音楽」カテゴリーアーカイブ

ジャズ入門(34): フリージャズはデタラメではない

過去の記事を見直していて、オーネットコールマン先生の話デイブブルーベック先生の話とか読み直し、別件で山下洋輔先生のこととか考えてたら、セシルテイラー先生の名盤を聞きたくなりました。

これほんとに名盤なんよね。CDで入手するのずいぶん苦労したんですが、いまじゃSpotifyで一発だもんねえ。

日本に来たときに日本のレコード会社が録音したものなので入手しにくかった。まあこういうの聞くのはヨーロッパか日本人。

セシルテイラー先生とブルーベック先生の話っていうのは、テイラー先生は白人ミュージシャンを嫌ってたみたいなんですわ。あいつらは俺ら黒人の音楽を奪ってる、みたいな。文化的盗用ってやつですね。お金はいってこないし。

しかしブルーベック先生に対してはなんか特別のなにかがあるらしく、コンサートのあとでブルーベックがやって来て、君の演奏はとてもよかった、君のコンセプトは〜〜だろう、みたいな話をして、白人にもわかったやつがいると思った、みたいなインタビューを読んだことがあるんですわ。まあブルーベック先生は現代音楽にも詳しいインテリだし、テイラー先生もそういうの勉強してたわけよね。

この演奏も「フリージャズ」って言われるけどものすごく構築的で、でたらめとかとはほど遠い構造を感じますよね。1曲目のテーマらしき部分からそういうの感じるっしょ。クラシック白人作曲家が12音だのセリーだのブーレーズだのシュトックハウゼンだのやってるのと同じことを、我々はそれ以上に美しく、かつ即興でできるのである、というそういうあれだと思う。すばらしく美しい。

このアルバムにはさらに別の思い出もあって、ジャズ喫茶でバイトしてたときによくかけてたんですが、ときどきふらっと来るインテリ風のおねえさん女性客がいて(おそらく近所の病院の看護婦さんとかそういう感じ)、その人がどういうわけかリクエストしたことがあったんじゃないかな。その3〜4年後ぐらいにふらっときたときがあって、そのときにかけたら「あら、なつかしいわ」みたいな反応があったりして。まあどうでもいい話。名盤だから聞いてください。

もう1枚、山下洋輔先生とパーカッションの富樫雅彦先生がやった『兆ライブ』っていうアルバムが好きで、これも苦労して入手したのに紛失してしまってるんですわ。いまamazonで4800円でさすがに買えない。Spotifyなんとかしてください。てか日本のレコード会社はやく対応しましょうよ。

ジャズ入門(33): インタープレイって何やってんの?(2)

ソリストとバックの間でなにをやってるのか、っていうのはおもしろくて私も勉強したいのですが、ソリストどうしでもいろいろやってるわけです。一番有名なのはこれですね。開始時間指定してますが、最初から聞いてください。

3:00のあたりでリーモーガンがパッパッパラーってやって終ってゴルソン先生がそのフレーズをなぞってソロを開始する。この「モーニン」て曲はテーマも黒人っぽいコールアンドレスポンスなわけですが、アドリブでもコールアンドレスポンスしているわけです。

この演奏のこのつなぎ方はお手本としてものすごく有名ですね。アメリカあたりでは、90年代からジャズは(それまでの吹奏楽/ブラスバンドに換わって?)高校〜カレッジレベルでの教育の現場に使われるようになったみたいで、そのレベルの教則本がたくさんあるのですが、この事例はソロの受け渡しの例で必ず使われますね。

指導しているところの動画とかも見た記憶があるんですが、それでも(違う曲だと思うけど)「君、前のソロの人の最後をなぞってからはじめてごらん」「君もバトンを渡すつもりでコーラスの最初の1、2小節吹いていいよ」みたいにやってました。

ベルリナー先生があげてる例をあと2個ぐらい紹介すると。

マイルスのMy Old Flame

これはちょっとわかりにくいんですが、マイルスの1:25のあたりのラリラーラリラーってフレーズを、ロリンズが最初の方でラリラーラリラー、って使ってるわけです。このラリラーラリラーはこのまんまマイルスのソロで何回もつかわれてるわけじゃないけど、(このころ(1951)のマイルス調子悪かったこともあってアイディアでないのか)「ラリラーラリ」ぐらいは何回もやってますよね。ソロ全体がこのラリラーでできてる、といえないことももない。まあロリンズはいちおうその場のリーダーを立ててるのだと思います。

これは泣く子もだまる名演。2:40ぐらいでブラウン先生「ラーソレレー」てやってロリンズにバトンを渡してます。「お題はラーソレレーッっすか……意外だったんでちょっと考えますわ、えーと」。

 

3:00のあたりでマイルスが「おらーコルトレーン行け!パパララパパっ!」、レッドガーランドがすかさず「そうです親分の言うこときけ!ガンガンっ!」、でもコルトレンは「パボー」。「いや、私親分の言うことそんな聞きませんよ!いったん落として、自分の調子でやらせてもらいます」

ジャズ入門(32) 1975年ごろジャズはなにをしていたか

70年代のジャズってなんか低調というか、フュージョンが出てくるまでペンペン草1本生えなかった印象がありますが、その直前にはどうなってたでしょうか。まあヨーロッパとかでは喜んで聞かれてたんですよね。私の75〜6年の印象はこんな感じ。

フリージャズの影響を受けて楽器は鳴らしまくり、バンド全体が一体となってがんばんもりあげる。変拍子だよ!みたいな。

これは76年。基本的にコルトレーンバンドのビアノガンガン鳴らす感じね。

なんか暑苦しいですね。まあロックとか大音量でガンガンにやってる時期だし、それに対抗しないとならん感じもあったんですかね。アメリカでは特にもうぜんぜんジャズのレコーディングができなかったとかそういう話も読んだことがある。

あ、そういやそのころヨーロッパではアートとしてジャズが聞かれるわけですわね。ジョニー・グリフィン先生とかそれで当ててお城買ったとか。

レコードもヨーロッパの小さな会社が名盤を作るようになる。これ紹介するの忘れてた。私ものすごく好きなアルバムで、ジャズ喫茶時代によくかけてました。これも75年ごろ……録音74年ですか。

これものすごくいいんですわ。コニッツ先生とベースのレッドミッチェルの2人だけのコールポーター集。私これでポーター先生好きになった。Night and Dayでミッチェル先生が素人ピアノ弾いてるのもいいんですわ。ぜひアルバムで聞いてください。秋〜冬によい。

ジャズ入門(31): インタープレイって何やってんの?(1)

この「ジャズ入門」シリーズ読みなおしてみて、けっこうおもしろいので継続してみたい。あれ以上はネタ本がないと書けないわけですが、ポール・ベルリナー先生のThinking in Jazz: The Infinite Art of Improvisationっていう本がものすごくすばらしいので、それを紹介していけばいいのかな、みたいなことを考えています。これはすごい。英語読めるひとはそっち読みなさい。

最初はいわゆる「インタープレイ」について解説したいような気がする。なんかジャズ批評とかで「ジャズはインタープレイだ」とか「ビルエヴァンスとスコットラファロのインタープレイが」とかって決まり文句があるじゃないですか。もちろんみんなわかってはいるんだと思うけど、それが具体的になんであるのか、っていうのを詳細に解説してるのはあんまり見たことなくて、ただの印象批評みたいになっちゃってると思うし。そうじゃない。それはちゃんと分析すれば解説できるのだ。ベルリナー先生はそれをやってくれているわけです。

まあそうしたレベルの話っていうのはけっこうむずかしくて、ミュージシャン本人たちはもちろんわかってるけど文章書くより音楽する方が大事だし、文章書くのが得意な人は楽器弾けなかったりするしね。私も楽器は弾けないのですが、聞くのは好きなのでがんばってみます。

さて、「インタープレイ」というのはなんでしょうか。演奏者どうしがなんか交流することです。でも具体的にはなにをしているのだろう?

答:いろいろやってます。

わあ、怒らないでください。そりゃいろいろありますね。こういうのではこたえになない。具体的にはなにをしているのですか、例をあげてください。

はい。いろいろやってます、典型の一つは「まねる」です。誰かが演奏中になんかしたら、それをまねて「私はあなたのことを聞いてますよ、ボス」とか恭順をしめしたり、「それいいっすね」とよいしょしたりしているのです。

課題曲はマイルスデイヴィス先生のBlues by Five、名盤Cookin’に入ってるふつうのブルースですね。テナーはコルトレーン、ピアノはレッドガーランド、ベースはポールチェンバース、ドラムは「フィリー」ジョー・ジョーンズ先生です。

ブルースなので、1コーラスは12小節。こういうのはこのブログ読んでる人はわかりますね。最初の2コーラスはガーランド先生によるテーマの提示。マイルス先生がはいってくるところを「1コーラス目」と呼ぶことにします。

下は、ベルリナー先生が採譜したマイルスのソロの3コーラス目(上のyoutube動画だと1:05から)の2小節目からです。

マイルスがどでぃでぃどどどどどーどどどでぃどどーでぃ!ってやるとすかさずピアノがガン!ってやって、そのすぐあとにドラムがドン!ってやってる。

 

これは1:54のあたりからのコーラスの頭です。マイルスがパッパパ!ってやるとすぐにドラムが「タタ」ってやり、「ッテーテテ」とやるのに対してドラムは同じくタタってやり、ピアノもガっ!てやり同じようにさらにピアノ・ドラムが2回間の手を入れている。

こんな感じで、ソロとってる人に対して間の手を入れる、っていうのがまあインタープレイの一番基本なわけです。

これね、まあ聞いてればふつうにそういのやってるね、ってのでおわるんですが、聞いてるとゆっくりに感じるかもしれないけど、だいたい176BPMとかわれわれが現在聞くポップ音楽としてはかなり速いわけです。1分間に180拍ぐらい、1秒に3拍。上の方の例はマイルスが「ぱ!」ってやっったのに次の拍で反応しているので、1/3秒で反応しているわけです。その1/3秒、実際にはそこでマイルスがいったんそこで息継ぎするって確認してからなので1/10秒ぐらいで反応しているわけです。下の例も、同じ、これは8部♪2個のあとにすぐに2個打ってて、さらに難しい。

この速さで反応できる人はそんないません。私にはできない。ほんの1/10秒のうちに、次に自分がなにを弾くべきかを判断しているわけです。これは難しすぎるので、おそらくしばしばマイルスがパッパパってこのを吹いたらドラムもタタってやる、というのはすでに何十回もやってるんですわね。ジャズのアドリブは即興ですとは言うものの、ぜんぶその場で作ってるわけではなく、むしろ大まかなラインはいつもいっしょ、とかそういうふうになってるはずです。マイルスは特にそういうタイプちゃうかな。

しかしまあビバップからハードバップに至るジャズは非常に競争的であり、自分たちの知的・肉体的な優秀さをディスプレイしているわけですわ。そしてこのほんのわずかな瞬間のなかで自分がやることを決めている、っていうのが、他の譜面があったりするポップ音楽とジャズを決定的に分けているものなのです。(そういうのはフリースタイルラップバトルや、ダンスバトルとかにもつながる非常に男っぽい側面なのですがそれについては私はあんまり解説できない)

 

iPhoneに入れてるラテン曲&ブラジル曲

iPhoneにはいってるラテンの曲のプレイリストも作ってみますた。もうすこし増えるけど、Spotifyにない曲も多くて作りにくい。

ラテンポップといえばサルサかレゲトンですが、聞いてほしいのは、メレンゲバンドのLa Makinaですね。ベースがエレキの5弦ベースでズッズッズッズッズッギョーズッズッってやるのもがものすごしびれる。これは、低音がちゃんとでるよい再生装置かヘッドホンで聞いてほしい。

ついでにブラジルものも。

これはSeu Jorge先生のJaponesa聞いてほしいですね。ヤキソバ! テカマキ!

椎名林檎先生のベスト10を仮に作ってみた

iPhoneのプレイリストをいじっていて、ついでに椎名林檎先生のベスト10を選んでみました。下の方はもう少し考えたい感じはあるんだけど。

ついでに、ちょっとだけコメント。

長く短い祭

これを数年前の紅白歌合戦で聞いたのが林檎先生を再評価するきっかけでした。禍々しくてすごい曲よねえ。なんの歌ですか、っていうのが問題だけど、PVでは人殺したりしているけど、私は中年にさしかかった業界女性がはじめて乱交パーティーに参加した経験を歌った歌だろう、みたいに聞いてます。ははは。まあそうでなければ野外の夜とかに大規模コンサートしてる曲ですか。ピアノ間奏もいい。

人生は夢だらけ

これもすばらしい曲ですね。まあ中年になったけど人生はまだまだです、という曲。上の曲もそうだけど、この曲はビッグバンドアレンジがすばらしい。ものすごく手間暇かけてます。村田陽一先生だと思うけど、今年の春の出し物としてカバーしようとしたんですが、まあ難しい。

やさしい哲学

これは冨田ラボ先生の分厚いアレンジがよすぎてiPhoneでかかるたびに「うっ」となる。ほんとに日本の音楽、特にアレンジ技術は進歩しましたよね。

赤道を超えたら

これは歌詞が好きなんですわ。男女ってこんな感じよね、みたいな。知らんけど。間奏のトロンボーンいいねえ。

NIPPON

この曲については前に書きました。

丸の内サディスティック

いわゆるJust the two of us進行を使った名曲。ピアニカのイントロその他、アレンジにしびれる。デビュー盤からこれはすごいですわねえ。実は聞くたび、歪んで暴れるベースに違和感があるんですが、そこまで含めてのプロダクションよね。学生様がこの曲好きだってんで、「なんの歌だと思う?」っていうと「援助交際とか?」とかって答が帰ってきたのが2、3回あるんですが、そう見せかけて、デビュー間近でライブハウスどさまわりしているバンドのシンガーのスタジオとライブ生活、みたいな感じで聞いてます。「マーシャルの匂い」とかってのはマーシャルのアンプに電源入れたときの真空管が焼ける匂いよね。歌詞は「空耳アワー」みたいにして作ってるだろうけど、いろいろ解釈できます。

