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ゼミの書記係をしてもらってWordPressに載せる

ここと同じWordpressで学生用専用サイトを作って、そこでゼミの記録やゼミ生のブログを買いてもらうってのを試しています。

最近短期〜中期的な記憶がだめになってて、授業でなにしたか記録してないとだめなわけですが、それを学生様にやってもらおう、ぐらいの試み。

低学年は文章を書く練習をたくさんしたいわけですが、授業で読み上げて添削するのはとても時間がかかるので全員のは無理です。でもブログの形にしておけば他の学生様がどんなの書いてるのか楽しむこともできるし。学生様は他の学生様に読まれると思うといろいろおもしろいことを積極的に書いてくれます。

このサイトは1〜4回生ゼミ共通にしているので、1回生は上回生ではこんなことしているのだな、とかわかるし、上回生は下級生が見てると思うとすこしはがんばってくれる感じ。

個人名や個人情報が出てしまうのでさすがにネットにフルオープンにはできないので、学外からのアクセスにはプラグインを使って簡単なパスワードをかけています。

学生用のアカウントは手動で発行したのですが、授業内で説明してっさと自分で発行してもらってもいいことに気づきました。

本当は学外にも見える形でやってみたいところはあるけど、現状ではこんなものでしょうな。

あと、ゼミ内容の書記係は2〜3人に同時にやってもらうことで、お互いにいろんなメモの仕方があることもわかるし、モレも少なくなるし、セメスターで当たる回数も増えるのでよいことづくめ。

どうせいわゆる「就活」のグループディスカッションとかでは書記とかしなきゃならないときもあるわけですから、人に見てもらえるメモ・議事録を取る練習になるぞってなことをお説教しておくとやる気出してくれるかもしれません。

自主ゼミ/読書会/ブッククラブの方法は有元先生に学ぼう

前に「自主ゼミを開こう」みたいなエントリは書いてたのですが、その具体的な手順を書いていなかったことは反省しています。どういうことをかけばいいのかわからなかった。このたび、『ブッククラブで楽しむ学ぶクリティカル・リーディング入門』(ナカニシヤ出版、2010)を発見したので、それを紹介します。買ってください。


読書会/ブッククラブの手順

  • 「教員ぬきの大学ゼミ」でよいのだが、もっと気楽なブッククラブもよい。
  • 2〜6人程度の仲間を見つける。調子悪いやつは誘わない。
  • 司会進行を決める。もちまわりがよい。
  • 1時間から2時間程度。
  • 短くてやさしい本から。良い本を探すのは難しいので、読書家にすすめてもらうのもよい。簡単な本だと思っていても複数で話し合うと意外なことが発見できる。
  • (メンバー全員)1週間ぐらい前に各自本を読む。大事なところに線をひいいたり付箋をはったりして、ぱっと出せるようにしておく。読書ノートをつけてみるとよい。登場人物の相関図、シーケンスチャート≒あらすじ(出来事・心情の変化の一覧)、主題がなんであるか、キークェスチョン(重要な問い)を考える。
  • ホストは場所と時間を決めて案内を出す。メンバー全員がすることは一番熱心にやっておく。Wikipediaなどで著者・時代背景などを調べておく。キークェスチョンも10個ぐらい用意する。
  • 当日、ホストが司会。各自自己紹介。読んだことについて面白かったところ、心に残ったところ、つまらなかった、など一人ひとり話してもらう。あとは自由にやる。話が本からあまりに離れてしまったら、ホストはキークェスチョンを出して本題に戻る。最後に簡単にまとめる。
  • 【注意事項】一人で話しすぎない。ずっと黙っていない。疑問点はすぐに聞く。おだやかに。テクストや自分の体験など根拠をあげる。本以外の話題にそれすぎない。一つの話題がだいたい決着するまで他の話題に移らない。

読み/問いのストラテジー

本を読む時、あるいは本について話し合う時、以下のような問いはほぼ常に役に立つ「ストラテジー」だそうな。まあ必ず結果が出ます、っていうのはいいですね。

読みのストラテジーとは、本を上手に読むための方法です。「方法」ではなく「ストラテジー(戦略)」という軍隊が起源の言葉を使う理由は、単なる方法ではなく「必ず効果を上げる方法」だからです。戦争は必ず戦果をあげなければなりませんから、効率を最優先します。 (p.26)

てなことですが、これすばらしくよいですね。こういう「できあいの問い」をいくつもってるかってので読書やディスカッションの腕がちがうわけです。

背景的知識についての問い

[基礎知識]
基礎知識を確認する。作者・筆者の国籍、年齢、経歴、その本が書かれた事情、時代背景。蛇が出て来る物語なら蛇の形態や生態など。戦争小説だったらその戦争がどういう事情でいつ始まりいつおわったか、など。
[体験]
題材と関連・類似する経験・体験を確認する。恋愛小説なら恋愛の経験、他人の恋愛のパターン、など。

正確な理解のための問い

[キーワードの理解]
キーワード=重要な語 ≒ 他の本にあまり出てこないけどその本によく出てくる語。
[キーセンテンスの理解]
ストーリーの場合は、物語の展開で重要な文、登場人物の行動、感情。作者・語り手の感情、意見。論説の場合は以降論じられる課題・問題、重要な事実、筆者の意見や推論、結論、段落のまとめとなるセンテンス。
[文章構造の理解]
ストーリーの場合は、登場人物たちにとって問題(こまったこと)は何か、それをどう解決したか、うまく解決したか。語られる時間順序。論説の場合は論証の構造。
[イラスト・図表の理解]
登場人物の性格。グラフの目的。グラフの信頼性、わかりやすさ。

深い理解のための問い

[解釈]
登場人物はなぜ〜の行動をとったか、作者はどうして〜の表現をしたか。どの登場人物が大切か、主人公は誰か。どのようなことを教えようとしているか。
[予測]
テキストの途中で先を予測する。タイトル、表紙の絵、イラストなどから内容を予測する。物語が大きく展開するところで先を予測する。
[要約]
主人公にどのような問題が起きてどのように解決したか。
[主題]
主題はなにか? 上のキーセンテンス(場面設定、登場人物の行動や感情、場面の展開に重要な役割を果たす箇所、作者の感情や考えが現れている箇所)を手がかりに考える。

発信のための問い

[評価・批判]
この話の終わり方をどう思うか、それに賛成か、反対か。ほかにもっとよい終わり方はあるか。特定の登場人物の行動についてどう思うか。特定の作者の文章表現についてどう思うか。イラストについてどう思うか。
[解説]
自分が登場人物や作者になったつもりで創造的な読みをする。もし自分が特定の登場人物だったらどうするか。作者だったらどう話を展開し、どう話を終わるか。話の終わりの先はどうなるか。
[パーソナルリーディング]
似たような経験をしたか、そのときあなたはどうしたか。今度同じことがあったらどうするか。あなたは登場人物と似ているか。どこが違うか。まわりに登場人物と似た人物がいるか。どこが同じでどこが違うか。似たような話を読んだことがあるか。どこが似ていてどこが違うか。
[視点を変える問い]
それぞれの登場人物の視点に立って表現してみる。

上の、有元先生のそのままじゃなくて、私の解釈やコメントもいれてしまっているのですが、あと少し私から。

おもしろいところ、興味深いところ、読みにくいところ、疑問のあるところなどは、面倒でも誰かが音読してしまった方がよいです。大人になると日本語を音読するなんてなあ、みたいになっちゃいますが、音読は非常に大事。1ページぐらいなら読めるし、長い部分読みたいときは、一行ずつおもいついた解釈、勝手なコメント、茶々なんかをいれながらよんでもいい。

自主ゼミ・読書会の運営方法(PDF)

ポップ音楽でリテラシー (3) 私の思う基本的ポップリテラシー

さっきの聴取ポイントのリストは気づいたら増やしてます。実際におしえるときにどこらへんがキモになるかって考えたり。

基本的な情報はいいわよね。テンポも速ければ元気でおそければ眠かったりだるかったりというのはすぐわかると思う。スマホアプリでBPMはかれるってのは教えたい、そのまえにBPMがなにかおしえないとならんから時計では買った方がいいか。

