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yonosuke昔話(10) 24時間楽曲制作スレ

ええと、赤の他人バンドやったところまで書いたんだったかな。

そのちょっと前から「24時間楽曲制作スレ」ってのが立って、ここでちょっと遊んでたのかな。誰かがお題を出して、24時間以内にうpするっていう遊び。サーバーの音源復活させたので他の人のも聞けるようになってるのでスレの雰囲気とか見てほしい。なんか楽しくやっている。

215のF G Am F Em7 F Em7 F Em7 っていうコード進行のでやってみたのが https://yonosuke.net/clip/data/2692.mp3 。これはなにも考えず一発でやったのに気にいってた記憶がある。もう一つ、F G#m F#m Eっていう課題でできたのが https://yonosuke.net/clip/data/2916.mp3 で、もちろんボブマーレー先生のあれのリスペクトで「のうまんのくらい」って曲になったけど歌詞とかは自分では気にいった。こういうちょっとメッセージ入ってるのも作りたいとか。

このスレはおもしろくて、他にも「眠い」とか「肩こりと電気ストーブ」とかって題でそれらしいの作って遊んでた。どれもアイディアから録音まで3〜4時間ぐらいかけてたかな。こういう制作を一番楽しんでた時期だなあ。まあ失敗してどうもならんのも多かったけど。

このスレッドでは、そういう「お題」のもとに、自分一人では作らなかったであろうような曲を作ってみるっていうおもしろさを味わった。まったくの無からなにかを作るってのはないわけで、たいていはなんらかの強い経験や情動とかから作りはじめるんだろうと思っていたわけだけど、それを作りはじめるにあたってのキッカケみたいなのも必要なわけだわね。なにかを作るときは、そういうの外的な条件もけっこう大事なんよね。

このスレを動かしていたヤヤ嬢は今プロとして活動している。彼女は当時からそういう仕事として楽曲を作っていくことを意識してたんだわね。

 

 

マーレー先生ごめんね。

 

    yonosuke昔話 (9) 2ちゃんねる赤の他人バンドでステージに出る

    んで、このときのジャムセッションの感じがとてもよかったので、このままライブしてしまえ、ってことに。

    その場で「こういう企画があって」って説明して2回ぐらいリハして出よう、みたいな感じ。実際に練習したのは2回だったか3回だったか。ギター3、キーボード1、ベース、私ボーカル、みたいな。

    時間なかったけどみんな腕利きだから「こういう感じにしたい」っていうとやってくれるすばらしい状態でした。でも全員そろって練習できたときはなかったんだったかな。特にハンター・Kさんは私と同じくらいの年齢で実質的にバンマスというか方向性教えてくれてよかた。

    2003年11月3日の学園祭。雨ふってたけど強行。

    ハンター・K、蔵土、ふりっぷ教授(以上ギター)、べーかも(ベース)、でほ(ドラム)、やや(キーボード)。

    ステージの1番手だったのでサウンドチェックがあったのですが、みんなパープルのBurnを弾きはじめてすごかった。はじめてやってるのに完コピ。なにごとかと人集ってきておかしかったです。

    客寄せファンク  https://yonosuke.net/yonosuke/20031103-1.mp3 かっこいい。
    J-A-S-RAC ← https://yonosuke.net/yonosuke/20031103-2.mp3 まあこんな感じか
    ちょっと待って ← https://yonosuke.net/yonosuke/20031103-3.mp3 リズムギターがうらがえってしまってうまくいかなかった。私が求めてるノリみたいなのもリハでうまく伝わらなかったのが残念。ハンターKとふりっぷ教授のギターバトルさせよう、っていうのは成功。
    みのむし(←夏はボサボサから進化した) ← https://yonosuke.net/yonosuke/20031103-4.mp3 いまでも好き。歌詞その他気にいってる。ソロはもうひとりのギターの蔵土さん。
    ラチラチ ← https://yonosuke.net/yonosuke/20031103-5.mp3 まあ最後はこういう感じでおわろう。

    まあリハ不足でちょっとあれだけど、私としては満足。次はきちっとやろう、みたいな。

    yonosuke昔話 (8) 自分で人を集める(J-A-S-RAC、夏はボサボサ)

    「ジャムセッション」から半年、くだらない音源を作りつつ、いろいろ想を練ったわけです。とりあえず前年コピバンで学園祭に出たから、こんどは自分のバンドで出たい。しかし友達バンドは技術が足りない。 てんでやっぱり楽器板の連中とやりたい。 というわけで、夏に今度は自分でジャムセッションを企画しました。前は大阪だったけど、京都でやる。んでそこに集まった連中をバンドにして学園祭に出てしまおう、というそういう邪悪な計画。 このセッションはおもしろかったですね。集まった人はみんな腕がいいし、「こうしたい」っていうとやってくれる。 私がスタジオ代出してるから王様。「しゃべってるとき音出すのやめよーぜー」とか。 その場で曲を作ることさえできました。まあアイディアはもっていったんだけど。 1曲は、そのころJASRACがネットで話題になってたので、ビートルズのTaxmanを替え歌にしてJASRACの歌にしたらおもしろいだろう、みたいな。アイディアだけだったんだけど、その場で録音までできた。ベースの人がTaxmanをよく知ってたんよね。 その場で書いた歌詞。「俺の名前を知ってるか」はジョージ秋山先生の『くどき屋ジョー』『WHO ARE YOU?』から。
    俺の名前を知ってるかい
    俺の名前を知ってるかい
    俺はJASRAC、泣く子も黙るJASRAC 歌歌うんなら金払え
    ギター弾くなら金払え
    俺はJASRAC、泣く子も黙るJASRAC
    この時点で、ライブでふりつけしようと決めた。 その場で歌詞書いたりしたんよね。最初のギターソロは私。 だんだん皆帰ってしまって人が少なくなってから、ドラムとギターと私だけになったんだけど、ギターの人がジャズの勉強しているってんで、私がピアノ弾いてこれもできた。 このセッションは自分にとって非常に実りがありましたね。私はコンポーザー/バンドリーダーとしてやってけるかもしれない。
    尊敬する毒薬先生

    yonosuke昔話 (7) 2ちゃんねる楽器板の「ジャムセッション」に参加してみる

    えーと、2002年の夏に共作にチャレンジしたところまでね。

    そのあと秋から冬にかけて、ネット上ではかなりいろいろやってたんですが、ちょっと飛ばして生身の活動を。2002年の秋には、友達の哲学者バンドで学園祭出たんですわ。ビートルズとかのコピバン。これ音源がなくてあんまり語れない。演奏もまあそういう感じであんまり語るべきものもない。まあふつうのコピバン。

    でもだんだん自信がついてきて、2002年の12月に2ちゃんねる楽器板で、大阪でジャムセッションオフミするぞってんで賑やかしに参加したんですね。オフミとか出ることはめったにないのでいろいろ緊張しました。ベースがいないってんでベースもってくことにしたんだけど、もってるベースは中学生がヘビメタすご飯るのに使うような8000円の先っちょが尖ったやつしかないので中古楽器屋でもうすこしまともなやつを入手。あとパーカッションちょっともってたかな。

    んで参加してみると、これがなかなか厳しい場だったんですね。

    9人か10人ぐらいいたと思うんだけど、20代男子中心。10代もいた。ドラム2人、キーボード1人、ベース1人(私)、ギター5人? 雑談とかもせずすぐに「んじゃやりますか」ってんで誰か弾きだしてそれにあわせる、みたいな。しかしキーも構成も決まってなくてどうしたらいいかわからない。ギターの人たちが4人ぐらいいて大音量で鳴らすもんだからなにやってるかわかんない。ジャムセッションというのはこういうのものなのか!みたいな。まあおかしいですよね。困りました。

