非常勤問題と正義

私は で不用意に「大学こそは昔から「不平等」という意味での不正義のスクツです」とか書いちゃったら、http://d.hatena.ne.jp/satoshi_kodama/20080806#1218005891
で正義ってなんだって(暗に)つっこまれてしまったわけだが、ちょっと考えてみないとな。

非常勤の待遇が「正義に反してる」っていう感覚はどっから来てるのか
ってことだわね。
たしかに労働基準法に反しているわけでも、第三者によるひどい賃金ピンハネがあるわけでも、
格差そのものが不正だといっているわけでもない。好きなこと好きにする金を出せと
言っているわけでもない。んじゃ何か?私が「正義に反するなあ」とか書きたくなった
ときに私の頭にあったものはなにか。

児玉先生があげているなかでは、搾取とか、だめ中年が女子大でうはうはいってるのに
優秀な若者が職につけない不公正とかがポイントな気がするんだが、まあ
誰かが「正義」とかもちだすときはもうちょっと別のことを主張しようとしてる
可能性があるんじゃないかと思っている。

私が「正義」について議論されているのを見聞きするときに一番強く感じるのは、
「正義」ってのはたんなるルールの問題ではないかもしれんってことだわなあ。
ある種の倫理学者や政治学者は、適正な手続きにもとづいていれば
それが「正義」だってことを簡単に認めすぎる。「正義」について語るとき、
「正義のルール」ではなく「正義という感情」について語っているのかもしれない。

またミル先生出しちゃうけど(もう本当になんとかの一つおぼえなんだけど、使いやすいんだわな)。

To recapitulate: the idea of justice supposes two things; a rule of conduct, and a
sentiment which sanctions the rule. The first must be supposed common to all mankind, and
intended for their good. The other (the sentiment) is a desire that punishment may be
suffered by those who infringe the rule. There is involved, in addition, the conception of
some definite person who suffers by the infringement; whose rights (to use the expression
appropriated to the case) are violated by it. And the sentiment of justice appears to me
to be, the animal desire to repel or retaliate a hurt or damage to oneself, or to those
with whom one sympathises, widened so as to include all persons, by the human capacity of
enlarged sympathy, and the human conception of intelligent self-interest. From the latter
elements, the feeling derives its morality; from the former, its peculiar impressiveness,
and energy of self-assertion.

要約すると次のようになる。
正義の観念は二つのものを前提している。行動のルールと、そのルールを是認する心情である。前
者は人類全部に共通で、人類の善をめざすものであると想定されていなければならない。後者はその
ルールを侵そうとするものは罰を与えられてもかまわないという欲求である。さらに、(正義の観念
には)その侵害によって苦しんでいる特定の人の観念—そのひとの権利が侵害された—も含まれて
いる。そして正義の心情とは、自分または自分が共感をいだいている人びとに対してなされた危害や
損害に対して反撃し仕返ししようという動物的な欲求が、人類の拡張された共感能力と、知的な自己
利益の観念によって、すべての人を含むほど拡大されたものであると、私には思える。
正義の感情は、後者の要素[共感や利己心]から、その道徳性をひきだしており、また
前者の要素[復讐心]からその特有の強烈さと自己肯定のエネルギーを得ているのである。 ミル『功利主義論』第5章*1

「正義に反してるぞ」とか「正義を実現しろ」とか言うときってのは、 なんかその背後には強い憤りのような感情がある*2
さらにその憤りは、誰かの権利が侵害されているとか、誰かが傷つけられているとかって
認識がある。それが共感とかによって拡張されているのが正義の感覚と。

んで、ちょっと前の記事で大学の非常勤の扱いは正義に反していると
私が書いてしまったときには、どうも常勤職の待遇と比べてあまりにも不平等だってことだけじゃなくて
なんか専業非常勤って仕事自体が人を傷つけるところがあると感じてたみたい。
はてブ見てたら
http://d.hatena.ne.jp/sarutora/20060429/p1
がそこらへん重要なところに触れているように思う。

