ジョージ・マイケル先生(Wham! )は私ものすごく好きで、デビューアルバムのラブマシーンあたりから死ぬほど聞いて、Last ChristmasやCareless Whisperもリアルタイムで楽しみました。クリスマスには必ずLast Christmasが流れるし、テイラースイフト先生とか多くの人がカバーしているけど、この曲の歌詞、ちゃんと理解されてないのではないかという気がします。
一般的な和訳・解釈 → http://ryugaku-kuchikomi.com/blog/last-christmas http://xn--tfrt83ip2e.biz/1056
まあシンプルな英語だし、訳はこんな感じでいいと思うんだけど、ちゃんと注目すべきところがある。
Last Christmas
I gave you my heart
But the very next day you gave it away.
This year
To save me from tears
I’ll give it to someone special.
去年のクリスマスに一発やったけど次の日にはもう他人、というワンチャン・ワンナイトの歌なのははっきりしてますよね。そんで、今年はやり逃げされて泣きたくないから、「特別な人」とセックスするつもりです、という歌です。 “This year … I’ll give it…” と「今年は〜するつもり」になってることに注意してください。
しかしここでひっかかるべきなんすよ。someone specialってどういうことよ。「今年は誰か特別なひととしますよ」って、なんじゃないな。今年は「大好きな彼女/彼氏としますよ」ならわかるのに、「誰か」とするっていうのは、つまり、スペシャルなひとはまだいないわけですわ。
Once bitten and twice shy
I keep my distance
But you still catch my eye.
Tell me, baby,
Do you recognize me?
Well,
It’s been a year,
It doesn’t surprise me
(Merry Christmas)
一回ひどい目にあったから、今年は遠巻きにしております、でも君はやっぱりイケメンか美人かで僕の目をひくなあ。んで、 “Do you recognize me?” =「君、僕のことわかる?」ですよ。こんな異常なセリフを言う機会っていうのはあんまりないですよね。20年ぶりの同窓会とかであって、「僕のことわかる?」ってのだったらありですわ。でも去年のクリスマスにセックスしてるのに「僕のことおぼえてますか?まあ覚えてなくても、1年前だからしょうがないねえ」っていう関係って、どういう関係なんすか。
I wrapped it up and sent it
With a note saying, “I love you,”
I meant it
Now I know what a fool I’ve been.
But if you kissed me now
I know you’d fool me again.
なんかカードみたいなに「アイラブユー」って書いて渡すとセックスできるわけです。そういうのやって、去年は次の日に捨てられてひどいめにあったけど、もしいま僕にキスしてくれたら、君はまた僕をひどい目にあわせることができるよ。つまり、いまちゅーしてくれたら、今年もセックスお願いするですよ、そしてやりすててもらってかまわない、という歌です。
A crowded room,
Friends with tired eyes.
I’m hiding from you
And your soul of ice.
My god I thought you were someone to rely on.
Me? I guess I was a shoulder to cry on.
その場所はたくさんの人がいるパーティールーム、みんなお友達だけどコカインとかマリファナとかやばい薬とかもやっててみんなやばい目をしている。君は氷のように冷たい奴だ。去年は信頼できる人だと思ってセックスしたけど、君は僕を単なる寂しさをまぎらわせるセックスオブジェクトとしてつかいましたね。許しません。
A face on a lover with a fire in his heart.
A man under cover but you tore me apart, ooh-hoo.
ここはちょっとむずかしい。a man under coverは相手のことだろうと思う。業界でいういわゆる「クローゼット」かな。いやちがうな。「ウォウォー」にも注意してください。
Now I’ve found a real love, you’ll never fool me again.
ここが一番のポイントでむずかしい。
一つの解釈は、「もうほんとうの恋人見つけたから、君にひどいめにあわされることはないよ」。でもあとで出てくるように、その恋人とは今年のクリスマスはセックスしないのです。
もう一つの解釈は、ここで見つけた「本当の恋人」っていうのは、実はこのyouなんよ。去年は遊びだったけど、今年は本気でセックスしようじゃないか、と解釈することもできると思う。あるいは強がりか。
Maybe next year I’ll give it to someone
I’ll give it to someone special.
ここを見逃してはいかん!いつのまにか、 “May be next year I’ll give it…”になってる! 「おそらく来年は特別な人とするわ」、になってるじゃないの!さっきは「今年は」って言ってたのに!つまり、今年はけっきょく去年と同じように誰だかわからない君とチューしてセックスしてしますしますぜひやりましょう、特別な人は来年の話ということにして、今年はやっぱり君とカジュアルセックスセックスイエース、ワンナイでオーイェー。
もうちょっと好意的に解釈して、去年は君は特別な人じゃなかった、今年もまだ特別な人じゃない、でも今日セックスして、来年までおつきあい続けて特別な人になってくれたらいいね、ぐらい。
まあつまりこの曲は、非常に華やかで性的に乱脈とされるようなパーティーで一発やることを歌っているわけです。まあ80年代ってそういう時代だったんよね。それがエイズ問題とかにつながるわけです。
ちなみにマイケル先生はワム解散して某事件をきっかけにゲイのカミングアウトする前に、自伝みたいなの出してるんですが、「ぼくらワムの頃はもててもててしょうがなくて、そういうのも好きだったんで目の前を動くものはなんでもf**kしてたよ」みたいなことを語っています。そんなロマンチックな人ではないのです。
ジョージ・マイケル先生はあとで(1996)、Fastloveっていう超名曲作ってるけど、そっちはもっとはっきりとそういう世界を描いてますわね。時代が進んだのでごちゃごちゃの部屋でマリファナやコカインやる必要なくて、チャンネル選ぶのと同じ。まきもどしてみたりして。
その後、この本(良書!)でこの「ラストクリスマス」紹介されているのを発見しました。
ストーリー:1年前のクリスマスに、ずっと好意をよせていた女性の熱い思いを打ち明けた純粋で誠実な一人の男(=僕)、ところが彼女は、その日は僕に向っておもわせぶりな態度だったのに、翌日にはあっさりと僕の気持ちを拒絶してしまった。その時に被った心の傷を引きずりながら、1年後のクリスマスに僕は彼女と再会し、「もう君に未練はない」といいたげに強が手見せるのだが、それでも心は揺れ動く。僕にとって、クリスマスは苦い思い出の日にほかならないのさ。 (p.332)
『ラスト・クリスマス』を指して、さえぼうさんの「思考回路がおかしい」「自立心を」というツイートがウケてる様子が辛い。ジョージ・マイケルのセクシュアリティから、恋愛関係を公にできない抑圧を想像すると、単なる依存性と断罪できない。異性愛主義や家族主義が祝祭化する日だからこそなおさら。
— 鈴木 みのり (@chang_minori) December 26, 2019
これはなるほどと思った。ご家族とクリスマスイブできなくて、アルコールやドラッグ他で「つかれた目をした」友達連中とパーティーしないとならん人々がいるってことよね。
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