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進捗どうですか (20)

久しぶりの進捗だめです。

12月なかばに書いてからそれっきりでしたね。それからどうしていたのかというと……まあ私冬は苦手っていうか冬眠しちゃうんで予想通りではあるんですが。

12月はとにかく某翻訳をいったんおわらせようってんでいろいろがんばってました。翻訳ほんとに下手ね。でもその内容はおもしろいので、そのうちまとめみたいなの書きたい。ていうかどうも書かないとならんようで、それの勉強もしたり。翻訳は実際には1月第1週までかかっちゃいました。

その後はこの研修の最大の課題を達成すべくがんばってはいるのです。勉強したのを色々忘れてて馬鹿ではないか。昔のメモを読みなおしたり、文献確認したりしているとどんどん時間が過ぎていく。

あと正月から荷風先生はまって余計なことをしてしまっている。断腸亭日乗をWikiにしようっていうプロジェクト。 https://yonosuke.net/kahu/ 。1、2年、へたすると3、4年かかるかもしれないけどそれだけの価値はあるんじゃないかと思う。荷風の伝記的研究はすごい人々がけっこういて、本読んでるとほんとにおもしろいです。これは私の人生とか、人生全体における勉強プランの見直しとかなんか関係がある感じがして、単なる遊びではない感じ。一人じゃできないので協力してくれる人を求めてます。まあ心の健康のためには、目先の勉強ばっかりしているわけにもいかない。

まあ毎年12月と1月はすごいつらくて生きてるだけでせいいっぱいなんで、今年はとにかく体を動かすっていうのをやってます。とにかくまあ少しずつ進んではいる。毎年立春のあたりから調子が上がるので一気にやりたい。

あとまあ本日ブログまわりを整理して、これもそれなりに思うところがあった。本格的に人生まとめに入らないと。

進捗どうですか (19)

進捗だめです。

これの存在すっかり忘れてました。

なんと前回は11月だがね。こっそり更新しておこう。

えーと何してたのかというと、学会行ったり、某フォーラムの原稿書いたりしてたわけです。某フォーラムのは苦しんだ。まあ勉強にはなったのですが、できたものは非常に不満。でもまあしょうがない。これは継続的に勉強しないと。昨日になって新しいJournal of Practical Ethicsに2本論文が載ってるのを発見したり。もう論文多すぎてよくわからん。

あとISUSとスウェーデンで使ったやつを紀要に投げたり。いいかげん。

学会の事務仕事させられたり、来年度のゼミの面談したりっていうのも。

12月も初旬過ぎて、やっと我に帰ってきた感じ。いやはや。

とにかく一生に一度くらいは正月締切のことを考えずに過せるようにいろいろやってます。借金がいろいろあるのよねえ。がんばれば年内にかろうじて終るのではないか。

進捗どうですか (18) 計画と進捗管理はもちろん重要なのに大学教員はわかってない

10月第3週、前半はわりと落ちついて勉強してました。毎年この季節はまあ落ちつきかげんで集中できることが多いので貴重です。いつもこういう気候ならいいんですけどね。

しかし後半は例の研究費獲得のための書類を書かねばならず、そういうの苦手で四苦八苦。以前は私立大学は教員にわりと「研究経費助成」などで研究費をくれる傾向があったようですが、いまは各大学とも「とりあえず申請しろ、科研費出さなきゃ研究経費助成も認めんぞ」と強く指導されます。まあ筋は通ってますわね。

データベースとか見ると、みんながんばって研究してるなー、中年すぎてもらってる人は一流の人ばっかりだなとか。でもそのわりには論文とか出てないような気がする、とか。人文系の研究成果っていうのはなかなか謎ですね。ははは。

まあとにかく出さねばならない。ってので土日徹夜になっちゃったりして。でもまあ書いてみるとやっぱり計画は大事ですよね。人文系の人間は「自由な発想が大事だ!」とかっていって計画通りに研究するという習慣がない人が多いような気がしますが、やっぱりどれくらいの労力と時間と予算を投下してどれくらいの成果が出るかを見つもる、実行してみて進捗を計測してうまくいかなかったら計画を見なおしたり、放棄したり、っていうのはあたりまえのことですわね。企業だったらごくごくあたりまえなのに、大学教員はそういう習慣がないのは驚くべきことです。反省しました。いやはや。

進捗管理こそすべて。こころがけます。「研究者のための進捗管理」とかビジネスにも詳しいコンサルの人とかが書いたら売れるんちゃうかな。

進捗どうですか (17) 自発性がすべてだ

安彦先生の書評研究会終ってから、ちょっと間があいてしまいました。進捗だめです。

その後なにをしてたのかというと、9月から10月はじめにかけては、書けと言われていた某雑誌の原稿をやっていたのですが、途中で放り出してしまいました。いろいろ悩んだのですが、まあ今は書けない感じ。そういうのはだめなのはわかっているのですが、できないものはできない。

なんかやっぱり自発的じゃないとだめなんすよね。私はなんというかあるていど調査とかしてそこらへんの地理がわかってからじゃないと書けない。書けるときってのはなんか「こういうのを書くべきだ」っていう内発的な動機があり、「だいたいこの分野の議論はこうなっている」とかそういうある程度の自信があるときだけなんですわ。

付け焼刃で勉強したことは、こう浅くて、浅いものを書いてもかまわんとわかっていても浅くて書いてていやになる。浅くても書けるときはあるんですが、そのときはなんかある種の感動みたいなのがあってこれまた自発的に書ける。とにかく締切あるのはだめ。

まあしかしその落としたやつのために勉強したことは非常にためになったので、いずれ出します。でもいまは出せない。熟してくるのを待つ。

んで10月に入ってからは当初計画通りに研究を進めています。なんかいきなり楽になり、充実感を味わってます。これやるために研修させてもらってんだよな、みたいな。やっぱり成果出すために勉強したいと思ってたことは楽しいし、いろいろ発見がある。ノート作ったり、試作品書いたりしています。どういうこと勉強しているのかはそのうちブログ記事にしたい。

まあとにかく自発性とか内発的動機とかっていうのはほんとうに大事だ、ということを確認するための半年でした。自発的なことをやっているときは楽しいし、なんというか自分がやってることがright trackにある、みたいな感じがします。やりたいこととやるべきことが一致しているのが人間のあるべき姿ですわね。

