歴史」タグアーカイブ

セックスの歴史書

作成中。自分でも何読んだかわからんようになってるし。

ちょっと難しめか。

愛と結婚とセクシュアリテの歴史―増補・愛とセクシュアリテの歴史
ジョルジュ デュビー
新曜社
売り上げランキング: 935,539
性の歴史

性の歴史

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J‐L・フランドラン
藤原書店
売り上げランキング: 653,422
図説 不倫の歴史―愛の幻想と現実のゆくえ
サビーヌ メルシオ=ボネ オード ド・トックヴィル
原書房
売り上げランキング: 965,081

古代

原書は1960年で古いがとてもおもしろい古典。古代ギリシアの同性愛、セックス、結婚などについてだいたいのことは書いてある。

愛の諸相―古代ギリシアの愛

愛の諸相―古代ギリシアの愛

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R・フラスリエール
岩波書店
売り上げランキング: 791,316

同性愛にしぼった名著。

古代ギリシアの同性愛

古代ギリシアの同性愛

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K.J. ドーヴァー
青土社
売り上げランキング: 899,500
古代ギリシアの女たち―アテナイの現実と夢 (中公文庫)
桜井 万里子
中央公論新社 (2010-12-18)
売り上げランキング: 704,663
ヴィジュアル版 ギリシア・ローマ文化誌百科〈上〉 (世界史パノラマ・シリーズ)
ナイジェル スパイヴィー マイケル スクワイア
原書房
売り上げランキング: 596,115
愛欲のローマ史 変貌する社会の底流 (講談社学術文庫)
本村 凌二
講談社
売り上げランキング: 695,874

古代ローマ人の愛と性

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アルベルト アンジェラ
河出書房新社
売り上げランキング: 275,802

中世

図解 ヨーロッパ中世文化誌百科 上 (世界史パノラマ・シリーズ)
ロバート・バートレット編
原書房
売り上げランキング: 108,750
図説 快楽の中世史

図説 快楽の中世史

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ジャン ヴェルドン
原書房
売り上げランキング: 647,930

近世


19世紀


20世紀

オウィディウス先生にナンパを学ぼう

詩人はモテそう

アウグスティヌスとかが生きてたローマ時代っていうのは、その後のヨーロッパが禁欲的なキリスト教に席巻されてしまった以降に比べると性的に自由だったとか、放埒だったとか言われることが多いようです。特に帝国になった最初の方(初代皇帝のアウグストゥスからティベリウス、カリグラ、クラディウス、ネロあたり)は浮気だの不倫だの殺人だのいろいろやばいことをしていて性的に乱脈だったみたいな感じで紹介されることが多いっすね。物語や映画も多い。 続きを読む

ヒエロニムス先生とかも性欲に悩んでいた

アウグスティヌス先生は人生は紀元354-430ぐらい。ほぼ同世代にヒエロニムス先生(340-420)がいます。どっちも「聖・セイント」がつく偉い聖人です。ヒエロニムス先生は聖書のラテン語作ったりして偉い。

なんか知らんけど、この3〜5世紀ごろはキリスト教の修行するひとは砂漠にいってわざわざ苦行するんですね。砂漠の聖者、砂漠の師父ねえ。砂漠ったってゴビ砂漠とか鳥取砂丘みたいなんじゃなくて、町からはなれた荒地ってことだろう。ご飯ちゃんと食べなかったり、草ばっかり食べたり、ベッドに布とか藁とか使わないで岩の上に寝たり、あるいは寝るときも横にならなかったり。数年間風呂に入らなかったぞ!とか自慢する人もいる。不潔で馬鹿ではないかと思うのですが真面目です。まあイエスさんが布教活動はじめる前に砂漠で悪魔と対決したとかって話があるからそれにならってるんでしょうが、ふつうの人がやったら悪魔にとりつかれますわね。あんまり不潔だったり無理な苦行とかするからあとでイスラムの人から馬鹿にされたりすることになる。
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キリスト教とセックス (3) ベンサム先生はイエス先生は同性愛もいけた、と推測している

