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書き殴りINDEX / 読書・映画・音楽

書き殴り


2005/01/01 (土)

朝早くに目がさめてしまう。

午前中1970年の映画版の『ヴォツェック』。よくできている。映画仕立てなのが気にならない。しかし正月早々こういうものから観るべきではなかったと思う。

ベーム/バイエルン/グルベローヴァ/グリスト/アライサ/オルト/タルヴェラの『後宮からの誘拐』。モーツァルトは常にどんな演奏者でもすばらしい。昼間からスルメとピーナッツでビールなんか飲んじゃったりして。グルベローヴァすばらしいコロコロ。

禁煙の方はとりあえず第1段階を通りぬけたようだ。酒を飲んでも特に吸いたくなるわけでもなし。まあここまではいつもそれほど難しくないわけだが・・・と、いやいや、かなり強い欲求を感じる瞬間がたびたびあるじゃないか。

夜、ティーレマン/メト/キリテカナワ/マクローリンの『アラベラ』も観る。話のスジは馬鹿らしいが、端役のナタリー・デッセーにハアハア。このひとが『アリアドネ』のツェルビネッタを歌うDVDが出たら必ず買うのだが。他のモーツァルト物も買う。


2005/01/02 (日)

駅伝って途中で棄権しにくい(実質的には棄権できない?)ところが不健康でイヤなスポーツだな。

「内面性」とかについて。自分に内面があると意識するには、外に見えない部分があると意識する必要があるんだろうな。内面性を持つためには「秘密」が必要?前にも書いたが、「祈る」ことと「内面性」の間には強い関係があるなあ。

アーノンクール/ウィーンフィル/グルベローヴァ/ジーグラー/ストラータスの『コシファントゥッテ』。歌演奏は文句なし。よく考えられた映像もすばらしくよい。それにしてもこんな馬鹿な話が音楽的最高傑作なんだもんなあ。それにモーツァルト独特の女嫌いってのは、どの演出でもキツいなあ。

ところでこういう文脈で「女嫌い」とか「ミソジニー」といった用語を使う方が、「女性蔑視」とするより政治的に正しいのかもしれないと思った。っていうかなんか英米圏での語法の変化が日本語の表記に影響してるかも。

モーツァルトとか、完璧な音楽職人だったんだろう。モーツァルトとかシュトラウスとか、ちゃんとした音楽ってのは別に作曲家の内面性とか実生活のドラマとかとまったく別の次元で創作されるもんなんだよな。ワーグナーみたいに台本も詩も曲も作ってしまう奴の方が例外的というか。ていうか芸術と人生がなんか関係があるっていう思いこみはどこから?


2005/01/03 (月)

午前中に起きる。ジョギングして午後から研究室。ちょっと日が長くなりつつあるのを感じる。

キェルケゴールのドンファン論は有名なのだが、『魔笛』についてなんか語っているところはないか調べるべし。特にタミーノの試練のところについて。

有機体はすべて成長を必要とする。成長することをあきらめたときその有機体に何が起きるか?


2005/01/04 (火)

早起きしたので午前中から研究室。

禁煙は心理的・生理的によい影響を与えているように思う。頭のなかがほんの少しクリアになった感じ。高校2年ぐらいからこれまで二十数年、ニコチンによって濁った頭で生きていたわけなのだということを自覚する。といって仕事ができたりするわけではない。

「飛行機禁煙法」「眠剤禁煙法」とか書けそうな気がするんだが、売れないかな。

机に向かっていると時々タバコ吸いたいのだが、今吸っても気持ち悪くなるだけなのがわかっているからなあ。タバコを吸う人間はあの「すっ」とする快楽を味わいたいのだと思うのだが、その快楽の代償にいろんな苦痛や不便があるわけなのでなあ。覚醒剤やコカインやヘロインなどを使っていた方々も同じような感覚を抱くのだろうか。


2005/01/05 (水)

前日早くに寝てしまい、夜明け前に目が醒める。朝から研究室。

たばこを吸わないと2ちゃんねるなどを読まないというなんらかの因果関係あり。午前中は仮眠したりしながら真面目に勉強。法律用語ってのは独特で面倒。英語との対応が意外だったりする。

・・・と、ストレスかかるとタバコ吸いたくなるとかもあり。ここは勝負どころだ。今日吸わずにすめばあと2、3週間だいじょうぶだろう。何度も書くが、タバコを吸ったからといって頭が冴えるわけでもすっきりするわけでもない。中毒になれば頭が濁り、その上で吸えばすこしすっきりするというだけの話だ。それはわかっているのだが。

ヴェーベルンはオケの練習1時間かかっても2小節しか進めなかったりしたそうな。そういう自意識ってのは本人にも他人にも迷惑だよな。重要なのは時間に関する経済観念なんだろう。

武満徹全集第3巻は聞くべきところがない。

『ためしてガッテン』で健康のための「記録するだけダイエット」ってのを紹介していたので実施する。66.0kg。あら。3ヶ月で内臓脂肪を3kg落とそう!ていうか瞬間的でいいから63.0になるのを目指す。


2005/01/06 (木)

眼鏡屋に。高いなあ。午後から研究室。事務方は昼に儀式と宴会していたらしい。

なんかすごくイヤな予感がしたので、研究室に置いといたタバコもゴミ箱に。イヤな感じがやまないので、さらに水で濡らして吸えなくしておいた。

夜も研究室。

コンピュータはもちろんのこと、設計通りに、テレビに映像が映ったり、ラジオが聞けたり、自動車が走ったり、自転車の車輪がまわったり椅子に座れたりするってのはすごいことなんだよな。エンジニアは偉いなあ。そういう専門的知識とかの厚みを考えると気が遠くなる。

喫茶店一つ開くにも数え切れないほどのノウハウがあるのだろう(そういうのを気にしない人もいるようだが)。 自分の仕事まわりでのそういう専門性の薄すすぎて死にたくなる。まあ別になにかの専門家になりたいと思ったことはないわけだが、人生40年生きてきてなにも得ていないってのはどういうことだ。

バルトークの「青髯」、彼の自画像なんだろうが、なんというか自分だけが内面をもっているという自負はどっから来るんかいな。ユディットだって秘密の部屋ぐらい持ってるだろうに。当時の奥さんが彼にとっては知的な相手とするに足りなかったということか。

新ヴィーン楽派のいくつかの曲はいかにも「本物」という響きがする。シェーンベルクのピアノ曲やオケ変奏曲、ヴェーベルンの「交響曲」とかほんとうに美しい。武満先生のいくつかの曲は、美しくはあるが、「まがいもの」にしか聞こえないことがある。なにがポイントなんだろう?死ぬまでに音楽美学の良書を1冊ぐらい、楽しみとして翻訳してみたい。


2005/01/07 (金)

朝帰って寝て夕方出てくる。

最近、バッキーヴィジュアルプランニングってのが暴力AVで問題になってるんだな。バクシーシ山下が問題になったのが10年すこし前ぐらいだっけか。


2005/01/08 (土)

眼鏡ができたので取りに行く。この冬、ルックス的に問題があるなあ。せめてヒゲぐらいそるべし。

午後研究室。眠くて能率あがらず。

どうでもいいことだが、 「ヨン様現象をフランクフルト学派の文化産業論をベースに批判的に論ぜよ」という問題が韓国の大学入試問題に出たということである。私は解答できない。ところでこのニュースのソースはどこにあるのだろう。っていうかそういうことは気にする必要はないのだろうか。

世の中にはハマらないとそのおもしろさがわからないというものがある。典型的にはタバコがそうで、依存しないうちはケムいだけだが、依存してしまえば快楽を与えてくれるというそういうものだ。似たようなのは他にもあって、ネットゲームとかもそうなんじゃないかと思う。時々やるだけではおもしろくないだろう。(だから私はハマってことがない)おそらくネット掲示板もそうだろう。競輪競馬もそうなんじゃないかと思う。

それに比べると、健全な趣味が健全とされる理由がわかるような気がする。山登りや釣りは毎日やるわけにはいくまいし、囲碁将棋も毎日それについて考えていなくても楽しい。スキーやスケートも。

おろ、こうして分類するとジョギングはどちらかと言えば不健康な趣味に分類されるかもしれん。水泳は大丈夫。

某児玉助手の「人生に限りがあるように、夜にも限りがある」という一言に感銘を受ける。彼もついにこういう名文を書くようになったのだと思うと不思議な感慨がある。彼自身は意識していないだろうが。 非常に名言なので、私も早寝早起きするようにしようかと思う。(その理由は彼とはまったく違うのだが)


2005/01/09 (日)

夕方から研究室。心を落ちつける。仕事中の音楽ってのはあんまりよくないのかもしれんな。

ちょっと過去の日記を調べてみると、この程度の期間の禁煙は3、4回あるようだ。気をぬいてはいかん。1998年2月、3月、2000年7月、2001年10月、2003年8月など。他にもあるようだ。ただし、今回は喫煙に対する考え方が以前とはまったく違う。


2005/01/10 (月)

朝寝て昼起きる。悪夢3本立て。午後研究室、卒論相談。

禁煙2週間。もうカウントする必要ないんじゃないだろうか。以前の禁煙のときはいつまた吸いはじめるかと思っていたのだが、今回はもう吸わないんじゃないかという気がする。

もう一度今回の禁煙実験についてまとめておくと、ポイントは「タバコの快楽は、タバコに依存することによってしか得られない」ということを自覚したところにある。依存せずにあの快楽だけを得ることはできない。タバコの快楽を得るためには、その前に十分ニコチン濃度を落してイライラしていなくちゃならん。差し引きはっきりマイナス。不自由。

けっきょくニコチン依存で体内ニコチン濃度が薄くなって朦朧としてきたところにニコチンを補給すると覚醒するだけ。わざわざ自分を不快な状態にしてタバコを吸ってうまいと感じるという、奇妙な状態。結局、本来は存在しない「スキっとする感覚」の幻想や錯覚を求めているだけ。わざわざ疥癬にかかって苦しみつつ、そこを掻いて快楽を得て暮しているようなものだ。

「禁煙明けの一服はうまい」てのもおそらく本当ではない。一服目は目がまわるだけで、そういうトリップ感覚を味わうにはいいのだが、ふつうタバコを吸うのはそういうトリップ感覚を求めてのことではない。むしろあの覚醒するような感覚のためだろう。そういう意味でうまいのは2、3本吸って体にニコチンが十分まわってからなんだもんな。でもそうなるとまた長い時間吸えなくて苦しんだり、歩きタバコをしてい恥ずかしい思いをすることになる。不自由。だからおそらくもう吸わないと思う。「喫煙者を救え!」のページには多くの示唆をもらった。感謝。