進捗どうですか (16) 含スウェーデン訪問記

スウェーデン行ってきました。

京大とスウェーデンの4大学の研究協力関係を築く、みたいな企画で、研修でお世話になっている先の研究室も参加するというのでついていく、という企画です。なんか京大から12分野60人ぐらいスウェーデンに行くとかって大掛かりな企画で、一流大学はやることがちがうなあとか、グローバル化とかで大学本部がこういうことをしなければならない時代なのだな、とかいろいろ考えちゃいました。

国際線の飛行機とか乗るのは10年ぶり。っていうか実は私私費で外国行ったことないのです。飛行機はつらいですなあ。あの食事がなければまだましな気がするんですけどね。

朝8時ぐらいにホテルからバスで出発。どうも事務系の人が企画すると、学者も9時から5時までみっちり勉強してもらわないとならん、みたいな日程になってつらい。

初日午前大学交流のための儀式、みたいな感じで各大学の紹介というか自慢話、午後はキーノート講演。質問時間とかなくていかにも儀礼的な感じ。スウェーデンの人口問題とか聞いてて、たしかにこの超福祉国家は日本のインテリから見て理想国家の一つなんだろうけど、なぜうまくいっているのかとか、なぜ日本がこういうふうにできないのかとか興味をもちました。いずれ勉強したい。

どういうわけかストックホルム市庁舎(ノーベル賞授賞式がおこなわれるところ)見学ツアーなんか組まれていて、これも観光というよりは業務ですね。楽しそうにしている人びともいたけど私はこういうの苦手。ふと、いまここにいる理系の人たちのなかにはノーベル賞もらうかもしれない人もいるし、若い人は「♪ノーベル賞でももらうつもりでがんばってるんじゃないのか」みたいな。

夜はスウェーデン大使公邸でパーティー。まさか人生においてそんなとこに行くことがあるとは思いませんでしたね。すごく場違いだし、やられてる偉い人びとの挨拶とかもなじめない。つらい。向こうの大学で教えている日本人の先生たちも来ていて、この人たちは優秀そうでした。なんか同世代かちょっと下だと思うけど、がんばってるなー。偉い。好感もてる人びとでした。

2日目は分野別にスウェーデンのカウンタパートの学者さまたちのアカデミックミーティングみたいなもの。我々はウプスラ大学へ移動。この大学はもう伝統の大学で、15世紀に設立されています。行ったことのあるコペンハーゲン大学より2年ぐらい早くできてる。もう伝統を感じますねえ。

しかし本当にカウンターパートだったのかは謎。ウプスラの人びとはすごく伝統的なスタイルで伝統的な哲学していて、こちら組はなんかわりとコンテンポラリーな感じ。彼らはやっぱり人文学・哲学の伝統みたいなのをすごく意識していて、トークのスタイルもそういう感じ。ソクラテスとかエウリピデスとか。かっこいい。1人だけアメリカのプラグマティズムの人がいて、この人のやってることはまあわかるというか、コンテンポラリーなのは世界中どこいっても同じようなものでレベルもそんな違わない。ネットが発達して読んでるものがまったくいっしょだからですね。もう日本の哲学系の若い人びとの力は世界レベルでも十分いけると思います。英語でどんどん書いてほしいです。

自分はISUSの原稿そのままもっていってもう1回反省しました。すみませんすみません。

この日も9時から5時までみっちり勉強させられました。でも昼に食べたブイヤベースうまかった。

会合はこれで終り。ストックホルムは美しい街なので、1日ぐらい自費で滞在して楽しむべきだったな、とか終ってから思いましたが、もう出発しなきゃならん。やっぱり外国行ったら博物館ぐらい見ないとならんですよね。でも出発前は旅行がいやだしそんなこと考えてる余裕がなくなるのがわたし。

次の日さっさと出発。ヨーロッパに行くのはわりと楽なんですが、帰りの飛行機はいつも苦しみます。人生は苦。

—————————-

これ終って、次は研究会で安彦一恵先生の『道徳的であるとはどのようなことか』の合評会のため、できるかぎり精読。20回ぐらいは読んだんじゃないかなあ。でも難しい。っていうか文章が悪いと思う。かなり苦しむ。まあ読書百遍、みたいなところはあってだんだんなにをしたいかわかってきて、勉強しているしオリジナルなことも考えているし偉いと思います。安彦先生は私の学者(もどき)生活のモデルの一人でもあるんですよね。不器用でもとにかく地味に勉強を続けているのはほんとうに偉い。

しかしレジュメにするのはなかなかたいへん。木曜にやっとメモ書きみたいなの作ってメールして。金曜は書類書いたりしてつぶれてしまい、土曜本番。

今回の研究会はけっこうおもしろかった。中絶と「われわれ」の形而上学、自由と責任2本。若い人びとは優秀だ。いろいろ勉強になりました。特に責任の話は私も昔ちょっとだけ手をつけて放っているので、もうちょっとやりたい。若い人びとにくらべると自分の発表はだめすぎて恥ずかしい。まああれじゃ失礼すぎるので、ちゃんとしたレビューにして某所に載せてもらいたい。それにしても、もう私はまともな発表はできないのではないかといろいろあれですが、それでも人生も勉強も続きます。無理はしないけどがんばります。

進捗どうですか (15)


進捗だめです。

ISUSが終って、ちょっとだけお休みをいただこう、みたいな。ネットから離れましょう。

とにかく毎日自分をマネジメントしないと。現在、というより30年ぐらいずっとブラック経営者というかなんかそういう感じで自分を酷使していてだめですね。自分のご利用は計画的にとか。そういうのをこころがけるつもりで進めております。

しかし学会事務局の仕事とかもあるんですよね。それであれして某学会は不義理したりして。すみません。他にも事務的な仕事がいくつか。某書評のために難しい本読んだり。

学部が新入生用のテキストを作る年なのでそれの原稿適当に書いたり。ブログに書いてる勉強についてのお説教みたいなのをっていうリクエストで。でもそういうのでさえもああだこうだ考えて時間かかってしまう。そもそも私にそういうのを書く資格があるのかどうか。

ロジャー・クリスプ、ジュリアン・サバレスキュ、ロバート・スパローっていう豪華講演会にはさすがに聞きに行きました。サバレスキュ先生を見たのははじめてだったけど、まあ話うまいですわね。

んで明日から海外。

とにかくマネジメント1年生。しかし実際にマネージしようとすると、どうも私は自分がやるべきことの優先順位をちゃんとできない感じですわね。余計なことをいろいろしていて、本当に大事なことを見てない感じ。とりあえず今月下旬まで我慢です。


進捗どうですか (14)

