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森田成也先生のセックスワーク論批判 (4)

まあ、言いたいことはわかるけど根拠がどういうものなのかはっきりしないので飽きてきたので残り簡単に。

  • 合法化されればセックスワーカーへのスティグマが払拭される

「払拭される」みたいなのはどう考えても言いすぎですよね。でも非合法であることはスティグマの理由の一つかもしれない。この部分では「性の人格性」とかそういう私には魅力的なキーワードが出てくるのですが、いま発注している先生の別の論文見てから書きたい。私が以前「セックスと人格」みたいなのについて書いたのはこれ。 「性・人格・自己決定:セックスワークは性的自由の放棄か」 http://hdl.handle.net/11173/445

  • 売買春廃止論はセックスワーカーへの差別だ

売春合法化論者の方こそ、買春被害者の被害に無関心で差別的だ、ということです。でも当事者たちが被害減らすためにそうしたい、って言ってるんじゃないのかなあ。スウェーデンモデルもワーカー当事者からはいろいろ批判が多い。英語読めて興味ある人は → https://www.hri.global/files/2015/03/31/Advocacy_Toolkit.pdf

  • 売買春を禁止しても地下に潜るだけで、セックスワーカーをより危険にするだけだ

これは屁理屈だそうです。まあどういうことがらについても、法的な禁止にはある程度の効果があるだろうから、問題は違法にした方がよい結果になるか、合法にした方がよい結果になるか、ということですわね。さらには違法にしといて実際には運用はうやむやにしておく、みたいな手段もあるかもしれない。これはかなり慎重に議論しないとならない。スエーデンモデルはセックスワーカーが顧客を守るためにいろいろ気をつかう結果になってる、とかそういう話どっかで読んだけど探しなおすのはあとで。

  • 売買春を合法化すれば、人身売買が減少する

とくにドイツやオランダなどの先進ヨーロッパ諸国における売買春の合法化が、ちょうどソ連・東欧における「社会主義」耐性の崩壊後にあいついで実施されたことは、旧ソ連・東欧諸国における経済崩壊によって貧困化した大量の若い女性たちが磁石に引きつけられるように、西ヨーロッパの売春合法化国に(人身売買業者を通じて)吸収されていった。その数は数百万人規模に上る。

ということです。「人身売買」の定義は不明。奴隷みたいに買われていった、というのはちょっと信じにくいですが、まあ本当だとしたらまったく許せないことです。

  • 児童買春はだめだが、成人同士の同意にもとづく売買春なら問題はない

セックスワーク派は 「どうして子どもの売買春がだめなのか、彼らははっきりと語ることができない」 「セックスワーク派は何よりも児童買春の非犯罪化を主張するべきなのである」 だそうです(p.171)。ばからしい。危険な仕事だしまだ十分な判断力がないからじゃないのかと思うんですが、森田先生はなにを見ているのでしょうか。

  • 他の仕事でも危険やリスクはあるので、売買春は特別ではない

他の危険な仕事はさまざまなルールで安全性を確保しようとしているのにセックスワークはそうじゃない、という話で、これはそういう面があるかもしれないですね。でもだからセックスワーク論者は安全を確保するためにいろいろ努力してるんじゃないのかな。

ここでまたメリッサ・ファーリー先生の文献が参照されてますが、wikipedia見たらファーリー先生は理論もデータの扱いもやばいとワイツァー先生以外の人からも指摘されてたのね。研究助手から告発されてたとかやばい。そういう訴えがあったからといって彼女の研究に価値がないことにはならないけど、ちょっとショックでした。

ここでセックスワーカーが殺人の被害者になりやすい話があって、やっぱりセックスワークは(多くは知らない客と)個室でおこなわれるので危険ですわね。いわゆる「店舗型」の方が安全なんじゃないかと思うけど、日本では規制でデリヘルみたいな形が増えてより危険になってる、みたいな話は読んだことがあります。

まあこれくらいで。森田先生の議論は全体に、論敵を紹介しないし、一方的で根拠が不明でほとんど説得力を感じられませんが、先生がおそらくかかわっているAPP研究会ぱっぷすの運動のなかで把握したいろんな悲惨な事実はあるのだと思います。それは尊重したいし、書きにくいこともあるのかもしれません。リスクや安全性の問題はほんとに重要だと思うので、セックスワーク派の人々はがんばってほしいと思います。

