北田先生から怒られてしまった (2) 「準拠問題」ってなんですか

これ、たずねられたり怒られたりしていることじゃないから書く必要ないのかもしれないけど、そもそもこの北田先生の論文で何回も使われてる「サイレンシング」とか「トーンポリシング」とか、いったいどういう概念で、ある人の発言や行動がサイレンシングだったりトーンポリシングだったりする基準はなんですか。それにそれは常に不正なことや悪いことなんですか。そういう説明なしに瀬地山先生は小説家や性暴力の訴え(?)をサイレンシングしている!それはバトラー様の準拠問題のもとでわかる!とかっての、ほんきですか。

そもそも、バトラー様の準拠問題ってなんですか。たとえば論文だか著書だからしらないけど、「アセンブリ」まわりの話で、「そこに人間が集るだけでたむろするだけで行為になる」みたいな話があるみたいだけど、そらそうでしょう。別に難しい言語行為論もパフォーマティブもいらんのんちゃうかと思う。必要ですか?

もともとのジェンダーのパフォーマティヴィティとかだって、われわれは社会で男らしいとされている服装したり、そうしたふるまいをすると、男らしいと思われる、ってなぐらいの話でしょ?そこで使われる慣習みたいなのを尊重することもできるし、ちょっとひねりくわえたりするとおもしろかったりする。こんなわかりやすい話のどこに、ラカンだのアルチュセールだの必要なんですか。関係ないじゃないっすか。

私が思うに、傷つきやすさは大事だとか、人権が大事だとか、連帯がだいじだとか、そういうバトラー様が言ってるかもしれないことはそらみんな最初からわかってるわけですわ。問題は、卵が壁に次々にぶつかって割れていくようなとき(そして、壁の向こうがわではその衝撃でやっぱり卵が割れてしまってるとき)に、私らどうしたらいいかってことでしょ? 卵が壁にぶつかって無駄に割れるの気の毒だから、壁に少しヒビでも入れといた方がいい?卵が動けないようにもっと監視した方がいい?それに対してバトラー様やそのフォロワーの先生たちはどうしたらいいか具体的な方策や考え方本当にしめしてくれてますか?

ていうか、そんなシビアな話までいかなくても、北田先生はバトラー様が『触発する言葉』でポルノグラフィーと中傷的発言や差別発言を社会的にどうしたらいいと主張していると考えてますか? 暴力的なポルノもそのまんま制作・流通させてOKなの?中傷的発言そのまま流通させてていいの?それともなんか法的規制をしてもかまわないって言ってると思いますか?どういう規範的判断しているの?そしてその規範的正当化どうしるの?それ紹介できますか? 私あの本何回読んでできませんよ。ふつうできないと思う。


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