オフコースの「Yes-No」は超有名な泣く子もだまる超名曲なので、解釈も安定していて私がなにか書く必要はないとおもっていたのですが、そうでもないかもしれないと思ってメモ書きだけ残しておきます。満足いくほど検索してませんが、ネットにかぎっても同じことを書いている人は多数いるはずの標準的な解釈だと思う。音楽的には今回音拾ってみていろいろ発見があって語りたいことが多いんだけど、最小限にしたい。
といいつつ、まずイントロ。このイントロは秀逸ですねえ。シンセサイザーでラーミーレーラーソーミレミーってやる。ただし実はキー(調性)はBというあんまりに使わないキー。それがAメロになるところでいきなり半音上がってC(ハ長調)になる。これ何回聞いてもびっくりします。歌いにくいし。
今なんていったの?
イントロからAメロへのいきなりの転調は、この語り手の本人もびっくりしているわけです。
「え、なんて?」
他のこと考えて君のこと ぼんやり見てた
それまで全然別の、イントロのシンセサイザーの「ラーミーレーラーソーミレミー」で表されるようなことを考えていたわけです。語り手は、まあ、歌ってる人と同じくらいの男性、って想定しますかね。小田先生は1947年生まれで、このYes-Noは1980年なので、33才ぐらいの男性ということで。これくらいの年齢のミュージシャンは27才ぐらいの次の人生最大の音楽的ピークになることが多いようにおもいます。
「ラーミーレーミー」がなにを意味しているかっていうのは解釈が必要。なにかに対応しているかもしれないし、対応していないかもしれない。
「ぼんやり見てた」のあとの「あーっあーっあー」っていうコーラスがものすごくいいですね。
ポップ音楽でのコーラスはいくつか種類があるのですが、こういうタイプの歌詞がなく、歌詞のあいまにはさまれるやつは、私は言葉にできない、あるいは言葉にしたくないタイプの思いを伝達している、って解釈するのが好きです。「話はきいてませんでしたごめんなさい、他のことをかんがえていて君をぼんやり見ていたのです」っていう表の言表の裏がある。
好きな人はいるの? こたえたくないなら
きこえないふりをすればいい
場面を考えましょう。二人で話をしています。まだ時間帯や場所はわかりませんが、二人で話せるようなところ。君で呼ばれている人は、おそらく女性でいいでしょう。もちろん男性でもいいのですが。「君」よばわりなので、年下、まだちょっと幼いですかねえ。私の想像では20代前半の女子ぐらいかと思いますが、好きに想定してください。
それにしても、話きいてなかったのにいきなり「好きな人はいるんですか/彼氏いるんですか」って聞いてるわけです。とりあえず、そのまえになんの話をしていたのかもっと聞いたらどうですか。あなたミスチル櫻井先生と同じですね。
んで女子が、彼氏がいるかどうか答えたくない、ってのはどういう状況なのかを考えるべきですね。(1)彼氏/好きな人はいるけど答えたくない、(2)彼氏/好きなひとはいないので答えたくない、のどちらでしょうか。っていうか、これ、どちらにしても、彼氏や好きな人がいようがいまいがいないということにしたい、ってことですよね。
「彼氏がいる」っていうことにすれば、目の前にいるなにか変なおじさんは「んじゃやめとこかな」みたいになるし、「いない」って答えればつまらない女だとか面倒な女だということになるかもしれず、まあ答えない方がよい場合というのはあるのかもしれません。これはよくわからん。サルトルの「自己欺瞞mauvaise foi」の議論が参考になるのですが、あとまわしにします。
そんで、いきなり「ソラドレミソッ」って突然もりあがる。「ソラドレミソッ」ってやられたら「ラーラララ」にならざるをえない。それが音楽というものです。まあ「ソラドレミソ」してしまったのだからしょうがない。
君を抱いていいの 好きになってもいいの
君を抱いていいの 心は今 何処にあるの
セックスセックスぅ。(1) セックスしたら君をすきになるかもしれませんがとりあえずセックスしていいですか? (2) とりあえず好きになってしまえばセックスしてもいいですか、セックスさせてくれますか?、どっちかわかりませんが、まあこういう人には区別ないのでそれでかまいません。
「心はいまどこにあるの」はまあ「いまなにを考えてますか」「さっき私が質問した「好きな人はいるの」という問いに対して、誰のことを考えますか」、下手すると「けっこう飲んでるようですがまだ意識ありますか、判断力は正常ですか」いろいろ考えられますが、これもこういうひとには区別ないのでかまいません。