イエスさん自身は、飲み食いしたりセックスしたりすることを非難したことはない、ってのはベンサム先生が言ってるようです。まあ実際飲んだり食ったり好きな人ですしね。売春とかしている人にも「やめろ」とか言った形跡もない。さらにベンサム先生によれば、イエスさんは同性愛もぜんぜん非難してない。それどころか、イエス先生自身同性愛に積極的だったのではないか、とベンサム先生は考えてます。

「マルコによる福音書」でのイエスさん逮捕のシーンはこんな感じ。

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キリスト教とセックス (2) んじゃイエスさん本人はどうだったのか

んじゃイエスさん本人はセックスどうだったのか。

イエスには妻や子がいたんではないかとか、側近だったマグダラのマリアは売春婦だったみたいだから性的サービスも受けてたのではないか、とかいろいろ言われてますね。でも福音書にはほとんどそういう恋愛・セックスに関するネタがないっぽい。 続きを読む

キリスト教とセックス (1) おそらくぜんぶパウロさんが悪い

キリスト教についてもあんまりよく知らんのですが、ちょっとだけ。

ask.fmでコメントもらいましたが、カント先生の性的禁欲主義や結婚観はまったくキリスト教です。まあ宗教はどれも性的なことがらについての教えや禁止を含んでいるとはいえ、キリスト教はほんとうにセックスにこだわる宗教ですね。 続きを読む

デートレイプ魔としてのジャンジャック・ルソー

ルソー先生。イケメンだけどあやしい。

ルソーには「先生」つけたくない、みたいなこと書いてしまいましたが、いけませんね。ルソー先生の言うこともちゃんと聞かねば。しかしこの人やばい。やばすぎる。まあ実生活でもかなり危険な人でしたが、書くものもやばい。私はこの先生の書くもの、なにを読んでもあたまグラグラしますね。理屈通ってないわりにはなんか情動に訴えかけるところがあって、健康に悪い。肖像画とか見てもなんか自信満々の怪しいイケメンで、なんか恐いものを感じる。 続きを読む

カント先生とセックス (5) オナニーも禁止です

カント先生によれば、売買春やセフレがだめなだけではありません。オナニーもいかんです。いいですか、オナニーもいけません。

性的傾向性(性欲)の濫用が「情欲の罪」です。んで、売買春とか姦通とかは「自然にしたがった」罪で理性に反しているのですが、自涜(オナニー)は自然に反した罪です。 続きを読む

カント先生とセックス (4) 恋人関係でもセックスしてはいけません

前エントリで「利害関心にもとづいて」と訳されているのは主に金銭的利益とかを考えてって、ことです。まあ「売買春はいかんです」というカント先生のご意見に「我が意を得たり」みたいな人は少なくないかもしれませんが、カント先生が偉いのは、売買春だけじゃなくて、お互いに性的に求めあってる関係でさえセックスはいかん、と主張するところですね。 続きを読む

カント先生とセックス (3) 自分の体であっても勝手に使ってはいけません

まあ性欲はそういうわけでいろいろおそろしい。だいたい、いろんな犯罪とかもセックスからんでることが多いですしね。性欲は非常に強い欲望なので、道徳とバッティングすることがありえる、っていうより、他人の人間性を無視してモノに貶めるものだっていうんでは、ほとんど常に道徳とバッティングしてしまう。 続きを読む

カント先生とセックス (2) 性欲は直接に他人の身体を味わおうとする欲望

カントのセックスについての話は、『人間学』、『コリンズ道徳哲学』(死後出版。カント先生の講義ノートをまとめたもの)、『美と崇高の感情性に関する考察』、『人倫の形而上学』、『人類の歴史の憶測的起源』あたりにばらまかれてます。けっこういろんなこと語ってますわ。『コリンズ道徳哲学』の有名なセックス論はこんな感じ。 続きを読む