すべり台

別れようと思ってる男とついセックスしてしまう、という歌。すべり台は見送りましょう。

修羅場

男の浮気現場を目撃した曲ですな。疑っていてその場面を襲撃しましたら、まさにその場面した、って曲。こっちのアダルトバージョンが好きかな。

玉葱のハッピーソングとCan’t take my eyes off you

カバーもいいですね。本当に音楽好きなのだなあ、みたいな。とりあえず2曲。

フィガロの結婚からケルビーノのアリア二つ

大人数の教養科目みたいなので1時間半の授業は長いので、途中で5分ぐらい休憩して音楽とか流すことがあるのですが、今日はフィガロの結婚のケルビーノ君で。この人は思春期にはいったところの美少年お小姓って設定ですね。年齢は知らないけど14才ぐらい?15才?まあイケメンだからなにしても許されるわけです。

「自分で自分がわからない」

歌詞とかはこの歌詞対訳プロジェクトさんがすばらしいですね。→ 自分で自分がわからない

「愛」 amor って言葉を聞いただけで興奮するんですわ、ってときのこのアモールは、単にあこがれてますとか好意をもってます、とかそういうアモールじゃなくて、もっと女性の身体に対するアモールですわね。なんかしらんけど女の体を見るとどんなのでもむらむらして自分がよくわからなくなるのです、へたすると犯罪してしまうかもしれません、どうしたらいいでしょう、ぜんぜん経験しことのない感覚なのです、でも相手がいなくてしょうがないので自分に対して「アモール」を語りますよ、見ててもらえますか、みたいなそういうやばい感じ。でも美少年だから許されてしまって大拍手をもらうわけです。これはやばい。

モーツァルトの音楽はもちろん天才中の天才で、長調と短調がいったりきたりするのが心理的・生理的な浮き沈みを反映していてあれですね。こういう短調(マイナー)なのに性欲をのっけるっっていうのはここらのモーツァルトから、70年代の歪んだギターロックまでずーっと続きます。天才。

「恋とはどんなものかしら」→対訳プロジェクトの歌詞はこっち

これは美少年ケルビーノ君、さっきよりすこし成長している感じですよね。別の演出ではありますが、さっきのシーンのケルビーノ君は多動がはいってるかんじで体を動かすのですが、このシーンいろいろあって軍服みたいなの着てお行儀よく歌う、っていう演出が多いように思います。

さっきの「わからない」のときは実際なにもわからないで興奮して自分にアモールしてたのですが、このタイミングでは少し相手がさだまってきて、行儀よく、「ご婦人がた」っていってスザンナさんと伯爵婦人に「アモール教えてくださいよー、もう自分に語るのやめて外に向かってアモールなんすわ、自分以外とアモールしたいのです、どうにかしてください奥さん、おねがいしますよー」っておねだりしてます。やばい。でもやっぱり美少年だから大拍手。これくらい行儀よいと伯爵婦人も「まあお歌がうまくなりましたね」ぐらいのことは言ってくれるわけです。それが何を意味するのかはよくわからない。

まあオペラとかこういう下品なもので、お上品にスーツにネクタイ、ドレスとか着てこういう下品なものを見てうふふ、って言うものなわけで、なんか西洋人やばいですよね。

このケルビーノ君のみさかいのない性欲、っていうかまだ対象がはっきりしてない性欲については、キェルケゴール先生が『あれか‐これか』のなかの論文で詳しく論じているのですが、ふつうは読んでもなにやってるかわからんと思います。

日本でキェルケゴールが有名なのは、下の河上徹太郎先生の『ドン・ジョヴァンニ』で紹介されているからですが、これもそんな読みやすいものではないかもしれない。キェルケゴール解釈としても微妙かな。でも音楽ファンなら目を通しておきたいですね。

 

この本は読みやすくていいですよ。おすすめ。

 

「恋するフォーチュンクッキー」は本物のマスターピース

SNSでAIアイドルみたいなのにフェミニストの人が文句をつけたのが問題になってるようですが、なんかあれですよね。我々はおそらく生物として生き延びるために我々はどうしてもネガティブなものに目が行きやすいんだけど(そうじゃないと危険な目にあって死んでる)、我々のような豊かな時代に生きてる人間は、もっとポジティブに豊かに生きられるはずだという感じがします。

まあどうやってポジティブになるか、楽観的になるかっていうのはわれわれのような気質の人間には人生の課題っていう感じがする。ここしばらくセリグマン先生たちのポジティブ心理学を見直してるのもそういうあれです。

このブログでは秋元康先生の曲についていくつか書いてるんですが(タグつけてるのはこっち)、やはり秋元先生の力に気づかせてくれた「フォーチュンクッキー」については書いておかないとならんですね。この曲は昔の名曲なので分析や鑑賞のブログ記事のようなのも多くて、屋上に階を重ねる感じであんまり意義はないと思うけど、ポジティブ心理学の先生たちもポジティブになるためのエクササイズとして、「あなたを動かす作品をじっくり鑑賞してみよう」みたいなのを提案してるし、それにしたがってみよう。

作詞は当然秋元先生、作曲は伊藤心太郎先生。この先生すごい。

実は歌詞についてはそんなに言うべきことがない。すべて自明なわかりやすい曲。基本的には、好きな男子にコクりたいけどコクれない、勇気がなくてだめだめな気分になっているときに、カフェで流れてきた音楽を聞いてたら気分が上がってきて、注文したフォーチュンクッキーを割ったらなんかいい感じだったので希望が出てきました、とかそういう単純な歌詞ですね。

あなたのことが好きなのに/私はまるで興味ない
何度目かの失恋の準備

この人は恋多き人なのですね。10回目なのか20回目なのか……いやまあ3、4回目ぐらいですか。

まわりを見れば大勢の/可愛いコたちがいるんだもん
地味な花は気づいてくれない

ここまでが前フリですね。

カフェテリア流れるMusic/ぼんやり聴いていたら
知らぬ間にリズムに合わせ/つま先から動き出す

ここがいい。音楽というのはそういう力がある。この曲が発表されたのは2013年ですか。2011年に例の大地震があり、多くの人がなくなり、原発は爆発し、SNSは荒れ果てたのがやっとおさまった感じですか。みんなのあいだに相互不信やネガティブなものが満載されてた記憶があります。みんなダウンな感じしたよね。でもそういうときにでも、ぼーっと聞いててもよい音楽は我々を力づけてくれる。

ダメなときに、素敵な音楽を聞いて気分が上がる、っていうのはこれはもうポップ音楽の基本パターンの一つです。あとで2、3曲紹介する。

止められない今の気持ち
カモン カモン カモン カモン ベイビー/占ってよ

恋するフォーチュンクッキー!/未来はそんな悪くないよ
ツキを呼ぶには笑顔を見せること
ハートのフォーチュンクッキー/運勢今日よりもよくしよう
人生捨てたもんじゃないよね/あっと驚く奇跡が起きる
あなたとどこかで愛し合える予感

ここの「未来はそんな悪くないよ」がクッキー占いの結果なのか、語り手の思考なのかはわかりませんね。まあ「吉」ぐらいなんですかね。「大吉。あなたが驚くようなことが起こるでしょう」ぐらいなのかなあ。

フォーチュンクッキーっていうのはこういうものですね(Google画像検索)。語り手は「占い」っていってるけど、吉凶を占うというよりは、なんか格言みたいなのが入ってるのだと思う。食べたことないけど。私は今日まで中国、というかアメリカ華僑とかのものだと思ってたんですが、中国関係なくて日本人が作ったんですね(Wikipedia)。おどろきました。

この曲の歌詞のどの部分がクッキーの格言に対応しているか、っていうのがおもしろいわけですが、「未来はそんな悪くない」「ツキを呼ぶには笑顔」「人生捨てたものではない」「驚くようなことが起きます」「殻を壊してみよう」「世界は愛で溢れている」「明日は明日の風が吹く」とかぜんぶクッキー名言なんでしょうね。でもなんか通俗でひねりがないなあ。

コンピュータシステムのUNIXにはfortuneっていうコマンドがあります。端末に向って「fortune」って打ち込むと、フォーチュンクッキーみたいな格言を教えてくれるのね。私のコンピュータにもさっきインストールしてみました。

最初に教えてくれたのは、「結婚は天上にてなされる──雷鳴と稲妻も同様である」とかですね。意味はわかりますね。まあ皮肉で気が利いてる。これはコンピュータハッカーたちの文化ではこういうのが好まれるから。

まあこういうわかりにくいお告げをするっていうのが古代ギリシア以来の「お告げ」fortuneの常道ですね。

さっきのフォーチュンクッキーの画像にあるお告げも「When one doors closes, another opens. 一つのドアが閉まると別のドアが開くものだ」ぐらいで、それほどヒネってはいないけど、歌詞のよりはもうちょっと気が利いてる。それに比べると、上の歌詞の「フォーチュン」はなんかださい。なんでこんなださいのだろう。

でもこれ勝手に深読みすると、実は語り手はクッキーとか実際には食べてないのです。日本のカフェでフォーチュンクッキーとか出してるとこ見たことないし。ミスタードーナッツでも売ってないっすよね。そうじゃなくて、この甘い「クッキー」は、カフェで流れている(あるいは家でラジオから流れてくる)ポジティブな音楽そのものなんだ、それで歌われているポジティブな内容なんだって解釈してみたいですね。そしてそれが自己言及的になっている、つまり流れてくる素敵な曲は、この「恋チュン」そのものなのですわ。まあそれがあまりにも自己言及的だっていうのなら、恋チュンを含む一群のポジティブな音楽だ。

あなたにちゃんと告りたい/だけど自分に自信ない
リアクションは想像つくから/Yeah! Yeah! Yeah!

性格いいコがいいなんて/男の子は言うけど
ルックスがアドヴァンテージ
いつだって可愛いコが/人気投票1位になる
プリーズ プリーズ プリーズ オーベイビー/私も見て

秋元先生のアイドル曲というのは、基本はもちろん(1)少年少女の恋愛模様なわけですが、同時に(2)アイドル活動、あるいはアイドルとファンの関係について自己言及していることが多い、っていうのも特徴です。これは出世作の「なんてったってアイドル」からずっとそうですね。ちなみに「ヘビーローテーション」「フライングゲット」もそうだと思う。これはファンがアイドルやその音楽に対してもつ気持ちをアイドルが歌ってるというかたち。

この曲も「人気投票」あたりからわかるように、AKBグループの総選挙とかに言及していて、私はAKBのメンバーであり、「あなた」はファンであり、何度目かの失恋はランキングに入れないことである。歌やダンスや性格も重視されるとはいうもの、やはりルックスはアドバンテージである、わたくし指原のルックスではちょっと苦しいところがあるのですが、指原、指原をよろしくおねがいします。ルックスでは負けても、才気や笑顔その他には自信があるのです。

恋するフォーチュンクッキー!
その殻/さあ壊してみよう
先の展開/神様も知らない
涙のフォーチュンクッキー
そんなに/ネガティブにならずに
Hey! Hey! Hey!/Hey! Hey! Hey!
世界は愛で溢れているよ/悲しい出来事忘れさせる/明日は明日の風が吹くと思う

「悲しい出来事忘れさせる」がいいですね。「未来はそんな悪くない」もいい。この曲や語り手はそれほどポジティブな感じでもないわけです。

私は個人的にはこの曲にはものすごく思いいれがあって、2011年に例の大震災があって何万人も亡くなり、直後に原発爆発して世界が終るかと思い、政治家はなにやってるかわからず、SNSは荒れに荒れてみんなが派閥に分かれて罵りあっていて、もうなんか地獄でしたね。この曲はそれから2年半ぐらいたってからの曲ですか。最初は意識してなかったんだけど、ツイッタで有名な心理学者の先生が何回か言及していたのは記憶の片隅に残ってて、聞いてみるとこのマスターピース。これはすごい。

PVもすばらしいと思いますね。DJが「悪いニュースばっかりでおまえら元気ないぞ!この曲を聞け!」みたいにして指原先生からざっとAKB登場、パパイア鈴木先生のふりつけも完璧だ。

おそらくAKBの東北の学校訪問、小学生もいれば高校生もいる、幼稚園、吹奏楽、剣道部、バスケット部、スーパーのおばちゃん、プロレスラー、ナオトクラブ、ゲイバー、子連れ、避難所を連想させる体育館、プロレスラー、リーマン、トラック運転手、寿司屋、港湾労働者、だれだってポジティブになれるだ、って感じでPVもマスターピース。

いろんな人々がいて、いろんなことを考えてるけど、音楽やダンスはそれを結びつける働きがある。「あなたとどこかで愛しあえる予感」は、まあ好きな相手かもしれないけど、お互いに憎みあってる「あなた」とも、いずれは楽しくやっていけるようになる、ってことかもしれない。

いいじゃんアイドルグループが人々を楽しくさせるなら。若い女子にはそういう力があるんだろう。私はこの曲からこういうものの見方が変わりましたね。みんな好きにポジティブにやればいい。よいものはそのなかで生き延びるだろうと思う。


いくつか関連する動画も貼っておきましょう。

平井堅先生が発表後すぐにカバーしてるんですね。この曲が日本人応援歌みたいなのだっていうのは平井先生もそう思ってるのだと思う。そうじゃないと、ヒットしてるからっていってもわざわざとりあげる意味ないし。AKBバージョンの作曲・アレンジは隅から隅まで完璧だと思うのですが、特に大事なのはブリッジみたいなののあとの「パッ!パッ!パッパッパッ!」のヒットだと思うんです。ここで「嫌なこと」や「悲しいこと」がふっきれてる。平井堅先生のは小編成で大人っぽくやってるけど、その3発はやっぱり残していて、そう、あれ入らないと「恋チュンにならんのよね」とか思ったり。

https://youtu.be/KxglkMFz5-o

「いやなことがあっても音楽があれば大丈夫」タイプの曲はものすごく多いと思うのですが、私が好きなのはこれ。2002年の曲。後ろの方長くてじゃまだけど。

ベースのブーチー・コリンズとボビー・ウーマック先生がプリンス風の曲を作ってる。歌詞はこちら。このタイプの曲は、メジャーコード一色、っていうのにはならんのですよね。むしろ裏にブルーな感じが流れている。実は「恋チュン」もそういう作り。