言葉がもどかしくて うまくいえないけれど
君のことばかり気になる
言葉より別のことで表現した方が早いと主張しています。
「君のことが気になる」は「好き」かどうかわからないけどなんらかの意味で興味関心をもっているということです。さっきの「らーみーれーらーそーみれみー」です。
つまり、「君にいますごく関心を抱いているけど、それは言葉で説明するのではなく、もっと直接的な接触によって表現した方が早いと思うのだが、君はいかがであろうか」「ぼくはとってもラーミーレーミである」と言っています。
ほらまた笑うんだね ふざけているみたいに
この人は女子を笑わせるのが非常に上手なのでクスクスさせます。「ふざけているみたいに」は語り手男子と聞き手女子のどっちがふざけているのかわからないですが、まあどっちもふざけているみたいだけど本気だ、ということです。このふざけているは英語とかだとフラートflirtにあたる言葉ですよね。どっち付かずの色目使い、みたいに訳されるけど、まあ恋愛におけるかけひきのやりとりですわ。
今 君の匂いがしてる
これは非常に肉感的なところで、女子リスナーはここでやられるとおもいますね。
フラート(色目、媚態)ってのはある程度距離があって可能なわけですが、ここでは生化学的に、嗅覚に感知されるほど近づいているか、あるいは近づいていなければそれほど強くなにか生化学物質を発散するほど体温が高くなっている。
君を抱いていいの 好きになってもいいの
君を抱いていいの 夏が通り過ぎてゆく
さっきは「こころはいまどこにありますか」だったけど、今度は「夏がとおりすぎてゆく」。夏のおわりぐらいなんすかね。場所はいまだに不明なのですが、昼に夏の終わりを感じることは少ないので夜ですね。おそらくリゾートとかではなく、時代的に都会のカフェバーみたいなところだと思うんですがどうでしょうか。
ああ 時は音をたてずに ふたりつつんで流れてゆく
ああ そうだね すこし寒いね 今日はありがとう 明日会えるね
ここが一番解釈面倒なんすよね。音楽的に別の場面に物理的に移動しているのは明白。「つつんでゆく」からなんか包まれてる感じがする。毛布やタオルケットですか。「そうだねすこし寒いね」は「寒いですね」って言われたから「ちょっと寒いですなあ」って答えてる。夏の終わりだから普通にしていれば寒いほどではないので、まあ服脱いだりしてますか。そういうシーンですな。
そしてすぎ次に伸びるギターで、これはこのブログで何回も指摘しているように、ロックでのギターのチョーキングは特別な意味があるのです。きゅいーん!
何もきかないで 何も なにも見ないで
君を哀しませるもの 何も なにも見ないで
ここも解釈がむずかしいのですが、まあ「あんまり詳しく私の心理について聞かないでください、これ以降も同じことを数年つづけるのかどうかとか聞くと、答えは実は今のところはノーなのであなたが悲しむことにあるから聞かない方がいいんじゃないっすかね、でも先のことはわかりません」ぐらいですか。
あるいは、「好きな人=彼氏」がいるとすると、ここでこの人に抱かれたり「好き」になられたりすると、その好きな人や彼氏がまあ悲しむことになったり場合によっては怒り狂ったり、まああんまり都合がよくないことが怒って女子自身も悲しいおもいをすることもあるかもしれないわけですが、とりあえずいまはそういう先行きを見ないことにしましょう、とかそういう意味かもしれませんね。ほかにも解釈ありえると思います。いろいろ考えてください。
君を抱いていいの 心は今 何処にあるの
君を抱いていいの 好きになってもいいの
キュイーン。
→ こっちも読んでください。 「Yes-No」のあとは必ず「いくつもの星の下で」を
コーラスの意味についてですが、ワーワー系のコーラスで好きなのはこれ。10ccのI’ not in love、1975年。
君の写真を部屋に貼ったりしているけどそれは壁の穴を隠すためだ。夜に電話するからっていって君がすきなわけじゃないよワーワー。ワーワーは言わないことを言ってます。
きゅいーんはなんでもいいんだけど、まあいつものツェッペリンで。お前を離せないぜべいべ。
まあこれは男性的すぎるか。女性的なギターチョーキングもあるな。まあとにかく、初心者リスナーはギターをキューンってやってたらあれだとおもっていいです。
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