アーティストの年齢性別服装ライフスタイルステージングPVはいいわよね。それが聴取にどういう影響を与えているかってのを考えてもらうのはメディアリテラシーっぽい。

歌詞はこうやってばらばらにしてしまうと考えやすくなると思う。歌詞の語り手とシンガーは別だし、そのくいちがいがけっこうおもしろいというのははっきり示したい。語られている相手を想定したり想像したりするのは大事ね。

歌詞の進行とともに物語のなかの時間も経過している可能性があることも明示する必要がある。そうじゃないのも多いけど。そこで歌詞がタイプ分けできる。

多くの曲は「ストーリー」があるから、それを読み取れれば一応初級編は終了よね。そして語りの相手へのメッセージ、歌のリスナーへのメッセージを読み取りたい。

楽曲(サウンド)と同じように歌詞も真似られたり批判されたりするものだ、っていうのも指摘したい。たとえば、これまでこのブログで触れた曲だと、aiko先生の「初恋」は宇多田先生の「First Love」と「Automatic」へのアンサーソングでありオマージュだと思う。「私のときはこうだった」よね。ヒントをもらってるだけかもしれんけど。他にもいろんな初恋の歌があって、そういう積み重ねの上で作品が作られるのだ、っていうのはいいたいねえ。カンでつくってるのではない。またポップ音楽は態度を広めるものでもあって、ビートルズもパンクもそういうものよね。

修辞は国語の領域になっちゃうけどこれも大事よねえ。やりがいがあるだろう。

母音や子音の扱いっていうのもエピソードをまじえてなんか語りたい。たとえば井上陽水先生は「か行」が好きらしくて、それは彼自身の声がよく聞こえるかららしい。「か」は固い感じ、「さ」だったらさわやかだし、「な」「ま」はねっとりしているし。母音も「あ」はあかるいしや「お」おおらかだと思う。

「内容や状況に疑問を感じる部分、違和感がある表現はないか?」っていうのも大事で、その歌詞の一番のキモはそういうところにある。そこが理解できると全体の解釈が変わっちゃうような。たとえばミスチルの「Youthful Days」だったら「生臭くて柔らかい」「腐敗」。サボテンの花の話してるのに生臭いのは異常っしょ(あとで書くかも)。

メロディーや音楽やサウンドこそがポップ音楽を音楽たらしめてる部分なので、ここはいろいろやりたいわねえ。
コードと調性の話は楽器やらないひとには難しいと思うけど、他は聴取だけでなんとかならんだろうか。形式はぜひおしえたい。音楽は反復だ。「フック」っていうかその曲の魅力を作る箇所も教えたい。あとこっちも歴史大事よね。

楽器の録音技術とかボーカルの取り方とかも指摘すればわかるんちゃうやろか。

あとは、歌っていうのは必ずしもストレートなものではなく、いろんな表裏のメッセージがあるし、また購買者のこともいろいろ考えてるっていうのも指摘したい。けっこう皮肉やユーモアがわからなくて、まっすぐしか解釈できないひとは多いと思う。

「語り手は聞き手/リスナーにどの程度自分の言うことを理解してほしいと思っているか?」っていう問いも入れてみたけど、たとえばニルヴァーナとかリスナーにわかってほしいなんて思ってないような気がする。わかりにくいのがよいのだ、モスキート。

まあもっといろいろあるなあ。

このパロディの歌詞はこっち

ポップ音楽でリテラシー (2) 仮にリストを作ってみた

昨日の記事につづいて、んじゃ楽曲をよく聞くってどういうことだろうか、って考えて、とりあえずチェックしてみる項目を列挙してみました。もっとあると思うけど、とりあえず思いつくものだけ。★つけたのは比較的高級な内容で、知識が必要になるので、学生様には説明が必要な場合があるだろう。

基本情報

  1. アーティスト名
  2. 曲名
  3. 楽器編成
  4. ジャンル
  5. リズム・パターン
  6. テンポ

アーティスト情報

  1. シンガー・バンドの年代性別
  2. シンガー・バンドの印象、服装、ライフスタイル
  3. 想定されている楽曲リスナー、購買層、そのライフスタイル

歌詞

  1. 語り手のアイデンティティ/どういう人物か/年代性別等
  2. 語り手とは別に主人公がいる場合はそのアイデンティティ
  3. 語りかけられている聞き手のアイデンティティ、年代性別等、ライフスタイル等
  4. 歌っている場面はいつ
  5. どこで語られているか
  6. いつのことについて語られているか
  7. 語り手と聞き手はどういう関係?
  8. 語り手はどんな状況
  9. 聞き手はどんな状況?
  10. 1コーラス目と2個ラース目の関係はどうか?時間は経過しているか?語りの内容や語り手の態度に変化があるか?間奏のあとは前と同じか、それともなにか違っているか?
  11. どんなストーリーか
  12. 語り手から聞き手へのメッセージは?
  13. ★他のアーティストの作品で似ている内容を歌っているものはないか?同じ態度の楽曲はないか?歌詞の引用はないか?
  14. ★「修辞技法」をチェックせよ。
  15. ★比喩はどうつかわれているか、擬音は使われているか?
  16. ★対句、縁語、かけことば、枕詞、句切れ、本歌取り、引歌、倒置、体言止め、見立て、擬人法、命令、呼びかけ、折り句、もののな、押韻、反復など、和歌や俳句で使われる技法は使われてないか?
  17.  ★母音、子音の使い方に特徴はないか?
  18.  ★内容や状況に疑問を感じる部分、違和感がある表現はないか?

メロディー、音楽、サウンド

  1. ★形式(AABB、AABBCCなど)
  2. ★コードやその進行は単純か複雑か
  3.  ボーカルの声質と唱法はホット?ウォーム?クール?
  4. 歌詞のないボーカル、掛け声等使ってるか
  5. コーラスの使用、性別等
  6. コールアンドレスポンスの使用
  7. ★「フック」、特徴的な音楽的工夫
  8. 前奏・イントロ
  9. ★オブリガート、フィルイン等
  10. 間奏
  11. エンディング
  12. ギター
  13. ドラム
  14. ★ベースライン
  15. ★その他アレンジの特徴
  16. メロディーの形。メロディーラインは上向き?下向き?
  17. メロディーラインの最高音はどこにある?それは歌詞とどうむすびついている?
  18. 全体のサウンドで感じられるエネルギーの頂点は?逆にエネルギーが弱いところは?それは歌詞と同関係がある?
  19. ★他の楽曲の引用はないか?影響を感じるアーティストや楽曲はないか?
  20. ★同じジャンルの10年前、20年前の楽曲との違いはなにか?
  21. ★録音サウンドに特徴はないか?
  22. カバーの場合、原曲とどうちがうか?変更にはどんな効果があるか?なぜその曲をカバーしたか。リスペクトかパロディーか。時代的背景・音楽的背景の違い。

効果、メッセージ

  1. 語り手が感じていると思われる感情
  2.  ボーカルスタイル、サウンドと歌詞はマッチしているか?
  3. 歌詞の語りの聞き手に引き起こされると期待されている感情
  4. 楽曲のリスナーに引き起こされると期待されている感情
  5. 性的な含み
  6. ★ダブルミーニング
  7.  ★政治的・宗教的メッセージはあるか?
  8. 言葉遊び
  9.  皮肉、からかい、ユーモアは含まれるか?
  10.  調子は高い?低い?
  11.  シンガーと語り手の価値観を推測できるか?
  12.  語り手はなにを求めているか?
  13.  語り手は聞き手/リスナーにどの程度自分の言うことを理解してほしいと思っているか?
  14. 解決されない謎、邪推等
  15. 作詞作曲者・シンガーからリスナーへの直接のメッセージ
  16. 作詞作曲者・シンガーからリスナーへの間接的なメッセージ

 


実はこれはビートルズの初期曲を聞きながら、私はなにを聞いているかを考え見たんですわ。表にするとしたPDFのようになる。これ、私自信も確認しておどろいたんですが、Love me do → Please Please me → She loves you → I want to hold your handっていう最初期の4局はそれ自体が一連の流れの上にあるんですね。そう指摘されれば当然だと思うと思うんですが、でも私自身がそれはぼんやりとしか理解してなかった。表の威力はすごいです。

 

 

 

 

 

 

 

 

