『恋愛制度、束縛の2500年史』で恋愛の歴史を学ぼう (2) プラトン『饗宴』まわり

全体的にゆっくり考えたいところはいくつかあるんだけど、しばらく目についたとこだけ順にコメントしていきます。

  • 最初、古代ギリシアからはじまっているのはよいと思うんだけど、その前に国内標準的なジェンダー論・クィア論のお説教ついているのがなんだかイヤん。鈴木先生がこの本でやりたいことの一つは、「我々が標準的な恋愛のあるべき姿と思っているのは、単なる歴史的に構築されたものであって、なにもその根拠はない」みたいな形の主張なんじゃないかと思う。ただし、鈴木先生は直接にはこういう表現はしてない。まあいろいろ言いたいことはあるけど飛ばす。
  • 古代ギリシアの恋愛観として大々的に紹介されるのがプラトン先生なんだけど、これ大丈夫なんかと思います。そりゃ我々にとってプラトン先生はとても大事な先生なんだけど、当時の人々にとってのプラトン先生っていうのはやっぱりかなり特殊な人で、彼が言ってることをみんなまにうけたわけではないと思う。プラトン先生の恋愛論を古代ギリシアの恋愛論、みたいに書かれるとリンダ困ってしまう。
  • でもとりあえずアリストファネス先生の人間球体論は基本。こういうの載ってるやつで学生様が読みやすいやつが欲しかったのでとてもえらい。しかし、その前にやっぱり『饗宴』がどういう枠組みの話か、っていう話はいちおうしてほしいものだと思います。アリストファネス先生の話はおもしろいし、『饗宴』といえばこの話、ってくらい重要なわけだけど、いちおう『饗宴』は6人だか7人だかの話が対話を含めて有機的に発展していくところがおもしろいわけだし。まあそこまで求めるのは求めすぎか。
  • 「古代ギリシアでは一時期、もっとも価値があり「正常」であったのは男性同士の愛でした」(p.45)とかそういうのはおそらく書きすぎだと思う。ドーヴァー先生あたりもそういうことは言ってないと思う。単にアテネを中心とした古代ギリシア社会では、一時期そういう慣行があった、ぐらいじゃないんかね。まあプラトン先生なんかはガチで同性愛好きだったと思うけど。
  • プラトンと同時期の快楽主義者アリスティッポス先生なんかは女性っていうか美人ヘタイラの方が好きだったみたいな感じだし。一般に同性愛の方が偉いとかそっちの方が楽しいとかっていうのは、やっぱり一部の人々の話ちゃうかな。ドーヴァー先生もう一回読んでみないとならんですね。でもとにかく、男同士の愛の方が正常で高級だ、っていうのはプラトン先生のまわりではそうだったかもしれないけど、一般にそうだったろうとはそんな簡単には言えないと思う。
  • むしろ指摘しておくべきなのは、当時の(男女の)結婚というのはふつうは親が経済的・政治的な配慮の上でとりきめるものであって、当人たちの恋愛感情なんてのはあんまり重視されていなかった、ってことだろうと思う。ふつうの家の女性に惚れても、それと結婚できるとは限らない、というかまあだいたい男性は、嫁入り前の中上流階級の女性とは会うことができなかったから我々が考える恋愛とかはできなかった、ということだと思う。ヘタイラ(高級娼婦)のお姉さんたちとの恋愛というのはあったかもしれないけど、まあヘタイラさんはいろいろあれで、そうした恋愛が私たちの思う恋愛(どんな?)とはちょっとちがったものであったかもしれない。奴隷もってる男性市民は女性家内奴隷とかともセックスしてたかもしれません(っていうかしてたと思う)が、それもなんか恋愛っていうのとはちょっとちがうかもしれませんね。
  • まあこういうのは専門家にまかせないとならんですが、なんにしても当時の男性にとっては(今考えるような意味で)「女性を口説く」ということはあんまりなかったわけです。「女性を口説く」ということの前提には「女性に決定権がある」ということが必要で、そうでなければお金で買ってきたり、戦争で捕まえてきてしまえばよいわけです。つまり、恋愛というのは苦労せずセックスできるのならさほど問題にならない、のかもしれない。
  • 一方、プラトン『饗宴』などで問題になっている「パイデラステア」(この語は出してほしかった)での男性カップルは、お金で買ってきたり戦争でつかまえてきたりする関係ではない。おつきあいするにはイケメンの方がいいだろうし、頭もいい方がいいだろうから、特定の若者はおじさんからモテるし、若者の方もなるべく自分の成長と出世の役に立つおじさんとつきあいたいだろう。その関係は支配従属関係ではなく、お互いの自発的な好意にもとづいたものである必要があるので、互いにいろいろ誘惑したり口説いたりする余地があるわけです。
  • 長くなったので途中で切ります。
  • 私が書いたプラトン先生まわりのは下。

