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ショーペンハウアー先生に本当のミソジニーを学ぼう

大学の公開講座で、「生涯学習」としていろんな年代層の人にお前らが勉強していることをわかりやすくしゃべって、教養や楽しみにしてもらえ、という業務があり、私も参加しています。んじゃまあ哲学・思想や人生なんかについて考えてもらいたいなあ、みたいなので学生様相手にやってる「愛と性」の年長者バージョンみたいな感じで。去年はやはりオリジナル哲学者たちへの敬意から、プラトンとアリストテレス。エロースやらフィリアやら。今年は近代がいいだろうってんで、18〜19世紀でルソー、ヒューム、ウルストンクラフト、カント、ショーペンハウアー、J. S. ミルみたいな感じ。キェルケゴールも予告してたんだけど時間の都合で結局できなかった。無念です。

予告には、「本年度は、18世紀から19世紀の有名哲学者を中心にとりあげる予定です。彼らの以外な一面を知ることができるでしょう」とか書いたけど、実際の受講生の方々には、「男性中心の哲学者たちがどんだけろくでもない話をしていたのかを紹介します、哲学者のろくでもなさを味わってください」みたいな感じで始めました。

私が考えているろくでもない哲学者ナンバーワンはやはりショーペンハウアー先生で、先生はこのブログでももとりあげる価値がありますね。ろくでもなさがすばらしすぎる。

ショーペンハウアーがろくでなし哲学者ナンバーワンなのは、もちろん有名な「女について」の著者だから。主著はもちろん30歳すぎぐらいで書いた『意志と表象としての世界』ですが、よく読まれているのは60すぎで出版した『余録と補遺』に収められているエッセイみたいなやつらですわね。文庫本なんかでは編集されて切り出されている。「女について」もそういう形で有名ですね。

とにかくこの「女について」は女性にたいする無根拠の悪口を書きまくっていてろくでなさ最高なので、ちょっと紹介します。私が書いてるんじゃないですからね。全部ショーペンハウアー先生です。それでもたくさん紹介するとやばいので、ほんの一部だけ。

「女がいなければ、われわれの生涯は、その始めには助けを欠き、その中期にはよろこびを、その終わりには慰めを欠くことになろう」(362節)

これはルソー先生が「男性の気にいり、役に立ち、男性から愛され、尊敬され、男性が幼ないときは育て、大きくなれば世話をやき、助言をあたえ、なぐさめ、生活を楽しく快いものにしてやる、こういうことがあらゆる時代における女性の義務であり、女性に子供のころから教えなければならないことだ」って言ったのとまったく同じ発想ですね。バブバブー。グヘヘ。そして最後は「わかってくれるのはお前だけだ」。ほんとにそんなひとたちがいれば男子としては言うことないですなあ。ははは。

しかし、ショーペン先生は若い女が好きです。

娘ざかりの女にたいして自然がたくらむことは、芝居用語で言う、きわめつきの見せ場である。つまりその少女の残りの一生涯がどうなろうとかまわず、自然はそのほんのわずかな年月のあいだに限って、彼女らに美と魅力と豊満をふんだんに与えるのだ。それというのも、この数年間に、男の空想力を完全にとらえようという算段だからだ。男はそのため夢中になって、なんらかの形で、その女の面倒を一生まともに引き受けようとする。

若い女は美しい!なぜならそれは生物としてその美によってオスを引き寄せて出産と養育の面倒をみさせるためだ!現代の進化心理学までつながる発想です。ショーペン先生はカント的な「自然」と「目的」を使ってますが、現代の進化的な発想なら「目的じゃなくて、そういう形質(美とか豊満とかでオスを引き寄せ世話させる)をもった個体が子孫を残したので、結果としてそういうのが遺伝的に生き残ってる、とかになるのだと思います。でも生物学者とかでも面倒だから、「オスを引き寄せ世話させるために美しくなってるのです」みたいな省略形の説明したりしますね。バラシュ先生たちの本を参照

……こうして自然は、他の被造物のすべてにたいするのとまったく同様に、女にも、その生存を確保するために必要な武器と道具を付与するわけだが、その与えられる期間は、自然がいつも使う節約のやりくちに従って、必要な期間に限られるのだ。