ちょっと面倒で音楽特有のおもしろさは、作詞・作曲・シンガーと語り手とその語り手の相手とリスナー、といろんな立場から楽曲をみないとならんところですね。特に(a)語られてるひとと(b)歌を聞いてるひとの区別はどういう表現使えばいいのかもうちょっと考えたい。

ポップ音楽でリテラシー (1) 本を読んで

学生様と話をしていて、好きな音楽の話なんかを聞きたいわけですが、うまく説明できる人はそれほど多くないですね。「よい」「好きです」ぐらいで、なにがどうよいのか、どこがどう好きかを説明できる人はあんまりいない。というか、歌詞や曲をよく聞いてないというわけでもないと思うんですが、分析的に聞いたり説明したりすることはなかなか難しいものです。

とかって考えて、そういうので卒論を書きたいという学生様もいたりするので(うちはそういう学部)、ポップ音楽の鑑賞法とか分析法についての本を探しているのですが、日本語ではなかなかないもんですね。英語ならあるかなってんで探しているうちに、Practical Media Literacyって本をKindleでめくってみる機会がありました。

 

 

これは中学や高校ぐらいのクラスルームで、各種のメディアをクリティカルに見る方法を考えながら教えようっていうクリシンの本ですわ。Musicの項目を見てみると、下のような感じ。ちょっといろいろおもしろいと思いました。

まずポップ音楽ってのが特定のリスナーをターゲットにした産業のプロダクションである、って説明するんね。たしかに楽曲の作成からマーケティングまで考え抜かれている業界ではある。単に楽曲だけじゃなくPVや売り方まで含めた商品なのだ。

んで次にジャンルの説明をする。ジャンルっていうのは特定のターゲット層に向けて、その期待にそうようにわけられてるんですよ、と。たとえばハードなギターロックだったら学校に退屈しているミドルクラスのティーネイジャーとか、ボーカルも典型的には白人男性である、と。ヒップホップだったら社会に困難な若者で典型的には黒人巨体ラッパーとDJとか、まあそういうことね。うんうん。ジャンルっていうのは、その顧客であるリスナーが「こういう音だよな、こういう感じを与えてくれるだろう」ってんで手にとるように、その期待に会うようにできてる。

あとちょっとだけサウンドについて触れて、とりあえず実践しましょう、ってな方向にすすむ。んでクラスルームでやるのは、1曲好きなヒット曲を聞いて、練習問題を考えましょう、みたいなの。

  1. ジャンル(カテゴリー)を考える。
    どの要素によってそのジャンルに分類したか。楽器、ボイスの感じ、曲の長さ、テンポ。人種、年齢、性が違うと別のジャンルになるか?選んだ曲の何が自分にアピールしたか。

  2. 歌詞を考える
    曲を聞き歌詞を読んでどういう感情になるか。ハッピーか、悲しいか、怒りか。歌詞とシンガーの歌い方はマッチしているか。音楽は歌詞や歌い方とフィットしているか(悲しい歌詞なのにアップテンポということもあることを指摘)。メッセージを聞いてどういう感じになるか。歌詞によって語られているストーリーに共感するか。リスナーにアピールするためにどう書かれているか。反対の意味になる歌詞を自分で書いてみよう。

  3. 楽器法や曲の構成を考える
    使われている楽器、全体の感じ。曲の構造をメモする。印象に残る「フック」があるか。繰り返しのセクションがどういう感じをもたらすか。頭にこびりつく感じがあるか。ダンスしたくなるか眠りたくなるか。ハッピーにするか悲しくするか。同じジャンルの20〜30年前の曲と比べるとどうか。プロダクションのスタイル、楽器用法、アレンジは変わっているか。なぜ、どのように変わっているか。

  4. ターゲットのリスナーを考える
    誰がターゲットか。アーティストのルックス、ファッション、態度は歌の感じに影響を与えているか。年齢、人種、性が違っていると違う感じになるだろうか。別の人はその曲を違ったふうに解釈するだろうか。メッセージはポジティブなものかネガティブなものか。

  5. マーケティングを考える
    架空のアルバムのカバーを考えてみる。ジャンルやターゲットリスナーのライフスタイルを考える。

とかそういう感じ。なるほど、おもしろいですね。われわれポップ音楽好きはこういうのは言われなくてもいろいろ考えるわけですが、中高生、あるいは学部生ぐらいだと、こうやって明示的に質問された方がわかりやすいし、意識的に聞くってことに自覚的になるでしょうね。リストや表の形にしておくんですね。いろんなのが作れそうだ。

んで、いろいろ考えたこととか発表したりディスカッションしたりするんでしょうね。これは中高向けかもしれないけど、いずれ私の1〜2回生ゼミの学生様にもやってみてもらおうかという気がします。もうちょっと突っ込んだ問いを設定したいけど、最初はうえみたいな感じかなあ。

上の本全体は、インターネット(Web/SNS)、テレビ、映画、ストリーミング、音楽、ニュースメディア、ヴィデオゲーム、ラジオとオーディオ関連、写真と主要メディアについての簡単な説明と練習問題があって、最後は広告なのね。なるほど、そいうことか、これぞクリシンだ!みたいな。

ちょっとおもしろい鉱脈がここらへんにありそうな気がしています。

 

 

 

 

Air Playで学生様にプレゼンしてもらう

プレゼンやグループワークにはKP法(紙芝居プレゼンテーション)が素敵で効果的なのですが、写真などを使ったスライドの発表も魅力があるものです 1)1回生で「あなたの活動や好きなものを紹介してください」みたいな練習をしました。。でも、パワポやキーノートやPDFのファイルをやりとりするのが面倒なんですよね。「PDFでメールで送ってください」とかって言っても.pptで送ってきたり、「USBメモリでもってきてください」って指示しても「忘れてきましたー」とかってことになる。

使っていない古いApple TVが1台あるので 2)Amazon FireTV Stickに乗り換えたから、それを接続してAir Playで学生様の個人iPhoneからやってもらうとなんか「すげー」とか喜んでました。まあなんか先進技術な感じはありますわね。まあ子供だましな感じもあるけど、そういうIT技術とかに興味をもってもらうにはいいかもしれない。

別段ティップスはない。認証はパスワードではなく数字出すやつにして、あと「危険なのでLINEの通知バナーは切っておいてください、いきなりへんなメッセージ出ると危ない」ぐらいか。これ指示すると、「機内モード」にしてしまって接続きれちゃったりします。学生様は機内モード使い慣れてるんですね。

問題は当然Android端末の人は使えないことで、対策ないかとさがしてたらMiracastってのがあるらしく、最新のAmazon FireTV Stickならちょっとお金を出すとAndroidからもiPhoneからもいけるようですね。来年ぐらいに試してみたい(今年はもうやるつもりがない)。

自分の講義でも基本的にApple TVで接続しようかとは思ってます。

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1. 1回生で「あなたの活動や好きなものを紹介してください」みたいな練習をしました。
2. Amazon FireTV Stickに乗り換えたから

クリッカーの代わりにGoogle Formsを使おう

一時期、大学の授業中にクリッカーを使って学生様からアンケートのようなものをやろうという動きがありましたが、クリッカーは高いし設定に手間かかるし配布と回収がたいへんだしでぜんぜん普及しませんでしたね。そう思ってたのです。(某学会のデモでもうまくいかなかったし)

いまは学生のスマホ+Googleのフォームズです 1)前にも書いたんですが https://yonosuke.net/eguchi/archives/6292 。簡単に手順を説明します。

  1. Googleのアカウントをとる。ふつうみんなもってますね。

  2. https://www.google.com/intl/ja_jp/forms/about/ にアクセスして認証します。

  3. プラスのボタンなど押して質問紙を作成します。


4. 右上の「送信」ボタンを押します
5. 上に三つならんでいる真ん中のリンクのボタンを押すと、URLが表示されます。「URLを短縮」もチェック


6. クリップボードにコピーします。

  1. https://www.cman.jp/QRcode/ のようなQRコード作成サイトを開きます。「QRコード 作成」で検索するといろいろあります。
  2. さきほどのURLを貼り付けてQRコードを作成します。

