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自主ゼミ/読書会/ブッククラブの方法は有元先生に学ぼう

前に「自主ゼミを開こう」みたいなエントリは書いてたのですが、その具体的な手順を書いていなかったことは反省しています。どういうことをかけばいいのかわからなかった。このたび、『ブッククラブで楽しむ学ぶクリティカル・リーディング入門』(ナカニシヤ出版、2010)を発見したので、それを紹介します。買ってください。


読書会/ブッククラブの手順

  • 「教員ぬきの大学ゼミ」でよいのだが、もっと気楽なブッククラブもよい。
  • 2〜6人程度の仲間を見つける。調子悪いやつは誘わない。
  • 司会進行を決める。もちまわりがよい。
  • 1時間から2時間程度。
  • 短くてやさしい本から。良い本を探すのは難しいので、読書家にすすめてもらうのもよい。簡単な本だと思っていても複数で話し合うと意外なことが発見できる。
  • (メンバー全員)1週間ぐらい前に各自本を読む。大事なところに線をひいいたり付箋をはったりして、ぱっと出せるようにしておく。読書ノートをつけてみるとよい。登場人物の相関図、シーケンスチャート≒あらすじ(出来事・心情の変化の一覧)、主題がなんであるか、キークェスチョン(重要な問い)を考える。
  • ホストは場所と時間を決めて案内を出す。メンバー全員がすることは一番熱心にやっておく。Wikipediaなどで著者・時代背景などを調べておく。キークェスチョンも10個ぐらい用意する。
  • 当日、ホストが司会。各自自己紹介。読んだことについて面白かったところ、心に残ったところ、つまらなかった、など一人ひとり話してもらう。あとは自由にやる。話が本からあまりに離れてしまったら、ホストはキークェスチョンを出して本題に戻る。最後に簡単にまとめる。
  • 【注意事項】一人で話しすぎない。ずっと黙っていない。疑問点はすぐに聞く。おだやかに。テクストや自分の体験など根拠をあげる。本以外の話題にそれすぎない。一つの話題がだいたい決着するまで他の話題に移らない。

読み/問いのストラテジー

本を読む時、あるいは本について話し合う時、以下のような問いはほぼ常に役に立つ「ストラテジー」だそうな。まあ必ず結果が出ます、っていうのはいいですね。

読みのストラテジーとは、本を上手に読むための方法です。「方法」ではなく「ストラテジー(戦略)」という軍隊が起源の言葉を使う理由は、単なる方法ではなく「必ず効果を上げる方法」だからです。戦争は必ず戦果をあげなければなりませんから、効率を最優先します。 (p.26)

てなことですが、これすばらしくよいですね。こういう「できあいの問い」をいくつもってるかってので読書やディスカッションの腕がちがうわけです。

背景的知識についての問い

[基礎知識]
基礎知識を確認する。作者・筆者の国籍、年齢、経歴、その本が書かれた事情、時代背景。蛇が出て来る物語なら蛇の形態や生態など。戦争小説だったらその戦争がどういう事情でいつ始まりいつおわったか、など。
[体験]
題材と関連・類似する経験・体験を確認する。恋愛小説なら恋愛の経験、他人の恋愛のパターン、など。

正確な理解のための問い

[キーワードの理解]
キーワード=重要な語 ≒ 他の本にあまり出てこないけどその本によく出てくる語。
[キーセンテンスの理解]
ストーリーの場合は、物語の展開で重要な文、登場人物の行動、感情。作者・語り手の感情、意見。論説の場合は以降論じられる課題・問題、重要な事実、筆者の意見や推論、結論、段落のまとめとなるセンテンス。
[文章構造の理解]
ストーリーの場合は、登場人物たちにとって問題(こまったこと)は何か、それをどう解決したか、うまく解決したか。語られる時間順序。論説の場合は論証の構造。
[イラスト・図表の理解]
登場人物の性格。グラフの目的。グラフの信頼性、わかりやすさ。

深い理解のための問い

[解釈]
登場人物はなぜ〜の行動をとったか、作者はどうして〜の表現をしたか。どの登場人物が大切か、主人公は誰か。どのようなことを教えようとしているか。
[予測]
テキストの途中で先を予測する。タイトル、表紙の絵、イラストなどから内容を予測する。物語が大きく展開するところで先を予測する。
[要約]
主人公にどのような問題が起きてどのように解決したか。
[主題]
主題はなにか? 上のキーセンテンス(場面設定、登場人物の行動や感情、場面の展開に重要な役割を果たす箇所、作者の感情や考えが現れている箇所)を手がかりに考える。

発信のための問い

[評価・批判]
この話の終わり方をどう思うか、それに賛成か、反対か。ほかにもっとよい終わり方はあるか。特定の登場人物の行動についてどう思うか。特定の作者の文章表現についてどう思うか。イラストについてどう思うか。
[解説]
自分が登場人物や作者になったつもりで創造的な読みをする。もし自分が特定の登場人物だったらどうするか。作者だったらどう話を展開し、どう話を終わるか。話の終わりの先はどうなるか。
[パーソナルリーディング]
似たような経験をしたか、そのときあなたはどうしたか。今度同じことがあったらどうするか。あなたは登場人物と似ているか。どこが違うか。まわりに登場人物と似た人物がいるか。どこが同じでどこが違うか。似たような話を読んだことがあるか。どこが似ていてどこが違うか。
[視点を変える問い]
それぞれの登場人物の視点に立って表現してみる。

上の、有元先生のそのままじゃなくて、私の解釈やコメントもいれてしまっているのですが、あと少し私から。

おもしろいところ、興味深いところ、読みにくいところ、疑問のあるところなどは、面倒でも誰かが音読してしまった方がよいです。大人になると日本語を音読するなんてなあ、みたいになっちゃいますが、音読は非常に大事。1ページぐらいなら読めるし、長い部分読みたいときは、一行ずつおもいついた解釈、勝手なコメント、茶々なんかをいれながらよんでもいい。

自主ゼミ・読書会の運営方法(PDF)

文献リストを持ち歩け

教員や他の学生様と卒論の相談をするのはとてもよいことです。どんどん相談してください。

ところで、論文というのは文献をちゃんと読んだり参照したりするのが基本なので、文献情報はとても重要です。レポートでちゃんと参照文献リスト書け、みたいなのを口をすっぱくして言ってるのはその準備作業ですわ。

んで、自分がいまままでどんな文献(本、論文)を読んだのかというのはとても重要な情報です。そのリストがなければ指導とかできない。「えと、その件についてはどの文献みたんだっけ」「わすれました」「なんとかっていうひとの論文みたいなの」「そのなんとかって誰よ、なにを言ってるのかわからんがね」みたいなまったく意味のない会話をしなきゃなならなくなる。

だから、卒論書いている人々には、いつも文献リストをもちあるいてほしいとお願いしております。いままで読んだ関連する書籍・論文のリスト、それに、あちこちで気づいたりした(これから読むべき)文献のリストの2個をいつも持ち歩きましょう。

まあ紙でもってあるく必要はまったくないので、EvernoteGoogle Keepのようなメモ帳サービスにどんどん追加していけばいい。大学来た時それみて図書館から本を借り出すとか、府立図書館の近くを通った時借り出すとか。

そういうメモを残して見直したり利用したりする習慣というのはとても重要で、だからこそ1回生のときからメモを取れメモを、とかずーっと言ってるわけです。4回生ぐらいになってもそういうのがわかってないようではやばい。会社入っても同じこと言われます。

PDFは専用アプリで読むのだ

講義やゼミの学生様たちに、教材として自分で作った各種のPDFや、場合によっては裁断してスキャンした書籍の一部抜粋などを、メールしたりオンラインの状態で渡すこともあるわけですが、それをiPhoneやiPadなどのスマホやタブレットで読もうとするときに、いちいちリンクをたどってスマホのブラウザで読んでたりすることに気づきました。オジさんびっくりしましたよ。

まあそれでも読めることもあるだろうけど、いちいちネット使って見ていて遅くて重くてイライラするっしょ。私そういうのに耐えられる神経がわからないです。もっとサクッと一発で読みたい。

PDFなどは端末にダウンロードして、専用のアプリで読むものです。

iBookとかの標準のアプリつかってもいいけど、Adobe Acrobat Readerなどの専用アプリがあるのです。こういうのは動作もブラウザで読むのに比べればずっと速いし便利。

ネットで「iPhone PDF」などで検索すればいろんなサイトが引っかかってくるからそういうの参考にして設定するべし。ファイルの転送はケーブルでPCとつないでもいいし、Dropboxなどを中継に使っても簡単。

私自身は、今のところ横書きのはGoodreader、縦書きのはi文庫HD(iPad専用)ってので読むことが多いです。他にもよさげなアプリはけっこうある。

あと、タブレットは便利なので1枚もっておきたい。iPhoneで十分ってのはないと思う。おすすめはiPadの10インチのやつ。大きくて見やすい、重さもがまんできる。

