「ジェンダー論と生物学」 (8) 「循環的」「権限が及ぶ」がわからない

んで、加藤先生は「自由意志」の問題をつかって、自然科学者(この場合は神経関係の人々)がいろいろ勝手なことを言うのを戒めたり。ここらへんはまあいいです。そんな素朴な自然科学者たちっていないだろう、ぐらいは思うけど。 ……人間に特有の現象として措定されたジェンダーという対象について,生物学は何も言うべきことがなくなるのではないか,という疑念をもつ読者がいるかもしれない.それは半分は正しく,半分は間違っ […]

「ジェンダー論と生物学」 (7) 性暴力、性欲、ドーキンスの麻薬患者

加藤先生は一応、原因と理由が切り離せないという話を、性暴力の話をつかって説明しようとしているように見えます。しかしここも私にはわからない。 ここで改めて性暴力(と呼ばれる人間の行動)について考えてみよう.性犯罪を犯した少年たちの治療教育に長らく携わった藤岡淳子によれば,性暴力とは「性的欲求によるというよりは,攻撃,支配,優越,男性性の誇示,接触,依存などのさまざまな欲求を,性という手段,行動を通じ […]

「ジェンダー論と生物学」 (6) 理由と原因は切り離せないとはどういう意味だろう?

さて、次の文章がおそらく重要なんだけど、読みにくいんですよね。 ……ここで注意すべきは,性的二型という自然史的事実が性役割・性差別という規範的制度と関係する回路は二重であるということだ.一つは性的二型の現象それ自体が性差別をもたらす原因(cause) となる一一逆に性役割・性差別は性的二型を生じさせることもある―という〈因果関係の回路〉であり,もう一つは,性差をめぐる意味づけが性差別を正当化する理 […]

「ジェンダー論と生物学」 (5) 「レイプ」という語を人間以外に使えるか?

進化心理学者たちの擬人法的な言葉づかいについて、前のエントリに書いた、ソーンヒル先生たちの『人はなぜレイプするのか』での言い分を引用して紹介しますね。わかりやすい文章なので解説はなにも必要ないと思う。 ごく初期の論文(Thornhill 1980)を批判するなかでゴワティやハーディングは、「この論文中では進化的機能を含めて“レイプ”を定義しているが、そうした定義は、この用語が人間についての出来事に […]

「ジェンダー論と生物学」 (4) たしかに鳥は「結婚」しないかもしれないが……

なぜ、つがいになっているメス鳥が、オスの配偶者防衛をかいくぐって他のオスと交尾して卵を産もうとすること、そしてオス鳥が他のオスとつがいになっているメス鳥と交尾することを「浮気」と呼んではいけないのだろうか。 これは加藤先生の文章を読んでも私にはピンとこない。というわけでズック先生のを見なければならないのだけど、ズック先生が言いたいことも実はよくわからんのですわ。 鳥たちは、「浮気している」のではな […]

「ジェンダー論と生物学」 (3) なぜ鳥に「浮気」を使ってはいかんのか

まえのエントリの最後、加藤先生の見解では、人間以外の生物には性別役割や性差別が存在しないので、性的二型が性役割や性差別にどう関係するかという課題は、生物学ではなく人文社会系のジェンダー研究の課題だ、ということになる。 これは見た目よりも複雑な主張ですよね。性差別は人間社会以外には存在しない、っていうのはありそうな話だってのはみとめてもよい。なぜなら性差別は(おそらく定義からして)性によって人々を不 […]

「ジェンダー論と生物学」(2) 性的二型とか

んで、加藤秀一先生のに関するエントリの続きもしばらくだらだら書きたい。私、よくわからない文章を見ると、それにつてなんか書いておかないとものすごく気持ち悪くて、ずっとそれについて考えちゃうんよね。 ジェンダー研究と生物学研究がすれ違いつづける理由の一つは、実は関心の対象が異なるのに、そのことがしばしば理解されていないということである。 まず、「生物学」っていう学問のくくりについて先生がどう考えてるの […]

加藤秀一先生の「ジェンダー論と生物学」は問題が多いと思う (1) まずは細かいところ

年末、このブログでも何回か取り上げている加藤秀一先生の文章を読む機会がありました。(社会構築主義を中心にした)フェミニズム/ジェンダー論と、生物学の間の葛藤と、その調停の試みの思想と歴史という感じの論説なのですが、なんかいろいろ違和感があってしょうがないので、メモだけ残しておきます。論文は下のに収録されています。 まずそもそもこのネタで論文や論説書くときに、当然あがってくるべきだと思う文献が出てこ […]