タグ別アーカイブ: 調性

無調音楽入門(16) フリージャズとの関係

んでまあここらへんまで来るともうジャズのフリーインプロビゼーションとかと変わらんところにあるわけですなあ。

セシルテイラー先生とかまあもう完全に1950年代の現代音楽の音だし。

現代音楽より肉体的で素敵ですよね。コルトレーン先生の系統のフリージャズってのはなんかとにかく吹きまくって力で押す、みたいなところがあるですが、セシルテイラー先生の系統のはもっとなんか知的に構成されてる感じ。
ジャズ喫茶で働いてたときはテイラーのソロピアノってのがなぜか人気盤でしたね。私も好きでした。
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セシル・テイラー
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テイラー先生が50年代おわりぐらいにこういうの演奏してたら、デイブ・ブルーベック先生がやってきて、「ああ、君の演奏コンセプトはこういうことだろう〜」みたいに言ってきて、それがずばりだったのでテイラー先生が驚いた、とかって話があります。何をしゃべったかってことまではわかんないんですが、まあブーレーズやらシュトックハウゼンやらクセナキスやら、誰それの現代音楽のコンセプトをあれしてるんだろう、みたいな感じだったんじゃないですかね。

キースジャレット先生とかのフリーの独自魅力がある。

あとチックコリア先生なんかもフリーにやってたりもする。

まあ60〜70年代のジャズの一つの音ですわね。

Somewhere Before
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無調音楽入門(15) 吉松隆先生のニューロマン主義

まあ現代音楽はもうほんとうになんでもありなわけですが、吉松隆先生の「朱鷺によせる哀歌」(1981)とか名曲だと思いますね。「もう無調は古いぜ、調性の時代だぜ」みたいな。

現代音楽のマンガっていうと巨匠さそうあきら先生の『ミュジコフィリア』がまんま現代音楽作家・演奏家たちの世界を描いてますね。舞台が京都であちこち知った場所が出てくる。

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いまんとこさそう先生の作品としてはもうひとつもりあがってない気はしますが、きっと大展開してくれるでしょう。


無調音楽入門(14) まああとはなんでもあり

まあケージ以降はもうなんでもありっすな。

五線譜に書かないで図形見せて「これで適当に弾け」とか、断片だけ並べて「目にとまった順に弾け」とかもう滅茶苦茶。現代音楽とかやっぱりケージあたりで終ってる、というかはじまってる、というか、もうみんなアイディア勝負だし耳の勝負。ただうるさいだけのやつもあれば、なんか素敵な音が鳴ったり奇妙な手触りがしたりするものもある。まあどれもメロディーっていうか音の並びをおぼえたりするのは難しいけどねえ。

実際にはけっきょくどう聞こえるか、ってのが勝負なんで、裏でどういうこと考えてるのかはわからないし聞いてる方にはどうでもいいことですなあ。

日本人作曲家のもいくつかあれしますかね。

武満先生のギター音楽はいいですよね。ベルクみたいなロマンチックなものも感じるし、メシアンやブーレーズの響きもする。武満先生は文章もうまいので人気ありましたね。正直なところ、私が現代音楽とか聞きはじめたのは武満先生の文章のせいです。

近藤譲先生好きなんですが、このひとはもうなにも考えずに五線譜に音置いてくって主張してます。ほんとかどうかはわからん。NHK FMで「現代の音楽」っていう番組やってて、それでエアチャックした「時の形」っていう曲が好きでねえ。一昨年ぐらいにライブ録音したとかって情報が流れてたけど、CD出ないのかな。

もう一人、八村義夫先生っていう人紹介しますか。この「錯乱の論理」って曲はすごい名曲だと思うんすけどね。ヒステリー体質の女性(ピアノ)が錯乱してる感じ。

まあもっといろいろあるけど、入門編はこういうのでおしまいっすね。私は中級の下ぐらいで上級の人がなにを考えて音楽聞いてるのかはよくわからんです。

あとまあバルトークの方向性を追求してみたルストワフスキ先生とかベリオ先生とか、ペンデレツキだクセナキスだとまあいろんな方がいらっしゃいますが、そういうのは本でも読みつつ楽しんでください。youtubeはたいていの人のが手にはいってすばらしいですね。PCのスピーカーで鳴らしてももうひとつですがヘッドホンならなんとか聞けますからハブファンしてください。

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無調音楽入門(13) でもそれじゃでたらめやっても同じじゃないですか