↓Amazon Primeで0円で読める。

↓必読図書。

↓おすすめ。

『恋愛制度、束縛の2500年史』で恋愛の歴史を学ぼう (1) まえおき

福岡大学の鈴木隆美先生が『恋愛制度、束縛の2500年史』っていう新書を出して注目してます。ある程度アカデミックな恋愛の歴史、恋愛観の歴史みたいなのはみんな興味あるのに読みやすいやつがないから、新書レベルの本が出るのはとてもいいですね。少しずつ読んでいきたいと思います。っていうか、実はゼミで3回ぐらいで部分ごとに読んでいこうとしている。

一読してみて、一番疑問なのは、「ヨーロッパの愛と日本の愛では、何がどう違うのでしょうか」(p.14)っていう問いがそもそもまともな問いなのかってことですわね。そもそもヨーロッパの愛と日本の愛は違うのですか。その根拠はなんですか。鈴木先生はヨーロッパと日本の恋愛についてどのていどのことを知っているのだろう。私どっちもぜんぜん知らないので、とても気になります。

鈴木先生は、この本をフランスのおばあちゃんが孫に対して言う「ジュテーム」ってのから話をはじめてるんだけど、それ恋愛における「ジュテーム」と同じなのかどうかもよくわからない。まあヨーロッパと日本の愛はちがうよ、って言ってるときは性的な恋愛のことを言ってるんだと思うんだけど、おフランスの恋愛と日本の恋愛はそんなに違うもんでしょうか。そらおフランスの文学で描かれる恋愛と、日本の文学で描かれる恋愛はちがうでしょうけど。でも作品なんで星の数ほどあるし、生身の人間もそれよりずっと多いし、ヨーロッパと日本の恋愛は違う、っていうとき、何が言われてるんだろう。

この、文学や思想作品で扱われている恋愛と、生身の人々の生活での恋愛ってのごっちゃにする人がいて私とても気になるんですが、鈴木先生はそうした罠にはまってないといいなと思います。

ツイッタやこのブログでも何回か指摘しているように、日本の文学研究〜社会学のあたりでは「恋愛輸入説」ってのがあって、我々が考えてる恋愛というものは、明治期に文学者たちによって西洋から輸入されたっことになってるみたいです。私これよくわからないんですが。そんなはずはないと思う。私が尊敬する文学研究者の小谷野敦先生なんかははっきりそういうのはおかしな理屈だって指摘してますね。『日本恋愛思想史』とか読んでみてください。私も基本的には小谷野先生に賛成。恋愛輸入説賛成派で、さらに、その輸入は不完全で奇妙なものであって、そのまんま日本では恋愛が「ガラパゴス化」しているとかそういう議論をしたいらしい。私こういう文化論みたいなのはほんとによくわからないんだけど、まあそういう議論ができるのかどうか、考えながら読んでいきたいです。

あ、タイトルにある「恋愛制度」と「束縛」は、恋愛というのは文化的な制度であって、歴史をもつということと、それは人間が勝手に作りだした制度であるので、そういうのに捕われているのは束縛である、ってなことだと思います。「制度」っていうのがどういうことかとか、その制度に捕われるというのはどういうことか、っていうのも、読んでいけばいずれ説明してくれるんじゃないかと思います。

あらかじめ、下の本読んでおくとよいです。小谷野先生のセレクションは悪くない。

ポップ音楽の何を聞く (3) マドンナのサウンドボックス

先のエントリのサウンドボックスというか音場・音像の話、ついうっかりツェッペリンしてしまってあまりにも古い。もうすこし新しくして、マドンナ先生のファーストアルバム(古い!)でもちょっとだけ確認してみたい。

