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いい人・ナンパ師・アリストテレス (4) アリストテレス先生の「高邁な人」はモテそうだ

まあそういうシステマチックな「ナンパ」というのはおそらくあれですわね。ふつうだったら人間の関係っていうのはもっと長い時間かけてゆっくりはじまるわけで、クラスで一番足が早いとか勉強ができるとか、みんなから信頼されているとか、そういうふうにしてどういうひとか知ってからおつきあいしたりセックスしたりするわけですが、高校とか出てしまうともうそういう関係を築くことが難しくなってしまう。自分の価値みたいなのを知ってもらう時間がないんですね。そこで自分に価値がある「かのような」偽装をおこなう。それはちょっとつきあえばすぐにバレてしまうものなので、長くはつきあうことができない。なのであえてその日かぎり、2、3回限りで次にのりかえるってのをくりかえすわけですな。 続きを読む

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いい人、ナンパ師、アリストテレス (3) ナンパ師の世界というのがあるらしい

まともな常識ある人は簡単にはジャークにはなれない。突出した長所のない「いい人」は長期的なおつきあいにはいいかもしれないけど、モテない。それにまあ現代の社会生活は断片化しているというか、誰かといっしょにいることが凄く少なくなってますよね。高校ぐらいまでなら(共学なら)同じクラスでずっといっしょにいたり文化祭とかしたりして同性・異性をとわず、お互いを時間をかけて知ることができたけど、大学になるとサークルにでも入らないかぎり週に何回も顔を会わせることはない。社会人になればなおさら。イケてる男子も女子もすでにステディな関係の人がいて手が出せない、みたいな。んで合コンとかするけど、その場の2時間や3時間では話もはずまずそのままさよなら、みたいな。どんな「中身」のある「いい人」も単なる飲み会2時間でいいところを見せるのは難しい。そんなこんなでふつうの常識的なひとはAFC (よくいる欲求不満のマヌケ)になる。でもある程度しょうがないっすね。 続きを読む

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いい人・ナンパ師・アリストテレス (2) なぜ「いい人」は魅力がないのか

まあ実は経済力のある「いい人」nice guy は結婚相手としては求められてるかもしれないですよね。そりゃ長期的な関係をもつとなればやっぱり性格のいい、自分のことを大事にしてくれる「いい人」に限る、っていう女性は多いように見える。 続きを読む

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いい人、ナンパ師、アリストテレス (1) モテとナンパ

オウィディウス先生からのあれですが、まあナンパとかそいうの縁がなかったし、バーとかは好きだけど、(男女問わず)隣に座った人やよく知らないお店の人と話をしたりするのもすごい苦手であんまり関係ないんですが、ナンパ業界というのはおもしろいなと思ってちょっと本読んでみたことがありました。 続きを読む

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アリストテレス先生とともに「有益なおつきあい」について考えよう

まあ「有益な関係」みたいなのっていうのはどうなんですかね。世代的なものかもしれませんが、私なんかだと、そういう損得感情が入っているのは恋愛ではないのではないか、みたいなことをすぐに考えてしまうわけですが、女子はわりとプラグマチックに男性をスペックで見たり、その金とか学歴とか地位とかで見ることもそんな珍しくない感じで、そういう話を聞いてるととまどってしまうことがあります。

しかしプラトン先生自身が恋愛についてなにをいっているのか、というのはすごくわかりにくいんですわ。基本的にプラトン先生は熱情的な人で、こう理屈通ってないこともがんばっちゃうタイプの人で、私自身は苦手です。好きなのはアリストテレス先生。こっちは大人で落ちついている。

ザ・哲学者

ザ・哲学者

アリストテレス先生の恋愛や友情なんかについての考え方は『ニコマコス倫理学』で展開されてます。すごく有名な議論です。

まず「愛する友なしには、たとえ他の善きものをすべてもっていたとしても、だれも生きてゆきたいとは思わないだろう」(1155a)ってことです。この「友」が同性なのか異性なのかていうのはあんまり意識されてないっぽい。いちおう同性を中心に考えますが、異性との話も含まれていると読んでかまわないはずです。お金もってて仕事できても、友達がいないと生きていく甲斐がないです。ここでいう友達っていうのはたんにいっしょにいるんじゃなくて、もっと深い結びつきをもって、お互いが幸せに生きることを願いあうような、そういう関係。

単に趣味をもってるとか、車が好きだ、とかっていってそれが友達のかわりになるわけではないですね。

「魂のない無生物を愛することについては、通常、友愛という言葉は語られない。なぜなら、無生物には愛し返すということがないからであり、またわれわれが、無生物の善を願うということもありえないからである。」

恋愛とか友情とかってものは、一方通行じゃない。少なくとも私らが求めるのは、相手からも同じように好かれたいってことで、これが友情や恋愛のポイントです。片思いしている人も相手に好きになってほしいわけで、「電柱の陰から見つめているだけで十分」っていうのは相手にしてもらえないからそれで我慢しなきゃってだけですよね。

「だが友に対しては、友のための善を願わなければならないと言われているのである。・・・しかし、このような仕方で善を願う人たちは、相手からも同じ願望が生じない場合には、相手にただ「好意を抱いている」と言われるだけである。なぜなら、友愛とは、「応報」が行なわれる場合の「好意」だと考えられているからである」