しかしこうなってくるとあれですわね。リスナーにはどうやって曲つくってんのかわかるわけもないわけだし、ちゃんとした構造みたいなものはもう聞こえなくなってる。サウンドがすべて、というか。

んじゃ、わざわざ音並べてセリーだなんて言わなくてもいいじゃん、ていう発想が出てきますなあ。

現代音楽といえばジョン・ケージ、ケージといえば現代音楽な先生は、「もうそういうのやめてサイコロ振って音置いてっても同じじゃん」と言ったのか言わないのか。

とりあえずこんな音楽を作ってみる。中国の易を利用して偶然性を導入したのじゃ、あらかじめ音の高さ、長さなどを設定しておいて、それをサイコロで決定したのじゃ、みたいな。

まあしかしですね、ケージ先生がこの曲を本当にサイコロ振って作ったのかどうかは疑わしいんじゃないですかね。思ったように鳴らないと「あ、いまのサイコロなし。こんどが本当のサイコロだし」とかやってたんじゃないかと思いますわ。

ケージ先生はこういうやる前にすでにプリペアドピアノで有名になってて、まあピアノの内部に消しゴムやピンつめたりして打楽器にしちゃって鳴らす。インドネシアのガムランとかの影響だとか。けっこういいです。

ガムラン(gamelan)はドビュッシーなんかもすごく気にいったっていう話だけどたとえばこんな音。

ケージ先生は他にもいい曲がたくさんある。4:33とかのアイディア一発の人ではないです。ちゃんとした耳をもった音楽家。

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無調音楽入門(12) ブーレーズ先生とかのセリー音楽

指揮者として超有名なブーレーズ先生ですが、この人もともとはキレキレの作曲家だったわけっす。メシアン先生とかとつきあいがあったりして。評論家でもあって、「シェーンベルクは死んだ、これからはウェーベルンの時代だ」みたいなのを1951年ごろに論文書いて大ウケしたりして。

メシアン先生は音の高さ(音階)に加え、音の長さや音の強さも並べてそっから音をチョイスするっていう方法を考えだした。でもメシアン先生がそのなかのどの音を選ぶかっていうのは、まあよくわからんというかメシアン先生のセンス。

でもこれでもヌルい、と。シェーンベルク〜ウェーベルンたちの12音技法ってのは音の「順番」を決めて、それを前から鳴らしたり後ろから鳴らしたりひっくりかえしたりしてた。んじゃ、これとメシアン先生のやりかたをミックスしたらどうだろう。あらかじめ音の高さ(音階)だけじゃなくて強さや長さも順番決めた列(セリー)にしておいて、それを操作して曲作ったらかっこいいんちゃうか、と。

まあそんなん聞いてる方にはなんだかわからんですけどね。私も特に好きじゃないです。

でもこのやり方で名曲ができるんですな。「ルマルトーサンメートル」「主なき槌」ですか。どういう詩なのかは知らんです。

どこが名曲なんですかっ!って聞かれるとうまく答えられないけど、なんか独特のヒリヒリする感じがかっこいい。楽器の選択とかね。女性ボーカルなんかも入っていて、シェーンベルク先生の「ピエロ」を40年後にやってみた、感じなんですかね。

この技法でシュトックハウゼン先生なんかも有名になるんですが、私この先生のは好きな曲ないから飛ばします。ははは。

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無調音楽入門(11) メシアン先生の実験

メシアン先生というのはなんとというかへんな方で、ドビュッシーとかラヴェルとかストラヴィンスキーとかの系列なんでしょがなにやってるのかわかならない、みたいな。

ドレミファソラシドじゃない並びを勝手に作って、それにしたがって曲つくってたりしたいたいですね。サティーやドビュッシーやラベルはドレミファだとどうしてもドイツ音楽っぽくなっちゃうから、ミファソラシドレミでスペイン音楽っぽくしてみたり。ドビュッシーは前に書いた「前奏曲集」のVoilesでは人工的なC D E Gb Ab Bbなんて並びの音階で曲作ってみたりしたわけです。こんな人工的な音階でも音楽になるのであれば、もっと人工的にしてもかまわんのではないか、というのがアイディアらしいです。

戦争でドイツ軍につかまって収容所で書いたっていう「世の終りのための四重奏」は名曲っすね。8曲からなる組曲だけど、一番印象が強いのはこの第6曲かなあ。ユニゾンで延々へんな音階を鳴らす。どうもなんか天使がラッパ吹いたりしているのかもしれんです。

