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性的モノ化とセクシー化 (8) マクネーア先生の批判とAPA報告書をチェック

マクネーア先生の批判

Brian MaNair先生という政治学・メディア研究のひとがいて、この人猛烈なポルノ賛成派(プロポルノ)で、世界を平和にするために爆弾じゃなくてポルノ落とそうぜ、みたいなことを言うひとなんですが、APAの報告書を批判しているですわ。基本的に、APAの報告書は学問的に厳密で客観的な証拠を提示しているフリをしているが、実は単に委員たちの主観的な願望的思考と、チェリーピッキング的でミスリーディング(誤解を誘う)証拠を提示しているだけだ、みたいな批判です。ちょっと見てみましょう。

  • レポートは、性的モノ化などを我々(特に女性)すべてにとって強制的に押しつけられるものだと想定していて、健康で健全な人々がそれを自発的に選択するという可能性を考慮していない。セクシー化は単に「悪いもの」として想定されている。
  • 現代アメリカで「セクシー化」(あら、これはセックス化だなあ)が激化していると指摘されていて、たとえばテレビドラマ(シットコム)1番組あたり3.3回のセクハラシーンがあると指摘されているが、これらの多くは男性のセクハラを批判したり、「男性性」を馬鹿にしたりするために用いられている点を無視している。
  • ミュージックビデオ(MV)では女性が単なる装飾品として登場させられていると主張しているが、そうしたMVでは男性も同様に非常に装飾的に使われている。
  • 旧来のバービー人形と、よりセクシーなブラッツ人形の違いが「セクシー化」のエヴィデンスとして指摘されている。バービーの原型は第二次世界大戦後のセックス玩具であり、それが50年代には従順な金髪女子となり、Toy Story 3では怒れる金髪フェミニストとなったように、時代の 親の好み にあわせてその姿を変えられている。ブラッツは第二波フェミニズム運動〜ポストフェミニズム運動のなかで生みだされたものであり、多様な人種とルックス、そして「ポルノスター」ティーシャツや「ポールダンサーキット」などが存在することがわかるように、現代の 子供自身 の好みにあうように作られている。
  • APAの報告書はmayやappear toなどの語句が頻繁に使われており、ブラッツ人形が女子に悪影響を与えているという推定は証拠のない憶念にすぎない。(なんでこの人バービーとブラッツにこだわってんだろ?ファンなのだろうか?)

まあほかにもいろいろ悪態ついてます。でも実際、どれくらいのエビデンスが提出されているんでしょうね。ちょっとチェックしてみます。

認知的・身体的能力の低下

  • 自己モノ化によって意識が断片化し、認知能力が下る。女子は着替え室で水着を着て数学テストを受けると点数が下がる(Fredrickson et al., 1998, Hebl, King & Lin 2004)。論理的思考や空間把握能力も下がる.(Gapinski, Brownell & LaFrance 2003)
  • 思春期ぐらいから女子は自分の数学の能力とかを疑いはじめるが、女子校ではそういう現象が見られないので自己モノ化と女子の理系(STEM)進学が少ないのは関係があるのではないか(Fredrickson & Rorberts 1997)
  • 自分の身体をモノとみて、ルックスを気にする女子は、ソフトボール投げの距離が短い(Fredrickson & Harrison 2005)

正直、有名な「水着」論文なんかの、自己モノ化が認知能力を落とす、みたいな話はちょっとそのまま信用するのはむずかしそうかな、という印象です。

身体への不満、容姿不安

  • 自己モノ化と自己モニタリングは、自分の身体に対する恥の感覚を増加させる(e.g., Fredrickson et al., 1998; McKinley, 1998, 1999;Tiggemann & Slater, 2001)
  • 自分をセクシー化された視線で見る若年女子は容姿不安が強い (e.g.,Tiggemann & Lynch 2001)
  • メディアでの理想的女性ボディを見たあとでは容姿不安が強くなる(Monro & Huon, 2005)。雑誌表紙の「セクシー」「すらっとしたsheply」などの文字を見たあとでも同様。(T-A. Roberts & Gettman, 2004).
  • などなど省略