    とりあえずワンコードでなんかしたいのかな、とか。でもギタラーは自分しか聞いてないからどうにもこうにも。いやすごい困りました。その後知ることになったのですが、ギターの人というのはどこでもそうなんですよね。打ちあわせとか相談としかしているときもピロピロ弾く。あれなんなんでしょうね。

    んで、まあ私が一番年嵩みたいだったら、「とりあえずAのブルースやりましょうよ」「誰がソロとるかはっきりしましょう」「ソロのあいだはバッキング控えめに」とか声かけたんだったかなあ。まあブルース進行やってたらなんとかなります。とりあえず司会係を決めて、手のあいてる人は他に指示して、みたいな。でも技術的にはいちばん下なのであんまり指導的なことはできない。

    こんな感じ。カオス。まあでもベースは権力がある。
    https://yonosuke.net/yonosuke/200212jam1.mp3

    ベースが私。とにかくギターの人は弾きたいんよね。でも3人も4人もいるならバッキングする必要はないと思うのだが。

    クリスマスシーズンだったので、赤鼻のトナカイとかいろいろやってみたり。とにかくカオス。

    https://yonosuke.net/yonosuke/201212rock.mp3
    https://yonosuke.net/yonosuke/201212samba.mp3

    まあこの時の経験については、いろいろ考えましたねえ。とにかく音楽はコミュニケーションであり、お互いを聞きあわないとならん。あと、バンドするには、とにかくギタラーを支配しなければならんということを意識するようになりました。強力なリーダーシップが必要だ。

    ツェッペリンのポリリズム

    何回が出してますけど、ツェッペリンはかっこいいですね。古典ロックグループでは一番好きなんじゃないかな。今年になってリマスター+未発表音源が出てるみたいなんで購入を検討しているところ。でも高い。

    私にとってのツェッペリンの魅力は、まあもちろん楽曲や演奏全体がいいのはもちろんですが、ドラムのボンゾ先生のタイムの感覚かなあ。

    https://yonosuke1965.blogspot.jp/2013/09/led-zeppelinwhole-lotta-love.html でWhole Lotta Love使って解説みたいなのしましたが、他のもの聞いてほしい。

    アルバムとして一番好きなのは2枚目のIIか、6枚目のフィジカルグラフィティか微妙。実は解散後に出たCODAが一番好きかも。

    CODAのWe’re Gonna Grove。これはキャリアの一番最初のころですけどすばらしいですね。テンポ早い。これほどの演奏精度ってのは当時としてはもう驚きだったんじゃないですかね。だいたいこの1970年前後って演奏ルーズなバンドが多かったし。まあ80年代にいろいろ手を加えたものだからこんなにすごい演奏がライブでできてたかっていうとそうではなかったかもしれません。ヘッドホンかなんかで大音量で聞きたい。

    しかしこの時点でもうツェッペリンの特徴は十分に出てるんですよね。歪んだギター、ブルースなボーカル、手数の多いベース、そしてワンアンドオンリーなドラム。

    前も書いたんですが、私が思うに、このバンドはタイムのフィールが独特なんすわ。この曲はイントロのハイハットで250BPMっていうビバップジャズなみのテンポを感じさせるんですが、もう1個、120BPMぐらいのノリもある。この二重のテンポ感覚がこのバンドの最大のポイントだと思ってます。

    2枚目はいろいろ好きな曲がありますが、とにかくLemon Song好きっすね。ベースにしびれます。この曲やジミヘンのRed Houseみたいなタイプのブルースはすごく好き。実は小学生高学年のころに、近所に有名なロック青年が住んでいて、毎日外に聞こえる大音量でロック鳴らして近所から顰蹙かってたんですわ。でも私その数曲はすごく好きで、「なんていう音楽なんだろう?」みたいに思ってました。ツェッペリンとジミヘンだったわけです。このベースラインの16分音符で半音とか使っているのがたまらん。

    まあこれはクラプトンやジミヘンからヒントを得て、ギター歪ませてヘビーなブルースやればかっこいい、ってことなんでしょうが、ツェッペリンはただブルースやるだけじゃなくて楽曲を構成するのがポイントですわね。テーマ→ハイテンポで1回あばれる→スローにのインタープレイ→ハイテンポ。ジョンポールジョーンズ先生の3分ぐらいからのベースがもうすばらしくて。

    こういうのはたとえばジミヘンのあんまり工夫のないやつと比べるとはっきりしますね。

     

    6枚目はほんとうに鬼のように名曲ぞろい。最初期はアップテンポのもやってたわけですが、基本的にツェッペリンはミディアムテンポのバンドなんすよね。早く忙しく聞こえてもドラムはゆったり80〜90BPM(1分間に80〜90拍)ぐらいなんちゃうかな。8分フィール(エイトビート)と16分フィール(16ビート)が混在しているのがツェッペリンのグルーブです。私にはゆったりとセカセカの2本のリズムが同時に走っているように聞こえます。それがツェッペリンの魅力なんだと思う。ポリリズムなんね。

    Custard Pie。いきなりアップテンポ、なわけですが、これ180BPMなんすけど、ドラムは90BPMぐらいにも聞えますね。

    Trampled Under Foot。これも早く聞えるけど実は110BPM。チャリラリラリラにだまされてはいかん。

    Kashmir。これはツェッペリンの巨大恐竜的なのが一番出てる曲ですね。重い。でかい。

    The Wanton Song。

    7枚目のPresenceも1曲目のアキレスがすごいですね。これ146BPMぐらいあるんですが、ドラムはその半分の73BPMぐらいですよね。あと途中で入るブリッジダダダダッダダダダッのキメがどうやって入ってるのかよくわからない。5:25と、7:25、8:55あたりの16分音符連打がすばらしい。これ聞いたことないひとはできるかぎり大音量で聞いてください。

    yonosuke昔話 (6) 音楽制作猿状態

    ええと、2002年の夏に初の共作を経験したところまでかな。ここらへんに来るとなんか音楽作るのが楽しくてしょうがない状態。

    ちょうど2ちゃんねるに「夏限定 なんでもうpスレ!」とか立ったのでもうなんでもうp。音源用の掲示板立てたのはその前だよな。このころの2ちゃんねるはほんとうにおもしろかった。もう12年前かー。それまで聞くことができなかったヘタクソ素人たちの音源を聞いて楽しい。このスレを立てた「激厨房」またの名を「黒豹」はほんとに素敵な奴だった。おそらく大学関係者だと思うんだけど、どこでなにしてるんだろう。あれほどの創造性と文章力があるんだから、ツイッタとかで見かけてるんじゃないかという気がする。

    あ、そうか。音源用の掲示板を立てたのは2002年の9月10日ぐらい。 

    それまでは数メガバイトの巨大ファイル(当時は数MBのMP3音源でさえ巨大だった)を長期間置いとける掲示板がなかったんよね。んで最初は無料ウェブサーバを使ってCGI動かして、すぐに足りなくなるから自宅サーバーを立てたのであった。けっこうみんなに重宝してもらってうれしかった。

    アドリブ用のオケを用意してくれる人とかいて、フルート吹いてみたり。https://yonosuke.net/yonosuke/jazz.mp3 

    まあそんな感じで、とりあえず録音してはアップする、みたいん。9月はじめにはこんなの録音している。 https://yonosuke.net/yonosuke/sep.mp3 ははは。恥とかそういうのがなくなっていて、ウケを狙う。でもなんというか、人生で本当に自由っていうのを感じたのはこの頃なんちゃうかな。このころになるとコード進行やベースラインとかも、簡単なものなら耳コピちょっとはできるようになっててそういうのもうれしかった。それまではどうやって作ってるかわからない、ただすごいなーって聞くだけの音楽ってものが、なんとかすれば手の届くところまで来た感じ。