この「好意」がまあ片思いとかでしょうな。「彼は私の友達です」「あの子は僕の彼女だよ」ってときはやっぱり相手にとって自分が特別なことが含意されてます。

ところで、「劣ったものや悪しきものを愛することはできない。愛されるものには(1)善きもの、(2)快いもの、(3)有用なもの、の三つがある。(1155b)」っていうことです。よく「ダメンズウォーカー」とかっていて「ダメな男」にはまる人がいるようですが、隅から隅じまったくだめな人ってのを好きになることは不可能だとアリストテレス先生は考えるわけです。まあ「だめ夫」っていったってどっかいいところはあるわけですからね。金もなければ仕事もできないけど、セックスはうまいとかちゃんと話聞いてくれるとか笑顔だけはいいとか。愛というのはそういう長所を愛することなわけです。

「快いもの」っていうのは楽しいもの、いっしょにいいていい感じを与えてくれるものですね。美人やイケメンとはいっしょにいるだけで楽しいということはよく聞きます。以前、ある女子大生様が「やっぱりイケメンといっしょの方がご飯食べてておいしいじゃないですか!」と発言するのを聞いて衝撃を受けたことがあります。たしかにそういうことはありそうだ。すごい実感がこもっていて感心しました。これはおそらく、イケメンがご飯をおいしくするわけじゃないけど、イケメンといっしょにいることによってひきおこされる快適な気分がご飯をおいしくしてくれるのですね。

「有用なもの」っていうのは、それ自体が快楽をもたらすものじゃなく、快楽のために役に立つものですね。お金もっているということはイケメンとちがってそれ自体では快楽をもらたらさないとしても、いろんな楽しい活動をするのに役にたつ。お金いいですね。私も欲しいです。

他にも前のエントリであげたプラトン先生の議論に出てきたような有用さっていうのはいろいろあるでしょうな。古代アテネのパイデラスティアでは、年長のオヤジは少年にいろんなものを提供してくれることになっていた。まずもちろんお金。社会的に成功するには教育とか必要なわけですが、そういうののお金のかかりを面倒見たり。服とかも買ってあげたかもしれんですね。それ以上に重要だったと思われるのが、さまざまな知識の伝授ですわね。本の読み方とか演説の仕方も教えてもらってたかもしれない。学生様だったら年上の彼氏からレポート書いてもらったりしたことある人もけっこういるんじゃないですかね。仕事上のアドバイスを受けることもあるだろう。それに人脈。これも古代アテネでは重要だったようで、「有力者の愛人」とかってのはそれなりにステータスで、いろんなところに出入りするチャンスを得たりすることができたんじゃないでしょうか。やっぱり有力な人と親密なおつきあいするのはとても役に立ちます。

説明が最後になった「善きもの」っていうのが一番どう解釈するのかがむずかしくて、まあ美徳(アレテー)をもっている、ってことですわね。アリストテレス的な枠組みでは、たとえば「勇敢」「知的」「正義」みたいな長所が美徳と呼ばれていて、そういう長所のために人を好きになる。私はここでなんで「イケメン」や「話がおもしろい」が長所に入らないのだろうかと考えてしまうのですが、まあそういうんじゃなくて人格的な美徳を考えてるようですなあ。

アリストテレス先生は最後の美徳にもとづいたお互いが美徳を伸ばしあうことを願う似たもの同士の友愛が一番完全な友愛だと言います。たとえば知性という美徳をお互いに認めあった人びとが、お互いの知性が成長することを願いあう関係とかですかね。まあ今例として「知性」とかをつかったのであれに見えますが、たとえば「サッカーの技能」「忍者としての技能」みたいなものにおきかえることができれば、一部の人びとが大好きなボーイズラブの構図そのものですね。「お前、やるな!」「お前こそ俺のライバルたるにふさわしい!ライバルであり終生の友だ!」みたいに読めばどうでしょうか。このときに攻めとか受けとかあるのかよくわかりません。

まあそういうのが最高の友愛ですが、アリストテレス先生は有用性にもとづく関係とかだめな関係だ、とまでは思ってないみたい。多くの関係がおたがいの快楽をもとめる関係だったり、有用性をもとめる関係だったり、あるいは一方は快楽を提供し、一方は有用性を提供する、みたいな関係ってのもあるかもしれない。最後のは前のエントリで触れた典型的パイデラスティアの関係ですわね。年長者は有用さを提供し、年少者は若さと美と快楽を提供する、というそういう関係。先生はどうも人びと自身の優秀さとか階層とかによって相手とどういう関係を結ぶかが違ってくる、みたいなことを言いたいみたいで、快楽や有益さをもとめた関係とかがすごく劣ったもので軽蔑すべきものだ、みたいなことは言おうとはしてない感じです。すぐれた人びとはもっとよい関係を結ぶものだ、程度。

でもそういう関係ははかない。お金や地位を失なってしまえば有用さを提供することはできなくなるし、若さと美なんてのはもうあっというまに色あせるものですからね。どんなイケメン美人でも10年ピークを維持することは難しいでしょうな。まあそういう持続性の点でも「似たもの同士の美徳のための友愛」が一番だそうです。

『ニコマコス倫理学』は朴先生の訳で読みたいです。岩波文庫のは古い。でもさすがに5000円は出しにくいですよね。光文社でなんとかしてもらえないだろうか。

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もっとも、実際にアリストテレスとかの専門家筋には岩波も悪くないという評判みたいです。

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