カント先生とセックス (1) いちおう「人間性の定式」の確認

哲学者・倫理学者といえばカント先生。しかしそのカント先生を専門的に勉強していた人が犯罪で逮捕されたというので話題になっているようです。まあ正直なところまったく同世代なのでいろいろ考えちゃいます。 続きを読む

アリストテレス先生とともに「有益なおつきあい」について考えよう

まあ「有益な関係」みたいなのっていうのはどうなんですかね。世代的なものかもしれませんが、私なんかだと、そういう損得感情が入っているのは恋愛ではないのではないか、みたいなことをすぐに考えてしまうわけですが、女子はわりとプラグマチックに男性をスペックで見たり、その金とか学歴とか地位とかで見ることもそんな珍しくない感じで、そういう話を聞いてるととまどってしまうことがあります。

しかしプラトン先生自身が恋愛についてなにをいっているのか、というのはすごくわかりにくいんですわ。基本的にプラトン先生は熱情的な人で、こう理屈通ってないこともがんばっちゃうタイプの人で、私自身は苦手です。好きなのはアリストテレス先生。こっちは大人で落ちついている。

ザ・哲学者

ザ・哲学者

アリストテレス先生の恋愛や友情なんかについての考え方は『ニコマコス倫理学』で展開されてます。すごく有名な議論です。

まず「愛する友なしには、たとえ他の善きものをすべてもっていたとしても、だれも生きてゆきたいとは思わないだろう」(1155a)ってことです。この「友」が同性なのか異性なのかていうのはあんまり意識されてないっぽい。いちおう同性を中心に考えますが、異性との話も含まれていると読んでかまわないはずです。お金もってて仕事できても、友達がいないと生きていく甲斐がないです。ここでいう友達っていうのはたんにいっしょにいるんじゃなくて、もっと深い結びつきをもって、お互いが幸せに生きることを願いあうような、そういう関係。

単に趣味をもってるとか、車が好きだ、とかっていってそれが友達のかわりになるわけではないですね。

「魂のない無生物を愛することについては、通常、友愛という言葉は語られない。なぜなら、無生物には愛し返すということがないからであり、またわれわれが、無生物の善を願うということもありえないからである。」

恋愛とか友情とかってものは、一方通行じゃない。少なくとも私らが求めるのは、相手からも同じように好かれたいってことで、これが友情や恋愛のポイントです。片思いしている人も相手に好きになってほしいわけで、「電柱の陰から見つめているだけで十分」っていうのは相手にしてもらえないからそれで我慢しなきゃってだけですよね。

「だが友に対しては、友のための善を願わなければならないと言われているのである。・・・しかし、このような仕方で善を願う人たちは、相手からも同じ願望が生じない場合には、相手にただ「好意を抱いている」と言われるだけである。なぜなら、友愛とは、「応報」が行なわれる場合の「好意」だと考えられているからである」

この「好意」がまあ片思いとかでしょうな。「彼は私の友達です」「あの子は僕の彼女だよ」ってときはやっぱり相手にとって自分が特別なことが含意されてます。

ところで、「劣ったものや悪しきものを愛することはできない。愛されるものには(1)善きもの、(2)快いもの、(3)有用なもの、の三つがある。(1155b)」っていうことです。よく「ダメンズウォーカー」とかっていて「ダメな男」にはまる人がいるようですが、隅から隅じまったくだめな人ってのを好きになることは不可能だとアリストテレス先生は考えるわけです。まあ「だめ夫」っていったってどっかいいところはあるわけですからね。金もなければ仕事もできないけど、セックスはうまいとかちゃんと話聞いてくれるとか笑顔だけはいいとか。愛というのはそういう長所を愛することなわけです。