そういうタバコと比べるとアルコールの作用はほんもので、こっちはやめる気はない。うまくコントロールして長く少しずつ楽しむつもり。


2005/01/11 (火)

寝坊しかける。授業2個。もうちょっと有効に教育できたんじゃないかと思いつつ今期終了。無念。大学教育のプロとはまだまだ言えない。(うちはセメスターのコマ数が少なすぎるのもあるんだと思うが)


2005/01/12 (水)

委員会。ゼミ。教授会。

いろいろ地獄

卒論相談2件。


2005/01/13 (木)

早起き。授業。

椅子の上で寝てしまう。

時間の進みが速すぎて死にそう。まずいやばい。

調子悪くて早々に寝る。まずい。


2005/01/14 (金)

そこそこ早起き。なんでこんなに眠れるのか。まだ時々タバコ吸いたい。

やばい。スミマセンスミマセン。もうちょっと。

禁煙のご褒美に自分にプレゼントする。TANNOYのモニタスピーカーREVEAL。もっと高いものにすればよかったかな。あと安いCDプレイヤー買うつもり。新しいスピーカは研究室、古いスピーカとCDプレーヤは寝室に置くつもり。


2005/01/15 (土)

雨。どういうわけか眠くて眠くてしょうがない。昼起きて大学。卒論提出の日。卒業予定者たちは無事提出。学生を連れて飲みに。


2005/01/16 (日)

延々寝られるのはなぜだろう。午後研究室。久しぶりにタバコ吸いたい。あやうく買ってしまうところだった。難しいものだ。

木を見て森を見ず、て言葉が私の生活性格すべてに当てはまる。

タバコ吸ってしまう。バカバカ。バカバカ。バカバカ。胸焼けに苦しむ。気持ち悪い。もう本当に二度と吸わない。絶対に。ほんとうにバカバカ。水かけて廃棄。

入試志願者今年もやばい。もっと増えないかなあ。あと3倍ぐらいほしいなあ。

朝日新聞とってないし、ここ数日ニュースをちゃんと見てなかったからNHKの話はよく知らないままだった。不発の内部告発の例としておもしろいな。やっぱり「ソース出せ」ってのは重要だな。2ちゃんねるとかそういう掲示板文化の一番の長所は、「ソース」の重要性を皆が意識したってことなんじゃないだろうか。

それにしても、VAWW-NET JAPANとかって団体、Web見ても見にくくてよくわからん団体だな。webの作りってのはその個人や団体をよく表わしているはずだと思うのはアレだろうか。その判決文でさえwebから見ることができないってのはなあ。誰が裁判長なのかもわからんし。どっかおかしい団体と言われてもしょうがないだろう。


2005/01/17 (月)

猛烈に体調悪い。というかはっきり病気。胃とかそこらへんに傷がはいってる感じ。絶対タバコ吸ったのが原因だ。これは非常にヤバいのではないかと思う。ついに来たかな感じ。夜が明けたら病院行こう。もしかしたら皆さんしばらくさようならかも。わーん。

入院とかになった場合にそなえて、とりあえず研究室片づけておかねば。

衣笠は最終授業なのに休講してしまう。ごめんなさい。

朝から病院へ。採血、検尿、さらにはじめて点滴というものを受ける。1時間かけて点滴されていると、色々思うところあり。向こうの事情により胃カメラは水曜。まず静養。死ぬ人は這ってでも仕事するのだろうが、私は長生きするから。(すみません。ごめんなさい。申しわけありません。)


2005/01/18 (火)

調子悪くしょぼーんな1日。

TANNOYの安物スピーカREVEALが届く。

夜も調子悪い。日曜に吸ってしまったタバコからの離脱症状もあるような気がする。


2005/01/19 (水)

ぼーっとしてタクシーに手袋を忘れてしまう。

胃カメラを飲む。なるほど苦しいが、自分の体内を見るというのはなかなか興奮する。ほう、そうなっていましたか。なんか胃に傷がはいって荒れたりカサブタできたりしている場所とかあるようだが、心配なしとのこと。いろいろ養生しよう。

教授会。調子悪くて頭がぼーっとするので途中で帰宅。教授会早引けは久しぶり(はじめて?)。

NHK vs 朝日の話、誤報なんだろうが、記者が論理的な思考ができないやつだったんじゃないかという気がする記事の書き方。なかなか根は深いかもしれない。

「チェーホフは高尚な主題について語るのを好まず、そのような話になると胸がむかつくのだった。ある人が彼のところへやってきて、こぼしはじめた。「アントン・パーヴォロヴィッチ、わたしはどうしたらよいのでしょう?内省に苦しめられるのです!」するとチェーホフは彼に言った。「ウォトカを飲むのを少し控えなさい。」わたしはこのチェーホフの答を強く記憶に刻み、そしてそれをしばしば実際に利用した。」(『ショスタコーヴィチの証言』)


2005/01/20 (木)

昼まで延々寝て少し回復。ちょっと自分のマジンガーが調子悪いとなにもかにもいやになって放りだす悪癖はなくさねばならない。中年以上の人びとはふつうどこかに悪いところをかかているわけで、それでもみなちゃんと仕事しているわけだ。偉い。

やはり頭がぼーっとする。コーヒーとかも控えましょう。

あまりにもおもしろい朝日 vs NHK問題、なかなかの進展。他を批判とかしようとする人間は自分にも厳しくなくてはならん。しかしこりゃ難しいことだわなあ。それにしても、この事件は数十年あとになってみると、「あの時点からマスコミは〜」ということになる事件なんじゃないか。全体が保守ってより弱気になるかもな。きれいに生きることは難しい。


2005/01/21 (金)

なんとか起きる。まだ調子悪い。

他大学の非常勤の手配2件。

面倒で放っておいた出張の手配。

最近のお気に入りはショスタコヴィッチの弦楽四重奏。延々聞いている。評判のいいエマーソンかボロディン四重奏団のも買うべきか。

「人生論の哲学」ってのはまだ可能なんだろうかってことを花輪和一の『刑務所の前』読みながらと考える。ウメ「うう〜みじめだ・・・なぜ」「みんな、それぞれ悩みや苦しみをかかえながらも一生けんめい生きている。」「私はなぜ、あの人たちのように生きられないのだろう。」「私はなぜ己自身となかよくなれないのだろう」とか。笑える。

ゼミ卒論検討会。

去年も感じたが、2年ぐらいでもずいぶんお姉さんになるものだなあ。もうちょっと充実した教育をしたいとも思う。まあ私にできるかぎりのことはしているつもりだが、もっと計画的に色々考えたい。


2005/01/22 (土)

朝めし食べて二度寝。飲んだ次の日、ここでラーメン食わないのが重要。

少し復調。昼起きて大学。面倒見ている 大学のサークル紹介ページ講習会。某先生の地道な活動によってずいぶん増えたな。

最近またA5システム手帳を復活させている。見開き2週間のを試用してみたが、やっぱり(能率手帳型の)見開き1週間の方が、右側にごちゃごちゃメモできて使いやすいようだ。それと関係あるのかないのか、最近ひさしぶりに万年筆が欲しい。1本買うかなあ(昔もってたやつはどこに行ったんだろう?)。

『音楽の形式の分析』とかシェーベルクの『和声学』『作曲の基本原理』とか読んでいる。古典派では調性の対比ってのが音楽形式一番のポイントなんだよなあ。もちろん私でも一応転調したらそれはわかるんだが、耳のいい人は「あ、ここで2度上に転調した」とまでわかるんだろうか。そうなんだろう。作曲の先生についてみたいな。馬鹿。鍵盤がもっと自由に弾けたらいいのに。練習すべし。

シベリウスはピアノ曲は内省的でよい曲があるが、交響曲はやっぱりわからんな。マーラーは1、5、6、9番と大地の歌だけ好き。

まあ、たしかにどの新聞を読むかってのはなかなか微妙な選択だよな。ここ十年ぐらい私は毎日新聞と京都新聞。朝日も読売もとっていたことがある。産経新聞や日経はとったことがない。いつもいる校舎で主要紙が読める場所があればいいのだが。わざわざ図書館行くのは面倒だし。


2005/01/23 (日)

昼に起きて飯くって、睡眠が足りないので仮眠。活動的な生活のために睡眠はなにより重要。私はもっと睡眠の重要性を認めねばならん。200年前の田舎の人びとってのはこの時期早く寝てたんだろうなあ。

MS Wordの賢さはやっぱり認めねばならん。

小学館のベートーヴェン全集は解説が詳しくて非常によい。

最近研究室では、ついつい海外のクラシックのネットラジオ番組を聞いてしまう(今日はノルウェーの放送局を聞いてる)のだが、やっぱり音楽かけながら仕事しようってのがまちがってるのかもしれん。しかし音も128kbpだとそこそこだし、すごい時代だよな。もうFMチューナーいらんね。


2005/01/24 (月)

朝帰って寝て午後出てくる。

バルトクも揃えたし、ドビッシもラヴェルもそろえた。ベトベンも。バッハもブラームスもマーラーもショスタコも。ワグナも聞いた。シューマンもある。モーツアルトも主要なのは。オペラも主要作品の楽しみは知った。あと何を聞くべきなんだろうか。20〜30歳はジャズ、30〜35は黒人音楽ここ数年はクラシック、だいたい聞くべきものは聞いたか。というか、ある程度聞くと費用対効果が落ちるんだよな。限界効用逓減。

ショスタコ聞きながらいろいろ気になって吉川弘文館の世界史年表・地図ながめたり。「現代なんとか学部」とかだと、高校なみに1年みっちり世界史勉強させた方がいいんじゃないかなあ。紀元前のあたりぼーっと読んでたら、もう私がこれから世界征服することは無理だなとか考えていた。

ベーム、フィッシャーディスカウ、テ・カナワ、フレーニ、プライ、ユーイングの『フィガロ』。歌も演奏も完璧だが、映画仕立てだし、演技はヘタだし、フレーニとユーイングがアレだし。グラインドボーンのコトルバシュのやつの方はよかった。

BSの美内すずえ番組見て感銘を受ける。マンガは読んでないが人間がすでに天才。圧倒される。この番組作ったやつも天才。


2005/01/25 (火)

午後から。

54年のボリショイの映画版『ボリス・ゴドノフ』を観る。ムソルグスキーって、音楽に力があるなあ。全体に鬱な感じが非常によい。ショスタコ版も聞いてみたい。


2005/01/26 (水)

昼から。教授会。


2005/01/27 (木)

昼から。某協会事務。面倒。

レヴァインの『魔笛』。このオペラはわけわからんので好きではない。バトル/セッラ/ヘム/アライサらの歌は立派。しかしどうにもこうにも。


2005/01/28 (金)

