セックス同意年齢の問題(2) 前提の確認

まあ同意の問題は本当にむずかしい。私だったらこういうのも追加したいですね。

【美術教師】
B(15才)はA (28才)が美術教師をつとめている中学校の生徒で、美術高校に進学するためにAから個人指導を受けていた。卒業式の前日にいっしょに美術館にいき、帰りに成立でおなかがいたくなってAの家に連れていから、うどんを食べたり画集を見たりしてリラックスしてキスされそうになったがしなかった。その後19才になるまで交際がつづき、段階的に性的な関係をもつようになったが、Aに別のパートナーができて別れた。25年ほど経過してから、Bは自分はAから性加害を受けており、恋愛関係にあると思いこまされていたことに気づいた。

まあよくわからない。

ところで、前回のWertheimer先生が同意年齢に関する論点としてあげている点をまとまりない形で書いていきたいと思います。

まず、同意年齢の生物学的な年齢それ自体はあんまり重要でないのははっきりしてますよね。本来は判断能力、自分がなにをしているのかとか、それが自分の利益になるのかとかを理解し自分で判断する能力が問題で、こういうのは同じ年齢でもばらつきがあり、一部の人は年齢的に成人してもそうした判断力をもたないかもしれない。年齢はあくまで目安でしかない。これは争いがないと思います。

セックスが有害なものかというのはこれは微妙な話。成人にとってはセックスやら性的快楽(喜び)やら生殖やらは人生のかなり重要であり、多くの成人がよい人生の一部として求めるものではあるけども、それがよくない形でおこなわれると最悪の被害ということになる諸刃の剣、素人にはおすすめできない(古いコピペ)、ということになると思う。素人っていうか子供にはおすすめできない。まあそういうのがふつうの発想ですわね。

ただし、(同意や自発性のある)セックスそのものが子供にとって有害かどうかは一部では少し議論があるみたいですね。「子供セックスはそんなに有害なものでもないのではないか」みたいなのは(非難されやすいので注目されにくいけど)アカデミック論文でも時々見かけます。でもこれについてはここではとりあげない。

多数派は子供にとってセックスは有害であると考える傾向にある。よく引用されてるらしいMichelle Oberman先生という法学者の先生なんかは、「「セックスは、定義によって、重大な事業 undertaking です」とかって言ってて、まあこういうのが主流派ですかねえ。「セックスなんて遊びです、手軽なレクリエーションです!」とかっていうとやっぱり怒られちゃうだろうと思います。セックスは特に女性にとっては大事件であって、(特に女性にとっては)身体的な傷害もありえるし、妊娠・出産の可能性もあるし、また自己評価や他人からの評価に対する害も想定しうる。男性にとっては、人によっては女性と比較すればさほど大きな影響はないかもしれないのでセックスを軽々しく考える傾向があるかもしれない(あるだろう)。ここはまあ、(1) 身体的な影響、(2) 心理的な影響、(3) それと結びついた社会的評価や自己評価、みたいなのをそれぞれ考えないとならないんだと思いますね。でもけっこうむずかしいし、さまざまな意見があって、これまでのところ納得のいく説明というか分析みたいなのを見たことはあんまりないです。

まあでもとりあえず「セックスにはたしかに利得もあるけどやっぱり場合によってけっこうな害がありそうだ」ぐらいのことはほとんどの人が認めるところで、だからそうした大事業に乗り出そうとするにはちゃんとした判断力を身につけてほしい、とまともな人々は考えるわけです。恋愛や性欲というのは人の頭をおかしくするところがあり(プラトン先生は恋愛/性欲は狂気だって言ってます)、年少者で判断力がまだ未成熟なうちは特に頭がおかしくなりやすいので、一律に禁止しておきたい、年少者に手を出す奴らは罰したい、と思うは、まあそれなりに筋が通っていると思いますね。まあここまではごくあたりまえの話。

ちなみに、青少年のセックス自体にはそんなに害はないかもしれない、むしろ社会的な圧力や偏見、禁止、スティグマなんかの方がやばいかもしれない、あんまり保護主義的(パターナリスティックなのは問題がある、っていうのでは下の本が話題になったみたいです。

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