「快いもの」っていうのは楽しいもの、いっしょにいいていい感じを与えてくれるものですね。美人やイケメンとはいっしょにいるだけで楽しいということはよく聞きます。以前、ある女子大生様が「やっぱりイケメンといっしょの方がご飯食べてておいしいじゃないですか!」と発言するのを聞いて衝撃を受けたことがあります。たしかにそういうことはありそうだ。すごい実感がこもっていて感心しました。これはおそらく、イケメンがご飯をおいしくするわけじゃないけど、イケメンといっしょにいることによってひきおこされる快適な気分がご飯をおいしくしてくれるのですね。

「有用なもの」っていうのは、それ自体が快楽をもたらすものじゃなく、快楽のために役に立つものですね。お金もっているということはイケメンとちがってそれ自体では快楽をもらたらさないとしても、いろんな楽しい活動をするのに役にたつ。お金いいですね。私も欲しいです。

他にも前のエントリであげたプラトン先生の議論に出てきたような有用さっていうのはいろいろあるでしょうな。古代アテネのパイデラスティアでは、年長のオヤジは少年にいろんなものを提供してくれることになっていた。まずもちろんお金。社会的に成功するには教育とか必要なわけですが、そういうののお金のかかりを面倒見たり。服とかも買ってあげたかもしれんですね。それ以上に重要だったと思われるのが、さまざまな知識の伝授ですわね。本の読み方とか演説の仕方も教えてもらってたかもしれない。学生様だったら年上の彼氏からレポート書いてもらったりしたことある人もけっこういるんじゃないですかね。仕事上のアドバイスを受けることもあるだろう。それに人脈。これも古代アテネでは重要だったようで、「有力者の愛人」とかってのはそれなりにステータスで、いろんなところに出入りするチャンスを得たりすることができたんじゃないでしょうか。やっぱり有力な人と親密なおつきあいするのはとても役に立ちます。

説明が最後になった「善きもの」っていうのが一番どう解釈するのかがむずかしくて、まあ美徳(アレテー)をもっている、ってことですわね。アリストテレス的な枠組みでは、たとえば「勇敢」「知的」「正義」みたいな長所が美徳と呼ばれていて、そういう長所のために人を好きになる。私はここでなんで「イケメン」や「話がおもしろい」が長所に入らないのだろうかと考えてしまうのですが、まあそういうんじゃなくて人格的な美徳を考えてるようですなあ。

アリストテレス先生は最後の美徳にもとづいたお互いが美徳を伸ばしあうことを願う似たもの同士の友愛が一番完全な友愛だと言います。たとえば知性という美徳をお互いに認めあった人びとが、お互いの知性が成長することを願いあう関係とかですかね。まあ今例として「知性」とかをつかったのであれに見えますが、たとえば「サッカーの技能」「忍者としての技能」みたいなものにおきかえることができれば、一部の人びとが大好きなボーイズラブの構図そのものですね。「お前、やるな!」「お前こそ俺のライバルたるにふさわしい!ライバルであり終生の友だ!」みたいに読めばどうでしょうか。このときに攻めとか受けとかあるのかよくわかりません。

まあそういうのが最高の友愛ですが、アリストテレス先生は有用性にもとづく関係とかだめな関係だ、とまでは思ってないみたい。多くの関係がおたがいの快楽をもとめる関係だったり、有用性をもとめる関係だったり、あるいは一方は快楽を提供し、一方は有用性を提供する、みたいな関係ってのもあるかもしれない。最後のは前のエントリで触れた典型的パイデラスティアの関係ですわね。年長者は有用さを提供し、年少者は若さと美と快楽を提供する、というそういう関係。先生はどうも人びと自身の優秀さとか階層とかによって相手とどういう関係を結ぶかが違ってくる、みたいなことを言いたいみたいで、快楽や有益さをもとめた関係とかがすごく劣ったもので軽蔑すべきものだ、みたいなことは言おうとはしてない感じです。すぐれた人びとはもっとよい関係を結ぶものだ、程度。

でもそういう関係ははかない。お金や地位を失なってしまえば有用さを提供することはできなくなるし、若さと美なんてのはもうあっというまに色あせるものですからね。どんなイケメン美人でも10年ピークを維持することは難しいでしょうな。まあそういう持続性の点でも「似たもの同士の美徳のための友愛」が一番だそうです。