  3. できたQRコードをスクリーンに投影しただけで学生様はスマホでよみとってくれます。

  4. 江口こういうフォームとQRを3種類ぐらいつくっておいて、紙にプリントアウトして学期最初の授業で配布しておきます。

  1. 授業中に「それではいつものQRの紙からアンケートA」やってください、などと指示します。学生様はスマホでQRコードを読む方法をすでに知ってますので説明は必要ありません。
  2. できればプロジェクタにつないだパソコンから、もとのフォームを表示します。「回答」を開くとこんな感じにリアルタイムで表示されてもりあがります。自由記述もできますし、学生様のスマホ入力は非常に早いのでそこそこいろんなことを書いてもらえます。

以上。

 

ここらへんにも記事ありました。

References   [ + ]

1. 前にも書いたんですが https://yonosuke.net/eguchi/archives/6292

スピーチ評価用紙を作り直した

前に「少人数なら学生様にショートスピーチしてもらう」ていう記事を書いたのですが、その続き。

この前ね、大学コンソーシアム京都ってのの仕事振られて、インターンシップ生の面倒を見るって仕事したんですわ。これはいろいろ勉強になりました。

各大学(おもに私立中堅校)からの学生様が集まって2日ぐらいみっちりゼミのような形でインターン行く業界や会社について調べて発表したり、マナー講座受けたりして、コンソーシアムが契約している企業様のところで2週間〜3週間ぐらい勉強させてもらっていうやつです。

私はどういうわけかホテル業界の学生様たちの面倒を見ることになって、ちょっとだけ私も勉強しました。おもしろいですね。

んでこの前研修後のゼミがあって、そこでインターン先でやってもらった座学セミナーの資料も見せてもらったんですが、これもおもしろかった。その資料を作った某社の部長さんは二度お目にかかったんだけど、もう業界のプロフェッショナルって感じで迫力がある。見識とか大学でも学部長クラスだな、みたいな。

んでその資料見たら、やっぱり「第一印象は大事」とか「笑顔や姿勢や発声の練習しろ」「訓練に1分間スピーチビデオにとって評価しろ」とかの教示や訓練があって、あれ私と同じことやってるな、みたいにちょっと自信がつきました。

んで前に書いてたスピーチ評価用紙も、これまた前に書いた出来具合表(ルーブリック)の考え方で作り直してみたり。

まあこういうの、なんで私がやってんだという気もするわけですが、学生様にとってはやっぱり死活問題だし、そういうのができるようになると勉強のディスカッションもうまくいくようになるだろうと思うし。てか、正直なところ、話し方ができないうちはディスカッションもできなくて苦しんでるところもあるわけです。そういうんで、1・2回生ぐらいでも前期・後期の最初の方ではそういう訓練しないとね、ってな感じ。

まあ実際につかってもうすこし試行錯誤する必要があるけど、PDFとPagesのファイル置いとくので、必要なひとは適当に使ってください。

スピーチ評価ルーブリック(PDF)

speech(pages)

 

A4で作ったけど、縮小してA4に2枚分印刷して裁断してできあがり。受講生*(受講生-1)の枚数を使うのでけっこう枚数必要になります。

 

汚い机の上が恥ずかしい

大福帳を自分で作ってみた

長いこと向後先生の大福帳テンプレートを使わせていただいていたのですが、学部・学科を書く欄がないのがちょっと不便だったので同じものを自分でも作ってみました。そんだけ。

大福帳20170915 (PDF)

Pagesで作ったので改造に必要なひとはファイルあげます。大福帳試作

新しいレポートの「指定の表紙」ニューバージョン

新しいレポートの「指定の表紙」で作ってみた表紙(できぐあい表/ルーブリックもどき)ですが、実際につかってみると使いにくいところがあったので期末用に新しいバージョンを作ってみました。

PDFはこちら。

https://www.dropbox.com/s/06asvsyiovx6l49/%E3%83%AC%E3%83%9D%E3%83%BC%E3%83%88%E8%A1%A8%E7%B4%992017.pages.pdf?dl=0

紙芝居プレゼンテーション(KP法)を試してみました

 

向後千春先生という、大福帳や文章の書き方その他の授業インストラクションで私が注目している先生がいらっしゃいまして、メルマガ、じゃないや、有料noteなんかも参考になるので、悩める大学教員としてお布施しています。

そのなかで紙芝居プレゼンテーションっていうのを使って授業してるっていう話があって、先生がやってるなら参考にせねばとyoutubeとかで見てみたんですわ。発案者の川嶋直先生直伝の動画がある。

なるほどこれはおもしろい。

私は発想が柔軟じゃないので、人前でプレゼンといえばPCのスライド、みたいなのになってしまって、前に「読書紹介をプレゼンしてもらう」みたいなのでもあらかじめパワポとか作ってもらってやってたんですが、どうもみんなスライドに書き込み過ぎだな、みたいなのは感じてたのです。あと、話したあとにディスカッションとかするとき、スライドを前にやったり後ろにやったりしてうざい。事前準備が必要だし、メールその他でのファイルの受け渡しとかも面倒。

このKP法だと1枚にたいして書けないので、余計なことを抜いて要点だけ書くようになる1)いわゆる「高橋メソッド」ぽい感じに。 。それに、使った紙芝居をその場に残しておけるから、上のような問題が一気に解決しますわね。それになにより、面倒なこと考えずにすむ。

ちょうど今年どういうわけか京都の大学コンソーシアムってのがやってる企業インターンシップ事業とやらにかりだされてしまっていて、京都の複数の大学の3回生ぐらいの人々の相手を数回しなきゃならんのですが、プロジェクタとか使えない教室だし、1回目のゼミでなにするかこまってたので、この方式で自己PRとかやってもらうのをおもいついたんです。

まず名前その他は一回簡単に自己紹介してもらい、3〜4人のグループに分けて、「それぞれの効果的な自己アピールを考えてください、アピールは根拠がないとだめだから、どういう実績やエピソードを使ったら効果的か、グループの人に評価してもらってください。紙芝居プレゼンという形式でやります、それに何書いたらいいかも相談してね」みたいな指示をだしてグループ作業してもらって、んで発表。

けっこうもりあがりましたね。まあ学生様たち元気で作ってるときも発表も楽しそうで、コンソーシアムの人がわざわざ広告用の写真撮りに来ました。このKP法の説明自体、私がみんなの前でマジックで紙芝居書きながら説明したんですが、彼らは私よりはるかにうまい。

とにかく紙とマジックとマグネットさえあればいいし、なにより、パソコンなくてもその場で作れるのがよい。ホワイトボードに手書き、とかだとけっこう時間がかかっちゃうし。おもしろいので今後パワポはやめてこれでやろうと思います。

References   [ + ]

1. いわゆる「高橋メソッド」ぽい感じに。

新しいレポートの「指定の表紙」

 

昔「レポート提出の工夫: 「指定の表紙」」ってのを書いたんですが、これ前にも書いたように、学生様は適当にチェック入れてくるんでなかなかうまくいかない。世の中の教育熱心な先生たちは、「ルーブリック」っていうのを作ってるらしく、参考にして新しい「指定の表紙」をつくってみました。

日本高等教育開発協会のルーブリックバンクにあった、大阪府立大の深野先生のものを下敷きにさせていただきました。ありがとうございます。

「ルーブリック」ってなんなのか、いまだによく理解してないので、これがそれなのかなのかどうかは知らん。でも「ルーブリック」っていう名前は本当に私はこういう用語を使う人々をあんまり信用してないっていうか。評価表とかチェック表とか、某先生が言ってたように、「できぐあい表」とかそういう名前でいいじゃんとおもうんだけどどうだろう。

 

 

ゼミも分割して統治する

いや統治じゃなかった。

少人数なら学生様にショートスピーチしてもらう」でも書いたように、ゼミでは最初に30秒とか1分とかのスピーチしてもらうのやってますが、1,2回生で15人ぐらいいると、それだけでも学生様にとってはけっこうな負担みたいですね。やってりゃ慣れるんですが、最初は抵抗あるっぽい。

この春先に試してみているのは、スピーチのネタ(たとえば「自分の長所をアピールしてください」)を提示したあとに、そのネタについてなにを話すか、どういうエピソードを出すか、ってのを、3〜4人で相談してください、時間残ってれば時間測って練習してフィードバックをもらってください、のような形です。

15人の前で話すっていうのは学生様にとっては少人数ではないんですわ。よく考えると、大学教員だって20人とかを越えるとかしこまった話し方になって何を言ってるかものすごくわかりにくくなる人がいますよね。学生様も、3,4人ぐらいだったらOK。

