森田成也先生のセックスワーク論批判 (2)

森田成也先生の『マルクス主義、フェミニズム、セックスワーク論』第4章の「売買春とセックスワーク論」の後半は、いわゆる「セックスワーク論」への反論がいろいろ列挙されていて、少し確認しときたいです。

森田先生によれば論者たちがセックスワーク擁護のためにもちだす理屈は以下のようなものらしいです。実際には誰がそういうことをを主張しているのかは明示されない。

  • セックスワーカーは自発的に売春に従事している
  • セックスワーカーは貧困ゆえに売春に従事しているので、売春が禁止されれば路頭に迷う
  • 合法化されればセックスワーカーへのスティグマが払拭される
  • 売買春廃止論はセックスワーカーへの差別だ
  • 売買春を禁止しても地下に潜るだけで、セックスワーカーをより危険にするだけだ
  • 売買春を合法化すれば、人身売買が減少する
  • 児童買春はだめだが、成人同士の同意にもとづく売買春なら問題はない
  • 他の仕事でも危険やリスクはあるので、売買春は特別ではない

セックスワーカーは自発的か

まあそもそも実は森田先生が「売買春」とか「セックスワーク」とかっていうのをどう定義しているのか私見つけられないのですが、本の前の方に書いてるのかもしれません。いずれ確認します。ここでは一般に、いわゆる「本番」(性器セックス)系のも、「ヌキ」があるもの(オーラルセックスその他の性器サービス)もないもの(いわゆる「おっぱぶ」?)も、そして身体的な接触自体がないもの(ストリップクラブとか)も含めて性風俗産業・セックス産業と呼ばれているもの全体を指してると理解しておきます。

そうしたセックス産業っていうのは、一般には社会的評価も低いし、好きでもないおじさんたちに身体的なサービスしなければならないし、他の業界にくらべて身体的、心理的、性的な暴力のリスクはかなり高いだろうし、また業者によってワーカーワーカーの搾取がおこなわれやすいだろう、ぐらいは多くの人が認めるんじゃないですかね。そういう業界に、(他の条件が同じなら)自由で自発的に参入する人々は、やはりそんなに多くないだろう。

でも、まあごくふつうに考えて、そうした仕事のイヤさやリスクを我慢しても、大きなお金が欲しいから、あるいはお金が必要だから風俗で働く、っていうのが常識的な理解だと思います。

森田先生によれば、セックスワーカーはピンプ(業者)に強制された状態で働いているのであり、(2)「ほとんどの売春従事者は、貧困、低賃金、借金、精神疾患、孤立、子どものころの虐待(とくに性虐待)、機能不全家族、若さ、依存症などのさまざまな個人的ないし社会的な脆弱性のせいで売買春へと引きこまれている」(p.155)ということです。

しかし、これ根拠あるんでしょうか。日本の風俗産業で、業者が女子をそんな強制して働かせてるってことあるんだろうか。それにワーカーの人の人々の一部に弱い立場の人がいるのはそうかもしれないけど、「ほとんどの」っていうほどなんだろうか。根拠はどれくらいあるんでしょうか。

実は森田先生のこの本、日本の風俗の現状に関する書籍とかがほとんど参照されてないんですわ。前のエントリーであげた本の他にも、風俗関係って人々の関心をひくから、ジャーナリスティックなものの他に、マジメな本もけっこう大量にあるんですけど、ほとんどなにも参照されていない。

上の個所で一つだけ根拠にあげられているのは藤田孝典先生のAbema TVでの発言ですね。(これは本書で数少ない日本語資料のひとつ)

藤田氏は「私も18年間、生活困窮者の方の相談活動をやってきていて、実態を知らないというレベルではない。性風俗産業で働いている方たちの発言をかなり詳細に聞いてきている。例えば『本当は働きたくなかった』『大学の学費を払うためにやむを得なかった』とか、家庭で虐待があって風俗店であれば社宅を用意してくれるので仕事をしているという方とか、とにかく事情がなく風俗店で働いている方を探すほうが難しい。そして、その後は労働災害にかなり近いような精神疾患の罹患率。私たちも病院に付き添ったり障害者手帳を一緒に取得する手続きをやるが、元セックスワーカーの方たちの精神疾患の罹患割合が非常に高い。要は、危険な職場なんだという認識を多くの方に持っていただきたい」と話す。