あとリズムがおかしくて、これもなんていうか前から弾いても後ろから弾いても同じリズムだよ、みたいなので構成してたりするらしいっす。ベートーベンとかロマン派の音楽ってのは基本的に「こうするとよい音が鳴る」っていう経験則みたいなののかたまりが理論になってんですが、ドビュッシー〜ウェーベルンのあたりから、音楽ってのはもう勝手に「理論」というか音の規則を作って、それを鳴らしてみる形になっていくわけです。もちろん作曲家の「耳」がさらに重要になるわけなんだけど。

ここらへんの曲はもうベートーベンやワーグナーみたいな調性の感じはなくなってますが、音の並びがある程度限定されているので聞きやすいですね。名曲。

好きなのは第5曲とか第8曲の映画音楽みたいなのとか、第3曲のクラリネット無伴奏ソロとか。まあ聞いてみてください。TASHIっていう音楽集団のやつがいいです。

んで、このメシアン先生が戦後に「音の高さを並べてそっから曲を作っているのであれば、音の長さとか強さとかも決めて並べてしまえばよいのではないか」とか言いだして作ってみたのがこの「音価と強度のモード」。音階の一つの音は必ずこの長さ(8分音符だとか付点2分音符だとか)でこの強さ(フォルテだとかピアノだとか)を決めておいて、その並びから音をチョイスして作ったらしい。

ウェーベルンのあの無機的な感じに近い音楽ができてる。あれよりもさらに無機的というか、不思議な美しさがありますね。このころになると、無調だとか12音だとかっていう響きにみんな慣れちゃってたんでしょうな。調性のあのひっぱられる感じは感じられない。

Quartet for the End of Time
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無調音楽入門(10) ウェーベルン先生は新しい音楽を作ったかもしれない

まあシェーンベルク先生やベルク先生は、なんというかロマンチックで19世紀のドイツ音楽の後継みたいな感じなんですが、ウェーベルン先生はもっとラジカルで音楽そのものを変えちゃった感じがあります。

ピアノ変奏曲はもう聞いたので、「子どものための作品」とかどうぞ。

まあやっぱりウィーンな雰囲気は残ってるけど、こう音がまばらで密度が高い。あの暑苦しいドイツ音楽とはなんかぜんぜん違うものが発生してる感じ。

なんというか、音楽を聞く態度そのものを変更させてしまうところがあるですな。19世紀音楽の「感情」とか「情動」とかを無理矢理動かそうとするのとはぜんぜんちがう。19世紀の音楽だと「きれいねー」「ロマンチック」「情熱」みたいな感じだけど、ウェーベルン先生のはなんか鉱物かなにかを観察してるみたいな感じになる。ほう、そっちからだとそういうふうに輝きますか、みたいな。


無調音楽入門(9) ベルク先生は天才

シェーンベルク先生の実作は、なんかこう一流だけどもうひとつ、みたいな感じがあるんですが、弟子のベルク先生のはほんとうに名曲みたいなのを感じますね。特に抒情組曲とヴァイオリン協奏曲は聞いておくべきだと思います。12音技法使ったり使わなかったりしてるんだろうけど。

弦楽六重奏バージョンの方がよいのですが、まあ長いのでカラヤンの弦楽合奏の組曲の方を。

シェーンベルク先生のは古臭いドイツ音楽だけど、ベルク先生のはまったく新しい音世界みたいなのが広がってる感じ。

ヴァイオリン協奏曲はロマンチックです。

抒情組曲フルに聞いてみたい人はこちら。


無調音楽入門(8) 十二音技法誕生

まあドビュッシーとかバルトークとかストラヴィンスキーとか素敵で斬新な音楽作ってるわけですが、シェーンベルク先生はそういう方向には進まなかった。なんでですかね。こういう斬新な音楽作ってる人々は民族音楽とか取りいれてやってるわけで(ドビュッシーだって「おフランスだなあ」だし、ラヴェルの真似してスペイン音楽とか使ったり)、シェーンベルク先生はそういう道に行きたくなかったか行けなかったんでしょうな。ドイツ音楽な人なわけです。モーツァルトやベートーベンやシューマンやリストやワーグナーやブラームスの道を進みたかったんでしょう。