それにしても、道具に無頓着というのは大学教員として非常に気になります。学生様のみなさまにおかれましては、いちおう大学を出て知的な仕事をする職業につこうとしているわけで、WordやExcelの使い方などには習熟してなきゃならないし、スマホその他の機材やネットサービスの使い方を知っていれば、知らない人よりはるかに効率的に仕事ができる(はず)。いまやってる作業や課題や仕事をもっと楽にする方法はないのか、いつも考えてみてほしい。

少しでも楽に生産性をあげるために、ちょっとぐらい情報収拾し試行錯誤する時間やお金を投資してみてもいいのではないかと思います。

質問の前には名前や所属を教えてください

えー、これはお説教というよりはお願いなのですが、大人数講義が終わった後に教員に質問に来るときは、最初に所属とか名前とか言ってもらえると対応が楽です。

「あのー、しばらく欠席してたのでレポート返却してもらってないんですが……」(ずいぶん前の話だな、なんでいままでとりにこなかったのだろう、ごちゃごちゃの書類の山に埋もれてしまったか)「え、ああ、悪かったですね、……えと、名前なんでしたっけ、学部は、学生証番号は?いや口で言われても覚えられないからメモかなんか書いてもらうか、メールしてもらえないかしら」とかやるのはけっこうしんどいものです。

最初に「〜学部の〜です、欠席してたので」だと(あ、なんかの実習かな)とかで反応がちがったりする。「4回生の〜です」とかだと(就活とかたいへんだったのかな、しょうがないな)みたいな心の準備もできたりするし。

まあ授業後にかぎらず、各種の用事で研究室に来たり、道端で声をかけるときも、「〜学部の〜とかです、〜の講義を受講しているのですが」とかからはじめてもらうと楽です。「3回生の〜ゼミの」とかもよい情報で、(あー、〜先生には世話なってるからいろいろ配慮しないとな)ぐらいのこと考えたりする(まあそういうのあんまり考えちゃだめなんだけど)。

高校まではネームプレートつけてたり、座席表があったり、クラスの人数がせいぜい50人ぐらいで教師の方も名前をおぼえやすいし、おぼえてなくてもおぼえてるふりはしやすいのですが、150人とか200人とかの授業15回程度で、教員が顔と名前覚えるのは無理ですわ。基本的にはあなたたちの名前も顔もおぼえてないと思ってください。これはもうしわけない。

んで、まあ匿名の人と話すというのは心理的圧迫があるし、名前を聞くというのもかなりエネルギーを必要とすることなんですわ。そういうわけで、最初に名前なのってもらうとかなり楽です。

まあついでなので、もうちょっと講義終了後の教員の心理について書いてみます。

1時間半の講義が終わった時というのはたいていの教員は各種のエネルギーを使い果たしてます。面倒な勉強話をしなければならないのに加え、学生様が退屈してないかとか、室温は適切かとか、居眠りされていやだなあとか、私語しているやつをどうするかとか、まあそういうことをいろいろ考えながらやるので、体力的にも精神的にもカラータイマーがピコピコ言ってます。「はらへり」「とにかく喉がかわいた」「ビール飲みたい」「あれ俺もアル中じゃないだろうか」とかってこと考えたり。

こういうのに加えて、終了後は、説明は分かりやすかったろうか、混乱させたのではないか。あれとあれを結びつければよかったぞ、次はそうしようとかの授業の反省に加え、場合いよっては、研究のアイディアを見つけたぞ!みたいなときもあるのです。入門用の講義でも、話しているうちにけっこう勉強的に重要な発見をすることがあって、そういうのは研究者としての教員にとってものすごく大事なのね。基本的に講義終了直後はあたまが学問の世界に入ってる場合がおおい。だから講義内容に関する質問はわりと、自分の発想その他を発展させたりできるので嬉しかったりもします。

でもそういうタイミングで、「レポートが」「欠席何回までOKですか」「私何回休んでますか」みたいな事務的なことを尋ねられると頭が混乱してひどいことになちゃったり。これ私だけですかね。

まあそういうわけで、講義直後の教員はいろいろあれな状態になってるので、ちょっとだけやさしくしてください。最初に名前や所属おしえてくれるだけでずいぶん楽になるのです。

まあ実は、事務相手でもどこでも、相手が自分が誰だかわかってないかもしれないってときは、つねに自分の名前名乗るところから始めるのが基本だと思ってよいです。あとマスクはずしておいてね。

授業のお約束2017年版

授業、特に講義のお約束です。2017年版。江口のお願いなので、他の先生の授業はその担当の先生に合わせてください。

  • 私語厳禁。
  • 出席確認と質問・感想等のために「大福帳」を使用するが、出席点はない。病気の時は休んで構わない。健康第一。ただし、文科省様・大学基準協会様などの要求に答えるため、3/4は出席するように。公欠の場合、やむをえない場合には大福帳にその旨書いておくとよい。
  • 授業中の質問、発言は高く評価する。授業によっては、1回の発言で1点、学期10点まで加点することがある。発言ののちに江口からハンコ等をもらうように。本当にどんな質問でもかまわない。たとえば江口の指示が聞き取れなかった場合、聞き落としてしまった場合も質問してよい。エアコンや照明の調整の要求でもよい。
  • なにごとも「他人を無視しない、透明人間にならない」が基本。トイレ等は周りに軽く合図して行ってよい。
  • やむをえず遅刻した場合はそれなりの態度で入ってくること。軽く会釈したりする程度でよい。さっさと席につくこと。友人といっしょにはいってきてどこに座るか相談したりしないこと。
  • 途中退室もそれなりの態度で出ていくこと。事前に連絡しておくとよし。授業に対する嫌悪感、抗議などで出ていくなどは許す。
  • 飲み物はOK。食べ物は可能ならば避けてください。
  • ノートパソコン・スマホ使用はOK。ただしスマホは目立たないかっこよい姿勢(教えました)で使ってください。
  • スライドの写メはパシャパシャうるさいから避けるように。音出ないなら可。そもそも授業後に授業ページにアップロードするので無駄。
  • 机に座ったらまずノートを開いてペンを出す習慣をつけよう。
  • 腕組み・足組みOK。指示待ちで「手はお膝の上」はかっこ悪い。ペンをもっておこう。
  • 居眠りはやむをえないが、机に突っ伏すのはやめて。
  • 授業内容や発言に、セクハラ・アカハラ等の疑いがある場合は、日時等・内容をメモして、あるいは録音などして、担当部署に相談してよい。ただし、疑問があった場合は、直接、あるいは大福帳、メール、大福帳の束にしのびこませた匿名の紙、等で直接疑義・抗議などしてもらった方がありがたい。
  • レポート課題、試験等は最低2週間前に告知する。内容・評価基準等もそのつど伝達する。まえもって質問する必要はない。
  • オフィスアワーは火曜の昼休み・3限。この時間帯は予約不要。他はメール (eguchi.satoshi@gmail.com)で予約すること。

 

読めない漢字・書けない漢字

漢字は大量にあるので、いつまでたっても読めない漢字や書けない漢字があります。読めないのは辞書やネットで検索すればいいわけですが、読めない書けないだとパソコンに入力することもできずに困りますよね。私も困ります。特に明治大正の文章なんてのはほんとうに読めない。最近、永井荷風先生の『断腸亭日乗』をネットに掲載しようってんで入力してるんですが、異体字とか最初はひどく困りました。漢字をどれくらい知ってるかっていうのは漢字文化圏では教養の印なんであんまり知らないのも人文系大学教員としてはくやしい。
以前はそういうのは古典的な漢字辞典に当たるしかなかったわけです。部首から画数とかってあの面倒なやつね。しかし部首の名前とかってのも面倒で、けっきょく部首はどこだとか画数は何画なんだとか面倒くさい。

電子辞書や辞書アプリとかでも漢字辞書は弱点なんすよね。そんなうまく検索できない。

ここ10年ぐらいはWindowsの「手書き入力」とかで入れる人が多いようですが(最近はMacにもあります)、あれもまた面倒すぎる。

『断腸亭日乗』を入力するためにオンラインの漢字辞典をいろいろ見たんですが、けっきょく落ちついたのは「字源」ってとこですね。 http://jigen.net/ 。ここはすばらしい。ふつうの漢字辞典のような部首や画数による分類に加えて、「部品」という概念を導入してくれている。「聡」とかなら「耳」と「公」と「心」からできてるので、その三つを入力して「部品」で検索すれば一発。異体字も示してくれるから、「だいたいこの漢字なんだけどちょっと違う」みたいなのも発見できるし。おすすめですね。

ただこのサイトは漢字の意味は示してくれないので、コピペしてふつうにネットで検索する必要がある。でもこれもいまはいろんな優秀な辞書サイトがあるから一発。よい時代になりました。

剽窃を避ける

剽窃とは

剽窃・盗用 (plagiarism プレイジャリズム)はアカデミックな世界では非常に重大な犯罪です。大学生はすでにアカデミックな世界の一員であって剽窃は絶対に行なってはなりません。「なぜ剽窃をしてはいけないのか」については「なんで丸写しじゃだめですか?」ってページを書いてみました。