「セックスと人格」の話はいずれ。

森田成也先生のセックスワーク論批判 (3)

自発性の問題つづき

まあ自発性とか同意の問題は難しいですね。あんまり難しすぎるから、いろんなことがらについて、とりあえず成人(あるいは18才以上)、正常な判断力をもっていて、ある程度の情報をもっているひとが選択したのであればそれは尊重しましょう、ぐらいになってるんだと思います。セックスワークとかAV出演とかセックスまわりは、セックスという人間の生活でも特別に重視される面にかかわるし、また若い女性がワーカーとして好まれる傾向がありますが、若い人は年配の人より判断力が若干劣るかもしれないので、セックスワークまわりはもっと厳しい自発性の基準で考えるべきだ、みたいな考えかたはあるだろうと思います。

ただ、森田先生は業者(「ピンプ」やスカウトマン)が狙うのはいろんな事情で「自己決定権を行使できない立場にいるか行使する能力に乏しい女性である」と言うんですが、これはうなづける点はあるにしてもちょっと極端な見方でもあると思います。ツイッターとか見ていると風俗嬢の人々がけっこういて、そういう人々がいろんなことを書いていて、いろんな考え方や感覚があるなと思わされますね。かなり搾取されている人もいるだろうと思うけど、全部がそうだとか大半がそうだとかっていうのは言いすぎだろうという印象もあります。

もちろんまともな選択をするにはやっぱり情報が必要で、そういうのでは最近はブログやSNSとかで風俗嬢の人々が大量に発信していて、だいたいどういう場所かっていうのはこれから働く人々にもあるていどわかりやすくなってるんじゃないだろうか。

ところで、森田先生とかおそらく仲間の中里見先生とかは、買春のターゲットになる女性はとにかく若くて、無力なので、困っていて、知的障害をもっていたり性被害で自暴自棄とかになってるひとだ、みたいな事を言うんですが(p.156)、これってどれくらい本当なのかなあ。私の感覚だと、身体的にも精神的にも不健康な人っていうのは、一般には、健康な人に比べるとあんまり性的魅力がないと思うんですよね。つまりあんまり売れないんじゃないかと思う。松沢呉一先生の本とか読むと、いろいろ気をつかわないと風俗嬢は売れないみたいですが、やっぱりそうした気遣いみたいな能力は必要とされる業界だろうと思います。ただセックスさせてればお金もらえる、みたいにはなってないと思う。これは私の想像。

まあ一部にはサディスティックな人や特殊な趣味の人もいるだろうからなんともいえないのですが、ほんとうに世の買春男性というのはそんなにひどい人々なのだろうか、とか思います。ツイッタとか見てるとたしかにやばい人はいるようだけど、ほんとにそんなにたくさんいるんだろうか。

とか考えちゃいますね。まあこういうのはやはり事実の話であって、森田先生の本はそうした事実の話にはほとんどまともな根拠をつけてくれないのでよくわからない。

貧困

売春を禁止するとワーカーが路頭に迷う、とかっていう議論を森田先生は反駁していますが、そもそもそんな主張している人がいるんかな。先生は「セックスワーク派は自発的だって話と貧困で路頭に迷うって話を同時にしていて矛盾している!」っていうんですが、その二つを同時に主張している人がどれだけいるかよくわからない。そもそも「路頭に迷う」とかってなんか大袈裟すぎるんじゃないのかな。

まあスカウトマンやホストとかがいろいろ売上からピンハネするのでワーカーはたいへん、、みたいな話はそういうのもあるかと思うし、風俗業にはわりにあわないところがあるだろうっていうのもわかるんですけどねえ。引用されるのがアメリカとかの話で、アメリカのストリートでドラッグやりながら売春している人々と、日本の(ふつうの?)風俗産業とかどれくらい比較できるものかと思います。

まだ続く。

森田成也先生のセックスワーク論批判 (2)

森田成也先生の『マルクス主義、フェミニズム、セックスワーク論』第4章の「売買春とセックスワーク論」の後半は、いわゆる「セックスワーク論」への反論がいろいろ列挙されていて、少し確認しときたいです。