「サウンドボックスに注意しろ」っていうのは、音楽的な意味がどのていどあるかは別にして、楽曲に集中してじっくり聞く(集中聴取)にはよい訓練だと思うのです。通勤通学にヘッドホンして音楽聞いてる人は多いだろうし、そういうときにじっくりどこにどんな楽器が鳴ってるか意識してみるのはたのしいと思う。

サウンドボックスを書くとこうなります。

  • ドラムは生ではなくドラムマシンですね。時代だ。
  • 中央からちょっと右にずらしたところにエレピ(おそらくフェンダーローズ)がいて、これが G–A–A–Bm っていうハーモニーを鳴らして曲の音楽的構造を決めている。
  • 右と左に1本ずつ、コンプかました薄い音のギターがいる。この音色もこの時代。左のギターはときどきいなくなる。
  • 上にストリングス系のシンセがいる。あとちょっと左にピヨピヨしたシンセが間の手(オブリガート)入れる。
  • ベースも当時流行のシンセベース(おそらく手弾き)が中心なんだけど、実はこれおそらくエレキベースも同じことを弾いていて(!)、ちょっとずれたり、ときどきエレキベースだけのフレーズがフィルイン入れてるのがわかる。これかっこいいのよねえ。ソソラッ、ララッシ!とかソソッラ、#ファ#ファソ!ってやってるだけなんだけど、最高。
  • 最後の方、ピアノが入ってくる。

こういうの注意して聞くとたのしいです。んで、ここでぜひ注目してほしいのは、左に聞こえる(私は左「上」に聞こえる)カウベルで、これは打ち込みではなく手で叩いていて、この曲の微妙なノリを決定している。「カッカ、カカツッカ、カカッ、カ」昨日この曲の情報探してたら、これはマドンナ先生自身のカウベルだとか! このカウベルは重要だと思うんだけど、サウンドボックスに注意して聞かないと気づかないのです。

あとベースをわざわざダブルにするのは、この時期のシンセベースがちょっと弱かったのもあるのかもしれないけど、ウェザーリポートのジョーザヴィヌル先生がティーンタウンっていうベース大活躍の曲でやっぱり裏でキーボードでダブルしていて、「こういうのが音楽ってものだ」とか言ってて、サウンド的・音楽的な事情があるんだろう。

このアルバムからはもう1、2曲サウンドボックスを紹介したい。

このマドンナのファーストアルバムはほんとうに名盤だと思っているのですが、それに収録されているBorderlineという曲についてはちょっと疑問があるんね。

アルバムに収録されているのはこのバージョン。


これ、右上のハイハット的なリズムマシンがものすごくうるさいんですわ。それに全体のノリともちょっとずれてると思う。まあこの時期、こうした機械的なリズムがウケてたってのはあるんだけど。

他はすばらしいですね。ベースラインがものすごく印象的で、これもHoliday同様にシンセベース中心だけど陰で従来のエレベも鳴ってると思う。私にはベースコンチェルトの上でマドンナ先生が歌ってるように聞こえます。まあそのベースだけで聞かせる曲。

ところがこのBorderlineはもう一つバージョンがあって、それがこれ。

イントロのエレピに、グロッケンシュピール(鉄琴)が重ねてあったり、シンセが前に出てたりするのも違うんですが、実はドラムがそっくり入れかえられてると思う。断言はできないけど、これすごく自然なノリだし生ドラムじゃないのかなあ。生ドラム使って録音したものをリズムマシンに入れかえるということはないと思うので、もとのリズムマシンを生ドラムに入れかえたのか、それともそもそも録音テープがぜんぜん違う2本があってすべて違うのか。マドンナの歌の違いがあるとしたらわかればいいんですが、私の耳ではちょっとむり。

途中でシンセが右から左、左から右に動いたりして、全体の音数が多い。

どうもこの曲に関しては、作詞・歌のマドンナと、作曲とプロデュースを担当したレジー・ルーカス先生(70年代のマイルスバンドのギターを弾いていた偉い人)のあいだでいさかいがあったらしく、マドンナはルーカス先生のプロデュースが音多すぎるからってんでボーイフレンド呼んできてミックスさせなおした、みたいな経緯があったらしい。でもどっちがどっちのバージョンかはよくわかりません。でもこういうのおもしろいですね。みなさんもサウンドボックスの図を書いてみて、じっくり聞いてみてください。同じマドンナのアルバムのLucky Starあたりがおもしろいでしょう。