「長所をアピール」では特に、「長所っていうのはいろいろあるよ、まず長所を表す言葉のリストとかを紹介します」とかって話をしてから、「自分にあてはまるの2、3個見つけて、それに対応するエピソードをかんがえてみてください」「それを3人組でそれぞれ相談してみて、うまくはまってるやつをえらんでもらってちょ」みたいな感じ。

10分ぐらいあればだいじょぶそう。それで3人ぐらいで一回練習してもらってから、んじゃ15人の前でやりましょう、だとかなり抵抗が少なくなるみたいです。よく「アクティブラーニング」の本に出てくるアイスブレークのゲーム・作業のかわりにもなる。

「長所」に関して昔書いたエントリは下。まあ同じことばっかり書いてる。就活でやらなきゃならんし、まあ自分の長所を理解しておくってのは自尊心にとっても大事なのでね。

少人数ゼミの最初は例年通り

今年も始まってしまいました。実は事情によって1週間ほど遅れてなんだけど。補講どうすっかな。まああとで。前期はちょっと苦手な1回生基礎演習がないのがうれしい。

少人数ゼミ(2,3回生)は例年通りの感じでスタート。例年どおりっていうのは、学生様に「話し方」「聞き方」「プレゼンの仕方」みたいな本を貸し出して、3〜4枚のスライドをつくってもらい、それを使って「聞き方」「話し方」「第一印象」「プレゼン」などについてのハウツーを説明してもらうっていう感じ。

私自身が(特に)少人数のときの聴衆の態度みたいのに過剰に敏感で、「もうちょっと態度よくしてくれないと話しにくいなあ」みたいなことがあるので、とりあえず「聞いてますよ」みたいな態度をと形だけでもとるにはどうするか、っていうのを最初にチェックしておきたいわけです。あと自分でプレゼンする側になってみると、学生様たち自身もどういう態度をとってもらうと楽かっていうのがわかるし。

一人3分ていう割り当てなので、まあたいしたことはできないけど、別々の本からほんの一部分適当なところを紹介しただけでも、「この手の本は、まあみんなだいたい同じことが書いてあるのだな」みたいなのも理解してもらえるし。

本はまあなんでもいいんだけどね。『論理的に話す技術』『聞く力 話す力がたちまち身につく40の技術』『話し方超整理法』『論理的にプレゼンする技術』とかまあ、ほかにも大量にある。まあそういうハウツー本という世界というのもあるのだ、ということも知ってもらえる。

もうちょっとアイスブレーク的ゲームみたいなのから入ろうかとも思ったんだけど、あんまりうまいのを見つけてないです。正直、アイスブレークらしいアイスブレークは私には抵抗があってはなんかむずかしいわね。まあぼちぼち。

実際、2回生ぐらいだと、まだどういう態度で人の話を聞いたらいいのかっていうがよくわかってないので、そこらへんがポイントですかね。3回生はもっといろいろ勉強させたいんだけど、2回生ぐらいはそういうしつけみたいなのにけっこう時間使ってしまいます。

Google Formsで講義中にアンケートを取る

実はちと病気して休んでたのですが、昨日あたりからちゃんと働き始めますた。一部の方々にはご心配をおかけしました。感謝感謝。

んで、講義科目もアクティブラーニング()、ってんでいろいろうるさいわけで、私もがんばっております。

まあそういうのは私自身はあんまりあざといのはするのもされるのも嫌ですが、趣旨はわかるのでなんとかしたい。そもそも1時間半ずっと私の話を聞いてもらう、とか無理だし。

今日試したのは、しばらく前に某先生から教えてもらったGoogle Forms。受講生から簡単にアンケートがとれるというので使ってみました。ちょっと前に「授業にクリッカーを導入しよう!」みたいな話があったんですが、あれはデモを見ても、他の先生が授業で使おうとしているのをみてもうまく動かないのでとても使う気がなかったのですが、学生様が使い慣れているスマホなら大丈夫だろう、ってなことを思ったわけです。学期の最初の方なら失敗してもまあ許される感じもあるし。

Formsを使うのの問題は、まず、そのURLをどうやって示すかってことですわ。今回は、自分のサーバー(さくらインターネット上のWordpress)にパスワードつきの授業ページを作り、そこからあらかじめつくっておいたForm(回答は匿名、認証せず)のHTMLを埋め込み、そのページへのQRコードを紙で配布すると同時にスライドにもQRを示す、みたいなことをやってみました。

「それじゃ、さっきのQRからページ飛んでください」とやると、200人以上が一気にアクセスしたためか、サーバーエラーが出てちょっとあせりましたわ。さくらが弱いのか、安いプランで借りてるからか。まあWordpressは重いので、一気にアクセスするには向きませんね。

しかしまあ順次アクセスできたようで、数分後にはOKになりました。まあアカデミックにはほとんど意味がないアンケートですが、学生様たちは他がどう考えているのかには興味があるようです。挙手っていうのはやっぱり抵抗があるみたいだし、こういう形はそんな悪くない。教員が喋りまくってるときの息抜きにはいいです。

でもまあとにかく、この手法ではちょっと事故が起こる可能性があるので使えません。

そのあと考えていたのはこうです。Google様のサーバーは当然さくらインターネットよりずっと強いはずなので、直接Google様にお参りする方がよい。ではどうするか。

いまのアイディアはこうです。

まず質問内容が空白の、2択、3択、4択、自由記述、のようなフォームを作っておいて、その4個ぐらいのURLをQRコードにした紙を配る。

授業中に話をして、ここらへんでアンケートとりたいな、と思ったところでステージ上でGoogle様を編集する。他に選択必要ないですか、とか学生様に聞いたりもする。

「いま編集したので、上から3番目の4択のQRを読んで投票してください」

とやる。ニコ生で時々やってる感じですね。

私は興が乗ると1時間ぐらい一人で喋ってられますが、これは実はよくなくて、学生様を圧倒している感じがあるので、それくらだらだら作業しているところを見せて間をとってもいい気がするし。

この方法を次やってみて、また報告したいと思います。


その後、もっとよく考えたら、どうせ編集はたいした手間かかるわけではないので、URLはForm向けた一個だけでいいですね。2択を3択や4択にするのなんか簡単。いろいろ余計なことをかんがえてしまうものです。

最近の私は倫理学入門の最初のツカミに何を使っているか

まあ全国の倫理学系教員が、入門講義のツカミをどう入るかなあと考える季節ですね。まあだいたい倫理学系の教員はツカミだけはがんばる。あとは難しくてぐだぐだになっちゃう人は私を含めて多いと思うけど。

一時期導入にはみんな(マイケル・サンデル先生流の)トロッコ問題使ってたんではないかという気がする。私も3年ぐらい使ってたかな。

こんなんです。

【分岐線】一人の男が線路脇立っていると、暴走列車が自分に向かって突進してくるのが目に入る。ブレーキが故障しているのは明らかだ。前方では、5人の人達が線路に縛りつけられている。なにもしなければ、5人は列車に轢かれて死ぬ。幸い、男の傍らには方向指示スイッチがある。そのレバーを倒せば、制御を失った列車を目の前にある分岐線に引き込める。ところが残念ながら、思いがけない障害がある。もう一方の分岐線にはひとりの人が縛りつけられているのだ。列車の進路を変えれば、この人を殺す結果になるのは避けられない。どうすればいいだろうか?(デイヴィッド・エドモンズ、『太った男を殺しますか』、太田出版、2015、pp.19ff.)