このページの冒頭にあげているインディアナ大学の Plagiarism: What It Is and How to Rocognize and Avoid It というすばらしいガイドでは「剽窃」を「情報源を明示することなく、他人のアイディアや言葉を利用すること」として、剽窃を避けるため次のことに注意しなければならないと言っています。

次のものを利用するときはいつでもクレジットをつけ
なければなりません。

  • 他人のアイディア、意見、理論
  • 他人が発言したことや他人が書いた文章のパラフレーズ
  • 多くの人が共通に知っていること(common knowlege)でないような事実、統計、グラフ、図など

この「多くの人が共通に知っていること」はなかなか微妙です。なにが「みんなが知っていること」でなにが「オリジナルな主張・発見」かは、その分野をよく知らないとわからないですからね。別の大学のサイトで、「5冊以上の本などで出典なしに挙げられている」ということを目安として提案されているのを見たことがあります。

パラフレーズ

なかでも「パラフレーズ」はなかなか難しい問題です。パラフレーズとは、ある表現を他の表現で置きかえることなのですが、どの程度違う文章にしなければならないのかをはっきりと示している文章を、国内ではほとんど見かけたことがありません。私は、それが大学におけるレポートの剽窃の横行につながっているのではないかと思います。

つい最近、この件をよく考えてみなければならない出来事がありました。それを利用して、上のインディアナ大学ガイドのような形で問題を指摘してみたいと思います。

次の文章はソースティン・ヴェブレンの『有閑階級の理論』(高哲男訳、ちくま学芸文庫、1998、p. 129-130)の一部です。

人目につく消費を支持するこのような差別化の結果生じてきたこと、それは、衆目の前で送られる生活の公開部分がもつ輝かしさに比べて、ほとんどの階級の家庭生活が相対的にみすぼらしい、ということである。同じ差別の派生的な結果として、人びとは自らの個人的な生活を監視の目から守るという習慣を身につける。何の批判も受けず秘密理に遂行しうる消費部分に関して、彼らは隣人との接触を完全に断ち切ってしまう。こうして、産業的に発展した大部分の共同社会では、個人の家庭生活は、一般的に排他的なものになる。したがってまた、かなり間接的な派生物ではあるが、プライバシーと遠慮という習慣──あらゆる社会の上流階級がもつ礼儀作法の規範体系のなかでも、きわめて重要な特徴──が生じることになった。なんとしても面目を保てるような支出を実行しなければならない羽目に陥っている出生率の低さは、同様に、顕示的消費にもとづいた生活水準をみたす、という必要性に起因している。子どもの標準的な養育に要する顕示的消費や結果的な支出はきわめて大きく、強力な抑止力として作用する。おそらくこれが、マルサスが言う思慮深い抑制のうちで、最も効果的なものであろう。

非常に示唆的な洞察ですが、こういう硬い文章に慣れない人にはちょっと歯応えがあるかもしれませんね。翻訳調だし。何を言っているかわからない、と思うひともいるかもしれません。

これをある学生さんがレポートで次のように書いていました。

人目につく消費を支持するこのような差別化の結果、他者から見られる生活の公開部分に比べて、ほとんどの階級の家庭生活が相対的にみすぼらしい、ということが言える。また、派生的な結果として、人々は自らの個人的な生活を他人の目に晒されることから守る、と言う習慣を身につける。こうして、産業的に発展した大部分の共同社会では、個人の家庭生活は、一般的に排他的なものになるのである。そして、間接的な派生物ではあるが、プライバシーと遠慮という習慣も生じることになった。顕示的消費に基づいた生活水準を満たすことを考えた際に、子どもの養育に要する支出の増加は極めて大きく、面目を保つための支出に追われているような階級での出生率の低下も考えられる。現代日本の出生率の低下に関しても、原因の一つとして当てはまるのではないだろうか。

この文章を書いた学生さんは、たしかに、レポートの冒頭で一応、

本稿はヴェブレンの『有閑階級の理論』(1998年、ちくま書房、ソースティン.ヴェヴレン1:著、高哲男:訳)をもとに、この顕示的消費と、顕示的消費における(略)

と書いているのですが、それでもこれは剽窃になります。

一つには、 ヴェブレンの『有閑階級の理論』のどのページにあるのか明記していない からですが、もっと重要な問題もあります。ヴェブレンの文章とレポートの文章を比べてみましょう。

人目につく消費を支持するこのような差別化の結果生じてきたこと、それは、衆目の前で送られる他者から見られる生活の公開部分がもつ輝かしさに比べて、ほとんどの階級の家庭生活が相対的にみすぼらしい、ということであるということが言える同じ差別のまた、派生的な結果として、人びとは自らの個人的な生活を監視の目他者の目に晒されることから守るという習慣を身につける。何の批判も受けず秘密理に遂行しうる消費部分に関して、彼らは隣人との接触を完全に断ち切ってしまう。こうして、産業的に発展した大部分の共同社会では、個人の家庭生活は、一般的に排他的なものになるのであるしたがってまた、かなり間接的な派生物ではあるが、プライバシーと遠慮という習慣──あらゆる社会の上流階級がもつ礼儀作法の規範体系のなかでも、きわめて重要な特徴──がも生じることになった。なんとしても面目を保てるような支出を実行しなければならない羽目に陥っている出生率の低さは、同様に、顕示的消費にもとづいた生活水準をみたすことを考えた場合、という必要性に起因している。子どもの標準的な養育に要する顕示的消費や結果的な支出はきわめて大きく、強力な抑止力として作用する。おそらくこれが、マルサスが言う思慮深い抑制のうちで、最も効果的なものであろう。面目を保つための支出に追われているような階級での出生率の低下も考えられる。現代日本の出生率の低下に関しても、原因の一つとして当てはまるのではないだろうか。

ほとんどヴェブレンの記述の順番そのまま、細かいところを自分で入れかえただけです。語順さえも直っていません。このように、このレポートを書いた人は、ヴェブレンの文章の重要な語句のまわりにある細かい語句を変えているだけなのです。 これも剽窃とみなされます。

インディアナ大学のガイドは次のようなパラフレーズは剽窃であるとしています。

  • オリジナルの文章の一部の語句を変更しただけか、あるいは語順を変更しただけである
  • アイディアや事実の出典を示していない

ふつうの大学生なら、「出典を示せ」は耳にタコができるくらい聞かされていると思いますが、パラフレーズの件についてはあんまり指導されていないんではないでしょうか。しかし私も上のヴェブレンの件は剽窃だと考えます。

それではどう書けばいいのか

んじゃどう書けばいいのか、ってのはなかなか難しい問題です。インディアナ大学のガイドでは次に注意したパラフレーズは正当だと述べています。

  • オリジナルの情報に正確に依拠する
  • 自分自身の言葉を使う
  • 読者が情報源を理解できるようにする
  • オリジナルの文章を正確に記録する
  • 文章におけるアイディアにクレジットをつける
  • 引用記号をつけることで、どの部分がオリジナルのテキストからとられたもので、どの部分が自分で書いたものか判別できるようにする

インディアナ大のガイドは、剽窃を避けるためもっと具体的に次のような方な方策を次のように述べています。

  • テキストから直接に書き写したものには常に引用記号(「」)を付ける。
  • パラフレーズする。しかし、いくつかの単語を書きかえただけではだめ。次のようにします。
  1. まずパラフレーズしたい文章をよく読む。
  2. 手でその部分を隠したり、本を閉じたりしてテキストが見えないようにする(テキストをガイドにしちゃだめ)。
  3. 覗き見せずに自分の言葉でそのアイディアを書いてみる。
  • 最後に、オリジナルの文章と自分の文章をつきあわせてみて、まちがった情報を書いてしまってないか、同じ言葉を使ってしまってないかの二点をチェックする。
  • (インディアナ大のには書いてないけど)忘れないうちに出典をつける。

さっきのヴェブレンの文章の前半を、実際に上の方法1と2にしたがってやってみました。

ヴェブレンの『有閑階級の理論』によれば、プライバシーという規範は顕示的消費と関係がある。ひとびとが他の人々に見せつけるために消費するのであれば、他人に見えない部分ではそれほど消費する必要がない。むしろ、顕示的消費を行なうため、見えない部分に費す費用はより少なくなる。そのため、生活の他人に見えない部分は相対的に貧弱でみすぼらしいものになる。そういう貧弱な部分を他人に見せないために、プライバシーを守るという習慣が発生するのである。(ヴェブレン『有閑階級の理論』高哲男訳、ちくま学芸文庫、p. 129)

あんまりうまくないですね。あはは。まあ平凡な大学教員の読解力、記憶力、文章力なんてこんなもんです(私ヴェブレンほとんど勉強したことないしとか言い訳したくなる)。でもここまで来れば、まあ「自分の文章だ」ってな感じでもあります。

さらに教員の側から

まあ私自身が拙いパラフレーズの腕を見せたのは、それが ほんとうに難しい ということを示すためでもあります。私の考えでは、学者の腕のよしあしの大きな部分はパラフレーズの巧拙によって決まります。まあそればっかりやっている業界もあるわけで。