『ニコマコス倫理学』は朴先生の訳で読みたいです。岩波文庫のは古い。でもさすがに5000円は出しにくいですよね。光文社でなんとかしてもらえないだろうか。

ニコマコス倫理学 (西洋古典叢書)
ニコマコス倫理学 (西洋古典叢書)

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アリストテレス
京都大学学術出版会
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もっとも、実際にアリストテレスとかの専門家筋には岩波も悪くないという評判みたいです。

プラトン先生の『パイドロス』からオヤジらしい口説き方を学ぼう

最近「倍以上男子」という言葉を流行らせようとしている雰囲気があるようですね [1]2017年だと「パパ活」か。 。私はこういうのはなんかバブル時期のことを思いだしてあれなんですが、まあそういうのもあるでしょうなあ。 http://howcollect.jp/article/7240 まあ流行らないと思いますが、こういう記事を書いている人がなにかソースをもっているってことは十分にありそうだとは思います。

しかしまあこういうので言われている女子とか年少者にとって有利な恋愛の形というのは当然昔からあって、あの偉大なるプラトン先生も検討しておられます。プラトン先生は恋愛とセックスの哲学の元祖でもあるのです。おそらくソクラテス先生もね。

プラトン先生が考えている恋愛っていうのは、『饗宴』でもそうですが、男同士、年長の男(30代とか [2]40才ぐらいになったらそろそろ少年愛やめて結婚して子供つくるのが正しいと考えられてたようです。 )と年少(10代)とかの関係ですわね。少年愛。パイデラスティア。どうも当時のアテネの一部の階層ではそういうのが一般的だったんですね。美少年が勢いのある中年に性的な奉仕をして、中年男の方は金銭面とか人脈とか各種の知識や技術を教えたりする関係。まさに倍以上男子です。

プラトンが恋愛について書いたものというと、例の「人間はもともと2人で一つの球体だった、それがゼウスに怒られて二つに分けられちゃった、それ以来人間は自分の半身を求めて恋をするのだ」というアリストファネスの演説が入っている『饗宴』が有名ですが、『パイドロス』も同じくらいおもしろくて重要な本ですわね。その最初に、「君は自分に恋していない人とつきあうべきだ」っていうリュシアスという人の演説が紹介されているのです。話はそこから始まる。

まず、「ぼくに関する事柄については、君は承知しているし、また、このことが実現したならば、それはぼくたちの身のためになることだという、ぼくの考えも君に話した」って感じで話をはじめます。まあ自己紹介みたいなのして、自分がどれくらいお金もってるかとか、どれくらい地位が高いかとか仕事ができるかとかまずは説明するわけですね。んで「このこと」っていうのはまあお付き合いですわ。それは両方のためになるよ、ともちかかけるわけです。

口説きは、「ぼくは君を恋している者ではないが、しかし、ぼくの願いがそのためにしりぞけられるということはあってはならぬとぼくは思う」と意外な展開を見せます。君のことを愛しているわけじゃないけどお付き合いしよう、まあセクロスセクロス。

若い人は、自分を愛している人より愛してない人とつきあうべきなのです。なぜか。リュシアス先生は理路整然と説明します。おたがいそうする理由がたくさんある。

(1) 恋愛というのはアツくなっているときはいいけど、それが冷めると親切にしたことを後悔したり腹たてたりする。恋人がストーカーになっちゃった、とかっていうのは今でもよく聞きますよね。でも恋してない人はそういう欲望によって動かされれてるわけじゃなくて冷静な判断から相手に得なことをするから後悔したりあとでトラブルになったりしない。

