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私的SNSリテラシー(ver. 0.1)

Dropbox Paperでだらだら書いてたものだけど、おわらないからもうこっちに載せちゃう。最近山口真一先生の『炎上とクチコミの経済学』っていうグッドな本を読んで、また別に書きたいこともでてくるかもしれないし。とりあえずこんな駄文読んでるより山口先生読みましょう。→ ちょっとだけ抜粋したもの。関係ないけどMediaMarkerなくなるらしくて弱りました。困った困った。


だらだら。SNSリテラシー、というかツイッターリテラシー。何に気をつけてるかなあ。以下はけっして「うまくいく方法」ではない。うまいくいかない。

話のネタを見てもすぐに「コミット」しない。

ニュースなどを見て、そのときに感じたことを書くのは問題がないが、すぐに誰かを非難するのは避けたい。なにかを人前で書くことは「コミット」することになる。コミット・コミットメントってなんか難しいけど、自己束縛ね。人前で自分の立場を表明してしまうと、いわゆる「首尾一貫性バイアス」ってのが働いて、すでに採用し表明した自分の立場を守りたくなってしまう。また自分にまちがいがあったことがわかってもそれをなんらかの形でごまかしたくなる。ごまかせない場合は無視してなかったことにしたい。この欲求はものすごく強くて、私自身はそれに抵抗できるかどうかぜんぜん自信ないですね。

それに、どうしてもコミットしなければならないと感じることも多い。たとえば暴力反対、性暴力反対、戦争反対、差別反対。こういうのは当然のことだけど、SNSで話がまわってきた最初のうちは事実関係もはっきりしなかったり、一部の人々が勝手な推測を広めていたりする。そうした情報にもとづいて自分をコミットしてしまうと、あとはひどいことになるんじゃないかと思うわけです。事実関係がはっきりするまでは我慢して「へー」「もし〜ならひどいなあ」ぐらいにしておけばすぐにおかしなっことになるのは避けられる。特に誰かを非難するっていうのは重大なことなので、我慢のしどころ。でも私誘惑に弱いから。ははは。

チャルディーニ先生の『影響力の武器』(万人が必読)っていう本のなかに、中国共産党が朝鮮戦争で捕まえた米兵に、資本主義を批判する文章だか、共産主義を擁護する文章だかを筆写しろ、っていう作業をやらせたらしいんですわ。すると、それやらされた米兵は共産主義に共感的になってしまう。まあ写経ってそういうところありますよね。わからないなりに一回自分の手で書いてしまうとそれにコミットしてしまう。リツイートなんかもそうかもしれない。

ツイッタその他で、個人が一方的に「誰それにこんなひどいことされました、言われました」みたいなのは特に用心が必要ですね。聞きまちがい、勘違い、その他人間はいろいろ間違うものです。悪意があればなおさら。ついでに、そうした一方的な断言にすぐにのっかる人はそれなりのマークをつけておいて、「このひとはこういうときにすぐにコミットするひとなのだな」ぐらい記憶しておきたいです。用心深いひとは、「もし〜が本当だとしたら〜はひどい奴だ」みたいな書きかたをしますが、これでもけっこう危険な兆候ではないかと思ってます。こういう書き方は用心はしているものの、特に、敵対的な人々、あるいは親しみのない人々、「エキゾチック」な人々に対してよく使われているような気がする。まあでも避けようもないんですけどね。

すぐに一般化した判断を書いてしまうのを避ける。

誰か個人を攻撃すると、個人攻撃であると読まれるのがいやだったりするので、もっと広い範囲を非難してしまいたくなる。「社会が悪い」とか。でもそれって、根拠がしっかりしてなければだいたい「性急な一般化」の誤謬推理になるし、もともとの情報がただしくなかったら完全に偏見になってしまう。

ニュース記事、特に第一報には用心する。

新聞その他のニュース記事を書いている人も我々と同じ人間で、ツイッターを見ていれば人間というのがどれくらい間違いやすいものであるか、自分勝手なものであるかわかるわけで、ニュース記者がツイッターユーザー以上に優れた判断力をもっていると想定する理由はなにもないわけです。もちろんちゃんと取材している記事には貴重なものですが、そうでない記事もたくさんあるのはみなよく知ってるところ。

一気にリツイートが増えるタイプのは人々の感情に訴えかけるものが多いので特に用心する。

「わー」ってひろがるのは、われわれの感情に訴えかけるから話題になるわけですよね。特に正義や平等にかかわるやつは我々の義憤を促す。でも義憤っていうのはこれは生の怒りとはまたちがうものでまちがいやすいものだと思う。

