ベイシティローラーズとわたし(そしてビリージョエルとキッス)

大学入学までのヒット曲、邦楽のはだいたい聞いた感じなので、今度は洋楽ヒットを聞いてみてます。

Appleのリストには、ベイシティーローラーズ(!)が入ってないんですよね。日本ではすごい人気だったのに(「タータンチェック旋風」)。

これは1976年なので、江口少年は小学6年生ごろですね。けっこう強い印象があるんですが、そういうのってだいたい他人がかかわってるもんですよね。この場合は同級生女子のHさんかな。

Hさんは小学校から高校まで何回も同じクラスになった、まあ幼ななじみ、みたいな感じですね。特に親しかったわけじゃないんだけど、彼女は勉強がよくできたし本を読む人だったので、まあクラス女子のなかでは比較的話が通じる感じ。とにかく「真面目」な女の子っていう感じだったんですが、それが小六ぐらいになって突然「ベイシティーローラーズ!」って言いはじめてなんかそれの雑誌とか買ってるわけですわ。

ロックやポップってのはまあ「悪い」音楽ってことになってたし、ローラーズはまあ「かわいい」感じのアイドルバンドだったんで彼女のそういう変化が意外だったんですね。まあ女子というのはイケメンやかわいい男子が好きなのは知ってるわけですが。へえ、みたいな。

彼女は中学校に入ると「ビリージョエルだ!」って言いはじめるわけです。んでなんか中2ぐらいのHonestyの歌詞をつかって作文書いて、国語の先生にほめられたりしてましたね。「誠実というのは哀しい言葉だ」ってやつね。

さらにKISS!ファンになる。

まあKISSはいかにも色物だったので、「えー」とか言ってると「Kissは実力があるんだから!」とか怒られたり。

まあ今聞くとどれもいいですよね(ビリージョエルは「素顔のままで」の方が好きだけど)。私が悪うございました。

そのあとも高校でも同じクラスになって、まああんまり気がねせずに話ができる人だったかな。なんていうか、30才過ぎまで私は、「他人の心」みたいなのがどういうふうになってるかよくわからない、みたいな感覚があって一部の人としかうまくコミュニケーションできなかったのですが、まあ数少ない(私にとって)ふつうの会話ができる人でしたね。地元の大学に進んで、地元の学校の先生になった、んじゃないかな。

その後、ずっと会ってなかったんですが、私が例の大病っていうか手術とか経験して、「私もそんな長く生きてないかもしれんし、高校の人たちぐらいは会っておくべきかな」ってんで、手術の次の年あたりに、珍しく高校の同窓会(飲み会/カラオケ)に参加したんですわ。そこに彼女もいたんで、懐しい曲をみんなで歌ったりしてたんですが、そこで彼女といっしょにS-A-T-U-R-DAY NIGHT歌ったんですわ。まあ病気してから、自分の来し方とか考えて、古い洋楽とか聞きなおしたりしていて、それで彼女のことを思い出してたんよね。それから1、2年して彼女は病気で亡くなってしまったらしいのよねえ。私は生きてて彼女は死んでる。でも幼ななじみと一曲一緒に歌えてよかった。でも中高生のとき、もうすこし話すべきことがあったかもしれないと思うのです。

まあ昔の曲を聞いてると、特定の曲が特定の個人と結びついてることがあるんですが(それは恋愛とかには限らない)、まあそういう数曲ですね。この歳(還暦)になるとけっこうな人数がなむなむしてしまっていて、まあ人生というのはそういうものですな。でも話すべきことがある人とは機会をつくって話しといた方がいいと思います。でもできないのよね。

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