とにかくポジティブに行こうぜ、っていうのではファレル先生のこの曲が好きですね。

いろんな人が踊ってるバージョンがあるし、日本の大学生なんかも踊ってますね。

こうした、いろいろあるけど音楽聞いてダンスして生き延びよう、っていうのは黒人系ポップ音楽の最良の部分であり、恋チュンもその流れの作品の一つであり、秋元先生たちの解釈の一つだと思う。アイドル、いいじゃないっすか。そして他にもたくさんすばらしいものはあるので、人生そういうのを楽しんでいきたいですね。

そうそう、これもあれだったね。われわれを縛りつける「重力の魔」にダンスで対抗するのだ!世の中にもっと美しいもの、おもしろいものを増やすのだ。馬鹿なことをするのだ。時々は、やらなきゃならないことじゃなく、やりたいことをするのだ。単にやりたいから、単におもしろいからって理由で活動するのだ。

乃木坂46「制服のマネキン」もやばい

リテラって雑誌は秋元康先生が嫌いみたいで、いろいろ非難してるのを最近見ました。基本的には秋元先生は女性蔑視的で許せん、みたいな論調ですが、秋元先生がどのていど女性蔑視的なのかよくわからんですね。全体として見ればハッピーな曲も多いし女性をエンパワしたりエンカレッジしてるように見えるときもあるし、私には判断がつかない感じです。ただあの歌詞群を全体としてみると、女性蔑視的だとかそうではないとか、そんな単純な解釈を許さないようなものに見えてます。もっと複雑でアイロニカルなアートなんじゃないかな。

私はポップ音楽の歌詞の解釈、鑑賞にはまっていて、それを楽しくやるための最低限の準備のことなどを考えています。ゼミなどでもそういうことを話すものですから、学生様もいろいろ分析してみせてくれたりします。このまえのゼミで「制服のマネキン」を分析してみてくれた人がいて、ゼミでもいろいろ話し合ってみました。それを下敷にちょっと考えてみたい。乃木坂は特に微妙な曲があるとは思っていて、前に「君の名は〜」について書きました。作曲の杉山先生による曲はもうすばらしいですね。でも歌詞はどうかな。

https://yonosuke.net/eguchi/archives/7465 ここらへんで書いてみたことですが、とにかく歌詞を読む上で大事なのは語り手とその聞き手のアイデンティティを特定することだと思います。「制服のマネキン」もまさにそれが一番大きなポイントだと思う。誰が誰に向って語りかけている歌なんだろう?

君が何かを言いかけて/電車が過ぎる高架線 動く唇読んでみたけど/ Yes か No か? 河川敷の野球場で/ボールを打った金属音 黙り込んだ僕らの所へ/飛んでくればいい

Aメロはこんな感じ。これじゃわからんですね。野球するシーズンにふたりで外(河川敷)にいるってことはわかる。ボールが飛んでくればいいのは、ちょっと硬直してしまった二人のあいだをほぐしてくれる出来事がほしいからですかね。この二人はどんな人々でどんな関係か。

一歩目を踏み出してみなけりゃ/何も始まらないよ 頭の中で 答えを出すな

まあメッセージ性が強い。でもなんか高圧的ですね。

恋をするのはいけないことか? 僕の両手に飛び込めよ 若過ぎる/それだけで大人に邪魔をさせない 恋をするのはいけないことか? 君の気持ちはわかってる 感情を隠したら/制服を着たマネキンだ

サビでは恋愛するのは悪いことではないぞ、と強く主張している。恋愛するのに「若すぎる」っていうのは何歳だろう? まあとりあえずふつうに語り手が男子、語られ手が女子ということにして、女子が恋愛するには若すぎるというのは何歳だろうか。

「恋」って言葉はなかなかあれで、たんにぼんやり「好き」ってのもあれば、セックス!を意味することもあるのは当然のこと。まあ「大人」が子供に「おつきあいするには早過ぎます」みたいなのもあると思うけど、この「おつきあい」っていうのはマクドナルド(マクド)でハンバーガー食うことじゃないですからね。この場合はセックスしたりそういう関係になるのは早い、って解釈するのがふつうだろうと思う。

23才とかで「恋」が早いっていう人はいないだろうから、女子大生世代だろう、って考えるひともいませんね。そんなこと言われるのは高校生か中学生に決まってます。小学生って可能性もあるのだろうか。いやー。2番の歌詞いきましょう。

冬型の気圧配置に/心が冷え込みそうだよ 自販機の缶コーヒー/君の手にあげる

以前のレクチャーで、歌詞の1番と2番の間に時間的経過があるかもしれないという話を書きました。この歌でもそれがあるかもしれない。実はこれは学生様が指摘してくれたことで、1番は河川敷球場で野球をして、その音を聞いてる余裕のある時期、まあ春〜秋かな。初夏っていうのもありそうだという話でした。2番は明白に秋の深まったところか、冬そのものですね。

場所ですが、自販機のコーヒーで温まろうってんだからやっぱり外なんですかね。道端とかですか。

ここで一つ、おそらく慣れてない人が読みにくいポイントがあります。「心が冷え込みそう」ね。こういう寒いとか冷たいとか、あるいは雨が降ってるとか、そういう表現は、ポップ音楽ではそれは語り手の心情をあらわしてます。どんな冬型低気圧が来てたって、君といっしょにいてハッピーだったら心は暖いじゃん。でもこの人は「冷え込みそうだ」っていってる。「これから心が冷え込むかもしれない」っていうことですが、実はすでに冷えている。ハッピーではない。そしてこの心の冷えは、多くの場合、相手に対する不満の表明、あるいは怒りの感情の告白(と脅し)なのです。

典型的にはビートルズのPlease Please Meがそういう曲ですね。この曲は、「僕が君を喜ばせてるように、君も僕を喜ばせてくれよ」って曲ですね。

Last night I said these words to my girl / I know you never even try, girl 昨日の夜、彼女に言ったんだ/君はやってみようともしないんだね、って。 I don’t wanna sound complaining / But you know there’s always rain in my heart 君に文句つけてると思われるとやだけど、いつも僕の心に雨が降ってるのはわかるだろ?

とかっていう歌で、セックスさせてくれないガールフレンドにセックスをせがんでる歌ですね。(正確には、ガールフレンドにセックスをせがんだことを友達に打ち明けている。)

ここで「心に雨が降ってる」ってのは、「君」に対して僕は不満で、たとえば、もうおつきあいするのをやめようかなと思ってる、ぐらいのおどしですね。

この「制服のマネキン」の「冬型の気圧配置に心が冷え込みそうだよ」もまったく同じだと私は解釈します。このカップルは、おそらく夏から冬ぐらいまで「つきあって」いるけど、まだセックスしてなくて男子はそれにいらついていて、それを表明している。この脅しは缶コーヒー1本で補えるようなものではないと思う(貧乏なのはわかります)。

卒業を待ってみたところで/何も変わらないだろう 今しかできないチョイスもあるさ

これで少なくとも女子の方は卒業がそれほど遠くないことがわかる。となると高3か中3と解釈するのが適切そうさけど、高3よりは中3の方がキモいですね。さて、男子は何歳だろう?

どんな自分を守ってるのか? /純情の壁壊すんだ 汚(けが)れなきものなんて/大人が求める幻想 どんな自分を守ってるのか?/僕は本気で好きなんだ その意思はどこにある? /制服を着たマネキンよ

「守る」とか「純情」とか「汚れなき」ここではなんか性的な純潔の話をしてますね。まあセックスしないからって純潔かどうかはわからんけど。ははは。んでポイントは「大人」ですが、大人が「それは大人の幻想だ」みたいなことは言いにくい(不可能ではないが)なので男子も大人ではない。でも女子と同年代でこんなこと言うのかどうかもよくわからない。「セックスさせてくれないとか君はマネキンだよ」とかやばい。こういうなんかインテリっぽい青臭い感じの比喩をつかうことからして、中学生どうしではない。高校生男子と中3女子はありえる。あるいは大学生男子か、それとももうちょっといって20代前半ぐらいか。

私はずばりアルバイト塾教師(大学生/院生)男子と中3ぐらいを想定しましたが、みなさんはいかがでしょうか。ネットで検索してみると、やはり教師・生徒関係っていう解釈があるみたいですが、本職の教師とかが自分の生徒と外で二人でいるっていうのはちょっと考えづらいと思う。見られたらすぐわかるからね。でも塾教師ぐらいだと外にいることはあるんではないだろうか。同年代ってのもまあないではないけど、それほどうまい関係ではないですね。

できないんじゃない/やってないだけさ 未来の扉 そこにあるのに 僕は何度も誘う 生まれ変わるのは君だ僕にまかせろ

力強い説得で、これってPlease Please Meと同じですね。「君はトライさえしないんだね」。ビートルズの曲ってのは、音楽やる人間なら誰でも全曲弾いてみて歌ってみるので、「できないんじゃない、やってないだけさ」でI know you never even try, girlを連想すると思います。まあこれは言いすぎかもしれないけど。

恋をするのはいけないことか? 僕の両手に飛び込めよ 若過ぎる それだけで 大人に邪魔をさせない 恋をするのはいけないことか? 君の気持ちはわかってる 感情を隠したら 制服を着たマネキンだ

「君は制服を着たマネキンだ」ってディスることによってセックスしようとしているわけです。この曲は邪悪ですね。

前にフェミニストのシュラミス・ファイアストーン先生についてちょっとだけ書きましたが、70年ごろのセックス革命のときもそういう脅しみたいなのがよく使われたみたいですね。「君は堅いんだね(皮肉)」「じらし女」「解放されてないんだね」「とらわれてる」「自分を殺してる」みたいな。

「君の名は希望」についてもキモい曲だということを書いたのですが、この曲も非常にキモい。なにより、この曲では女子の意思がさっぱりわからない。冒頭でもイエスかノーかわからず、そのままずるずるとこの語り手男子の言うなりにされている。というより、この男子が強引すぎるんですね。そもそもこの語り手とそんなことしたいのかどうか。むしろしたくないのではないか。でも「君の気持ちはわかっている」。

ふつう考えたらイエスかノーかわからないっていうのはノーなわけですが、そうした女子の気持ちがどうなのかとはまったく関係なく「腕に飛びこんでこい!」みたいなのを力説してて、すばらしくキモい。というより、そういう高圧的な態度に嫌悪感の方が大きいのではないか。

まあこの曲はそういうタイプに読める曲ですわ。これが女性蔑視的かどうかはわからない。女性操作的な歌詞だとは思う。ショックなのは、この歌詞の解釈についてちょっとググってみても私のような解釈が出てこないことですね。うちの学生様たちはディスカッションしてるうちにそういうのわかってくれたようで、一安心。


補足1。もっと穏健な解釈があって、とくに有力なのは語り手がファン、聞き手が乃木坂やAKBのメンバー、「大人」が運営、という読みですね。この曲が出たころは誰かが「恋愛禁止」の運営のルールに反して「恋愛」してるのがバレてどうのこうの、みたいなのがあったみたいなので、そんなのにとらわれずに恋愛を楽しみましょう、みたいなの。まあアイドルと「恋愛」する夢はいいし、そうでなくたってアイドルってそういうふうに楽しむものですよね。

さらに穏健に解釈すると、この歌詞のリスナー(オーディエンス)は、男女両方の立場に身を置いて聞いてると思う。自分で「僕、はっきり意見も表明できないいまのままじゃ木偶の坊人形だよな、男子だから木偶の坊で、きれいな女子だったらマネキンみたいなものだよな、自分の意思をはっきりさせなきゃ、がんばっていこう!乃木坂も僕らを励ましてくれているし」ぐらいに聞いてる。これが多くのファンが聞いてる筋だと思う。でも字面からすればちょっと無理矢理なところがあるわね。

こういう多様な解釈を許すようにできてるのはこの曲が精巧につくられている名曲だからですね。


補足2。ビートルズの初期のシングルの内容的な繋りは以前なにげなしに歌詞の分析の例としてやってみたところ発見したものです。

デビューシングル Love Me Do → ぼくは君のことがずっと好きだからLove Me Do! (セックスさせてください)

上で言及した2枚目Please Please Me → 「ぼくは君を喜ばせてるんだか君も僕を喜ばせてください(セックスさせてください)」って彼女に言ってみました。

3枚目She Loves You → 君はセックスセックスと彼女に迫って気分を害して振られたと思ってるようだが、彼女はまだ君のことが好きだってよ。

4枚目 I Want to Hold Your Hand → (あらためて)やっぱりセックスさせてください、君にタッチしてるとぼくはとってもハッピーなのです。

てな感じでセックスセックス言ってるわけですね。これは不良の音楽だ!もっとも、そういう次第でポップ音楽でセックスさせてくれとせがむのは由緒正しい伝統でもあります。ただ「制服のマネキン」の場合は、人間をマネキンよばわり(モノ化)してて非常に侮蔑的な感じがするのでキモいわけです。「そのままじゃお前はマネキンだぞ!」みたいなの、なんか体育会系のハラスメントっぽいですよね。

aiko先生の「カブトムシ」は女子的にエッチな曲かもしれない

 

https://www.youtube.com/watch?v=WMPO5qgm39E&

https://youtu.be/WMPO5qgm39E

https://youtu.be/9m7gCFarbqs

aiko先生の「初恋」は歌詞の解釈について考えるようになったきっかけの曲で、まあこの先生おもしろいですね。最近「カブトムシ」についても考えるきっかけがあって、これまたなかなかすごい曲だな、みたいな。