ちゃんと内容を理解しないと適切にパラフレーズすることはできません。逆に言えば、パラフレーズを見ればその人がどの程度内容を正しく理解しているのかがわかる。学生にレポートを書いてもらうのは、授業内容を理解してもらうためなわけで、つまり「適切にパラフレーズ」させることによって内容を把握させたいと思っているわけです。だからそれは一所懸命やってほしいのね。

パラフレーズだけでなく、剽窃一般についてもちょっと書いておきます。レポートを書かせようとするときに一番頭が痛いのが剽窃です。正直、採点するのがいやでいやでしかたがないくらい教員にとって頭痛のタネなのね。

教員の側からすれば、どの大学の何回生がどの程度の文章を書くことができるのかははっきりわかっています。文章がうまい、難しい言葉を平気で使う、斬新な発想がある、なんてのはたいてい剽窃なのね。そんなのに点数出したくない。さっきのレポートでは、一目見たときはどっかのwebからのコピペに違いないと思いこんでしまいました。その発想の豊かさと、奇妙な翻訳調が、勉強不足の大学院生あるいはかなりあやしい大学教員の文章に見えたのです。

べつにうまい文章、きれいな文章、すごい発想なんていらないから、とにかく自分で書いてみてください。

もっとプラクティカル

日本の大学生レベルでは、インディアナ大のような注意をする前の段階の学生が多いと思います。私はもっとプラクティカルなノウハウが必要ではないかと思います。やってみましょう。

さっきのヴェブレンです。

人目につく消費を支持するこのような差別化の結果生じてきたこと、それは、衆目の前で送られる生活の公開部分がもつ輝かしさに比べて、ほとんどの階級の家庭生活が相対的にみすぼらしい、ということである。同じ差別の派生的な結果として、人びとは自らの個人的な生活を監視の目から守るという習慣を身につける。何の批判も受けず秘密理に遂行しうる消費部分に関して、彼らは隣人との接触を完全に断ち切ってしまう。こうして、産業的に発展した大部分の共同社会では、個人の家庭生活は、一般的に排他的なものになる。

たいていの学生はこれだけの文章もけっこう歯応えがあると思います。どうすりゃいいんだろう?そこでまず、次のように書きはじめてみます。

市民社会でのプライバシーの問題について、ヴェブレンはどう考えているのだろうか。

まず自分で疑問文を書く。次に、ヴェブレン本人の文章を引用する。さらに疑問文をつける。

彼は「産業的に発展した大部分の共同社会では、個人の家庭生活は、一般的に排他的なものになる」(p. 119)と述べる。しかしなぜ産業的に発達することと、家庭生活が排他的なものになることが関係しているのだろうか。

ここまで来ると、ずいぶん書きやすくなってくる。これなら答えられるかもしれないと思ったら次のようにすればよい。

ここで重要なのがヴェブレンが注目した「顕示的消費」である。顕示的消費とは〜

「顕示的消費」とかってのを一応説明するわけね。

ヴェブレンの指摘によれば、近代的な共同社会では、顕示的消費のために他人に見えないところに費す費用を抑えるという動機がはたらく。したがって、家庭の内部での生活はみすぼらしい。

さらに、自分の体験から例を加えられればよりベター。読者は、「この人実感でわかってるな」と思います。

たとえば、驚くほど華美な服を着ている女子大生が、アパートに帰るとケバだったジャージ姿でカップラーメンをすすっている、などという光景はいまでも見られるだろう。しかしそういう格好は他人には見られたくない。だからプライバシーが重視されるようになるのである。

もちろんこうして自分の頭で書いていくと、結果的にできるのはヴェブレンの高尚な文章から遠く離れたしょぼいものになる。しかしそれでいいんです。それが文章を書くということなのです。それがなにかを学び理解するってことなのだと思います。

勉強するときの本の読み方

効率よく本を読むにはどうしたらよいか?

実は私もよくわかりません。研究中です。おそらく一生研究していくことになると思います。とにかく本を読むしかないんじゃないかな。

メモをとる

しばしばメモをとっておくとよいと言われますが、どういうメモをとればよいのかもよくわかりません。まあ、

  • なんでも赤線をひく。
  • 気づいたことはごちゃごちゃ本に書きこむ。
  • 付箋(ポストイットなど)を貼る。

ぐらい?赤線を引くにはふつうの赤鉛筆がよいと思います。蛍光マーカーとかはキャップをはずしたりするのが面倒。三菱のやつがよい。付箋はPostit の透明なやつがよいと思います。

大学ノート

1冊の大学ノートを開いておいて、キーワードだけでも書きつけておくという方法があります。落書き気分で。

重要なところはノートをとる

いろいろな手法があり、ずいぶんこだわりのある人びともいます。とりあえず学生さんはWORDのファイルに貯めておけばいいんじゃないかな。本をそのまま抜書きする場合、必ず出典がわかるようにメモしておくこと。あとで役に立ちます。「ギデンス社会学p.13」ぐらいで十分。

手書きの方があとで読みやすいという意見もあるようです。

ここらへんを考えはじめるとキリがない。すでに「知的生産の技術/論文の書き方」産業が新書を中心に発達しているので、そういう本に目を通してみるものよいでしょう。

 紙かPCか

わからん。紙の方があとで見やすいと思う。

PCで電子化してメモをとっておけば、後で再利用しやすい。キーワードで検索するのも楽。あとで再利用するのも楽。しかし気が散るし、あとで見にくい。気が散る。よくわからんです。

司会する

ゼミ、研究会、会議などの司会は非常に重要な役目であり、名誉な仕事でもあります。適切な司会ができるように訓練しましょう。

司会とは

少人数の集りでは喋りたい人が適当に喋ればよいわけですが、ある程度の人数を超えると(10人以上か)を超えると司会が必要になります。司会者の役割とは、 その会議や会合を順調に、実りあるものにすることです

司会者の任務

  • タイムキーパー。一番重要な仕事。なにがなんでも指定された時間内に終
    るのが一番の仕事。
  • 質問者さばき。質問者が多い場合は適切な質問の順番・時間を考える。
  • 質問・コメント。質問者が出ないような発表の場合は、自分自身が発表者に質問してもりあがるようにする。

ティプス

  • 会合の出席者の名前は常にメモしておくこと。性格や考え方なども。
  • 発表・質問の内容はメモしておくこと。
  • 適切なことを言いそうな人に発言を促す。
  • 発表者と質問者との間で話が混乱しそうなときは割って入って問題を明ら
    かにする。論題の明確化が大事。
  • 発表が時間超過しそうな場合は、少人数なら口頭で、大人数ならメモを渡
    して発表者に注意する。
  • 司会者が議論の雰囲気を作ります。発表者や聴衆がリラックスして発言できるように工夫しましょう。司会者が堅苦しいと会合も堅苦しくなります。
  • 議論が堂々めぐりに陥ったときは、「この件は今後の課題として、他に〜」。
  • 難しい用語とかはあらかじめ司会が確認する。

コピー機ぐらい使えるようになるべし

いいですか、お茶くみとコピーとりは基本です。OLの基本ではなく学生の基本であり人間の基本です。

コピー機は現在あらゆるオフィスワークの基本設備です。これがなければなにもできない。だから大学生にもなってコピー機の使い方もわからんようでは就職はおぼつかない。だめ。生きる資格なし。っていうかコピー機の使い方もしらないようでは勉強さえしたことないですね? (Y/n)てことなんでね。

最低限

  • 拡大、縮小
  • オートシートフィーダー
  • 集約(2枚・4枚ぐらいをまとめて1枚にする)
  • ソーター

ぐらいは使えるようになっておくこと。なんのことか分からなかったら
コピー屋さんで調べてみること。

どの会社のもだいたい同じだ。

あとリソグラフとかもね。

質問・コメントする

質問・コメントする

ゼミや少人数の授業で、「質問・コメントはありませんか」というときになにも発言できないってのは悲しいことです。

誰かの話を聞いてなにも尋ねたりコメントしたりすることがないってのは、けっきょく、「私はあなたに興味ありません」「聞いてませんでした」「どうでもいいことです」という否定的な態度を表明することにもなります。

「あなたの発表を聞きました」「あなたの考え方に興味があります」という態度を示すことにもなります。なんか口出しできるようになりましょう。

とにかく三つの質問ができるようになればよい。チェックして質問するのは、まず次の3点です。

  1. 使っている言葉の意味ははっきりしているか?曖昧ではないか?分からない言葉は説明してもらえ。
  2. 主張に具体性があるか?具体例を提出しているか?それは適切か?
  3. 発表者は独断的ではないか?証拠はあるか?その証拠はどこで手に入れたのか?根拠は提出されているか?

