古文書:書き殴り宣言(1996)

Status: scratch 🙂

現時点では書き殴りです。いかなるコメントも歓迎します。


WWWの特徴は、「まるちめでぃあ」なんてものではなく、(メール等をふくめた)「いんたらくてぃぶねす」と公開のコストが他のメディアに比べて安いことにある。これまで他のメディアでは、一応、完成稿をつくってから印刷やコピーという手続きが必要だったが、Webでは原稿そのものを公開することができる。私のようにサーバーマシン上で直接HTMLを編集している人もけっこういるだろう。また、Net Surfing には習慣性があるので、読者が再訪することも多い。それでは、もはや構成を考えたり、完成をめざしたりしないで思いついたことをどんどん書いていくというのも一つの方法である。てなわけで、私のWebページは(別のメディアになったものを除き)すべて書き殴りであることを宣言する。その目指すところは、

  • 完成させない。完成を目指さない。
  • 体裁を考えない。
  • 誤字脱字を気にしない。
  • 気づいたらあとで手を加える。しかしそれより新しいものを書くことを優先する。
  • できれば更新状況がわかるようにする。
  • やばいことでもとりあえず書く。あとで消す。

  • なるべく人様の御意見をいただく。「いんたらくてぃぶ」を活用すべし。
  • ただし、HTMLの文法だけは厳守すべし。
    HTML原理主義宣言を参照。

である。

という宣言を書こうかな(という書き殴り :-)。ちなみに、書きなぐるには、タグをばちばち入れられるよいテキストエディターが必須である。emacsをつかっているかたにはhtml-helper-modeをおすすめする。Macの人は、NISUSの上のマクロによいものがあったような記憶がある。


書き殴り宣言その後

この「宣言」を書いたのは96年春だと思うが、その後いろいろ経験をつんで、書き殴るのは危険だとも思うようになった。「インターネット」とかいうものに多くの人がつながるようになって、私的・公的な知り合いが私の書き殴ったものを読むようになった。依然として自分のも他人のも書き殴っているのがおもしろいのだが、やっぱり書けないこと/書いてはいけないことはあるもんだ。これからの課題は、書いてはいけないことを書いてしまったときに、それをどうやって特定の人々に見せないようにするかだよね。顔を知られている人には読まれたくないが、知らない人には読んでほしいってことが世の中にはあるもんだから。次は「書き殴り潜伏宣言」を書くつもり。(1999/01/09)

 


 

その15年後

2015年1月、久しぶりにこの文書を見た。まあいいところもあり悪いところもあった。やっぱり学者としては書き殴るだけじゃなくてちゃんとまとめて執筆するっていう習慣を身につけるべきだったわね。ネットにはたしかに書籍とは別の価値があったけど、書籍とか紙に印刷されたものにはまた別の価値がある。ネットの文章は一時的な影響力はあっても、その深さ、真面目さ、真剣さが足りない。でもそんなに後悔しているわけではない。(2015/01/30)


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