いつものこのリストをちらっと見たり。https://yonosuke.net/eguchi/archives/7465

ジャンルは典型的J-POP、楽器編成はふつうのバンド構成ですね。冒頭のピアノと、薄いシンセストリングがまあ典型的ポップスですか。ドラムの音いいっすね。

テンポは75BPMぐらいのバラード。リズム・パターンはごくふうつのエイトビート、ドラムはちょっとだけハネてる気がする。メロディーラインはふつうの譜割なんだけど、バックがシンコペしてるところが多いのがちょっと特徴。

シンガーは発表時20代なかば〜後半ぐらい?ライフスタイルはティーシャツ・ジーパンな感じ、想定リスナーはごくふつうの女子だと思う。そんなオシャレでもなく、都会派でもなく、イケイケやヤンキーでもなく。ファンの男子もなんかそういう感じなんちゃうかな。

  1. 語り手のアイデンティティ/どういう人物か/年代性別等: まあシンガーそのまんま、20代女子。
  2. 語りかけられている聞き手のアイデンティティ、年代性別等、ライフスタイル等:「あなた」に向かってる。

これくらいおさえたところで、いきましょう。

悩んでる体が熱くて 指先は凍える程冷たい
“どうしたはやく言ってしまえ” そう言われてもあたしは弱い

これ、私いきなりおかしいと思うんですわ。聞いてるひとはあんまりいきなりなんで、「はてなー」ってなるはず。なにで悩んでるのかわからない。

この「カブトムシ」は4枚目のシングルらしいですね。「初恋」が7枚目で2001年、カブトムシはそれより前の1999年ですか。

この2枚共通して「悩んでる体が熱くて」とか「悩んでるあたしはだらしない」とか「悩んでる自分」はaiko先生のキーワードなんですね。これリスナーをひきつけるなにかだとおもう。この曲では「体が熱い」っていってるけど、「初恋」でも「小さなあたしの体は熱くなる」っていうフレーズがあって、この2曲、かなり密接な関係あるように思いますね。ていうか同じ事件なり体験なりを歌ってるのかもしれない。(制作・発表順番はおそらく逆)

「初恋」の場合はまだつきあってない男子を見つめて悩んでる。「カブトムシ」の場合はどうなのだろうか。

「「どうしたはやく言ってしまえ」 そう言われてもあたしは弱い」っていうのが誰から言われてるかわからんですね。「初恋」の流れだと、「相手に告白してしまえ」と友達から言われてるぐらいか、もうすこし読んで「自分の頭のなかの声がそう言っている」ぐらいなんかね。でもそうすると次とつながりにくい。一番すなおな読みは「あなた」からそう言われてる、なんだけどそれもよくわからないですね。このAメロには謎があるわけです。

あなたが死んでしまって あたしもどんどん年老いて
想像つかないくらいよ そう 今が何よりも大切で

いきなり相手殺すんですかね。わからんですね。「今が何よりも大切」っていうのは、まに「NIPPON」で書いたように、林檎先生なんかもそういう一瞬で完全燃焼!他のことは考えません!みたいなのがあって私好きなんですが、aiko先生の場合は「今がだいじ」といいつついつも時間的な長さ、時の流れを考えてるようなところがあって、林檎先生とはわりと対照的であるように思います。

スピード落としたメリーゴーランド 白馬のたてがみが揺れる

これもなぜメリーゴーランドなのか、なぜスピードを落とすのか、白馬ってなんでありたてがみがなんであるのかよくわからんですね。このかなり謎が多い曲だと思う。しかしこの部分は楽曲として非常に印象的なところです。Gm7-C7とかになって転調してんですかね。

白馬のたてがみがゆーれるーのあとに、サビに入る前に、非常に印象的な2拍の間があるんですね。この2拍はそれまでのふつうの4拍子のリズムには異常な部分で、つまりタメてるわけです 1)「エイリアンズ」でも最後の方に似たタメがあって、あそこで何かが起こってることは指摘しました。 。これがものすごく効いてると思います。この曲が成功したのはまさにこの2拍にあると思う。スピード落して、ためて、ためて、どばーっていく感じ。

サビ

少し背の高いあなたの耳に寄せたおでこ
甘い匂いに誘われたあたしはかぶとむし

初恋と同じようにこのサビもどんどん上に高揚していく感じです。この女子は匂いフェチっていうか、相手の匂いが好きなのね。なんか耳の後ろあたりから匂うあれがものすごく好きなんですな。この女子の匂いのなにかは生物学的な背景ありそうとかって話は、進化生物学・心理学の定番ネタっすね。

んで問題のカブトムシです。カブトムシっていうとあのオスの角とかあるあの種を連想するんだけど、この曲でもそうなんかなあ。とりあえずメスカブトムシだろうから角ないですね。あと、音楽やってると、「ビートルズ」はもとはbeetleだけどあれは日本のカブトムシではなくコガネムシやカナブンみたいなのもbeetleなのだ、って必ず一回は話してるんじゃないかと思うんですが、どうですかね。

まあこれの上のメスみたいなやつってことでいいや。さて、ここで一番の問題なんですけど、「私はカブトムシ(メス)である」というときに、その体勢はどうなっているのか、ですわ。

このメスカブトムシは相手の耳の後ろのにおでこくっつけたりして匂いかいだりしているのですが、それって「背の高い」(とりあえず)男子にならできるだろうか?しかしそれなら背伸びしている感じになり、上のカブトムシらしい、腕をひろげて抱きついてるポーズにはらないのではないだろうか。

わかってきましたか。「ああ、私はメスカブトムシでございます」と思うとき、それは直立しているわけではないのです。むしろ体の軸は水平方向にある。背伸びして耳の後ろにおでこをあててるわけではないのです。

さらにですね、カブトムシは匂いにひきよせられてなにをするのでしょうか。そう、匂いをかぐだけではなくて樹液かなんかをペロペロとあれするのですね。驚きましたか。匂いにひきよせられるだけでなく、そういうあれの上で「あたしはカブトムシである」と言ってるのだと思います。

流れ星流れる 苦し うれし 胸の痛み
生涯忘れることはないでしょう
生涯忘れることはないでしょう

ビタースイートな感じ。「生涯〜」くりかえしてるのがしつこいですね。

間奏はやっぱり歪んだギターがキュー。

鼻先をくすぐる春 リンと立つのは空の青い夏
袖を風が過ぎる秋中 そう 気が付けば真横を通る冬

ここはすばらしくいいですね。Roxy MusicにTo Turn You Onって曲があって、Spring, Summer, Winter through Fall、みたいな歌詞があるんですが、こういう春夏秋冬通しておつきあいします、みたいなのはうったえかけるところがある。

なんかwikipedia情報によれば、aiko先生はカブトムシが冬のものだと思ってたらしくて(冬に時々でてくる冬眠中のコガネムシとかのこと考えてたんちゃうかって思うんだけど)、春夏秋ときて冬が今なんですかね。けっこう長いことつきあってきたって話じゃないのかなあ。1年ぐらいいろいろあったあげくにやっと今そうなってる、っていう話かもしれないけど。

上の部分、主語はそれぞれ春、空の青い夏、秋中、冬なんですかね。どれも微妙に空気や風と関係していて、「あなたの匂い」が本当の主語のような気がしますね。匂いフェチです。さすが昆虫。

強い悲しいこと全部 心に残ってしまうとしたら
それもあなたと過ごしたしるし そう 幸せに思えるだろう

ここはまあいいです。作詞的にはつなぎにすぎないと思う。肝心なのはやはり、さっきのメリーゴーランウンドと対応する次です。

息を止めて見つめる先には長いまつげが揺れてる

なぜ息を止めているのだろう。そして睫毛がゆれるのがはっきり見えるほど近い。そしてあの2拍のタメ。ここやっぱりいいと思う。

少し癖のあるあなたの声 耳を傾け
深い安らぎ酔いしれるあたしはかぶとむし

もうなんかおわってます。

琥珀の弓張月 息切れすら覚える鼓動
生涯忘れることはないでしょう
生涯忘れることはないでしょう

弓張り月は、ふつうは半月です。琥珀色(透明な赤茶)になるのは地平線に近くないとならないから夜中ですね 2)この月がどういう形のときにどこにあるのか、っていうのはけっこう重要ですわ。。そして「息切れすら覚える鼓動」はなぜそんなハアハア言っているのか。

とかって考えると、まあこれってそれの歌ですわ。それもかなり直接な。カブトムシみたいになって大木みたいなのにしがみついている感じ。そうなると、「悩む」っていうのも告白を悩んでいるんではなく、もっと身体的ななにかを指しているのではないかとか、一番最初の「言ってしまえ」もなんかちがう表記をするのが正しいのではないかとか、そういうの考えちゃいますね。速度をゆるめたメリーゴーランドとかもまあなんかの暗喩だ。まあかなり肉感的で露骨な歌で、主人公女子がかなり強いなにかを経験した、とそういう歌ですね。

まあ男子が視覚的にあれするのに、女子は匂いとかそういうのであれする、みたいな感じもあれであれですね。

ちょっと下品な解釈だったけど、aiko先生はそういうのをああいうかたちにする先生だと思う。もちろんこうしか聴けないわけではないけど、わかるひとにはわかると思う。

さっきのRoxy Music。関係ないけど名盤だわー。

https://youtu.be/VGCXmXLfuOw

 

https://www.youtube.com/watch?v=sUNPn3SGOiw&

References   [ + ]

1. 「エイリアンズ」でも最後の方に似たタメがあって、あそこで何かが起こってることは指摘しました。
2. この月がどういう形のときにどこにあるのか、っていうのはけっこう重要ですわ。

『トゥーランドット』のラストはあれで正しいか?

プッチーニの『トゥーランドット』っていう作曲者本人によっては未完の名作(半名作)オペラがあるんですが、あれって見るたびになんか変な気分になるんですわ。あらすじはwikipediaで十分ですよね。こんなかんじ

第二幕まではいいんです。第三幕で召使のリューちゃんが秘密を守るために自殺しちゃって、そのあとカラフ王子がそれをなにも気にせず、トーランドット姫ちゃんにチューするとなんか姫ちゃんのスイッチがオンになって「その名前は「愛」です!」なんてことになってご結婚、「皇帝ばんざーい」ハッピーエンド。

馬鹿ではないか。リューちゃんなんで死ななきゃならんのですか。姫もチューされたぐらいでなにのぼせあがってるんですか。カラフ、お前も献身的なリューちゃんのことなにも考えてないなゴラ。なんでわがままな姫のために人ばんばん殺されにゃならんのだ。おまえらぜんぶ死ね死ね。

ってやっぱりふつうの観客なら思うと思うんですよ。この筋はどう考えてもおかしい。

これ以前に京都コンサートホールで半上演スタイル(劇はステージの半分だけで、オケもステージに載るコンパクトな形)で見る機会があって、そのとき、私やっと理解したんです。これは本当の筋ではないな、と。

私が思うに、最後は本当はこうなるのです。

リューが自殺→ カラフ後悔する → カラフ死ぬつもりで自分の名前を白状する → でもなんかそれ見た姫が興味をもって近づいてきて、チューしてみろって言う。→ チューすると姫はなぜか夢中になる → 姫は皇帝にカラフの名ではなく「愛です!」っていう → ウォーってもりあがる→ 皇帝「でも名前は知られたんじゃろ? 約束は守れや!」 → カラフの首が飛ぶ → 皇帝「姫、お前も謎々を解かれたら結婚するっていってたのに結婚しなかったから死刑」→ 姫の首飛ぶ → 民衆大喜び、皇帝の誠実の徳を称える → 皇帝も自分の馬鹿さを自覚して死ぬ → 馬鹿の帝国崩壊。

『サロメ』の最後みたいに、皇帝に「あの馬鹿どもを殺せ!」って命令してもらっていきなり終ってもよい。

これなら勧善懲悪で気持ちいいし、むくわれぬ愛、人間のおろかさ、約束の大事さなどを訴えて、まあ悲劇てかドラマらしい。

まあこれかこれに準ずる形だとすっきりするのですが、まあイタリア人としてこうなるのが当然だとわかっていてもいやなので、形だけわーわーハッピーエンドってことにして、「でもあれ死刑だよね」ってあとで言いあって満足する、ぐらい。とにかく全部死刑に決まってるではないですか。

でもピンポンパンだけはまじめだから許す。田舎帰ってゆっくり文人生活楽しんでください……いやだめだな。悪事に加担したからやっぱり死刑。

ぜんぶ死刑にしてもらうにはこの紫禁城のやつの首切り役人が好きなんだけど(下の動画だと10:00 過ぎに登場)、youtubeに日本語字幕のもあるのも探してみてください。よい時代になりました。

Spotify楽しいですね

2、3ヶ月前から音楽配信サービスをAppleからSpotifyに乗りかえたんですが、Spotify楽しいですね。いまごろって話になっちゃいますが。すばらしい精度で知らない曲を紹介してくれる。Spotifyの公式のも、知らない他人のプレイリストもおもしろい。

自分でも作ってみたりして。

↑を読むために、参照されてる曲のプレイリスト作ってみました。

[spotifyplaybutton play=”https://open.spotify.com/user/cvugrwo3raclcdvw5srrnphu1/playlist/4REwZ0T2PGK9w8Bn2QqGTp?si=-PdBgBpkTd6wHUObsOIrNA”/]

↑で冨田ラボ先生が100曲紹介してたからそれも作ってみてる(まだ途中)

[spotifyplaybutton play=”https://open.spotify.com/user/cvugrwo3raclcdvw5srrnphu1/playlist/4D32CsyUG3pvoi4CXP378O?si=pa1SQU9HT0WW-5om7FoEKg”/]

 

私のオールタイムベストみたいなのは↓

[spotifyplaybutton play=”https://open.spotify.com/user/cvugrwo3raclcdvw5srrnphu1/playlist/3uRjqBPrzXExZTLk5YUdpr?si=jsH9zYigT–mkAGSeh5VtQ”/]

昔書いたブログはyoutube音源使ってるけど、かなり消えちゃってわけわかんからSpotifyに入れ替えたいな。

こういうプレイリスト作ったり、つまらないブログ書いたりするのは、なんかボトルにお手紙つめて海に流す、みたいな感じがあって好きですね。おそらく誰の目にも留まらないけどひょっとしたら誰かが拾って読むかもしれない。Spotifyやネットの海に溶けこんでいく感じがある。ボイジャー号にレコード積んで宇宙に流したりするのもそういうロマンよね。あ、パイオニア号につんだ金属板が先だよね。

椎名林檎先生の「NIPPON」は軍国歌か

なんか若いバンドが軍国歌を作ったとかで話題になってて、聞いてはみたものの別に思うところもなく。ひねってくれないとおもしろくないですよね。事情は知らなかったんだけど、「あれ、これサッカーのワールドカップ用かな?」とか気づいて(実はそれのB面らしい 1)「B面などない」とか言わないでください。年寄りにはやさしくしよう。 )、前にも林檎先生がそういうの作って話題になってたのを思いだして聞きなおしてみました。CDはもってたけどちゃんと聞いてなかった。これは名曲ですね。林檎先生らしくひねりまくり。

万歳(Hurray)!万歳(Hurray)!日本晴れ 列島草いきれ 天晴
乾杯(Cheers)!乾杯(Cheers)!いざ出陣 我ら 時代の風雲児

PVでは最初に昔のNHK風の青空を背景にしたはためく日本国旗が出てきて、まあ誰でもナショナリズム・国粋主義とか連想するんだと思うけど、ほんとにそんな歌だろうか。なんでわざわざ時報鳴らすんですかね。国旗なんてNHKのピッピッピッポーンだ。ポポポポーン!

