • ソーター

ぐらいは使えるようになっておくこと。なんのことか分からなかったら
コピー屋さんで調べてみること。

どの会社のもだいたい同じだ。

あとリソグラフとかもね。


質問・コメントする

質問・コメントする

ゼミや少人数の授業で、「質問・コメントはありませんか」というときになにも発言できないってのは悲しいことです。

誰かの話を聞いてなにも尋ねたりコメントしたりすることがないってのは、けっきょく、「私はあなたに興味ありません」「聞いてませんでした」「どうでもいいことです」という否定的な態度を表明することにもなります。

「あなたの発表を聞きました」「あなたの考え方に興味があります」という態度を示すことにもなります。なんか口出しできるようになりましょう。

とにかく三つの質問ができるようになればよい。チェックして質問するのは、まず次の3点です。

  1. 使っている言葉の意味ははっきりしているか?曖昧ではないか?分からない言葉は説明してもらえ。
  2. 主張に具体性があるか?具体例を提出しているか?それは適切か?
  3. 発表者は独断的ではないか?証拠はあるか?その証拠はどこで手に入れたのか?根拠は提出されているか?

詳しくは野矢茂樹先生の『論理トレーニング』(産業図書、2006)の第10章「批判への視点」の10.1「質問への視点」を読んでください。

何も言うことがないときに便利な表現

なにも質問や意見が思いつかないときがあるかもしれません。そういうときは決まり文句を使いましょう。

  • 「おもしろかったです。〜についてもう少し詳しく話してもらえませんか?」
  • 「〜という人は〜と言ってました(書いてました)が、それについてはどう思いますか?」
  • 「結論としてはどういうことになるんでしょう?」

メモをとれメモを

常にノートかメモ帳を

なんか少しでも頭を使うことをするときには、いつもノートを前に広げ、手にペンを持つ癖をつけてください。

わたしたちの記憶力ってのはほんとうに頼りないものです。私は5人ぐらいの学生さんの名前でさえすぐには覚えられません。だから必ずその時に座っているイスの順に名前を書いたメモを用意します。

会社で働くとき、なんか指示されてもメモをとってなければ思いだせないでしょ?いちいち「これはメモをとって」なんてことまで指示しなきゃならない社員なんて使いものにならんのですよ。

大事なことは口頭で伝えられるのです。いつもメモ帳を開く。ひとからなにか聞くときはメモをとる。これだけでずいぶん使える人間になるのです。

正直、なにも持たずに研究室に来る学生なんかは、「こりゃだめだな」と思います。あなたの先生がどのようにメモをとっているか観察しましょう。

ゼミなんかでレジュメが出ているときは、レジュメに直接書きこめばよろしい。レジュメとメモを分けてしまうとバラバラになるので私は避けてます。

本読んでいるときも本に直接書きこんでよろしい。これも同様の理由。

メモのとりかた

面倒なこと考えずにとにかく書けばよろしい。いつも手を動かしていること。読むときのことは考える必要がない。それだけ。必要になったときに解読する。

どんな文房具を使うか

文房具ファンはここでいろいろ考えるところです。選択肢としては

  • 小さなメモ帳
  • B5学習用ノート
  • バイブル版システム手帳
  • A5システム手帳

とか色々選択肢があって楽しい。私はA5システム手帳を使っていますが、龍大の某先生は生協のB5ノートが使いやすいといってました。女の子はバイブルシステム手帳がかわいいかもしれません。

ペンもいろいろ選択肢がある。私は2色/3色ボールペン。非常に優秀な後輩は蛍光ペンとかを多用してました。

どんな文具を使うかその後

2008年秋の時点で江口は次のようなものを使ってます。

  • RHODIAのメモパッドNo. 12 。ミニボールペンといっしょにジーパンの尻ポケットに。
  • RHODIAのメモパッドNo. 8 読んでる本にメモをはさむときに使ってます。
  • LAMYのスクリブル っていうボールペン。ロディアのメモ帳No.12と大きさがぴったり
  • 大学生協B5ノート。並罫30枚のやつ。
  • ロットリングのボールペン
  • ペリカーノジュニア

現代社会学部生のための文献調査ガイド

文献を集めよう

卒論レベルでも、研究の基本は文献を読むことです。どういう先行研究があるのか知っていなければなにを研究するかの方針さえ立てられません。

まずまずこれを読んでください。 http://www.kyoto-wu.ac.jp/library/j_guide/index.htm

図書

図書館にある本は OPACで調べます。

http://www.amazon.co.jp/ も役に立ちます。自分では買えない本は、図書館に「購入希望」を出しましょう

新書、ムック

新書は最新の知識をコンパクトに紹介してくれているので、大学生の友です。積極的にどんどん読むこと。ただし、一部質の低いものもまじっていますので注意。

私見では、中公新書と昔の岩波新書がもっとも権威があり、講談社学術新書やちくま新書がそれにつぎます。

入門書・概説書

どういう問題を扱うにせよ、とりあえず自分なりの分析のツールを手に入れておかねばなりません。現代社会学部の卒論の場合、多くの人は社会学的な分析を行なうことになるでしょう。最低限社会学の概説書(ギデンズの『社会学』など)には目を通しておきたい。