まああんまり自分でもはっきり意識してなかったけど、猿虎先生のようなことは
いろいろ感じていて、それが一昨日のエントリ

の細かい改善箇所なんかに反映しているように思う。たとえば猿虎の人は
「同僚がいない」って孤独感を述べてるけど、これほんとに深刻なんよね。居場所がない。 常にアウェーでホームがない*3。大学行っても
いる場所がないし、講師控え室とかお互いにストレンジャーどうしの透明人間の部屋。
大学関係者が一番孤独を感じる場所は大学非常勤控室だ。
いまはまあどこの大学行こうが平気だけど、むかしはずいぶんつらい思いをした記憶がある。
(あ、行ってたの名誉のために書いておくと、どこもまともでちゃんと配慮してもらってるところばっかりだったけど、それでもけっこうつらかった)
専業非常勤講師ってのは他にもほんのちょっとしたことに傷つく弱い存在なんだわな。 専業非常勤とかやってるとなにかが蝕まれていく感覚がある*4

まあ私の場合は出身研究室の組織がしっかりしていたし、出入り自由にさせてもらったり人びとと顔合わせる機会を作ってもら
ってたんでなんとか生きていけたけど、研究室組織が弱いところ、ばらばらのところ、そこと
うまくやってけないひとなんかは生きていくのもしんどいだろう。読書会や研究会も重要だわね。
でも学生さんと年はなれちゃうと顔も出しにくくなるだろうし、勉強するまとまった時間がとれないとそういうところにも顔出しにくくなって出られなくなっていって死にそうになる。

あれ、なんかまとまらなくなってきたな。えーと。

つまりね、「正義に反する」とかってときに言われているのは
単に行動や分配のルールだけじゃないかもしれないわけだ。むしろ
傷つきやすさやそれに対する配慮にもとづいたもんかもしれんし、 そしてそれが欠けていることに対する怒りだったりする*5
「正義」がたんなるルールや分配の手続的な公正さに関するものだと思いこんでしまうのは非常に危険に
見える。そこらへんで先月やってた「ケアの~」「耳をかたむけて~」とかやりたい人びとが考えていることには
共感しないでもないわな、とか。そういうこと考えた。なんか頭の調子悪くていつもにもまして
まとまりがわるすぎるけどまあメモ。

*1:中公の訳はこの部分かなりあやしいので訳しなおした。

*2:もしかしたら「処罰感情」は強すぎるかもしれない。

*3:いまどこいっても平気なのはホームがあるから。

*4:同じことは他のいろんな仕事についても言えると思う。日雇いバイトはつらい。私の場合、自分で物理的・社会的環境を変えていくことができないときに特にとてもつらい。

*5:「正義」なんて曖昧な言葉を使わず、そこらへんちゃんと書くべきだったかもしれん。

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コメント

  1. Libra より:

     はじめまして。Libra ともうします。

     わたしは、最近になって、「正義って何なの?」とゆーことについてまじめに考えはじめたのです。そんで、「正義」について論じているブログをいろいろと探索してて、ここにたどりつきました。

     ミルの正義論はたいへん参考になりました。さっそく、コピペして、フォルダに保存させてもらいました。

     先日、「正義って何なの?」とゆーことについての今のところのわたしの結論を以下のような記事にまとめてみたのですが、ミルのいってる正義とゆーのは、わたしが「絶対的正義」と考えている「基底的価値(特にこの場合は、生命?)に対する〔正当な理由のない〕攻撃に対しての防御」ということに近いのかなとちょっと思いました。なーんて書いちゃうと、やはりおこがましいですかね。

      特殊正義論・再論
      http://fallibilism.blog69.fc2.com/blog-entry-24.html

      絶対的正義と相対的正義
      http://fallibilism.blog69.fc2.com/blog-entry-23.html

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