「フレーフレー日本」なのかと思うとそうではなく実は日本晴れを応援している。「フレーフレー、ニッポン、ガンバレ」が「日本(がん)ばれ」になってるわけよね。いきなり腰を砕いてるというか。脱構築だ。デコンストラクションというのはこういうふうにするものですか。

そして天晴。「あっぱれ」は漢字で書けばこうなり、「あっぱれ」なのは日本とかっていう最近しょぼそうな国家ではなくその上に広がる空。澄みわたる青空。あの空の青さがこの曲を通じてイメージされている。私青空本当に好きなんよねえ。

「列島草いきれ」も問題で、まあサッカー場の芝生の匂いを連想させるのがふつうだけど、「草いきれ」は音程・譜割の関係で「臭い切れ」にしか聞こえないんよね。「列島(は)臭い(布)切れ」なのかもしれない。もしかしたら国旗ディスってる?やばい。んじゃ「列島」も「劣等」なんかいな。「劣等、臭い、(関係を)切れ」かもねえ。ここ思いついて曲ができた感じなんじゃないかな。

「出陣」とかも平和主義・左寄りの人はまあいやな感じなんだろうけど、まあスポーツと戦の関係は世界中普遍的に意識されてるでしょうな。

さいはて目指して持ってきたものは唯(たった)一つ
この地球上で いちばん
混じり気の無い気高い青
何よりも熱く静かな炎さ

いかにも疾走系。「この地球上で」がものすごく印象的で、一番最初でNHK画面見せられて「列島」ってでてくるから、頭のなかはいきなり天気図的な俯瞰、「日本列島晴天です、お日様マーク!」になってるじゃないですか。「地球上」って言われるからさらに視点が上にあがってあの青い地球が見えてしまう。

あの日本代表のユニフォームは「サムライブルー」とか呼ばれて、まあそれを指してるんだけど、実はあの青は、青は青でも紺に近い青よね。群青か。最初に空の青を見てるから、それと比べると私には「混じり気のない青」にも「気高い青」にも思えない。地球の海の青さは私は肉眼では見てないけど、衛星写真で見るあの青もすばらしいわねえ。あれは気高いといってもいいかもしれない。

鬨(とき)の声が聴こえている
気忙(きぜわ)しく祝福している
今日までのハレとケの往来に
蓄えた財産をさあ使うとき

ここのところのメロディーのシェイプ(形)は自然ですが、注目してほしいところですね。上って下ってくる、をくりかえしてる。

これ歌詞カードでは「今日までのハレとケの往来に」になってるけど、「祝福してる今日まで」で切れて「ハレ〜」に聞こえる。こういう歌詞カードと聞いたのが食い違うのは林檎先生多かった気がする。私は聞いた方を優先しますね。

ここはよくわからんけど、この「ハレとケの往来」がなんとも双極性障害、いわゆる躁うつ病を感じさせますね。わりと毎日ウツに苦しんでる人がぱーっと活動的になることがあって、これは、アリストテレスとかガレノスとか、そういう古代ギリシア・ローマの昔から観察されてました。黒胆汁という体液が多い人はそういうずーっと苦しんでいていきなりパーッとでかいことをすることがあるらしい。

「ハレとケの往来のあいだに蓄えてきた」のか「ハレとケの往来のときに(財産を)使う」のかはちょっとあいまいだけど、私は後者をとりたい。(ちょっと苦しいけど)「ウツなケの生活送ってきて、せっかくハレの日が来たんだからパーッとお金使っちゃいましょう、ほかにもはちゃめちゃしちゃいましょう」な感じではないんかね。躁転したから金や資源使いまくります。

私が林檎先生を再評価したのは「長くて短い祭」を紅白で見てからなんですが、あの歌もそうした人生の祭礼的時期・季節を歌ってますね。林檎先生は黒胆汁質の人なのだと思う。

ちなみに、アリストテレス先生なんかに言わすと黒胆汁は天才の印、というか哲学、詩作、芸術、政治を極めた人はみんな黒胆汁質だったとか(『問題集』第30巻)。まあニルヴァーナのカートコベイン先生はたくさん躁鬱の曲作ってるし(たとえばこれ)、ジミヘンもManic Depression(躁うつ病)って曲つくったりしてるし、シューマンもそうだし、特に音楽家とは切っても切れない傾向・病気ですな。

このタイプの人は、いつもはうじうじしてるのに時々暴れたりカジュアルセックスした散財したり、他の人には迷惑なのです。おとなしくしてろ。

爽快な気分誰も奪えないよ
広大な宇宙繋がって行くんだ
勝敗は多分そこで待っている
そう 生命(いのち)が裸になる場所で

前のブロックが上がって下ってを繰りかえしてて、ついにもっと大きな上昇してる感じ。ここのところで譜割がかわって、聴覚上はテンポが半分になるように聞こえると思う。よくある手法だけど(たとえば相対性理論の「気になるあの子」)非常に効果的ですね。まあドラマーその他疾走ばっかりしてらんないし、聞いてる方も飽きちゃうのでこういうふうに作るものです。

この曲の場合、Aメロが疾走系でわーっとやってきてここで離陸して飛行機やグライダーに乗ってる感じになる。ジブリ的でもあるかもしれない。「特攻隊の歌」とか言われるのはこの浮遊感、飛行機に乗ってる感じもあるんだと思います。

歌詞としてはここで「宇宙」が出てきて、青空と列島を上から見てるところから、目線がさらに高いところに行ってますね。

とにかく多幸感がすごい。Aメロから「祝福」だの「蓄え」「財産」とかなんかもう軽躁状態っすよね。話に聞くところでは双極性障害の人が躁転したときというのはものすごく爽快らしいです。私も経験したい。

「いのちが裸になる」も印象的なフレーズで、なんか地球をバックにした裸の母子、みたいなの連想しますね。そういうのよくあるじゃないっすか。なんか生殖とか繁殖とか、そういう連想もはたらく。まあエッチなことを歌ってるのかもしれんし。ってなると「勝敗」はダーウィンとかそういうやつなんかなあ。まあセックスして繁殖したやつが勝ち、みたいなのかなあ。私はエッチなのと生殖みたいなのが直結するっていうのがなんか女性的な発想の印象があります。

ほんのつい先(さっき)考えて居たことがもう古くて
少しも抑えて居らんないの
身体(からだ)任せ 時を追い越せ
何よりも速く確かな今を蹴って

ここが最高ですね。私最初聞いたときシビれました。軽躁状態だともう思考がどんどん進んじゃって、たしかにさっき考えたことがもう古い!みたいな感じになるかもしれんですね。衝動的な行動はいかんですが、しかしいつも沈思黙考して苦渋の決断ばっかりもしてらんないし、決断の瞬間とかってのはもうそういう「重さ」から解放されてなければならん。「時を追い越せ」はまあそれほど斬新ではないかもしれない表現ですが、「なによりも速く確かな今を蹴れ!」みたいなのは最高。見る前に跳べ!実存主義だ。キェルケゴール先生も「瞬間は時と永遠の出会う場所だ!」みたいなことを言うんですが、実存主義者はそういうの好きなんですわ。全体に躁鬱病的。でもそういう一瞬の充実感を求めて新幹線で人殺したりしてはいかんです。

噫(ああ)また不意に接近している淡い死の匂いで
この瞬間がなお一層 鮮明に映えている
刻み込んでいる あの世へ持っていくさ
至上の人生 至上の絶景

「淡い死の匂い」はサッカー的には相手陣を攻めてるところでボール奪われてディフェンダーの裏を狙われて得点されてしまう、みたいなイメージではないかという意味のことをネットで教えてもらって、「なるほど」みたいな感じ。やはりサッカーファンは言うことがちがいますね。(→参考

まあ全体には死を意識すると生の価値がわかるよ、っていう実存主義のポジティブな方。さっき地球とか生殖とかものすごくポジティブに軽躁状態で、その裏側には死があるっていう。死を意識するときに生の価値と意味がわかる、みたいな。いやはや。くりかえしますがやらかしたり人殺したりしても生は本当の意味では充実しないし自分でも馬鹿らしいしなにより迷惑なのでやめてください。

まあこういうのが戦争とか連想させるのももっともなことですわね。実際、実存っぽい哲学者は戦争や争いが好きなんですわ。ヘーゲルもキェルケゴールもナポレオン大好きだし。ヘーゲル先生もどうも戦争は民族を活発にするとかっていう理由で好きだったみたいだし。

間奏のところはギターで音階弾いてるだけで、まあ破壊的な感じですわね。これもなんか戦争を連想させるんだろうと思う。私だったらここで「君が代」に似せたメロディーにしてみたい気がするんだけど、実際最初はそういうアイディアだったんちゃうやろか。

まあ「破壊と再生」みたいなイメージですかねえ。とにかく暴れて生命を充実させろ!椎名林檎=シヴァ神のイメージ。破壊と豊穣。ロックはこうじゃないと。

追い風が吹いている もっと煽って唯(たった)今は
この地球上で いちばん
混じり気のない我らの炎
何よりもただ青く燃え盛るのさ

「追い風」がやっぱりグライダーや飛行機とかを連想させますね(実際には追い風とかあるとやばいいのかもしれないけど)。「煽ってたった今は」のこの曲一瞬だけのコーラスもものすごく効いてる。「たった今」もこの一瞬を燃えつきましょう、な感じでほんとうにすばらしい。

(万歳!万歳!我らが祖国に風が吹いている)
Hurray! Hurray! The wind is up and blowing free on our native home.
(乾杯!乾杯!我らが祖国に日が射している)
Cheers! Cheers! The sun is up and shining bright on our native home.

この最後のところ、our native homeって歌ってるようには聞こえないんですけどね。なんて言ってるんだろう?「ニッポン」と聞こえるようにしてるんだと思うけど、まあ「祖国」じゃないわね。

全体には軽躁な多幸感に満ちてて、戦争イメージというよりは、サッカーと、グローバルな地球みたいなイメージと、そこで繁茂しようとしている人間のセックス生殖生命、みたいなのイメージが重ねあわされてて名曲です。非常に広大でありかつ瞬間に燃えるイメージがって、伝統とか国家っていうのはこの曲ではほとんど価値がない感じになってて、あんまりナショナリズムとか国家主義とか感じられなくて、なんかすごいです。最初っから腰くだいてるし、PVも最初以外はほとんど国旗とか出てこないし、出てきても白黒で断片的。日の丸のイメージの赤さえも2回のロゴしかないんで、なんか国粋主義的ではなく、もっとグローバルな個人主義、個人的な(躁病的)生の賛歌みたいなのを感じます。

あと冒頭のドラムのリズムは337拍子のようでそうではなく、実はモールス符号かなんかに対応しているかもしれないとか、もうちょっといろいろ考えてみたかったけど、なんかワールドカップ見るので忙しくてやめ。みんな楽しみましょう。ワールドカップ興味ないひとも晴の日は外に出ておだやかな軽躁が襲ってくるのを待ちましょう。でも危険や迷惑は避けてね。


『ニコマコス倫理学』みたいに有名じゃないけどアリストテレス先生には『問題集』っていう本がある。これおもしろいよ。

躁うつ病の人本人の分析がおもしろい。

黒胆汁とかそういうのついてはこれが読みやすくておもしろい。

(黒胆汁の言及は上巻の方ね。)

References   [ + ]

1. 「B面などない」とか言わないでください。年寄りにはやさしくしよう。

欅坂46の『真っ白なものは汚したくなる』収録曲にコメント

欅坂のアルバム『真っ白なものは汚したくなる』は秋元節というか中二病全開で訴えかけるところがありますねえ。楽曲のクォリティものすごく高くて、いろいろ語りたくなるので、前に言及した「スカートを切られた」「高く跳べ!」以外の気になる曲に簡単にコメント。

サイレントマジョリティー。

これは売れたみたいだけど、私あんまりぴんとこないです。Aメロの3-3-2のリズムが、現代ラテン(スペイン系)音楽の影響受けてる感じで印象的ですね。でもサビが結局4つだし。でもそこでも手拍子がラテンを主張している。アメリカではすでにラテン系がマジョリティーだ、みたいな含みはさすがにないと思う。でもLatin Hitsとか聞いてるとこういう感じの音良く使ってます。打ち込みスネアがダッダッダッダダダダダダダデレレレレレとかなるやつとか。大森靖子先生のカバーがもうドブ川アイドルでいいですね。これは男子じゃなくて女子をドブ川に引きずり込んでエサにする本物のサイレーン 1)もっとも、女子の方ももとの語りの中二病少年よりちょっと上で、すでに性的に目覚めている感じになってしまう。女子はそうなってしまうのよねえ。