(2) 恋しているからおつきあいをする、っていうことだったら、新しい恋人候補があらわれたらさっさとそっちに行ってします。「誰より君を大事にするよ」とかいってたって、他に新しい恋人ができたらそっちの恋人を「誰より大事」にするだろうから、古い恋人はひどいめにあうってこともしょっちゅうだ。実際「恋」とかってのは熱病みたいなもので自分ではコントロールすることができないものなのだから、そんなものに人生かけるのは危険だ。

(3)  おつきあいをする相手を自分に恋している人から選ぼうとすると数が少ない。ふつうの人はそんな何十人も候補があるわけじゃないっすからね。でも冷静におつきあいを望んでいるオヤジは多い。よりどりみどりになる。

(4) 恋している男というのは、有頂天になって自慢話におつきあいのことをペラペラと周りにしゃべるものだが、冷静な愛人はそういうことはちゃんと秘密にしてくれる。

(5) 恋している男は嫉妬ぶかい。今どこにいるだの誰とメールしているかとかいちいち詮索してうざい。

(6) 別れるときも恋している男はいろいろうざい。恋してない奴はさっさと納得して別れてくれる。

(7) 恋している男は、相手がどういう人かを知るまえにセックスしようとするが、恋をしてない理性的な人はちゃんと相手を見てからおつきあいする。

(8) 恋をしている人は相手の機嫌をそこねないようにってことばっかり考えて、本当にタメになることは教えてくれない。それに対して恋してない奴はいろいろ有益なアドバイスをくれる。今の快楽だけでなく、長い目で見たら将来のためにこうするべきだ、みたいなことを教えてくれるだろう。

とかまあ面倒になったからやめるけど、こういう感じ。これは今でもオヤジの口説きに使えそうな部分もあるわけですな。まあいつの時代も人は同じようなことを考えるものです。このリュシアスさんの演説に対して、ソクラテス先生が「おれはもっとうまい話ができるぞ」とか言いつついろいろ検討くわえて「恋愛やおつきあいというものはそういうものではないぞ、もっとええもんなんや」とやっつけていきつつ、その実、実は美少年パイドロス君をナンパしてたらしこんでいく、というのが筋です。そういうのが好きな人は読んでみてください。名作です。

『パイドロス』は岩波文庫のでいいと思います。『饗宴』はいろいろあるけど、光文社の新しいやつ読みやすかった。『パイドロス』訳している藤沢先生は授業受けたことありますが、モテそうな先生でした。

→ プラトン先生の『パイドロス』でのよいエロスと悪いエロス、または見ていたい女の子と彼女にしたい女の子に続く。

パイドロス (岩波文庫)

パイドロス (岩波文庫)

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プラトン
岩波書店
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饗宴 (光文社古典新訳文庫)

饗宴 (光文社古典新訳文庫)

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プラトン
光文社 (2013-09-10)
売り上げランキング: 56,410

アテネとかの同性愛がどういう感じだったかというのは、まあまずはドーヴァー先生の本を読みましょう。まちがってもいきなりフーコー先生の『性の歴史』とか読んじゃだめです。

古代ギリシアの同性愛

古代ギリシアの同性愛

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K.J. ドーヴァー
青土社
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ハルプリン先生のはゲイ・スタディーズとかの成果をふまえたものでもっとドーヴァー先生のより現代的なものだけど、ちょっと難しいし評価もそれほど定まってない。

同性愛の百年間―ギリシア的愛について (りぶらりあ選書)
デイヴィッド・M. ハルプリン
法政大学出版局
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アテネで女性がどういう暮しをしていたかっていうのは、これかな。

古代ギリシアの女たち―アテナイの現実と夢 (中公文庫)
桜井 万里子
中央公論新社 (2010-12-18)
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References