追記。ちなみに、「ボーダーライン」の歌詞もいろいろおもしろくて、これはふつうは(1)男性優位主義(male chauvinism)なボーイフレンドに対する非難という解釈がふつうですが、(2) オーガスムを与えてくれないボーインフレンドに対するイヤミなのではないか、みたいな解釈が英語圏ではあるようです。

さらにどうでもいいけど、Lucky Starの歌詞も微妙で、これは男性に向けた曲ではないと思う。 shine your heavenly body tonight、とか男子に向けたものではない。

ここらへん、80年代にはマドンナ先生まだネコかぶってたと私はおもいます。

ポップ音楽の何を聞く (2) ツェッペリンのサウンドボックス

前のエントリの、リズム、ベース、ハーモニー、メロディーの四つの層、みたいな話はまあよくある話。音楽の基本ですね。クラシック音楽の聞き方でもそういう話は最初にしますね。実際にはそんな簡単な層にはなってないんだけど、とりあえずまあいいや。不慣れなリスナーはメロディー以外には注意を向けにくいところがあるのでそういうふうになってるんだと思う。

リズム、ベース、ハーモニー、メロディーっていうのは音楽の基本的要素とは言えるわけです。ベースが特に重要とされるのはなぜか、という話もあるんだけど、それはおいおい。

さて、録音芸術の場合は、それを魅力的にしているものにはさらに別の要素があるというか観点があるというか。それが「どういうふうに録音され提示されているか」です。クラシック音楽で注目されるような楽音の楽理的機能とは別にまさに「サウンド」の「感じ」と呼ばれる側面がある。これはクラシックの録音芸術でも興味深い側面だけど、ポップ音楽ではそれが本質の一部をなしているほど重要になっている。

基本的にクラシック音楽の場合は、(1) 作曲者が作曲し、(2) 演奏者がそれを演奏し、それを会場で(3) リスナーが聞く、という形が想定されているけど、ポップ音楽の場合は、(1) 作曲者が作曲し、(2) 演奏者がそれを演奏し、(3) 録音者たちがそれを音源にし、(4) リスナーがそれを聞く、って形になっている。まあ実はレコード芸術とかも(3)の要素はあるわけですが、オーディオファン以外にはあまり注意されない。ポップ音楽の場合は、作曲者と演奏者が同一の場合が多いし、最近は録音しミックスし音源にするまで一人でやったりしている。楽器やボーカルでもアドリブ等その場で生成される音の要素も多いし、音源には楽音(楽器や声)以外のものも入れられることが多いので、そもそも「曲」というのがどういう単位なのかもよくわからない

そういうわけで、ポップ音楽とかを「聞く」ときには、例のリズム、ベース、ハーモニー、メロディーという四つの層(レイヤー)ってだけでは不足なのす。さらにそうしてできている「機能的な音楽的要素」の他に、それがどのようにしてリスナーに届く音源の形(shape)になっているのかも意識しないとならない。これが今回紹介しているムア先生の本の最初の章が「shape」っていうタイトルになっている理由なわけです。

んじゃ、四つのレイヤーの他に何があるか。これは「サウンドの感じ」以上にはなかなか説明しにくいですが、ムア先生の分類によれば、音源の位置(location)と音色(timbre)だということです。まあもっと分節化できそうな気がしますが、けっきょくはどこでどんな音色の楽器や楽器もどきが鳴っているのか、ということですわね。

楽音の位置について、ムア先生の提案は、録音音楽を聞くときに、「サウンドボックス」に注意してみようってなことも言ってるっぽい。これは先生独自の用語で、日本だと「音像」とか「音場」とか言われるやつですね。ステレオ音源だと音がスピーカーやヘッドホンの左と右に分かれているわけですが、楽器や声はその音のフィールドのどこかに位置していて、それがけっこう重要なこともある。

まあヘッドホンとかで音楽を聞くのは生音やスピーカーで聞くのとはまたちがった快感があるんですが、あの快感の源泉の一つは、頭のなかに一つの「サウンドボックス」と呼べるような空間がひろがって、そこのあちこちでいろんな音が鳴るからですわね。