進捗だめです。

しばらくつらくて死にそうでした。国際功利主義学会というところで発表しなければならなかったわけです。ずっと気になってたんですが手をつけられない状態になっていてぜんぜんだめ。プログラムやアブストラクトを見ると海外の大物や、国内の大家か俊英で、私みたいな研究者モドキはいないじゃないの。うわー、怖いー。

最悪の場合は5月にやった発表のスライドをそのまま使おうと思っていたのですが、今開いてみると使いものにならない。そもそも私英語喋れないじゃん。前は少人数の研究会だったからブロークンな英語でも気合でなんとかなるだろう、みたいな感じで発表したのですが、さすがに国際功利主義学会ともなればそれじゃ危険すぎる。原稿書いて読みあげなきゃならん。でも気ばかりあせってなにも進まず。最悪。

発表1週間前のお盆前には完全に煮詰っていて、家から出られない状態に。エクササイズとかもできない。本気でキャンセル考えました。でもキャンセルしたら笑いものになるだろうしねえ。自己評価は最低レベル。っていうか絶望ってやつですなあ。これくらいひどい状態になったのは10年ぶりぐらい。その前となるとやっぱりその10年前。10年に1回のやばさ。

4日ぐらい前に大雨明けの深夜に散歩したらやっと正気に戻る。いや鴨川に飛び込むつもりではなかったですが、それまですごいやばい精神状態だったことに気づきました。やっぱりどんな煮え煮えになっても散歩とかしないとだめですよね。私はそういうのも忘れて部屋や台所は散らかりぱなし、飯はパンやコンビニ弁当、とかになっちゃう。それじゃだめなんですわ。皆さんも困ったら散歩やストレッチしましょう。

資料や昔の勉強メモみたいなのを見直して正気に戻ってくる。

まあ泣きながら書きつづけて、20分ぐらいのトークのため A4 8枚ぐらい書けたのが2日前。
こんなの
先に現地入りしている某偉い先生に送りつけて見てもらって、Google Handoutとかで電話。偉い先生は酔っぱらっていて「だめですね、でももうしょうがないからこれでやったら?」みたいな。泣きながら修正。明け方まで。そのまま移動するつもりだったけど寝てしまって起きたら昼前。やばい。とにかく移動。いくつか発表を聞いて心を落ちつける。みんな賢いなあ。某後輩の立派なキーノートスピーチを聞いて、偉くなったなあ、みたいな。宴会はパスして、チェアやってもらう別の某偉い先生に原稿送りつけてとりあえず仮眠。起きだしてさらに修正しているとその某偉い先生からの駄目出しが届いてうれしい。助かります。ってわけで朝まで。また寝てしまう。

本番。まあ内容はあれとして、発表時間はほぼぴったりだったけど質疑応答の英語ができない。もういい歳して恥ずかしいなあ。やっぱり英会話はいつも練習しておかないとね。若い人びとは本当に語学がんばってください。

夜は晴れて飲み会に軽く参加。若い人びとは勢いがあっていいですね。時代は変わった。


まあ今回は本気で反省しました。余計な学会発表とかするもんじゃないです。半年前の自分が何考えてたのかさっぱりわからない。どうもこの学会は覗いてみたかったんだけど、なにも発表しないのに行くのはいやだなあ、みたいなことを考えてたみたい。しかし自分の実力とかそういうのを把握しておくべきですよね。研修期間で時間があるからなんとかなるだろう、みたいなこと考えてたけど、時間あったって私のようなものはたいしたことはできない。新しいことをするのは無理なんだから、予定どおりこれまで勉強したことをなんとかまとめることを最優先で考えなきゃならない。英語で論文書いたり発表したり、みたいなのもこれまで頻繁にやってきたわけじゃないわけだし。この歳になって新しい技能を身につけるなんて無理。「汝自身を知れ」っていうのはやっぱり「身のほどを知れ」「分相応に生きろ」っていう意味だと思いますね。

まあ研修期間はまだ7ヶ月あります。いろいろやりなおし。人生は続くのです。









進捗どうですか (12)

進捗だめです。

某あれをするためにサムナー先生読みなおしたりそのまわりの文献ちょっと漁ったり。

督促された某翻訳にすごい時間とられてしまって、これはもううまく訳せなくて自己評価下がるしなんとかんとも。もはや常時パニック起こしている状態。けっこう真面目にやっても進まない。時間はかってみると1ページ2〜3時間かかって、それでもまともな日本語にならない。言いたいことはわかる気はするけど、わかりやすく訳そうとるすると原文にない言葉をたくさん入れなきゃなんなくなって翻訳ではなくなってしまう。すごく苦しみました。なんか時間の無駄感がある。

あんまり自己評価下がってあれだからブログ書いて息抜きしたり。

とにかく先送りしていることを片づけて心の落ちつきをとりもどそうとしたり。

こういう自己評価下がってパニック的な状況というのは何度かあったなあ、とかって昔の秘密日記読みなおしたり。1994年、OD 1年目ぐらいが1回目のそういう時期だったようです。そこらへんで、きちんと自分のプロジェクト管理みたいなのするっていうことをおぼえるか、あるいはそういうのができないのであれば別の道を考えるべきだったな、みたいなことを考えたり。いつも後ろ向きでよくないですね。

進捗どうですか (11)

進捗だめでした。

いろいろ反省しつつ、東京にいったついでに帰省したりして。ずいぶん長い間帰ってない親不孝を反省したり、街を歩いてあまりにも滅んだ昭和のままで暗い気分になったりいろいろ苦しみました。郷里は人口統計とか見ても超高齢社会になっていて、町内も更地や売り家ばっかり。新築の家なんてのもない。少子化とか過疎化とかってのの問題はやっぱり田舎でこそわかりますね。本当にやばい。

帰ってからは読まねばならないと思っている本を開いてもあんまり進まず。だめだめ。まあ土用の一番暑いときなのであんまり無理するのもいかんかな、みたいな。しょうがないので簡単なブログ書いたりamazonレビュー書いたり。そういうのしているとわりと楽しい。っていうか私余暇にそういうふうなことをして楽しむような人生設計するべきだったんですよね。ガチに研究するっていうのは向いてなかったかもしれない。今となっては遅いですけど。

やらねばならない翻訳の仕事の督促もあって、これがまたやっかいで時間かかるしなんかストレスたまります。うまく日本語にならずに自己評価も下る。ざっと訳すのでさえ、1ページ2時間以上かかる感じ。

っていうわけで、せっかく時間をもらっているのにひどく低調な1週間でしたが許してください。おそらく一番暑いところは抜けたんじゃないかと思うので、中盤戦です。これから9月なかばまで、夏は好きな季節ではあります。