いくら寝ても眠い。午後から。

いろいろ仕事がたまっている。非常にやばい書類1件。

卒論試問もどき1件。

航空券入手。パスポートが切れるのは2008年であることを確認。よかった。 コペンハーゲン3泊5日で骨休め読書してくる予定。なにもしてないけどね。

ショスタコ交響曲全集は14番まで聞いた。なんでこうロシア人てのは鬱鬱としてるんだろうか。ドイツ系の鬱鬱とはちょっと鬱鬱のタイプが違うよな。14番の歌詞カードが欲しい。なんか今の私にとって重要なことを歌っているような気がする。なかなか聞きごたえがある。バルシャイって指揮者は有名じゃないのかもしれんが、そこそこな方なのではないか。んでも全体としては、交響曲より弦楽四重奏の方が音楽としては上質なんじゃないかな。

私もプリペイド携帯もっているのだが、研究室に置きっぱなしでなんの役にも立っていない。あ、電話帳として利用しているか。

美内すずえが宗教なのはよくしられている。まあでも、人間の迫力ってのはある。ああいう人がなにかを生みだすことができるんだろう。そういう才能とヤバい宗教的なものの親和性ってのはなんなのかね。一番よかったのは「なにも考えずに書きはじめた」「自分がマンガ家になれることは疑わなかった」あたり。


2005/01/29 (土)

昼前から。

眠くて眠くて。ここ一月の眠さはいったいどうしたことだ。それでも書類書いたり校正したり手紙書いたり。なんでこういう仕事をちゃんとできないのかなあ。駄目だ。

入試業務。毎年日本史の採点の手伝いをしている。1年に1回日本の歴史に思いを寄せる日々。ほんとうは世界史か国文の手伝いしたいなあ。

いつも研究室で聞いているCDを家の設備(JBL)で聞くと全然違う。うーん、もうちょっと投資するべきだったかな。


2005/01/30 (日)

午前中から入試業務。作業中眠くて眠くて、ソーセージ工場だったら機械に巻きこまれてソーセージになってしまっていただろう。

いろいろ書類書いたりシラバス書いたり。


2005/01/31 (月)

朝から入試業務。空き時間に書類書き。 学内研究助成の報告書。 シラバス。

思わぬ訪問客に悩まされる。


2005/02/01 (火)

そういやBCLからアマチュア無線とかってものを私もやってた時期があったな。 小学3年の秋に電話級、4年生で電信級だったかな。 28MHzと50MHzと144MHzだったと思う。『ラ製』や『CQ』読んだりして 工作したりもあった。 あ、アワードのときにキャンプ行ったり、 同級生の親とかとアンテナ立てるオフラインミーティング(とは言わなかったような気がするが)したり もあったな。 5年生のなかばには すでに飽きてたように思う。ログをとったりカードのやりとりしたりするのが管理できなくて面倒だったのと、 なんといっても私の方に誰かと話すべき中身がなかったんだと思う。まわりは高校生から大人だったし。 まだ人間に「中身」とかってものがあるとさえ思わない時期だったと思う。 電子工作も手先が不如意でイライラするのでやめた。

そういやカブスカウトだのボーイスカウトだのって活動もしてたような気がする。 へんな世界だったなあ。苦手。なんでやってたんだろう。

そのあとは持ってもいないのに パソコン雑誌を読んでたような気がする。中学のころには吹奏楽とかに興味がうつっていて、 実際にPCを手に入れたのは大学院になってから。もしああいうテクノロジーに対する趣味を 育てていたら、全然違う人間になったろうと思う。もっとましな生活してたかもしれんとも思うが、 まあ人生そういうもんだろう。

それにしてもあのころは1年が長かった。いまは一瞬のことにすぎない。

「えぐち君、顏むくんでるわよ」と厳しく指摘される。太っているのかもし れないがとにかく養生しなければ。ほんとうに健康のありがたみはそれを失なっ てわかる。健康は幸福の必要条件のひとつ。どんなに知恵があったり金があっ たりモテモテだったり名声があったりしても、健康でなければひとは自分を幸 福だとは思えないだろう(わたしはどれも持ってないがおそらくまちがいな い)。しかしでは老いたら幸福ではないということになるだろうか?老いて老 眼で入れ歯でも、記憶力判断力抜群、顏ツヤツヤでハーフマラソンも走れ鯨飲 馬食に耐えられたら健康だろうか?

ちょっと自分探しの旅に。


2005/02/02 (水)


2005/02/03 (木)


2005/02/04 (金)


2005/02/05 (土)


2005/02/06 (日)

帰宅。

今回はPCも持たずに旅行に出かけた。 2、3日メールも読まず、テレビも見ず、新聞も読まずって生活をしてみたが、 ぜんぜん困らないものだな。さすがに電子辞書がないと困ったと思うが。

デンマークはタバコ大国。全員歩きタバコ、どこでも店内は紫煙。どうなってるんだろう?

まあとりあえずタバコもいらん。飯食うときにアルコールは欲しい。

五嶋みどりのテレビインタビュー見て圧倒される。


2005/02/07 (月)

昼から。たまっている事務仕事をひとつひとつ片づける。

最近またまた断腸亭日乗読んでる。いったい一生に何回読むんだか。 今回は電子辞書ひきひき、索引も参照しつつ。読めない漢字があるのがつらい。 もっと読まなきゃならんものがあるわけだが。 「人生の事若し大小となくその思ふやうになるものならば、精神の修養は無用のことなり。」 さようですね。


2005/02/08 (火)

昼すぎまで寝てしまう。研究室へ。

ライブドアってなんだか恐い会社だよな。そのうち 経営うまくいかなくなり事件になるのだろう。 業界の人びとは皆そう思っているに違いない。

ひさしぶりにピアノ30分。当然ながら指がぜんぜん動かない。 ・・・クラシックピアノも一度先生について習いたいねえ。 バッハと、ブラームスの小品が弾ければいいな。

なんというか、自分は隠居するために生まれてきたんではないかと思う。 いや、違うな。そういう財産がなければ隠居などはできない。 いくらお金をもっていれば隠居できるんだろうか。 これからも隠居をめざしてジタバタするわけか。

採点。

えんえん断腸亭日乗を読む。 昨日メモした 「人生の事若し大小となくその思ふやうになるものならば、精神の修養は無用のことなり。」。 ちょっと反省してみると、私は「精神の修養」(それがどんなものであるかは別として) とかってものにそういう目的があるとは 思ってないような気がする。もっと自己目的なんじゃないか。


2005/02/09 (水)

昼すぎまで寝てしまう。春。帽子も襟巻もいらない。 クマさん、ヘビさんカエルさん、どうやらなんとか冬越したようですよ。

なんだか昼の陽気に救われた。今年の冬もきつかった。 かろうじてサバイバルといえるのかどうか、もう破綻への道をゆっくり歩いていると 認めなければならんのか。

十字屋へ。 CDと春秋社のインヴェンションとブラームスの楽譜を購入。

もうレコード会社にクラシックの新譜を録音するインセンティブはないんじゃ ないだろうか。少なくとも買う方としては、こういうちょっと古い録音が廉価 で手にはいるから、2000円を越すCDなんか買う気になれない。70年代のビニー ル盤の廉価版ってのは録音やっぱり悪くていかにも廉価版だったが、70〜80年 代に録音されたものは十分だもんな。

しかし、あちこちのライブをDATでワンポイントマイク1発どりのを192kぐら いのストリーミング配信、1時間分300円、とかだとまだけっこういい商売にな るんじゃないか。もうちょっと品質が高くないとダメかな。非圧縮で送れるよ うになればずいぶん変わりそうだ。

いそぎの採点。

サッカーの応援でへんな歌を歌うのはやめてくれないだろうか。

夜雨。何度か聞いてみて、ショスタコの交響曲でよいのは5、8、10、14の4 曲のようだ。弦楽四重奏はどれも名曲なんだけどね(特に8番)。あれはそのう ち評判のよいボロディン四重奏のやつも注文しよう。

まだまだ荷風日記読む。昭和15年ぐらいからの日記は読みごたえがあるが、しんどい。おもしろいのはやはり昭和ひとけたから戦前の景気がよい時期。このひとは政府と大衆がばかげた戦争をはじめたことを逆説的に喜んでいたかもしれない。還暦前から特定の女と深い関係になることがなくなっているのだな。

けっこうまじめに読んでたおかげで、漢和辞典のつかいかたがずいぶん上達した。


2005/02/10 (木)

曇。また綿棒でつつきすぎて左耳が痛い。

採点。会議。会議。

学生サークルにつきあう。はじめてバイオリンに触る。 そういや弓奏楽器ってこれまでまったく縁がなかった。 アップライトベース欲しい。

早くに寝る。


2005/02/11 (金)

15時間以上寝てしまう。なんなんだ。

暖。手袋もいらない。

研究室。

さすがに寝られず、夜明け前市内を散歩。狩られたり殺されたりしないように 気をつけよう。

松田良一『永井荷風オペラの夢』。ほんとうに荷風という奴はダメなやつだ。川本三郎『荷風と東京』。

キルケゴールと荷風ってのは全然関係なさそうで類似点が。都市生活者、散歩者、独居者、貴族主義者、耽美主義者にして倫理家、落伍者、ダンディ、皮肉屋、日記作者。裕福な父親の財産を若くして相続した利子生活者。兄弟との不和。生活の狭さ、人格の狭量さ。女嫌い。病弱。失敗と敗北。生活の芸術化。「やつし」。

人間の生活の幅ってのはそれほどないということなのかもしれん。 もっとも、好色度とかモテ具合とかはぜんぜん違う。


2005/02/12 (土)

朝から昼過ぎまで寝てしまう。

寒い。高島屋でコーヒー豆を買う。最近木屋町三条の小川珈琲が閉店してしまい、 豆の購入に困っている。ブルーマウンテンブレンドはよい品だったのだが。 近所にあるスタバは変な匂いがついていてまずいし (あれを本当にうまいと思っている人がいるのだろうか?)、ドトールは 店のコーヒーはぼちぼちだけど豆はもうひとつだし。小川珈琲は偉大だった。

研究室。

ちょっと思うところあって、emacs-wiki.elを試してみるが、私には不要だな。 HTML手書きの方がいい。 それにしても、私もそろそろHTML書きはじめて10年目。 第一世代の「Web日記作者」たちが皆そろそろ10年目に到達しているはず。 なんか、やっぱりめでたいよな。 (私はタイトルを一度も変えてないのが自慢だ :-) あと休止もしてないのも。)

ショスタコ7番ってのは、なんか景気はいいけど全体に形式感も薄くてよく わからん。第1楽章が皮肉で滑稽すぎるし。それを楽しむものなのだろうなあ。 深い。

OS Xをだんだんアップグレードしてきたら、 なんかメモリは1GBじゃ足らんようになってきたような。 しかし予算 は全部使ってしまった。

川本三郎の本も読了。今荷風関係をおもしろく読んでいるのは、十代の終りに村上春樹に代表される小説を大量に読んでいたのと同じ動機によるのかもしれないと思った。ライフスタイルの模索の一環というか。