まあステレオ初期は音を動かすのがはやってて、まあ典型は

このトラックは何回も言及してますが、最初から聞いてもらうとこうしたサウンドボックスってのを考えるときにはシンプルでいいと思う。

まんかにボーカルがいて「あふっ」ってセクシーな声あげると、左のスピーカーから歪んだギターが飛び出す! この左のギターは、ギターアンプのスピーカーのごく近くにマイク置いてる感じで、スピーカーの紙が動くのが聞こえるようだ。ところが、このごく近いスピーカーの音が、部屋(?)のどっかに反響して、中央〜右でそのエコーが鳴っている。すばらしい録音アイディア。そして重いベースギターが真ん中に入ってきて、さらにドカスカタカスタと重いドラムが入ってきて、これがヘビーメタルだ!それぞれの楽器が微妙に反響して「空間」って感じになっている。

一瞬で聴覚的に一個のボックスができあがって、そこで各楽器が振動している感じ。これはすごい。スネアドラムのスネア(シャラシャラいう響き線)やシンバルとかも、残響うまくとらえていて音源の上の方に広がる感じで、これ以上の名録音っていうのはないくらいですね。

曲のまんなかのごちゃごちゃカオスな部分で効果音が右〜左と動いて気持ち悪いとか、そういうのも、ステレオ録音最初期によくやられたけど(ビートルズの時代からいろいろあります)、この録音は非常に効果的。ぶっとぶぜ! とにかくこれが録音芸術でのサウンドボックスの効果ですわね。

んで、中間のブリッジ、ベースとドラムと左のギターが派手に「デンデンっ」ってやって、右でリードギターがクワァーってソロ弾くとろろ、このギターの位置と音色も最高ですね。

それまでのカオスなパートは、なんかドラッグでもキメてる感じをねらっていて、音は左右に動くわ、残響は多いわで幻想的な感じなんですが、デンデン!のあとの右ギターは、ものすごく近い! もう目の前でギター(とアンプ)弾かれてる感じ。これは残響切ってるからでもあります。いきなり顔の前っていうか目の前にジミーペイジ先生の下半身についているアレ(ギター)をつきつけられた感じですね。どうだ、おれのアレ(ギター)はこんなにあれだ!すごいだろう。すごいです。すごいー。

もうアレ(ギター)をこんなふうに目の前につきつけられたら観念するしかしょうがないですね。暴力だ!あとはもう興奮の絶頂。ロバートプラント先生のリバーブかかった声にやられるしかない。

そして、ぎゃーん、ってなったあとの「Way down inside、Woman, you need it」「ジャッジャーン」。おまえはいやだいやだと言ってるが、ちゃんと反省してみれば、おれのこれ(サウンド)が欲しいんだろう、正直にいえ、へへへ、おれにはわかっているぜ、ということです。そういうことなので、ああ、そうなの、必要なのです、と答えざるをえない。屈服。

そしてここの、エコーの方が先に来るというへんなヤマビコもどうやってとってるかわからない有名なところで、本体よりヤマビコの方が早い。一説によると、一回録音したテープを消しそこねてこういうふうなへんなことになったということらしいですが、そんなうまくいくかなあ。私は計画的にこのヤマビコ→声本体をつくってると思いますね。

とにかくこれ名曲名録音名プロダクションで、曲や演奏でよい曲というのはあるわけだけど、録音まで含めて総合的にこれ以上の曲というのはロック史上でもめったにないと思う。トップだろう。

というわけで、みなさん「サウンドボックス」という意識で音源聞きなおしてみてください。


ちなみにツェッペリンわからないという人が多いのですが、それは残念なので鑑賞方法を習熟しましょう。コツは、(1) できるかぎり大きな音で聞く、(2) 座ったまま聞かずに、体を動かす。この「体を動かす」のが、だいたいどんくさい例の白人中流階級ティーネイジャーのあれな踊りになってしまうのは我慢することです。

もっとおしゃれにツェッペリンを理解したい人は、まずQuestlove先生のライブ音源を死ぬほど聞いて黒人的なかっこいい体の動かし方を学んでからツェッペリンに戻る。クエストラブ先生を聞けば、ジョンボーナムが何者であったのかがわかるようになる。

ポップ音楽の何を聞く (1) 音の層(レイヤー)を意識してみよう

新時代令和ってことなので、新シリーズもはじめたい。令和といえばやはり音楽っすね。歌詞については前から継続しているシリーズがあるから、歌詞以外のポイントをいろいろいじってみたい。

