ドラマ感想3本:『ラ・ラ・ランド』『プラダを着た悪魔』『東京ラブストーリー』

卒論でテレビドラマや映画やマンガなどを卒論にとりあげる学生様がいて、私はそういうのは専門じゃないけど学部の教員メンバー構成の関係でそういうのも相手にしないとならんことがあるわけです。私がそういうの指導していいんだろうかとか、私が評価していいんだろうかとかいつも気になるんだけど、そういう先生は全国でけっこう多いはずだし、まあしょうがない。そういう場合はしょうがないので私もそれを何度も見る、ぐらいの努力はするわけです。

まあ学生様と卒論の草稿みながらディスカッションしていると気づくこともけっこうあって、それはそれでおもしろい。

『ラ・ラ・ランド』

今年は『ラ・ラ・ランド』で困りました。私この映画、前作『セッション』ほどではないけどひどすぎると思ってたし。でもまあ何度も見ながら学生様と解釈考えてたら、おもしろいアイディアを教えてもらいました。

この映画がひどいのは、「本物のジャズ」がテーマだって言いながら、ぜんぜんジャズじゃないところですわね。あるいは、音楽が好きだと言いつつ音楽を尊重していない。音楽が(冒頭とジャズハウスとジョン・レジェンド先生の以外)ぜんぜん本物じゃない。主人公セブの弾くものが、一場面を除いてはほとんど、狭い意味での(つまりセブ自身が尊重する意味での)ジャズではない。お金を稼ぐためにトラ(バンドのエキストラメンバー)で呼ばれたジャズ以外のバンドでは、わざわざつまらなそうな顔と態度で弾く。真面目に音楽やってたら、そんな顔作ってる余裕なんかないだろうよ。主人公が一人で弾いてる音楽は本当に最悪で、そもそもどういうジャンルものとしてプロ・セミプロとしての音楽になってないように思う。これは『セッション』でもそうだった。この監督はジャズというものをさっぱりわかっていない、ってミュージシャンの菊地成孔先生なんか怒っていて、私もまったく同意見です。

しかーし、学生様と話をしていたら、「それって、セブたちが徹底的にだめな人間だというのを描いているのではないですか」ってなアイディアを聞かせてもらった。たしかにセブはなにもかにもだめな男で、まずとにかくジャズがわかってないし、「ジャズは目で見るものだ!」とかお説教しているシーンではミアに夢中で肝心の演奏見るどころかなにも聞いてないでしゃべりまくってるし(バンドはセブたちのおしゃべりにあきれたのか演奏やめちゃう)、恋人(?)のミアも映画俳優になりたいとかいいながら映画館でスクリーンの前を動きまわって上映の邪魔するし(ありえない)、本気でだめな連中なわけです。そもそも彼らがふつうの意味で恋人なのかどうかもわからない。

ミアがレストランで音楽を聞いてセブを思い出して抜け出して会いに行くシーンがあるのですが、これも、高級レストランにふさわしくない古ぼけた、壁につくりつけの安っぽいスピーカーから、有線みたいなので流れてくる「エレベーターミュージック」で、あれで「ジャズピアノ弾き」を思い出すというのはすごい。ミアは、セブ自身がエレベーターミュージックをディスっているのを知りつつ、そして実はそういったものしか弾けないことを知っているから、エレベーターミュージックを聞いてセブを連想するのです!

そして最後に弾く音楽もまったくジャズじゃない。ここまで来ると、「なるほどこの映画は、観客をおちょくるための映画なのかもしれない」と思わされてしまいました。ぜんぶ正真正銘のニセモノ なんですわ。そしてそれはたしかに 意図的なもの だ。ほんとにすごい。あれ見て感動したり感心したりした人々は鑑賞者として馬鹿にされている可能性さえある。なんかそういう解釈の可能性を教えてもらい気づいたときにはぞっとしました。


おまけに、あとでブログにしようと思いながら日記にメモ書いた『東京ラブストーリー』と『プラダを着た悪魔』も追記して再掲しておきます。

東京ラブストーリー

母親が好きだった『東京ラブストーリー』を再放送で親といっしょに見て、おもしろかったのでそれで書きたい、とか。DVDもらって私も見た。あれは一般にヒロイン赤名リカの「セックスしよう」発言で女性の性的自律とかそういうのの話ってことになっていると思うわけですが(そういう論説や論文がある)、ぜんぜんそういうものではない、という印象。

そもそもあの物語の主人公は実は医学生の三上であり、そしてその同級生の女子医学生長崎尚子の活躍の物語だと思う。

またリカも三上も性的な関係がありそうなことがドラマでは明示はされていないが示唆されていたように見ました(夜中に頻繁にナンパ男の三上の部屋にいて、かなり親しそう)。