森田先生によれば論者たちがセックスワーク擁護のためにもちだす理屈は以下のようなものらしいです。実際には誰がそういうことをを主張しているのかは明示されない。

  • セックスワーカーは自発的に売春に従事している
  • セックスワーカーは貧困ゆえに売春に従事しているので、売春が禁止されれば路頭に迷う
  • 合法化されればセックスワーカーへのスティグマが払拭される
  • 売買春廃止論はセックスワーカーへの差別だ
  • 売買春を禁止しても地下に潜るだけで、セックスワーカーをより危険にするだけだ
  • 売買春を合法化すれば、人身売買が減少する
  • 児童買春はだめだが、成人同士の同意にもとづく売買春なら問題はない
  • 他の仕事でも危険やリスクはあるので、売買春は特別ではない

セックスワーカーは自発的か

まあそもそも実は森田先生が「売買春」とか「セックスワーク」とかっていうのをどう定義しているのか私見つけられないのですが、本の前の方に書いてるのかもしれません。いずれ確認します。ここでは一般に、いわゆる「本番」(性器セックス)系のも、「ヌキ」があるもの(オーラルセックスその他の性器サービス)もないもの(いわゆる「おっぱぶ」?)も、そして身体的な接触自体がないもの(ストリップクラブとか)も含めて性風俗産業・セックス産業と呼ばれているもの全体を指してると理解しておきます。

そうしたセックス産業っていうのは、一般には社会的評価も低いし、好きでもないおじさんたちに身体的なサービスしなければならないし、他の業界にくらべて身体的、心理的、性的な暴力のリスクはかなり高いだろうし、また業者によってワーカーワーカーの搾取がおこなわれやすいだろう、ぐらいは多くの人が認めるんじゃないですかね。そういう業界に、(他の条件が同じなら)自由で自発的に参入する人々は、やはりそんなに多くないだろう。

でも、まあごくふつうに考えて、そうした仕事のイヤさやリスクを我慢しても、大きなお金が欲しいから、あるいはお金が必要だから風俗で働く、っていうのが常識的な理解だと思います。

森田先生によれば、セックスワーカーはピンプ(業者)に強制された状態で働いているのであり、(2)「ほとんどの売春従事者は、貧困、低賃金、借金、精神疾患、孤立、子どものころの虐待(とくに性虐待)、機能不全家族、若さ、依存症などのさまざまな個人的ないし社会的な脆弱性のせいで売買春へと引きこまれている」(p.155)ということです。

しかし、これ根拠あるんでしょうか。日本の風俗産業で、業者が女子をそんな強制して働かせてるってことあるんだろうか。それにワーカーの人の人々の一部に弱い立場の人がいるのはそうかもしれないけど、「ほとんどの」っていうほどなんだろうか。根拠はどれくらいあるんでしょうか。

実は森田先生のこの本、日本の風俗の現状に関する書籍とかがほとんど参照されてないんですわ。前のエントリーであげた本の他にも、風俗関係って人々の関心をひくから、ジャーナリスティックなものの他に、マジメな本もけっこう大量にあるんですけど、ほとんどなにも参照されていない。

上の個所で一つだけ根拠にあげられているのは藤田孝典先生のAbema TVでの発言ですね。(これは本書で数少ない日本語資料のひとつ)

藤田氏は「私も18年間、生活困窮者の方の相談活動をやってきていて、実態を知らないというレベルではない。性風俗産業で働いている方たちの発言をかなり詳細に聞いてきている。例えば『本当は働きたくなかった』『大学の学費を払うためにやむを得なかった』とか、家庭で虐待があって風俗店であれば社宅を用意してくれるので仕事をしているという方とか、とにかく事情がなく風俗店で働いている方を探すほうが難しい。そして、その後は労働災害にかなり近いような精神疾患の罹患率。私たちも病院に付き添ったり障害者手帳を一緒に取得する手続きをやるが、元セックスワーカーの方たちの精神疾患の罹患割合が非常に高い。要は、危険な職場なんだという認識を多くの方に持っていただきたい」と話す。

まあ困って風俗で働くひとっていうのはやっぱりいるとは思うんですよ。それもけっこうな割合になるだろうと思う。たとえばちょっと古いですが、要友紀子先生と水島希先生の『風俗嬢意識調査』という126人の非本番系風俗のワーカーに対する調査ではこういうふうになってるようです。(p.18)