私自身はこれ使うのは今は飽きてるし、ちょっといろいろ使いにくいところがあるから避けてる。

まあ「とにかく多くの人数を救うならスイッチ切り替えるんだけどねえ、でもそうじゃない意見があって〜」っていうふうにして、いきなり義務論とかそういうのがあって、みたいな話になってしまうことが多いし。この事例が最初に考えられたときの問題意識の対象の二重結果だの意図と予見だの、消極的義務/積極的義務だのていうのはけっこう抽象的でたいへん。

それに学生様にこの問題考えてもらおうとすると、職務上の責任とか一般人の責任とか、人間の生命の価値だとか、過剰に複雑な問題を含んでいて扱いにくいってのが一つ。「私はそのスイッチ切り替える義務のある仕事してるんですか?それともただの通行人?」みたいなの、たしかにきになるのもわかる。

私が一番こまるのは、仮想的すぎて学生様がそういう選択に場に置かれるっていうのがどういう感じか想像したり実感したりしにくいってことね。エドモンズ先生が、この暴走列車問題に対応する過去の現実の事例としてあげている、「ドイツのミサイルの被害を防ぐために、ロンドン南部の人々を意図的により多くの危険に晒すことは許されるのか」「日本との戦争を終わらせるために核攻撃するのは許されるのか」「海に落ちた乗組員を見捨てて潜水艦に爆雷落としていいか」みたいなのって、われわれ一般人が考えることじゃなくて、えらい人々の話っしょ、みたいな。大統領とか沖田艦長とかそういう人が考える事の世界。

んじゃどうしているかっていうと、ここ2,3年はバッジーニの「誰も傷つかない」つかってる。ははは。

【誰も知らない】スカーレットは自分の運のよさが信じられなかった。物心ついたときから、ブラッド・デップはあこがれの男性だった。それがなんと、スカーレットは今、バハマの人里離れた場所にあるブラッドの別荘にいるのだ。この別荘のことは、パパラッチさえ知らない。ひとりで海岸を歩いていたとき、スカーレットはブラッドから飲み物を勧められた。そして、ふたりで話すうち、彼が想像どおり魅力的な男性であることがわかった。やがて、ブラッドから、この数週間ずっと、少しばかり寂しい思いをしていたことを打ち明けられた。そして、職業柄、秘密にしなければならないが、一晩いっしょに過ごしてくれればすごく嬉しい、とも言われた。問題がひとつだけあった。スカーレットは結婚していて、夫を心から愛している。でも夫は知らないし傷つかないのだし、知られることは絶対にない。スカーレット自身は夢のような一夜を手に入れ、ブラッドはちょっとした楽しみを味わうだろう。それぞれが現状維持か、それ以上に豊かなときを過ごすのだ。苦しむ人は誰もいない。得るものが非常に多く、失うものは少ないというのに、ベッドへと誘うブラッドの魅惑的な瞳に抗う必要など、はたしてあるのだろうか?(ジュリアン・バジーニ、『100の思考実験』、向井和美訳、紀伊國屋書店、2012 pp.360ff)

これはまあどういうひとにもある程度身近な問題としてイメージすることができるんじゃないかと思う。もちろんヒュー・グラントやエミリー・ラタコウスキー先生とそういう感じになることはまずないけど、近い経験ってのはあるかもしれないし、なくてもそういう妄想がするのが好きな人々は少なくないだろう。こういうの使うからセクハラ先生と呼ばれることになるわけだが。

バッジーニ先生はこのシナリオで「信頼」の話をしようとしてるっぽい。
まあ他にも貞操とか性道徳とか、嘘とか、利己性とか、人間としての幸福の話とかにもひっぱっていきやすいので、半期の講義を通して何回か使える。

それから、こういう思考実験シナリオを読むときの注意みたいなのもやりやすいんよね。最初に、「それでは渡した紙に適当でいいので自分だったらなにを考えるかかきとめてください、あとでまとめて紹介します」みたいにやる。

ここで、フランクリンの例の損益表の話もすることが多い。アメリカ建国の父ベンジャミン・フランクリン先生が、化学者のプリーストリー君にオヤジアドバイスをした手紙のやつね。この「書き留めて考える」は学生様にはぜひ修得してほしいし。

君がアドバイスをもとめた問題については私は前提条件を十分に知らないので、どうしたらよいか助言することはできない。しかし、もしお望みなら、どうやって決断すればばよいかをお教えしよう。こういう難しいことが起こるとき、問題が難しいのは、賛成と反対のすべての理由を心に一度に思い浮かべておくのが難しいからだ。一つのことが頭に浮かんでいるとき、他のことは視界から消えてしまう。さまざまな目的とか欲望とかが次々に心に現われては心をいっぱいにして、私たちをとまどわせるのだ。こういう困難を克服するために私がやるのは、一枚の紙を二つの列に分けて、片方に賛成意見を、片方に反対意見を書き出すことだ。つぎに数日かけて、いろいろな見出しで賛成の側、反対の側それぞれに、理由を追加していくのである。こうしてすべて書き出したのちに、それぞれの重みを検討してみる。同じくらいの重さのものを両方に見つけたら、両方に線を引いて消していく。2つの理由が反対の3つの理由に見合っていると思えば、その5つ全部を消すのだ。こうして続けていくと、やっと天秤がどちらに傾くかがっわかるのだ。そして、一日二日したあとで、もう何も大事な新しいことが思いつかなくなったら、もう決断することができる。理由の重みは数学の計算のように正確なものではないが、こうして別々に比較してみて、全体を目にすれば、私はまずまずうまく判断できると思うし、せっかちにまちがった判断をせずにすむ。実際私はこうした計算からずいぶん恩恵を受けたものっだ。私はこれを道徳的算数とか思慮の算数とか呼んでいる。君が最善の決断ができることを願っている。

A4紙1枚渡しといて、「縦に線ひいて、左に賛成、右に反対って書いてちょ。ProとConとか書いてやってるの洋画で見たことあるっしょ、Proは賛成でConは反対ね」とか。

「えー、さて、「あなたならどう考えますか」ってさっきお願いしましたが、実はこれ必要な条件足りないことにきづきましたか?なんか思い込みはないですか。」たとえば、スカーレットは何歳だと想像しましたか?20歳?40才?70才?30才と80才だと全然ちがう?なんでちがうの?」「そもそもスカーレットは女性だって書いてないけど、女性ですか?」「うわー!」みたいな。

「旦那との関係は良好なのでしょうか。旦那が常習浮気太郎や風俗マニアだったらどうですか。10年間セックスレスだと判断は変わりますか」「子供の有無が重要なのですか、へえ」とかであおってから、「んじゃ隣の人と相談して、さっき書いたやつにそれを付け加えてください。おもしろい意見は来週みせます。できた人から終了」ぐらいで終了する感じ。「スカーレットはこれ以前にもいろいろ浮気してたらどうですか」もやるな。学生様は「うえー」って顔をしている。セクハラかもなあ。まあ1回生にはできないけど、2,3回生配当だから許されるか。

んでこっからいろんな方向にいけるけど、最近はとりえず利己性の話にもってくかね。ギュゲスの指輪をつなぎにして、心理学的利己性の話にもっていく。ソクラテス先生に向かって、取り巻きのひとりのグラウコン君が、結局人にバレないような条件のもとではどんな正しい人だって自分の好き勝手なことしようととするんじゃないか、悪いことをしないのはバレるのがこわいからなんじゃないか、って主張しているところね。

ギュゲスは、羊飼いとして当時のリュディア王に仕えていましたが、ある日のこと、大雨が降り地震が起こって、大事の一部が裂け、羊たちに草を食わせていたあたりに、ぽっかりと穴が空きました。彼はこれを見て驚き、その穴の中に入って行きました。物語によれば、彼はそこにいろいろと不思議なものがあるのを見つけましたが、なかでも特に目についたのは、青銅でできた馬でした。これは、中が空洞になっていて、小さな窓がついていました。身をかがめてその窓からのぞきこんでみると中には、人並み以上の大きさの、屍体らしきものがあるのが見えました。それは、他にはなにも身に着けていませんでしたが、ただ指に黄金の指輪をはめていたので彼はその指輪を抜き取って、穴の外に出たのです。

さて、羊飼いたちの恒例の集まりがあったときのことです。それは毎月羊たちの様子を追うに報告するために行なわれるものですが、その集まりにギュゲスも例の指輪をはめて出席しました。彼は他の羊飼いたちといっしょに座っていましたが、そのときふと、指輪の玉受けを自分の方に、手の内側へ回してみたのです。するとたちまち彼の姿は、かたわらに座っていた人たちの目に見えなくなって、彼らはギュゲスがどこかへ行ってしまったかのように、彼について話し合っているではありませんか。彼はびっくりして、もう一度指にさわりながら、その玉受けを外側へ回してみました。回してみると、こんどは彼の姿が見えるようになったのです。

このことに気づいた彼は、その指輪が本当にそういう力を持っているかどうかを試してみましたが、結果は同じこと、玉受けを回して内側へ向ければ、姿が見えなくなるし、外側へ向けると、見えるようになるのです。

