カント先生とセックス (2) 性欲は直接に他人の身体を味わおうとする欲望

カントのセックスについての話は、『人間学』、『コリンズ道徳哲学』(死後出版。カント先生の講義ノートをまとめたもの)、『美と崇高の感情性に関する考察』、『人倫の形而上学』、『人類の歴史の憶測的起源』あたりにばらまかれてます。けっこういろんなこと語ってますわ。『コリンズ道徳哲学』の有名なセックス論はこんな感じ。

……もしその人が相手を単に性的傾向性に基づいて愛しているのだとすると、これは愛ではありえず、むしろ欲である。……そのような人々が、相手を性的傾向性に基づいて愛する場合には、相手を自分の欲の対象にしているのである。さて、そうした人たちは、相手を手に入れ、自分の欲を沈めてしなったなら直ちにその相手を投げ出してしまう。それはちょうど、レモンから汁を絞ってしまえば、ひとがそれを投げ捨てるのと同様である。確かに、性的傾向性は、人間愛と結び付きううるし、人間愛のもつさまざまな意図を伴なってもいる。しかし、性的傾向性はただそれだけをとりだしてみれば、欲に他ならない。そうしてみれば、やはりそのような傾向性には人間を低劣にするものが存している。なぜなら、人間が他人の欲望の対象になるやいなや、関係を道徳的にする動機がすべて脱落してしまうからである。すなわち、人間は、他人の欲望の対象としては、他人の欲望がそれによって鎮められる物件なのであり、誰によってもそのような物件として濫用されうる物件なのである。(御子柴訳)

性的な局面では、性欲の相手は享楽の対象ってことになる。食欲が料理を味わい咀嚼しおなかに飲み込むことに向かうように、性欲というのは直接に人間の体に向って、それを触覚とか味わうことを目指す。まあ手で触ったり口で味わったり粘膜をすりつけたりね。

性的傾向性が根拠になっている場合を除いて、人間が他人の享楽の対象となるようすでに本性上決定されているなどという場合は存在しない。

これはあれですね。他人を直接に享楽の対象としようとする場合、っていうのは、日常生活ではほとんどない。たしかに犯罪とかってのは他人からお金を盗んだり殴ったりするわけですが、泥棒はお金が目標だし、殴るのは殴りたいから殴るというよりは、殴って言うことを聞かせようとか、痛めつけて恐れさせようとか、そういうのが目的であって、相手を味わおうと思ってるわけじゃない。『人倫の形而上学』では「肉欲の享楽は、原則的に、カニバリズム的である。……お互いは、お互いにとって実際に享楽されるモノである」って言ってます。まあカニバリズムとかと並べられると困ってしまうわけですが、性欲にはたしかにそういうところがあるかもしれませんね。カニバリズムに独特の恐しさがあるのは、泥棒や強盗とは違って、それが他の人間の肉体を直接に欲望しているからですね。これは恐い。解剖して楽しむために解剖されるのとかも恐い。他人をそういう目で見る人がいると考えると、すごく異常な感じがする。でもセックスの場合はそれが普通なわけです。「へへへ、いい体だ、パイオツがたまんねーぜ」みたいな。他に他人の肉体を味わうっていう時は、たしかに私にはあんまり想像つかないなあ。

マッサージや整体みたいなサービスがあるわけですが(私苦手です)、あれも体つかうから同じようなものか、っていうとそうでもない。あれは筋肉をもみほぐしてもらったりするのが目的で、相手が能動的に動作することを必要とする。マッサージ師さんの体を味わっているんではなく、もみほぐされることを楽しんでいるわけですが、性欲はそうではない。

まあ男性や女性を「食う」「食われる」「味見する」みたいな表現を使うひとがいるみたいですが、そういう表現がふさわしいこともあるかもしれない。性欲は他人の体を味わおうとする欲望なのです。セックスでは人間はいじくりまわされ使用される物体にされる。それに、相手にそうした操作や使用を許すことで、セックスにおいて人は自分自身もそういうモノにする。性欲とセックスはおたがいをモノとして扱い、それによって自分も他人も動物的存在にしてしまうおそろしい欲望であり行為である、ってな感じ。我々が性的な目で他人を見るとき、肉体として、味わうべきモノとして見ているわけです。まあたしかにそう言われるといやな感じがしますね。

私あんまり性的な目で他人から見られたことないような気がしますが(コンパとかで財布として見られたことはあるような気がする)、ナイスバディな女性とか毎日そうやって見られてるんでしょうなあ。「せまられる」「触られる」「味わわれる」「食われる」とかいつも「〜される」な感じでちょっとあれかもしれないですね。

『コリンズ道徳哲学』は下のに入ってます。これはひじょうにいろんなネタをあつかったおもしろい本なので図書館で読んでみるといいです。他に『人間学』もおもしろい。カント先生っていうとなんか猛烈に難しいことを書いた人というイメージをもっている人が多いと思いますが、あの『〜批判』とか以外はけっこうたのしめます。

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