とにかく作業にかかる時間を計測してだいたいの能力がわかった感じなので、ちゃんと生産計画立てていきたいと思います。同じ過ちをくりかえすのは避けたい。自信ないけど。まあ真面目に活動したことがなかったから自分の能力をちゃんと知ることができなかったわけです。そういうこと考えてるとだんだん暗くなってだめですね。それでも人生は進みます。ぴーす。

進捗どうですか (10)

進捗すごくだめです。

若手フォーラムで発表だったんですが、いろんな意味でだめで深く反省しています。どう反省しているかというのはまあここにはあんまり書きたくないので秘密です。まあ当然のことがらできないことはやっちゃだめだし、やるにしてももっとちゃんとやらねばならない。今回は作業時間とかいろいろ気をつけようとしていたにもかかわらずだめだったのでけっこうショックですね。とにかく勝手に理想を高くするのもだめだし、かといって甘い気持ちでやるのもだめ。自分が嫌いなタイプの人間に自分がなろうとしているのに気づかされました。まあそれがおやじってことだけど。

若い人々は元気があっていいな、とか。オヤジ抜きで自由そうな感じ。世話人の人々もなんか献身的で、ああいうのを世話人とか代替りしながら長く続けているのというのはすばらしいことだと思いました。彼らには未来がある。そういう人々のできるかぎりジャマにならないように気をつけたいです。

まあいろいろ整理して出直し。いろんな意味で自分の限界を見るよい機会になりました、とポジティブに考えたいです。

進捗どうですか (9)

進捗だめです。

びゅんびゅん時間が過ぎてました。

某発表のためにフェルドマンの議論をちゃんとおさえる、という短期的目標をたててWhat is this thing called happiness読んで、2週間以上かかってしまいました。やっぱりこの本おもしろいなあ。時間測ってたんですが、40〜50時間ぐらいかかってる感じですね。14章と付録があって、まあ1章2時間弱みたいな感じ。ちょっとかかりすぎな気もします。もっとさくっと読める人は多いと思います。論述とかは難しくないけど、いろいろ考えさせられて私はそんな速く読むことはできませんでした。

それにしても本を読むのにどれくらいかかるか計測してみるというのはおもしろい経験でした。ぼんやり思ってるより時間がかかるし、1日にそんなに集中できる時間もそんなにはない。それにどんながんばったって飯食ったり寝たりしなきゃならんわけで、人間ができる活動というのは本当に限られていると思います。エクササイズとかもしないと調子悪くなるし。酒飲む時間やネットする時間だって大事だ。本とか、そんなたくさん読めないですよね。なんか時々膨大な「必読書リスト」みたいなのを提出してくる人がいますが、そういうのってどうなんかな。

もう一つ思ったのは、今回はずっと一人で読んでたけど、本当は読書会とかするべきですよね。読みまちがいとかにも気づくし、おかしいと思ったことを相談したり議論したりもできる。大学院とか進学を考えてる人は、そういう読書会や研究会が盛んなところを目指すのがよいと思います。私も大学院生のころはいろいろ読書会に参加して勉強になりました。オヤジになると、研究者志望の大学院生かかえているような大学の教員にでもならなければそういうのに参加しにくくなってどんどん知識も読解力も劣化してしまう。まあこれはしょうがないです。勉強は一人ではできないな、と思いましたし、そういう意味で私の勉強人生は終りに近づいている気がします。まだ終らんけど。ははは。

あとは国内の文献見直したりして。実はこの分野はあんまり文献ないんですよね。このフェルドマン先生とか、ヘイブロン先生とか、大学院生レベルではけっこう読んでいる人がいると思うんですが、みんなここらへんに言及して論文書けるようになるまでにはもうちょっとかかりますかね。パーフィットの名前を見かけるようになったのも90年代後半ぐらいだったし。サムナー先生の名前を見かけるようになった、ぐらいですか。

倫理学の根本問題の一つなんだけど、倫理学者が直接あつかっている文献は少ない。法哲学の人とかの方が盛んで、これは法哲の人はいきなりコンテンポラリーな文献見るけど倫理学専攻だと古典読まなきゃなんないっていうジレンマがあるからだと思いますね。大学院生からODの間に古典と格闘して、運よく大学教員とかになれたら今度は授業や業務が忙しくて勉強できないままに時間が過ぎて、たちまち白髪のおじいさん、みたいな感じ。私みたいに五十近くになるともう理解力が落ちてて新しいことは学ぶのに苦労する。多くの倫理学研究者がそういう経験をしてきたんだと思います。若い人びとは好きなことやってほしいですね。たいていの人は、いきなりカントやキェルケゴール勉強したい、って思って倫理学はじめたんじゃなくて、道徳なり幸福なりについて考えたいと思ってはじめて、カントやキェルケゴールはそのなかで出会った哲学者の一人に過ぎないだろうから。

それにしてもフェルドマン先生、一つの問題について本当によく考えているな、とか思います。スペシャリストは違うわ。途中でいろいろ幸福な人や不幸な人びとの仮想事例みたいなの出てくるんですが、私「論文書けない大学院生」みたいなのの典型例だなあとか思って読んだり。フェルドマン先生のまわりにもそういう人はたくさんいると思うんですが、どういう目で見てるんだろうなあとか。ははは。

What Is This Thing Called Happiness?
OUP Oxford (2010-03-18)
The Pursuit of Unhappiness: The Elusive Psychology of Well-Being
Oxford University Press, USA (2008-11-15)

Welfare, Happiness, and Ethics
Welfare, Happiness, and Ethics

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Oxford University Press, USA (1996-08-31)

進捗どうですか (8)

進捗だめです。

短期的には19日のあれの準備をしなければならず、そのための文献調べている段階です。遅すぎる。ネタは「幸福」なわけだけど、どの程度の話にするべきなのかよくわからないので過去の『哲学の探求』読んだり。まあなんにしても私はエレメンタリーな話しかできないわけですが。お客さんがどういう人びとか予想するっていうのは私は一番大事な作業だと思ってます。関東の哲学関係の院生とかの雰囲気というのはもうひとつ知らないし、研究の雰囲気なんかも違う気がする。あそこらの倫理学に対する関心もどれくらいあるのか、とか。私はどうも他のちゃんとした院生や研究者の人がいろんなことを知っていると勝手に想定して勝手に圧迫感じたりする悪い癖がある。