「世界には愛しかない」

このアルバム、この澄んだピアノの音が印象的で、まあ汚れなき中2男子。ははは。オナニーとかしません! こういうの聞くと、校内暴力みたいなのが選択肢に入ってないってのがあれよねえ。

「二人セゾン」

 

これはよくできてますね。前に「二人セゾンの詩学」って評論読んで歌詞その他ちょっと見てみました。音楽的にはいわゆるSus4コードがとても効果的に使われていていわゆる「浮遊感」がある。そういうのついてはもう少し語りたいことがあるけど、もっと音楽に詳しい人がいると思う。ニコ生で配信したときにいろいろ語ったんだけど、最後の方ギターが裏でギュンギュンいってるのとかもいいですね。すごく作り込まれてる。

「不協和音」

 

これは政治がらみでいろいろ話題になった曲なんかな。こういうシンセ鳴りまくりの4つ打ちユーロみたいなのはあんまり好きじゃないのでパス。それより、同じ作りの次の曲がいい。

「エクセントリック」

これは「高く跳べ!」に続く大名曲です。この曲、語り手は実は女子かもしれないっすよね。いちおう「ぼく」なんだけど、そんな少年をみんなで噂するなんてないじゃないですか。むしろ女子の「僕っ子」の方がイメージとしてはあってる気がする。この曲でも澄んだピアノが大暴れでいいです。

しかしこうして並べてみると、この中二病ぼっち反抗ポップ、っていうのは実はこれまで存在してなかったジャンルかもしれないっていう気がしてきました。反抗するんだって、なんか『ホットロード』『爆音列島』的な暴走族的なのしかなかったじゃないですか。そういう世界っていうのは、反抗しながらなんか仲間や絆みたいなのがあるんだけど、秋元先生の歌の主人公はなにも持ってない。そういう年頃の少年が主人公/語り手の歌っていうのは、そもそも存在しなかったんですわ。(女子ならいろいろありそう)

アニメやマンガならエヴァンゲリオンとかそういう代表作があるけど、音楽ではそういうのあんまり聞いたことない。それは男子向けにも女子向けにも、音楽にはならんのです。声変わり前の男子が歌ったら、黒猫のタンゴとか、ウィーン少年合唱団的な僕は清く正しくて満足してます、神様ありがとうございます、になるし、声変わり後とかだとセックスセックスー、になちゃう。男子はそれを歌うことができないのです。

もうすこし年齢があがって、女子にどうやって一発やらせてもらうかとか、ガラス割って歩いたりするのはあっても、こうやって鬱屈しているだけで自分の清さを守ろう、っていうのはめったに聞かない。っていうか思いつかない。

語りや叫びは全部内向して、誰にも届かない。多くの曲で少年は「君」って呼びかけてるけど、それは実際の君には届いてない。ぜんぶ内心の声。

これほど弱い存在が語り手のアルバムっていうのは他におもいつかない。こういう曲を実際に男性ボーカルが歌うのは無理で、若い女子に歌ってもらうしかない。(あるいは矢野あっこちゃんに)。

こういう世界に住み、世間にそまらず自分の清さを維持しようとする人々を、我々は童貞様と呼んで守るべきではないか。男性学とかやってる先生たちは、この新しい世界をじっくり見つめる必要があるかもしれない。

まあこのアルバムは残りの曲もそれぞれものすごくクォリティ高くて、日本のポップ史上に輝く名盤ですね。作曲や編曲・演奏の先生たちもすごいし、秋元先生の作詞アーティストとしても頂点を極めた1枚だと思う。2010年台のポップ音楽はものすごく高い水準に達した。「真っ白なものは汚したくなる」は語り手ではなく、作家の先生たちの意見なんすかね。欅坂メンバーの語りだってことになればもっとおもしろいですね。

 

 

真っ白なものは汚したくなる(通常盤)
欅坂46
SMR (2017-07-19)
売り上げランキング: 668

References   [ + ]

1. もっとも、女子の方ももとの語りの中二病少年よりちょっと上で、すでに性的に目覚めている感じになってしまう。女子はそうなってしまうのよねえ。

「Yes-No」のあとは必ず「いくつもの星の下で」を

オフコースの「Yes-No」は超名曲で、歌詞や理念が嫌いなのに一回聞いてしまうと2回も3回もリピートしてしまうのですが、そのあとで必ず同じアルバム(We Are)に入ってる「いつくもの星の下で」を聞くようにしています。

オフコースといえば小田和正先生ですが、中心人物はもうひとり鈴木康博先生がいるわけです。オフコースは最初はフォークデュオだったのがメンバー増やしてバンドになった。その鈴木先生が書いて歌ってる曲。

実はこの曲知らなくて、10年以上前に、京都の小さなライブハウスで聞いたんですわ。鈴木先生のギター一本で。ギター一本には思えないすばらしい腕でしたね。「ほんとはバンドで来たいんですけどね、お金なくてね」みたいなこと言ってた。つらい。

んでぜひ聞いてくださいよ。これほんとに歌詞が素晴らしい曲なのよ。そして「Yes-No」と理念の違いをあじわってください。

今夜はありがとう

イエス・ノーでも「今日はありがとう」っていってましたね。あれがどのタイミングかはむずかしいけど、まあ一番ゲスな解釈ではホテルでさっさとことをすませて、もうさっさと別れようとしているときですね。でも鈴木先生はちがうよ。

ここまでついてきてくれて

いつものように人物や状況を考えましょう。鈴木先生は1948年うまれだけど、2月なので小田先生と同学年ね。だから1980年ごろはやっぱり32、3才。「ここ」がどこかわからんけど、なんかお店のなかじゃない気がする。タイトルも「星の下」だし、星空が見えるんす。外ですね。どっかの路上でしょう。

どれくらいの時間帯かが問題ですねえ。まあ今夜はありがとう、だから飯食って酒のんで、10時は軽くすぎてますね。わざわざありがとうってくらいだから11時か12時ぐらいまで?相手の女性は何歳ぐらいでしょうか。

話したいことがあるから

え、まだあるんすか。いままで延々なにしゃべってたんすか。

もう少しいてよ

どこ行くんすか。いま道端だとすると、道端にいるって意味じゃなくてどっか「静かな」とこに行こうとかそういうことっすか。そっちの方になんかネオンが光ってるからそこに行こうってわけですね。ほんとにお話するんですか?

あなたの前だけは僕は素直でいたい

32才の男が「あなた」と呼んでるので、まあ20代後半かなあ。でも鈴木先生まじめだから20代なかばぐらいもあるか。大の男が女子の前で素直になれるってんだから、まああるていどのもののわかった年代の女性ですわね。Yes-Noの語り手カズマサオダ(仮名)が相手にしていたより上の年代だと思う。

信じてほしいからせつない思いうちあける

いきなり重いです。重いです先生。それはちょっとどうですか。

いつもひとりくやし涙
ながしてきた男のことを
あなたに聞かせたい
ぼくのすべて教えたい

ぎゃー。

そばにいてーー

ちょっと明日朝から用事あるし、猫のエサやらなきゃならなし、そういえばガスの元栓も気になるから帰ります。残りの歌詞も急いでるからちょっと聞けないんですけどー、みんなに聞いてもらってくださーい

松本零士先生の『男おいどん』。

オフコース解散間際のスタジオ風景ビデオとか見たことあるんですが、小田先生が仲間と「野球すっぞー」とか遊んでるときに鈴木先生は「おれはいい」とかってんでギターの練習してたりするんですよね。シングルだしてもいつも小田先生がA面で鈴木先生はB面。顔もやっぱりまあ小田先生と比べるとちょっとあれだし、くやしいくやしい。

真面目で真剣であることを示すために、自分のすべてを打ち明けたい。自分が毎日悔し涙に濡れていることを!しかしそんなん女子には通じないのです。あまりにも残酷。鈴木先生が話しかけている相手が、カズマサオダ(仮名)が「Yes-No」で相手にしていた人と同じ相手だと楽しいですね。

いやほんとに、これもまたリアルな男ゴコロを歌った一つの名曲なんすよ。でもわっかるかなー、わっかんねーだろうなー。

 

 

We are(紙ジャケット仕様)

We are(紙ジャケット仕様)

posted with amazlet at 17.12.02
オフコース
EMIミュージック・ジャパン (2005-03-24)
売り上げランキング: 15,452

 

 

サルトル先生は気づかないふりをする系女子を自己欺瞞っていって非難してます

あんまり自己欺瞞しない目覚めた女性ボーヴォワール先生と。もう手を握ったりする関係ではなかたったのかどうか。

サルトル先生はしばらく名前あんまり聞かなくなって、ちょっと前に復活の兆しがあり、でもやっぱりポシャっちゃった感じがあってなんか微妙なんですが、SMセックス哲学や「自己欺瞞」の議論はとてもおもしろいので、研究者の先生たちにはがんばってほしいところです。応援してます。がんばれー。

んで前のエントリーのオフコースの「Yes-No」の「好きな人はいるの?答えたくないなら聞こえないふりをすればいい」なんですが、これおそらく元ネタはサルトル先生なんですわ。『存在と無』から引用。ページとかはあとでつけますね。

たとえば、ここにはじめてのデートにやってきた女がいるとしよう。彼女は、自分に話しかけているこの男が自分に関してどんな意図をいだいているかを十分に知っている。彼女はまた、早晩、決断しなければならないときが来ることも知っている。けれども彼女は、それをさし迫ったことだとは感じたくない。彼女はただ相手の態度が示す丁寧で慎しみぶかい点だけに執着する。

デートするときってのは、女子は男子の下心っていうか性欲、セックスしたい欲はもちろんわかってるし、そのうち迫られちゃうのもわかってるけど、もう少し先延ばしして色目つかったり口説かれたりイチャイチャしたりそういうのを楽しみたい、というわけです。そこで「まあこのひとはジェントルマンだから、っていうかこのひとこそオネットム」ってやるわけね。

……彼女は、彼が話しかけることばのなかに、その表面的な意味以上のものを読みとろうとしない。「僕はあなたをこんなにも賛美しています」と言われた場合、彼女はこのことばからその性的な下心を取り去る。。・・・彼女は自分が相手に催させる欲情に対してきわめて敏感である。しかし露骨で赤裸々な欲情は、彼女を辱め、彼女に嫌悪をいだかせるであろう。

たとえばカズマサ・オダ(仮名)っていう日系フランス人が、「おう、あなたはすてきでーす、でもオカのコトカンガエえてましたー、シルブプレ?」とかやっても、「このカズマサオダは私の話を聞かずにおっぱいのことを考えてたのだな」とは思わないわけです。そういうこと考えると折角のキブンがわるくなるから。

……いまここで、相手の男が彼女の手を握ったとしよう。相手のこの行為は、即座の決断をうながすことによって、状況を一変させるかもしれない。この手を握られたままにしておくと、自分から浮気に同意することになるし、抜きさしならぬはめになる。さりとて、手を引っこめることは、このひとときの魅惑をなしているこのおぼろげで不安定な調和を破ることである。娘は手をそのままにしておく。けれども、彼女は自分が手をそのままにしていることには気づかない。

カズマサオダから、手を握られて「おう、マドモアゼール、あたなカレシいるのですかーシルブプレ」って聞かれても、答えるとどっちにしても面倒なので、気づかないふりをするわけです。肩をだかれても気づかないし、なんかとにかくなにされても気づかないわけですね。「キミをダいていいですかシルブプレ」とか言われてもなにも聞かないしなにも見ないし、面倒だから心がどこにあるのかも考えないようにする。「ココロドコニアリマスカー」これがサルトルの自己欺瞞すわ。

オフコースの先生たちが大学生活を送っていた70年から数年ってのはサルトル流行ってたので、まあ誰でもこういう議論はしっていたわけです。それがあれに反映されてたんちゃうかと思います。

サルトルの議論がミソジニーっぽいとかってのはそうだろうし、そもそもそれってどうなのってのはあると思いますね。でもまあ今回はその議論はパス。

 

 

オフコースのYes-No はワンチャンの歌

オフコースの「Yes-No」は超有名な泣く子もだまる超名曲なので、解釈も安定していて私がなにか書く必要はないとおもっていたのですが、そうでもないかもしれないと思ってメモ書きだけ残しておきます。満足いくほど検索してませんが、ネットにかぎっても同じことを書いている人は多数いるはずの標準的な解釈だと思う。音楽的には今回音拾ってみていろいろ発見があって語りたいことが多いんだけど、最小限にしたい。

といいつつ、まずイントロ。このイントロは秀逸ですねえ。シンセサイザーでラーミーレーラーソーミレミーってやる。ただし実はキー(調性)はBというあんまりに使わないキー。それがAメロになるところでいきなり半音上がってC(ハ長調)になる。これ何回聞いてもびっくりします。歌いにくいし。

今なんていったの?