有力な発言者はいちおう傾向を見ておく。「半年ROMれ」ってやつだねえ。

まあ有力な人びとはそれぞれそれなりの癖と傾向があるから有名なのでね。

他の人々、特に集団が怠惰だとか無能だとか(十分な根拠がなければ)想定しない。

これはけっこう気になるやつで、ある種の人びとはすぐに「〜は無能」「おかしい」とかって判断をしちゃうけど、私は公の組織がそれほど狂ってる場合というのは特にワンマンだったりおかしなトップもってないかぎりはそれほど多くないと思ってる。報道や論説の方がなにかおかしい場合も疑わないとならないような。もっともおかしな組織や集団はたしかにあるんだけど。

これは個人的にいくつか印象深いのがあって、「〜省の判断はまちがってる」「〜省はなんでそういう判断するんですかね」「官僚が馬鹿だからだ!」みたいな会話を何回かして(文科省だけではない)、それじゃやっぱりうまい説明じゃないなあ、みたいなことがあって、そういう人々とは距離を置くようになってしまいました。

社会というか人の集団は単純ではない。意思決定がどういうふうにおこなわれてるか本人たちでさえわからないことが多い。

まともな人びとがあつまってると想定できるのに集団がおかしなことをしている場合には、やはりなぜそうなったのかを考えたい、というか知りたい。全員が無能で邪悪だから、ではなくなにか構造的な問題があるのだろうと思うようにしている。

基本的には、長く観察した人でなければ反応しないのが吉。なぜ誰だかわからないひとと交流しようとするのだろう?

まあ私が相手が誰だかわからないと会話する気にはなれないです。もちろんネットになんか書いてる以上、質問されたら答えなきゃならないことは多いけど、知らない人にこっちから接近するってのはあんまりないなあ。

その論者が具体例やデータを出す用意があるのかどうかには特に注意する。

なんか報道されたことについて、単純な原則みたいなのを披露するのは簡単なのよね。それぞれの問題の難しい点、特徴、報道されてない側面、なんかのデータや新奇な発想をもってるのかどうか。そうしたものをもってないのに大声で叫ぶ人、他人を非難するひとはそういう人である。

フォロワー多いひとは有名人なので、少ない人間がお相手する必要はない。

お相手っていうか、なにかお話してみたくなっても、有名人のひとからしたら我々なんか見分けつかないようなもんだしねえ。同じ意見はすでにたくさん寄せられているだろう。

タイムライン見てリツイートだらけの人は無視してよい。

まあリツイート多い人々はなにか政治的な運動を目指していたり、人々をディスることが主目的だったりするわけで、そういうのも目指さない人にはあんまり関係がない。ちょうど「悪口は自分で書くべきだ」っていう意見を目にしたけど、私もそう思う。悪口こそ自分で書きたい。おもしろいから。それにドキドキするし。ははは。緊張感がない悪口はつまらん。まあ良いことにしても悪いことにしても、リツイートするだけで自分のコメント書けない人はチキンである。そして我々は1日にそんなに多くのことを判断できるわけではない。

シングルイシューの人は避ける。

SNSのおもしろさというのは、やはり人々の私的な生活の多面性を見るところにあると思うんですわ。「ああいうことを言う人がこっちではこういうことを感じるのかー、なるほど人生は難しい」みたいな。でも一つの問題だけをとりあつかっている人々はそういう人間の深みを見せてくれることは少ない。それならもっと非パーソナルなメディアの方で見学する方が向いているかもしれない。

全体的なポジティブ/ネガティブな傾向はやはり大事。ネガティブなのは必ずしもわるいことではないけど、やはりそっち向きに歪んでることが多いように思う。まあポジティブなのも歪んでるんだけど有害さは比較的ましか。

ネガティブな気質の人々は、社会その他の問題を発見したり、それを修正方法を考えたりする力があって大事だと思うんですよね。でも毎日毎日ずーっと他人のアラを探している人々はやはり不幸だろうと思う。もちろん、抑圧されたり差別されたり、不幸な状況に置かれているからネガティブになってしまうっていうのもありなので、全体にネガティブだから嫌うっていうのはおかしいことだとは思うです。でもその苦しみみたいなのにずーっとつきあうのも体力や健康が必要よね。みんなができることではないかもしれない。少なくともそれにつきあうことで、利得があるとか、自分もなにか大きなことに参加できるとか、そういう意識がないとつらい人々とずっといっしょにいることはできない。

ポジ/ネガの他に、ネタのあつかいが主体的/反応的っていう分類もあって、反応的なのはだいまちがってしまう。なんかネタが外部にある。

ネタというか、テーマや話題について、それ自体に興味があるというよりも、他の人を攻撃する道具として反応している人々がいるように思う。私が優れていると思っている人々は、たいてい、新しいテーマや話題を提供する力がある人々で、そのテーマはみなが見てない資料や書籍、論文、あるいは自分の本当の体験なんかからとってきている。