References
1 2017年だと「パパ活」か。
2 40才ぐらいになったらそろそろ少年愛やめて結婚して子供つくるのが正しいと考えられてたようです。

アンソロジーの計画をしてみたり

英米系セックス哲学アンソロジーを組んでみたいと思ったり。まあ私自身がアンソロジー好きなんよね。翻訳して出版したい。

たとえば売買春だとどうなるかな。

  • Jaggar, “Prostitution”
  • Ericsson, “Charges against Prostitution”
  • Pateman “Defending Prostitution”
  • Shrage, “Should Feminists Oppose Prostitution?”
  • Green, “Prostition, Exploitation, and Taboo”
  • Nussbaum, “Whether from Reason or Prejudice?”
  • Primoratz, “What’s Wrong with Prostituion?”
  • Schwarzenbach, “Contractarians and Feminist Debate Prostituion”

うーん、これでは多いね。ここでセンスが問われることになるわけだ。ShrageとPrimoratzとNussbaumでいいかなあ。大物度でいけばPateman入れたい気がする。

まあ
  • 概念的問題
  • 同性愛とか「倒錯」とかクィアとかまわり
  • 結婚、不倫、浮気、カジュアルセックス
  • 売買春
  • ポルノ
  • モノ化、性的使用
って感じになるだろうなあ。3〜4本ぐらいずつと考えるとこれでも20本越えてしまう。同性愛関係は需要からも政治的にも入れないわけにはいかないだろうなあ。あえてポルノは外すかな。

歴史的哲学者たちのセックス論のアンソロジーも出したいんよね。こっちも実は準備はしている。

そういや出版予定の(?)ソーブル先生の翻訳はどうなったんだろう?

セックス哲学アンソロジー The Philosophy of Sexの第6版が出たよ

Alan Sobleが編集していたアンソロジー The Philosophy of Sexの第6版が出てました。

中身がずいぶん変わって、1.(セックス概念の)分析と倒錯、2.クィア問題、3.(性的)モノ化と同意の理論的問題、4.モノ化と同意の具体的問題、という構成になってます。ずいぶん大きな変更です。

The Philosophy of Sex: Comtemporary Readings
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ソーブル先生はあんまりLGBTとか詳しくなくて第5版までの扱いは小さかったのですが、今度のは大々的。Raja Halwani先生がトップ編集者になってます。「今回は、比較的安全なセックスそのものの領域を離れて、ジェンダーの問題につっこんでみた。実は5年前(第5版で)はそうする気にはなれなかったのだが、それは編者のニコラス・パワーとアラン・ソーブルがあんまりクィアの問題扱う気になれなかったからだ。というのも、あんまりアカデミック哲学的にたいしたことないように思えたからだ。でもそれから学界も発展してより論文も出たから、今回はハルワニも加えて充実したよ」みたいなことを序文に書いてます。みんな買って読みましょう。

実はアンソロジーにどういう論文が収録されているかリスト作ろうとしたんだけど挫折。もうばらばらで「これは絶対」みたいなのはまだ存在してない感じ。

https://docs.google.com/spreadsheet/ccc?key=0Al25GTQ1cYTtdFlHNWRtTklaaDFYX3lINmJadm5BYWc

こうして見ると論文の栄枯盛衰みたいなんも感じる。ネーゲル先生強い。

生命倫理のアンソロジーなんかだともっとはっきり「これが大事」みたいなんが決まってる気がするけど、セックス哲学ではそういうのはまだまだ。それに生命倫理なんかだとハンドブックみたいな形でとりあえず定説と基本的批判みたいなんを提示することができるけど、セックス哲学はそういうのもあんまりない。どういう問題を中心的だとみなすか、どう編集するかってのも試行錯誤中。まだ未開拓の領域ですわね。

セックス哲学史:サッポー先生に恋を学ぼう

古代ギリシアの恋愛詩というと女流詩人のサッポー先生が有名です。レスボス島に住んでて女性どうしてあれしていたのでレズビアンの言葉のもとになったとか。名前は聞くわりには作品を読むことめったにないですよね。断片しか残ってないからのようです。 続きを読む