イントロからAメロへのいきなりの転調は、この語り手の本人もびっくりしているわけです。
「え、なんて?」

他のこと考えて君のこと ぼんやり見てた

それまで全然別の、イントロのシンセサイザーの「ラーミーレーラーソーミレミー」で表されるようなことを考えていたわけです。語り手は、まあ、歌ってる人と同じくらいの男性、って想定しますかね。小田先生は1947年生まれで、このYes-Noは1980年なので、33才ぐらいの男性ということで。これくらいの年齢のミュージシャンは27才ぐらいの次の人生最大の音楽的ピークになることが多いようにおもいます。

「ラーミーレーミー」がなにを意味しているかっていうのは解釈が必要。なにかに対応しているかもしれないし、対応していないかもしれない。

「ぼんやり見てた」のあとの「あーっあーっあー」っていうコーラスがものすごくいいですね。

ポップ音楽でのコーラスはいくつか種類があるのですが、こういうタイプの歌詞がなく、歌詞のあいまにはさまれるやつは、私は言葉にできない、あるいは言葉にしたくないタイプの思いを伝達している、って解釈するのが好きです。「話はきいてませんでしたごめんなさい、他のことをかんがえていて君をぼんやり見ていたのです」っていう表の言表の裏がある。

好きな人はいるの? こたえたくないなら
きこえないふりをすればいい

場面を考えましょう。二人で話をしています。まだ時間帯や場所はわかりませんが、二人で話せるようなところ。君で呼ばれている人は、おそらく女性でいいでしょう。もちろん男性でもいいのですが。「君」よばわりなので、年下、まだちょっと幼いですかねえ。私の想像では20代前半の女子ぐらいかと思いますが、好きに想定してください。

それにしても、話きいてなかったのにいきなり「好きな人はいるんですか/彼氏いるんですか」って聞いてるわけです。とりあえず、そのまえになんの話をしていたのかもっと聞いたらどうですか。あなたミスチル櫻井先生と同じですね。

んで女子が、彼氏がいるかどうか答えたくない、ってのはどういう状況なのかを考えるべきですね。(1)彼氏/好きな人はいるけど答えたくない、(2)彼氏/好きなひとはいないので答えたくない、のどちらでしょうか。っていうか、これ、どちらにしても、彼氏や好きな人がいようがいまいがいないということにしたい、ってことですよね。

「彼氏がいる」っていうことにすれば、目の前にいるなにか変なおじさんは「んじゃやめとこかな」みたいになるし、「いない」って答えればつまらない女だとか面倒な女だということになるかもしれず、まあ答えない方がよい場合というのはあるのかもしれません。これはよくわからん。サルトルの「自己欺瞞mauvaise foi」の議論が参考になるのですが、あとまわしにします

そんで、いきなり「ソラドレミソッ」って突然もりあがる。「ソラドレミソッ」ってやられたら「ラーラララ」にならざるをえない。それが音楽というものです。まあ「ソラドレミソ」してしまったのだからしょうがない。

君を抱いていいの 好きになってもいいの
君を抱いていいの 心は今 何処にあるの

セックスセックスぅ。(1) セックスしたら君をすきになるかもしれませんがとりあえずセックスしていいですか? (2) とりあえず好きになってしまえばセックスしてもいいですか、セックスさせてくれますか?、どっちかわかりませんが、まあこういう人には区別ないのでそれでかまいません。

「心はいまどこにあるの」はまあ「いまなにを考えてますか」「さっき渡しが質問した「好きな人はいるの」という問いに対して、誰のことを考えますか」、下手すると「けっこう飲んでるようですがまだ意識ありますか、判断力は正常ですか」いろいろ考えられますが、これもこういうひとには区別ないのでかまいません。

言葉がもどかしくて うまくいえないけれど
君のことばかり気になる

言葉より別のことで表現した方が早いと主張しています。
「君のことが気になる」は「好き」かどうかわからないけどなんらかの意味で興味関心をもっているということです。さっきの「らーみーれーらーそーみれみー」です。
つまり、「君にいますごく関心を抱いているけど、それは言葉で説明するのではなく、もっと直接的な接触によって表現した方が早いと思うのだが、君はいかがであろうか」「ぼくはとってもラーミーレーミである」と言っています。

ほらまた笑うんだね ふざけているみたいに

この人は女子を笑わせるのが非常に上手なのでクスクスさせます。「ふざけているみたいに」は語り手男子と聞き手女子のどっちがふざけているのかわからないですが、まあどっちもふざけているみたいだけど本気だ、ということです。このふざけているは英語とかだとフラートflirtにあたる言葉ですよね。どっち付かずの色目使い、みたいに訳されるけど、まあ恋愛におけるかけひきのやりとりですわ。

今 君の匂いがしてる

これは非常に肉感的なところで、女子リスナーはここでやられるとおもいますね。
フラート(色目、媚態)ってのはある程度距離があって可能なわけですが、ここでは生化学的に、嗅覚に感知されるほど近づいているか、あるいは近づいていなければそれほど強くなにか生化学物質を発散するほど体温が高くなっている。

君を抱いていいの 好きになってもいいの
君を抱いていいの 夏が通り過ぎてゆく

さっきは「こころはいまどこにありますか」だったけど、今度は「夏がとおりすぎてゆく」。夏のおわりぐらいなんすかね。場所はいまだに不明なのですが、昼に夏の終わりを感じることは少ないので夜ですね。おそらくリゾートとかではなく、時代的に都会のカフェバーみたいなところだと思うんですがどうでしょうか。

ああ 時は音をたてずに ふたりつつんで流れてゆく
ああ そうだね すこし寒いね 今日はありがとう 明日会えるね

ここが一番解釈面倒なんすよね。音楽的に別の場面に物理的に移動しているのは明白。「つつんでゆく」からなんか包まれてる感じがする。毛布やタオルケットですか。「そうだねすこし寒いね」は「寒いですね」って言われたから「ちょっと寒いですなあ」って答えてる。夏の終わりだから普通にしていれば寒いほどではないので、まあ服脱いだりしてますか。そういうシーンですな。

そしてすぎ次に伸びるギターで、これはこのブログで何回も指摘しているように、ロックでのギターのチョーキングは特別な意味があるのです。きゅいーん!

何もきかないで 何も なにも見ないで
君を哀しませるもの 何も なにも見ないで

ここも解釈がむずかしいのですが、まあ「あんまり詳しく私の心理について聞かないでください、これ以降も同じことを数年つづけるのかどうかとか聞くと、答えは実は今のところはノーなのであなたが悲しむことにあるから聞かない方がいいんじゃないっすかね、でも先のことはわかりません」ぐらいですか。

あるいは、「好きな人=彼氏」がいるとすると、ここでこの人に抱かれたり「好き」になられたりすると、その好きな人や彼氏がまあ悲しむことになったり場合によっては怒り狂ったり、まああんまり都合がよくないことが怒って女子自身も悲しいおもいをすることもあるかもしれないわけですが、とりあえずいまはそういう先行きを見ないことにしましょう、とかそういう意味かもしれませんね。ほかにも解釈ありえると思います。いろいろ考えてください。

君を抱いていいの 心は今 何処にあるの
君を抱いていいの 好きになってもいいの

キュイーン。


コーラスの意味についてですが、ワーワー系のコーラスで好きなのはこれ。10ccのI’ not in love、1975年。

君の写真を部屋に貼ったりしているけどそれは壁の穴を隠すためだ。夜に電話するからっていって君がすきなわけじゃないよワーワー。ワーワーは言わないことを言ってます。


きゅいーんはなんでもいいんだけど、まあいつものツェッペリンで。お前を離せないぜべいべ。

まあこれは男性的すぎるか。女性的なギターチョーキングもあるな。まあとにかく、初心者リスナーはギターをキューンってやってたらあれだとおもっていいです。

けやき坂46の「誰よりも高く跳べ!」は放送禁止にしてはどうか

欅坂の「誰よりも高く跳べ!」はまさに大名曲なのですが、それゆえにまったく恐ろしい曲です。

前に書いた聴取ポイントリストとともに聞きましょう。私、30回ぐらい聞きましたが恐ろしい名曲ですね。

 

アーティスト名、曲名、ジャンルはいいですね。ジャンルはJ-Pop、アイドル音楽。でもこの分類でいいのかどうか。
リズムパターンは基本は4つ打ちダンス。
楽器編成は非常に分厚くて豪華です。打ち込みドラム、シンセベース、左右2本(ガットとエレキ)、キーボード、ホーンセクション系、ストリングセクション系、それから最初からぴょーんってやってるシンセと、うしろの方で出てくるもっとエッジの効いたエレピ、コーラス(欅坂と男声と女声)
テンポは130BPMぐらい、ダンスとしてはちょっと速い、いかにも高揚している感じ、踊ってると頬が紅潮しますね。

アーティスト情報は自明だから今回はいいでしょう。

歌詞まず基本だけおさえます。語り手の性別は不明だけど基本は少年、中学2年生〜高校2年ぐらい。主人公は語り手本人、語りかけられているのはよくわからないけどおそらく同世代の他人、あるいは自分自身。

これだけおさえて歌詞と音楽いっしょに行きましょう。

イントロ。ガガって感じでガットギターからはじまってるのかっこいいですね。先走ってかきむしってます。すぐにシンセがぴょーってやってすぐにうようよ、さらにドラムとホーンが入る。ベースも下の方でうようよ。この高揚感はただごとではない。

コード進行は | C | B7 | Em | G |で、キーは基本的にはEmというマイナーキー。これはB7が一応軽く決定しています。でもGってメジャーだって聞く方法もある。まあEmなのかGなのか、ていう曖昧さがある。しかしものすごい肯定的な感じですね。

| C | B7 | 誰よりも高く跳べ!
| Em | G | 助走をつけて大地を蹴れ!
| C | B7 | Em | G | すべてを 断ち切り あの柵を越えろ!
| C | B7 | Em | A | 自由の翼を すぐに手に入れるんだ
|C | 気持ちからTake off
| Am | One Two ThreeでTake off
| Em |ここじゃない ここじゃない
| Em | G | Em | ここじゃない どこかへ…

いきなりサビ。このサビすばらしい。「すべ」「てを」「たち」「きり」って感じが、はあはあ息が切れてる感じ。あの柵をなんとしてもこえるのだ。でも柵ってなんだろう。

「自由の翼をすぐに手に入れるんだ」の最後のところのAのコードがものすごく強くて利いていて、何回きいてもぐっときます。ここじゃないからテイクオフするんです。最後はGかEmかと争って、結局Emでおわって、音楽的に全体がEmであることが確定する。でもあんな派手なのにこのサビの終わりへんだよね。誰だって違和感があるはず。落ち着きが悪い。

Em | Am | B7 | Em / C B7 | 自分で勝手に 限界を決めていたよ
Em | Am | B7 | Em / C B7 | 世界とは 常識の内側にあるって…
Em | Am | B7 | Em / C B7 | 無理してみても 何もいいことない
Em | Am | B7 | Em / C B7 | 大人たちに 教えられてきたのは妥協さ

メロディーラインは普通、歌詞内容もふつうの欅系。1小節に1コード、4小節目だけC / B7 が入って強く推進する。なにもいいことがないようです。

Am / D | Bm / Em | Am / D | Bm / Em | 空の涯に向かい 風は吹き続ける
Am / D | Bm / Em / C#dim | Am B7 |見上げてるだけでいいのかい?もったいない

ここいいですよね。1小節に2コードはいって忙しい。高揚が激しい。歌詞として注目するべきは、風が空に向かって吹いていることです。

クエスチョン:あなたは風が空に向かって吹いていると感じたことがありますか?それはどこですか?

丘の上とかビルの上とかですか。そういう高い場所はたしかに風が上に向かって吹いている感じがする。そういうところで空に飛べる風が吹いているのを見送るのはもったない。

さあ前に遠く跳べ!
力の限り脚を上げろ!
追いつけないくらい 大きなジャンプで!
希望の翼は 太陽が照らしてる
信じろよYou can do!
行けるはずYou can do!
もう少し…

サビすばらしい。丘の上か、ビルの上で、自分に「さあ前に遠く跳べ!」って歌ってます。見る前に跳べ!ジャーンプ。ジャイアントステップ!誰かが追っかけてくるかもしれないけど、大きく跳べ!

君の/僕の 翼を太陽が照らすだろうってのはいいですね。あれ、でもそうすると、なんか翼をつけてる蝋が溶けちゃうかも、って話を聞いたことないですか?私の記憶だとずいぶんむかしにそうやって空を飛んだひとがいてイカロスとかそういう名前だったか……できる、行ける、もう少しいけばいける……

短い間奏がはいって、ドラムがドタドタやってなんかリプレイな感じ。失敗してやりなおしてる感じ。もう一度だ。

立ちはだかる 困難や障害は
これからもきっと 避けることは出来ない
背を向けるより 正面突破しよう!
どんな夢も予想つかない
明日にあるんだ

なにやったって辛いことは避けられません。正面突破だ。でもどっちに?あ、目の前の金網を飛び越えることで正面突破するんすね。

錆びたルールなんか 重い鎖だろう
飼い慣らされてて いいのかい? 頷くな!

ここのところの息の切れてるもいい。錆びたルールってなんだろう?絶対破ってはいけないルールよね。

さあ前に遠く跳べ!
力の限り脚を上げろ!
追いつけないくらい 大きなジャンプで!
希望の翼は 太陽が照らしてる
信じろよYou can do!
行けるはずYou can do!
もう少し…

このコーラス、うっすら男声も入ってて分厚くていいんですよね。それにシンセとかびょろびょろいっててすごい。「僕/君はできる、できるはずだ」しかしもう1回リプレイ。もう少しなのだ。

| Am | D | G | G |金網の外 眺めてるだけじゃ
| C#dim | C | 何にも変わらない
| Am / Bm | Eb / B7 |どこ向いても立ち入り禁止だらけさ

ここいったん落ち着いてる。よく考えるのだ。コード進行はおもしろくて、調性がわかならくなる。ぐだぐだ考えてる感じね。特にC#dimとか。Ebで混乱は最高だけど、最後はB7(ドミナント)でやっぱりEmへ向かうことに決めた。B7はEmへ解決/5度落ちる強い力をもっているのです。調性というのは重力である。コードも分厚くて魅惑的。

そこには金網がある。丘の牧場だろうか?丘の上の牧場の牛が自由をもとめて金網を飛び越えるのだろうか?ちがう。ではもう一つの候補ですね。どっちみち世界は金網があるんだから、どの金網を越えても同じさ、ってことか。でも「その」金網を飛んで跳んで大丈夫ですか。

そしてついに、

レジスターンス!

わあ。やめろー。

守られた未来なんて 生きられない

レジスタンス=生きられない。生きなれないのがレジスタンスなの?そして効果音入って飛んでる!なんに対するレジスタンスなの?親?学校?世界全部?それってレジスタンスなの?