Huppert & Linley eds. Happiness and Well-beingっていう心理学系の有名論文のアンソロジーめくったり。4巻本だけど1巻目のコンセプト中心のだけ。概念的な話はまあ哲学者がやってるよりはやっぱり甘いところがあるみたいだけど私には十分啓発的なところがある。

ネットで青山拓央先生の「幸福の規範化と、私的な逸脱」とか見て、ずいぶん考えてることがちがうのがうーんとなってそれのターゲット論文になってる柏端達也先生の「幸福の形式」読んだり。ほんとぜんぜん考えてることが違う。どちらも日本の分析系の哲学を代表する先生ですが、倫理学の方はあんまり文献見たりする気はないのかな、とか。なにもないところからオリジナルに考えるというのもそれはそれで意味があるとは思います。

一番の大物はFred FeldmanのWhat is this thing called happinessを1冊読むことで、これは3日ぐらい集中的に読んでもうすこしかかる感じ。議論は非常に明晰でわかりやすいです。英語もやさしい。学部3回生ぐらいでも読めるのではないだろうか。哲学ってこういうものだよな、みたいな独特の感じがあって楽しめます。でもこの本読んでなにを議論しているか理解するためには、一回自分で幸福とかハピネスとかそういうものについて考えてみないとならんのよね。とりあえずおすすめなので哲学・倫理学系の院生の方とかはぜひ読みましょう。フェルドマン先生は「心理学者たちはコンセプトの話ちゃんとしてないのにいきなり計量とかしはじめやがって許せん」みたいな立場。私はもうちょっと学ぶところがある気はしてます。

日曜はキェルケゴール協会の年1回の大会。キェルケゴール研究している人は今ではすごく少なくなってしまいましたが、8人ぐらい個人発表で盛況。がんばってほしいです。まあ正直なところ私自身はもうキェルケゴール研究を真正面からする余裕がないのですが、重要な哲学者であることはまちがいがないので、若い人びとにはチャレンジしてほしい。

この協会はいったん(諸般の私の知らない事情で)活動停止したところをなんとかもう一回動かして細々とつなげているので、うまく若い人びとにバトンタッチしたい。

まあしかしキェルケゴールをキリスト教抜きに語ることはできないし、それだけでなくデンマーク語やったりヘーゲルっぽい思考の方法みたいなのにもなじまなきゃならなくて、正面からやるのはすごくたいへんですね。他の主流の哲学者、デカルトだのロックだのヒュームだのカントだのっていうのを研究するのに比べてすごく不利だとは思います。特に最初からキェルケゴール一本だと「哲学的な思考」みたいなのの訓練ができないところがあってやばい。

もし私自身けっきょくペーペーのまま倫理学研究者としては「モドキ」以上のものにはなれなかったわけですが、キェルケゴール研究したいという学生院生様がいたらアドバイスしたいことは、

  • デンマーク語は勉強しなければならないけど、そればっかりやるわけにはいかないので翻訳や英語とか使ってもかまわんだろう。
  • 二次文献はちゃんと見るべきだ。っていうか、ざっとキェルケゴール本人の読んだらすぐに二次文献集めてどういう解釈がありえるか考えてみて、そっから研究はじめる方がよいのではないかと思うです。キェルケゴールを素手で解釈に行くのはちょっとおすすめできない、というかそれの謎考えてるだけで一生が終ってしまう。
  • 二次文献を読めば、キェルケゴールの著作のどこがポイントなのかとか、どこに研究者の解釈の違いがあるのかとか、どこ引用すればいいのか、どこ読めばいいのか、みたいなのがわかる。もちろんそれらとあえて違う解釈、みんなが引用しないところ、読まないところ、とかを強調する手もある。でもそれはやっぱり二次文献ある程度読んだからこそできる話ではないのかな。国内では「虚心坦懐に原典を読む」みたいなのが推奨され、へたすると「二次文献に頼るな」みたいな雰囲気させあった時代がありましたが、わたしはおすすめできない。
  • 二次文献はネットでもたくさん手に入るし、有名書籍もあるし。日本の大学でふつうの教育受けてたらドイツ語までいくのは無理だろうからとりあえず英語論文見たらいいだろう。Kierkegaard Studies Yearbookとかで世界の研究動向がわかる。これはデンマークのキェルケゴール協会中心で、各年ターゲットの本を決めてけっこうな人数でつついている。英語圏のモノグラフみたいなのはもっとよい。Google Scholarとか使えばPDFでもいろいろ手に入る。
  • キェルケゴール内在的にやるのはおもしろくなりにくい。キェルケゴールがある本でなにを言ったか、ってのをだらだら書いておわり、ってことになってしまう。これは他の哲学研究者から見ると、「それのどこがおもしろいの?」みたいなことになっちゃう。やはり他の言語哲学なり倫理学なりキリスト教神学なり、自分のバックボーンになるものを作りつつキェルケゴールにあたらないとならんと思う。
  • 時間論でも存在論でもなんでも、伝記的事実としてキェルケゴールは哲学をまともに勉強したわけではない(っていうかなにもまじめに勉強しなかった)わけなので、彼の哲学が伝統的な哲学の文脈にそのまんまのっかるわけでなあいことは意識しておく必要がある。だからもしアカデミックな世界で生き残れるような形でキェルケゴールを研究したいのなら、キェルケゴール以外の正統派も勉強するべきだ。その上でキェルケゴールがどの程度魅力あるのかを考えたい。
  • 二十世紀のビッグな思想家がキェルケゴールを読んでどう言ったか、というのはやっぱり大事だしおもしろいけど、これもそのビッグな哲学者や神学者の解釈がキェルケゴール解釈として正しいとかそういうんではない。ビッグな思想家ほど他人の思想は自分に関心あるかぎりでつまみぐいして好きなことを言うわけだからして。そういうタイプの研究もけっこう負担が大きい。
  • なんにしても、哲学史上の人を扱う場合には、他の研究者の解釈と自分の解釈のどこが同じでどこが違うかを論じる必要があると思う。昭和の先生たちはまあキェルケゴールを自分なりに紹介すればそれだけで飯の種になったけど平成の諸君はそういうのは無理だと思うです。「おける論文」批判みたいなのもずいぶん強くなってるしねえ。

とかそういう感じかなあ。ほんと偉そうというかなまいきというかごめんなさい。これからも陰ながら応援してます。がんばってください。

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進捗どうですか (7)