健康にわるい人々はとにかくミュート。人間はたくさんいます。

いずれどっかで見ることになるのだから、毎日フォローしている必要はない。

アイコンはけっこうな手掛かりになります。アイコンを見てストレス感じるようになったら、ためらわずミュート。

アイコンがいやな感じになるのは、もともとも趣味があわない人のときと、その人の発言見てるうちに連想が働いて嫌いになる場合があるように思う。アイコン見て「いやだな」って思ったらまあもう見ないのがいいと思う。ふつうは見慣れて単純接触効果とかで好きになるものなわけで。

ツイッタ検索はデフォルトではいろんな癖があるので注意。検索しないのが吉、だけどそうもいかんわよね。

web版や公式アプリでは注目浴びたものを選択しているみたいで、拾い落しも多い。

まあやっぱり傾向まで記憶して見物できるのは200人ぐらいまでだと思う。

そんなにたくさんの人に関心をもつことはできないし、共感的な読みや善意の読みをすることができるのはやはり関心もってる人だけだろうと思う。

前にも書いたけど、私の感じでは、興味ある人は最初50点ぐらいに評価しておいて、長く見てるうちに次第にプラスマイナスしていく感じ。まあここに自分の好みが反映されるわけだけど、それはそれでOK。

頭のなかでこうい評価の上下やってるから、あんまり多くの人はフォローできないのよね。

あきらかな言い掛かりや大きな誤解みたいなをして訂正もしないのを何回も目撃したらすぐに評価がさがっていく。

やっぱり失敗したときにどうするかってので人間の価値はわかる。

まちがった発言をしてしまったときの対応はいつも考えておきたい。我々は非常によくまちがうし不道徳なことをするので、それがバレたときの対処が大事。「すみませんすみません」ぐらいで逃げてしまうのがいいと思うけど、そのさい何がまちがったのか、なぜまちがったのか書いた方がよさそう 。

これほんとうにむずかしい。私も頻繁に誤解・誤読にもとづく違和感や非難の表明や、おかしな知識や古い知識の披露なんかしてしまうんだけど、修正するのはとても心理的負担が大きいのよね。負担を感じずに修正する決まり文句みたいなのが必要かもしれないと思ってる。

リツイートは非表示に。

そんな沢山の人々の意見を見る必要はない。私はあらかた「リツイートは非表示」にして、数人の特に興味ある人々だけ表示するようにしてるです。

ツイッタにいる人々よりは、書籍や論文とお話する方が楽しい。

ツイッタは反応があるし、ふつうの人々がおもしろいことを言ったり、自分では体験できないような個人的な経験や思考を語ってくれたり、ふつうにまちがうからおもしろいけどね。

言葉づかいが特殊な人々、ツイート内部、あるいはツイート間の論理的・連想的なつながりが理解できない人々を無理に理解しようとしない。

ときどきひどく難しい人々、思わせぶりだけどよくわからないことを言う人々がいて、一部はどうも知的に優秀な人々らしいのですが、それを無理に理解しようとしてもあんまり益はない感じです。これはまあ私の長年のネット生活での反省。けっこう長いこと観察してもけっきょくよくわからないままだったりするし。ぜんぜん別のことを考えいたり、基本的なところであいいいれなかったりしそう。

人の集団にレッテルを貼る人々、定義されていない言葉をつかう人を避ける

「ネオリベ」みたいなの定義も例示もせずに使うひとはまあそれだけで私はパスかな。ネオリベの代表者の名前を数人出してくれりゃいいんですけどね。その他の蔑称を使う人は論外なのですぐにミュート。


2018/09/13 余計な論争みて余計なことを書いて勢いのある先生に火をつけられそうになってしまった。ははは。


  • http://mediamarker.net/u/yonosuke/?asin=4314011173
  • http://mediamarker.net/u/yonosuke/?asin=B01N2T30HQ
  • http://mediamarker.net/u/yonosuke/?asin=4760145109

文献リストを持ち歩け

教員や他の学生様と卒論の相談をするのはとてもよいことです。どんどん相談してください。

ところで、論文というのは文献をちゃんと読んだり参照したりするのが基本なので、文献情報はとても重要です。レポートでちゃんと参照文献リスト書け、みたいなのを口をすっぱくして言ってるのはその準備作業ですわ。

んで、自分がいまままでどんな文献(本、論文)を読んだのかというのはとても重要な情報です。そのリストがなければ指導とかできない。「えと、その件についてはどの文献みたんだっけ」「わすれました」「なんとかっていうひとの論文みたいなの」「そのなんとかって誰よ、なにを言ってるのかわからんがね」みたいなまったく意味のない会話をしなきゃなならなくなる。

だから、卒論書いている人々には、いつも文献リストをもちあるいてほしいとお願いしております。いままで読んだ関連する書籍・論文のリスト、それに、あちこちで気づいたりした(これから読むべき)文献のリストの2個をいつも持ち歩きましょう。

