宇崎ちゃん問題 (9) 「意味づける」を意味づけることに疲れました

もう疲れてきたので途中でおわってしまいたいのですが、まあはじめてしまったものはしょうがない。「意味づけ」です。小宮先生のこの言葉の典型的な使いかたはこんな感じ。もちろんこれまで同様「意味づける」ということがどういうことかはほとんど説明がなく、手掛かりもありません。

「表象の中で女性がどのように意味づけられているのか」
「女性ヌード画を成立させているのは、女性(の身体)に対して特定の文化的・社会的記号を用いて「意味づけをする」制作行為なのである。」
「「表象を作る」ことが「女性に対する意味づけ」と関わっている」
「「鑑賞の対象としての女性(の身体)」という意味づけ」
「女性に対する抑圧的な意味づけ」
「女性のみを一方的に性的客体として意味づける」
「「女性」というカテゴリーを性的客体として意味づける」
「相手の身体や経験に勝手にエロティックな意味づけをする」

「意味」も曖昧だけど「意味「づけ」」てなんでしょうね。英語にするとどうなるんかな、とか思いましたがあんまり思いうかばない。「attribute A(性質) to B(対象)」かなあ。「意味」を「つける」って日本語の語感だと、レッテルみたいな「意味」を対象(ここではおもに女性)にくっつける感じなわけですが、私が宇崎ちゃんという実在の女性が魅力的だと考え、その意味で宇崎ちゃんに「魅力的」っていうレッテルをペタっと貼ったとしても、そのレッテルは私にしか見えないし、私が関心を失なったり、死んじゃえば剥がれちゃいますよね。なんてメタファーでお話をすすめたりして。ははは。

でもまあとにかくこの「意味づける」は「〜と考える」で十分なんじゃないっすか。「意味づける」っていう難しい表現をつかってなにを得するんだろうか。

私が宇崎ちゃんを魅力的だと考えてそう意味づけしたからといって、私には権威も権限も超能力もないので、他の人が宇崎ちゃんを魅力的だと考えるようになるとは思えない。でもまあ有力な作家が、宇崎ちゃんというこんどは創作キャラクターをつくりだし、性的に魅力的な格好やポーズをさせたら、「宇崎ちゃんに性的に魅力的な意味づけをした」、ということになるかもしれない。これはさっきの単なる私がある人物を魅力的だと考えるのとはちがいますね。こっちの方がおそらく小宮先生の本意に近い。

しかし、これは宇崎ちゃんに性的に魅力的だという意味づけをしたのであり、まだ「女性」に意味づけしたわけではない。なぜ宇崎ちゃんを性的に魅力的に描き性的に魅力的だという意味づけをすることが、「女性」に意味づけすることになるのだろうか。

答は、宇崎ちゃんが(仮定により)女性だから。宇崎ちゃんは女性だから、宇崎ちゃんに意味づけすることは、女性に意味づけるすることになる。

しかし、これは宇崎ちゃん「という」特定の女性(あるいは女性キャラクター)に意味づけしただけで、女性全部に意味づけしたわけではない。女性一部に意味づけしたとは言えるが、女性一人(宇崎ちゃん)だけだ。

そこで、解釈としては、クリエイターが魅力的な女性を描くことは、女性の一部/多く/全部に魅力的というレッテルを張るということだ、ってことになるけど、これはダウトだ。いくら魅力的な女性を描いても、さほど魅力的でない女性はいるだろう。

したがって、もうひとつの解釈、「クリエイターが一人の魅力的な女性を描くことは、女性はみな魅力的であるべきだという主張をすることだ」っていうのになる。これが「意味づけする」ってのの小宮先生の言いたいことだろうと思う。しかしこれはかなりあやしい主張ですよね。私は簡単には認めないです。

 


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