森田成也先生のセックスワーク論批判 (1)

森田成也先生という先生が『マルクス主義、フェミニズム、セックスワーク論』という本を出版して、読んでみたんですが、私が見るところ問題が多いと思います。いくつか問題を指摘しておきたいと思います。

セックスワーク論と呼ばれる立場は、他の仕事と同様に売春も仕事の一種であると、売買春の自由化あるいは非犯罪化をもとめる傾向の主張です。これはOK。

森田先生によれば、この立場に立つ人々が達成したいのは(江口のまとめ)、

  1. 逮捕を恐れて悪徳警官やピンプにしたがう必要がなくなり、ワーカーが安全に仕事できるようになる
  2. 不当な搾取や人身売買の被害や目撃を通報しやすくなる
  3. ワーカーに対する道徳的スティグマが減少し、そのため仕事からの離脱も容易になる

ということだそうです。まあこれもOK。基本的にセックスワーク擁護の人々はワーカーの安全を一番の目標にしていると思います。

これに対して森田先生は、売買春自由化・非処罰化より、「北欧モデル」を推奨するんですね。「北欧モデル」とは、基本的に売春は禁止だが売春婦は非処罰化で保護や支援の対象とし、仲介業者や客(買春者)を処罰する、というものです。日本の法律でも売春する女性は非処罰化で保護更生の対象で、管理者は処罰されるので似ていますが、お客も罰しようっていうのがミソですね。

セックスワーク論の目標であるワーカーの安全などは、北欧モデルでも上記の目標は達成できる、っていうんですね。

実際には、これら(1)〜(3)はすべて北欧モデルでも達成可能である。というのも、北欧モデルでは、直接の売り手である売春女性は非犯罪化され、被害者として保護・支援の対象となるわけだから、(1) 警察に逮捕されず、したがってそのことを恐れて警察の不当な要求に従ったりピンプの支配下に陥ることはない……(p.143)

びっくりしました。北欧モデルは客(買春者)やピンプ(業者)を処罰するのですから、当然のことながら客の数が減ることが期待されるわけです。ワーカーはふつうは お金が欲しいからセックスワークをする わけで、保護されたり支援されるからといって商売を邪魔されるのはいやなはずです。他人から「保護」されたり「支援」されたりすることを嫌い、自分で稼ぎたいと思うひともいるでしょうし、安い時給で働いて貧しく暮らすより、リスクがあっても大きなお金を必要としたり欲しかったりする人もいるはずだ。だからこそ「セックスワークをワークとして認めろ」と主張しているわけですから。たしかに商売が成立しなくなれば、当然逮捕を恐れる必要も悪徳警察官や悪徳ピンプに被害に会うこともなくなるわけですが、それではそもそもなぜワーカーがワークしたいのかというのをなにも考えてないわけです。こんな議論ってあるんだと腰抜かしそうになりました。

(2)の搾取や被害の目撃を通報しやすい、っていうのはいいとして、

(3) 売春は単なる労働とみなされるわけではないが、その中の女性たちは売買春という搾取システムの被害者とみなされるわけだから、スティグマも取り除かれ、そこから離脱することも容易になるだろう。つまり、セックスワーク派たちが自分たちのアプローチの効果だとしていることはすべて、北欧モデルでも達成可能なのだ。(p.143)

「売買春は搾取システム」というのはかなり議論の余地があるところですが、森田先生たちの根本信念なのでここでは問題にしません。しかし、被害者とされるのだからスティグマも取り除かれる、という論法はよくわからない。被害者であっても道徳的なスティグマ(汚点)がつけられるということはよくあることなんじゃないでしょうか。性暴力の被害者とかはまさにそうしたことが問題になりますよね。

「すべて……達成可能」の「すべて」っていうのは被害をなくすことなわけですが、まあセックスワーク関連の商売をすべてなくしてしまえば、たしかに当然関連する被害もなくなるだろう。でも本当にその商売を完全になくすことが可能なのですか、という問題意識が落ちている。

まあとにかくこの本、非常に一方的だし、肝心の「セックスワーク論」を唱えている人の文献がほとんど出てこないんですよね。デラコスタ先生のぐらいのように見える1。最近では日本でも書籍も論文もいろいろ出版されてるんだから、それくらい紹介して批判すりゃいいのにと思います。せめてちょっと前に出たSWASHの本ぐらい参照したらどうだろう。

もちろん、セックスワークといえば聞こえがよくなるかもしれないけど、その現場にはいまだに場合によってはかなり危険や搾取がある、という話は誰でも認めざるをえないと思うのですが、それにしたって当事者や論敵たちの意見をちゃんと聞いてあげないという態度は、運動としてはともかく学問としてはかなり問題があると思う。

少なくともフェミニストの先生たちは、この本をよく読んで検討してみるべきだと思いますね。これでいいのだろうか。

脚注:

1

文献情報は注にまわされてるので全部チェックするのはたいへんなんですが。

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