進捗だめです。
食中毒になった話は前回書きましたが、そのあともしばらく苦しんでました。私はとにかくちょっとでも体に気になるところがあると元気がなくなってなにもできなくなっちゃうんですよね。ヒポコンデリー体質というかなんというか。やっと全快という気分になったのが18日日曜日。発症したのが6日だからまあ10日以上苦しみました。
そのあとはまあなんとか本も読めるようになったのでマクマハン先生とドゥグラツィア先生の本を読む。前回のブログに書いた時間相対的利益説をいろいろ考えたい。
それにしてもマクマハン先生のThe Ethics of Killingとか500ページもあって読むのたいへんっすね。文章も英語も難しくはないけど、議論が細かい。おもしろいけど、ちょっと粘着な感じがあってつらいときもある。
500ページの本がんばって読むとしても、やっぱり2、3ヶ月かかりますわね。こういうのは本当は一人で読むのは無理だから半年ぐらいかけて読書会でもした方がいいんだけど、お友達がいないからしょうがない。ドゥグラツィア先生の方はすっきりしていて読み易いです。
こういう本を読むときは、大学院生様とかはまあ友達誘って読書会がよい。ただこんなでかい本を読書会で読むっていうのは一大プロジェクトですわよね。そうして努力して読むに値する本だっていう確信がもてないととりくめない。
そういうときに役立つのは、やっぱり書評ですね。最近はネットにたくさん書評がころがっているので、気になる本についてはタイトルとかでどういう書評が出てるか調べてみるといいと思います。数が多ければそれは重要な本だ、と。The Ethics of Killingはぱっと調べただけど7、8本手に入りました。注目の1冊なわけです。実際、中絶とか脳死とかにかかわる哲学的な議論としては2000年代で一番重要な本だったんじゃないかしら。
そういう書評を見ると、どこが重要かがわかる。引用されているページとかいちいち付箋貼っておくと、どこが引用されやすいかがわかるしそこらへん中心的に読んでいく感じ。でかい本は頭から読む必要はないです。っていうか時間的に無理。
あと、まあ6月中ぐらいでEric T. Olson先生の動物説と、Schechtman先生の物語的同一性の2冊の本も読む必要がある。少なくとも動物説の魅力や、批判に対する答かたぐらいは手に入れとかないと。しかしOlson先生の文章とはなんかすごい相性悪い感じでつらい。どうも私形而上学が苦手なんよね。つい「だからどうしたの?」とか言いたくなってしまう。どうも倫理的な含意がないと理解できないというか。まあがんばります。
ここらへんの議論知りたいならドゥグラツィア先生からの方がわかりやすいと思う。まあこういう分野は無理して書籍読むよりは、論文あつめた方がいいかもしれないし、最初はハンドブックとかその手のからはいるべき。
先週の後半は「ペルソナ論」とかちょっと読んでみたり。まあ森岡正博先生ねえ。森岡先生はほんとにオリジナルでいろいろ気になる先生なんですよね。全体としてはよくわからないんだけど、ときどき鋭いことを言っているような気がする。でもあのペルソナ論はちょっとなあ。どうあんまり納得できないのか書いてみようかと思ったけど、なんか突然トカトントンという音が聞こえてきてむなしくなってやめてしまいました。でもまあ森岡先生についてはいずれ真剣に考えてみたいとは思っている。「Taking Morioka Seriously」っていう論文タイトルは昔から考えてます。他に福田誠二先生や一ノ瀬正樹先生のも読んだけど、どれもよくわからん。
稲垣良典先生の『人格「ペルソナ」の哲学』は正直私はあんまり評価してないです。偉い先生なわけですが。一方、小倉貞秀先生の『ペルソナ概念の歴史的形成』はしっかりした良書だと思いますね。もし読むんなら小倉先生の方から読んだ方がわかりやすいと思います。
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