前に「なんかいろんな意味でひどい本だな。」と書いたまま放っておいたが、それじゃあまりにも一方的なので、どう「ひどい」と思ったかぐらいは書いておかねばなるまい。
たとえば山口意友による第9章「「男女平等」という神話」をとりあげてみる。この論文は論拠のはっきりしない「ジェンダーフリー」という思想批判しているのだが、どこのだれが山口自身が批判するような「ジェンダーフリー」を提唱しているかまったくわからない。出典がまったくないのである。
かろうじて男女共同参画基本法をとりあげて批判しているのだが、第四条をとりあげて、
確かに、生まれつきの性は、生物学的にどうしようもない男女差であるが、それ以後の後天的なものは男女ともに中立的でなければならないとするのが同法の主旨であり、これは「男女は同じである」という平等観に基づくものである。(p. 191)
そして、
つまり、あらゆる分野において男女共同参画の基本理念が示す「中立性」を国策として推進せねばならないとされるのである。こうした点から、従来の男女間の性別役割分担や、男らしさ、女らしさといった文化的な性差をなくしてしまえというジェンダーフリー運動が公共機関を通して堂々と行なわれるようになったのである。(p.191)
しかし、実際の第四条は
・・・社会における制度又は慣行が、性別による固定的な性役割分担を反映して、男女の社会における活動の選択に対して中立でない影響を及ぼすことにより、男女共同社会の形成を阻害する要因となるおそれがあることにかんがみ、社会における制度又は慣行が男女の社会における活動の選択に対して及ぼす影響をできる限り中立なものとするように配慮されなければならない
であるわけで、どこにも「後天的なものは男女ともに中立でなければならない」とか「男らしさ女らしさをなくせ」なんてことは書いていない。たんに、「男女の選択の幅は同じ程度に保証できるような制度や慣行にしましょう」と言っているだけだろう。(まあもちろん法の「裏」の意味はわからんわけだが)
おおげさにプラトンだのアリストテレスだのをもちだして、「平等」には「無差別な平等」と「比例的な平等」の二種類があるとか簡単に議論したあとで、
周知のように、フェミニズムは「男女は同じ(イコール)である」という無差別的平等観に則り、両者の文化的差異、すなわち「質的差異」を取り払うべく、ジェンダーフリーを主張するに至る。(p.195)
いったいどこの誰が言っているのかわからないことを「周知のように」ではじめるというのはどういうことだろうか。そういうことを言っているフェミニストもいるのかもしれないが、とにかく出典ぐらい明らかにしてくれないと山口の主張の妥当性が判断できない。学生に「出典をはっきりさせなさい」と教えていないのだろうか。そして
あえて男女間の質的差異に対しても「平等」を適応(ママ)させようとするのであれば、無差別な平等だけでなく、それぞれの性に応じたあり方があってもおかしくない。「男には男らしい言葉遣い、女には女らしい言葉遣い」を要求することが質的な差異を意味するにしても、それは決して不平等を意味するものではなく、それは「質」における比例的平等というべきものである。」
(「適応」は「適用」の誤植か?)
いったいこれがプラトンやアリストテレスとどう関係があるのかさっぱりわからない。たしかに「その人に応じたものを」が平等(の一つの意味)や正義(の一つの意味)のポイントだとしても、「男は男らしく」がそれとどう関係しているのか。
「男は男らしく」の前の方の「男」は生物学的な性差を指しているのだろう。後ろの「男らしい」は名古屋の先生の呼び方では「分厚いthick」二次評価語で、「はっきりしている、勇気がある、人前で泣かないetc」という記述的内容を豊富に含んでいる。問題は、なぜ性別が男性であればそういう分厚い意味で「男らしく」なければならないのか、そうあることが望ましいのか、というところにある。そうでなければ「男は男らしく」はほとんど同語反復で無意味な主張になってしまう。
と、書いて読みなおしたら、「男は男らしく」ではなく、「男には男らしい言葉遣い」だった。(はずかしい。やっぱり私は人様を批判する資格などない) しかしなぜ「言葉遣い」なのだろう。それがフェミニズムとどういう関係があるのだろうか。それがあまりにもわからないから誤読したのだろう(と自分を慰める・・・)
まあそれでも主旨はかわらん。なぜ性別男は「男らしい言葉遣い」(だぜ!)をすることが望ましいのか?
プラトンの平等だのアリストテレスの正義だのってのはあまりにも形式的すぎて、実質的内容がないから、こういう文脈ではほとんど役に立たないのだ。
私自身はフェミニストではないし、多くのフェミニストはやっぱりまちがっていると思うわけだけど、ちゃんと批判対象を明白にしないでフェミニスト叩きをしてもしょうがないだろうに。
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