前日のセンター試験公民の倫理を解いてみる。
第1問。「ステレオタイプ」問1。いきなり難しくて考えさせられる。これおそらく答は(3)なんだろうけど、
こういうのをぜんぶステレオタイプとしてみてしまうと科学的な思考はステレオタイプ思考ってことに
ならんか?エは正確にはステレオタイプ思考じゃないと思うけど◯◯◯×ってのは選択肢から排除されているし。
この問題はどうなんだろうな。物言いが付くかもしれんね。
問2。これ問いかけの「防衛機制の種類とその説明として」がわかりにくい。
「防衛機制には抑圧、投影、代償、合理化などがある。それらの説明として~」にしなきゃならんのでは?
問3。うわ、速水先生使うかあ。選択肢(2)「明確な関連」ってなんだよ。統計学的に有意かどうかは
これじゃわからん。統計もどきを使ったこういう問題は学問と社会のためにやめて欲しい。統計をちゃんと勉強した子にはかえって答えにくいはず。
第2問「囚われ」。問2。(1)が×な理由がすぐにはわからない。これは私の勉強が足りないからか。「努力で克服するのではなく」が×なのかなあ。
問4。内在と分有の違いをたずねているのか。でもこれよくわからんよな。象のイデアは象の花子に内在してるんちゃんかな。
ちゃうか。内在っていう漢字つかうから「なかにある」みたいな印象があるけど、これたとえば英語に訳すとどうなる?inherence?
immanence?
第3問。「出会い」なんかリード文にもうひとつまとまりがないというかテーマがないというか。「出会い」が人間との出会いと思想とか出来事そういうのとの出会いの二種類あって具合わるい。せめて人との出会いに限定できなかったかな。
問6。文語文の読み取り国語問題?
問8。文意をよく考えるとなんかおかしいよな。
のちのちその人の思想に影響を与えることになったから「重要な出会い」なんであって、
「自分にとって重要な出会い」がアプリオリに決まってるわけじゃないもん。だから
「重要な出会いを見逃さない」なんてことは誰にもできない(これはアプリオリにできない)し、
「偉大な人々は自分にとって重要な出会いを見逃さなかった」は当然(これはアプリオリに真)。
おそらく偉大な人々はちょっとした出会いを重大なものに変える力があったんだろう。
まあイチャモンだけど。でも「倫理」の問題はこうした無理矢理なお説教が多くて辟易させられる。
作ってる人たちも辟易してるんだろうけど。
ステレオタイプ思考は役に立つことが多いとか、「囚われ」がないと我々はなにもできないとか、
人生で重要な出会いなんか1、2回あれば十分だとかそういう話がなぜできないんだろう。でもまあ
何十万人も受ける試験にそういうのは出せないわね。
作問は苦しそうだ。
第4問。「科学」。スコラ哲学の説明として「ギリシア以来の哲学を用いキリスト教神学の教義を
理論的に体系づける」は適切なのかどうか。むしろそのための方法に関する学問なんではないのか。wikipediaだとこんな感じか。
Scholasticism originally began as an attempt to reconcile ancient classical philosophy
with medieval Christian theology. Scholasticism was not a philosophy or theology in
itself, but rather a tool or method for learning that places emphasis on dialectical
reasoning. The primary purpose of scholasticism was to find the answer to questions and
resolve contradictions. Scholasticism is most well-known for its application in medieval
theology, but was eventually applied to many other fields of study.
問4のヒュームは高校生勉強しているのかな。でも哲学史上で最大の一人だから設問するのはよい。
そういや今年はドイツ・フランス系の哲学者がほとんどでてこないね。フランスはデカルトとルソーだけ?
ドイツは絶滅?やばいんじゃね?
