「恋するフォーチュンクッキー」は本物のマスターピース

SNSでAIアイドルみたいなのにフェミニストの人が文句をつけたのが問題になってるようですが、なんかあれですよね。我々はおそらく生物として生き延びるために我々はどうしてもネガティブなものに目が行きやすいんだけど(そうじゃないと危険な目にあって死んでる)、我々のような豊かな時代に生きてる人間は、もっとポジティブに豊かに生きられるはずだという感じがします。

まあどうやってポジティブになるか、楽観的になるかっていうのはわれわれのような気質の人間には人生の課題っていう感じがする。ここしばらくセリグマン先生たちのポジティブ心理学を見直してるのもそういうあれです。

このブログでは秋元康先生の曲についていくつか書いてるんですが(タグつけてるのはこっち)、やはり秋元先生の力に気づかせてくれた「フォーチュンクッキー」については書いておかないとならんですね。この曲は昔の名曲なので分析や鑑賞のブログ記事のようなのも多くて、屋上に階を重ねる感じであんまり意義はないと思うけど、ポジティブ心理学の先生たちもポジティブになるためのエクササイズとして、「あなたを動かす作品をじっくり鑑賞してみよう」みたいなのを提案してるし、それにしたがってみよう。

作詞は当然秋元先生、作曲は伊藤心太郎先生。この先生すごい。

実は歌詞についてはそんなに言うべきことがない。すべて自明なわかりやすい曲。基本的には、好きな男子にコクりたいけどコクれない、勇気がなくてだめだめな気分になっているときに、カフェで流れてきた音楽を聞いてたら気分が上がってきて、注文したフォーチュンクッキーを割ったらなんかいい感じだったので希望が出てきました、とかそういう単純な歌詞ですね。

あなたのことが好きなのに/私はまるで興味ない
何度目かの失恋の準備

この人は恋多き人なのですね。10回目なのか20回目なのか……いやまあ3、4回目ぐらいですか。

まわりを見れば大勢の/可愛いコたちがいるんだもん
地味な花は気づいてくれない

ここまでが前フリですね。

カフェテリア流れるMusic/ぼんやり聴いていたら
知らぬ間にリズムに合わせ/つま先から動き出す

ここがいい。音楽というのはそういう力がある。この曲が発表されたのは2013年ですか。2011年に例の大地震があり、多くの人がなくなり、原発は爆発し、SNSは荒れ果てたのがやっとおさまった感じですか。みんなのあいだに相互不信やネガティブなものが満載されてた記憶があります。みんなダウンな感じしたよね。でもそういうときにでも、ぼーっと聞いててもよい音楽は我々を力づけてくれる。

ダメなときに、素敵な音楽を聞いて気分が上がる、っていうのはこれはもうポップ音楽の基本パターンの一つです。あとで2、3曲紹介する。

止められない今の気持ち
カモン カモン カモン カモン ベイビー/占ってよ

恋するフォーチュンクッキー!/未来はそんな悪くないよ
ツキを呼ぶには笑顔を見せること
ハートのフォーチュンクッキー/運勢今日よりもよくしよう
人生捨てたもんじゃないよね/あっと驚く奇跡が起きる
あなたとどこかで愛し合える予感

ここの「未来はそんな悪くないよ」がクッキー占いの結果なのか、語り手の思考なのかはわかりませんね。まあ「吉」ぐらいなんですかね。「大吉。あなたが驚くようなことが起こるでしょう」ぐらいなのかなあ。

フォーチュンクッキーっていうのはこういうものですね(Google画像検索)。語り手は「占い」っていってるけど、吉凶を占うというよりは、なんか格言みたいなのが入ってるのだと思う。食べたことないけど。私は今日まで中国、というかアメリカ華僑とかのものだと思ってたんですが、中国関係なくて日本人が作ったんですね(Wikipedia)。おどろきました。

