専業非常勤講師の人にはやさしくしよう

とか見て、あんまり一般には知られてないかもしれないので書いとくか。

大学で授業をしている人びとは二種類に分けられます。常勤職をもっているひとと、そうでないひと。学生さんにとっては、授業している教員が非常勤であろうが常勤であろうがあんまり関係ない(特に講義形式の場合)わけですが、その生活や待遇にはとんでもない差があります。

基本的に大学に職をもっているひとは、同年齢のサラリーマンの平均とかよりかなり上の給料をもらっているわけですが、職をもっていない非常勤の先生はとんでもなく貧乏です。上のページを見りゃわかると思いますが、10年前のある専業非常勤の人の生活の一部を紹介してみましょう。

この人は1997年2月ごろの日記にこう書いています。

1997/02/01
支払       源泉徴収額
某学習塾 1677500     53100
某大学    234400     16408
某大学    228600     16002
某大学    290400     20328
某大学     83200      5824
計       2514100    111662
うーむ。他にも源泉徴収されないような収入も
あったわけだが、
それにしても少なすぎる。もうちょっとあると思っていたが。
去年は塾を減らしたのが痛かったな。
しかし、税も健康保険も払っていないから、何も控除するものがない。
いくらか返ってくるか?へたすると追加徴税されるか?

おそらくのころ、この人は確定申告のための書類をそろえていたのででしょう。この方はおそらく31~2才だと推測されるのですが、年収税込251万円。どういう生活をしていたのでしょうか?実際この記述にあるように、地方税や年金や健康保険をほうっておいたのでたいへんなことになります。(ガス止められるのは日常、電気止められたこともあったらしい。役所から電話を差しおさえられそうになったこともあるようです。)

当時の資料からははっきりしたことは言えないのですが、次の年に授業コマ数についての記述があります。(このひとは前年ぐらいに学習塾関係で仕事するのをやめて大学教師一本で食っていこうと無謀な計画を立てました)

1998年1月某日。

××の某××校は、来年は後輩にやってもらうことにした。
しんどかったなあ。問題は、某××大が来年どうなるかよくわかっていないことだな。
カリキュラムを再編しているらしく、何コマ働けるのかまだ確定していない。
実際困っている。

1998年度前期時間割
1 2 3 4 5
A大 (60) A大 (60) B大 (300)
C大 (50)
D大(120) D大 (80) E大 (300+)
F? (100) G大 (100)
A大 (60) A大 (60) E大 (70) E大(200)

括弧内は推定の単位登録人数をこのブログを書いている人間が補足しました。
勤務先は関西一円に広がっているようです。移動だけでもたいへんだったでしょう。
別の資料によれば、たとえば月曜日のA大まで、自宅から2時間、そこからB大まで1時間30分ほどかかっているようです。
帰宅にまた2時間かかります。

この時期この人は13コマ担当していますが、当時大学の非常勤講師の給料は、私立大学の場合一月約25000円程度だったはずです。(今もたいして変わってないでしょう。)国公立の場合は完全時給制です。したがって、こんだけ授業して一月にもらえるのは325千円ぐらいで、国公立の授業がないときはもっと減る。後期はもっと少ないと推測されます。年収350万そこら、学生さんにはけっこう多く見えるかもしれないけど、ボーナスとかないし、健康保険とか年金とか自前だからこりゃもうたいへんなもんです。暗黒の時代とはいえ、同時期に金融行ってた友人とかは3倍近くもらってたかもしれません。

非常勤専業の人の問題のもうひとつは、研究費・図書費がまったくないことなのね。大学の先生ってのは勉強するのが仕事の一部なわけだし、授業するためにもいろんな資料が必要なわけです。どこかの大学に職をもらっている場合はそこの予算を使うことができるわけですが、非常勤のひとはそういうのを一銭ももってない。だから自分のお金で本買ったりコピーとったりするわけだ。どういう授業してても最低月3、4万円分ぐらいは必要だろうし、この人はもっと買ってたようです。収入の半分は本にしてたんじゃないかな。

現在も状況はほとんど変わってないでしょう。

というわけで、非常勤のひとはほんとうにたいへんです。この人も半期で1000人以上の学生さんを相手にしていて、誰が誰やらさっぱり わからない状況だったはずです。時々調子悪い授業になっても許してあげてください。*1