まあ紙でもってあるく必要はまったくないので、EvernoteGoogle Keepのようなメモ帳サービスにどんどん追加していけばいい。大学来た時それみて図書館から本を借り出すとか、府立図書館の近くを通った時借り出すとか。

そういうメモを残して見直したり利用したりする習慣というのはとても重要で、だからこそ1回生のときからメモを取れメモを、とかずーっと言ってるわけです。4回生ぐらいになってもそういうのがわかってないようではやばい。会社入っても同じこと言われます。

PDFは専用アプリで読むのだ

講義やゼミの学生様たちに、教材として自分で作った各種のPDFや、場合によっては裁断してスキャンした書籍の一部抜粋などを、メールしたりオンラインの状態で渡すこともあるわけですが、それをiPhoneやiPadなどのスマホやタブレットで読もうとするときに、いちいちリンクをたどってスマホのブラウザで読んでたりすることに気づきました。オジさんびっくりしましたよ。

まあそれでも読めることもあるだろうけど、いちいちネット使って見ていて遅くて重くてイライラするっしょ。私そういうのに耐えられる神経がわからないです。もっとサクッと一発で読みたい。

PDFなどは端末にダウンロードして、専用のアプリで読むものです。

iBookとかの標準のアプリつかってもいいけど、Adobe Acrobat Readerなどの専用アプリがあるのです。こういうのは動作もブラウザで読むのに比べればずっと速いし便利。

ネットで「iPhone PDF」などで検索すればいろんなサイトが引っかかってくるからそういうの参考にして設定するべし。ファイルの転送はケーブルでPCとつないでもいいし、Dropboxなどを中継に使っても簡単。

私自身は、今のところ横書きのはGoodreader、縦書きのはi文庫HD(iPad専用)ってので読むことが多いです。他にもよさげなアプリはけっこうある。

あと、タブレットは便利なので1枚もっておきたい。iPhoneで十分ってのはないと思う。おすすめはiPadの10インチのやつ。大きくて見やすい、重さもがまんできる。

それにしても、道具に無頓着というのは大学教員として非常に気になります。学生様のみなさまにおかれましては、いちおう大学を出て知的な仕事をする職業につこうとしているわけで、WordやExcelの使い方などには習熟してなきゃならないし、スマホその他の機材やネットサービスの使い方を知っていれば、知らない人よりはるかに効率的に仕事ができる(はず)。いまやってる作業や課題や仕事をもっと楽にする方法はないのか、いつも考えてみてほしい。

少しでも楽に生産性をあげるために、ちょっとぐらい情報収拾し試行錯誤する時間やお金を投資してみてもいいのではないかと思います。

卒論生のための文献・情報関係ウェブサービス案内

卒論を書くためにはとにかく大量に本や文献を集めて読み整理しメモをとらねばなりません。(無料の)ウェブサービスを使って効率的にやりましょう。

具体的に私が書籍等あつめるときにどうしているのかというと、基本的に書籍の情報はMediaMarkerに集積してます。Amazonで「この本よまないとならんかな」と思ったら、すぐに登録して「ウィッシュ」もしておく。登録はブラウザからブックマークレットからバインダー登録一発。MediaMarkerの他に、ブクログ読書メーターといったサービスがあるので、自分の好みで。

本を買うとお金がかかってしまうので、なるべく図書館ですませたい。カーリルにアカウントをとって、自分の利用する図書館を登録しておくとよい。私は大学と市立図書館、府立図書館の3箇所を登録してる。さらに、ブラウザにChromeなどをつかっている場合は、Calilayという機能拡張を使うと、AmazonやMediaMarkerのページでその本が図書館にあるかどうかすぐわかる。FirefoxやSafari用の機能拡張もあるはず。

Webの情報は「クリップ」(保存)する。Evernoteというメモソフトの場合はEvernote Web Clipperを使うと一発でクリップできる。Google KeepOneNoteでもおなじことができるはず。これらのメモサービスは非常に便利なものなので、卒論生はどれか使いたい。とにかくWebの保存、メモ、思いつき、読書ノート、なんでもメモサービスにあずける。歩いてる時、電車のなかで思いついたこともスマホからとりあえずメモっておく。(もちろん紙でもいい)

私はPDFはMendeleyってので整理してますが、学部生でここまでやる必要あるかどうかは知りません。もっとよいサービスもありそう。Evernoteに突っ込んでおくだけでも十分かもしれない。

図書館で借りた本などは大事なところ、あとで使いそうなところはコピーするなり写メ取るなりしておく。まあ普通コピーだと思うけど。私は実際には論文などはコピーして、それをスキャナで読んでPDFにして保存することがおおいかな。


関係ありそうな古い記事。書き直さないとならんね。

添付ファイルの送りかた

 