種本は前のエントリで紹介したムア先生のSong Means。あれやこれや参考にしながら、録音芸術としてのポップ音楽を楽しむ方法を考えたいです。もう趣味は音楽鑑賞しかないから、わたしと気のあう人々音楽をもっと楽しめるようになるヒントみたいなの書けたらいいんじゃないかと思います。

この本の最初の章は「方法論」でまあ面倒な話しているから飛ばして、本論最初の第2章は「Shape」。この本の用語は訳しにくいんだけど、とりあえず「形」ってことだけど、まあポップ音楽がどんな形のものかってことだと思う。

ムア先生は「ポップ音楽は4つの層(レイヤー)があって、それ注意するのが第一歩だ」というようなことを言ってるような言ってないような1)この先生、ちょっと気取ってるところがあって読みにくいんですわ

四つの層というのは

  1. ビート explicit beat layer
  2. ベース functional bass layer
  3. メロディー melodic layer
  4. ハーモニー harmonic filler layer

なんだけど、この「explicit」「functional」「filler」とかいやらしいっしょ。なんでそういう語つかうかというのはそれなりに理由があるんですが、まあ私なりに説明します。

ポップ音楽はだいたい (1) 打楽器つまりドラム類、(2)ベース、(3) ボーカルやその他の単音管楽器、ソロギター、(4)音楽的空間を埋めるキーボードやギターのコード楽器、の音によって構成されてるってことですわ。まあ当然といえば当然。

音楽をぼーっと聞いてると、(1) ドラムや(2)ベースや(4)コード楽器がなにをしてるのか意識してないことがあるんで、そういうのよく聞いてみよう、ってことなんだと思う。その方がたのしい。

実際、不慣れな学生様と音楽について話をしても、ボーカルのメロディーと歌詞以外のことはあんまり話になならなかったり、バックでどういう音がなってるのが分析できないような感じありますよね。楽器の名前を知らないとかもあるかもしれないけど。

一曲聞いてみましょう。八神純子先生の「みずいろの雨」。この演奏はすごいっすよ。

この曲の(1) explicit beat layerとしてのせわしないドラムと(2) explicit bass layerとしてのベースを味わってみてください。ドラムは林立夫先生、ベースは後藤次利先生じゃないかと思うんだけどブラジルのサンバに由来するリズムでものすごいテクニック。

ドラムは16thフィールでチキチキやって、ときどきタムタムを叩くパターン。難しい。っていうか私楽譜にはできない。他の打楽器入ってるかと思ったらたいして入ってなくて、一人でこのサンバ〜フュージョンのノリをつくりだしてますね。すごい。

サンバの感じをドラムセットで表現するのはたいへんなんすよ。1970年代後半、下のスティーブガッド先生に刺激されていろんなドラマーがチャレンジして、国内ドラマーがやっとそれができるようになった時代じゃないですかね。まあここまでテクニカルじゃないけど、ノリをだすだけでたいへん。

これは、サンバのバッテリと呼ばれる打楽器隊のを表現しようとしているわけです。

ベースは頭のサビの|デーデーデ|デーデーデ|っていう比較的ゆっくりしてると聞こえるパターンと、Aメロの|デーンデデデ|っていうせわしないサンバのパターンの二つを使いわけてます。このドラムとベースのユニットでこの曲の3/4ぐらいができてる印象ですね。この演奏できるミュージシャンは、当時このコンビ以外にはほとんどいなかったんちゃうかな。

ちなみに、上のスティーブガッド先生がこういうリズムを一般的にしたのはこのトラック。すごい。

これが1978年で、これ聞いて世界中のドラマーがみんな練習したわけっすわ。これ、サックス、ピアノ、ベース、ドラムしかいないんすよ。わかりますか。

References[ + ]

1. この先生、ちょっと気取ってるところがあって読みにくいんですわ

ポップ音楽でリテラシー (7) 人々をカテゴリ分けさせたい

前のエントリの見本は、去年作った仮の聴取リストをそのまんま使ってしまったんですが、学生様に去年今年と2回やってもらって気づいたことがひとつ。

私が読んだメディアリテラシーの教科書みたいなのでは、アーティストとターゲットのリスナーのアイデンティティみたいなのを推定させるのが最初の作業なんですが、1〜2回生ぐらいだとこれがうまくいかないんですね。

だいたいいつもみんな「10代〜20代の男女」ぐらいになってしまう。こういう答になってしまうのはもちろん私の説明不足なんだけど、学生様たちのあるもの見方や慣れてしまった表現方法なんかについてあることを示している。