詳しくは野矢茂樹先生の『論理トレーニング』(産業図書、2006)の第10章「批判への視点」の10.1「質問への視点」を読んでください。

何も言うことがないときに便利な表現

なにも質問や意見が思いつかないときがあるかもしれません。そういうときは決まり文句を使いましょう。

  • 「おもしろかったです。〜についてもう少し詳しく話してもらえませんか?」
  • 「〜という人は〜と言ってました(書いてました)が、それについてはどう思いますか?」
  • 「結論としてはどういうことになるんでしょう?」

メモをとれメモを

常にノートかメモ帳を

なんか少しでも頭を使うことをするときには、いつもノートを前に広げ、手にペンを持つ癖をつけてください。

わたしたちの記憶力ってのはほんとうに頼りないものです。私は5人ぐらいの学生さんの名前でさえすぐには覚えられません。だから必ずその時に座っているイスの順に名前を書いたメモを用意します。

会社で働くとき、なんか指示されてもメモをとってなければ思いだせないでしょ?いちいち「これはメモをとって」なんてことまで指示しなきゃならない社員なんて使いものにならんのですよ。

大事なことは口頭で伝えられるのです。いつもメモ帳を開く。ひとからなにか聞くときはメモをとる。これだけでずいぶん使える人間になるのです。

正直、なにも持たずに研究室に来る学生なんかは、「こりゃだめだな」と思います。あなたの先生がどのようにメモをとっているか観察しましょう。

ゼミなんかでレジュメが出ているときは、レジュメに直接書きこめばよろしい。レジュメとメモを分けてしまうとバラバラになるので私は避けてます。

本読んでいるときも本に直接書きこんでよろしい。これも同様の理由。

メモのとりかた

面倒なこと考えずにとにかく書けばよろしい。いつも手を動かしていること。読むときのことは考える必要がない。それだけ。必要になったときに解読する。

どんな文房具を使うか

文房具ファンはここでいろいろ考えるところです。選択肢としては

  • 小さなメモ帳
  • B5学習用ノート
  • バイブル版システム手帳
  • A5システム手帳

とか色々選択肢があって楽しい。私はA5システム手帳を使っていますが、龍大の某先生は生協のB5ノートが使いやすいといってました。女の子はバイブルシステム手帳がかわいいかもしれません。

ペンもいろいろ選択肢がある。私は2色/3色ボールペン。非常に優秀な後輩は蛍光ペンとかを多用してました。

どんな文具を使うかその後

2008年秋の時点で江口は次のようなものを使ってます。

  • RHODIAのメモパッドNo. 12 。ミニボールペンといっしょにジーパンの尻ポケットに。
  • RHODIAのメモパッドNo. 8 読んでる本にメモをはさむときに使ってます。
  • LAMYのスクリブル っていうボールペン。ロディアのメモ帳No.12と大きさがぴったり
  • 大学生協B5ノート。並罫30枚のやつ。
  • ロットリングのボールペン
  • ペリカーノジュニア

現代社会学部生のための文献調査ガイド

文献を集めよう

卒論レベルでも、研究の基本は文献を読むことです。どういう先行研究があるのか知っていなければなにを研究するかの方針さえ立てられません。

まずまずこれを読んでください。 http://www.kyoto-wu.ac.jp/library/j_guide/index.htm

図書

図書館にある本は OPACで調べます。

http://www.amazon.co.jp/ も役に立ちます。自分では買えない本は、図書館に「購入希望」を出しましょう

新書、ムック

新書は最新の知識をコンパクトに紹介してくれているので、大学生の友です。積極的にどんどん読むこと。ただし、一部質の低いものもまじっていますので注意。

私見では、中公新書と昔の岩波新書がもっとも権威があり、講談社学術新書やちくま新書がそれにつぎます。

入門書・概説書

どういう問題を扱うにせよ、とりあえず自分なりの分析のツールを手に入れておかねばなりません。現代社会学部の卒論の場合、多くの人は社会学的な分析を行なうことになるでしょう。最低限社会学の概説書(ギデンズの『社会学』など)には目を通しておきたい。

百科事典のたぐい

現代社会学部学生の場合は現代社会に特有な現象をテーマにすることが多いでしょうから、とりあえずどんなことが議論されているのかを知る必要があります。『現代用語の基礎知識』『知恵蔵』『イミダス』のたぐいは一回ひいておきましょう。図書館にあります。

最近では WikiPedia も非常によい記事を含んでいます。日本語のを引いたら左の方から “English” を選んで英語のも見る癖をつけておくととてもよいです。分野によっては質の高さが段違いだったりします。

専門事典

社会学事典、心理学事典など学問分野に特化した事典が図書館にあるので見ます。そこで参照されている文献をメモしておくこと。

単行本

人気のあるテーマの場合は一般向けの書籍も手に入ります。 OPACで調べてみて、図書館の開架でその近くにある本にも目を通してみること。

編集された本の一章が役に立つ場合も多いので、幅広く本を見ること。

専門書・研究書

単なる読みものとの違いは巻末の文献リストを見ればわかります。文献リストが4、5ページになるような本が読めるようになればあなたも大学生らしい「研究」ができるようになりつつあります。

雑誌論文

実は図書より重要なのが雑誌論文です。

たとえば哲学だと岩波の『思想』とかが一番偉い、ってことになってるようです。あと『現代思想』とか(私は難しくて読めないことが多い)、いろいろあります。

でも卒論レベルで参考になるのは、各大学が出している紀要に載っている論文です。http://www.kyoto-wu.ac.jp/library/news/library_news.htm#shiryoあたりから調べます。特に CiNii が重要。図書館にない雑誌は、ILL (図書館間相互利用)から注文します。(お金がかかります。コピー1枚30円くらい。図書館地下の雑誌室のカウンターに問いあわせてください。)江口が関心を持つような論文なら一部研究費から援助します。

書籍・論文の参考文献

まともな論文には参考文献リストがついています。もちろんそれに全部当たるわけにはいかないのですが、

文献リストを作る

すでに読んだ本、これから読むべき本はリストにしておきます。この文献リストが増えていくのが研究者の喜びの一つです。

いろんな方法がありますが、江口はhttps://yonosuke.net/eguchi/memo/bibtex-exsample.txt のようなものを使っています。これはLaTeXのbibファイルというものです。学部生のときは「メモ帳」かWORDかなんかに書いておけばよいでしょう。

辞書つかえや

江口はどういうわけか現代社会学部で英語文献の授業を持ったり、他の授業でも英語の文献を使ったりすることが多いわけですが、とにかく辞書の使い方を知らない人びとが多すぎると思います。そこで江口がよく学生さんに要求することをメモしておくことにします。

道具を揃えろ

あたりまえのことですが、ちゃんとした装備をしないで海や山に向う人は、遭難して死にます。地図もコンパスもテントも持たずに山登りすれば道に迷って野たれ死にするのはまちがいないところですね。

文献を読むのも同様。なんでちゃんとした辞書を持たないんだっ!

英語読むなら英語の辞書使わなきゃどうやって読むんですか、と怒鳴りたくなることが多いものです。大学に重い辞書を持ってくるのはたいへんなので、コンパクト版や電子辞書ですまそうとする人びとも多いですが、これはハイキングのつもりで冬山に登るようなものです。ちゃんとした辞書を用意してください。

大学生レベルでは、とりあえず学習用としてジーニアス英和辞典あたりがよい。ニューセンチュリー英和辞典もよいという噂だが、残念ながら江口は知らない。大学院を目指すならリーダーズとランダムハウスも欲しい。また、Cobuildあたりの英英辞典も1冊欲しい。

日本語の辞書も用意しておくこと。こっちは学習用というわけではないので電子辞書でもいいかもしれないが、大辞泉なり広辞苑なり大辞林なり、それなりのものを用意しておくこと。

そもそも漢字の読みがわからないときのために漢和辞典も必要。これは電子辞書ではひきにくいので書籍のが必要だと思う。三省堂の『漢辞海』がおすすめ。

日本語の単語は「だいたいこんな感じかな?」と読みとばすクセがついている学生さんが多いようですが、それではいつまでたっても言葉の本当の意味はわかりません。すぐに辞書をひくクセをつけましょう。

辞書はひいたら赤線でも引いとけ

辞書ひいたら、赤線ひいとけ。すでに赤線ひいてある場合は、もう1回ひけ。何度ひいたかわかるようにしておくこと。3回目以降には○でかこんでもいい。おすすめは昔ながらの赤鉛筆だな。

理由は(1)次にさがすときに便利。(2)何回ひいたかわかるので、重要性がわかる。(3)自分の記憶力のなさを知ることができる。

ただし赤線をひくのは英単語の見出しだけじゃなくて、今読んでいる文章で一番ぴったりした意味。さらに、参照した部分(たとえば前置詞だとか語形だとか)。

ちゃんと読め

辞書の一番上に来ている「意味」だけ読んでも大学で読むような文章には歯が立たない。しっかり下まで確認。特に名詞。

知ってるつもりの単語、簡単な単語こそ何回もひけ

単語帳で勉強したつもりになってる奴は注意。”abortion”は「中断」だと思いこんでる奴はいねーだろうな? (さすがにこれはいないか)。

前置詞とか1回もひいたことのない奴いる。たとえば、”arguments for abortion”。「abortion は知ってる~【中絶】。 argumentも知ってるにきまってるわよ。【議論】でしょ。だからargument for abortionは【中絶の議論】よね~」。これでなんでダメかわからない人は、”for” “argument”と”for”をそれぞれ辞書でひけ。で、”argument” の近くに[for/against] とか書いてあるからそれの例文を見よ。for の方でも確認。vote for とか。