    まあこういうのはやっぱり機材買ったりするお給料をもらえるようになってこそできたわけだけど、その職場はいろいろ問題があったんよね。とにかく会議が長いし、おじさんおばさんがモメていて、これが社会なのだなあ、みたいな。この曲「難曲ペンギン」はそういう会議を歌ったもの。 https://yonosuke.net/yonosuke/penguin3.mp3 歌詞とかよくできてて、今でも気にいっている。自分で作ってみてから、怒りとかいらだちとかてのも音楽になるのだ、とか、むしろそういう音楽もけっこうあるのだということに気づいて聞き方が変わった。やっぱり実作してみないとわからないことっていうのがあることに気づいた。

    自信がついてきたから、ライブバンドもやろうってことになった。ビートルズとかのコピーをして遊ぶってのは2001年にはすでにやってたんだよな。メンバーは全部自分の業界人。

    プリンス様と私 (1)

    最近ふたたびプリンス様にはまっていて、延々聞いております。プリンス様はyoutubeにあんまり音源ないから残念。

    プリンス様を知ったのは大学1年生のときですわね。パーポーレインの大ヒットの時ですな。1984年。

    ゲームセンターでバイトしているときには館内には自分の趣味で洋楽流していて、特にプリンスとスタイルカウンシル(のMy ever changing moods)は大音量にしておりました。

    曲としてはPurple Rainよりも、それをきっかけに流れていたLittle Red Corvetteの方が好きだった気がする。Purple Rainもそうだけど、コード進行とかは基本はごく普通なんすよね。

    パープルレインは | Bb (add 9)| Gm7 | F | Eb |  (I – VIm7- V – IV)だけだし、
    コルヴェットの方は | Gb | Ab | Bm7 | 、サビは | Bb | Ab | Db | だけのはず。

    しかしああいうギター弾きまくりっていうのはポップ界隈ではあんまりなかったし、コルヴェットの方はコードが進行しないのがなんというか黒人音楽をかいまみた感じ。映画も楽しんだな。パーポーレインより、最後のI would die for youとBaby, I’m a Starがいいんよね。アルバム1999だとLady Cab Driverが好きだった。ドラムがいい。あの暴れるドラムはなんかプリンス様本人じゃないかなあ。

    (Lady Cab Driverはyoutubeになし)

    チャカカーンがカバーしたI feel for youもよく流れてました。これは1984年ですか。「あの曲もプリンスらしいよ」「へー」みたいな。まあまだよく知らん。ダンスがダサかっこいいです。

    Purple Rainはビニール盤買った。ピクチュア盤だから今売ったらお金にならないだろうか。でもその次に買ったAround the world in a dayはああいう実験的な音だったんでよくわからん、みたいな感じ。

    まわりでも人気があって、知り合いの軽音コピバンがLet’s go crazyとかやってたな。下手だたけどうらやましかった。

    Paradeも買ってたと思うけど、これもよくわかってなかったんじゃないかな。1986年のParade Tourは大阪城ホールにはじめていったんだよな。3回生かな。友人男と2人で。最上段の席で、まわりは空席だらけだった記憶がある。そういうコンサートはあんまり行ったことなくて、途中まであんまり楽しめなかったり。パープルレインじゃなくてファンク大会になってたんよね。20分ぐらいやってる曲もあった気がする。おそらくErotic Cityあたり。まわりはみんな座ってて、国内でのああいう音楽の受容はまだまだだったんではないかな。プリンス様遠くてちっちゃくてよく見えない。でも最後はまわりを気にせず立って踊ってた気がする。

    まあ学部時代はもっぱらジャズ喫茶でジャズの勉強してて、買うのもそっち系統だったんで、そっち系統のはおっかけてなかった。本当にプリンス様にはまったのは1988年のLovesexy。これは本当にはまった。おそらく5回生の6月だわね。

    当時ジャズ喫茶のバイトしているときに親しくさせてもらっている先輩がいて(今大学教員している)、彼の車に乗る機会があったんだな。んで「プリンスの新譜でたで」っていって聞かせてもらった。最初の曲のEye Knowはやっぱりよくわからん複雑な曲だったわけだけど、2曲目のAlphabet Streetにはまった。ギターのカッティングの音がすごい新鮮でたまらん。この音なんだ?みたいな。ギターってだいたい歪んでたりするわけだったけど、この曲のギターはクリーンサウンド。いまおもえばふつうのシングルコイルをコンソールに直結かなんかだろうけど、すごい音がしてた。しびれた。

    すぐさまLovesexyをCDで買って、もうエンドレスで何十回も聞きましたね。このころに知りあった某もこのCDをもっていて、話があうことを確認するきっかけになったり。まあそこらへん個人的な追憶もけっこうあったり。

    今ひろってみると、 G | C | A7 | D | と |G | Bb | C | みたいな感じですか。しかしとにかくリズムアレンジがすごくて、もうとんでもないアルバムだと思いますね。

    Lovesexyツアーも行きました。これはよかった。すばらしい。ステージに自動車動かして登場したりして。席もよかったし、遠くてもプリンス様ぜんぜん小さく見えない。っていうかむしろ巨人。生涯最高のコンサートですね。

    関係ないけど、ミシェル・ンデゲオチェロ先生がプロデュースしたチャカカーンのNever Miss the Waterいいすよね。

    途中のベースのパートで引用しているのはChicのRebels are Weって曲。

    yonosuke昔話 (5) 仲間との共作を経験する

    えーと。まあ録音機買って「ちょっと待って」でいちおうやりたいことを終えたんだなこれがその年の夏。

    ここらへんになると、自分で楽曲作るのが楽しくなっている。2ちゃんねる楽器板の人びとには本当にお世話になった。実はいちおう自分がやっていることの意味とかも考えていた気がする。楽器はうまく弾けないけど、情熱をもって作ったものは誰かに聞いてもらえるかもしれない、みたいな。それに別にうまく弾けなくても自分が考えている「感じ」みたいなのを形にしてみるのはたのしい。バンドやってる人びとはそういうなかでいろいろやるわけだけど、録音機があれば自分だけでできる。

    んでやってみたのがコール・ポーターの名曲をトレイシーソーンがカバーしたあの曲。

    別のエントリで書いたけど、この曲は高校3年生ぐらいに聞いて衝撃を受けたんよね。こんなギター弾けたらいいな、みたいな。コードがすごく複雑に聞こえて、それまで聞いてたロックとはぜんぜん違う。ジャズっていうのでもない。

    コード拾ったりごまかしたりしてやってみたのがこんな感じ。サビのとこはいまだによくわからない。がんばればできるかもしれないけど。高校生のころはどうやってるかわからなかったけど、このころになると楽器とかコードとか少しわかってきてなんとか拾えるところある。

    あら、youtubeだめだわ。 https://yonosuke.net/yonosuke/and0724.mp3

    まあ本当に楽器弾ける人からするとあれなのがすぐわかるだろうけど、気分だけはわかるだろう、みたいな。この程度のもそのころの楽器板ではあれだったので気分よかった。自分一人でいろいろやることができる、ってことはこのころわかった。

    そんで8月の京都の大文字の時期に、ネットで知りあったトーマスさんと遊ぶってことになったんだよな。web日記時代に知りあった方で、2、3回オフミみたいなのをして会ってた。自分以外の人と曲を作る、っていうのをやってみたかった。やっぱり演奏技術はいろいろ問題があるし、共作ってのがどんなのかも知りたかったと思う。

    昼ぐらいにドラムとかある某所に来てもらったんだよな。この某所はふつうは入ってはいかん場所なんだけど、まあ夏休みだし大丈夫だろう、みたいな。んで「なんか作りましょう」みたいな。どういうわけかなにかできるんじゃないかと思ってた。歌詞もなにも用意してなかった気がする。いや、「ヒートアイランド」というコンセプトだけは用意してたんだたかな。思い出せない。