この曲の歌詞のどの部分がクッキーの格言に対応しているか、っていうのがおもしろいわけですが、「未来はそんな悪くない」「ツキを呼ぶには笑顔」「人生捨てたものではない」「驚くようなことが起きます」「殻を壊してみよう」「世界は愛で溢れている」「明日は明日の風が吹く」とかぜんぶクッキー名言なんでしょうね。でもなんか通俗でひねりがないなあ。

コンピュータシステムのUNIXにはfortuneっていうコマンドがあります。端末に向って「fortune」って打ち込むと、フォーチュンクッキーみたいな格言を教えてくれるのね。私のコンピュータにもさっきインストールしてみました。

最初に教えてくれたのは、「結婚は天上にてなされる──雷鳴と稲妻も同様である」とかですね。意味はわかりますね。まあ皮肉で気が利いてる。これはコンピュータハッカーたちの文化ではこういうのが好まれるから。

まあこういうわかりにくいお告げをするっていうのが古代ギリシア以来の「お告げ」fortuneの常道ですね。

さっきのフォーチュンクッキーの画像にあるお告げも「When one doors closes, another opens. 一つのドアが閉まると別のドアが開くものだ」ぐらいで、それほどヒネってはいないけど、歌詞のよりはもうちょっと気が利いてる。それに比べると、上の歌詞の「フォーチュン」はなんかださい。なんでこんなださいのだろう。

でもこれ勝手に深読みすると、実は語り手はクッキーとか実際には食べてないのです。日本のカフェでフォーチュンクッキーとか出してるとこ見たことないし。ミスタードーナッツでも売ってないっすよね。そうじゃなくて、この甘い「クッキー」は、カフェで流れている(あるいは家でラジオから流れてくる)ポジティブな音楽そのものなんだ、それで歌われているポジティブな内容なんだって解釈してみたいですね。そしてそれが自己言及的になっている、つまり流れてくる素敵な曲は、この「恋チュン」そのものなのですわ。まあそれがあまりにも自己言及的だっていうのなら、恋チュンを含む一群のポジティブな音楽だ。

あなたにちゃんと告りたい/だけど自分に自信ない
リアクションは想像つくから/Yeah! Yeah! Yeah!

性格いいコがいいなんて/男の子は言うけど
ルックスがアドヴァンテージ
いつだって可愛いコが/人気投票1位になる
プリーズ プリーズ プリーズ オーベイビー/私も見て

秋元先生のアイドル曲というのは、基本はもちろん(1)少年少女の恋愛模様なわけですが、同時に(2)アイドル活動、あるいはアイドルとファンの関係について自己言及していることが多い、っていうのも特徴です。これは出世作の「なんてったってアイドル」からずっとそうですね。ちなみに「ヘビーローテーション」「フライングゲット」もそうだと思う。これはファンがアイドルやその音楽に対してもつ気持ちをアイドルが歌ってるというかたち。

この曲も「人気投票」あたりからわかるように、AKBグループの総選挙とかに言及していて、私はAKBのメンバーであり、「あなた」はファンであり、何度目かの失恋はランキングに入れないことである。歌やダンスや性格も重視されるとはいうもの、やはりルックスはアドバンテージである、わたくし指原のルックスではちょっと苦しいところがあるのですが、指原、指原をよろしくおねがいします。ルックスでは負けても、才気や笑顔その他には自信があるのです。

恋するフォーチュンクッキー!
その殻/さあ壊してみよう
先の展開/神様も知らない
涙のフォーチュンクッキー
そんなに/ネガティブにならずに
Hey! Hey! Hey!/Hey! Hey! Hey!
世界は愛で溢れているよ/悲しい出来事忘れさせる/明日は明日の風が吹くと思う