この「れじすたーんす!」のあとのエレピがすばらしい。天国的。ヒイズミマサユ機先生とかも弾きそうなフレーズですが、私が知る限りはウェザーリポートのジョー・ザヴィヌル先生が開発したタイプのフレーズですね。天国へ飛んでる感じがする。

そのあとのコーラスは、もう自分なのか天使たちなのかわからんです。天使っぽい。

誰よりも高く跳べ!
助走をつけて大地を蹴れ!
すべてを断ち切り あの柵を超えろ!
自由の翼をすぐに手に入れるんだ
気持ちからTake off!
One Two ThreeでTake off!
ここじゃない ここじゃない
ここじゃない どこかへ…

「誰よりも高く跳べ!」これはすばらしい。そう、我々は高く跳びたい。そのためには「助走をつけて大地を蹴れ!」そうだ。「すべてを断ち切り あの柵を超えろ」でもこれはやばい。いろんなしがらみたいへんだけど、なにも断ち切る必要ないじゃん。「自由の翼をすぐに手に入れるんだ」この「すぐに」がキモだ。自由とかそんな大事なものが、そんなすぐに手に入れられるはずがないではないか。なに言ってるんだお前は。

「気持ちからTake off!」これは解釈難しいけど、「つらい気持ちから」なのか、もっとひどい「こわい気持ちからテイクオフ」か。「One Two ThreeでTake off!」「1,2,3で跳ぶ?」やめろ。「ここじゃない ここじゃない ここじゃない どこかへ…」そう、ここじゃないところへ行くってのはロックの基本だけど、そういう形で金網を超えるのはいかんよ。

ラストまで聞いてください。ここまで読めば、最後がフェードアウトしないで、タリララタリララというストリングスと下降形で最後ドシンと終わってる理由も明白だろうと思う。邪悪。

これは天使たちじゃなくて、悪鬼とその手下の美しく邪悪なセイレーンたちの歌です。芸術的には最高だけど、道徳的には非常によくない。

私も最初はこの曲、「そうだよな、おれたち足を高くあげて、歩幅を大きく取って生きてかなきゃならない、そう生きるのだ」って聞いたんですよ。最初っから最後まで感動させられる。特にサビの「ぼうの翼」のあたりの感じってもう最高じゃないですか。でも全体はそういう歌詞じゃないんすわ。もちろん、もっと穏健に解釈することもできるけど、実はそうじゃない読みを可能にした作りになっている。

穏健な読みをすれば、そう、我々は時々ジャンプすればいいのです。ちょっと意識して歩幅を大きくして歩いてみたり(我々のジャイアントステップだ!)恥ずかしいから誰も見てないことを確認してから、公園とかで「ジャーンプ!」ってやってみればいい。そういうちょっとした活動から、人生は耐えられるものになたり、あるいはすごく豊かなものになる。部屋でジャンプもしましょう。ちょっと跳んで見るだけで全然ちがう。朝に1回思いっきりジャンプしてみれば、その日1日けっこう機嫌よく暮らせるかもしれない。

だからそう読んでそういう曲だと楽しみましょう。ファンはみんなおそらくそう聞いてると思う。

でも全体はそうではない。そして作詞作曲編曲の先生たちは、そういうしかけを十分意図してこういう名曲名トラックを作っている。私は許せないですね。

DailyMotionにライブ映像があるんですが、これとかもうほんとにギリシア神話のサイレーン、美貌と歌で男性を呼びよせて食い殺す妖怪を連想しますね。君ら、やめろ、ころされるぞ!

最後の個人ダンスもすばらしい。美人ぞろいだけどいつもは腕をだらんと下げてダウンな演出を強制されている欅女子が、笑顔で実は身体能力がものすごく高いことをみせつけながら、「その金網を跳べ、123で跳べ」って呼びかけてる。おそろしくてしょうがないです。ていうか、ライブでサイリウム振ってるファンの皆様は殺されそうなのがわかってるんでしょうか。わかってるんでしょうね。でもサイレンの歌と同じように、もう抵抗できない。放送禁止にしたらどうだろうか。そう、ゲージュツってのはこういうものなのです。19世紀的な「理念と形式の一致」という理想。あらゆる意味ですばらしい。すばらしすぎます。だからこそいろいろ考えるところがありますね。

ウォーターハスウスの有名作「オデュッセウスとセイレーンたち」。セイレーンは半分魚のやつと半分鳥のやつの2種類想像されてるんですが、今回は鳥のやつのほうが適切ですね。


(追記2018/10/03) でもこの曲は「リスナーを勇気づける曲」っていうふうに聞かれてますね。それは悪くないことだと思う。ジャンプできるんなら他のたいていのこともチャレンジできるし。それが製作者たちの一番言いたいメッセージなわけだと思う。

ミスチルのYouthful Daysについて考えてください

一つ前のエントリで書いたミスチルのYouthful Daysの件、私聞いたことは歌詞意識したことがなかったんですが、なんかすごい違和感あったんです。

にわか雨が通り過ぎてった午後に
水溜まりは空を映し出している
二つの車輪で 僕らそれに飛び込んだ
羽のように広がって 水しぶきがあがって
君は笑う 悪戯に ニヤニヤと
僕も笑う 声を上げ ゲラゲラと

まあこれはいいですよね。いかにも青春。ただし水しぶきは他人様にかけてはいけませんよ。
youthful days、若い日々ってんだから高校生ぐらいすか。男子高校生と女子高校生のころの思い出を、おとなになってから歌っている、ってことでいいですか。シンガーは俺様。かなりトンガってます。

歪んだ景色に取り囲まれても
君を抱いたら 不安は姿を消すんだ

まあこれもいいです。「抱いたら」っていうのは女子はハグの意味にとるみたいですね。それでいいでしょうか。とにかく難しい高校生の時期にセックスしてました、ぐらいの意味ですかね。

※胸の鐘の音を鳴らしてよ
壊れるほどの抱擁とキスで
あらわに心をさらしてよ
ずっと二人でいられたらいい

んー、まあ「あらわに心をさらす」ってのがどういうことなのか。でもまあセクロスセクロス。これがそういう歌だってことぐらいはファンの間でもコンセンサスありそうですね。

「サボテンが赤い花を付けたよ」と言って
「急いでおいで」って僕に催促をする

キーワードのサボテン。もちろんあのトゲトゲついたサボテンでしょうけど、どういう形のサボテンを想像しますか?サボテンの花というのはあれは鮮やかで美しいものなのでいいですね。

何回も繰り返し 僕ら乾杯をしたんだ

「乾杯する」まあふつうはビールとかシャンパンとかそういうのだろうけど、文字通りにとっていいのかどうか。

だけど朝になって 花はしおれてしまって
君の指 花びらを撫でてたろう
僕は思う その仕草 セクシーだと

サボテンの花をなでたりするかなあ。

表通りには花もないくせに
トゲが多いから 油断していると刺さるや

ここ謎ですよね。どう解釈するでしょうか。

胸の鐘の音を鳴らしてよ
切ないほどの抱擁とキスで
乾いた心を濡らしてよ
ただ二人でいられたらいい

ここはあんまり問題ない。

生臭くて柔らかい温もりを抱きしめる時 (I got back youthful days)
くすぐったい様な乱暴に君の本能が応じてる時 (I got back youthful days)
苦しさにも似た感情に もう名前なんてなくていいんだよ (I got back youthful days)
日常が押し殺してきた 剥き出しの自分を感じる

これ異常ですよね。サボテンが生臭いとは思えないし、柔らかくもない。んじゃ生臭いのは抱きしめている相手(?)だ。生臭い女子高生とかいやですね。しかし生臭いのは女子高生なのか、あるいはその一部なのか……「サボテンに花が咲いた」っていうのは比喩だとしたらいったいなんなのか。チクチクするけど花びらついてて暖かくて生臭くて、ときどき赤い。

あとこの曲、時間の感覚がちょっと微妙で、高校生の頃を懐かしんでいるようでもあり、でも生臭いのを抱きしめているのは今のようでもあり、なんかわかりにくい。これも技法なのかしら。

繋いだ手を放さないでよ
腐敗のムードを かわして明日を奪うんだ

なにかが腐っている?え、これなんの歌なの?さっきのチクチクのトゲもほんとにサボテンのトゲなの?

(※繰り返し)
いつも二人でいられたらいい

わけわからんですね。私にはもうあるイメージがあるのいですが、これは相当ひどい歌だと思います。メッシーというかなんというか。まあ書くと怒られそうだし、各自解釈してみてください。

 

まあミスチル先生の歌詞はわざとわかりにくくしてるんですわ。でも手がかりは残していて、ニルヴァーナほどわけわからんようにはしてない。それがファンの人々が「深い!」とかっていう理由ですが、その内容が深いかどうか。音楽だけでかく歌詞表現もこったものなのもわかるのですが、私はわざとらしくてあんまり好きではないのです。そしてなにより、その歌詞が表現している理念、思想みたいなのが好きではないのです。ごめんねファンの皆様。

ちなみに、歌詞っていうのは、もっと適当というか、アーティストの霊感や直感で書いているはずだっていう意見はあると思うけど、そういうのにしてもなんらかの知的な作業は行われているのがふつうだと思います。ミスチルはそういうのが特にはっきりしている方で、昔いかにも知的な操作で作られた歌詞を分析してみたことがあるんだけど、あれなんていう曲だったか思い出せない。2ちゃんねるに書いたんだけど。

なぜそうなるかというと、適当につくった歌詞、なんの脈絡もない歌詞っていうのは歌う人間が覚えられないんですわ。あるストーリ、あるいは連想、そういうものがあってやっと歌詞をおぼえられる。たんなるゴロだけではおぼえられない。

それにもっと大事なこととして、作詞する場合、なにも背景の連想やアイディアがなければ言葉の選択肢が多すぎて(無限にあるわけだ)、構成できないんですわ。なぜそこにその言葉がはまるのかっていう少なくとも内的な整合性は必要なんよね。まあおうおうにして作家のその内的な整合性ってのが他人に理解できない形になってしまうけど、本人のなかではあるイメージみたいなのがあるはず。ニルヴァーナのSmells like teen spiritもそういうふうにしてできてるんだモスキート。おそらくカートコベイン先生のなかでは、あそこで歌われている個人的な体験とそこに蚊がいたことがみっちりつながってるのだろうと思う。ミスチル先生がこの曲を歌うときも、そのたびに、赤いサボテンの花びらをいじってる指が思い浮かんでるはずです。

ポップ音楽でリテラシー (3) 私の思う基本的ポップリテラシー

さっきの聴取ポイントのリストは気づいたら増やしてます。実際におしえるときにどこらへんがキモになるかって考えたり。

基本的な情報はいいわよね。テンポも速ければ元気でおそければ眠かったりだるかったりというのはすぐわかると思う。スマホアプリでBPMはかれるってのは教えたい、そのまえにBPMがなにかおしえないとならんから時計では買った方がいいか。

アーティストの年齢性別服装ライフスタイルステージングPVはいいわよね。それが聴取にどういう影響を与えているかってのを考えてもらうのはメディアリテラシーっぽい。

歌詞はこうやってばらばらにしてしまうと考えやすくなると思う。歌詞の語り手とシンガーは別だし、そのくいちがいがけっこうおもしろいというのははっきり示したい。語られている相手を想定したり想像したりするのは大事ね。

歌詞の進行とともに物語のなかの時間も経過している可能性があることも明示する必要がある。そうじゃないのも多いけど。そこで歌詞がタイプ分けできる。

多くの曲は「ストーリー」があるから、それを読み取れれば一応初級編は終了よね。そして語りの相手へのメッセージ、歌のリスナーへのメッセージを読み取りたい。

楽曲(サウンド)と同じように歌詞も真似られたり批判されたりするものだ、っていうのも指摘したい。たとえば、これまでこのブログで触れた曲だと、aiko先生の「初恋」は宇多田先生の「First Love」と「Automatic」へのアンサーソングでありオマージュだと思う。「私のときはこうだった」よね。ヒントをもらってるだけかもしれんけど。他にもいろんな初恋の歌があって、そういう積み重ねの上で作品が作られるのだ、っていうのはいいたいねえ。カンでつくってるのではない。またポップ音楽は態度を広めるものでもあって、ビートルズもパンクもそういうものよね。

修辞は国語の領域になっちゃうけどこれも大事よねえ。やりがいがあるだろう。

母音や子音の扱いっていうのもエピソードをまじえてなんか語りたい。たとえば井上陽水先生は「か行」が好きらしくて、それは彼自身の声がよく聞こえるかららしい。「か」は固い感じ、「さ」だったらさわやかだし、「な」「ま」はねっとりしているし。母音も「あ」はあかるいしや「お」おおらかだと思う。

「内容や状況に疑問を感じる部分、違和感がある表現はないか?」っていうのも大事で、その歌詞の一番のキモはそういうところにある。そこが理解できると全体の解釈が変わっちゃうような。たとえばミスチルの「Youthful Days」だったら「生臭くて柔らかい」「腐敗」。サボテンの花の話してるのに生臭いのは異常っしょ(あとで書くかも)。

メロディーや音楽やサウンドこそがポップ音楽を音楽たらしめてる部分なので、ここはいろいろやりたいわねえ。
コードと調性の話は楽器やらないひとには難しいと思うけど、他は聴取だけでなんとかならんだろうか。形式はぜひおしえたい。音楽は反復だ。「フック」っていうかその曲の魅力を作る箇所も教えたい。あとこっちも歴史大事よね。

楽器の録音技術とかボーカルの取り方とかも指摘すればわかるんちゃうやろか。

あとは、歌っていうのは必ずしもストレートなものではなく、いろんな表裏のメッセージがあるし、また購買者のこともいろいろ考えてるっていうのも指摘したい。けっこう皮肉やユーモアがわからなくて、まっすぐしか解釈できないひとは多いと思う。

「語り手は聞き手/リスナーにどの程度自分の言うことを理解してほしいと思っているか?」っていう問いも入れてみたけど、たとえばニルヴァーナとかリスナーにわかってほしいなんて思ってないような気がする。わかりにくいのがよいのだ、モスキート。

まあもっといろいろあるなあ。

このパロディの歌詞はこっち