この種の調査は数多いので省略。身体に関する言及や理想的ボディ見せられると、自分の身体への不満や不安が強くなる。まあそうだろうな、って感じですね。若い女性のあいだで豊胸手術その他の美容整形なんかが流行しているのもネガティブにコメントされてます。

メンタルヘルス

自己モノ化・セクシー化と関係あるとされている女子と女性に多い三大メンヘル問題といえば次の三つ。

  • 摂食障害
  • 自己評価低下
  • 鬱病、抑鬱状態

これも非常に多くの文献があげられていて、まあそうだろうな、ですね。

身体的健康

自己モノ化とセクシー化は間接的に身体的健康にも影響する。あげられているのは

  • 身体不満と喫煙の相関(Camp, Kleges, & Relyea, 1993)(Harrell, 2002)

でした。

セックス関連

まずセックス頻度・満足度とかはウェルビーイングと強い相関があることを確認。これはそうなんしょね。んで、自己モノ化・セクシー化は健康セックスにネガティブな影響があると。

  • 自己モノ化する思春期女子(白人とラティーナ)は、コンドーム使用率が低く、性的な自己主張もしない傾向 (Impett, Schooler, and Tolman 2006)
  • MVや女性雑誌をよく見女子る大学生は、性的モノ化された女性像や伝統的ジェンダーイデオロギーに親和的、授乳や月経、汗などの身体機能にネガティブな態度をとりがち (L. M.Ward, Merriwether, and Caruthers 2006)
  • テレビ番組は人々の性行動を正確に描いていると信じている高校生は、最初の性体験に不満足、また処女であることにも不満足 (Baran 1976)
  • 一般男性雑誌や男性テレビキャラクター好きな大学(男女)は、最初のセックスはネガティブなものになるだろう予想しがち。(L. M.Ward and Averitt 2005)
  • 雑誌表紙の女性モノ化的な文句を読んだ女子は、性関係に興味を失なう(T-A. Roberts & Gettman 2004)
  • などなど

この項目、エビデンスけっこう数出されてるんですけど、なんか中身ちょっとしょぼい調査ばっかりな気がします。あと「態度と信念」と「女子の性的搾取」の項目があるんですが、もう疲れてしまって今日はおしまい。

証拠の強さは?

たしかに、このAPAの報告書を見ると、メディアが女性の精神衛生その他に影響を与えているだろう、っていうのは直接には言いにくいみたいですね。

メディアの影響→ 女子の自己モノ化 → 女子のメンヘルその他の問題

っていう形になっていて、メディアのセクシー化の影響によって自己モノ化している、っていう証拠は相関としてもさえ弱いし、自己モノ化 から メンヘル問題、っていう因果関係もなかなかエビデンス出すのに苦労している様子がある。相関ならまあなんとか……

あとなんといっても気になるのは、こうして列挙されているのは「女子のセクシー化」のネガティブな面ばっかりで、おそらくそれの裏側にある セクシー化のポジティブな面 に一切触れられていないのが気になりますね。「そんなものはないのだ!」って簡単には言いきれない気がする。実際、第三波フェミニズムとかを名乗る人々はこのAPAの報告書批判してますね。たとえば

  • Lerum, Kari, and Shari L. Dworkin. “‘Bad Girls Rule’: An Interdisciplinary Feminist Commentary on the Report of the APA Task Force on the Sexualization of Girls.” Journal of Sex Research, vol. 46, no. 4, Taylor & Francis, July 2009, pp. 250–63.