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こういう調査は難しいところがあって貴重です。森田先生も少しぐらい参照してくれてもよいのではないかと思うんですが、先生がもちだすのはメリッサ・ファーリー先生。

とくに子どものころに虐待と性虐待を受けた経験は、売買春に入る女性たちにかなり普遍的な要素であり、2003年にメリッサ・ファーリーが9ヶ国で850人以上の非買春女性を対象に行なった調査では、59%の人が保護者からケガするほどの暴力を受けた経験があり、63%が性的虐待を受けた経験があった。

たしかになんか話ですよね。つらい。参照されている論文はこれです。 https://bit.ly/2PsczYu

しかしですね、ファーリー先生は有名な臨床心理学者・反買春フェミニスト運動家なんですが、ここらへんの1990年代末〜2000年代前半の調査は、ロナルド・ワイツァー先生(『セックス・フォー・セール』を編集した犯罪学者)なんかは非常に厳しく批判しているんですわ1, 2。→ https://bit.ly/2PyyJIj

ワイツァー先生によれば、この時代のフェミニスト活動家による売買春調査は理論的にも方法論的にも大きな問題がある。調査に大きなバイアスが入ってるんですね。ファーリー先生たちの調査したサンプルがどういう集団なのかわからず、それはセックスワーカーを代表するものではない。まあ多くは反買春・被害者支援団体に連絡をとってきた人とかなわけですが、彼女たちが非常に困った状態や被害を受けたりしているのは支援団体に連絡をとってきた人なのだから当然といえば当然。

さらには、たとえば精神疾患や虐待を受けた人が多い、っていうのもまあつらい事実なのだろうと思うのですが、同じ社会階層の非ワーカーの人々との比較みたいなものもなされてない。つまり対照群がない。

それにまあストリートで働いてる人(苦しそう)と高級エスコートクラブみたいなところで働いてるひと(それよりはずっとよい環境だろう)の境遇はぜんぜんちがうでしょうしね。そういう区別もはっきりされていない。

同じことは上の藤田先生の発言についても言えますよね。彼は生活に困っている人々の支援をしているので、いろいろ困っている人々が来る。セックスワークは、他の仕事に比べれば、個人的・社会的脆弱性みたいなのをもっているひとも働ける仕事であるというのはあると思います。でも精神疾患とかが重くなるとさすがにセックスワークも難しくなってしまうので、彼のところに相談に行く元ワーカーの人々のなかに精神疾患の人々が多いのはありそうな話ではあると思うのですが、だからといって大量に働いているセックスワーカーの人々の多くが精神的な不調をかかえているとか、あるいはセックスワークによって精神的な疾病をかかえることになるとか、そういうことにはならないと思う。ワイツァー先生が言うように、そういうことを言いたいのであれば、もうすこし科学的というか学術的な調査が必要なところですよね。

さらには、ファーリー先生たちに代表される調査は、「半構造化インタビュー」の形でやられることが多いんだけど、質問のワーディングとか明らかにされてない。まあむずかしい調査なのでしょうがないところもあるんだろうというのは多くの人が認めるわけですが、かといってファーリー先生たちみたいな調査をすぐに一般化するのはたいへん危険なわけです。

まだ続きます。

脚注:

1

このファーリー先生の調査は中里見博先生も2010年ごろに論文で使っていて、そのときにワイツァー先生とかに言及したブログを書いた記憶があったのですが、書いてなかった。ははは。

2

あら、英語版wikipedia見たら、ファーリー先生の研究にはデータの操作とかの疑いがあるみたいですね。知らなかった。

森田成也先生のセックスワーク論批判 (1)

森田成也先生という先生が『マルクス主義、フェミニズム、セックスワーク論』という本を出版して、読んでみたんですが、私が見るところ問題が多いと思います。いくつか問題を指摘しておきたいと思います。

セックスワーク論と呼ばれる立場は、他の仕事と同様に売春も仕事の一種であると、売買春の自由化あるいは非犯罪化をもとめる傾向の主張です。これはOK。

森田先生によれば、この立場に立つ人々が達成したいのは(江口のまとめ)、

  1. 逮捕を恐れて悪徳警官やピンプにしたがう必要がなくなり、ワーカーが安全に仕事できるようになる
  2. 不当な搾取や人身売買の被害や目撃を通報しやすくなる
  3. ワーカーに対する道徳的スティグマが減少し、そのため仕事からの離脱も容易になる