それに比べたら大学に職もらっている人はとてつもなく優遇されてるし、たいして仕事もしてないので (ふつうの私立大学の授業負担は週6、7コマでしょう*2)、どんどん要求してかまわんです。

まあこの人がそういう状態におちいったのは無能とか自業自得ってところがある*3。もっとまともな人はこんなところでは働かない。だから優秀な人は大学じゃなくて別のところにいることの方が多い。でも、もっとまともな先生たちもいまでもまだまだもっといろいろ苦しんでいます。http://www.hijokin.org/

http://www.hijokin.org/~tokai/
も見てみてください。大学で働いている人びとの一部はいわゆる「負け組」であり、大学こそは昔から「不平等」という意味での不正義のスクツです。そんなところで働いている人びとが労働とか平等とかそういう問題についてごちゃごちゃ言ってることは、私にはすぐには信じられないですね。(もちろんよいことを言っているひとはたくさんいますが、注意してください。)

でもどんな大学でも授業コマの半分ぐらいは非常勤の人に頼らざるをえない。まあとにかく、こういう状態だと精神状態もかなりやばくなります。もしレポートとかコピペとかされると、「いったい大金もらってる常勤はなに指導してんだ!」とか「学生死ね死ね」とかそういうのをブログに書いちゃったりする。実際には専業非常勤の人が学生の単位ぼろぼろ落としたりするといろいろ問題になるのでやりにくい。非常にやばいのが現在の大学。上の人は1997年の時点で日記に次のように書いてます。

1997/4/18

(略)

たとえば某大学の学生の授業料を90万と仮定すると、
15コマ出席することにして1コマあたり年間60000円。30回授業があると
想定すると授業1コマ1回2000円。むう。私は1割ももらえていないのだな。

やっぱり非常勤ってはワリにあわないんだなということを実感してしまった。
やっぱり職をさがさねば。(いままで実感がなかったし、
自分の身分についてまじめに考えたこと
なかったんだよね)

以上の事実からの暫定的洞察

  • 日本の大学教育・経営をささえているのは非常勤講師である。
  • どの大学にも所属しない「プロの非常勤講師」は数多く存在していると思うが、
    無理である。非常勤講師は、どこか他の大学で研究費を
    もらっている人間が行なうべきである。非常勤だけでやろうとすると
    書籍費だけで足が出る。
  • たいていの大学では授業料に見合うような授業は行っていない。
    (実際、行なえない)
    むしろ履歴書に書く「看板料」とみなすべきである。

まあ気づくのが遅すぎるよね。それにこの人はほんとに頭悪い。
大学の授業料は授業だけのためにあるのではありません。でも
まあ、学生さんは自分が1コマあたりいくら払っているか考えて、それに
みあう教育を受けているかどうか考えてみるべきだとは思います。