百科事典のたぐい

現代社会学部学生の場合は現代社会に特有な現象をテーマにすることが多いでしょうから、とりあえずどんなことが議論されているのかを知る必要があります。『現代用語の基礎知識』『知恵蔵』『イミダス』のたぐいは一回ひいておきましょう。図書館にあります。

最近では WikiPedia も非常によい記事を含んでいます。日本語のを引いたら左の方から “English” を選んで英語のも見る癖をつけておくととてもよいです。分野によっては質の高さが段違いだったりします。

専門事典

社会学事典、心理学事典など学問分野に特化した事典が図書館にあるので見ます。そこで参照されている文献をメモしておくこと。

単行本

人気のあるテーマの場合は一般向けの書籍も手に入ります。 OPACで調べてみて、図書館の開架でその近くにある本にも目を通してみること。

編集された本の一章が役に立つ場合も多いので、幅広く本を見ること。

専門書・研究書

単なる読みものとの違いは巻末の文献リストを見ればわかります。文献リストが4、5ページになるような本が読めるようになればあなたも大学生らしい「研究」ができるようになりつつあります。

雑誌論文

実は図書より重要なのが雑誌論文です。

たとえば哲学だと岩波の『思想』とかが一番偉い、ってことになってるようです。あと『現代思想』とか(私は難しくて読めないことが多い)、いろいろあります。

でも卒論レベルで参考になるのは、各大学が出している紀要に載っている論文です。http://www.kyoto-wu.ac.jp/library/news/library_news.htm#shiryoあたりから調べます。特に CiNii が重要。図書館にない雑誌は、ILL (図書館間相互利用)から注文します。(お金がかかります。コピー1枚30円くらい。図書館地下の雑誌室のカウンターに問いあわせてください。)江口が関心を持つような論文なら一部研究費から援助します。

書籍・論文の参考文献

まともな論文には参考文献リストがついています。もちろんそれに全部当たるわけにはいかないのですが、

文献リストを作る

すでに読んだ本、これから読むべき本はリストにしておきます。この文献リストが増えていくのが研究者の喜びの一つです。

いろんな方法がありますが、江口はhttp://yonosuke.net/eguchi/memo/bibtex-exsample.txt のようなものを使っています。これはLaTeXのbibファイルというものです。学部生のときは「メモ帳」かWORDかなんかに書いておけばよいでしょう。


辞書つかえや

江口はどういうわけか現代社会学部で英語文献の授業を持ったり、他の授業でも英語の文献を使ったりすることが多いわけですが、とにかく辞書の使い方を知らない人びとが多すぎると思います。そこで江口がよく学生さんに要求することをメモしておくことにします。

道具を揃えろ

あたりまえのことですが、ちゃんとした装備をしないで海や山に向う人は、遭難して死にます。地図もコンパスもテントも持たずに山登りすれば道に迷って野たれ死にするのはまちがいないところですね。

文献を読むのも同様。なんでちゃんとした辞書を持たないんだっ!

英語読むなら英語の辞書使わなきゃどうやって読むんですか、と怒鳴りたくなることが多いものです。大学に重い辞書を持ってくるのはたいへんなので、コンパクト版や電子辞書ですまそうとする人びとも多いですが、これはハイキングのつもりで冬山に登るようなものです。ちゃんとした辞書を用意してください。

大学生レベルでは、とりあえず学習用としてジーニアス英和辞典あたりがよい。ニューセンチュリー英和辞典もよいという噂だが、残念ながら江口は知らない。大学院を目指すならリーダーズとランダムハウスも欲しい。また、Cobuildあたりの英英辞典も1冊欲しい。

日本語の辞書も用意しておくこと。こっちは学習用というわけではないので電子辞書でもいいかもしれないが、大辞泉なり広辞苑なり大辞林なり、それなりのものを用意しておくこと。

そもそも漢字の読みがわからないときのために漢和辞典も必要。これは電子辞書ではひきにくいので書籍のが必要だと思う。三省堂の『漢辞海』がおすすめ。

日本語の単語は「だいたいこんな感じかな?」と読みとばすクセがついている学生さんが多いようですが、それではいつまでたっても言葉の本当の意味はわかりません。すぐに辞書をひくクセをつけましょう。

辞書はひいたら赤線でも引いとけ

辞書ひいたら、赤線ひいとけ。すでに赤線ひいてある場合は、もう1回ひけ。何度ひいたかわかるようにしておくこと。3回目以降には○でかこんでもいい。おすすめは昔ながらの赤鉛筆だな。