まあシェーンベルク先生はそういうドイツ的な「テーマの変奏と発展」とかってのをやりたかったんなと思うんです。リストやブラームスはハンガリーの音楽とかあれしてるけど基本は「テーマを有機的に発展させる」っていうやりかたをしている。ベートーベンとかそういうの本当にすごくて、第五交響曲「運命」なんて「ジャジャジャジャーン」だけで1楽章できてるみたいなもんだし。そういう音楽の聞こえ方やサウンドよりは構成とかそういうものに注意しいたのでベトベン先生は耳聞こえなくなってもすばらしい音楽つくったりできたわけだ。ここらへんリスナーがどの程度まで「展開」を理解できるかっていうのは微妙で、聞いてるだけではさっぱりわからないような隠し味になってたりすることも多いです。でも作曲家、特にドイツの系統の人はそういうことをやっていた。作曲というのは建築みたいなもので、できあがった作品を見てもどういうふうにしてそれができているのかはわからない、だけど実はいろいろ計算されている、みたいな。

シェーンベルク先生もそういうのをやりたかった。サウンドではなく構成。上にあげた同時代の人々はサウンドが素敵すぎますよね。そういう道はとれなかった、ってことなんかな。

作曲技法的にシェーンベルク先生は非常に古くさい人で、テーマがあってそれの部分とかを発展させる、という技法をとってます。無秩序に聞こえることもあるけど、実は最初の方に鳴らしたテーマを反対から弾いてみたり、音階の上下逆にしてみたりして構成されてるのね。実は前に聞いた「ピエロ」もそうやってできてる(らしい)。あんな無秩序に聞こえるんだから信じられないけど。こういうのはベトベンがやったこととあんまり変わりはないわけです。

シェーンベルク先生は「音楽の美というのは実際に鳴らした音にあるんじゃなくて、楽譜読んで頭のなかに思いうかべれば十分わかる」みたいなことを言ってるはず。こういう人にとっては具体的な演奏なんてのはどっか別世界にある「曲そのものの美」を現実世界に反映したものにすぎないんですね。理想は別にある。

んでまあ無調音楽に入っていったけど、無調とかってなんでもできすぎて困ってしまったのではないか。調性あんまり気にせず好きなように音を置いていっていいですよ、っていわれちゃっても選択肢が多すぎてこまっちゃうし、ついいつものクセで調性を感じさせてしまって古くさくてダサくなったりする。「んじゃ、あらかじめ音を使う順番を決めておきましょう、この順番で使ってください」みたいな約束事を定めると、そこそこ無調でいい音が鳴る、と。

まあそんなこと考えながら先生がおそるおそる作ってみたのがこの「三つのピアノ小品」作品25。

まあ12音音楽ってので想像するような無機的な感じもありますが、実はいろいろ有機的で同じモチーフ何回もつかったりまあいろいろやってる。

まあ実際には選択の幅を狭めただけなんすよね。「十二音技法を使っても作曲は簡単にはならない、むしろ難しくなる」みたいなことも先生は言ってるはず。わざと束縛をかけることによって音に対して慎重になるとかそういうのもあったんじゃないかな。

まあとにかくそういう事情なので、われわれリスナーはあんまり12音のことなんか考える必要はないわけです。12音がどういうふうに使われているかも意識する必要がない。せいぜい「この部分がテーマなのだろうなあ」ぐらいだし、どう発展されているかもわかればおもしろいだろうけどわからなくても別に困らんというか。

この曲はそこそこだけど、それほど名曲っていうわけじゃない気がしますね。シェーンベルクの12音音楽時代で名曲っていうのは「オーケストラのための変奏曲」と「ピアノ協奏曲」の2曲しかないんじゃないかと思ってます。特にピアノ協奏曲は名曲だと思う。(あとオペラ『モーゼとアロン』)

内田光子先生のが最高。

この曲は12音技法を発明してから20年近くたった1942年ごろの曲で、なんかナチスとかあれしてユダヤ人だったシェーンベルク先生はアメリカ逃げなきゃならんようになったりして、「馬鹿や邪悪な奴が多くて人生いろいろあるけどとにかく生きてかなきゃならんよね」みたいなプログラムがあるらしい。まあなんかわからんけど切実な感じはしますね。


無調音楽入門(7) ストラヴィンスキーもかっこいい

もちろんストラヴィンスキー先生もかっこいいです。『春の採点』じゃなかった『春の祭典』とかは有名だからおいといて、私が好きなのは「兵士の物語」とか「結婚」とか。なんか第一次世界大戦とかあって景気が悪くなってオーケストラとか使えなくなったので、少人数でできる音楽を作ったとか。

クラリネット、ヴァイオリン、ファゴット、トランペット、トロンボーン、コントラバス、打楽器とかなんかよくわからん。

ユーモラスでいいっすよね。

「結婚」はピアノ4台とコーラス、みたいな変な編成。

兵士の物語は1918年、結婚は1923年ですか。