進捗だめです。

先週はひどい週だったので、今週はいろいろ考えて活動しよう、みたいな。

なんといっても自分が何やってるのか記録をとってモニタリングするのが大事だろう、ってのでいろいろ勉強したり。

デヴィッド・バーンズ先生の『フィーリングGoodハンドブック』や、アブラモヴィッツの『ストレス軽減ワークブック』、ミルテンバーガー先生の『行動変容法入門』とか読んで先延ばしをふせぐための各種の工夫とか。紹介されているテクニックはどれもだいたい同じようなもんで、多くは「ライフハック」とかって名前で紹介されているものですね。ネットでも「行動記録 ライフハック」とかで検索するといろいろ出てきます。たとえば ;とか。それにしても『行動変容法入門』はなんか人間を訓練するべき犬とかと同じように見てて怖くておもしろいです。20世紀なかばのアメリカの心理学実験室とかを連想しました。

とりあえず30分刻みぐらいで自分がなにをしているのか記録することに。前はTogglっていうアプリ使ってたけどもうひとつので、紙やエディタに適当に書いてく方がよさそう。今回はこんな感じでエディタに記録してみました。

08:00 準備、認知療法本読む
  :30 執筆パーソン論
09:00 台所掃除
10:00 パーソン論
  :00 パーソン論
11:00 パーソン論
  :30 ジムへ移動
12:00 ジム

なんかいい歳してこんなことしているのは情けないですが、そういう自分に対する躾みたいなのをちゃんとしてこなかったためにこういう惨めなことになっているのでしょうがない。

今週の一番大きな課題は、2週間前に発表したパーソン論のその後みたいなのを紀要に載せるために書きなおすって作業でした。まあ上のような記録残しながらやったおかげでなんとか提出。「研究ノート」でいいや。

次は某フォーラムで発表するための幸福の話のリサーチと原稿書きしなければならないのですが、性的な同意の話なんかを読んだりしてしまいました。実はこっちの方の研究も「研究計画」に書いているのでやらねばならないのです。以前読んでたWertheimerのConsent to Sexual Relationsっていうのを読みなおしたり、関連する論文読んだりしながらブログ書いたり。

これの関係で自由と責任の話で有名なFischer & RavizzaのResponsibility and Control読んだり。たしかにこれは重要な本だということを確認したり。哲学関係の英語の本を1冊丸々読む、というのは時間の余裕がないとできないのでこの研修期間は貴重です。感謝感謝。

あとなんとか某学会の某原稿をあれしました。これはほんとうはもっとちゃんとやるべきだったかもしれないけど、やってもあんまり読まれないものだし、心理的にも手がつけられないから終り。

でもまあわりと私にしては生産的な1週間だったかなあ。その反動か土日はなんかどっと疲れが出たような感じで寝まくってしまいました。

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進捗どうですか (6)

進捗だめです。

いや、この1週間はぜんぜんだめでした。なにも進みません。どうも発表とかそういうの終るとなにも手につかなくなって無駄なことをして1週間ぐらいあっというまに過ぎちゃう。深酒とかも2回ぐらいしてしまった。ひどく反省してます。こう、ある状態になると、心落ち着かなくなって難しい本が読めなくなってしまうんですわ。延々ネットサーフィンしたり。いったんこの状態になると抜けだせない。つらい。もう子供じゃないんだからそういうのちゃんとしないとならんのに。

そういうわけで尊敬する小谷野敦先生の昔の本や新刊読みなおしたり、そっから村上春樹の新刊読んだりチェーホフの『ワーニャおじさん』読んだり。なぜか宮本輝とかも読んだり。すげー久しぶりに文学読んだ感じ。二十代なかばまではわりと文学好きだったんですが、そっからぜんぜん読まなくなってたんでそれなりに新鮮。しかしそういう世界とはずいぶん遠いところに来てしまった。

あとはThe Oxford Handbook of Sexual Conflict in Humans (おもしろい)とか読んだり。行動分析学みたいなのとか認知行動療法とか。もう支離滅裂な読書でこれではいかんです。

この前発表した内容を紀要に載せるべく手を加えようとしたりしてなんかおかしくしたり。

心落ちつかずに失なった1週間を思うとギギギという感じになります。うーん、まあなんか2ヶ月半ぐらい息をつめていろいろ勉強してたつもりなので、ここでいったんちょっと息抜きしたくなるのはしょうがないのか。

来週はちゃんと計画的にやります。コツコツやるしかないですよね。とりあえず紀要のやつ早くあれして、すぐに若手フォーラムのに手をつけないと。

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進捗どうですか (5)

進捗だめです。

2週間おきの月曜に書こうと思ってたんですが、間があいてしまいました。もう記憶がよくなくて2週間も前のことっていうのはおぼえてないので、毎週日曜日に書けたらいいなと思うです。

ちょっと記録見てみると(断片的な記録はいろんな形で残してます)、5月の最後はなんか脳死の勉強してましたね。実は私脳死については論文もどきとか書いたことないし、授業でもほとんどとりあげないので、有名論文とかまじめにあたってなかったんですわ。Michael B. green & Daniel Wiklerの”Brain death and personal identity” (1980)とか古いけどすごく優秀な論文だなあ、とか今ごろ感心してたり。ここらへんの有名論文もアンソロジー欲しいですね。

そのあとは、昨日土曜日の研究会で発表するためのレジュメを書く準備してあっというまの2週間でした。あせるばかりでちゃんと書けない。実際にキーボード叩いて文章を書いたのは3日ぐらいだけど、それまで同じ本や論文何回も読んだりうだうだしたりでもうねえ。とりあえず書いたのはこういうかんじ。

「パーソン論はどうなったの? 我々と同じ将来説、動物説、時間相対的利益説」

なんか文章おかしいところもあるし内容もつめきれてないけど今できるのはこんなもん。

それにしても文章書くの苦手で、それだけで大学教員とかになるべきじゃなかったって思いますね。こういうブログやツイッターみたいなのはそれほど嫌いじゃないのですが、論文みたいな形が決まったものは本当に苦手です。

研究会はいろいろ勉強になりました。自分のはまああれだけど、他のは動物実験反対とか不妊治療とか優先主義とか精神医療と地域社会とか。内容も勉強になったし、文章うまい先生のとか見ていろいろ考えたたり。優先主義とかせめて話がわかる程度に勉強しとかなきゃならんな、とか。

まああとそういう研究会とか出ちゃうとちょっと攻撃的になっちゃってだめだ、みたいなのは今回もあれしましたね。これは自分でも困ってるんですけどね。口を開けば攻撃的になるというのはこれはやばい。研究会とか学会とか、ここしばらく意識的におとなしくしてたんですが、どうもあれです。これも落ちついた大人になれないまま終ってしまいそうです。