理由は(1)次にさがすときに便利。(2)何回ひいたかわかるので、重要性がわかる。(3)自分の記憶力のなさを知ることができる。

ただし赤線をひくのは英単語の見出しだけじゃなくて、今読んでいる文章で一番ぴったりした意味。さらに、参照した部分(たとえば前置詞だとか語形だとか)。

ちゃんと読め

辞書の一番上に来ている「意味」だけ読んでも大学で読むような文章には歯が立たない。しっかり下まで確認。特に名詞。

知ってるつもりの単語、簡単な単語こそ何回もひけ

単語帳で勉強したつもりになってる奴は注意。”abortion”は「中断」だと思いこんでる奴はいねーだろうな? (さすがにこれはいないか)。

前置詞とか1回もひいたことのない奴いる。たとえば、”arguments for abortion”。「abortion は知ってる~【中絶】。 argumentも知ってるにきまってるわよ。【議論】でしょ。だからargument for abortionは【中絶の議論】よね~」。これでなんでダメかわからない人は、”for” “argument”と”for”をそれぞれ辞書でひけ。で、”argument” の近くに[for/against] とか書いてあるからそれの例文を見よ。for の方でも確認。vote for とか。

“different reasons”。「わかるー。【違う理由】ね。」同様にdifferentをひけ。

動詞は語形と前置詞を確認しろ。 “They provided me with food.” の場合provideをちゃんと辞書ひけないといつまでたっても英語なんか読めない。まあ、こういうのを「熟語」とかいって教えるタコな高校教師は多いが、なにも熟語じゃねー。provideってのはこう使う単語なんで、こうのは一々辞書で覚えなくちゃならん。(まあ、あらかじめ丸暗記しとくのは意味があるんだが)

単語なんかメモすんじゃねー、そんなヒマあったらもう1回ひけ

知らない単語のリストを自分で作ってもちあるく熱心な人がいますが、江口は無駄だと思います。「あれ、この単語なんだったかな?」と思って自分のノートを見ると、「意味」が1個だけ書いてあるだけ。それじゃだめだ。リストのどこにあるか発見するまで数分経過してしまうことさえあります。無駄無駄無駄。そんな暇があるなら辞書ひけばよろしい。もし赤線をちゃんとひいてればあっという間に見つかるでしょう。てか、それくらい早く辞書ひけるようにならないと見込みなし。

Web辞書だのなんだのは使うな!

最近、わからないことがあると、とりあえずWebの検索エンジンでさがしてみる人が増えているようですが、そんなことをする前に、とにかくまず辞典をひきましょう。「辞書をひけ」と指導しない教師は、まちがいなくダメ教師。

その他の辞典も用意しろ!

その他、大学生なら他の辞典類も入手しておくこと。百科事典や『現代用語の基礎知識』や『IMIDAS』の類など。こういうのは CD-ROMのやつがコンパクトで使いやすい。『エンカルタ』なども便利なものだ。

その他、法律関係は自由国民社『図解による法律用語事典』がわかりやすい。


なんでも広辞苑を引用してすませるのはやめろ

なんかレポートを書こうとするととりあえず「広辞苑によれば〜とは〜である」とやる人がいます。

これはいろいろ有害。

  1. 広辞苑は国語辞書。言葉の意味を説明しているだけ。
  2. 学問用語にはめっぽう弱い。なんかわかりにくいし。実際読んでもわからんしょ?
  3. 広辞苑だけが国語辞書じゃないぞ。私は大辞泉が好き。

朝日新聞の「天声人語」とかがよく「広辞苑によれば〜」ってやってて、中高の先生がそれをまねたり、まねろと指導しているからそういうことしちゃうんですよね。高校生までなら許せますが、大学生はそれじゃだめなの。

どっから手をつけてよいかわからないなら

  • もちろん、最初は広辞苑なり大辞泉なりをひいてよい。辞書をひく態度は立派。偉い!
  • でもそれだけじゃたいてい理解できない。
  • とにかく、まずは教科書があるなら、教科書における定義と説明を見る。(そういうのがはっきりしていない教科書はよい教科書ではない)
  • だから定番の教科書を知っておくことが必要。教科書がない場合、どっから手をつけてよいかまったくわからない場合は、次に百科事典(平凡社の『世界大百科事典』とか)をひく。
  • これでかなり明確な知識が手に入る。
  • もちろん Wikipedia日本語版 も使ってもよい。でも百科事典に比べて質が落ちるし、分野によってはまったく使いものにならない。だからまず百科事典。
  • さらに、その概念なり事象なりがどの学問分野で扱われているかわかれば、その学問分野の専門事典をひく。『社会学事典』とか『フェミニズム事典』とか。
  • すると、専門の事典では、必ず重要な参考文献が挙げられているので、次はそれを読んだりするわけです。

詳しくは戸田山先生の名著『論文の教室』を読んでください。