など。もっとも、この報告書のファーストオーサーの先生なんかは、2018年に「たしかに証拠ちょっと足らんかったけど、そのあと10年たってずいぶん強力になったぞ!」って言ってます。

  • Zurbriggen, Eileen L. “The Sexualization of Girls.” APA Handbook of the Psychology of Women: History, Theory, and Battlegrounds, Vol, edited by Cheryl B. Travis, vol. 1, American Psychological Association, xxii, 2018, pp. 455–72.
  • Lamb, Sharon, and Julie Koven. “Sexualization of Girls: Addressing Criticism of the APA Report, Presenting New Evidence.” SAGE Open, vol. 9, no. 4, SAGE Publications, Oct. 2019, p. 2158244019881024.

なんかこれ書いてたら、「セクシー化」じゃない方がいいみたいですね。最初は「セクシーなものが強調される」ぐらいの意味で使おうとしてたんですが、困りました。「セクシャル化」かもう「セクシャライズ」か。「性化」は読みにくいし、「セックス化」じゃあんまりよくないだろうしねえ。

男らしさへの旅 (4) 女性はもっとパワフルなはずだ

前のエントリうまく書けてないので、もう一回チャレンジ。

「支配」の原語は?

もう一回、「男性支配」に戻って、多賀先生のやつ再度引用。

われわれの社会では、実体的利益をより多く得られる立場や権威ある地位の大部分を男性が占めていたり、そうした利益や権威を得る機会が女性に比べて圧倒的に男性に多く開かれていたりする。このように、男性が女性に対して圧倒的に優位な立場にある社会状況を、ここでは「男性支配」という概念でとらえることにしたい。(多賀 2016, pp. 34-45)

やっぱりこの「支配」っていう訳語はあんまり適切じゃないじゃないですかね。対応する英語はdominanceで、ruleやgovernではない。

dominanceはなにかを比較する概念で、なにかと比較して優勢にあること、より力(権力)があること、目につくことですわね。制度的な支配とかそういうのではなく、単に数が多いとか、数が少なくともリソースの大部分をもってるとか、そういう感じになると思います。動詞のdominateとなると、これは「支配する」という語感に近いものになって、誰か他人をコントロールしたり強い影響力をもったりすることを指す。とくにまあ意に沿わない形で影響力を行使したりすることを指しますね。まさに支配だ。

「覇権的男性性」とかっていう表現に出てくる覇権的 hegemonicというのは、いろいろあるなかで一つが圧倒的に(なんらかの点で)優位・優勢であり、また強い影響力をもつという意味で支配的でもあることを指していると思う。

さて、大学教授とか、大企業の社長とか、議員とか、まだ男性の方がずっと多いので、たしかに男性優位だとは言える。しかしこの優位・支配というのは「女性をコントロールする」のような意味での「支配」ではない。もちろん数が多かったり高い地位にあれば他人をコントロールすることも容易になるでしょう。全体として、先進国の社会は、社会全体でも企業その他の団体でも、たいてい男性優位でしょうね。(美容業界や看護師や助産婦さんの世界なんかは違うかもしれない)

では家庭はどうか。小手川先生や平山先生が見ているように、男性支配、男性が優位であり、女性に強い影響を与えているだろうか、っていうのが最大の疑問なわけです。

女性は実はもっとパワフルなはずだ

このシリーズで名前をあげている日本の社会学・哲学の先生たちは、男性が稼ぎを資本にして女性をコントロールしている、と考えている。しかし、私のアイドルのパーリア先生や、キャサリン・ハキム先生なんかは、少なくとも家庭のようなプライベートな場所では第二波フェミニストたちが思っているより女性はずっとパワフルだと主張しています。

ハキム先生をちょっと引用しますね。

社会学的な調査は今のところパートナー間のエコノミックキャピタルの比較に焦点を当て、二人の平等性と力関係を評価している。欧州の国では(スカンディナビア諸国でさえ)、女性は普通、第二の稼ぎ手にすぎず、平均して家計所得への貢献は3分の1程度だ。夫は妻の約2倍の収入を得ていることになり、ときには収入の全部を賄う場合もある。フェミニストなどはこうした数字が男性支配(male dominance)と「性差別」(gender inequality)を示すものだと言いがちだが、その裏付け証拠はほとんどない。(p. 167)

