エピステモロジーその後

不勉強なので、

ではじめて知った「エピステモロジー」。
ぱらっとめくった『哲学の歴史〈第11巻〉論理・数学・言語 20世紀2』で最初に出てきたページで金森修先生が解説してくれていたので買って帰る。

この章では、フーコーが「知、合理性、概念の哲学」と呼んだ流れに
列挙していた人たちのなかからカヴァイエスを除いた残りの三人、つまり
バシュラール、コイレ、カンギレムを取り上げて、彼らの業績の
概要を確認することを目指す。「概念の哲学」の唱道者たちの伝統は、
ごく簡単に「エピステモロジー」(epistémologie)、
または「フランス科学認識論」と呼ばれる。(エピステモロジーとは、
ギリシア語で科学的で正確な認識を表すエピステーメーと、
論理や学問のことを指すロゴスとを合体させた造語である)。
エピステモロジーは日本では導入や咀嚼が依然として遅れているが、
繰り返すなら、フランスで独自の展開を遂げたエピステモロジーへの
周到な目配りなくしては、二〇世紀のフランス思想史を十全に理解することは
とうてい不可能なのだ。 (pp. 533-4)

ということらしい。

んでまあ、これを呼んで、「ぎゃ!エピステモロジーって最初からフランス
語だったのか!」とかあわててしまったのだが、手元の仏和を見ると「英語か
ら」と書いてある。それに「エピステモロジー」なるものがフランスでそんなに
盛んで、それくらいはっきりと一部の伝統を指すのかと思いこんでしまったのだが、
おフランスWikipedia http://fr.wikipedia.org/wiki/Epistemologie
見てみるとそういうわけでもなさそうだ。

Le terme d'origine anglaise est attesté la première fois en 1856, et
apparaît en 1906 dans un dictionnaire français comme “critique des
sciences”; c'est-à-dire en tant que discipline de remise en
question de la connaissance et des méthodologies scientifiques.

フランス語は読めないが、

このイギリス起源の言葉は、1856年にはじめて現れており、
1906年に「科学(学問)の批判」としてフランス語辞書に現れている。
つまり、認識や科学(学問)の方法についての問題を整理する
学問分野である。

ぐらいか。

ちなみに英語のepistemologyはスコットランドの哲学者J. F. フェリア が
1854年に作ったとか。カントのあと、19世紀はじめぐらいかという漠然とした
印象はあったが知らなかった。2年後にフランスまで伝わったわけか。まあありそう。

まあ正確どうかかはよくわからん。あとでOED見てみよう。

その下の「エピステモロジ」の三つの受容以下は正確に訳せるかどうか自信がな
いのでやめとくが、フランス語でエピステモロジといえば20世紀前半のそこら
へん(バシュラールや
らコイレやらカンギレムやら)を指すというわけではなさそうな気がするが、ぶっちゃけ、どうなんだろ
うなあ。だれか教えてください。
詳しく読むことはできないけど、
フランスwikipediaでも「中立性には気をつかってるけどまだ途中」のようなこ
とが書いてあるような気がするから、この言葉をどう使うかは議論の的なのか
もな。どうなんだろう。国内では金森先生が「エピステモロジーとは」と言いはじめたんじゃないかという気がするので調査してみるべきかもしれないが、私にそんな力はないので誰かやってください。

それにしてもこのシリーズ、内容は立派で野心的だとは思うのだが組版が読みにく
いよ。欄外使うのなら一回り大きい判型にしてほしかった。傍注も縦組だとう
るさいんだよな。横書きでよかったような気がするし、
縦書きでも『中公世界の名著』の形なら大丈夫なのに。まあ全体に装丁とか
紙とかフランスな感じを出したかったのかな。表紙にもHistoire de la
philosophieって書いてるし。奥付の装丁等の説明がデザイナーのこだわりを反
映しているのか。沢部均・山田信也。pTeX使っているような気がする。
まあ中公はずーっと応援している。がんばれー。

ひさしぶりにgoogleから「エピステモロジー フランス」でサーフィンしてみる。
んー、金森先生と独立のやつはあんまりないようだな。
http://logicomathematique.blog52.fc2.com/blog-date-200610.html
がまさにフランス留学中のようでモロにエピステモロジーしているようだ。参考にな
るが、この記述だけではまあいわゆる「認識論」(われわれはいかにして真理や実
在や外的事物や他者の心の存在を知るかとか)ではなく、「(自然)科学論・科学哲学・科学基礎論・科学史」一般を指しているってだけで、
特定の見方や立場をとる伝統を指しているわけではないようにも思える。フランスではふつうの(日本語や英語の)認識論はなんていうんだろう。謎は深まる。


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