まあ困って風俗で働くひとっていうのはやっぱりいるとは思うんですよ。それもけっこうな割合になるだろうと思う。たとえばちょっと古いですが、要友紀子先生と水島希先生の『風俗嬢意識調査』という126人の非本番系風俗のワーカーに対する調査ではこういうふうになってるようです。(p.18)

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こういう調査は難しいところがあって貴重です。森田先生も少しぐらい参照してくれてもよいのではないかと思うんですが、先生がもちだすのはメリッサ・ファーリー先生。

とくに子どものころに虐待と性虐待を受けた経験は、売買春に入る女性たちにかなり普遍的な要素であり、2003年にメリッサ・ファーリーが9ヶ国で850人以上の非買春女性を対象に行なった調査では、59%の人が保護者からケガするほどの暴力を受けた経験があり、63%が性的虐待を受けた経験があった。

たしかになんか話ですよね。つらい。参照されている論文はこれです。 https://bit.ly/2PsczYu

しかしですね、ファーリー先生は有名な臨床心理学者・反買春フェミニスト運動家なんですが、ここらへんの1990年代末〜2000年代前半の調査は、ロナルド・ワイツァー先生(『セックス・フォー・セール』を編集した犯罪学者)なんかは非常に厳しく批判しているんですわ1, 2。→ https://bit.ly/2PyyJIj

ワイツァー先生によれば、この時代のフェミニスト活動家による売買春調査は理論的にも方法論的にも大きな問題がある。調査に大きなバイアスが入ってるんですね。ファーリー先生たちの調査したサンプルがどういう集団なのかわからず、それはセックスワーカーを代表するものではない。まあ多くは反買春・被害者支援団体に連絡をとってきた人とかなわけですが、彼女たちが非常に困った状態や被害を受けたりしているのは支援団体に連絡をとってきた人なのだから当然といえば当然。

さらには、たとえば精神疾患や虐待を受けた人が多い、っていうのもまあつらい事実なのだろうと思うのですが、同じ社会階層の非ワーカーの人々との比較みたいなものもなされてない。つまり対照群がない。

それにまあストリートで働いてる人(苦しそう)と高級エスコートクラブみたいなところで働いてるひと(それよりはずっとよい環境だろう)の境遇はぜんぜんちがうでしょうしね。そういう区別もはっきりされていない。

同じことは上の藤田先生の発言についても言えますよね。彼は生活に困っている人々の支援をしているので、いろいろ困っている人々が来る。セックスワークは、他の仕事に比べれば、個人的・社会的脆弱性みたいなのをもっているひとも働ける仕事であるというのはあると思います。でも精神疾患とかが重くなるとさすがにセックスワークも難しくなってしまうので、彼のところに相談に行く元ワーカーの人々のなかに精神疾患の人々が多いのはありそうな話ではあると思うのですが、だからといって大量に働いているセックスワーカーの人々の多くが精神的な不調をかかえているとか、あるいはセックスワークによって精神的な疾病をかかえることになるとか、そういうことにはならないと思う。ワイツァー先生が言うように、そういうことを言いたいのであれば、もうすこし科学的というか学術的な調査が必要なところですよね。

さらには、ファーリー先生たちに代表される調査は、「半構造化インタビュー」の形でやられることが多いんだけど、質問のワーディングとか明らかにされてない。まあむずかしい調査なのでしょうがないところもあるんだろうというのは多くの人が認めるわけですが、かといってファーリー先生たちみたいな調査をすぐに一般化するのはたいへん危険なわけです。

まだ続きます。

脚注:

1

このファーリー先生の調査は中里見博先生も2010年ごろに論文で使っていて、そのときにワイツァー先生とかに言及したブログを書いた記憶があったのですが、書いてなかった。ははは。

2

あら、英語版wikipedia見たら、ファーリー先生の研究にはデータの操作とかの疑いがあるみたいですね。知らなかった。

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