この「証拠はほとんどない」には注がついていて、1984年の米国デトロイト州での社会調査が参照されています。それによれば、夫婦の相対的な収入も、妻の職の有無も、家庭内での力の配分には相関していないし、また結婚がうまくいくかどうかにも相関していない。さらには、身体的な魅力だけでも、家庭内での力関係にはリンクしていない、とされています。この資料(Whyte 1990, 1990, pp.153-4, 161, 169)はネットで手に入るみたいなので、私は見ませんが力のある人は確認してみてください。

先に社会保障・人口問題研究所の家庭内の意思決定の調査を見ましたが、あれのもっと詳しい版ですかね。とにかく、経済力によって男性が女性をコントール(支配)しているとか、影響力の点において優勢にあるとかっていうのは、裏づけがないかもしれません。

んじゃ男女の力関係はなにで決まってるのか?ハキム先生の推測はこうです。

男女関係に関する調査や結婚カウンセラーの本によると、一般に妻が駆け引きの材料に使うのは主にセックスで、お金ではない。妻たちは夫の協力を得ようと、セックスをちらつかせたり拒否したりする。夫は大抵妻よりセックスを望み、性風俗サービスの利用は恥ずべきこととされているので、この戦略は効果的だ。(pp. 167-168)

ははは。そうなんですか?他にも、フェミニストなんかが反対することが多い海外からのメイルオーダー花嫁なんかも家庭内ではかなりパワフルなようです。どうなんでしょうね。

性的モノ化とセクシー化 (5) 「セクシー化」の方が使いやすいのはなぜ?

「性的モノ化/客体化/物象化」より「セクシー化」の方が議論に使いやすい、というか有用だってな意味のことを書いたんですが、私がなぜそう考えるのかちゃんと理由書いてませんでした。

「性的モノ化」が使いにくい概念であることは、このシリーズの(1)で書きました。

  • 自発的なモノ化(たとえば、自撮り女神様、ポルノ出演等)は不正ではない
  • アニメやイラストは誰もモノ化していない
  • 表現物が、男性を介して生身の女性のモノ化をひきおこすという因果関係を立証するのは困難

とかそういう感じですね。

実在の女性 → 集団としての女性のイメージ → 作者の頭のなかに結実した像(ビルド) → 作品 → それを見る鑑賞者 → 鑑賞者の頭のなかの女性に対するイメージや偏見 → 実在女性の被害、不快

上のような図式で考えようとすると、いろいろ論点が多過ぎるように思います。

一方、フレドリクソン先生の心理学における「モノ化」や「セクシー化」の議論は、表現物の影響によって男性の考えが歪み、それが男性の性暴力など女性に対する悪しき扱いを引き起こす、という形にはなってないのですわ。

作家の頭のなかで生まれた表現物 → それを見る女性が内面化する → 女性の不快、鬱、摂食障害、活動低下、交渉力不足など

っていう形になっています。 メディアで女性のセクシーなボディや女性的ステレオタイプが頻繁に描かれることが、女性の心理的負担になるという形で、女性に対する「抑圧」と呼ばれるものが(男性を経由せずに)直接引き起こされるというモデルなので、実証的な立証も「男性による女性の性的モノ化」よりも単純ですわ。

そしてこれは、作家が男性であろうが女性であろうが関係ないですしね。へんな言い方をすれば、ここの作家や出演者や自己モノ化する人々が何を考えいようが、その自由な行動と表現の裏に、苦しむ人々が発生するリスクがある(のでコントロールするべきだ)、みたいな議論をすることが可能かもしれないのです(私は簡単には同意しませんがね)。

文化的に女性はなによりセクシーなものだ、セクシーな方が高く評価される、セクシー最高!っていうあつかいを受けることが、(少なからぬ)女性にとって被害である、と示せればよいわけです。どうですか、魅力的でしょう?