“different reasons”。「わかるー。【違う理由】ね。」同様にdifferentをひけ。

動詞は語形と前置詞を確認しろ。 “They provided me with food.” の場合provideをちゃんと辞書ひけないといつまでたっても英語なんか読めない。まあ、こういうのを「熟語」とかいって教えるタコな高校教師は多いが、なにも熟語じゃねー。provideってのはこう使う単語なんで、こうのは一々辞書で覚えなくちゃならん。(まあ、あらかじめ丸暗記しとくのは意味があるんだが)

単語なんかメモすんじゃねー、そんなヒマあったらもう1回ひけ

知らない単語のリストを自分で作ってもちあるく熱心な人がいますが、江口は無駄だと思います。「あれ、この単語なんだったかな?」と思って自分のノートを見ると、「意味」が1個だけ書いてあるだけ。それじゃだめだ。リストのどこにあるか発見するまで数分経過してしまうことさえあります。無駄無駄無駄。そんな暇があるなら辞書ひけばよろしい。もし赤線をちゃんとひいてればあっという間に見つかるでしょう。てか、それくらい早く辞書ひけるようにならないと見込みなし。

Web辞書だのなんだのは使うな!

最近、わからないことがあると、とりあえずWebの検索エンジンでさがしてみる人が増えているようですが、そんなことをする前に、とにかくまず辞典をひきましょう。「辞書をひけ」と指導しない教師は、まちがいなくダメ教師。

その他の辞典も用意しろ!

その他、大学生なら他の辞典類も入手しておくこと。百科事典や『現代用語の基礎知識』や『IMIDAS』の類など。こういうのは CD-ROMのやつがコンパクトで使いやすい。『エンカルタ』なども便利なものだ。

その他、法律関係は自由国民社『図解による法律用語事典』がわかりやすい。

なんでも広辞苑を引用してすませるのはやめろ

なんかレポートを書こうとするととりあえず「広辞苑によれば〜とは〜である」とやる人がいます。

これはいろいろ有害。

  1. 広辞苑は国語辞書。言葉の意味を説明しているだけ。
  2. 学問用語にはめっぽう弱い。なんかわかりにくいし。実際読んでもわからんしょ?
  3. 広辞苑だけが国語辞書じゃないぞ。私は大辞泉が好き。

朝日新聞の「天声人語」とかがよく「広辞苑によれば〜」ってやってて、中高の先生がそれをまねたり、まねろと指導しているからそういうことしちゃうんですよね。高校生までなら許せますが、大学生はそれじゃだめなの。

どっから手をつけてよいかわからないなら

  • もちろん、最初は広辞苑なり大辞泉なりをひいてよい。辞書をひく態度は立派。偉い!
  • でもそれだけじゃたいてい理解できない。
  • とにかく、まずは教科書があるなら、教科書における定義と説明を見る。(そういうのがはっきりしていない教科書はよい教科書ではない)
  • だから定番の教科書を知っておくことが必要。教科書がない場合、どっから手をつけてよいかまったくわからない場合は、次に百科事典(平凡社の『世界大百科事典』とか)をひく。
  • これでかなり明確な知識が手に入る。
  • もちろん Wikipedia日本語版 も使ってもよい。でも百科事典に比べて質が落ちるし、分野によってはまったく使いものにならない。だからまず百科事典。
  • さらに、その概念なり事象なりがどの学問分野で扱われているかわかれば、その学問分野の専門事典をひく。『社会学事典』とか『フェミニズム事典』とか。
  • すると、専門の事典では、必ず重要な参考文献が挙げられているので、次はそれを読んだりするわけです。

詳しくは戸田山先生の名著『論文の教室』を読んでください。

新版 論文の教室 レポートから卒論まで (NHKブックス)
戸田山 和久
NHK出版
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Wikipedia

Wikipedia (ja)は非常に便利なものですが、レポートや卒論に利用する際には注意が必要です。

Wikipediaには非常に優秀な記事が少なくありませんが、それを学術的な資料として用いるのは勧められません。

第一に、情報の信頼性が低いからです。Wikipediaの執筆者は基本的に匿名・ペンネームであり、誰が書いているかは基本的にわかりません。誰が書いているのかわらかないものは信頼しないのが学術研究の基本の態度です。

第二に、Wikipediaは 三次資料 です。Wikipediaの編集方針の一つに「独自研究は掲載しない」というものがあります。ある事象があったときの記録や証拠が一次資料、それについて誰か学者が調べてまとめたり考察したものが二次資料、そしてWikipediaやその他の百科事典は学者たちの文献を参照した三次資料です。学生はもちろんWikipediaを参照してもよいのですが、大事なところは 必ずそのWikipediaの記事が参照している一次資料・二次資料まで遡らなければなりません 。もしその記事に参照がないのであれば、その記事には まったく価値がありません

しかしもちろん、Wikipedia程度しか調べる時間がなかったり、それほど重要でない事項についてはWikipediaを参照・引用してもかまいません。その場合は、wikipediaの推奨する参照・引用方法に従ってください。

Web上では
http://ja.wikipedia.org/wiki/Wikipedia:%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%82%AD%E3%83%9A%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%A2%E3%82%92%E5%BC%95%E7%94%A8%E3%81%99%E3%82%8Bのような参照でも役に立つのですが、これを紙媒体に使ってはいけません。

「Wikipdia:ウィキペディアを引用する」、『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』(http://ja.wikipedia.org/ )。2007年11月10日16時(日本時間)現在での最新版を取得。

でしょうか。でもこんなに書かなきゃならないのはばからしい気がしますね。
記事が参照してくれている元の資料を参照しましょう。

授業中うつぶせで寝るのは勘弁してください

授業中眠くなったり寝てしまったりするのは授業がヘタでおもしろくないのででしょうがないのですが、「寝るぞ!」とうつぶせで寝るのだけは勘弁してください。

学生様はどうも高校の授業とかでうつぶせで寝たりしても放っておかれたりした経験があるようで、まあ私語して他の人の邪魔されるよりは寝ててくれた方がいいか、みたいなことを考える先生もいるかもしれませんが、やっぱり態度として非常によくない。

そういうのは、まあまわりの人間に対して興味がない、どう見られようがかまわない、特に講壇でしゃべっているあいつが嫌いだ、あまりのおもしろくなささに抗議する!という意味になりますわね。少なくとも「お前は私と対等な人間として認めない」みたいな意思表示になる。

うつぶせになって「いざ、寝るぞ」と思っても実はよく眠れないものです。

いねむりというのは、眠いのを我慢に我慢を重ね、無理な姿勢でこっくりこっくりするのが気持ちよいのです。あの「ガクっ」という感覚の甘美さを堪能するために、うつぶせになるのはやめましょう。

レポートの書き方

このページ読みおわったら、下の三つも読んでください。


まずとにかく

ここらへん1冊でよいから読んでおく。これまで「レポートの書き方」についての本を読んだことのないままにレポート書いたことのある人はかなり反省する必要がある。泳ぎ方を知らないのに海で一人で泳いだりするのに近い。なにごともノウハウ本というのがあります。哲学関係の人には戸田山先生のがおすすめ。

(→ ついでに「レポートの書き方こそ自発的に調べてみましょう

レポートでないもの

  1. 剽窃。パクリ。コピペ。他人の文章をそのまま写したもの。 → 「剽窃を避ける」 を書きました。
  2. 参照した文献のリストがないもの。
  3. 単なる感想。たいして調査もしていない「あなたの意見」は必要ありません。もちろん自分の解釈や見解や意見を述べるのはよいことですが、その場合は、 十分な論拠 を提示すること。
  4. レポートでWebにある文章を丸ごとコピペしてくる不届きな人々がいる。それが発覚した場合は当然単位は出さない。

たいしたアイディアはいらない

  1. 一般の大学のレポートでは、斬新なアイディアなどは必要ない。
  2. ちゃんと調べるべきものを調べてまとめれば十分。教員は学生が授業内容をちゃんと理解したか確認することを目的にしている。
  3. むしろ、ちゃんと型にはまったものが書けるようになるのが学生時代の修行。あなた自身のアイディアは卒論ででも表現すること。
  4. 課題をきちんと把握すること。