これから夏本番に向けて、翻訳とか某発表とか某発表とかまだまだ仕事があって、ぜんぜん休むヒマがなくて、かえって仕事しすぎで早死にするんじゃないかとか心配したり。やばい。

進捗どうですか (4)

進捗だめです。

食中毒になった話は前回書きましたが、そのあともしばらく苦しんでました。私はとにかくちょっとでも体に気になるところがあると元気がなくなってなにもできなくなっちゃうんですよね。ヒポコンデリー体質というかなんというか。やっと全快という気分になったのが18日日曜日。発症したのが6日だからまあ10日以上苦しみました。

そのあとはまあなんとか本も読めるようになったのでマクマハン先生とドゥグラツィア先生の本を読む。前回のブログに書いた時間相対的利益説をいろいろ考えたい。

それにしてもマクマハン先生のThe Ethics of Killingとか500ページもあって読むのたいへんっすね。文章も英語も難しくはないけど、議論が細かい。おもしろいけど、ちょっと粘着な感じがあってつらいときもある。

500ページの本がんばって読むとしても、やっぱり2、3ヶ月かかりますわね。こういうのは本当は一人で読むのは無理だから半年ぐらいかけて読書会でもした方がいいんだけど、お友達がいないからしょうがない。ドゥグラツィア先生の方はすっきりしていて読み易いです。

こういう本を読むときは、大学院生様とかはまあ友達誘って読書会がよい。ただこんなでかい本を読書会で読むっていうのは一大プロジェクトですわよね。そうして努力して読むに値する本だっていう確信がもてないととりくめない。

そういうときに役立つのは、やっぱり書評ですね。最近はネットにたくさん書評がころがっているので、気になる本についてはタイトルとかでどういう書評が出てるか調べてみるといいと思います。数が多ければそれは重要な本だ、と。The Ethics of Killingはぱっと調べただけど7、8本手に入りました。注目の1冊なわけです。実際、中絶とか脳死とかにかかわる哲学的な議論としては2000年代で一番重要な本だったんじゃないかしら。

そういう書評を見ると、どこが重要かがわかる。引用されているページとかいちいち付箋貼っておくと、どこが引用されやすいかがわかるしそこらへん中心的に読んでいく感じ。でかい本は頭から読む必要はないです。っていうか時間的に無理。

あと、まあ6月中ぐらいでEric T. Olson先生の動物説と、Schechtman先生の物語的同一性の2冊の本も読む必要がある。少なくとも動物説の魅力や、批判に対する答かたぐらいは手に入れとかないと。しかしOlson先生の文章とはなんかすごい相性悪い感じでつらい。どうも私形而上学が苦手なんよね。つい「だからどうしたの?」とか言いたくなってしまう。どうも倫理的な含意がないと理解できないというか。まあがんばります。

ここらへんの議論知りたいならドゥグラツィア先生からの方がわかりやすいと思う。まあこういう分野は無理して書籍読むよりは、論文あつめた方がいいかもしれないし、最初はハンドブックとかその手のからはいるべき。

先週の後半は「ペルソナ論」とかちょっと読んでみたり。まあ森岡正博先生ねえ。森岡先生はほんとにオリジナルでいろいろ気になる先生なんですよね。全体としてはよくわからないんだけど、ときどき鋭いことを言っているような気がする。でもあのペルソナ論はちょっとなあ。どうあんまり納得できないのか書いてみようかと思ったけど、なんか突然トカトントンという音が聞こえてきてむなしくなってやめてしまいました。でもまあ森岡先生についてはいずれ真剣に考えてみたいとは思っている。「Taking Morioka Seriously」っていう論文タイトルは昔から考えてます。他に福田誠二先生や一ノ瀬正樹先生のも読んだけど、どれもよくわからん。

稲垣良典先生の『人格「ペルソナ」の哲学』は正直私はあんまり評価してないです。偉い先生なわけですが。一方、小倉貞秀先生の『ペルソナ概念の歴史的形成』はしっかりした良書だと思いますね。もし読むんなら小倉先生の方から読んだ方がわかりやすいと思います。

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進捗どうですか (3)

進捗だめです。

5月1〜2日に京大と英ブリストル大のエンハンスメントに関する合同ワークショップみたいなのがあって、出席させてもらいました。いちおう”Does mood enhancement threaten our authenticity?”ってタイトルで発表もする。英語で発表したり話したりするのはほんとうに久しぶりでだめすぎ。練習しないと。内容もなんかうまくいかず。まあこの話は8月まで継続的に考えます。ワークショップは他の人の発表が勉強になりました。まあ日本の若手の研究レベルは世界レベルだよな、みたいな。

それが終ったらちょっとした査読みたいなののために本ひっくりかえしたりして。これも勉強になりました。もう1個なんか論文に勝手なコメントつけたり。そんなしているうちに連休はおしまい。

と、連休中最終日からどうも食中毒。発熱したり嘔吐したりでもうたいへん。おそらく「ノロ」ではなく「ロタ」ウィルスか。これで5日ぐらい寝込みました。応用哲学会とかもあったのですが、家から出られずパス。くやしい。心あたりはないわけではないのですが、証拠があるわけではないのであれです。しかし悔しい。

まあというわけで5月前半はひどいものでした。心機一転やりなおします。

進捗どうですか (2)

シンチョク? ああ、シンチョクね。ええ、まあシンチョクしてますよ。ええ。あれでしょう。あの、そこで。このあいだあれした。ええ。まあ今回のはそこそこのシンチョクだったけど、あれだね。昔と比べると、その、シンチョクのシンチョクらしさが。うん。まあシンチョクじゃないのかって言われれば、そりゃシンチョクだけど、まあすごくシンチョクかって言われるとねえ。やっぱり最近のシンチョクはあれだ。昔の方がシンチョクだよね。

研修第3週は大事な翻訳の仕事があることを思いだして掘り出してて進めたり。なかなか進まなくて苦しい。そしてまだできてない。やばい。本当にすみません。早急にやります。こつこつやればできるはずなのになぜちゃんとできないのか。なんとかDeGrazia先生が2000年代にどういう仕事したのか見当がついた、みたいな感じかなあ。Boonin、McMahan、DeGraziaの3人は大事ですね。あといまごろOlson先生とかSchechtman先生とかそこらへんが非常に重要だったことにも気づいた。ここらへん紹介できるといいですね。