(まだまだ続く)

性的モノ化とセクシー化 (1) 「性的モノ化」の議論のむずかしさ

「性的モノ化」は自発性や同意があればそんな悪くない

ポルノやソフトな表現での「性的モノ化」(客体化、物象化)の問題については、ごく簡単な論文もどきも書いたし、もう飽きてる感じではあるんですが、時々ツイッター検索とかをかけると、いまだに時々この概念が使われてるようですね。

何度も書いているように、ポルノとかの「モノ化」の問題の一つは、単なるモノや動物ではない価値をもっていると考えられる人(パーソン)や女性を、単なるモノ(オブジェクト)として扱うこと、勝手に鑑賞したりよしあしを品評したり本人の意思に反して操作したりする対象・客体(オジェクト)として扱うことは、他人や自分に対してもつべき尊敬・尊重の念に反するので道徳的に問題がある、というものです。特に女性は男性から性的なモノ、セックスや痴漢や盗撮という行為の対象となりやすく、それよって被害を受けたり、他人がそうされているのを知って少なくとも不快になったりする。いくないですね。(ちなみにここでのモノも客体も対象もぜんぶ「オブジェクト」で、英語話者の論者でも鈍い人はあんまり区別つかない感じですね。)

でも、我々人間は単なるモノではないのですが、しかし実際に身体をもったモノでもあるわけです。そしてその身体を鑑賞してもらったり、愛玩してもらったり、欲望やセックスの対象としてほしいこともあるわけです。ヌスバウム先生の言葉を使えば、「ワンダフルなモノ化」があるかもしれないし、モノ化が許される場合はもっと多いだろう。「あんたの道徳的な人柄は好きだけど、体はぜんぜん興味ないのよね、むしろなくなってほしい」とか言われたらそれはそれでいやじゃないっすか。若い女性たちが毎日自撮りしてツイッタやインスタやチクトクにアップロードするんだって、他人にモノでもある存在として見てもらったり、場合によっては性的な欲望の対象になりたいと思うからだと思う。私もできることならそんなことしてみたいけど、まあ需要がないだろうし逮捕されるとやばいからやめとかないとならんですね。ははは。

イラスト等には使いにくい概念

もう一つ、この「性的モノ化」っていう概念をインターネットで見るような表現に使おうとするときの問題は、よく問題になるイラストやアニメは、盗撮のように生身の人をモノとして扱ってるわけじゃないことですわ。モノにされている人がそもそもいない。まあ絵描きの頭のなかにしかいない想像上の人物が自発的にエロな格好しているとも、同意しているともいいがたいところはあるにしても、なぜそうしたイラストに道徳的に問題があるかというのを示すのはけっこう難。

実在の女性 → 集団としての女性のイメージ → 作者の頭のなかに結実した像(ビルド) → 作品 → それを見る鑑賞者 → 鑑賞者の頭のなかの女性に対するイメージや偏見 → 実在女性の被害、不快

とかっていう経路を考えないとならない。まあ、最大単純にして、エッチなイラストを見て痴漢したくなり、実際にそれをする、みたいな単純な影響や因果関係を示すことができればましですが、それ自体むずかしいし、さらには一部の人がそんな経路をたどって痴漢とか性暴力とかに至るということが言えてさえ、そうした表現が不正である、と主張するのはむずかしい。マルクス読んで暴力革命するんだってんでテロ起こしたからといって、マルクス禁書になんかしたくないっしょ?

実は、英語圏でも「モノ化」の議論はまだまだやられてるんですが、2000年代後半ぐらいから、広告やテレビなどの表現物については、むしろ「女性のセクシー化」みたいな枠組みで考えることが増えてるんですわ。ちょっとだけ紹介しようかと思ったのですが、いつものように前口上だけで長くなってしまった……続くと思います。