文書をメールで送りたいときはあるものです。レポート課題等で「メールで提出」のような教科も増えてると思います。いくつか注意事項を。

WORDやEXCEL、PowerPointなどはそこそこ優秀なアプリケーションですが、売り物なので誰もが必ずもってる、ってものではない。また、こういうアプリケーションは起動にすごく時間がかかって(「重い」)、ファイルの中身をちょっと見たい、とかってときには面倒なものです。Google Mail (Gmail)だとプレビュー機能あって少しましですけどね。添削などのために編集可能なWord/Excelのファイルを受けとらねばならない場合は別ですが、そうでないのにWord立ちあげさせられるのはつらい。

受けとる相手の手間をなるべく省くようにしましょう。

(1) ファイルを添付してそのまま送らないで、必ずメール本文になんのファイルかを明記すること。

「鳥辺野女子大学現代遊興学部1500893の遊野好子です。遊興倫理学のレポートをPDFで添付します。よろしくおねがいします。」ぐらい書けばよい。メールの件名(Subject)も忘れずにね。大学教員へのメールの書き方も見てください。

 

(2) PDFにする

PDFは規格が公開されていて、Webブラウザでも読めるしAcrobat Readerなどの動作が軽快な(軽い)アプリで読めるので便利です。どうしてもWordやExcelのファイルを送らねばならないという場合を除いて、なるべくPDFで送りましょう。もちろんその他指示されてたらそれにしたがってください。

(3) 内容を本文にコピペしておく

簡単な文書だったら、内容をメール本文にコピペしておいて「内容を本文に転記しておきます。正式なものは添付ファイルをご覧ください」のようにしてもらうと受けとる方は楽ですわね。事務的な添付ファイルはそうしたい。大学事務の人なぜこれやってくれないのかな。

(4) ファイル名に気をつける

たとえば「遊興倫理学」という科目のレポートの場合、「遊興倫理学レポート.docx」みたいなファイル名はよくありません。みんな「遊興倫理学レポート」って名前使ってしまって、複数のファイルがごっちゃになります。ちゃんとした先生はファイル名のつけ方も指定もすると思いますが、「15000001 遊野好子 遊興倫理学.pdf」みたいな形にしておくと、重複がなくなるので受けとる方は楽です。(昔はファイル名に空白入れるな、日本語使うな、みたいなのがありましたが、最近は気にする必要ないでしょう。) レポートなどの場合は教員がはっきり指定するべきですわね。

大学教員へのメールの書き方も見てください。

パソコンを使いこなせない?

(2000年代はじめに書いた文章)

パソコンとかいうものに関してよく耳にするのが、「私はまだ今もっているWINDOWSパソコンを使いこなせないからMacなんて・・・」「ワープロさえ使いこなせないのに、パソコンなんて」「私は今のソフトも使いこなせないから・・・」「今ある機能も使いこなせないのに」といった一言です。

長い間こういう言葉を聞いて、違和感を感じていたのですが、最近やっとその意味がわかるようになってきました。

まず、「パソコンを使いこなす」という発想を捨てましょう。わたしたちが「使いこなす」ことができるものなんて、世の中に存在していません。あなたは車を使いこなしていますか?あなたが運転する車は、時速200kmで走り、数トンのものをひっぱることができます。あなたの電子レンジや、あなたの掃除機だって、あなたが知らない機能をたくさん持っていることしょう。あなたは自分の体の機能を知りつくしていますか?あなたの体だって、実は使う気になれば100kgのものを持ちあげ、100mを15秒で走ることができるでしょう。

私は、いまだに電卓に必ずついているルートを使ったことがあありません。ヴィデオデッキはどうでしょう?MDカセットはどうでしょう?なたが持っているもののなかで、一番パソコンに近いと思われる携帯電話はどうでしょう。「使いこなしてない~」という人は少なくないかもしれませんが、それでなにか気になりますか?十分納得して使っているのではないですか?

上のような一般的な車や家電と、パソコンとの違いは、車や家電は使い道や目的がはっきりしているけど、パソコンはそうではないというところだと思います。その通り。パソコンはなんでもできるからなにができるかわからないのです。

そこで、発想を切りかえましょう。パソコンは、何もできないのです。いや、ほんとです。とりあえずパソコンは、適当にメールが出せて、適当に文章が書けて、適当に計算ができる(らしい)ものにすぎません。

それでよいではないですか。もしそれがあなたの役に立っているなら、あなたはパソコンを使いこなしているのです。その他の機能を使う必要はまったくありません。知らない機能を探したり、分厚いマニュアルを読んだりする必要はいっさいありません。