つまり、学生様たちはまだ人々のアイデンティティというか、逆に人々の「違い」みたいなのをまだあんまり意識してないかもしれないのね。

欅坂を聞くひととExile聞く人はちがう人々だと思うんですが、それが「10〜20代男女」っていうひとくくりになってしまうわけです。音楽ジャンルは性別、学歴とかにうっすらではあっても対応しているわけですが人々をこまかくタイプ分けするっていうのがまだできてない。人々を勝手にカテゴリ分けするのはよくないことですっていうふうに教育されているのも影響しているかもしれないし、あるいはカテゴリ分けして見てるけどそれを表明することは避けてるのかもしれない。でも2回生ぐらいになれば、聞く音楽からどういう人かっていうのはわかりますわよね。

まあこういうのはおもしろいなと思う。

(おそらくこのエントリはちょっと問題があるんだけど、まあおいおい書き直すです)

ポップ音楽でリテラシー (6) 最初の一歩は見本を示す

下は、あんまり説明してない時点で、1回目の分析(もどき)をやってもらうための課題のためのテンプレというか見本。まあ見本みせないと学生様はなにをやればいいのかわからんし。


アーティスト名: 欅坂46
曲名: エキセントリック
YoutubeのURL: https://youtu.be/65v7JSBpQ4U
作詞: 秋元康
作曲: ナスカ
編曲:?
歌詞: http://j-lyric.net/artist/a05b333/l03efac.html

楽器編成: 打ち込みリズムセクション、ピアノが印象的。
ジャンル: アイドルソング
リズム・パターン: 4つ打ち
テンポ:130BPM ( http://tunalab.web.fc2.com/txt_lib/get_bpm.htm で計測できる)
形式★: あとで


シンガー・バンドの年代性別服装等:女子高生

シンガー・バンドの印象、ライフスタイル: 鬱な女子高生

想定されている楽曲リスナー、購買層: (1) 鬱屈しているオタク男子、中学生〜オヤジオタまで (2) アイドル好き中高生女子、鬱屈?

語り手のアイデンティティ/どういう人物か/年代性別等: 中学生〜高校低学年男子?女子もあり。

語り手とは別に主人公がいる場合はそのアイデンティティ: 語り手が主人公

語りかけられている聞き手のアイデンティティ、年代性別等、ライフスタイル等: 自分自身に語りかけている。もうなにもかにもいや。


歌っている場面はいつ:教室で鬱屈している現在

どこで語られているか: 教室か自分の部屋か。教室の方がドラマチックでよい。

いつのことについて語られているか: 今現在。

語り手と聞き手はどういう関係?: 本人。誰にも関係がない少年少女。

語り手はどんな状況: はみだしている、はぐれている、ぼっち、嫌われてる、敬遠されてる、噂されている

聞き手はどんな状況?: 同上

語り手がかんじていると思われる感情: 絶望、孤独、憎しみ、嫌悪。

歌詞の語りの聞き手が感じていると思われる感情: 同上。

楽曲のリスナーに引き起こされると思われる感情: 同上。

直接のメッセージ: なにもかにもいやです。

間接的なメッセージ:
「なにもかにもいや」っていうのではわれわれは連帯できる。社会やクラスにいるくだらない偽物、インチキな奴らとつきあわず、まともな人間である我々だけで好きなように生きていこう。

その他:

直接には「水清ければ魚棲まず」 http://kotowaza-allguide.com/mi/mizukiyokerebauo.html だが、さらには屈原の楚辞「漁父の辞」にも暗に言及している。


**** 歌詞とその1行1行について気づいたこと★ ****

(次回やる)


こっから中級

性的な含み:
ダブルミーニング:
言葉遊び:
解決されない謎:
歌詞のないボーカル、掛け声等使ってるか:
「フック」、特徴的な音楽的工夫、音楽的におもしろいところ:
コーラスの使用、性別等コーラスの使用、性別等★:
コールアンドレスポンスの使用★:
前奏・イントロの特徴★:
オブリガート、フィルイン等の特徴★:
間奏の特徴★:
エンディングの特徴★:
ギター★:
ドラム★:
ベースライン★:
その他アレンジの特徴★:


これの自慢というか工夫は、「水清ければ魚棲まず」のような引用を発見させようとしているところで、学生様の一人は宇多田ヒカルの”Traveling”から平家物語を発見してくれました


