無調音楽の話をするためには調性音楽がどんなものかっていう説明をする必要があるわけですが、まあふつうの音楽ですわね。
たとえばモーツァルトのピアノソナタ10番の第1楽章を聞いてみましょう。
この曲はハ長調(Cメジャー)のあかるい曲っすね。曲の構造はソナタですが、とりあえずくりかえしが入ってAABBという形になってます。
Aの部分は最初はハ長調で後半はト長調(Gメジャー)になって、ハ長調に対してドミナントでちょっと緊張感があるのね。Bの部分はト長調からはいってハ長調にかわる。(まあソナタ形式についてはいろいろ語りたいことがあるんですが、それはずっと先のことになります。)AとBをそれぞれくりかえしているので、
A弛緩-A緊張-A弛緩-A緊張-B緊張-B弛緩-B緊張-B弛緩、
っていうふうに曲が進んでいます。まあ「弛緩」とか「緊張」のなかでも和音があっちいったりこっちいったりはおこなわれているのであれなんですけど、まあそういうのは無視して見るとだいたいこんな感じ。この調性による緊張と弛緩の組合せこそが西洋音楽であり、ジャズやロックまで続いている調性音楽の核なわけです。
これはぜんぜん雰囲気違いますね。ヘ短調(F Minor)のはず。最初がびっくりしますよね。
Fマイナーでどーんどどーん、ってやってC-Fdim-Cってやって落ちつく、わけじゃない。落ちつかない。不安になったところで半音上のGbでデーンデデーン、って同じ音型だけど、すごく遠い調に連れていかれてるのでもう目がまわる感じがする。ここらへんでもう最初っから不安定な感じをあおりくるのです。あっちこっちにディミニッシュコードがつかわれていて不安不安。ワシ、この性欲をどうしたらいいんやろか、目がくらむようだ、犯罪者なるんちゃうやろか?みたいな。
まあモーツアルトのころは社会もまずまず安定しておりますが、ベートーヴェンの頃は革命とか起こったりみんな決闘したりでもうたいへんで。不安定だけど情熱的なのが求められたわけですわなあ。これを調性で表現している。
こういうのがロマン派の音楽で、これ以降シューマン先生やリスト先生とかがいろいろ和音で複雑なことをするわけですが、それが最高に逹したと言われてるのがワーグナー先生ね。ピアノ曲はないからまあトリスタン聞きましょう。
これはもう落ちつくことがないのね。不安定な調性がつみかさなってどこまでも登ってくみたいな。ずっと残尿感があるような。不協和でどうにもこうにも。私はどこへ行くのですか?みたいな。西洋人のセックスはあざといなあ、みたいな感じですよね。すごい。
あとこの曲、最初にちゃーらー……ちゃーらー……とかやったあとの「ドコっ!」って音がすごいですよね。エロいこと考えたときの心臓ってのはこういうふうに鳴りますわねえ。恋に落ちるってこういうことなのかしら。
この曲はおかしな曲で全体はBメジャーだと思うけどこの主音がちゃんと鳴らされるのは3時間にもなるオペラの最後だけで、それまでそのBメジャーをめざして延々宙吊りにされてきもちわるい。この序曲も最後落ちついた感じ、なにか解決したって感じじゃなくて「これからなんか起こるなあ」って感じでおわってるんじゃないかな。
まあ調性の魔術というかそういうのが西洋音楽なわけです。
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