リカの不倫相手の上司や、カンチとの関係のきっかけなども隠蔽されていて、気づく視聴者は気づく、ってかたちになっている。

さらにリカは、性的に活発ではあるけど、自律した女性とは言えないと思う。この女性は元気でチャーミグだけど衝動的で、その場その場の自分の感情に正直に生きるといえば聞こえはいいが、計算したり自分を律したりすることできない。「セックスしよ!」もまさに衝動的で、性的に解放されているというよりは、その場の感覚に正直である、っていう方が正しいように思う。それはそれでいいわけですが、やっぱりそういうのは心配になりますよね。当時の女性もそう見てたと思う。

児玉聡先生の『功利と直観』のなかに、非常に印象的な引用があるんですわ。

食欲にせよ性欲にせよ、欲求がある程度満たされることは幸福になるために不可欠であるが、次々と生じる欲求をすべて満たすことが必ずしも幸福につながるとは限らない。たとえば次の例は、睡眠障害に悩むアメリカの一九歳の少女が、精神科医と交わした対話である。

少女: なかなか眠れない。どうしてか?
医師: 何か心当たりのあることは?
少女: いろいろ過剰だからだろうか。まず、煙草を吸い過ぎる。アルコールを飲み過ぎる。それに、私は男友達が多いせいか、セックスをし過ぎる。だから疲れ過ぎる。眠れないことと関係があるのか?
医師: その過ぎるというのは、よくないのでは。少しセーブするといい。
少女: 本当ですか。自分がしたいと思うことを、しなくてもいいのですか。(千石2001:153)

「自分がしたいと思うことを、しなくてもいいのですか」という少女の言葉は印象的である。彼女は、次々に生じる欲求を満たす以外に選択肢はない、あるいは欲求を満たす義務があると感じているようである。(p.16)

赤名リカはこの少女と同じタイプの人間で、実際バーで「こうなんだからしょうがないじゃない!」とか叫んでいる印象的なシーンがありました。

おそらく「自律する女」の称号に値するのは、つまり、意識的に自分の行動とその結果をちゃんと考えているのは、保母のサトミであり、医学生の尚子である、というなかなか意外なことを(勝手に)発見したわけです。どちらもなかなか計算高く、サトミは二股をかけたあげくに最終的に好きな三上をあきらめ真面目なカンチをゲットし、尚子も三上をきちんと落とす。どうもこのドラマが実際に視聴率が上がったのは後半尚子が登場して活躍しはじめてかららしく、やはり衝動的な人間はかっこいいけど女性の心をつかむのはうまくたちまわるタイプの女性なのではないかという気がするわけです。

おそらく当時のテレビドラマ批評みたいなのではそれなりに語られているのではないかと思うんですが(今は亡きナンシー関先生とか)、時間が経過してイデオロギーみたいなので理解されると「赤名リカは性的に自律した女性像」みたいになってしまう。ちゃんと仕事して経済的に自立はしているかもしれないけど、精神的には自律的とは言えない、そういう女性像だったんすかね。まあ魅力的ではあるけど破滅への道。

『プラダを着た悪魔』

『プラダを着た悪魔』も全体を2回ぐらい、部分的には何度も観なければならず、トランスクリプションも確認することになってしまったわけです。主人公アンドレアはボスのミランダからセーターの件で勉強不足、認識不足をディスられ(名場面)、ナイジェルにグチったらお前はなにもしてない、早くやめろとディスられ、そこから例の女性なら誰でも夢見る変身シーンにつながるわけです。高級ブランド服選び放題!。

でも、まずなんでそんな破格の優遇を受ける資格があるのだろう?ナイジェル(ドレッサー)は、アンドレアに協力することになったのか、ということが語られていない。借り物ショーの直前には、アンドレアは「ねえナイジェル?」ってなにかを提案しようとしている。その提案はなにか。答えは(ナイジェルがストレートだとすれば)決まってますよね。

また例のハリーポッターの原稿を入手するところでもそうしたことが起こる。ハリポタ入手しろと言われて、アンドレアはパーティーで出会っただけの作家トンプソンに電話だったかなにかして、無事入手するけど、なんでトンプソンはそんな危ない橋を渡る必要があるのか。答えはまあパリのベッドでわかる。もちろんあとでもとに戻る彼氏(出世しそうな雰囲気になってる)に秘密ですしねえ。

だいたいそもそも、ファッションに興味のない単なる女子大生が、超一流ファッション雑誌社に入社できたのはなぜか。教授から強力な推薦状を書いてもらったから。しかしそんな推薦状、ふつうファッションに興味のない女性に対して書くだろうか。

実際のところは主人公はいわゆる「女の武器」やエロチックキャピタルをナマの形で多用する女性である、っていうのが隠れた筋書だと思うわけです。これあんまり語られてないような気がします。女版島耕作。これがかっこいい女性の生き方なのだろうか(アンハサウェイだからそういう気もする)。


こだま先生の引用部分はこれ。

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