様式

  1. とりあえず大学なんてのは結局のところ型にはまった書類を作る練習をする場所だと思うこと。
  2. レポートの様式は非常に重要。
  3. しかし、教員から指定されていないことをいちいち質問する必要はない。指示されていないことは勝手に判断してよい。
  4. ただし常識としておさえておくポイントはある。
    1. 手書きの場合は原稿用紙に書くのが常識。指示がなくとも気をつけること。レポート用紙は不可。ただし英文の場合はレポート用紙でもよいが、1行空ける。
    2. レポートが複数枚になったら、必ずステープラー(商品名ホッチキス)で留めること。クリップはバラバラになることがあるし、かさばって邪魔。
    3. 表紙をつける場合はステープラー(ホチキス)の位置に注意すること。長方形の紙を縦長に使って横書きにする場合は左上、紙を横長に使って縦書きする場合は右上。
    4. 必ず各ページに番号を打つこと。趣味があるが、A4横書きの場合はページ下中央、縦書きの場合は左上あたりか。
    5. 科目名、大学、学部学科、学籍番号、名前を明記すること。学籍番号だけで学科などを書いていないと採点を記入するときに難儀する。
    6. 大学まで書く必要はなさそうに見えるが、特に非常勤の教員には必要な場合がある。
    7. 「~文字以内」ような指定があり、かつワープロで作成する場合、最後に(1980文字) のように文字数をつけておくとよい。

文章について

  1. 文章についてはとりあえず、戸田山和久先生の『論文の教室』と木下是雄先生の本をよく読むこと。正直なところ、文章のうまい下手はどうでもよい。一般の大学のレポートや卒論でうまい文章を書く必要ない。どうしてもうまい文章を書きたい人は本田勝一先生の『日本語の作文技術』(朝日文庫, 1982)を見るべし。
  2. レポート、論文では「だ/である」体で書くこと。
  3. 簡潔で明快な文章を心がけること。とにかく文を短くする。「〜が、〜」と続けず、「〜である。しかし〜」。「〜であり、〜であり、〜であり〜」→ 「〜である。また〜である。さらに〜である。」
  4. 体言止めは避けること。
  5. 主語は省略しないでいちいち書くこと。目的語もわすれるな。
  6. 「~のではないだろうか。」でレポートを終わらないこと。
  7. 必ず読み直して誤字脱字がないか確認すること。音読してみるのがよい。

引用の仕方

  1. 他人の文章は必ず(1)括弧(「」)に入れるか、(2)段を落して(この場合カッコはいらない)、それを明示する。どこのその文章があるか注をつける。「戸田山和久は、「剽窃は自分を高めるチャンスを自ら放棄する愚かな行為だ」と言っている 1)戸田山和久、『論文の教室』、NHK出版、2002、p.35。 」のようにする。
  2. 引用文は勝手に省略したり要約してはいけない。一字一句正確に。表記も原則的に勝手に変更してはいけない。変更した場合はその旨を明記する。
  3. いずれにしてもレポート・論文には文献リストをつける。文献リストでは、著者、『タイトル』、出版社、出版年、翻訳ならば訳者を明記。
  4. 複数の著者の論文を集めた本のなかにある論文を参照した場合は、その論文の著者を先に出すこと
    例:江口聡、「ポルノグラフィと憎悪表現」、北田暁大編、『自由への問い(4) コミュニケーション:自由な情報空間とは何か』、岩波書店、2010、pp. 23-46。
  5. 「著者:江口聡、出版社:岩波書店」などという新聞の書評欄みたいな書き方は×。ちゃんと論文の書き方本を見よ。
  6. 完全な引用でなくとも、オリジナリティが認められる主張やアイディアには典拠をつける。
  7. 基本的に文献リストに載せるものは本文中で1回以上言及すること。「戸田山によれば〜」のような形で。
  8. より詳しくは「引用・参照の方法」。また高橋祥吾先生の指導を参考にせよ。

パクらないために

  1. 文章をそのまま使わない。自分で一回咀嚼して自分の表現に書きあらためる。
  2. 自分でよくわからっていないことは書かない。
  3. 剽窃を避ける」を参照。

その他細かいこと

  1. 主語は省略しないこと。
  2. 「である」体の文章にいきなり「〜です」を入れたりしない。恥ずかしいことです。この文書も実はそういうのを含んでいるが、これは意図的なので真似しないようにしてください。
  3. 「〜のである」はおおげさであるので多用しないことが肝要なのである。「〜である」と書くのがフラットでよいのである。
  4. 日本語には斜字体(イタリック)は使わない。強調したい場合は傍点を打つ、下線を引く、フォントをゴシック体にするなど。
  5. 特別な事情がないかぎり、日本語の文章で〈 〉(山括弧)や“ ”(引用符)は使わない。どうしても引用符を使う場合は向きを揃えること「”ほげほげ”」はだめ。「“ほげほげ”」。
  6. 「1つ」「2つ」は私の好みではない「ひとつ」「二つ」。「ひと、ふた、み」と数えるときは漢数字。
  7. 接続詞と副詞はひらがなに開いた方がよい。特に「全て」「従って」は「すべて」「したがって」。
  8. 各段落の先頭は必ず1文字分字下げすること
  9. 基本的に人名は初出時フルネーム。「戸田山は」ではなく「戸田山和久は」と書く。二回目からは「戸田山は」でOK。カントのようにその分野で有名な人は最初から「カントは」でOK。
  10. 「氏」とか基本的に不要。「戸田山氏」「戸田山教授」ではなく「戸田山和久」と呼びすてにする。二回目からは「戸田山」だけでよい。
  11. レポートは完全に自分一人で書かねばならないものではない。校正、読み合わせ、構成の相談など自由にしてよい。原稿ができたら、一回誰かに向かって声に出して読んでみるのは非常に効果的。
  12. この前、どういうつもりか緑色のインクでプリントアウトして提出いる人がいた。良識をつかえ。それは誰にでも平等に与えられているはず。
  13. ちゃんとした論文の場合は、執筆にあたって協力してもらった人に謝辞つける。「本稿の執筆にあたっては〜氏、〜氏らに草稿段階から有益な助言をいただいた。ここに記して感謝する。」とか。ただし、卒論の場合、指導教員の名前はいらない(指導するのが指導教員の業務で感謝される筋合いはないから)。
  14. 役職には注意。「〜教授」とか「〜准教授」とか「〜講師」とかまちがうとあれなので避けた方がよいでしょう。こだわる人もいます。「〜先生担当分」ぐらいにしとくのが無難。教授なのが確実ならOK。
  15. 本文をゴチックにされると読みにくい。本文は原則として明朝体にする。見出し等はゴチックでOK。
  16. 書名は必ず『』で囲う。二重括弧『』は書名以外に使わない。論文名は「」で囲う。
  17. 「ミルの『自由論』には〜と書いてある」「〜とある」ではなく、「ミルは『自由論』で〜と述べている」のように書く。
  18. 「ミルはその著書『自由論』で」→ 「ミルは『自由論』で」でOK。
  19. 日本文では空白を切れ目に使わない。参考文献など、「J. S. ミル(空白)『自由論』(空白)早坂忠訳(空白)中央公論社(空白)1976」ではなく、「J. S. ミル、『自由論』、早坂忠訳、中央公論社、1976。」
  20. ページ表記は、「173頁」とか「p. 173」とか。 「p.」のうしろの点を忘れずに。複数ページになる場合は 「pp. 123-124」のように、pp. をつかう。
  21. アラビア数字、欧文文字はいわゆる半角文字 1234 abcdで。1234 abcdは避ける。
  22. カッコに気をつける。>と<はかっこではなく、数学記号(「大なり」「小なり」)。日本語山括弧は〈〉。ぜんぜん違う。
  23. フォントの大きさ、行間に気をつけろ。通常11ポイント以上。
  24. 大学生なんだから言葉の定義については国語辞書なんかにたよらず、百科事典や入門書・専門書等を使う。
  25. 接続詞としての「なので」からはじまる文章は避ける。口語と文語は違う。「したがって」「それゆえ」。
  26. webページ等を参照する場合は、最低(1) 著者 (2) タイトル、(3)URL の三つを明記すること。必要であれば「最終閲覧日」もつける。Wikipediaなどのように意図的に匿名で集合的に編集しているものを除いて、 誰が書いているかはっきりしないものは参照できない
  27. 図書ならなんでも信頼できるわけではない。著者、出版社の信用に注意。サンマーク出版とかは危険。
  28. 「授業レジュメから引用」など不要。授業レジュメは資料価値がない。自分の言葉で書き直す。

References   [ + ]

1. 戸田山和久、『論文の教室』、NHK出版、2002、p.35。

クラスに参加するとは

高校までの授業と違い、大学では自分で積極的に授業に参加することが求められます。「求められる」というのは、「道徳的にそうした方がよい」とか「そうしないのはダメな大学生だ」とかという意味ではなく、「あなたの利益のためには授業に積極的に参加しなくてはならない」、「そうしなければ損をする、大学に来る意味がない」、という意味です。

基本的な心構え

大学教員の実態

だいたい、大学の教師というのは教師としての教育を受けていないし、 スキルも身につけていないのです。大学教員になるには、(1)大学院に進学して自分の学問分野で研究して論文を書く、(2)官公庁企業その他で業績をつむ、の二つの道がありますが、どちらも「教育者」としての訓練を受けることはほとんどありません。実際私は教員免許すら持ってませんし、教育実習を受けたこともありません。