ということだそうです。まあこれもOK。基本的にセックスワーク擁護の人々はワーカーの安全を一番の目標にしていると思います。

これに対して森田先生は、売買春自由化・非処罰化より、「北欧モデル」を推奨するんですね。「北欧モデル」とは、基本的に売春は禁止だが売春婦は非処罰化で保護や支援の対象とし、仲介業者や客(買春者)を処罰する、というものです。日本の法律でも売春する女性は非処罰化で保護更生の対象で、管理者は処罰されるので似ていますが、お客も罰しようっていうのがミソですね。

セックスワーク論の目標であるワーカーの安全などは、北欧モデルでも上記の目標は達成できる、っていうんですね。

実際には、これら(1)〜(3)はすべて北欧モデルでも達成可能である。というのも、北欧モデルでは、直接の売り手である売春女性は非犯罪化され、被害者として保護・支援の対象となるわけだから、(1) 警察に逮捕されず、したがってそのことを恐れて警察の不当な要求に従ったりピンプの支配下に陥ることはない……(p.143)

びっくりしました。北欧モデルは客(買春者)やピンプ(業者)を処罰するのですから、当然のことながら客の数が減ることが期待されるわけです。ワーカーはふつうは お金が欲しいからセックスワークをする わけで、保護されたり支援されるからといって商売を邪魔されるのはいやなはずです。他人から「保護」されたり「支援」されたりすることを嫌い、自分で稼ぎたいと思うひともいるでしょうし、安い時給で働いて貧しく暮らすより、リスクがあっても大きなお金を必要としたり欲しかったりする人もいるはずだ。だからこそ「セックスワークをワークとして認めろ」と主張しているわけですから。たしかに商売が成立しなくなれば、当然逮捕を恐れる必要も悪徳警察官や悪徳ピンプに被害に会うこともなくなるわけですが、それではそもそもなぜワーカーがワークしたいのかというのをなにも考えてないわけです。こんな議論ってあるんだと腰抜かしそうになりました。

(2)の搾取や被害の目撃を通報しやすい、っていうのはいいとして、

(3) 売春は単なる労働とみなされるわけではないが、その中の女性たちは売買春という搾取システムの被害者とみなされるわけだから、スティグマも取り除かれ、そこから離脱することも容易になるだろう。つまり、セックスワーク派たちが自分たちのアプローチの効果だとしていることはすべて、北欧モデルでも達成可能なのだ。(p.143)

「売買春は搾取システム」というのはかなり議論の余地があるところですが、森田先生たちの根本信念なのでここでは問題にしません。しかし、被害者とされるのだからスティグマも取り除かれる、という論法はよくわからない。被害者であっても道徳的なスティグマ(汚点)がつけられるということはよくあることなんじゃないでしょうか。性暴力の被害者とかはまさにそうしたことが問題になりますよね。

「すべて……達成可能」の「すべて」っていうのは被害をなくすことなわけですが、まあセックスワーク関連の商売をすべてなくしてしまえば、たしかに当然関連する被害もなくなるだろう。でも本当にその商売を完全になくすことが可能なのですか、という問題意識が落ちている。

まあとにかくこの本、非常に一方的だし、肝心の「セックスワーク論」を唱えている人の文献がほとんど出てこないんですよね。デラコスタ先生のぐらいのように見える1。最近では日本でも書籍も論文もいろいろ出版されてるんだから、それくらい紹介して批判すりゃいいのにと思います。せめてちょっと前に出たSWASHの本ぐらい参照したらどうだろう。

もちろん、セックスワークといえば聞こえがよくなるかもしれないけど、その現場にはいまだに場合によってはかなり危険や搾取がある、という話は誰でも認めざるをえないと思うのですが、それにしたって当事者や論敵たちの意見をちゃんと聞いてあげないという態度は、運動としてはともかく学問としてはかなり問題があると思う。

少なくともフェミニストの先生たちは、この本をよく読んで検討してみるべきだと思いますね。これでいいのだろうか。

脚注:

1

文献情報は注にまわされてるので全部チェックするのはたいへんなんですが。