「悲しい出来事忘れさせる」がいいですね。「未来はそんな悪くない」もいい。この曲や語り手はそれほどポジティブな感じでもないわけです。

私は個人的にはこの曲にはものすごく思いいれがあって、2011年に例の大震災があって何万人も亡くなり、直後に原発爆発して世界が終るかと思い、政治家はなにやってるかわからず、SNSは荒れに荒れてみんなが派閥に分かれて罵りあっていて、もうなんか地獄でしたね。この曲はそれから2年半ぐらいたってからの曲ですか。最初は意識してなかったんだけど、ツイッタで有名な心理学者の先生が何回か言及していたのは記憶の片隅に残ってて、聞いてみるとこのマスターピース。これはすごい。

PVもすばらしいと思いますね。DJが「悪いニュースばっかりでおまえら元気ないぞ!この曲を聞け!」みたいにして指原先生からざっとAKB登場、パパイア鈴木先生のふりつけも完璧だ。

おそらくAKBの東北の学校訪問、小学生もいれば高校生もいる、幼稚園、吹奏楽、剣道部、バスケット部、スーパーのおばちゃん、プロレスラー、ナオトクラブ、ゲイバー、子連れ、避難所を連想させる体育館、プロレスラー、リーマン、トラック運転手、寿司屋、港湾労働者、だれだってポジティブになれるだ、って感じでPVもマスターピース。

いろんな人々がいて、いろんなことを考えてるけど、音楽やダンスはそれを結びつける働きがある。「あなたとどこかで愛しあえる予感」は、まあ好きな相手かもしれないけど、お互いに憎みあってる「あなた」とも、いずれは楽しくやっていけるようになる、ってことかもしれない。

いいじゃんアイドルグループが人々を楽しくさせるなら。若い女子にはそういう力があるんだろう。私はこの曲からこういうものの見方が変わりましたね。みんな好きにポジティブにやればいい。よいものはそのなかで生き延びるだろうと思う。


いくつか関連する動画も貼っておきましょう。

平井堅先生が発表後すぐにカバーしてるんですね。この曲が日本人応援歌みたいなのだっていうのは平井先生もそう思ってるのだと思う。そうじゃないと、ヒットしてるからっていってもわざわざとりあげる意味ないし。AKBバージョンの作曲・アレンジは隅から隅まで完璧だと思うのですが、特に大事なのはブリッジみたいなののあとの「パッ!パッ!パッパッパッ!」のヒットだと思うんです。ここで「嫌なこと」や「悲しいこと」がふっきれてる。平井堅先生のは小編成で大人っぽくやってるけど、その3発はやっぱり残していて、そう、あれ入らないと「恋チュンにならんのよね」とか思ったり。

「いやなことがあっても音楽があれば大丈夫」タイプの曲はものすごく多いと思うのですが、私が好きなのはこれ。2002年の曲。後ろの方長くてじゃまだけど。

ベースのブーチー・コリンズとボビー・ウーマック先生がプリンス風の曲を作ってる。歌詞はこちら。このタイプの曲は、メジャーコード一色、っていうのにはならんのですよね。むしろ裏にブルーな感じが流れている。実は「恋チュン」もそういう作り。

とにかくポジティブに行こうぜ、っていうのではファレル先生のこの曲が好きですね。

いろんな人が踊ってるバージョンがあるし、日本の大学生なんかも踊ってますね。

こうした、いろいろあるけど音楽聞いてダンスして生き延びよう、っていうのは黒人系ポップ音楽の最良の部分であり、恋チュンもその流れの作品の一つであり、秋元先生たちの解釈の一つだと思う。アイドル、いいじゃないっすか。そして他にもたくさんすばらしいものはあるので、人生そういうのを楽しんでいきたいですね。

そうそう、これもあれだったね。われわれを縛りつける「重力の魔」にダンスで対抗するのだ!世の中にもっと美しいもの、おもしろいものを増やすのだ。馬鹿なことをするのだ。時々は、やらなきゃならないことじゃなく、やりたいことをするのだ。単にやりたいから、単におもしろいからって理由で活動するのだ。


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