ダーウィン以前の考え方では、こういう「自然の節約の原理」みたいなのを想定しなければならなかったわけですね。そしてそれは「自然というのは倹約家だから」とか勝手にそういう想定を置いていた。進化的な発想からすると、「美によって生殖と子育てがうまくいけば、生殖と子育て移行はそれは関係ないので」みたいになる。ほんとうにそうなのかというのはもっと研究しないとわかりませんね。でもたとえばバラシュ先生たちは、女性のおっぱいが若い時は上の方にパツンパツンで、齢をとると下がってくるのは、上むいたおっぱいが若さの印になるのだ、みたいな話はする。おっぱいの位置を上げるのは相当コストかかるんでしょうな。

そういうわけで若い娘たちは、家事や事務的な仕事などは、内心どうでもいい片手間のこと、それどころかただの戯れと考えている。彼女たちがただひとつ真剣な仕事とみなしているのは、恋愛や男心を征服すること、およびそれに関連すること、たとえば化粧やダンスといったことどもだ。

なんてことを言うんですか!許しません!弊社の学生様はそうではありません!

それにしても男性哲学者のダンス好きっていうのはおもしろくて、ヒエロニムス先生が苦行して死にそうになってもダンスするアイドルグループを夢に見て怒ったり、ルソーが女子にはピアノとダンスを習わせてほしいとか、ホントに好きなんですね。現代社会でアイドルがあんなに人気がある理由がわかる。男子はみんな哲学者だからですね!

女が腹の中で考えていることはこうだ。金を稼ぐのは男の仕事、それを使い果たすのは自分たちのつとめで、できれば夫の生きている間に使い切るのがよく、少なくともその死後にはこれを浪費するのが自分たちの役目だ。

ショーペン先生はアイドルみたいに歌うまくてダンスがうまくて明るい女子が好きなのですが、金づかいが荒いのがいやなんですね。ケチ!なんでそうなったんですか、っていうとまあ個人史的な理由があるんかもしれないですね。

ショーペンハウアー先生のパパはお金持ちの商人名家だったんですが、先生がティーンエイジャーの頃に逝去なさり、その遺産を派手な才女のママと妹が食いつぶして破産したとかそういう話。明るくて派手なママは、いつも陰気でうじうじしているアルトゥール君が嫌いで会いたくもない、みたいに言われてたとか。かわいそすぎる。

そんな悪くないけど根暗そう

悪い人じゃないかもしれないけど、三つ子の魂百まで

 

左がママのヨハンナ、右がやっぱり才女の妹のアデーレ

妹さんはおとなになるとこういう感じ。才女な感じですな。

かっこいいと思う

若い時はさまざまな商売をされている女性とけっこうおつきあいして(おそらくお金の関係)、10歳以上上の女優・歌手のKaroline Jagemann (1777生)さんに片思いするけどふられる。

30すぎてから、やっぱり歌手のCaroline Medon (1802生、14歳下)さんと(なんとか?)おつきあいしたけど、カロリーネさんのおつきあいした動機に疑いをもって結婚しなかったとか。お金目当てだと思ったんでしょうか。老年になってからやっぱりお金むしられたようです。

40すぎてから15歳ぐらいのFlora Weißさんに惚れ上げた?このひとは肖像画とかみつからないなあ。まあ先生が派手なタイプの女性好きなのははっきりしてますよね。老年になってから隣近所のやっぱりカロリーネっていうお姉さんと暴力沙汰になって賠償金を年金で払ったりもしてますな。まさに女難の男。『うる星やつら』の錯乱坊(チェリー)やさくらさんに人相見てもらえばよかったのに。定めじゃ。まあ女性が好きなんだか嫌いなんだかわからない、頭のなかが女性しかない、あるいはせいぜい、哲学、女、唄、それが女嫌いである、ってことがわかります(ファイヤアーベント先生がそうだと言っているわけではないです)。

諸星はこの美人霊能者のさくらさんと関係をもったために、彼女にとりついていた物の怪すべてを引き受けるさらなる女難を味わう……

そういう個人的な経験から「女とは」とかやってはいかんですな。次のエントリも読んでください。 → ミル先生にお願いしてショーペンハウアー先生に説教してもらおう

まだお金払いたくないけどもう少し読んでみたいって人は、ここらへんに誰かが写経した痕跡がのこってましたので買うかどうか考えてください(私ではないですが、読むと写経してみたくなる感じはわかる)。ショーペンハウアー先生は名文家だし、ものすごく明快な哲学者で、誰でも読めばすぐに言ってることがわかる。わかりすぎるぐらい。こういうの読むと、ごちゃごちゃ難しげな書き方したほうがよいときもあるのかもしれんな、みたいな。ははは。

 

 

これは(とりあえず)関係ないです。