    トーマスさんはエレキガッットギターを最近買った、とかでもってきたんだったかな。二人でギターかかえてDm7-G7とかよくある弾いいて適当に「こんな感じのノリ」とかやったと思う。トーマスさんは山下達郎とかそこらへんが好きな人で、気分はそういうノリ。んでそのノリを私のドラムと彼のベースで出してみましょう、みたいな。ベースもその部屋のを使わせてもらったと思う。すみませんすみません。私のドラムはモタってるけど、彼のベースのキレがいい。

    んでどうしたんだったかな。尺もよくわからない状態でとりあえずドラムとベース録音して、ギター二人で重ねて、そのあと時間もらって歌詞書いたんだな。なんか椅子の上で歌詞書いたのをおぼえている。ここらへんまでで2時間ちょっとぐらい。サビは私のアイディアだけど、Aメロディーラインはトーマスさんがその場で歌詞を見て歌ってる。それがすぐにメロディーになってるのですごく驚いた(このテイクはちょっと歌詞とあってないところがあるけど、愛嬌)。アウフタクトでメロディーをはじめるっていうのが自分では思いつかなくて、すごく新鮮だった。誰かと曲を作るのはすばらしい。もう気分はレノン/マッカートニーかジャガー/リチャーズか、って感じですわね。私たちは作詞作曲能力がある。その部屋では1コーラス分しか歌詞作れなくてラップもどきでごまかしたのがテイク1。ガットギターがトーマスさん、ストラトが私。

    その部屋であんまり長くあれしているのはあれなので歌とったとこまでで引き上げて別の部屋でトーマスさんのリードギターとったんだな。

    https://yonosuke.net/yonosuke/heat20020816.mp3

    んでラップパートがかっこわるすぎるので、あとで歌詞書きたしたのがこれ。うまくとれないコーラスも1拍ずらしてごまかしたり。

    https://yonosuke.net/yonosuke/heat20021010.mp3

    歌詞はすごく気にいっている。ボーカルの出もいい。まあ録音技術がよくわかってないのでコンプ効きすぎてるけど。単純だけど、自分が書いたとは思えない。トーマスさんのギターソロもいい。他の人といっしょに作ったり、自分ができないことをやってもらうといろいろ楽だし自分一人よりずっといいものができる。

    アスファルトで守られた僕らの楽園
    水銀計は体温を越え
    短夜に争われる囚人ゲーム
    緑の木々は記憶のかなた
    Heat Island
    Heat Island

    たちならぶビル街が僕らの高原
    熱源は恐竜の記憶
    蜃気楼追いかける僕らのチキンレース
    灼熱の欲望の王国
    Heat Island
    Heat Island

    この曲によって、誰かと曲を作るっていうのがどういうことかわかりはじめた。一人でやるより楽しい。

    ソウル/R&Bと私 (3) 学部時代は地味なジャズマニアだったからあんまり関係なかった

    大学入ってもまあ同じようなもんですね。

    MTVを見るようになったのが大きかったかな。マイケルジャクソン、プリンス、マドンナの時代。マイケルジャクソンはあれだったけどプリンス様は本当によく聞いた。バイト先のゲームセンターの有線でもかかりっぱなしで、特にLittle Red Corvetteが好きでねえ。大音量にしてました。まあプリンス様とマドンナについてはまた別に。

    2回生のおわりぐらいからジャズ喫茶でバイトはじめて、まあふつうに古典ジャズ聞く。ウィントンマルサリスが出はじめたころ。白人フュージョンは悪いもの、みたいな感じ。まあ黒人音楽ではあるけど、いわゆるソウル/R&Bってのではない。でもまあ音楽は黒人の方が偉いという思想はしっかり身につける。偏見。

    パブみたいなところ行くとブラコン全盛。ここらへんから「ブラコン」という形で意識しはじめるんかな。こういう音楽が「カフェバー」とかで流れているらしい、みたいなので行きたかったけど怖くて入れなかったのは笑える。銀閣寺道のあたりになんか有名なんあったんですよね。でもほんとにイカニモ京大生ってやつだったしねえ。入口のネオンにあこがれる年頃。

    1980年の曲ですか。王道コード進行ですがすばらしい曲だよな。ビルウィザーズ先生やラルフマクドナルド先生の名前はあんまり知らんかったと思う。とにかく情報がなかったの。
    グローバー・ワシントン先生はサックスの人だし、まあこういうのもけっこうそのジャズ喫茶にもあったんですが、その時期はそういうのはあんまりかけちゃいけないことになっていた。でもお客がいない間にいろいろレコード発掘していて好きだったのがこれ。ロバータ・フラック先生。これは抑制している感じが真っ黒でかっこいい。ロック系統の解放された感じとはぜんぜん違いますね。1970年の音楽ですか。

    ニーナ・シモン先生はブラコンじゃないけどHere Comes the Sunってカバーアルバムが好きでよく聞いてました。1971年のアルバム。

    これ某ジャズスナックみたいなところで、このレコードがかかると閉店、「お帰りの音楽」になっててもうほんとによく聞いた。まあ和田アキ子先生みたいな感じでもあるけど、これはボブディランのオリジナルをはるかに凌駕してますよね。そのエッセンスだけとりだしてぜんぜん違う音楽にしちゃってる。深い。いつ聞いても泣ける。ジャズ喫茶で大量のジャズ聞きながら、歌物も白人ロックとかニューウェーブとかよりこういうのの方がいいなあ、みたいなふうになっていく。

    シャーデーとかもそういうものとして聞いてた。1984年。いま聞いてもおしゃれだなあ。

    なんかディスコとかパブとかカフェバーとかそういうところに行くとこういう音楽で踊ったりできるぽいので行きたかったけど行けない男。なんかこのころ大学生とかもスーツとか流行ってたんだけど、服もってなかったしねえ。ゲームセンターの店先に立ちながら、スーツ大学生とボディコン女子大生を見ながら悔し涙、みたいな。ほんとにあれだ。

    5回生ぐらいだとテディ・ペンダーグラスとかも聞いてたな。これは1988年ですか。まあ宅録マーヴィン・ゲイ先生の影響下でのコンテンポラリーなソウル、ですわね。

    まあ学部時代はジャズの時代。ブラコンは好きなんだけど本格的に探求するってわけではなかった。

    もう1曲ぐらい。今では誰も知らない人だけど、よく聞いてた。まあプリンス影響下。これも1988年か。

    ソウル/R&Bと私 (2) 高3ぐらいはブリティッシュだったみたい

    <

    div>高校生のころにはMTV番組をやりはじめてたと思うんだけど、田舎ぐらしで、民放テレビも2局しかなくてMTVやってなかった。情報源はNHK FMぐらいだったんよね。民放FMもなかったし。だからすごい情報が限られてた。まあ渋谷陽一先生にはお世話になった。あのころの田舎の高校生はみんな渋谷先生の番組にかじりついてたと思う。

    高3のときにはデビッド・ボウイのレッツダンスがはやって、プロデュースはChicのナイルロジャースだ、みたいな紹介がされたけどChic知らなかった気がする。でもこのアルバムはいまだに好きっすね。ロジャース先生のカッティング切れ切れだし。ただドラムはオマー・ハキム先生が叩いてるやつの方が好きかも。ついでにスティーブレイヴォーン先生もおしえてもらった。しびれた。

    ロキシー・ミュージックのAvalonにもはまって、ドラムはスライ&ファミリーストンのアンディ・ニューマークだぜ、と言われてもスライもよく知らなかったような。このアルバムもいまだに好き。B面の構成がいいんよね。

    The Jamのポールウェラーはモータウンのファンなのだ、とか言われてもそれもよくわかってない。Jamはそれほどよくなかった。特にこの曲は、ウェラー先生やりたいことをベースの人ができてない感じがする。だから解散したんだろう、みたいな。やっぱりモータウンな感じだったらもっとベースを歯切れよくミュートしないと。