深夜寝静まった市内を歩く。若い人々は遅くまで酒飲めていいねえ。

そういや 知りあいの学生(他のゼミ)が奈良女の大学院に合格。めでたい。


2005/02/13 (日)

夜明け前に寝て昼過に起きる。研究室。

日記作者たちに共通なのは、自分の生活や人生を物語として理解したいという欲望。あるいは理念にしたがって解釈したいという欲望。 物語からはずれる部分、過度に感傷的な部分、みっともない部分、恥かしい欲望、邪悪な願いなどは書かれないこと、書けないことによってなおさら意識されることになる。それら意図的に隠蔽された部分、意識されない部分は澱のように溜って日記にさえ書かれない二重化された内面をつくりあげることになる。

キェルケゴールがドイツ語会話できなかったという話(のでベルリンでは得意の話術も使えず散々な目にあった)、荷風もフランスでは得意の女遊びもなにもできなかった話(おそらくフランスでは東洋人だというだけで厳しい目にあった)とかってのは、本人のなかに屈託として残るわけだ。

まあ、荷風にしてもキェルケゴールにしても、そうやって物語として自分の人生を解釈し、 なにかを装おうとして果たせず出てくる歌は美しい。 「詩人ってのは、口の作りが常人と異なっているため、苦悩の呻きが歌になって聞える人間のことだ」

いじってたらいろいろ混乱したのでCVS repositoryを作りなおす。 ディレクトリの消去がからむと難しい。まあ年ごとに作りなおすのは 悪くないだろう。

最近若村麻由美のようなお姉さんが相手をしてくれるようなお店に行ってみ たいような気がするのだが、年のせいだろうか。

夏目鏡子さんの『漱石の思い出』。狂人に悪妻。破鍋に綴蓋だが、 漱石先生が追い詰められたのはこの人も貢献していると思う(貢献度一割〜二割)。

病院からもらった胸焼け止めの薬は即効で恐いくらい効く。 漱石先生もこれもらってたら少し楽に生きられたのに。


2005/02/14 (月)

早起き。やっと昼夜逆転がなおる。会議。教授会。

百万遍生協へ。G5 Macのメモリ増設。2GBになる。 SafariとAcrobatとWordとX11とemacsとMailを同時に立ちあげても ぜんぜんスワップしなくなって快適。G4だと1GBで十分なんだが、 G5だとこれくらいが適量なのかな。iLifeも入れる。

卒論事後相談。チョコ2個入手。なんか久しぶりにもらった。

やっぱりうちの校舎の3階に不審者がナイフ持って入ってきたら 私が対応に当たらねばならないのだろうか。確認しておくかな。


2005/02/15 (火)

けっこう早くに床についたのに夕方まで寝てしまい、さらにコタツで 夜まで寝てしまう。いかん。夜研究室へ。

佐藤卓己『言論統制』。力のある人だなあ。荷風とは違う面から戦前を見ていた軍人の評伝。軍隊や軍人というものについてこれまでとは違った知見を得る。佐藤によれば軍隊というのは財力のないものが成りあがるための唯一の経路だったらしい。なるほど。私もきっと入ってたな。

森岡正博『感じない男』あいかわらずきちがいというか恥ずかしい。しかし そこがこの人の長所。私はとりあえず制服にもロリコンにも興味なく、 ゲイ男性にももてない男だからあんまり関係がないようだ。

小林和之『「おろかもの」の正義論。なんかこのタイプの本は読みあきた感じがする。

上田紀行『生きる意味』だらだらしていて読む価値がない。岩波新書ってもっと アカデミックなものじゃなかなったんだろうか。

郵便局のキャッシュカードをしばらく使わなかったら紛失したので 届けを出す。→しかし夜中に机から発見。

ひさしぶりに研究室に泊まり。最後の採点。

一日の歩行時間が足りないと太腿がむずむずする。 スクワットでもするべきなのか。


2005/02/16 (水)

採点は全部終了。

採点終了。

自分が汗臭くて死にたくなる。冬は常に厚着の私はこの時期時々汗をかく。 髪もおかしいし。この年になったらやっぱり身だしなみは重要だ。 鬚は最低3日に1回は剃ること、モミアゲにも気を使うこと、シャツは毎日替えること(大学に泊まるときは必ず替えをもっていくこと)。

うちの研究室のドアには「講義」「会議」「学内」「一時外出」「出張」 「退出」という表示があるが、やっぱりこれはどうか。いる、いないもその場 でわかるわけなので「ヒマ」「忙しい」「いないけどまた戻ってくる」「今日 はもう帰った」「しばらくいない」のを表示するべきではないかと思う。無意 味なのでいつも「帰宅」にしている。

丸善へ。


2005/02/17 (木)

また15時間以上寝てしまう。なんなんだ。

ブックファーストに寄り大学。他人の予算をルーズに使ってしまう。

雑用。なかなか春休みにならない。夜まで。


2005/02/18 (金)

朝起きる。

どうでもよいことだが、バレンタインデーにチョコを送るのは 日本だけの風習だってのはほんとうだろうか? スキポール空港のチョコ売場でも「バレンタインだ!」って広告していたような気がする。

京都中信にたまった小銭(うちには「貧乏の象徴」と呼んでいる小銭溜めがある) を入金しに行くと、どういうわけか手数料を取られる。 腹が立つ。なぜ銀行は貧乏人からそうして小銭をかすめ取るのか。(ATMの料金も腹立つ)


2005/02/19 (土)

業務のため早起き。しかし連絡ミスがあったようで、そんなに早起きする必要は なかったようだ。昼まで業務。

突然、習字セットがほしくなる。小筆でものを書いてみたい。 筆、墨、硯、紙、下敷、筆置き、水滴、文鎮とかか。 習いに行きたいような気がする。


2005/02/20 (日)

1日中寝ていた。断腸亭日乗を読んで過ごす。

シェーファー/アンドリュー・ダイビス/ロンドンフィルの 3幕ものの方の『ルル』をDVDで見る。第3幕もよし。こういう退廃して不健全なものに対する反動としてナチスのような ものが出てくるのは当然かなあという演出でよし。ベルクは天才。シェーンベクルとかと 関係を持たなきゃもっと天才だったんではないか。

夜ちょっと飲みに出る。喧嘩を一件野次馬(荷風先生も盛り場では喧嘩の一つぐらいないと寂しいと書いている)。一人でおちついて飲める店をもうちょっと開拓しないとなあ。

ヘタな店で飲んでしまうと厭世の心が刺激されてしまう。 まあ家で飲んでりゃいいわけだが、それでも厭世心が時々出てくるわけで。

そろそろ木屋町を捨てて、祇園に進出するかね。 若村麻由美のようなのがお酌してくれるクラシック音楽クラブとかないかな(ない)。


2005/02/21 (月)

昼すぎに起きてだらだら過ごしてしまい、これではいかんので夜研究室へ。

丸善で買物した本が届いている。どう処理すればいいのか。 ルーズな予算執行のせいでこの時期いつも悩んだりあわてたりしている。

でも荷風の『ふらんす物語』とか再読したりして。

日常的にけっこうな量を読んでいるような気がするが、ぜんぜん身についていないのはなぜか。まあ生涯一書生でぜんぜんかまわないような気もする。 毎日読んでいる本をメモしていったらどうなるんだろう?

ジョナサン・マークス『98%チンパンジー: 分子人類学から見た現代遺伝学』読みにくいしつまらん。保守派。ただし左派。っていうかこういう話で保守/革新と右左は別の軸だ。類人猿の権利について反対しているが、あまり話を理解していないように見える。

冨田恭彦『観念論って何?」つまらん。下手な対話ものは冗長で面倒。途中で投げる。

戸田山和久『科学哲学の冒険』これはよく書けている。時々はっとするよい解説もあり。 内容も高度でなかなかたいへん。大学生が最後まで読めるのかなあ。

渡辺裕『マーラーと世紀末ウィーン』。マーラーとシェーンベルクが喧嘩したっていう エピソードをアルマの回想録で調べること。図書館にある。

野口冨士男『わが荷風』。まあこんなもん。さすがに『日乗』からの引用とかはほとんど記憶にある。イデスは存在せず妄想ではなかったという推測に同意。


2005/02/22 (火)

朝帰って寝て夕方出てくる。 やっぱりクリーンに生活しないと死ぬ。禁酒禁煙。

荷風『あめりか物語』再読。屈託してるなあ。英語ができないのと東洋人差別に完膚なきまでやられているって感じ。ここらへんの劣等感が以後すべてを決めているような気がする。

湯山光俊『はじめて読むニーチェ』。紋切型で読む価値なし。二木麻里とかのグループ。

工藤綏夫『人と思想キルケゴール』清水書院。古いね。40年前の本だもんな。

漢和辞典をひくスピードがかなり上がってきた。

漱石の「私の個人主義」に感じるところあり。

ラトル/ロンドンフィル/トレバー・ナン演出/ウィラード・ホワイトの『ポーギーとベス』を観る。 シリアスでよくできた脚本、見事なプロダクション。もちろん音楽にも圧倒された。 恥ずかしながらこんなおもしろいオペラだとは知らなかった。 この力のある台本と音楽が、退廃して一本調子の『ルル』とほぼ同時期なんだもんな。 とりあえずここまで昨年末からずいぶん見たオペラDVDのなかで総合でダントツのベスト。絶賛。 (第2位は『こうもり』か『アラベラ』か)

途中まで見ていた クライバー/ウィーンフィル/ドミンゴの『カルメン』の第3、4幕を観る。演奏は立派だと思うが、 好きな話ではないし、4幕が短かすぎる。


2005/02/23 (水)

寝られず、朝から。明窓浄几を目指しましょう。

VAWW-NET JAPAN『裁かれた戦時性暴力』。問題のDQN。

大野茂雄『荷風日記研究』。これだ。求めていた人間関係についての情報がわかりやすくまとめられている。自分で一覧表を作る手間がはぶけた。

アルマ・マーラー『マーラー愛と苦悩の回想』。シェーンベルクとの喧嘩の話はあったが、シェーンベルクがマーラーの4番をピアノで弾いたって話は見つけられなかった。

『科学哲学の冒険』読みおわって、 私はもうちゃんとした哲学にそれほど興味ないのだということを確認。 倫理学にもない。 いまのところ興味あるのは生きることだけ。実存主義的な意味ではなく即物的に。 だめだめ。