ギュゲスはこれを知ると、さっそく、王のもとへ報告に行く使者のひとりに自分が加わるように取り計らい、そこへ行って、まず王の妃と通じたのち、妃と凶暴共謀して王を襲い、殺してしまいました。そしてこのようにして、王権をわがものとしたのです。

さて、かりにこのような指輪が二つあったとして、それでもなお正義のうちにとどまって、あくまで他人の物に手をつけずに控えているほど、鋼鉄のように志操堅固な者など、ひとりもいまいと思われましょう。市場からんなんでも好きなものを、何をおそれることもなく取ってくることもできるし、これと思う人々を殺したり、\ruby{縛}{いまし}めから解放したりすることもできるし、その他何ごとにつけても、人間たちのなかで神さまのように振る舞えるというのに!{\――}こういう行為にかけては、正しい人のすることは、不正な人のすることと何ら異なるところがなく、両者とも同じ事柄へ赴くことでしょう。

ひとは言うでしょう、このことは、何びとも自発的に正しい人間である者はなく、強制されてやむをえずそうなっているのだということの、動かぬ証拠ではないか。つまり、〈正義〉とは当人にとって個人的には善いものではない、と考えられているのだ。げんに誰しも、自分が不正を働くことができると思った場合には、きっと不正をはたらくのだから、と。これすなわち、すべての人間は、〈不正〉のほうが個人的には〈正義〉よりもずっと得になると考えているからにほかならないが、この考えは正しいのだと、この説の提唱者は主張するわけです。事実、もし誰かが先のようななんでもしたい放題の自由を掌中に収めていながら、何ひとつ悪事をなす気にならず、他人のものに手を付けることもしないとしたら、そこに気づいている人たちから彼は、世にもあわれなやつ、、大ばか者と思われることでしょう。ただそういう人たちは、お互いの面前では彼のことを賞賛するでしょうが、それは、自分が不正をはたらかれるのがこわさに、お互いを欺き合っているだけなのです。

(プラトン『国家』359D以下、翻訳は藤沢令夫訳の岩波文庫、プラトン『国家』上巻、pp.108-110。)

バレない指輪があれば星野絵音先生や川谷源先生からのお誘いに乗ってもいいだろうか、みたいにして話が続く。んで、その前に、「でもその前に、そもそも人間って利己的なもんで、愛だの恋だの友情だの正義だのっていってるけど、「結局考えているのは金と食い物とセックスのことだけだ」みたいな考え方があるからそっからはじめましょう」とかってのでツカミは十分だと思ってる。

大学生向けビブリオバトルもどきの工夫

ビブリオバトルというのがあって、中学高校で実践している学校もけっこうあるようで、大学の低学年ゼミでやってる人も多いのではないかと思います。私も何度かやってみました。公式サイトはこちら。(このエントリを書いてしばらくしてから気づいたのですが、「ビブリオバトル」は公式ルールのある書評ゲームなので、公式ルールを外れたものを「ビブリオバトル」と呼ぶことは問題がありそうです。こういうものを創発し普及させている方々への敬意を評するために今回はタイトルに「もどき」をいれることで許してもらいたいと思います。)

でもこれ、大学ゼミでやるものとしては意外にうまくいかないんですよね。気づいた原因はいくつかあって、一つは「本を(自由に)紹介する」というと紹介する本というのはだいたい小説などのフィクションになり、あらすじを紹介して、「すごく感動したので読んでください」とかでおわってしまう。あらすでさえ、ラストまで説明するのに抵抗があるらしいし、ミステリーとかならなおさら紹介できないですよね。そもそもフィクションのおもしろさはあらすじにあるのではない、というのもこの年齢層の学生様にはわかりにくい。

もう一つは、ふつう見本としてyoutubeにある「全国大学ビブリオバトル」のビデオなどを見せたりするわけですが、これ見たあとだと、本をあの形で片手にもって感動的な「青年の主張」をする、みたいなかんじになってて、すごく難しいし、「すごくおもしろい」「感動しました」ばっかりでつまらないし私そういうの好きじゃないし。本の内容よりもプレゼンのうまさを競う感じになるし。

というわけで工夫しているわけですが、最近うまくいってるなと思うのは、

岩波ジュニア新書から好きなものを選び、その内容をスライド5枚程度で紹介しろ

みたいなやつです。これはそこそこおもしろい。大学生なんだからパワポぐらい使っていいじゃん。図も出せるし。

最初は「この本には〜が書いてあります、おもしろかったです」みたいな紹介になってしまうのですが、「いやそうじゃなくて、その面白かったところ、それも有益な情報、いままで知らなかった目新しい情報、具体的なハウツー、著者のオリジナルな主張など、一点に絞って紹介する方が効果的だしみんな勉強になる」みたいな説教をしてもう一回やりなおすわけです。投票も、そもそもその書籍の情報量や情報の斬新さ興味深さみたいなのを評価する形になるのでカドも立たない。

それから、必ず著者の紹介をしろ、と。いつ出版された本なの、ネタが古くない?その「本に書いてある」ことを書いてるやつは誰やねん、何学者?どこの先生?どういう経歴のひと?すごく偉い人なの勢いのある若手なの?どういう立場でそのネタにどういう利害関係をもっているの?政治的な本だったりすると、その主張どおりにするとだれが儲かりますか?とか聞く。

その本を教員が読んでれば、その著者や読み方に対していくつか批判的なコメントをすることもある。

川村裕子先生の『平安女子の楽しい!生活』から「平安の女性は髪がすごく長くて〜な生活をしてました」って紹介してくれて、それはそれでおもしろいわけですが、「いやその平安の女性って、貴族の女性っしょ。そんな髪長い人はどれくらいいたろうか、邪魔だろう。それって有名な文章にのこってる一部の女性の姿よねえ」とか「平安時代に妻問婚みたいなのって、一般人、農民とかもやってたのかねえ、ほんとうかねえ、一緒に暮らしたくなかったのかね?それで子供育てられたの?」みたいな話もしたり。

あと、慣れてくると、たとえば串崎先生の『心は前を向いている』から、赤ちゃんは善悪がわかるかもしれない、みたいなところに目をつけて紹介してくれるようになるので、んじゃビデオ見ようってんで、その実験のハムリン先生自身が出て来るビデオを見たりもできる 1)このビデオは英語わからなくても、実験を見ると意味がわかって目がさめるような驚きがある。

ウェルズ恵子先生の『魂をゆさぶる歌に出会う』だったら、グルーブってなによ、youtubeで実際黒人労働歌やゴスペル探して聞いてみよう、ってできるし 2)この前はDJ大会やってしまいそうになって途中で止まるのに苦労しますた。 。もちろん学生様は最初は自分では動画引っ張ってこれないので教員がひっぱる必要があるけど、教員が検索している画面そのまんま見せると、どうやって情報ひっぱるのかいずれわかってくれると思う 3)ちなみにyoutubeの「あなたへのおすすめ」は他人に見せるには凶悪でいつも何見てるのかバレる可能性があるので、授業前にはログアウトしといた方がいいかもしれない。

岩波ジュニア新書自体おもしろい内容のことが多く学生様にはぜひ読んでほしいし、読んでない本についてはどんな話なのかだいたいわかるし一石二鳥三鳥。さらには、学生様がジュニア新書からどんなのを選んでくるかで、彼女たちの興味のあり方みたいなのも垣間見える。2、3回やるとどんどんうまくなるし話も盛り上がるようになってくるので、低学年ゼミもっててビブリオバトルやってるひとは試してみてください。

2、3年まえに図書館と交渉して岩波ジュニア全巻いれてもらって本当に良かった。まあ岩波ジュニアに限定する必要はないけど、広く「新書」とかってくくりだとかなり怪しいものや難しくて低学年の学生様の手に負えないものをもちこんできちゃうのは覚悟してください。

 

References   [ + ]

1. このビデオは英語わからなくても、実験を見ると意味がわかって目がさめるような驚きがある。
2. この前はDJ大会やってしまいそうになって途中で止まるのに苦労しますた。
3. ちなみにyoutubeの「あなたへのおすすめ」は他人に見せるには凶悪でいつも何見てるのかバレる可能性があるので、授業前にはログアウトしといた方がいいかもしれない。