第4週は5月のはじめに研究会で発表しなければならないことに気づいてあわてて資料読みなおしたり。エハンスメント関係。これ、研修の公式目標「性と生殖」とどう関係しているか実は微妙なんですが、広い意味では関係あるだろう、基礎作業として必要だ、ということでやります。研修ったって勝手に好きなことを勉強していればよいわけじゃなくて、ちゃんと書類に書いたことをしないとならんわけです。そういうの気を使うなあ。

なんか研究会のタイトルに「日本とイギリスの議論を比べる」みたいなのがついていることに気づいて、国内の人々がどういう議論しているか確認。これはいくつか発見があってわりとおもしろい作業でした。

哲学とか倫理学とかやっている研究者はたくさんいるわけですが、「エンハンスメント」みたいに狭く絞れば実は数人しかいないんですね。

東大のUTCPとかいろいろ生産物出してて偉いな、とか。ここ10年ぐらいで人文系でも大学にけっこうんが額のお金がまわるようになったわけですが、その結果、一部の若手の人はわりと時間的余裕をもって研究できるようになったのかもしれない。それにお金もらってるわけなので成果を出さねばならないわけですが、その研究成果っていうのは単に当人の業績稼ぎ以上の意味がありますわね。他の人もそれを見て勉強できるわけで、才能なり資源なりを一応広く学界で共有するという形にはなっている。大学院重点化とかGCOEとかそういうお金のばらまきはいろいろ問題があって批判も多いわけですが、ポジティブな面もあるよな、みたいなことを考えまてました。

同僚の霜田求先生が阪大医学部いたころにやってた『医療・生命と倫理・社会』とかも偉いな、とか。こういう雑誌とか資料集とかちまちまつみかさねている人々は本当に偉い。どうもこの『医療・生命と倫理・社会』は終了してしまったようなので、霜田先生にはうちで続けてくださいとお願いしておきました。

あと、偉い人、偉くなりそうな人は同じネタで何度も書く、というかちょっとづつつみかさねていく。これはいいことですね。生命倫理関係だと一つのネタについて1回書いてそれでおしまい、という人が多いように思えますが、やはり継続して研究を続けるっていうのは大事だ。

現在エンハンスメントまわりやってる人はほぼ同じ文献とか見てる。みんな同じようにネットつかって論文漁ってるので当然そうなるわけだけど、実際に国内の人がみんな同じような文献みて仕事するようになったのはここ10年以内、へたするとここ5年のことなんじゃないか、みたいなのも感じました。海外と国内の議論のタイムラグはほとんどないし、優秀な人達だと議論のレベルもそんな変わらんのではないかという気もします。みんな大手振って海外出ていく時代ですね。

しかしまあ1月研修してみてわかったのは、私はやっぱり研究者ではないな、みたいな。勉強しているのは楽しいけど、もうなにもかにも習得するには遅い感じがする。だいたい40代後半には大学の先生の半分以上が実質的には研究やめちゃうんですが、それもわかるなあ。私はそれでもまあもう少しジタバタしますけどね。

百万遍図書館もカード作ってもらって一回りして。どうもあの大学は男臭くて長居したくない感じはあります。3階に個室があるので使ってみたい気がします。メディア室みたいなところには誰かのCDライブラリがあっていいですね。そのうちチェックしていちぶはこっそりiTunesに吸い上げたい。

あとはまあ健康のため毎日6キロほど走ってます。4月はけっきょく1日も欠かさず走ってますね。すげー健康。ははは。

それにしてもどうも私は時間をうまく使えない、っていうか、いろいろあせってしまってだめですね。もっと余裕もっていきたい。無理せず。

そういや、キーボードにイライラしたんでバカ高いの買ってしまいました。でもこれは気持ちいい。

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進捗どうですか (1)

やはり研修とか研究とかといえば、進捗どうですか、ということになりますね。

この言葉私30代なかばまで知りませんでした。某プロジェクトのリサーチアソシエートとかっていうのに雇ってもらってから「シンポジウム開催準備の進捗どうなんだ」みたいな言われかたして、「シンチョクってなんですか」みたいな。「捗る」って漢字書けなかったですね。

まあ研修にはいってあっというまに2週間すぎちゃいました。「進捗どうですか?」「進捗だめです。」で終ってしまう。

やっぱりなにごもとも記録が大事っすよね。記録のこしとかないとなにしたか忘れちゃう。

ええと。なにやったかなあ。

1. 仕事環境の整備

やはりなにごとも環境です。iMac 21”をもちかえり、システムディスクを新しく作りました。外付けディスクから起動してたんだけど、10.8のままだった内蔵ディスクもMavericsに。ははは。

PDFとかはMendeleyで管理してるんですが、これなんか不具合あるような気がしたのでアカウントとりなおして再構築。時間の無駄。

あとはたいしたことしなかったな。EvernoteとかRemember the MilkとかEmacsとかMacTeXとかふつうの環境。文献リストはBibTeX。Emacsのbibtexモード。

2. 文献調査

研究計画に「(1) パーソン論の現代的検討については、1970〜90年代の古典的パーソン論を総括したのちに、Jeff McMahan、David Boonin、David DeGraziaの3人の現代の論者の「現代的パーソン論」を検討し、中絶や脳死にかかわる「人格」概念がどのように批判され更新されたかを評価する」とかって書いたんでまあここらへんからはじめます。っていうか、この3人の議論を把握して検討して紹介できたらだいたい研修成功ですね。(「現代的パーソン論」は適当すぎだけどまあ「研究計画」なのでわかりやすいように)

2週間かけてDeGrazia先生のPersonal Identity and EthicsCreation Ethicsの2冊なんとか目を通したんですが、この先生はいいですね。特にCreation Ethicsは生殖関係の生命倫理やりたい人は必読です。基本的な議論のおさらいと議論の定跡がわかる。

あと、(中絶論文翻訳本でお世話になった)塚原久美先生の『中絶技術とリプロダクティブ・ライツ』、柘植あづみ先生の『生殖技術』、荻野美穂先生の『女のからだ』あたり読んだり。

日本の中絶とパーソン論まわりの論文を読みなおしたり。論文のコメントつき一覧を作ってみてるんですが、まだ公開できない。なにを言っているのかよくわからない論文が多くて正直つらいです。

1980年代末から千葉大学で飯田亘之先生や加藤尚武先生が生命倫理学に関する「資料集」を出していて、それを見直したり。いろいろ小さな発見があっておもしろい。この資料集シリーズは20世紀後半の日本の生命倫理学の発展を見直す上で貴重な資料なので、PDFにしてもってます。必要な人は連絡してください。

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生殖技術――不妊治療と再生医療は社会に何をもたらすか
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