    <

    div>それよりちょっとまえ、ホール&オーツの音はかっこいいと思ってた。ブルーアイドソウルとかって言われててね。でもCDは買わなかったな。なんでだろう。

    まあここらへん思いだしてみると音楽的趣味としてはほんとうに平凡ですわね。黒人音楽のエッセンスをつかったブリティッシュニューウェーブ、みたいな傾向。ソウルまでの距離はかなりある。

    ソウル/R&Bと私 (1) めざめ

    ソウル入門、みたいなのはそういうの書けるほど知らないから自分話をしよう。

    まあ小学生のころから音楽は好きだったわけですが、黒人音楽というのものにはあんまり関係なかった。中学生のときも基本的にはクラシック少年でマーラーとか聞いてたんですよね。

    洋楽自体は小学生のころにBeutiful Sundayってののレコード従兄弟がもっててすごい何回も聞いたおぼえがあるけど、これは黒人音楽と関係ないのでいいや。あとは中2〜3のころはビートルズ聞いたりしてたけどこれも黒人じゃない。

    ただ強く記憶に残っているのがビージーズですね。小学6年生か中学生ぐらい。特にStayin’ Aliveって曲が好きで。

    この若干ミュートしたギターの音がかっこいいなあ、みたいな。チッ「チキ」って拍のウラ刻んでる感じがいいですね。この拍の裏で踵をアップさせられる感じが好き。でもちろんビージーズは黒人じゃないけど、当時流行のディスコサウンドですね。1977年かあ。洋楽を意識しはじめたんのはこのころかなあ。

    あ、ロッドスチュワートのこの曲もすごく好き。ベースがコッコココッコッコココッコいわゆるインディアン。これは簡単そうで非常に難しい。私はできません。1978年。

    ストーンズのMiss Youも好きだけど、こっちはもっとあとになってから知ったと思う。これも1978年。つまり私はディスコ音楽が席巻するなかで中学生活をはじめたわけです。

    吹奏楽で「ディスコ・キッド」っていう有名曲があって、何回か聞いてこれもかっこいいと思ってた。でもいま聞くとダサい。1977年の吹奏楽コンクルール課題曲ですね。でも1回演奏してみたかった。

    でもディスコサウンド、みたいなのはずっと好きだったんじゃないかな。中学生のときにはじめてドラムセット触ったんだけど、8より16のリズムを練習するのが好きだった。

    それが黒人音楽である、っていうのを強烈に意識したのはおそらくクインシージョーンズ先生の「愛のコリーダ」だとおもう。

    これはかっこいいねえ。もうベースがよすぎる。スラップベース開祖の一人、ルイスジョンソン先生。基本的にディスコサウンドというのはドラムとベースを聞くものですね。ベースはロックだとベベベベって感じで鳴らしっぱなしになるのですが、ソウル/ディスコだと必ず切る。長くのばさない。その音の切れるタイミングや、音のない空白によってノせるわけですね。

    あとこの曲は吹奏楽とかでもカバーするのが流行ったんですよね。

    もう一曲Stuff Like That。

    ドラムはスティーブガッド先生だったかな。

    高校生のころになるとツェッペリンとかフーとかのロック系統を聞くようになるけど、黒人系統にはあんまり進まなかった。ツェッペリンのブルース(Lemon Songとか)はかっこいいと思ってたけどそっちにも進まず。

    「ソウル」っていうとサム・クックとかオーティス・レディングとかウィルソン・ピケットとか、なんかアトランティックレコードとかで、これは私の好みではなかった。こう、リズムもハーモニーも洗練されてない。

    汗くさすぎるというか。いま考えれば、1980年代に60年代ソウル聞いてもしょうがないですよね。田舎だったんで情報がなくてねえ。特に黒人系は『ロッキノン』とか読んでもわからないし、FMでも流れないし。黒人音楽とはブルースだ、みたいな印象だった。ブルースとソウル/ディスコは関係ないぞ!ていうかサザンソウルもドブルースはいまだにあんまり好きじゃない。コードにテンション入ってないとだめなんよ。ビートは16じゃないといやなの! エイトビートはかっこわるいの!

    もっぱらジャズ/フュージョン聞いてた。

    yonosuke昔話 (4) いちおういったんやりたいことを終える

    5月にはスタジオでドラムも録音してみる。家から歩いて1分のところにへんなスタジオがあったんだよな。娘がLUNA SEAのファンとかの小さなホテルの地下。

    どうやったんだったかな。マイクはバスドラに1本、ドラム全体に1本だったか。この曲はクリック聞かずにドラム先だったかな。イントロと1コーラス目のテンポが違ってて笑える。間奏部分ははじめてアドリブスレにアップしたのとほとんど同じ。アイディアがない。歌もスタジオなので思いっきり叫んだ。なるほどこういう声に採れるのか、みたいな。まだイコライザやエフェクタでの声質の調整とかはできてない(今もできない)。

    歌詞っていうか「ラチラチ」っていうコーラスの部分の原型は1月ぐらいにバンド(スタジオでビートルコビバンして遊んでた)で「こんな曲作りたいんだど」みたいなときにできてたんかな。2001年12月に木屋町三条でボコボコにされた若者が車に載せられるのを見た衝撃を歌っている。見回りしていた警察の人に「なんかボコボコになった人がタクシーに載せられてました よ」ってすぐにチクったんだけど、どうなったかな。このころの木屋町は深夜になるとあちこちでケンカしていてすごい危険だった。数年後木屋町どまんなかに交番とかできたんだけど。あと集団強姦とか七年監禁とか名古屋アベック殺人とか「DQNの川流れ」とかいろいろ事件もあって、暴力について考えてた。これは「私も暴力使わないようにしないとな」とか思ったわけではない(と思う)。物理的な暴力ではないにしても、職場の揉め事などから集団というものの恐しさ、他に追従する人々の無責任さについてはまあいろいろ考えてる時期ではあった。

    「ラチラチ」

    あいつはそんときヨレヨレで
    よっぱらいだと思ってた
    うなだれ口あけ目をつぶり
    ヘロヘロなんだと思ってた
    監禁ラチラチ

    あいつの顏は青黒く
    腕は逆に曲ってた
    あいつのシャツは赤黒く
    車乗せられ街から消えた
    監禁ラチラチ

    ラグビー部員と泣いて頼んで
    南港泳いでコンクリつめられ
    手錠かけられ一室七年
    なんで世の中暴力ばかり
    恐いよラチラチ

    んでまあ3曲いちおう完成させてみて(というか「プリプロ」か「デモ」だわね)、曲を作るということがだいたいわかった気がしたので、夏休みに入ったところでやっと3月に作りたかった曲の制作に入る。歌詞はそのときに書きとめたメモ。その出来事をうまく抽象化していると思う。正直気にいっている。曲をどうしたらいいかわかんなかったんだけど、FunkadelicのMaggot Brainのコピーしているときにそのコード進行使ってしまえば延々ペンタトニックでギター弾けるってわかったのでそれを使う。さすがに一本調子だとロックにはならんのでサビはちょっと考えたけど、そこも自然にロックらしくできた。まあいかにも古いロック、って感じにしたかった。

    歌詞できてからまずスタジオでリズムギターをジャズコで爆音で鳴らしてとったんだったかな。アンプ爆音で鳴らすとギターの弾いた時の感じが変わることはこのときにやっとわかる。なぜマーシャルにしなかったのかは謎。それにあとでドラムを入れてベース入れたのかな。まあヨレヨレ。ドラムとか頭のなかで鳴ってるリズムが叩けないし、ちゃんと尺が決まってないのに叩いている。「まあだいたいこういう感じでここらへんに山場のはず」程度。どういうわけかチャイナシンバルついてるドラムキットだったので(ヴィジュアルバンド向けだ。ははは)バッシャーンってやって気持ちよかった。んで歌入れまでスタジオでやってそこでスタジオ時間切れ。次の日に自室でベースとギター入れたんだったか。ベース以外はどれも完全に1発だった気がする。どうせだったらリードギターも生でとるべきだった。でもこういうのはテイクをかさねるともっと悪くなるのがわかってた。ばらばらだけど1回しかできない気合だけは入ってる。