問5。正解の(1)は私にはなんか微妙なんだが、まあ大丈夫か。(a)「環境に適応することにより」ってのが
なんか意志みたいなんを含んでいるように読めちゃうような気がするのと、(b)「多様なものとなっていく」は
場合によっては多様性が減る場合もあるから。でも大丈夫。
問6。野生生物種の減少は科学の問題ではない、か。微妙。そうなんだけどね。ちゃんと答えられない子は
けっこういたろうなあ。
問7。あ、伊勢田哲治先生だ。(2)が正解なんだろうけど、実は(3)がけっこうよくある主張に見えるけ
どな。「血液型正確判断がある種の研究者により正しいと主張されたとしても、新たな反証によって
否定され得るので、絶対視しない方がいいよね」を「血液型正確判断がある種の研究者により否定
されたとしても、それも新たな証拠によって否定され得るし、新たな証拠が出てくるかもしれないから、
絶対視しない方がいいよね」にすると典型的な疑似科学の人々の主張になる。
問8。やっぱりこういう月並みな要旨問題って必要なのかな。
「とりあえずふつうの科学的思考をまず身につけましょう。難しいことはそれから」とかそういう
主張はできないのか。
いちばん曖昧でエッジのたってない選択肢が正解になるというのは
テツガクのイメージとしてどうもなあ。作問しているとやっぱり必要になるのか。テツガクの本質は
懐疑と否定と限定にあるってのは私の思い込みか。
第5問。「安全と自由」。いろいろチャレンジしてる感じ。でもこの架空の国に迫力がないような。
名前をA国とB国にすれば・・・違うか。「可能性を孕む」とかこの「孕む」って表現に抵抗感じない人は
多いのかな。私ジェンダーイメージを孕んでていやなんだけど。
第5問に哲学史の問題が入っているのはとてもよいと思う。じゃないと
こういう分野を「倫理」で扱う意味がないからね。
問2。この「『リヴァイアサン』には~とある」って文章やめてくれないかな。
学生がレポートにこういう書きかたするようになってやだ。「ホッブズは『リヴァイアサン』で~と述べる」にしてほしい。
あと本のタイトルだけって大丈夫なんかな。『統治論』『社会契約論』とかってタイトルの本はたくさんありそうな気がするけど。
問5。『1984』もってきたのはおもしろいんだけど、選択肢(1)の意味がよくわからんし、
設問の意図そのものもよくわからん。単に『1984』紹介したかったのかな。
問6。(3)が正解なんだろうが、危害原理をこっちのたずねかたをするのはなんかポイントが違うよなあ。
選択肢(1)と(2)はかなり微妙。特に(2)はミルの文脈でどうなのか考えちゃう。他者への善行を本当に強制できないだろうか?
やっぱりself-regardingな奴に限るべきだったんではないか。
問7。期待させてもりあがらない終り方。あえて脱力系を狙ったのか。こうしてみると要旨を問う問題みたいなのは
意味があるのか。
全体としては例年より難化してるか。
とまあ色々イチャモンつけてみたけど、全体として見ると標準的な良問だわね。
毎年毎年奇問難問を避けて標準的で勉強になる良問を作っていて偉い。リード文も
高校生相手と思えばこれくらいの標準的な文章がよいのだろう。あんまり変わったこと言われても困るしね。
今年はとくに疑似科学だの1984だのでチャレンジしていて意欲的だ。
問題
本文の主旨としてもっとも適当なものを次の1. ~ 4.のうちから一つ選べ。
- 今年のセンター試験は例年より若干難しかった。
- 気になる細かい部分はあるものの、全体としてみればよく練られた良問である。
- 格調高いリード文と、非常に適切な設問によって標準的なセンター試験として高く評価できる。
- 作問する人々はごくろうである。今年は特に新鮮なネタがはいっていて勇気があるなあ。
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コメント
今頃、亀な書き込みですが、第4問の問6は答えは1だと思ったら正解は2。確かに野生生物種の減少は科学の発展とは直接関係ないのかもしれないけれど。でも、遺伝子ドーピングなんて実現してないし、今後実現するとも思えないのに「新たに生じてきた倫理的問題」に入れてしまっていいのかね。