ポップ音楽でリテラシー (5) なんでトライしてみているか

ポップ音楽使ったメディアリテラシーみたいなのに興味があるのはいくつか理由がある。

まず「リテラシー」として、ふつうに目の前にありよく見聞きしているものが、学生様が思っているより内容豊富であるってことを理解してほしいっていうのがある。ビートルズとかからポップ音楽鑑賞をはじめた世代としては、ある程度は歌詞やそのメッセージに注意して聞いてほしいと思っているのだが、J-POP以降の多くのリスナーはそうではないように思える。

ふつうはそうしたリテラシーは古典文学作品を利用して教えるものだと思うけど、昨今はそういうのなかなか難しいし、長い文章や難しい文章だと学生様がついてこれなかったり、私の気力が続かなかったりする。そもそも学生様がそうしたマテリアルに興味をもてるかどうかもよくわからない。小説とかの文学作品なら可能かもしれないけど、私あんまり詳しくないし。ラノベとかにもよいものはあるんだろうけど、よく知らんし。ポップ音楽なら3分だし楽しいし、私もそこそこ知識がある(少なくとも文学よりは)。

ポップ音楽なら歌詞テキストの分析以外にもいろいろやることがある。各種の音楽的な背景や仕掛けや工夫、ビジュアル表現、ライフスタイル、政治的主張、ポップ産業のありかた、広告と、現代のマスメディアとそこで生きる我々の生活を考えるには題材だと思う。

ってなわけで2回生の前期ゼミ半期1回分ぐらいやってみるのはいいんちゃうかと思ってるわけです。1回生後期でもいいかもなあ。

ポップ音楽でリテラシー (4) 音楽分析マストハブ

今年も2回生ゼミ(前期)ではメディアリテラシーみたいなのやっていて、やっぱりポップ音楽からやろうかとしてます。まあそういう題材でゼミするっていうが私に許されるかどうかわからないんだけど、基本的にこの時期は好きなものについて調査したりプレゼンで熱く語ったりできるようになってもらうのが目的なので、題材はなんでもいいといえばなんでもいいというのもあり。私の担当の「倫理学」とかの授業をやっとやってる時期なので、私の専門に近い面倒な話はやりづらいというのもある。

連休つかって、書籍ながめたり、日本の論文いくつかあたってみたり。でもなかなか文献情報が見つからないのでよね。卒論はJ-POP論で書きたい、みたいな学生様たちは全国でかなり大量にいるんじゃないかと思うんですが、手引きがないのはこまりますね。

私が見たものからいくつか紹介しておこうかしら。

おそらく概説でいちばん定評あるのはシュクラー先生のこれだと思う。これは版を重ねていて、楽曲だけでなく、ポップ音楽の歴史やそれをとりまく産業や聴衆とかの話までカバーしたもの。

楽曲に特化して分析の手法を示しているのは下のがいまのところ(私が見たなかでは)最強な感じ。

録音芸術としてのポップ音楽を楽音レベルで分析する手法を提示していて、楽曲の構造やらレイヤーやら歌詞におけるペルソナ(語り手や聞き手やパフォーマー)の問題やら、楽曲を一番大きな単位として考えるときにはとても優れてる。

同じようなのをもう一冊おさえておくとすれば下の。

こっちはもっと大きく楽曲を売ったり享受したりするところまで分析しようってものだけど、歌詞の分析に一章使ってる。ここまでの3冊もって目を通しておけば、まあそれなりにしったかぶりとかできそうな気がしてるんだけど、どうだろう。

下のは、実際に1人1曲を担当して細かく分析してみせてくれているもの。

他にも、私が目を通してみたのはここらからいくつか拾えると思う。
https://booklog.jp/users/yonosuke1965?keyword=popular&display=front

下の『ユリイカ』特集目を通してみたんですが、文献情報もそれなりにあって勉強になりました。15年ぐらい前の「J-POP」の歌詞にまわつわる問題意識がわかる。

それに収録されている増田聡先生や北田暁大先生の論文を観ると、ポップ音楽研究で国内でわりと有名なのが下のものらしいけど、私は未読。入手がむずかしそうでまだ見てないです。

よっぱらいセックス問題いったんまとめ

一覧。

よっぱらってセックスするのが好きな人々がいるようですが、危険なのでやめましょう。