    「チョット待って」

    ちょっと待ってくれよ
    あいつが帰るまで
    ちょっと待ってくれよ
    彼女が戻るまで待ってくれ

    なんでそんなに急いでるのか
    半時ばかりおれと茶でも飲んでいけよ

    そりゃお前は抜けだしたいんだろ
    好きなように飛んでみたいんだろ

    そこが寒けりゃ 毛布貸してやるよ
    ここが暑けりゃうちわ使えよ
    腹が減ったら
    なんか食わしてやるから
    だから ちょっと待ってくれよ
    挨拶くらいしてけよ

    そりゃお前は飛びたいんだろ
    ラブソング歌ってみたいんだろ
    ちょっと待ってくれよ

    この曲をあげたときにはヘタクソスレはパート2になっている。過去ログはここで発見した。 http://uta.s115.xrea.com/1026044131.htm

    この93でコメントしてくれた人はおそらくそれまでも何回か好意的なコメントをしてくれている人でいろいろ感謝している。(そしてあの方と同一人物なのではないかと思う)まあネットに音楽あげれば誰かがコメントくれてそういうのははげみになった。

    まあこの曲作って一段落。なんていうか才能のある人が高校生ぐらいでやることを中年にやってから追体験している、みたいな感じ。若いときにできなかったこと、やっておけばよかったことは多い。音楽ぐらいは取り返して経験してみたかった。そういう活動がどういうことか、ってのの片鱗は味わった気がする。とりあえず一人で曲と歌詞を作りドラム叩きギター弾く。夢のようだ。ここらへんで余はもう満足じゃった。

    どうでもいいけど金のないM1のころに、「〜君は家に機材そろえて音楽作ってるのよ」みたいな話聞いて悔しかったおぼえがある。ははは。私はみんながそういうのやめた中年になってからやりましたよ。

    ネットにはそれ以前にあげてるけど、上の曲のうしろに「返し」としてつけるつもりだった曲。

    「さらぬ」

    くりかえすけどこのコメントの方(上と同一人物だろう)には本当に感謝している。ポイントポイントでなにをやろうとしているかを理解して適切なコメントつけてくれている。「こんな未熟でも、日本のどこかには他人の音楽を聞いて理解して応援してくれる人がいるのだなあ」みたいな。今久しぶりに読みなおしてみて、私も人々を応援できる人にならないとならんねと思ったりする。

    yonosuke昔話 (3) 2曲目で女子にセクハラする

    んでまあ仕事的に4月はバタバタするんでなにもできなかったんだけど、5月の連休期間を使ってもう1曲作ってみた。バックトラックはギターの教則本読みながらリズマシーンを使ってカッティングの練習してたら自然にできてしまった。これは歌詞は自然にできたとは言えなくて、それなりに考えた。

    前の1曲で自分は歌詞を書けるってことがわかったので、それなりにこった歌詞にしたかった。中年が仕事場の密室で徹夜で2ちゃんねる読みながらウォッカ飲みタバコ吸いながらこんなんしてって馬鹿だな、みたいに思ってそれを歌う。「密室ポップライフ」っていうワードが最初に浮かんだけど、対になる「密室ファンクライフ」が中心になった。これコードの進行もリズムもファンクじゃないよね。けっきょく合わなくて「密室ファンク」だけになった(F-wordだし)。エロキモいセクハラ歌詞を作ろう、みたいな。与謝蕪村の本を読んだところなので「行く春や重たき琵琶の抱きごこち」を引用しているのが自慢。私が歌詞書くときは、こうやって文章書いてるときと同じ脳味噌の部分を使っている感じ。3コーラス目はおもいっきりセクハラな感じにしてみた。

    こんな曲「密室ファンク」

    月がぼやける夜はぬるいウォッカグラスについで
    タバコに火をつけドラムマシン走らせよう
    空気の重い夜はギターの重さも感じ
    やさしく腰に抱いてマシンランプともらそう
    密室ポップライフ
    密室ファンクライフ
    重たきギターの抱きごこち愛し
    さりゆく春を思ってみよう
    ジェマーソンきどってベースをならしたら
    マービンきどってささやいてみよう
    (Chorus)
    閉ざされて部屋のかたすみのくらがりで
    シールドのヘビが僕等をさそっている
    君の胸のポップマシーンゆっくり汗ばんで
    腰のファンクマシーン動きだすのを待とう

    「ゆっくり汗ばむ」のところは録音したバージョンでは「じっとり汗ばむ」になってるけど、もうとりなおせない。他にもうまく合ってないところがあるけど解決できなかった。まあ、いいや、みたいな。歌はキモすぎるが、一発でとったベースラインの感じは気にいっている。なにも考えてないのに自然に弾けて自分で驚いたのをおぼえている。ここらへんになると、自分には技術はないにしてもある程度の音楽センスがあるんではないかと思いはじめていたんじゃないかな。っていうか、楽曲を作るということは感性というよりはむしろかなり知的な作業なのだということがわかりはじめる。

    最初は一人密室のままあっぷしたんだけど、これくらいエロくしたら女性ボーカル入れないとかっこつかないと思って事務系の同僚たち(特別な関係ではない)に頼んでコーララス入りバージョンに差し替えよう。一人だけやってくれた。いやがって恥ずかしがってるのがおかしい。自分のアイディアを他人に歌ってもらう、なんてのはもちろん初めての経験。最初に「密室ファンク」てコーラスが思いうかんだときからから頭のなかでは女性ボーカルが鳴ってたんだと思う。

    今聞くとボーカルはやっぱりキモいけど実はリードギターも気にいっていて、なぜ一発でこう弾けたのかはよくわからない。なんかある興奮状態にあったのだと思う。気分だけはパットメセニーだったのはおぼえている。最後の方のコーラスも女子にささやいてもらえばよかったねえ。

    セクハラで訴えられなくてよかった。危ない危ない。まあ職場3年目ぐらいで慣れてきたので、「同僚にもお客様にもセクハラしないようにしないとな」みたいなことを考えていたんじゃないかとも思う。それのはけ口。ははは。しかし女子コーラスを入れさせてエロセクハラする、というのはその後も作った。(「マジンガーZ」)

    やっぱり女性コーラスいれたのウケてうれしい。まあ女子にコーラスさせればウケるのはわかっていた。まあ楽器の技術はなくてもアイディアさえあれば曲は作れる、っていうのを皆に見せたかったところもある。とにかくもっとみんなに歌詞を作ってほしいと思ってた。やっぱりロック・ポップスは歌詞だ。

    ヘタクソスレッドはけっこう自作曲あげる人もでてきて繁盛していてうれしかった(歌まで入れる人は少なかたけど)。ギターの技術が中心のアドリブスレとは違う流れができつつあった。

    yonosukeの歩み(2) 初作曲

    まあはじめての音源あげたらその日というか次の夜にはヘタクソスレがたった(立てたのは私ではない)。ははは。これはおかしい。まあ誰かが私のようなのにはアドリブスレはそぐわないと思ったのかもしれず、あるいはなにか感じるものがあったのかもしれない。

