浅井春夫先生のセックスワーク論に対する方針の「補正」

『季刊セクシュアリティ』=人間と性教育研究協議会(性教協)は、第47号でのセックスワーク論特集みたいなのに対するAPP研究会とかによる抗議に対応して方針を見直したわけですね。

第47号の特集「商品化される性」では、セックスワーカーの現場を知っていて、その現場でのなるべく危害を少なくしようとする先生たちの論考が掲載されていて、全体としては「セックスワーク論」に好意的な形になっていたのですが、中里見博先生の論考だけがかなり強硬なポルノ批判で、中里見先生や森田成也先生たちAPP研のメンバーが抗議を申し入れた、という事情があったようです。これに応答して編集委員の浅井春夫先生が雑誌の編集方針や態度を「補正する」ということになった模様ですね。

でも私にはこれけっこうショッキングな論考でした。浅井春夫先生は「人間と性」教育研究協議会で、日本の性教育をひっぱってきた大御所です。 https://bit.ly/3mYIa0t

浅井先生は第47号の編集が買売春合法化1を推進する「セックスワーク」論側に寄っていて不適切だったという見解のようです。

まずは浅井先生は日本の買売春の「実態」について、書籍を参照します。ちょっとそのリスト出しときますね。

  • 吉田静雄『これが風俗ビジネスだ!』
  • 落合真司『風俗裏日記』
  • 酒井あゆみ『売春論』
  • 酒井あゆみ『風俗嬢、その後。』
  • 吉岡優一郎『風俗嬢のホンネ』

この5冊かな。2010年前後というのを考えても、ちょっと少ない、もうちょっと広く見てみる必要があるように思います。風俗関係のルポルタージュはそれなりに人気のあるジャンルだと思うので、もうすこし見てみてもよかったんじゃないですかね。特に、日本の「セックスワーク論」にかなり大きな影響を与えたと思われるいくつかの書籍が抜けているのが気になる。要友紀子先生や松沢呉一先生あたりのグループのがごそっと抜けてるのがどうなんでしょうか(それなのに参考文献はAPP研メンバー勢揃い)。いまだとツイッターにたくさんいわゆる「風俗嬢」、セックスワーカーのひとがいるのでその人々のツイートを見るだけでも様子はわかりそうな気がする。

んでまあ浅井先生は森田成也先生、中里見博先生、杉田聡先生らAPP研のメンバーの著作を確認して、セックス産業は女性差別的な産業であり、女性の搾取であるってことに納得して方針を補正したようです。まあそれはそれでよい。ちょっと考えてみたいのは、浅井先生がセックスワークと一般労働の違い、そしてセックスワーカーと「妻」の違いについて整理してみた表です。

こっちがセックスワークと一般労働のちがい。

asai1.png

(丸数字嫌いというか入力できないので、(n)で表現しますが)(1)(2)(3)(4)は問題ないですが、(5)の「時間単位で買春者の奴隷」ってのはどうなんでしょうか。そんなことになってるんですか。

(6)は買売春はたしかに「性的モノ化」であると思うのですが、それが「性的人格権」の侵害だという森田先生たちの言い分は(前のエントリで述べたように)私にはよくわからない。

(7)のところはやっぱり労働状況はちゃんと法律で実質的に規制・指導してほしいですね。

(8)はこういう表に入れられている意味がよくわからず(森田先生の論文で触れられている論点ではありますが)、まあ森田先生のごきげんうかがったのでしょうか。

(9)はいったいどういうことなのか理解できない。なぜセックスワークが「女性の権利の保護規定はない」みたいなことを言われるのかわからない。セックスワークしていると、殺されない殴られない自由を拘束されないその他のいいろんな権利が剥奪された状態になるのだろうか。いや実際にそうなってる現場もあるかもしれないけど、それって不正なことですわね。

(10)は、セックスワークはまさに性行為をサービスとして提供することなわけだけど、それが「「労働力の消費過程」とかっていうむずかしい言葉と対比されているのが気になる。

下のは「妻」との対比。

asai2.png

(1)はよいとして、(2)はなんか道徳くさい。カント主義の匂いがするんですが、でもまあよいとします。

問題は(3)で、これってセックス産業って、途中で契約撤回、あんたはお客としてお断り!お金返すから帰ってください、とかできないんですかね。それはまさに奴隷契約なので我々は反対するべき理由になると思うんですが、ほんとうにそうなってますか?

(4)は簡略なのでよくわからない。セックス産業にしたって最低限のルールはあるはずだと思う。(5)はOK。

(6)がかなり微妙なところで、先生が参照した酒井あゆみ先生の『売春論』とか、先生が読まなかった松沢先生たちのやつとかはそうじゃない、って主張しているように思う。

(7)の右コラムは理想としてはそういうふうになってるけど実際にそうなってますか?

〔追記。この2枚の表、左側のセックスワーカーについては売買春が非合法であり、それよりライトな風俗産業についても偏見などさらされている状況での、 一部のかなり悲惨な状態のワーカーの現状 であるののに、右側は法的な規制が十分に効いた理想的な形での一般労働者や 「妻」の理想的な姿 になってますよね?そんな比較でそれでいいのだろうか?〕

私はこの論説、浅井先生は森田先生たちに責めつけられて、浅井先生たち性教育のためにずっとがんばってきた事実・実態重視、理想よりは現実、建前よりは本音、という方針をあきらめたように見えますね。そりゃ一部にはやっぱりいろいろ不正で悲惨な現場もあるのだろうと思いますが、それがすべてだって読めるように紹介するのは過剰な一般化だし、なんか偏見的だと思う。中高の教師や大学の教員の人々が、現場がどうかっていうのを調査に行くのはいろんな事情からむずかしいけど、もうすこし当事者たちの話を聞いてもいいじゃないか。せめて要友紀子先生とか現場に近い先生たちのをもっと参照しましょう よ。


(追記)浅井春夫先生が「性風俗産業の「自由売春」的装いと業者の工夫については、吉田静雄『これが風俗ビジネスだ!』(集英社、00年)に詳しく描かれている」ってんで読んでみたけど(こういうのはいちいちお金がかかる!)、「大企業から風俗まで100戦100勝の法則を地で行く男の一代記」、御釈迦様や孫子大先生とかが登場するなんかふざけた本で、こんなもの参考文献にはならんだろう。浅井先生何考えてるんだ。

ちなみに、他の本、特に酒井あゆみ先生のは元風俗嬢らしいリアルなもので、参考になります。落合真司先生は音楽ライターとかもしている人で、『裏日記』はボーイとかしていた厳しい生活を送っていたときを描いたリリカルなもの、吉岡優一郎先生もジャーナリストらしい感じのリアルさが感じられますが、この3人のはどれも偏見とかは感じられない。

脚注:

1

「買売春」ってわざわざ買うのと売るのひっくりかえしていてうざいですが、したがいます。

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