しかし、ここで大事なことがあります。もしあなたが「これじゃ使いにくい」「こういうことはできないかな」と思ったら、それは必ずできるということを忘れないでください。

あなたがなにかをしたくなったとき、あるいは、なにかをするのが面倒になったとき、必ず解決法があります。やりたいことがはっきりしているときだけ、ソフトウェアの「ヘルプ」を見たり、誰かに質問してみたり、マニュアルや週刊誌を読んでみるのもいいでしょう。

実は、これがコンピュータとかいう怪物を手なずける最善の道なのです。Larry Wallというコンピュータの世界的達人は、達人へになるためには、「不精」が最も重要だと言っています。同じことを何回も繰りかえすのがイヤだから、面倒な手順を踏むのがいやだから、人はだんだん上達するのです。コンピュータが嫌いな人が知識が豊富なことが多いのは、そういう理由によるのです。

もちろん、学問や知識、技術一般についても同じようなことが言えるかもしれません。「なんで~~なんだ?」「どないなっとんねん」「もっとうまくできないか」という疑問から、学問も技術も進歩してきました。その際、「まず全体をよく知ってから」という方法は取る必要はないのですね。もっとも、学問などに関しては全体を知ることは非常に重要ですが、あなたはコンピュータの学問をするわけじゃないでしょう?だいたい、日常使うレベルで全体を知ろうとするのはばかげています。あなたのコンピュータは、たまたまそこにあるにすぎません。

そこで、江口からの提案です。全部知ろうとするのはやめましょう。コンピュータに不満を持ちましょう。なぜ使いにくいのか考えてみましょう。なにができれば素敵なのか想像してみましょう。たいていの人は、あなたと同じ不満と希望をもっています。そして、多くの人の努力によって、いろんなことができるようになっているのです。コンピュータはそれだけではダメな召使いなのです。なぜあなたが苦しまねばならないか。それはあなたがダメだからではなく、コンピュータがダメだからです。使いこなしたり、必要はありません。

 

 

 

MS WORDのキーバインドを変更する

ワードはショートカットキーも好きなように設定できるので、自分好みにしておきたいですね。

Mac OSはカーソルの移動とか、Emacsというテキストエディタの操作法に準じているのですが、Wordはその習慣を無視してるので腹がたちます。

ちなみに、Emacsのカーソル移動だけ書いておきます。

Ctl+f(controlキーとfを同時に押します)で前へ、Ctl+bで後へ、Ctl+pで上、Ctl+nで下にカーソルが動きます。これらはMac OSの標準の動きなので、ブラウザその他の書き込み欄などで使えます。他にもCtl+dで一文字削除とかいくつかあるんですが、まあカーソルの上下左右だけでも十分でしょう。

 

 

まあここらへん http://futurismo.biz/archives/731 見て設定します。Word for Macだとメニューの「ツール」から「ショートカットキーのユーザー設定」です。

私が設定しているのは

カーソルの前後上下の移動ぐらい。

あと脚注はけっこうよく使うので、

同様に「編集」のInsertFootnoteNowをCmd+Shift+Fに割り当ててます。

他にもよく使うのがあれば割り当てておくのがよい。でもそんなよく使う機能はあんまりないですよね。

WORDの「スタイル」を使う

MS WORDは機能が多くてわけわからんほどですが、おそらく一番大切な機能は「スタイル」です。これの考え方を身につけるかどうかで生産性がぜんぜん変ってくる。

詳しくはWORDのヘルプを見るか、「WORD スタイル」とかで検索してください、マイクロソフト社のウェブサイトのがいいでしょう。ていうか、WORDの操作に関する本は1冊読んだ方がいいです。必ず目次で、最初の方で「スタイル」について十分説明しているかどうかを確認してください。最初の方で説明してない本はだめな本です。あとはどうでもいい。んじゃがんばってください、ってそれではあんまりなので簡単に説明します。

 

文書ってのは統一がとれてないとおかしいですよね。本文のフォントが明朝体だったりゴチック体だったりばらばらだとおかしい。強調するときも傍点打ったり、下線引いたりまちまちだったらおかしい。見出しの大きさもそろってないとだめ。

とか考えると、いちいち「ここは見出しだから14ptにしてゴチックにして」とか設定していくより「ここは見出しだよ!」って指定してしまいたい。それが「スタイル」です。

スクリーンショット 2014-12-14 3.25.51

「標準」のツールバーを出してるときは、この一番左のところにあるやつっすね。ここを「見出し」にしたら見出しにふさわしいフォント・大きさその他の設定になる。

メニューバーの「表示」から「スタイル」ツールパレット出しておくといいです(右)。

「スタイルガイド」や「書式設定ガイド」をオンにしてみると、どんな書式になってるかわかりやすくなる。

 

 

 