    13で「名スレの予感」とか書いてる。ははは。
    「楽器・作曲」板なのに当時この板ではほとんど作曲の話はしてなかった。作曲する人たちはDTM板にいたけど、そっちはMIDI打ち込みの機械的な演奏ばっかりで音楽的じゃないことが多くてあんまり聞いてなかった。
    でも私の目標は曲を作ることだった。今だから書けるけど、実は3/21にショックなことがあってそれを歌にしときたい、ってはっきりした(いや、ぼんやりした)目標があったんよね。その2日後にMTR買ったわけだ。
    でもいきなり曲は作れないからいろいろ練習してた。この時点ではまだ作曲ってのがどういう作業かよくわかってない。とりあえずいろいろ弾いてみて研究。
    あ、これ以前からジャズピアノの教則本みたいなのは読んでて、古いエレピでアドリブの練習みたいなのはしていた。だいたいアドリブ関係の音楽理論(コードとスケールの関係とか)とかぼんやりわかってる感じ。わかってるけど指は動かない。コード理論はわかっているので「作曲する」というのはアドリブと同じである、というのはわかっていた。まあアドリブってのはその場で作曲することなわけだし。でもオリジナルなコード進行やメロディー、歌詞を構成するってことはしたことがなかった。
    ロリンズのセントトーマスのコード進行をレゲエっぽくやってみて適当に歌詞を載せたらどうか、みたいなことを考えてとりあえず作ってみた。
    他の人の音源を聞いてみて思ったのは、打ち込み臭さが強いと音楽としてあんまりおもしろくないってことだった。ヘタクソスレだし、あえて下手な感じを出すためにぜんぶ手でひく、ドラムはリズムマシンをリアルタイムで手で叩こう、と。いちおうクリック聞いて叩いてるんだけどヨレる。
    歌詞ははじめて作ったのに驚くほど簡単にできた。なんか毎年来る春の軽躁状態だったのだと思う。「なんか音源をあっぷしたい」と強く思っていたので、それをストレートに歌ってみた。もちろんある程度ウケを狙いに行った。
    はじめての作曲「うpしたいな」。

    うpしたいなうpしたいなうpしたいな
    初心者だってヘタクソだってうpしたいな
    君が上げればぼくは下げる
    君が下げればぼくは上げる
    うpしたいなうpしたいなうpしたいな

    うpしたいなうpしたいなうpしたいな
    リズムがよれても音程ずれてもうpしたいな
    スケール練習あっぷあっぷ
    それ聞く君はベッドにダウン
    君といっしょにたくさんいっぱいうpしたいな

    君の心のスペースさがしてうpしたいな
    君がもってる空いてる部分にうpしたいな
    上から下から前から横から
    気合一発録音一発
    いつでもどこでも誰でもかまわず
    うpしたいな

    この歌詞は今見ても非常によくできてると思う。きちんと対句使ってエロのダブルミーニングもどき入れてけっこう凝ってるのに、1時間かからなかった記憶がある。歌詞ができればメロディーラインは適当でいけるのがわかっていた。ていうか音源聞きながら歌詞載せてったんだったかな。歌とバックは完全に一発。間奏は直前の歌詞に合わせて、「スケール弾いてアルペジオ弾いてもうすこし自由なアドリブにチャレンジして失敗する」ってのを見せたらおもしろいだろうぐらいの目論みで2、3回弾いたんじゃなかったろうか。うまいことヨレた(実際にはこうしか弾けなかった。セントトーマスの最後でコケてるのも天然)ので即採用。
    実際にあっぷするときはウケるだろうとけっこう自信があった。
    もちろんウケてうれしかった。これで作曲や歌も活気づくといいな、と思った。

    yonosukeの歩み(1) 初録音

    2007年ごろにある機会にyonosuke.netについて話したスライドが出てきた。そのまま上げてもいいんだけど、keynoteやPDFだと読みにくいので書き直してみたい。このブログ100投稿目みたいだし。

    昔「不如意音楽掲示板」というのをやってた。いまはもうない。それの話。

    もとはもちろん2ちゃんねる。お世話になりました。1999年か2000年ぐらいに存在を知ったけど、なにがどうなってるのかわからなかった。

    興味のある楽器・作曲板(以下「楽器板」)に出入りしてたんよね。

    2001年当時は、作曲の話はほとんどなくて、楽器の演奏方法とか議論してたみたい。問題は、偉そうにいろいろゴタクや蘊蓄を並べている人間が実際に弾けるのか、ってことだわね。弾けない人が言ってることは信用できないわけだし。画像は200kbぐらいでOKだけど音源は簡単に1MBは超えるのでシェアしにくかったんよね。それに対応している掲示板(アップローダ)も少なった。2001年ぐらいになってネットが速くなって掲示板の容量も増えて、自分が演奏したものを「うp」できるようになった。勇者たちが挑戦をはじめた。

    楽器板で有名だったのは「アドリブをうpしてコメントを貰うスレ」だったと思う。ここは勇者が多かった。「1」に書いてあるスレでいくつかあっぷされてて、それを集約する意味があったんだと思う。

    これを見て、すごいうらやましかったんよね。あとみんななんかうますぎ。もっと下手なものが聞きたい。っていうかそもそも楽器板にいる高校〜大学生がそんなうまいわけないじゃん。
    私は2000年にやっと就職して、2002年になってからやっと機材を買えるようになった。3月23日にやっと念願のデジタルMTRを買った。んで、使い方を研究して3/27にデビュー。
    たしかMTRは12月にカセットのやつをヤフオクで買ったけど使いにくくてほうておいたんだと思う。
    yonosukeという名前はそれ以前からずっとネットで使ってたけど、2ちゃんねるで使うのははじめてだったと思う。
    そんときの音源はこれ

    もちろん、原曲はPrince様のPeach。youtubeにはないですな。まあ技術的にはなにもあれだけど、勢いは感じるねえ。喜んでいる。

    反応はこんな感じ。

    まあ勇気に乾杯されている。
    そしてこの日に「ヘタクソ・初心者がうpして評価を頂くスレ」が誕生する。(続く)

    ジャズ入門: エルヴィンジョーンズ先生の「至上の愛」を探求する(2)

    前の記事、「ブレイキーのチュニジア、フレーズの流れは2-3なのにクラーベは3-2で打ってるんだよね。」っていう「はてブ」コメントもらってました。なるほど!まあ私はその程度のことがわからない程度の人間なのでそういうつもりで一つおねがいします。

    んで「至上の愛」なんですけど、もう一回。

    全体はAbのメジャーペンタトニック一発みたいですね。

    もちろん4拍子でベースは「ラbーファシbッ」ってのくりかえしてます。4分音符と8分音符2個、と一応考えておく。
    ピアノは16分音符で1拍目と2拍目の裏の裏に弾くのが基本。私の耳にはここでベースとピアノが16分音符1個分ずれてるように聞こえますね。ピアノはAbペンタから適当に4度で音拾ってる気がするけどわからん。

    んで、問題のドラムがどうなっているかというとやっぱりわからんのですが、バスドラが1拍目と4拍目の裏と裏裏に入ってる。ハイハットが2拍4拍に入って、スネアとタムが1拍目の裏裏、2拍目の(裏)裏と3拍目の裏に入ってる気がします(2拍目の裏に入ることもある)。シンバルは16分音符でチキチキチキーチが基本かなあ。正直聞きとれない。

    というわけで、自信ないけどこんな感じ。

    んで、まあ何を発見したのかというと、これは実は昨日書いたクラーベなのですわ。バスドラとスネアのリムショットとタムタムで|タン・タン・ンタ|・タンタン・| っていうルンバクラーベができている。ルンバクラーベっていうのは昨日ビデオで見た3-2ソンクラーベと比べると3個目の音符が半拍うしろにずれてるやつ。ちょっと早くてしんどいけど「たんーたんーんた、たんたん、」って手拍子してみてもらうとわかるのではないかと思います。