少人数講義での発問と答

少人数の講義や購読などでは、ひとりでしゃべってても疲れるしうるさいだけでつまらないので、学生様たち自身からいろいろ質問や発言してほしいと願っている教員は多いものですが、何度も書いてるようにこれは教員にとって難しい課題です。

これまでも学生様向けにお説教をいくつか書いたりもしたのですが、まあそんなうまくいかないですね。

なんかこういうのではダメな気がする。3、4人なら話せるけど、10人を越えると自分から発言しようとする人はいなくなる。特に1、2回生は発言を恐れているような雰囲気さえありますねえ。まあ2回生ぐらいで勝手なことが言える人は将来すごく偉くなるんだけど、ふつうの学生様にはむずかしい。

これはいろいろな理由や原因が考えられます。いわゆる同調圧力というか、目立つのは悪いことだとか、「ちゃんとした質問」「ちゃんとした意見」を言う自身がないとか、教員が圧迫的だとか、教員が嫌いだからとかキモいからとか。

「人が話しているのを聞いてるときはつねにコメントや質問を考えておくものだ」みたいなのもあんまり効果がない。

なにより、まあ学生様というのはそういう自由度が高い場でなにを話せばいいのかよくわからんのですわ。我々教員・研究者はおしゃべりだしそういう場所に慣れているので、「せっかくのなに言ってもいいじゃん、せっかくの時間だし眠くならないようになんかしゃべっておこう」ぐらい思うわけですが、学生様はそうは考えない。

こういうとき、教員がぼんやり「質問ないですか」って芸のない発問するからだめなのだ、という考えかたもありますが、発問まで作りこまれた授業をいつもできるわけではないし、少人数のときはコストが高すぎる。もっと楽にやりたい。

むしろまあそういう、勝手なことをしゃべる基本的な動作、みたいなのが必要なんすわね。

私が最近試みているのは、「なんか質問ないですか?」って言われたら、「ありません」ではなく、とにかくオウム返しすればよい、ってのを理解してもらいます。

「〜というわけで、徳川家康はえらかったのです。……なにか質問ありませんか? ……そこの松平君どう?」

「ありません」

「保科君は?」

「なにもありません」

はつらい。とにかくオウム返しぐらいして、と。

「家康はえらかったのです。さて、コメントないですか? 真田君なにかない」

「家康は偉かったんですね」

「うんそうなんだ、さらに言えば、〜」

と、まあこういうキャッチボール、パス交換ができれば十分。もっと高度になれば、

「〜というわけで、家康はえらかった。コメントないですか?」

「つまり、家康がえらかったのは〜から、ということですか?」

「うむ、〜」

となればよい。「わかりました」「ありません」ではなく、相手の言ってることを自分で「つまり」などでまとめて返せれば大学生上級だ、みたいなことを言って、その訓練しようとしてます。

「〜というわけで、質問ないかって言われてなにもなければオウム返しすればいいのです、どうですか」

「……」

「これこれ」

「あ、オウム返しすればいいのですね」

「そう、それで十分」

ぐらいにはなる。効果はあるようなないような。でもこれ地道に繰り返してると、少しほぐれてくる感じねえ。

 

 

グループディスカッション雑感補足 (3)

メモだけ。

とにかく教員は学生間のディスカッションが盛り上がらない、と困るわけですが、私が考えているのは以下のようなこと。

まず我々教員が好きな敵対的なディスカッション、ディベート、みたいなのはふつうの学生様には無理で、ああいうのは攻撃的な特別な人々向きね。だれもがそうなれるわけではない。まずは勝手なおしゃべりさせることに慣れさせるべきだ。まあ私はディベート形式は好きではないし、今後もやらないと思う。

人数が重要。大学院や教員を長く続けていると20人ぐらいの会合はふつうで、そういう場所で議論することに非常に慣れているわけですが、学生様はそうではない。彼ら彼女らはお互いによく知らないのがふつうで、すぐに10人とか15人とかでディスカッションするというのは無理。また、まずお互いの名前や性質をおぼえさせないとならないわけで、それも15人いちどにおぼえるのは無理。

そういうわけで、最初は3〜5人ぐらいのグループに分割して作業させることを何度もくりかえす必要があるのではないか、というのが現在の見通し。んで「Aグループではどういう意見が出ましたか」のような問いかけをすれば話ももりあがりやすい。

理想的には、3〜4人のごく少人数のを3、4回やらせてから、7、8人の司会者が必要な人数のをやらせ、その上で10人なり15人なりのをやる必要があるんではないか、みたいな。

ただ、ディスカッションなりおしゃべりさせるにしても、最終的な目標がはっきりしている必要がある。目標というのは目に見える成果物である必要がある。そこで、「ディスカッションシート」「おしゃべりシート」のようなものを最終的に提出するといった目標を設定する必要がある。

 

 

 

大学教員は専門外のことにどこまでコメントしたり授業に組み込んでよいか

大学で授業していて教員がけっこう気にするのが、「自分の専門外のことについて、どの程度コメントしてよいか、どの程度授業にとりいれていいか」ってことです。これ、みんなけっこう気にしてると思うんだけどあんまり議論されてるのを見たことがないんですよね。

まあ1時間半最初から最後まで自分の専門である内容についてしゃべっておわり、ってことにできればそれでいいんですが、それでは学生様の注意が持続しないし、そんなおもしろくないので、個人的な出来事とか時事問題とかそういうのを解説してみたりすることはあるわけですわね。私自身はあんまり政治的な話を好まないので、授業でしゃべってることの具体例として「そういやこんな話があって」とか個人的に見聞きしたこととはをとりあげたりすることが時々あるくらい。でも「安倍政治だだめだ」「もんじゅ即時停止はあたりまえだ」みたいなことを言いたい人もいるかもしれませんね。私はそういうのは専門外だし情報集めてないからコメントしにくい。

でも専門として担当している授業が、倫理学とか応用倫理学とか、生命倫理学まわりだったりするから、ある程度知ってることについては、「いまこんなことが問題になってる、勉強してみてください」ぐらいはしゃべります。これは新聞や雑誌で見てる程度の話ですわね。あんまり政治的な主張がはっきりしたことを言うと、学生様はかなり抵抗があるみたいですね。ネットで「あの先生は意見を押しつける」とかって感想をよく見かけるし、それは避けたい。

私が最近気になっているのが政治の話ではないんですわ。全学の「教養科目」みたいなの担当していて、これってやっぱり私の専門である「倫理学」とかを教えるのとはちょっとちがったことが期待されているようなんですわ。それは、カリキュラムを変更して学部・学科の縦割りを進めすぎてしまって、学生様が自分の専門の話しか聞かなくなってるから、やっぱり大学生としての教養みたいなのを広くまなばせたい、みたいな主旨みたい。そういんで「倫理学」や「応用倫理学」はその専門のコマがあるから、「んじゃ愛とセックスの哲学でもやろう」ってなことになって、文学とかも少しはとりあげつつやるわけですが、問題は、私が音楽をとりあげていいか、ですわね。

私すごく音楽が好きなので音楽について誰かに語りたいことは山ほどあって、そういうの授業でとりあげていいのだろうか、みたいな問題。まあその授業は愛とかセックスとかに関連するような音楽作品とか美術作品(ポルノじゃなくてまじめなファインアート)やダンスとかの芸術についても触れたいじゃないっすか。っていうか、そうした文化や芸術抜きの恋愛や性の話っていうのはなんか不完全な気がするし。あと自分の経験からして、大学の授業でのそういう余計な部分というのはけっこう記憶に残っておもしろいんだわよね。芸人としての大学教員。

というわけで、去年のその授業では最後の方の10分ぐらい使って楽曲の歌詞や音楽的構造の話してみたりしてけっこうおもしろかったので今年もやってるんですが、これ許されるんかな。どう思いますか。

しゃべってる内容は、このブログでちょこちょこ書いてるようなネタや、あるいはたとえば(別ブログの)次のような話だったりする。

まあ授業の最後に、そこまでの授業のコメントシート書いてもらいながら、10分ぐらいだったら許されるかな。成績評価にも関係ないし。でもそういうことやるんだったらあるていどそういう学会とかにも入っておかねばならないのではないか、ぐらいは悩みますね。まあ嘘教えしまわない程度いろいろ試行錯誤しないと、自分自身が授業を楽しめないってのはあるです。