ところで倫理学の入門書というのは、 最近のよく書けている科哲関係の入門書と同じ程度の内容となると、 どの程度の内容のものになるんだろうかとか考える。

会議。ひきつづき委員会。

A Slow Learner

ひとは皆壊れたところがある。というか、普通の言い方をすれば欠点がある。

私は長い間完全な人間、というより欠点のない人間になろうとしてきたような気がする。

ずっと他の人々に恥ずかしくない人生を遅ろうとしてきたような気がする。 いや、もっと積極的にいえば、 それは樹木のように個性の枝葉を伸ばして、 一定の木陰を持ち、 しかし一本の樹木として解釈できるような美的な均整がとれているような人生で、 音楽で言えばソナタ形式なり変奏曲なりロンド形式なり、フィ・ボナッチ数列形式なり、 一定の時間的な均衡とテーマの統一があって、いつの時点から見返っても美しいようなそういう 人生だったのだが、そういうものを求める意識がまちがってるんだわなあ。そんな よくできた文学作品のような人生というものはありえない。 人生は芸術ではない。

実際、私は実生活で見習うべき完全な人間を見たことがない。 現実の人間はすべてどこかが壊れていて、その壊れ方が 致命的なときもあれば些細なときもあるが、 「あのひとのように生きたい」と本気で思ったことはないではないか。 (もちろん、「あの人のこの部分はまねたい」は多数ある)

もちろん荷風にも漱石にもキェルケゴールにもなりたくない。(もっとも彼らが生きていた息遣いを文章から感じるのは、私に文芸的な快楽をもたらすが)

経済はさっぱりわからんが、フジテレビやばいのではないか。これは ライブドアといっしょにあぼーんか。ホリエモンがネクタイ1本締めてれば株価が 変わるのではないかとか。


2005/02/24 (木)

雨。なんとか起きて朝から教授会。午後委員会。

紀田順一郎『日記の虚実 永井荷風』。

どうでもいいことだが、「one dropでもはいってたら黒人」とかって見方もあるわけで、見ただけで顏の色や頭の形からそのひとがどういう「人種」にアイデンティティを感じているとかまわりのひとからどうアイデンティファイされているかなんてわからんのではないか。

荷風全集で『腕くらべ』、その他の随筆。

澤田直『新・サルトル講義』。サルトルでもまだがんばろうとしている人がいるのね。

団まりな『性のお話をしましょう』。擬人的すぎるような。「進化」の解釈もどうなんだろう。

石原千秋『漱石と三人の読者』。

島内景三『文豪の古典力』。


2005/02/25 (金)

夕方大学へ。夜まで。早寝。

だらだらと荷風全集を読む。o


2005/02/26 (土)

朝から。それほど寒くないが雪がちらほら。

荷風全集。ちょっとピアノ.

夜某医者とライブを聴く。

岡田温司『マグダラのマリア』中公新書。いま新書でまともなレベルを 維持しているのは中公新書だけだよな。


2005/02/27 (日)

延々と寝る。

秋庭太郎『新考永井荷風』をだらだら読む。たいして学ぶところはないが、考証文学ってのはヒマつぶしにはいいかもしれない。老年の楽しみだな。

ゲルギレフ/キーロフの『ボリス・ゴドノフ』(日本語字幕 なし)を見る。先日見たソ連時代のボリショイのやつよりはるかに豪華で、カッ ト演出などがまったくちがって違う話に見える。それにしても、ムソルグス キーってこれと展覧会の絵と禿山以外に聴ける曲はないのだろうか。ピアノ曲 とか興味あるのだが。あ、「蚤の歌」か。

深夜散歩。

お休みはおしまい。仕事しよう。

「吉岡は目の醒めたやうな新しい心持になつて、 世にある快楽は一ツ余さず貪り取らねば気がすまないと云ふ様な猛烈な 欲求をば再び胸一ぱいに感じ始めた。」(『腕くらべ』) 元気なひとはいいねえ。 美学ってのは感性の学っていうか、けっきょくは快楽についての学問だと 解釈していいのか。


2005/02/28 (月)

寝られず、朝から大学。

Neil Levy, What Makes Us Moral?読む。

研究室でもつい荷風全集読みふけってしまうのはいかんな。

時々ベッドがわりに使っていたボロボロのカーペットを廃棄。 2月が終ってしまう。

松本哉『女たちの荷風』。ちょっと品性が。

秋庭太郎『考証永井荷風』。こっちはやはりおもしろい。なんといっても、なんども出てくる「以上は〜〜氏の直話である。」が強い。それにしても荷風はダメな奴だ。もとから人間が徹底的に腐っている。

特に、またたびを炊いて近所の猫を集めては殴っていたという話、 酒好きの弟子(かつ家主)の目の前で焼酎を流しに捨てたという話は許しがたい。 (親戚の猫のヒゲを切ったというのはそれに譲る)

どう見てもこれは内面、外面ともにひとが生きるべき人生ではない。 特に戦後の壊れ方はすさまじく、私も本当の老年を迎えるのが恐い。 おそらく加齢はその人のもともとの性質を強く出してしまうのだろう。


2005/03/01 (火)

昼から。

どうでもいいことだが、ライブドアの話を見たり読んだりしていると、なんだかあの憎むべき バブル時代の雰囲気を感じる。 私の財布はバブルではないのだが、十数年前に感じたものとそっくり。あ、リクルートと似てるんだ。しかし 今回も株や外貨を売り買いしたりする余裕はない。

荷風全集。 説明しにくいが、私は他の人々に恥ずかしくない人生を送りたいと思う。透明な生活というのだろうか。人間には欠点があるので、私もさまざまな欠点をもっているわけだが、それを自分で自覚したまま老年を迎え死にたいと思う。 ぜんたいとしていえば、大概のひとに「江口はおだやかで筋の通った信頼できる人だった」と言われたいと思う。洒脱で時に滑稽だったといわれればなおよい。趣味人と呼ばれればうれしい。ケチとは呼ばれたくない。もし上のような評価をもらえるのであれば、平凡でも無能と呼ばれれてもよい。けっきょくわたしにとってはそういう生活がよい生活なのだ。


2005/03/02 (水)

起きられず。調子悪いのか。

荷風全集。さすがに飽きた。

終日調子悪かった。


2005/03/03 (木)

苦しむ。なんか体全体が熱っぽく、皮膚や粘膜が弱っている感じ。鬚剃り負け、 クシャミ連発、鼻水。 花粉症?花粉症は気づいてしまうと本格的になると信じているので知らんふりをする。

提氏逮捕。いくらお金もってても、70才にもなって留置所とか刑務所とかい やだな。気をつけよう。これもバブル時代を連想する。

タバコを吸ってしまうと、心臓とかに負担がかかっているのを自覚できる。 やばい。

某協会の事務仕事。 サークルのおつきあい。


2005/03/04 (金)

陰。昼起きて午後から。

3月はいろいろと仕事がある。寝てばかりはいられない。

skk-bayesianを試してみる。


2005/03/05 (土)

行くべきところがあったのだが、 体調不良 で動けず。終日寝る。人間失格。

夜心を入れかえて勉強。 頭の働きが特に悪く苦しむ。


2005/03/06 (日)

コンソーシアム京都へ。実にひさしぶりに居眠りとかしたなあ。10年ぶりぐらい?

レヴァイン/メトロポリタンで『ファルスタッフ』DVDを見るが、 乗れない。やはりヴェルディはちょっと違うようだ。


2005/03/07 (月)

暖。前日早寝したおかげで早起き。午前中から。

荷風全集・・・・

図書館に入れてもらったシノーポリ/ドレスデンの新ヴィーン派集8枚組を聞く。 うひひひ。 ラヴェルやストラヴィンスキーがあんな新鮮な音楽を作っていたときに この人びとはこんな息苦しいのばっかり作ってて、なんだか気の毒。

それにしてもクラシックまわりのCCDB のデータは正確でない。入れなおし。なにもデータがないのであれば、 「おれが最初に入力するんだ」ってな感じでヴォランティアするのだが、 まちがってるデータを直すのはなんだかいやな感じ。

ケンバーンズの映画『ジャズ』DVD10枚組も入れてもらったので楽しみ。 年寄には年寄の楽しみがある。

さて勉強勉強。


2005/03/08 (火)

だめ人間。本気で反省しなければ。ちゃんと生きねば。

それにしても、二日酔いで寝ていると甘美な快楽を味わえる。 ダウン系の麻薬ってのはああいう状態を長びかせ時間を止めてくれるのだろう。

研究会。

ケン・バーンズ『ジャズ』DVD。ジャズ100年の歴史をふりかえるってやつ。 10巻目(60年代〜)から見始める。コルトレーンが動いているのははじめて見 た。エリントンの扱いが大きいのはわかるが、ルイ・アームストロングがなん でこんなに大きく扱われるのか、マイルスの扱いが小さいのはなぜなのか。ア メリカと日本で扱いがちょっと違うのかもしれん。というか、どうもウィント ン・マルサリスがからんでるからマルサリス史観がかなりはいってるんだな。 おそらく彼によれば偉いのはニューオリンズで(まあ地元だから)、トランペッ ターが偉くて(これもしょうがないか)、電気ジャズは意味がなく(許せん)、 エリントンは超偉いがベイシーはだめ(まあそうかも)で、その他のビッグバ ンドはなおさらだめで、単なるブルースやR&Bはジャズとあんまり関係なく、 白人ジャズマンは泥棒なので出演させない(ビルエヴァンスもギルバンスもリーコニッ ツもヨーロッパフリージャズも出てこなかった)。

滝川クリステル・・・ううむ。師岡カリーマ・エルサムニー以来の注目。


2005/03/09 (水)

暖。起きられた。大家さんの植木の沈丁花薫る。春に花が咲くことのありが たみがわかる年齢になってきたような気がする。私も庭とは言わないまでも盆 栽ぐらい欲しいのだが、日当りが悪いし世話もできまい。

研究会2日目。いろいろ作業。作業しながらシノーポリを楽しむ。奇妙な焦 燥感。あ、これは音楽が悪いのかも。『グレの歌』よし。しかし、同時期のマー ラーの『大地の歌』とかシュトラウスのオペラとかほど完成しているとは言え ないと思う(あたりまえか)。っていうか話がバカバカしいというか。このひとは もっとちゃんとした文学的趣味を獲得するべきではなかったのかと思う。 もっともバルトークとかもこの時期はもうひとつな話に音楽つけてるわけで、 そういう時代だったか。

電波ラジオについて。どうもライブドアとニッポン放送の件は気になる。 どうもそれは株に興味があるんじゃなくて、ラジオに思い入れがあるからかもしれない。

私は70年代後半のAMラジオ世代なので、やっぱりオールナイトニッポンとか聞いてたわけで、 中島みゆきとかタモリとか鶴光とかずいぶんお世話になったような気がする。 NHK FMのサウンドストリートはその後の話。渋谷陽一とか坂本龍一とか佐野元春とか。これもお世話になった。