    ポイントは、昨日紹介したパーカーやブレイキーのラテン風リズムに比べて、エルヴィン先生のリズムは4拍子(またはハイハットの刻み)に対して倍の速さになってんですね。

    ドラムは1小節のなかに3-2ルンバクラーベが入ってて、ハイハットが2拍4拍刻んでるので4拍子な感じもする。ベースも強力だし。シンバルが細かく刻んでるのですごい忙しいけど、ベースが安定しているのでゆったりした感じもする。よくわかんないけどベースとドラムの2拍目の裏が微妙にずれたりずれなかったりしているのもわからん感じです。ベースの2拍目の裏の音は3連になってるのかな?まあこれがポリリズムってやつなんですなあ。微妙にスイングした4拍子とクラーベと16分刻みが共存している。すごい。まあラテン音楽の影響受けたものはだいたいこういうふうになってるのかもしれないですが。

    http://www.drummagazine.com/lessons/post/4-cool-grooves-from-4-hot-rhythm-sections/
    上のページも参考にしてください。

    こういうふうに採譜してます。解説の部分を訳しておきましょうか。

    「至上の愛」はサックス奏者ジョン・コルトレーンが同名のアルバムに収録した歴史の転換点となる曲だぜ。ここでドラマーのエルヴィン・ジョーンは、ベーシストのジミー・ッギャリソンとすげーアイディア交換をしてんだぜ。最初の4小節(0:53から)でメインテーマが提示されてんだけど、そこじゃあんまり飾りはつけれれてない。でも、5小節目になるとエルヴィンはシンコペーション加えてブチ熱狂的になっていくぜ! ギャリソンがそのシグナルを7小節目で受けとめて、ベースラインを複雑にしてるのを見てみろよ!これがノンバーバルコミュニケーションてやつだ!あいつらはリダーにしたがってプレイしてるんだ!

    このエルヴィンジョーンズ先生がちが開発した「ゆったりしているようで忙しい、忙しいようでゆったりしている」ポリリズムはもう60年代後半の音楽を決定してる気がします。

    それはたとえばこういう曲にも反映されている。(The DoorsのThe End)

    まあこれはクラーベは感じないですが、シンバルとかにエルヴィン先生の影響感じますね。エイトビートと16分や2拍3連や3連とかが混在されるリズムの上での一発ドローン、とかまあロックとしては非常に独特の美しい音楽なってる。9分目ぐらいからの暴れるところかっこいいですね。まあドアーズは基本的にはコルトレーンアあたりのジャズ好きな連中が集まってロックやってるバンドなんすよね。(あれ、これファXクファXク言ってるバージョンだ。下品いかんですね。)

    Break on throughとかはハードボサノバですわね。

    まあそういうわけでポリリズムは偉い、ということで。

    ちなみにパフュームのはポリリズムじゃなくてスリップビートですからね。……いや、4拍子と3拍子がいっしょに鳴ってるからこれもポリリズムか。失礼しまいた。

     

    ジャズ入門: エルヴィンジョーンズ先生の「至上の愛」を探求する(1)

    まあジャズという音楽様式の特徴の一つはドラムにありますわね。

    今日はエルヴィン・ジョーンズ先生の復習。

    まあはじめてこの「至上の愛」聞いたときはやっぱりぶっとびました。

    テナーサックス、ピアノ、ベース、ドラムの4人しかいないのになんか猛烈に複雑な音がするです。特にドラムはなにやってるかわかりませんね。普通人間は手足あわせて4本しかないので、一度に出せる音は4つしかないわけですが猛烈に複雑。7本ぐらいある感じがしますね。

    このエルヴィンジョーンズ先生の60年代中盤の音楽ってのはほんとうに世界を変えたんじゃないですかね。

    まあこの曲についていろいろ調べてみたんです。まあアフリカな感じがするわけですが、これがどっから来てどんなことをしているのか探求したい。これは実は初めて聞いた中3か高1のころからの課題であったわけです。

    まあジャズと(アフリカじゃなくて)ラテン(キューバ)音楽の関係ってのは本当に深くて、パーカーの時代以前からありますわね。

    1940年代後半から50年代にかけてはアメリカとあそこらへんは密な関係だったんですな。

    ラテンのリズムというと特にアートブレイキーが有名かなあ。50年代のも有名だけど、わかりやすい60年代はじめの方を。

    こういうキューバ音楽のリズムは、基本的にクラーヴェっていう拍子のとりかたにもとづいてるんですね。2-3と3-2がある。説明しにくいのでビデオで。

    キューバ音楽では、この2-3や3-2のリズムを感じながら全体の音楽が進むわけです。

    このクラーヴェの感覚ってのはラテンのキモらしく、クラブにサルサ踊りに行ったりするとイケメンキューバ人が女の子にサルサの踊り方教えてるわけですが、その時も「ワンツースリー」じゃなくて、こういう感じで「・ウノ、ドス・ウノ・ドス・トレス」ってカウントしててかっこいいです。

    もっとハデなの。かっこいい。拍がどうなってるのか数えてみてくだいさい。

     

    あれ、サルサの話になってきてしまった。続きはまた。

    ジャズ入門(28): ハービー・ハンコック先生は偉い

    マイルスバンドで名前を上げたハービー・ハンコック先生は本当に偉大。前にHead Hunterのchameleon を貼ったと思いますが、60年代にもマイルスバンド以外にもいろいろ活動している。

    この人はピアニストなのにピアノトリオとか好きじゃないみたいで珍しいタイプっすね。トリオの作品は2、3枚しかないんじゃないかしら。自分で弾きまくるよりも、全体のサウンドを気にするタイプ。そこらへんがマイルスに気に入られたんだと思うです。

    自分でやったのだとやはりSpeak Like a Childってアルバムがすばらしい。ちょっと変わった編成のバンドの分厚くて柔らかいサウンドが素敵。

    サイドマンとしてもいろいろ活躍していて、フレディー・ハバードのRed Clayのエレピqは最高だと思いますね。この演奏はジャズ・ロックみたいなのの最高峰の一つ。
    もうテーマのあとのはバード先生のソロのあとのハンコック先生がすばらしすぎる。

    無調音楽入門(16) フリージャズとの関係

    んでまあここらへんまで来るともうジャズのフリーインプロビゼーションとかと変わらんところにあるわけですなあ。

    セシルテイラー先生とかまあもう完全に1950年代の現代音楽の音だし。

    現代音楽より肉体的で素敵ですよね。コルトレーン先生の系統のフリージャズってのはなんかとにかく吹きまくって力で押す、みたいなところがあるですが、セシルテイラー先生の系統のはもっとなんか知的に構成されてる感じ。
    ジャズ喫茶で働いてたときはテイラーのソロピアノってのがなぜか人気盤でしたね。私も好きでした。
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    テイラー先生が50年代おわりぐらいにこういうの演奏してたら、デイブ・ブルーベック先生がやってきて、「ああ、君の演奏コンセプトはこういうことだろう〜」みたいに言ってきて、それがずばりだったのでテイラー先生が驚いた、とかって話があります。何をしゃべったかってことまではわかんないんですが、まあブーレーズやらシュトックハウゼンやらクセナキスやら、誰それの現代音楽のコンセプトをあれしてるんだろう、みたいな感じだったんじゃないですかね。

    キースジャレット先生とかのフリーの独自魅力がある。

    あとチックコリア先生なんかもフリーにやってたりもする。

    まあ60〜70年代のジャズの一つの音ですわね。

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    無調音楽入門(15) 吉松隆先生のニューロマン主義

    まあ現代音楽はもうほんとうになんでもありなわけですが、吉松隆先生の「朱鷺によせる哀歌」(1981)とか名曲だと思いますね。「もう無調は古いぜ、調性の時代だぜ」みたいな。

    現代音楽のマンガっていうと巨匠さそうあきら先生の『ミュジコフィリア』がまんま現代音楽作家・演奏家たちの世界を描いてますね。舞台が京都であちこち知った場所が出てくる。

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    いまんとこさそう先生の作品としてはもうひとつもりあがってない気はしますが、きっと大展開してくれるでしょう。