んで、うまく使うにはいくつか下準備しといた方がいいです。

MacのWORDはWindowsにあわせるために、MS明朝やMSゴチックという非常にみっともないフォントを使う設定になっているので、それを変更してしまいます。

右のツールパレットの「標準」の右に出てくる▲から「スタイルの変更」を選んで、左下の「書式」からフォントを日本語はヒラギノ明朝、英語はTimes New Romanあたりに変更して、「テンプレートに追加する」でOK。

見出し1や見出し2も、そもままではみっともないので好みのスタイルに変更して「テンプレートに追加する」しておきます。テンプレートに追加しないと、その開いているファイルだけの設定になります。テンプレートへの実際の追加は、Wordを終了するときに行なわれるので注意してください。

さらに「本文」という新しいスタイルも作ります。「新しいスタイル」から名前を「本文」にして、種類を「段落」、基準にするスタイルは「標準」、次の段落のスタイルは「本文」にする。また左下の「書式」メニューからフォントをちゃんと設定して、「段落」の「最初の行」を「字下げ」1字分。

あとは「強調」ぐらいのスタイルをつくっておけばいいでしょう。これは「段落」スタイルじゃなくて「文字」スタイルにします。んで「書式」の「フォント」から「傍点」とか設定しておく。

 

ふつうにレポートとかで必要になるのは、

  • 本文(明朝体、12pt)
  • 見出し(ゴチック、2段階ぐらい必要か、WORDのデフォルトのは大きすぎる)
  • 強調(傍点使うか下線使うか)
  • 欧文の強調(イタリック)
  • 脚注文字列(これもMS明朝とかになってるからテンプレを変更する)

ぐらいですわね。あと「要検討」みたいな「文字スタイル」を設定して、色つけたりしておくこともできます。

あとはまあ使ってるうちだんだんんわかってくると思う。基本的に、いちいちフォントの大きさや装飾を触るのはやめて、スタイルを介して操作するのがおすすめです。テンプレートに反映させるのがミソね。

最低限確認しておくべきWORDの操作方法

Microsoft WORDに限らず、学生やってる以上、ワープロで最低限次の操作ができるようになっていること。

  • ベージ番号の入れ方。「表示」→「ヘッダ・フッタの表示。」
  • 脚注の入れ方。「挿入」→「脚注」
  • アウトライン表示と編集。「表示」→「アウトラインモード」
  • 「スタイル」の利用。特に見出し、箇条書、インデント。
  • テンプレートの利用。
  • 目次の作成。
  • 文字数の計算。
  • 自動連番。「挿入」→「フィールド」
  • Microsoft Word でレポートを書く場合は、左右の余白を多めに取ること。1行が横に長すぎて読みにくい。だいたい1行35字ぐらいが適当。

「スタイル」を利用する

  • ツール→オプション→スタイルを表示
  • 30mmとかに設定
  • 「標準モード」で左がわに「標準」とか見出しとかが出てくる。
  • 見出しにしたい行を選択して「書式」→「スタイル」を選び、「見出し1」に設定。
  • あとは適当に研究すべし。

「アウトラインモード」

  • 「表示」→『アウトライン」
  • 見出しにしたい行を選択して上のツールバーの「←」をクリック
  • 小見出しは「→」で。
  • 本文は「⇒」
  • 自動的にスタイルが設定される。
  • 「+」をクリックすると、その見出し以下の部分が隠される。

インターネットはFAQ文化

インターネットに親しむと、FAQというものの存在に気がつくと思います。これは「Frequently Asked Questions」、つまりよく尋ねられる質問を意味します。いろいろな問題について、よくある質問事項それに対する答をリストにしたものです。

私がはじめてインターネットを利用したのは、京大のD1の時でした。興味のあるnews groupを読んでいると、時おりFAQと題して、非常に有益な情報が流れているのを知りました。ネットワークは非常に便利なコミュニケーションの道具なのですが、同じ質問が何度も寄せられることが非常に多いのです。そこで、あらかじめ皆から寄せられた回答をリストにしておけば、無駄なコミュニケーションをせずにすむわけです。他の人々とその問題について議論する上での必須情報、必読の資料等がコンパクトにまとめられています。

個人的なことを書くと、はずかしながら、はじめて面白いと思ったのは、alt.sex FAQと呼ばれるものでした。もちろん、セックスの手引書などというものは世の中にあふれているわけですが、それがネットワーク上で多数の人の手によって集団的に書かれ、編纂されていることを知って、ここにあたらしい可能性があると感じたものです。

その後、私は多くのFAQを読むことになります。たいていの有力ソフトウェアには、その開発を支援する人々がいます。彼らは必ずしもプログラミングに詳しいわけではないので、直接プログラムを改善したりすることはできません。しかし、あらかじめFAQを編集しておくことで、開発者が同じような質問に答える手間をはぶいてあげるという貢献のしかたもあるわけです。

我々はネットワークから多くの恩恵を受けています。メールのやりとりでさえ、ボランティアたちによって作られた基本ソフトウェアによって転送されているのです。あなたも、ぜひ、あなたなりに共同体に貢献したいと思いませんか?