ソニーの短波ラジオで深夜にAMを聴くってのは、やっぱりなんかある種の重要な体験だったんではなかろうか。 個室とラジオは当時の子どもにとって自分に内面があることを発見するきっかけというか。 親とは別個の自分がいる、という感覚は、私の場合ラジオだったんないかな。 いや、セックスや恋愛や憎悪についての(ヤバイ?)話が深夜ラジオというメディアに乗りやすかったということか。 本はまた別の説明しにくい感覚がある。あれは親の世代とも共通にもってるもので・・・

そういうラジオの特徴は、DJと聞き手が1対1の感覚を持てたところにあるんじゃないかと思う。 他の観客がいることが意識されるテレビとかとはぜんぜん違うメディアだった。

いまの学生さんにネットラジオとかやってもらうと、複数人で話をする形式でどうも FM放送(FM802とか)かなんかをモデルにしているような気がする。あれはなんだか公開な感じで、 70年代後半当時の密室な雰囲気がない。今でもAM放送はああいう雰囲気なんだろうか。 そういう需要はあるような気がするから、共有もあるだろうか。

今でも、blogとかは他の読者がいることをどうしても意識してしまう。 いや、ラジオでも 「お葉書」とかあるから他の視聴者は意識したわけだが、 それが深夜起きている選ばれた人々だって感じがあったんだわなあ。

2ちゃんねる楽器板周辺もずいぶん長く生活しているから、そろそまた 自分が別のコミュニティを求めているような気がする。

荷風全集で『西遊日記抄』と『日和下駄』。私はまったく目的地のない散歩は苦手だが、ある地点と地点を結ぶ道を歩くのは小学生のころから好きだったし、目的地があるかぎり、その距離が長くても特に苦痛とは感じない。集団下校とかっていう馬鹿げたものがあったときは苦痛でしかなかったが、一人で歩くときは空想に頭をいっぱいにして歩いていたものだ。まあそれは小学生のときは戦艦だったり拳銃だったり野球だったり、中学のころは意識されはじめていた人間関係だったりしたわけだが。まあ散歩者ではなく夢想する歩行者か。歩行は単独に限る。 歩いているといろいろ書きとめたいことがでてきて、さっき書いたラジオの話ももっとちゃんとした文章で浮かんできていたような気がするが、まあそういうのは気のせい。

シノーポリ続き。ベルクのヴァイオリン協奏曲は完全な名曲だなあ。もう6種類もってるト思うが、どの演奏でもよく聴こえる。いわゆる新ヴィーン学派では1番かな。2番はヴェーヴェルンの変奏曲、3番はシェーンベルクの変奏曲。

ところで、ここ時期の多くの作曲家が書いている20人を切る少数の楽器のための 音楽の指揮者ってのはどういうものか。CDとかでも指揮者の名前ばかり出てくる。 たんなる「合図係」(プロンプター?)として他の楽器演奏家と同列か、それ以下に名を挙げたらどうか。

「懐手で小さくなって暮したい」というのは漱石は荷風のような人々だけが望めるものだ。懐手でいったい冬が暮せるものか。


2005/03/10 (木)

寝坊しそうになる。

本屋で予算消化し大学へ。教授会。

衆議院議員(40)強制わいせつで逮捕。恥ずかしい。性犯罪だけは犯したくない。

私よりちょっと上の年齢のひとが、自分は「常にいきっていたい」という ようなことを書いているのを見て感銘を受ける。私が「懐手をして生きたい」 と言う裏にはそういう欲求がかなり強烈にあるような気もする。わたしはどう生きたいんだろうか。

大塚英志『物語消滅論』。 荷宮和子『なぜフェミニズムは没落したのか』。 難波江和英・内田樹『現代思想のパフォーマンス』。 どれも時間の無駄。


2005/03/11 (金)

人間失格。

夜から研究室。春は雨に濡れても平気。落ちついて勉強しよう。

荷風全集はほぼ目を通し終わったかな。

田中冨久子『女の脳・男の脳』。まあ私の嗜好その他はたしかに 脳によって決定されているわなあ。 竹内章郎『いのちの平等論』。なにを言いたいかわからん。 縦書きの文章に文献などの文字列を横に組むのは気ちがい。 岩波もこれやるとは、しょうがないなあ。

確定申告書類を作るが・・・え、こんな払うの。去年とずいぶん違うのは 年末調整の関係か。あれば払いたいが、払えないものは払えない。 この年で定職につかせていただいていながら、 少額の税金さえ払えないってのはまったくどうにもならん。 今年こそは、ほんのちょっとでいいから貯金しよう。

深夜から明け方にクライバーのトリスタン聴いて感動したり。


2005/03/12 (土)

夜が明けるのが早くなった。しかし寒い。

ケンバーンズ『ジャズ』。9巻目。50年代なかばからオーネットコールマンまでのビッグネームたちで 充実している。残念ながらドルフィーが入りこむ隙がなかった模様。

8巻目。ビバップとクール。だいたいここまでさかのぼれば満足。

ウィントン・マルサリスは新しい"art form"がどうのこうのと 解説するわけだが、自分で新しいものを作る必要性は感じなかったんだろうか。

もう一度漱石の「私の個人主義」読みなおして 「自己本位」について考える。「恰も嚢の中に詰められて出ることの出来ない人のような気がするのです。私は 私の手にただ一本の錐さえあれば何処か一箇所突き破って見せるのだが、焦燥り抜いたのですが〜」 「然し何んな本を読んでも依然として自分は嚢の中から出る訳に参りません。此嚢を突き破る錐は 倫敦中探しても歩いても見付かりそうになっかったのです。」「此時私は始めて文学とは 何んなものであるか、その概念を根本的に自分で作り上げるより外に、私を救う途はないのだと悟ったのです。」

しかしなにが自分なりのやりかたなのかがわからんというのが 当然の問題んだよなあ。漱石の場合は問題が「文学とは何か」だったらしく、科学や哲学の勉強が自分なり のやり方だったらしい。(ちなみに私に問題があるとすればそれはもちろん「哲学とは何か」とかではない)

女性にとって男性の容姿はどういう意味をもつのか知りたいような気がしたり。 これはわからんわなあ。

明け方までうだうだ。 自宅のCDプレイヤーが死にかけている。トレーのドライブベルトまわりの問題なんだろうが、 新しいのを買った方がよいだろう。しかし本当につぶれるまでしばらく我慢してみる。


2005/03/13 (日)

雪。午後遅くに起き出し、三条でCDとお茶を買い、研究室へ。

同じ曲ばっかり買ってるような気がする。やっぱりそろそろクラシック収集も 終りだな。あと有名どころでは晩年のリスト、シューマンのピアノ曲ぐらいしか残ってないような 気がする。ショパンは聞かない。 終りでなければ、次はNAXOSでマイナー曲集めに行くことになるんじゃいだろうか。

別に小説を書いてみたいわけではないが荷風「小説作法」。

「読書思索観察の三事は小説書くものの寸毫も怠りてはならぬものなり読書と思索は剣術使の毎日道場にて竹刀を持つが如く観察は武者修行に出でて他流試合をなすが如し読書思索のみに耽りて世の中人間実地の観察を怠るものはやがて古典に捉はら感情の鋭敏をかくに至るべく己が才をたのみて実地の観察一点張にて行くものはその人非凡の天才ならぬ限り大抵は行きづまってしまうものなり」
「読書は閑暇なくては出来ず況や思索空想又観察に於てをやされば小説家たらんとするものはまづおのれが天分の有無のみならず又その身の境遇をも併せ顧ねばならぬなり・・・支那の文学は離騒を始めとして韓柳の聞李杜の詩に至るまで皆副業の産物なり」」

小説家に観察が必要なのは言うまでもないが、哲学者に観察はどの程度必要なのだろうか。

それにしても、なぜこの国の教育では文学といえば小説ということになっているのだ ろうか。ていうかそう私が思いこんでいるだけか。フィクションは文学という 大きな営みのなかではほんの一部でしかないし、私にとっては文学の 中心部分でもないような気がする。

しょう‐せつ【小説】セウ‥
(1)[漢書芸文志「小説家者流、蓋出於稗官、街談巷語、道聴塗説者之所造也」]市中の
出来事や話題を記録したもの。稗史はいし。
(2)(坪内逍遥による novel の訳語) 文学の一形式。作者の想像力によって構想し、また
は事実を脚色する叙事文学。韻文形式だけでなく、語り手が物語るという形式からも
自由となった、市民社会で成立した文学形式。古代における伝説・叙事詩、中世にお
ける物語などの系譜を受けつぎ、近代になって発達、詩に代って文学の王座を占める
に至った。
広辞苑
しょう‐せつ【小説】セウ‐
〔1〕《坪内逍遥がnovelに当てた訳語》文学の一形式。特に近代文学の一ジャ
ンルで、詩や戯曲に対していう。作者の構想のもとに、作中の人物・事件などを
通して、現代の、または理想の人間や社会の姿などを、興味ある虚構の物語とし
て散文体で表現した作品。〔2〕《「漢書」芸文志から》市中で口頭によって語
られた話を記述した文章。稗史(はいし)。

大辞泉

「だれもが自分の内心をおしはかってみれば、 われわれの心の内側のかずかずの願いは、たいていの場合、 他の者の損害の上に生まれ育つものだということが見てとれるだろう。」 (モンテーニュ「一方の利益は〜」 心の内側なあ。そういうところを、モンテーニュは「いつもは気づかないけど、 反省すりゃわかる」と思ってたんだろうな。

スクリーチ『モンテーニュとメランコリー』 不惑を前にして最後の自分さがし。かっこ悪い。

どうでもよいことだが、blogをはじめようとして途中で止まってしまう人の割合は、 5〜10年前にweb日記とかってものをはじめて途中で止まってしまった人の割合より 多いのではないかと予想する。

某師匠のアンテナ経由で時々読んでいたのだが、 若林正さんは亡くなっていたのだな。 今まで何人のWeb日記作者が亡くなったのか知らないが、 最後の最後まで書けるってのはWebのよいところなのではないかと思う。

もっとも読むのはキツいが。 どうも最後はずいぶん苦しんだようで読みなおすと本当にキツいな。 2月には、「もうこの方は長くないのだろう」と読者の 誰もが思っていたと思う。 私も最後に鎮静してもらうまで書いてみたい。その時はサーバーのファイルを直書きしたいな。


2005/03/14 (月)