小中高の教師は授業研究などで技術を磨くわけですが、 大学の教員の授業を他の教員が覗くことはまったくありません。もちろん他の教員の授業を見学することもありません。

ついでに言うと、大学の教員になっている人間が大学在学中にまじめに授業に出ていたかというとそういうこともありません。私自身は学部の講義の授業はほとんど出ませんでした。つまり、わたしは大学の講義とかそういうものをまともに経験せずに授業しているのです。

つまり、大学の教師は研究のプロかもしれませんが教育のプロではないし、授業というものがどういうところもわかっていない可能性があるのです。小中高の教師はそれなりの教育を受け訓練を受けているわけで、教師としてのスキルには大きな差があります。

さらに悪いことに、大学教員というのには一般に勉強する動機がありません。いったん大学に就職してしまえば、勉強したり論文書いたりしなくても自動的に給料はあがっていきますし、クビになることはありません。特別なことがなければ、誰も教員の業績を審査したりすることはないのです。したがって、就職したあとはぜんぜん勉強しないで毎日を過ごしているひともけっこういるのです。

そういう教師に大学生は教育を受けるわけです。あなたたち学生はちゃんと自衛しなければなりません。

授業内容

大学の授業内容は完全に教員にまかされています。高校までは文科省や受験による縛りがあって、「これこれのことを教えなければならない」とほぼ決まっているわけですが、大学ではそういうものはありません。教員が適当に教えやすいもの、興味があるものを取りあげていることがほとんどです。もしかしたらあなたが教えられていることはまったくの間違いかもしれません。

大学の授業

ではどうしてそういう状態になっているのでしょうか。基本的に大学というのは学生が自分でなにかを「研究」する場所なのです。高校までのように口を開けて何かを教えてもらうのを待っている場所ではありません。

だから講義よりも演習形式の授業の方がはるかに大学らしい授業なのです。高い授業料を払っているのですから、自分なりに大学を有効に利用しましょう。そのためには授業を自分で動かすつもりがなければなりません。黙って聞いているだけの人はそれなりのものしかもらえないのです。結局大学というのは自発的で能動的な人は得をして、そうでない人は損をする場所なのです。

人間は議論を通して進歩する / 協力しよう

まあそういう大学教員の問題はおいておくとして、
人間というのは議論を通して進歩するものだと思います。
自分の考えを他人に説明できるようになって、はじめて自分がどう考えているのかを
理解するということはよくあることです。ちゃんと考えるためには、他人から
批判を受けることが必要なのです。自分の説明のどこがわかりにくいのか、自分の考えのどこが伝わりにくいのかは、やっぱり他人に教えてもらわないとわかりません。

だから、他の人の発表に積極的に質問したり意見を述べたりするのは、
そのひとに対する協力の意志と敬意の表明でもあるのです。なにもコメントしないのは
その人を無視しているようなものです。

実際、「学会」とかってときにひどい発表のときには
なにも質問が出なかったりして非常にサムいときがあります。「質問するにも
値しない」と思われてしまってることがはっきりしてしまうわけですね。

具体的には

授業評価はちゃんとする

さすがに最近はそういう大学教員の授業のあり方に対して批判的な意見が出てきて、文部科学省の音頭で学生による「大学評価」「授業評価」をする方向に進んでいます。その手のアンケートは非常に重要ですから、教員をちゃんと評価しなくてはなりません。よい授業はよい、ダメな授業はダメとはっきり主張しなければなりません。

自分が喋れば眠くない

だいたい、他人の話を30分も1時間も黙って聞いているというのは非人間的です。私自身は1時間だまっていることは不可能です。でもなにか一言でも発言すれば目も覚めるし、内容にも関心が持てるようになるものです。

感想を伝えろ

とにかく何か感想を述べましょう。「〜がおもしろい」「〜はよくわからない」「〜は知らなかった」「〜は勉強になった」「いまの話が私の人生とどういう関係があるのですか」とか

質問しろ

大学では何を質問してもかまいません。教員があなたにわからないことを喋っているのなら、それはあなたが悪いのではなく教員の説明が悪いのです。すぐに質問。「〜〜って何ですか?」。

もちろん、あなたに基本的な日本語の能力がない場合はかなり問題です。わたしは以前「枚挙」という言葉がわからないという質問を受けたことがあります。さすがにそういうのまで面倒を見るわけにはいきません。電子辞書を用意しておいて、わからない言葉はすぐに辞書をひきましょう。

教師を信じるな、批判しろ

上で述べたように、大学教員というのは資格もなければ審査もなく、勉強をつづけているかどうかもわからない人間です。そういう人々を無批判に信じこんではいけません。「おかしい」と思ったらすぐに質問するなり糾弾するなりしましょう。セクハラ発言も許してはいけません。議論を挑むのだ。

わからないことはわからないと主張しろ

教員の授業や、他の学生の発表がよくわからないときは、あなたが悪いのではなく教員や発表者が悪いのです。

「間違い」を恐れるな

まともな教員は、少なくとも演習形式の授業では学生に意見を求めます。何も話すことができない学生もいます。でもそりゃもったいない。へんなことを言ってもそれはそれでいいのです。間違ったり奇妙なことを言っても大丈夫なのは学生の特権です。どんどんヘンなことを言ってみましょう。その方がクラスも盛り上るものです。

何も言うことがないときに便利な表現

なにも質問や意見が思いつかないときがあるかもしれません。そういうときは決まり文句を使いましょう。

  • 「〜のところをもうちょっと詳しく教えてくれませんか?」
  • 「おもしろかったです。〜についてもう少し詳しく話してもらえませんか?」
  • 「〜という人は〜と言ってました(書いてました)が、それについてはどう思いますか?」
  • 「結論としてはどういうことになるんでしょう?」

具体例

次のような文章の一部があります。

野田正彰・関西学院大学教授(精神病理学)が教えてくれた。大学で講義をしていても、話した内容を鵜呑みにするだけで、深く考えることを忌避する学生が年々増えてきたという。

「このテーマについてどう思う、と尋ねると、「思うってどういうことですか」。あなたの考えを聞いているんだよと返すと、「私に考えはありません」なんて会話をさせられることが珍しくないんです。「私は小さい頃から先生に評価されるように、どう答えたらよいかということに励んできたので、いい成績を取ってこれたのです。それで難しい大学に入ってこれたのだから、それでいいじゃないですか」って。絶句しますよ。」(後略)(斎藤貴男『安心のファシズム』岩波新書、2004、p.98)

微妙な文章と談話ですね。あなたがこういう文章を読まされたとき、どういう反応をすればよいのでしょうか。私だったら次のようなことを考えます。

  • 「深く考える」てそもそもどういうことかわからない。なにを考えたら「深く考える」ことになるの?
  • 「年々増えている」っていうけど、なんか証拠があるんだろうか。昔からそうだったんじゃないの?
  • 「鵜呑みにする」っていってるけど、鵜呑みにしている証拠はあるんだろうか。他人があることを鵜呑みにしているかどうかはどうやってわかるんだろうか。野田先生の勘違いじゃないんだろうか。
  • 「このテーマについてどう思う」とか質問されても困っちゃう。質問が漠然としてるんじゃないかな。「あなたの考えを聞いている」と言われても困る。教師はもっともっと具体的なことをたずねるべきなんじゃないだろうか。問いの前の説明なり興味の引きかたなりがまちがってるんじゃないのか。まったく興味のない教師から、「私についてどう思いますか」と問われてもなんとも思ってないことは多いだろう。
  • 「私に考えはありません」は日本語としてかなり危ない感じだけど、ほんとうに文字通りこう答えたんだろうか。野田先生がそう解釈しただけなんだろうか。
  • 「珍しくない」ってのはどの程度の頻度だと珍しくないんだろう。1年に1回?
  • そもそもこの学生(やその他の「珍しくない」学生たち)と野田先生の間の関係がうまくいってない、という可能性はないのかな。
  • 野田先生の言うことに反感を感じたり、だめな教師だと思っているけどそれを言うのは気の毒だし喧嘩になると面倒だから言わないですまそうとしている、ということはないのかな。
  • 「私は小さい頃から〜」とかすばらしい洞察と表現力じゃないか。こんなこと言える学生のどこが「深く考えることを忌避」してるんだろうか。
  • とりあえず他人が「深く考えない」とか考えているひとこそ「深く考えてない」可能性はないのかなあ。私は自分が「深く考えている」なんて思えないけど、こういう人びと(斎藤貴男や野田正彰)は「深く考え」ているんだろうなあ。偉いものだなあ。

まあ演習とかでは、こういう思いついたことを勝手に口に出してもよいのです。私が「この文章についてどう思う?」とかって漠然としたどうしようもない質問をしたら、上を参考にして適当に答えてください。

補足

あと、少人数授業のちょっとしたティプス。

  • 友達とは離れて座ろう。近くに友達がいるとつい思いついたことを
    小声で友達に話してしまいます。もったいない。