売買春の実態調査は難しい (5) ハキム先生の指摘

売買春の実態調査は難しい (4) の続き)

 

んで最後に、なぜ売買春の実態調査が難しいのかを推測。まあ当たり前ですが、非合法な国では低めに出るでしょうね。非合法だから抑制されているってのもあるかもしれん。アメリカでストリップクラブだのトップレスバーとかが主流の風俗になっているのは、売買春は基本的に非合法だからだろう、イギリスが低いのも(女性などがストリートで個人でお客をとるのは合法だけど)管理売春は非合法だからだろう、みたいな。まあ日本でも売買春は非合法なので低めに出そうなものですが、いわゆる「風俗」みたいなグレーゾーンがあって、あれは非合法ではないっぽいし。性器セックス以外のを売買春に入れるか入れないかとか、そういうのが国際比較とかしようとすると難しくなるかもしれないですわね。

もう一つ、売買春にはスティグマがついてるから、恥ずかしいこと、恥ずべきことがらだと理解されているっていうのもあるかもしれないですな。よく売春する側、主に女性の側に「売春婦」というスティグマがつけられていて、男性の側はそうではない、っていうようなことが言われたりするように思いますが、これももうちょっと考える必要があるかもしれない。

やっぱりあいかわらずキャサリン・ハキム先生をもってきてしまいますが、彼女はつぎのようなことを言っている。

客にとって買春がスティグマになったのは、恐らく1960年代の性革命以降だろう。性革命以後、男性たちは建前では、スウェーデンでいうところの「普通のセックス市場」で、いわゆる素人の女性と好きなだけ婚外セックスを楽しめるようになったはずだった。だが実際には、一部の男性にとっては、気軽にセックスできる相手を見つける場が限られてしまっているため、性風俗産業が唯一の選択肢となってしまった。身体に障害のある人や、肉体的に魅力に欠ける男性などがそのグループに含まれる。」p.203 (訳を一部変更している)

いわゆる日本でも一時流行した「性的弱者」論ですか。大昔に比べると、「素人」の女性もわりと簡単にセックスさせてくれるようになったといわれていますが、好きなようにセックスできる男子はごく一部でしかない。このシリーズの最初に出したNHKの調査その他でも、たくさんセックスできる男子はいるもののそれは一部で、その他大勢の男子は相手がいないのでセックスしないままでいる、ポルノを見る、あるいはセックス産業を利用するって言う形ですわね。そしてそれには「みっともない」「かっこ悪い」「モテない」「不潔である」「金払わないとセックスできない」「コミュ力がない」その他の強力なスティグマが付いている 1)そういう「カッコ悪さ」はけっこう強力そうで、アンケートの回答者が認知的不協和を起こす、みたいなのもありえるかなと思います。

……風俗業ではたらく女性たちに関する調査に比べ、顧客側に関する調査は非常に少ない。富と社会的地位を持つ客が多いため、女性よりも自分たちのプライバシーと匿名性を守ることを気にしているのだ。いつもながら、調査結果には、肝心の客についての分析とほぼ同じ分量で、調査者の偏見と固定観念が散りばめられている。買春を違法とする国(米国など)や半合法としている国(英国など)での調査、また買春を法律で取り締まるべきだとして運動を続けている人々による調査(…)は特に、公平で客観的な分析が成されず、自分の論理を擁護するような結果になりがちだ。性的サービスを買う男性は変人ではなく、どこにでもいる普通の人なのである。」pp.206-207

ここも重要で、実は国内でもセックスワーカーの調査は(アカデミック・セミアカデミックに)それなりの蓄積があるのに、利用者側のはあんまりない、と。新書や文庫みても、売春する女性についてはたくさんあるのに、男性側のはめったに見かけないですよね。坂爪先生とかの活動はそういうのでいろいろ価値があるわけです。

ただし、このパラグラフの最後の一文は大事で、坂爪先生は「マイノリティだ」っていうので(正確に何を言おうとしているのかは検討が必要だけど)、セックス産業を利用するのは一部の人間だって主張しようとしているらしいけど、ハキム先生はそうは見ない。「どこにでもいる普通の人だよ」って言うわけです。実際にどういうサービスを利用するかっていうのはその人の好みによって様々だろうけど、オンラインで好みのエッチなビデオみたりするのはまあごくごく普通の人だろうなと私も思いますね。

まあ「普通」であるからといって道徳的に正しいことにはならない。でも、ポルノだのセックス産業だのお色気産業だのを利用する人々がごく一部の異常な人々だと見なす理由はあんまりないし、そういう考え方をするといろいろ間違ってしまうのではないかと思う。(坂爪先生がそういう意味で「マイノリティ」を使おうとしているとは私は思ってないにしても)

というわけで、最初にもどれば、北原先生が坂爪先生をゲス呼ばわりしているのはあんまり筋がよいとは思われないし、また日本が特に「買春天国」だと主張する根拠はあんまりないように思える。一方で、坂爪先生が売買春を利用する人はごく一部、「マイノリティ」だと主張しようとしているのは、坂爪先生の意図はともかくとして、誤解を招きやすいものだったかもしれないと思うです。

なんにせよ、こういうのちゃんとした調査やデータがないままにいろんなことを主張しやすい分野なので、これから調査が進むといいですね。応援したいです。がんばれー。

(とりあえずおしまい)

 

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1. そういう「カッコ悪さ」はけっこう強力そうで、アンケートの回答者が認知的不協和を起こす、みたいなのもありえるかなと思います。

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