朝一で税務署へ。払うつもりはありますが、すぐには払えません。

寝て夕方起きる。飯食ってまた寝て夜中に起きだす。

ケン・バーンズの『ジャズ』7巻目。第二次大戦中。パーカーの登場から始まる。 へえ、ビリー・ストレイホーンってゲイだったのか。エリントンの名前の陰に隠れてしまって 気の毒。ガーシュインとグローフェの関係とかどうだったんだろうか。


2005/03/15 (火)

Web日記9周年に到達。馬齢を加えつづけている。まあ初期のころの記載を見れば、 生きているだけでも感謝しなければならん。というか実際に夢のように恵まれた状態だ。

卒業式のため朝から。去年はパスしたのだが、今年はクラス担任のため出席 しなければならん。本当に久しぶりにネクタイ着用。 皆驚いた顏で私を見る。

しかし革靴を履いていると猛烈に足が疲れる。歩くと頭に振動が来るし、 足が冷える。安物だから? スニーカーに履き替えて しばらくすると楽になった。しかしスーツにスニーカーは学生には評判が悪い。

『シェーンベルクのヴィーン』。「芸術とは新しい芸術のことである」。

卒業パーティー。卒業式は振袖か袴、パーティーはドレスっていうのが ふつうの女子大生らしい。振袖の方が華やかに見えるのだが、汚すとか いろいろ心配があるのだろう。 なんだかそれほど高くないクラブ(キャバクラ?)にいるような気になる。 もっとも誰もお酌してくれないので終始隅っこにいる。 でも卒業式やパーティーにそこまで金使う必要ないような気がするが、 ハレの日ってのは必要なんだろうなとも思う。私はそこらへんのメリハリの ない生活してるからダメなのではないか。


2005/03/16 (水)

午後起きる。背中の筋を違えてしまう。内臓は関係ないといいな。

夕方大学へ。

自分の「かっこよく生きたい」という理想について考える。 むしろ「かっこ悪くないように生きたい」という否定的な理想なのだが、 そりゃ生きてるかぎり無理だわなあ。

小谷野敦阪大辞任の裏話 http://d.hatena.ne.jp/sunchan2004/20040301 なんだかなあ。まあ気持ちはわからんでもないが、 いかなる組織もキチガイの一人や二人はいるわけだから、 キチガイとのキチガイ対決で負けたということではないのかとも思う。 病気になった人はもっとたくさんいそうな話だ。 やばい奴がいたときの一番のポイントはそれに対抗する勢力作りだと思うのだが、 そういうのがうまくいかなかったんだろう。


2005/03/17 (木)

午後起きて大学。卒業した学生がまだ学内をうろうろしている。

「好きなCD30選」とか書き残しておきたいな。 こういうweb日記を書いていると、まとまったメモ程度のものも書けなくなるってのがある。 なにか書き留めておきたいことがある場合、30分で書けるようなものはここに書けばよいわけだが、 そうでない場合には断片だけをメモして終りになってしまう。ファイルを別にするとそのうち忘れてしまう。 とりあえず今日も断片。

よく聴いているクラシック音楽

フランクのヴァイオリンソナタ。とんでもない名曲だと思う。ドビュッシーがフランクを批判したという話があるそうだが、ほんとうだろうか。ドビュッシーのヴァイオリンソナタでフランクの曲の一部を引用していると思う。チボー/コルトーは古すぎるのでミンツあたりかな。ギトリス/アルゲリッチとかもよい。

マーラー5番、6番、大地の歌。大地の歌が最高傑作だと思う。あとはちょっとわからん。子どものころ最初に聞いた交響曲がマーラーだったので、そういうものだと思っていたが、今聞くと形式感が弱くて散慢。5、6番は他に比べれば緊密だし、大地の歌は中国風にするためにマーラー風の卑俗なメロディーが出てこないので聞きやすい。同時代のリヒャルト・シュトラウスなどに比べると二流だったと言えるのではないか。趣味を非難されるかもしれないが、ショルティの演奏が好き。

バルトークの弦チェレ、中国の役人、協奏曲(ピアノ、ヴァイオリンどちらも)、ピアノソナタ、戸外にて、二台のピアノと打楽器の〜、青髯、四重奏3、4、6。好きな曲がたくさんある。ブーレーズ。

ベトベンのクロイッツェル、後期四重奏、後期ピアノソナタ。他の曲もど れもよく書けている。やっとこういうものがわかるようになってきた。交響曲 はまあよいものなのだろうが、頻繁に聞く気にはなれない。 どれも3、4種持っているけどあまり演奏者は意識していない。

ドビュッシーの前奏曲、映像、晩年のソナタ、牧神、夜想曲、ペレアス、 歌曲。ドビュッシーはミケランジェリの前奏曲集で目覚めた。最近フランソワ も劣らずよいことを知った。「牧神の午後」も夢のように美しい。アンセルメ/ロマンド の演奏で育ったのであれが基準だと思う。ペレアスのはカラヤンのが夢のよう によい。

シェーンベルクのピアノ曲、室内交響曲、変奏曲作品31、歌曲。よく聞く とブラームスとかと近い関係にあることがわかる。同じような感じで美しい。 しかしあの袋小路から出ることができなかったわけなのね。ピアノ曲はポリー ニの演奏が美しい。グールドもロマンチックでよし。

ベルクのヴァイオリン協奏曲、抒情組曲、ピアノソナタ。歌曲もよい。ヴァ イオリン協奏曲はこのジャンルの音楽のトップクラス。ウィーン情緒っていうのかね。 ヴォツェックやルルもよい。新ヴィーン楽派で一番伝統的な才能があったのは この人だろう。

ブラームスの作品114〜118、 クラリネット三重奏、五重奏やピアノ小品。つまり最晩年の曲。ブラームス に目覚めたのは、やはりグールドの『間奏曲集』を聞いてから。同時期のクラ リネット五重奏はライスターが最高(ライブも聞いた)。 ウラッハやプリンツのもよい。

モーツアルトの協奏曲(ホルン、クラリネット、オーボエ、ピアノ)、オ ペラ。モツアルトの場合、交響曲より協奏曲の方が上等だと思う。デニス・ブ レインとカラヤンのホルン協奏曲はすばらしい。そしてやっぱりオペラ作家だ。

バッハのゴールドベルク、イギリス組曲、無伴奏チェロ。チェンバロは嫌 い。平均律や無伴奏ヴァイオリンは深刻すぎる。ゴールドベルクはやっぱりグー ルドの2回目の録音がすばらしい。

リヒャルト・シュトラウスのオペラ、最後の四つの歌。 歌曲はもっといいのがあるかもしれない。交響詩はわからん。 完璧なオペラ作家なんだろうと思う。CDはどれもカラヤンでよいと思う。

ショスタコヴィッチの四重奏、交響曲5、13、14。ショスタコ交響曲の緩徐 楽章はほんとうに美しく、まだまだ可能性があるなと思わせられる。室内楽は 弦楽四重奏以外にももうちょっと攻めたい。

ストラヴィンスキーの「結婚」、「兵士の物語」、「ペトルーシュカ」。 「結婚」でめざめるまで初期の三大バレエしか意識していなかったが、へんな 編成の小品にもよい曲が多い。

ラヴェルのピアノ曲はどれもよい。ピアノ三重奏と歌曲も美しい。 以前は「精神性」が足らんというか情緒が出てないなあと思っていたが、 ストラヴィンスキーをひとまわり聞いたら印象が変わった。 音楽とそういうのはあんまり関係がなくてもいいのね。 アルゲリッチの「ギャスパール」とか眩暈がしそうなグロテスクさがよろし。

ワグナーのトリスタン、タンホイザー、マイスタージンガー。他はちょっ とわからん。指輪とかDVDで見ても退屈でたまらん。トリスタンは舞台見るより CDで聞いた方がよい。タンホイザーとかドキドキするのを感じる。

シューマンのピアノ曲(クライスレリアーナとか)はよいものだと思うが、まだ把握しきってない。ホロヴィッツ。

メシアンは「世の終り〜」。チェロやヴァイオリンで綿綿と通俗的なライ ンを弾かれるとシビれる。ピアノ曲の「前奏曲」や「練習曲」とかもよい。 「世の終り」はタッシのやつがよい。ピアノ曲はベロフよし。

武満徹はいくつか好きな曲があるが、まとめて聞いたら飽きてしまった。

これくらい。陳腐だ。ジャズになるともっと陳腐な好み。

  1. 60年代マイルス。
  2. 〜70年代ビルエヴァンス。
  3. 80年代ギルエヴァンス。
  4. ドルフィーはどれもよい。
  5. マイフェイヴァリットシングズから至上の愛までのコルトレーン
  6. ダイアルのパーカー
  7. スタンダーズのころのキース・ジャレット
  8. リッチー・バイラーク。

いや、ジャズはレコードごとに論じるべきだな。個々のレコードにはけっこう思いいれがある。

胃の調子が悪い。


2005/03/18 (金)

午前中起きて大学へ。時々糠雨。寒暖定まらず。

自宅のCDプレイヤーが本格的にやばい。音飛びもするようになった。


2005/03/19 (土)

なんとか起きて打ち合せと研究会。 学内で宅配ピザや宅配寿司で宴会。 なかなかよい発想なのだが、料理の手配は工夫の余地がある。


2005/03/20 (日)

起きそこねる。午後から研究会へ。

長い冬を抜け、やっとジョギングができるようになりつつある。一月半もさぼっていた。

思うところあって(ヒゲはナルシズムの象徴だ)、なるべく頻繁にヒゲ剃り するようにしている。ヒゲ剃りあとにはヘチマコロンが一番。

しかし睡眠パターンがおかしくなったまま。ここしばらく、 夜10時ごろ眠くなり2時ごろ起きてしまう。

中村うさぎ、石井政之『自分の顏が許せない』 おや、これはおもしろい。この石井という人は注目だな。 中村もいろいろまともなことを言ってる。 やっぱりほんとうに関心のある人々はそれなりにおもしろいことを言う。 数日前に石井の『肉体不平等』を読んでいる。 昨日の研究会では障害者の話が出てたし。


2005/03/21 (月)

結局寝直せず朝から大学。好天。暖。

イスにすわりつつ仮眠。腰を痛めそうだ。仮眠するためのソファーか背もた れを倒せるイスが必要だ。リサイクル屋を見てみることにしよう。

ケン・バーンズ『ジャズ』。第6巻までさかのぼるとやっとベイシーが登場。 レスター・ヤングもかっこいい。


2005/03/22 (火)

早寝して早起き。やっと正常な睡眠周期になったかな。

小雨。朝から大学。

J. オシエー『音楽と病——病歴にみる大作曲家の姿』。 モーツアルト→欝病、腎臓病。 ベートーベン→アル中、肝硬変。ふーん、そうか。

山田由美子『第三帝国のリヒャルト・シュトラウス』。 ブラームスとガーシュインの伝記。どちらもさして目新しい記事なし。 図書館の音楽関係の本も目ぼしいものはそろそろ読みきってしまったようだ。 あとは吉田秀和全集とかそういうのしか残ってない。 新刊を入れてもらわねば。


