セックス経済論 (2) ごく当然のあらまし

ロイ・バウマイスターとキャスリーン・ヴォース先生のセックス経済説、前のエントリにも書いたように非常に単純な理論です。

女のセックスには価値がある(男にはない)

基本的な前提は、広い意味でのセックスは女性がもって価値ある資源で、男性が欲しがるものである。したがって女性は、十分なインセンティブないかぎりそれを男性に渡そうとはしない。男性は女性にセックスを与えてもらうために各種の資源を女性に渡す。たとえば、コミットメント(関係継続の意思)、愛情、配慮、時間、敬意、そして経済的資源(端的にはお金)とかですね。

我々は社会でいろんな交易・交換をしていて、スーパーでお金払って野菜を買ったりするわけですが、そうしたものとしてセックスを見る。こうした交易で、一方が有利な立場になることがあるわけですが、そういうときは値段を変えることで調整する。新鮮な野菜はみんなが欲しがるので値段があがり、新鮮じゃなくなった野菜とかはあんまり買いたがる人がいないので値段が下がる。

男女の性的な関係においては、男性の方がはるかにセックスを欲しがるので女性が優位な立場になり、女性はセックスのひきかえに男性にさまざまなものを要求できる。まあプレゼントとか素敵なディナーとかは男性の方がたくさん貢がないとならない。私は不公平だと思いますが、当然だと思うひともいるでしょうね。

ここで、男性の方がセックスしたがっている、という話に疑問をもつ人がいるかもしれませんが、まあ常識的にはそうですよね。これについては前にもエントリー書きました。→「性欲が強いってどういうことだろう?

歴史上、だいたいどういう文化でもそういうことになっているのはまあ常識。欲求の強さがあまりにアンバランスなので、女性の体とセックスにはたいへん価値があり、男性のそれらにはほとんど価値がない。たとえば女性の処女性にはとても高い価値があり、女性はそれを理想的な局面で男性に与えようとするけど、男性の童貞とかっていうのはほとんどまったく価値がないどころか、ふつうは一定の年齢に到達すると恥ずべき状態である、みたいなことになちゃってる。

性暴力やDVの問題もまったくのところこの図式にあてはまります。性犯罪者は暴力で高い価値のある女性のセックスを奪おうとするのだし、暴力的な男性につかまってしまった女性は頻繁にセックスするのですが、これは暴力的なパートナーから危害を与えられるのを防ぐためにセックスを差し出している。

多くの文化で、妻の浮気・婚外セックスは離婚の理由と認められるし、不倫は男性よりはるかに厳しく非難され罰される。これは女性の貞操が結婚し男性の扶養されることの対価になっていると考えられているわけです。現代ではごく古い考え方なわけですが、芸能人の不倫なんかのテレビ番組やネット論説を見れば、いまだにそうしたことが常識というか人々の信念になっているわですよね。

あと心理学の実験でも、女性のセクシーな薄着の写真見たりすると男性はなんにでもお金払いやすくなる、みたいなのがあて、これはおかしい。こういうふうに、歴史的にも実験的にも、女性の体とセックスには価値があると思われていて、男性はそれに対価を払う用意があるっていうのはいろいろ証拠がある。(まあ常識でもある)

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