セックスの哲学史: エピクロス先生に我慢を学ぼう

エピクロス先生は古代ギリシアの哲学者で、ソクラテス先生より一、二世代下ですかね。

エピクロス先生
私のヒーローの一人

いっぱんにエピクロス派っていうと「快楽主義」ってことになってて、英語でエピキュリアン(エピクロス派)って言うとおいしいもの食べたりぜいたくな風呂に入ったりそういうのを連想することになってますが、快楽の追求よりは苦痛の回避をまず考えた、ってのが正しい理解ってことになってます。快楽を追求するのは難しいけど、苦痛を避けるのはちょっと工夫するだけで簡単だよ、ってな感じですね。なんか消極的であれなんですが、私は魅力を感じてます。

先生自身は本とか書かなかったわけですが、しゃべったことと手紙の断片みたいなものが残っていて、岩波文庫にはいってますから買いましょう。

飢えないこと、渇かないこと、寒くないこと、これが肉体の要求である。これらを所有したいと望んで所有するに至れば、その人は、幸福にかけては、ゼウスとさえ競いうるであろう。

なんて言葉が残ってます。われわれの関心としては、セックスへの欲望とかってのもなかなか強烈なんだけどそれどうすんのよ、って感じですよね。

いっさいの善の始めであり根であるのは、胃袋の快である。 知的な善も趣味的な善も、これに帰せられる。

これ「胃袋」ってなってるけど、英訳とか見るとbellyだったりして、訳によっては「腹」とか「下腹部」とか訳されることもあるみたい。下腹部といえばあっちの法の快楽も気になりますわねえ。

エピキュリアン、快楽主義てことになればセックス大好きであざといこともするのかと思いきや、エピクロス先生は基本的にはあんまりセックスをおすすめしない。それはセックスそのものが悪いことだからじゃなくて、セックスするために告白したりお金つかったりいろんな面倒なことをしなきゃならないからね。

(おそらく)「セックスしたくてしょうがないんですがどうしたらいいんでしょうか先生」とかたずねられて、上野千鶴子先生は「熟女にお願いしろ」って答えたようですが、エピクロス先生はこう答えています。

肉体の衝動がますます募って性愛の交わりを求めている、と君は語る。ところで、もし君が、法律を破りもせず、良風を乱しもせず、隣人のだれかを悩ましもせず、また、君の肉体を損ねもせず、生活に必要なものを浪費しもしないのならば、欲するがままに、君自身の選択に身を委ねるがよい。だが君は、結局、これらの障害のうちすくなくともどれかひとつに行き当たらないわけにはゆかない。というのは、いまだかつて性愛が誰かの利益になったためしはないからであって、もしそれがだれかの害にならなかったならば、その人は、ただそれだけで満足しなければならない。

立派ですね。上野先生とは格が違います。まあ熟女にお願いしてとりあえずあれしてもらっても、あとでその熟女にしつこくされたり、関係者から「ゴルァ」ってされたり、友だちに笑われたりいろいろいやなことがあるでしょうからね。セックスなんかしないにこしたことはありません。でもんじゃ性欲の苦とかどうすんですかね。まあ一人であれしときゃいいんですかね。「隠れて生きよ」っても言っておられますし。セックスなんかしないでセックスについて哲学していれば穏かに苦痛なく生きることができるわけです。ははは。

犬に見守られながらはずかしいことをする準備をしているディオゲネス先生

そういやエピクロス先生たちの派閥と対立(?)してた派閥に「キュニコス派」(犬儒派)って人々がいたんですが、それの一番有名な「樽のディオゲネス」先生(樽で寝起きしてたから樽のディオゲネス。シノペのディオゲネス。犬みたいな生活したから「犬のディオゲネス」とも呼ばれる)は人前で自分のあれをあれして、「こんなふうにこすっただけでお腹がいっぱいになったらいいのになあ」って言ったとか言わなかったとか。まあこすれば幸福になるんだったらこすればいいですよね。

古代ギリシアの哲学変人たちの言行についてはディオゲネス・ラエルティオス先生の『哲学者列伝』が楽しいので必ず読みましょう。

エピクロス―教説と手紙 (岩波文庫 青 606-1)
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