マニュアル本への抵抗感

マニュワル本に抵抗を覚えます 2009/02/10 14:09 何故なら、こまっちいやり方本を読む自分が情けなく感じるからです。 間違いでしょうか?

というコメントもらったまま忘れてたんですが、
まあマニュアル系統の本についてはいろいろ考えちゃいますよね。

私の世代は「新人類」とか「マニュアル世代」とか呼ばれてた世代です。『POPEYE』とか『ホットドックプレス』とかで「女の子にウケるデートコース」「ラブホテルへの連れ込み方」とかそういうのばっかりでね。同じようなデートコースで同じような話をするとか言われたこともあった。まあそりゃそういうマニュアルを真に受けちゃったらかっこわるすぎですわね。やっぱりなんか「個性」「らしさ」(あんまり好きな言葉じゃないけど)とかそういうの出してかないと魅力がない。

もうちょっと下の世代の将棋指しの人々(羽生・佐藤・森内あたり)も「コピー将棋」とか言われたらしい。つまりもう決まりきったマニュアル的な将棋ばっかり指す、と。佐藤康光先生がドキュメンタリー番組で「そう言われたけど実は違ってたんですけどね」とか話してたのがかっこよかった。

その佐藤さんの話を聞いて思ったのは、ああいう上級な人々ってのは誰もが知ってることをおさえた上で勝負しているわけで、それが彼らの上の世代にはわかんなかったんでしょうな、ってことで。90手目まで同じに進んでもそれはコピーじゃなくてむしろどこまで深く勉強しているか、どれくらい新しいアイディアをもっているかのチキンレースしてたわけでね。あの世界ではいまではそういう勉強好きの人々しか生き残ってない。

んで何が書きたいかというと、マニュアルに書いてあるようなことも知らないで勝負に出掛けるのは危険すぎるってことだわね。自分がどこらへんに位置しているのか、どれくらい弱いのか(/強いのか)、とかって意識をもつことができれば、なにが新しくてなにが強くてなにがウリになるのかわかるだろうっことですわ。マニュアル本に書いてあることに「ふーん」とか言ってるようでは勝負に出られない。「驚いた」だったらもうその勝負最初から負けてる*1。「もう何読んでも同じだなあ」と思ったらその分野について一応の知識を得たと考えてよいんだろうとか。そういうんではマニュアル本は1冊しか読まないのではだめですね。同分野最低5冊。そしたら優れているライターとそうじゃないのが見分けつくようになるし。

だから大学の教科書とか大事だと思うんですけどね。これもマニュアルの一種でもある。実は昨日あるよく知らない分野についての大学レベルで使える「ちゃんとした」教科書が国内でどれくらいあるんだろうと思ってしらべてみて、3冊ぐらいしかないことに気づきました*2。その1冊は23000円もしたわいな(訳書)。でもおそらくそれ持ってないとその分野の正しい知識が得られそうにないので、しょうがないので思い切って注文しましたが(予算ないので私費で)。でもおそらくその1冊はそれだけの価値があると思う。そういう投資できるかどうかってのは結構大事なんじゃないかと思っているです。お金のない学生さんは図書館利用しましょう。

まあそういうんでは、ちょっと前までの自己啓発・ライフハックブームみたいなのってのはけっこう重要で、格差社会とかなんとかってので生き残りに敏感な人々がそういうのをあれしてたんだろうから、ライフハック(笑)とかも簡単には書けんなというのが現在の私の印象。

抽象的でよくわからんね。ははは。

*1:そういや私デートのマニュアル本とか女心のつかみ方とかそっち系統の本はほとんど読んだことないな。

*2:どれが「ちゃんとした」ものかを判断するのもけっこうたいへんです。自分でだいたい見当つけられるようになれば大学での勉強は大成功だと思います。

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