追記 8/6

  • はてブにもあるように、上のひとはかなり幸運な方。いまはこんな非常勤集められない。一人でこんな
    集めてたら不正。
  • 上みたいなことが可能だったのは、まわりに非常勤コマもらうのに競合する人が少なかった幸運な時期だったからだと思う。(先輩がバタバタ就職決まってコマがだぶついてたのもある?)
  • いまは大学院重点化とかわけわからん政策によってOD爆発的に増えてるはず。
  • 非常勤が一個もないと奨学金の返還とかでたいへんなことになるからたいへん。
  • とくに非常勤最初の一個を手に入れるのがかなり苦しそうだ。
  • 自宅から片道5時間かけて非常勤行ってた人とか知ってる。時給は同じ、なのかな。
  • 非常勤はほぼ完全にコネやツテの世界(最近は公募するところも出てきた)。まあ
    先生や先輩などの上の人にお世話になる世界ってことだ。面倒見てくれた人には
    足向けて寝られない。
  • いっぽうで、そういうのはいろいろ弊害もあるわな。
  • ふつうは予備校・学習塾で糊口を凌ぐわけだが、このひとはそれはまずいと思ったみたい。
    受験産業もかなりおもしろい仕事なんだけど、おもしろすぎると感じたみたい。そっちが本業になってしまい
    そうなのに不安を感じて「非常勤一本」とかにしようとしたみたい。
  • いまはおそらく予備校産業もとんでもなく厳しいわね。90年代はまだマシだった。
  • でも上ぐらい授業担当しちゃうと自分の勉強する時間もうとれないわね。ばか。
  • でもおそらくどの大学でも、たいたい非常勤の人の方がいろいろ熱心だと思う。安いからこそ
    自発的にいっしょうけんめいやっちゃうんだよね。そういう人びとによって大学は支えられてる。
  • 最近は学振様の枠がひろがったみたいで事情はちょっと違うのかな。
  • まあ上の人は当時自分の人生とかについてちゃんと考えてなかったから、滅びてもしょうがないくらいだと思う。*4
  • 私自身は、社会で売れないものを作ったり、みんな関心のないことを研究して平気でいる、ってのはなんかおかしい感じはする。もちろん好きなことやっていいんだけど、それとまともな経済生活が一致することを要求するのはやっぱりおかしいだろう。さすがに自分にその資格があるとは思えない*5
  • 非常勤の人は大人数教室もたされることも少なくない。上の人は支配欲や権力指向がかなり強いので、大人数教室で私語怒鳴ったりするのはそんな苦手じゃなかったみたいだけど、そういうのが苦手な人はまったく耐えられない職場だと思う。
  • 塾や予備校で学力下から上までまんべんなく教育経験したのもとても幸運だった。
    中の下より下教えるのも嫌いじゃない。っていうかわりと好き。
  • とにかく金がないやつは大学での研究生活とか目指しちゃだめ。そこそこ勉強が好きだとかできるぐらいじゃぜんぜんだめ。おそらくよっぽど能力あってもだめ。これは昔からそうだと思う。
  • だいたい、常勤にせよ非常勤にせよ、人文系の人間が自分の好きなことを授業するのはかなり難しいかもしれない。
    上の人の場合、自分で勉強したいことと大学で教えたいことがほぼ完全に一致してたからすごく幸運。なにやるかも自分で決めることができて幸せ。そうじゃないともうなにやってるかわからんようになったと思う。

*1:ブックマークもらってから気づきましたが、これは誤解をまねく表現だったかもしれません。非常勤の人の授業がぐだぐだということではないです。この10年前のひとの授業がグダグダだったのはごめんなさいね、ということで。

*2:もちろん大学教員の仕事は授業だけではないです。それは1/3ぐらい。

*3:いま幸せになってるといいなあ

*4:ほんとに人に迷惑かけずに幸せになってるといいなあ。

*5:ここに嫉妬や不公平感の問題がからんで来るような気がする。そのうち考えたい。

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コメント

  1. いなかもの より:

    通りすがりの者です。私も専業非常勤講師です。もう歳は50を超しました。この記事はずいぶん昔に書かれていますが、非常勤講師をめぐる状況は今でもほとんど変わっていません。私も家族を持ち、子供も三人もいます。一人は独立しました。何とか食べてきました。常勤ポストを目指そうと、自分でいうのも何ですが、結構頑張りました。専門は人文系ですが、国外の有名な査読雑誌に英語で数多く論文を掲載しました。もちろん国内の学会誌にも何度も論文が掲載されました。科研費を応募するための研究者番号が無く、しかたがないので、民間の研究助成金に応募し、三度採択されました。海外の国際会議から招聘されて講演することもできました。そして、海外のある大学の客員教授として数年勤めることができました。「あの人は非常勤だから・・・」という風評に負けたくありません。非常勤という「どうしようもない身分」でも研究しようと思えば、できないことありません。仕事と時間配分の戦いが続きます。ただ日本国内の大学への教員公募応募の可能性は非常に厳しいものがあります。学閥やら、年齢構成やら、日本の大学の人事は面倒くさいもんです。公募でどこかの常勤職にある転職組と張り合うのはやはり不利です。希望をもってこれからも頑張ります。こんな専業非常勤もいることを知ってもらうのもいいかなと思い、書き込みました。自慢話ですみませんでした。先生も、ご研究と教育に今後も邁進されましょうお祈り申し上げます。

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