「まとめサイト」文化

上の文章はずいぶん前(2000年ごろ)に書いたのですが、最近はFAQを含む
「まとめサイト」の時代ですね。

私とコンピュータ

小学5年生
TK-80発売。親にねだるが買ってもらえなかった。『ラジオの製作』の記事を
読んで、ライフゲームもどきのプログラム書いてみて書いて手でアセンブルして
山形市の電器店で入力してみたり。
中学生ごろ
APPLE II 発売。親にねだる気もしないほど高かった。秋葉原の
電器店で触ったり。
大学生
PC欲しいと思いつつ貧乏で買えなかった。
1988年(大学5回生)
卒論〆切直前の12月、シャープのワープロ「書院」を買う。日記を書きはじめる。
1989年(M1)
奨学金を頭金にしてEPSON PC-286V + 20MB HD 購入。PASCALでプログラム組んだりする。

1990年(M2)
修論直前の12月、モデム(2400bps)を買う。ASCII PCSと草の根を
中心にネットワーカーになる。大学の計算機センターでUNIXに触れ、fjを読みはじめる。
1991年(D1)
奨学金を頭金にしてMac SE/30を買う。
MacWrite IIとか。
社会学研究室のSUNワークステーションを使わせてもらうようになり、
UNIXが中心に。SE/30はまさにNinjaTermを動かすための端末になる。
Emacsにはまる。
1984年(OD1)
SE/30のフロッピードライブがつぶれてしまい、
Mac 475LCを購入。 NISUS Writerとか。
1996年
社会学研究室のワークステーション上でHTMLを書きはじめる。
www.ethics.bun.kyoto-u.ac.jp 立ちあげたりする。 
1997年
某君からもらった古いPC98にFreeBSDを入れてうちでも
UNIXを使うようになる。
1988〜2001
なんかバブルで色んなコンピュータを触る。
Sun Ultra 10 (Solaris 2.6)の世話したり。
www.fine.bun.kyoto-u.ac.jp立ちあげ。
2000年
メインはFreeBSD。ThinkPadでWindowsって感じ。
いろんなマシンにFreeBSDいれてサーバーに。
2002年
OS Xの普及を期に、久しぶりにMacを使いはじめる。
2003年
光ファイバーにして
ドメインもらって自宅サーバ yonosuke.net を開設する。FreeBSD。
2004
2005
2006
2007
2008
2009
2019
2011
2012
2013年
WordPressを導入する。
2014年
使っているのはメインマシンがiMac 21、Macbook Air 11インチ、研究室ではMacbook Air 13インチ。

現在使っているアプリケーション・ウェブサービス (2014年11月)

最近1回生向けの大学での勉強ガイドみたいなものを書いたのですが、パソコン・ネット周りを書くことができなかったので、今私が実際に利用しているアプリケーションやサービスを書いておきます。ごく普通の誰でも使っているものばかりですが、学生様は知らない人がいるかもしれない。

Evernote

メモはEvernoteです。ChromeにEvernote Clipper入れて気になるページはクリップしてます。iPhoneでも使う。便利。

Dropbox

Dropboxを利用して、ファイルを研究室と自宅で動機させています。USBメモリなどでファイルを持ち歩くのは危険です。あれは非常に壊れやすいものです。いまはだいたいどこでもネットが使えるので、クラウド(オンライン)を使いましょう。Webからでもファイルが取り出せます。iPhoneなどでも見たりできます。

Google Drive

Dropboxと同じ。それにオンラインでファイルの編集ができます。他の人に見せたりするのも楽。

Remember the Milk

ToDo管理はRTMでやってます。iPhoneにも入れてます。他にもToodledoとかよさそう。でもiPhoneのアプリでもいいし、Google Tasksとかでもいい。

Google Calendar

カレンダーもGoogle。iPhoneのカレンダーと同期できます。

Gmail

メールもGoogle。迷惑メールをほぼ完全にシャットアウトしてくれます。

Mendeley

PDFの論文はMendeleyで管理してます。iPapersってのもよさそうだけど。

MediaMarker

蔵書管理等はMediaMarker。amazonと連携して便利。欲しい本もamazonからこれにクリップしてます。


Google Chrome

ウェブはChromeで読んでます。速いし、これも研究室と自宅で同じ環境が使えるので便利。

PasswordBox

Chromeの機能拡張。パスワードを覚えてくれるだけじゃなくて(それならChromeだけでもできる)、自動的にログインしてくれたりもします。

AdBlock Plus

Chromeの機能拡張。うざい広告を消してくれる。

FormatMatch

コピペするときに、ウェブ→Wordとかだとなんかへんなスタイルがついてくるので、テキストだけにしてくれる。