2005/03/23 (水)

雨。早寝するも起きたら10時過ぎ。大学へ。ひさしぶりに血液検査してもらう。

教授会。

雨のなかを歩くのは 嫌いではない。しかし、スニーカーがちゃんとしている場合 に限る。現在はどれも水が染みてぐしゃぐしゃになる。

そういや昨日フロリダの安楽死のニュースを見ていて書いとかなきゃならんと思っていたことがあった。 べつに近く死ぬ予定はない。こういうのも辞書的には「遺書」っていうんだな。 まあふつうは遺言か。living will

そういや、最近PGPとかGPGとか電子署名とかあんまり気にしてなかった けど、どうなってるんだろうか。けっきょく普及しなかったというか、 メールや文書程度には必要なかった? 商取引の方では暗号が普通になったのにね。


2005/03/24 (木)

早起き。大学へ。春の雨。 最近げっぷが頻繁に出る。あまり胃酸は感じない。胃が弱っているのか。 このまえ胃カメラ飲んでおいてよかったなあ。

Finkを最新版にする。つい でにebライブラリ等も最新にする。それでもジニアス大英和はちゃんと読めな い。うーむ。

昼飯を食ったら仮眠するクセがついている。別に悪いクセではないはず。

サークルの支援。

静かに暮せるのもあと1週間足らず。アタラクシアってのはやっぱり 人間の一番の理想だと思う。いまのところ災害にも会わず、大きな病もない。 別に満ち足りているわけではないが、 研究室で静かに本を読んで勉強していられる時期は幸福だ。 毎年この時期はそういうことを考えている。 たとえば9年前4年前

将棋でいえば、私は幸運なことに奨励会員から脱出し、(うだつのあがらない) C級(おそらく2組)で、いつも予選落ちで棋戦本選には一度も出たことがないが、棋士でいる 年数に依存して五段か六段になってしまっているような感じ。それに咎めの意識を感じるのはなぜか。 C級の将棋棋士も同じようなことを感じているのだろうか。

早寝。


2005/03/25 (金)

昼まで寝てしまう。陰。雪もちらほら。夕方やっと日が出る。

研究室に来てみると、なんだか片づいている。教員研究室一斉清掃が 入ったらしい。ごくろうさまです。なるべくこの状態を維持すべく努力する所存です。

前日のジーニアス大英和辞典の件、appendixなるものを入れると ちゃんと読めることを知る。快適。大辞泉も同じようにしてひきたいのだが。独自形式の CD辞書ってのはよくないよなあ。戦略がまちがってるのではないか。漢辞海も ふつうのフォーマットでCD出してくれないだろうか。

えんえんベトベン聞く。ふと思ったのだが、難しげなクラシック聞いたりMacの上でemacs使ったり、あんまりスポーツに興味なかったり政治的にはヌルい中道左派、新聞は毎日と地元紙をとるっていう私の趣味には、いかにもな臭みがある。味噌の味噌臭きは本物にあらず。まあそういう典型的な人間であるわけだが。親の期待を背負って過剰に投資され、おかげでなんとか浮びあがってきている人間だというかなんというか。べつに趣味は趣味でいいわけだが、なぜこう典型的なところにちゃんとはまるのかってのは興味深い。見るひとが見れば性的な趣味までわかるだろう。たとえば『サライ』の仮想読者対象である荷風や漱石を読んだりする人びと、それが私なんだろう。(サライは歯医者でしか読んでないけど)

日が長くなってきて一日の感覚がちょっとおかしい。

サッカーを見ていて、日常クラブチームの試合も見てないのに 日本代表の試合だけ見るのはなぜかと考えはじめたらばからしくなって見るのをやめる。 もう球技のテレビ観戦はしないかもしれん。

最近ビール飲んでもおいしくない。やばいので禁酒。 しかしコーヒーやお茶はアップ系の飲物だから、 ダウン系の飲物がほしいのだが。


2005/03/26 (土)

早起きしたのにまた寝てしまう。

午後府立医大でのシンポを聞きに。ちょっと長かったが勉強になった。 お医者とかやっていることが はっきりしていてうらやましい。っていうかもともと賢いのだろうし、デリバリひとつとっても私とは鍛えが違うな。 同じ大学教員といっても、向うは競争と淘汰が激しいのだろう。

それでもインフォームドコンセントとかそういうのを担当するのに不向きだろうって人っているよなあ。 遺伝カウンセリングとかそういう微妙で治療研究にあたる人数が少ない先進分野では、 少数の人の影響力が強くなってしまうから、 そういうのに不向きな人がまじりこんでるとけっこう被害でるかもなあ。 まあ私は人々に善をなすことより、世間様に危害や迷惑を加えないことを目指すしかなさそうだ。 この消極的思考。

最近 鴨川の小鳥が気になる。モーニングで野鳥マンガ読んでからだ。 私も毎日見る鳥の名前ぐらいは覚えておきたいものだ。 あれ、京都の野鳥図鑑昔持ってたような気がする・・・


2005/03/27 (日)

早起き。暖。手袋も帽子も不要。

昼前から大学。

死蔵していた日立デジタル平凡社の世界大百科もJammingで読めるようにした。ついでにノートPCでOEDひけるようにした。 やっぱり研究室にWindows機が1台必要な気がする。 来年度の予算で1台買うべきかどうか。 と、Windows XPを入れようとして失敗して死んでいるIBMノートの匡体も 破損していることを発見。修理するべきか新品を買うべきか。

広辞苑も好きではないので大辞泉を使いたいのだが。

よく知らんが、ミルの立場を 「他人に危害を加えないかぎり、何をしても他人から干渉されるべきではない」と まとめるのはスジ悪いのではないかと思う。だめなのは「政府」の「強制」。政治の話だ。また「何をしても」は強すぎるのでは?


2005/03/28 (月)

雨、早起き、朝から大学。 あら、3月が終る。雨なのにオープンキャンパスとかしている。 この時期にやって意味があるんだろうか。

血液検査の結果をもらった。

血液検査結果
項目 GOT GPT γ-GTP コレステロール 中性脂肪 尿酸
基準値 11-31 7-45 12-67 130-219 32-149 3.5-6.9
2005/03 37 49 144 248 979 7.9

めでたいことに中性脂肪が1000mg/dlを切った!(過去の記録) うーん、これを改善されていると見ていいのか。そんなに飲んだり食ったりしているつもりはないのだが。尿酸値も気になる。 ますます食い物に気をつけること。しかし何を食えばいいのか。 ラーメンをやめ、スパゲティの一食の麺の量を減らすくらいしか 思いつかない。とにかく朝飯をちゃんと食うこと。 ジョギングすること。もっと節酒すること。 ていうかほんとうに断酒が必要なのか。 これは絶対遺伝的なものだろう。 江戸時代の大飢饉のときに生き残ったご先祖さまありがとう、なのか。 あんまり長生きはできないかもしれないなあ。次の検査は5月中旬。

私はいつから飲酒の癖をつけてしまったんだろう? 岩倉に住んでいたころは今ほど飲んでいなかったような気がする。

高橋悠二『コレクション1970年代』。中学か高校のころの読んだ文章だ。 まだ色々記憶している部分があることに驚く。 今読めば子どもっぽいが、こういうスカした文章を好んで読んでいた時代もあったな。 けっきょく中学〜大学初期までに読んだもので 人の記憶や思考法は決定されてしまうのかもしれない。

どうも最近中古でジャズやR&BのCDを見ても「高いな」と感じて二の 足を踏んでしまう。新譜ならなおさら。 1000円ならどんどん欲しいと思うのだが。クラシック廉価版を買い 集めてコストベネフィットの意識が変わってしまった影響だ。今よりずっと物価が低かったのに ビニール盤が2500円ぐらいだった時代があったんだよな。あと どういうわけか通販ではクラシック以外買いにくい。なぜだろう?クラシックと 違って、なんか偶然の出会いとか、CD屋店員のアオリ文章とかラジオとか ジャケ買いとか試聴買いとかそういうのを期待してるんだよな。

DVDレコーダー欲しい・・・ような気がするがお金がないので買わない。 ヴィデオテープでさえ録画してないし。

神戸大までの路線を調べて、遠くて行く気がなくなる。 徒歩で行ける距離以外のところには行きたくない。出不精。

ホリエモンはチキンと言われてもしかたがないだろうが、 やはり三十そこそこの若者が本物のビジネスマンに会うのは恐いよなあ。 年齢と経験ってのはやっぱり大事だ。

Sex and Philosophy 読みなおし。おもしろいよな。やっぱり これどっかで紹介したい。

ネットもテレビもラジオも蓄音機もなかったころの夜はどれほど静かだった んだろうか。想像もつかない。村上春樹の小説で一人で冬を山小屋で過す話が ある(『羊を〜』)が、あれは一度やってみたいような気がする。 チャーリー・パーカーが一冬山にこもってレスター・ヤングのレコードを擦り切れるほど聴いて練習した話とかもあるな。 アメリカの某大学に半年行くとだいたい同じような経験ができるような 気がする。

インドネシアの地震のニュースに注目しているうちに夜更ししてしまい、 遅くまで起きていた。


2005/03/29 (火)

朝、田舎の親から電話。「ノートパソコンの「0」キーを押しても「/」が出 てしまう」。初心者がよく落ちいるNumLock地獄にはまったらしい。こうして多 くの家庭で今日もPCが不幸や家庭不和の原因になっているわけだ。憎むべし。

どうも神戸まで移動する気になれず、お休み。ごめんなさい。出不精。 あっちこっち移動する人びとは偉いなあ。

なんか寒気がするし、調子悪いのかもしれない。最近タバコも酒もまずいし。 もうすぐ授業がはじまってしまうので、この時期の時間は貴重なのだが。・・あれ、 頭痛もするぞ。夜になるとますます悪くなる。

寝込むことにした。なんだ、前日から調子悪かったのね。

藷がらを使いはたし


2005/03/30 (水)

終日病臥。いわゆる金縛りにあったりもする。非常に不愉快。


2005/03/31 (木)

早起き。回復した模様。床屋に寄って昼前から大学。 新入寮生らしき人びとがうろうろしている。新年度が始まるわけですな。 隣の研究室に新しい同僚の荷物が届いている。よい人だといいなあ。

いろんな事務的用事が襲ってくる。もう春休みではない。

どんなものか調査がてらにはてなでblogをはじめてみた。

図書館にはまだまだだ聞いてないCDがある。CDR焼くのは面倒なのでiTunesに読みこみ。シューリヒトのベトベン3番。おお、名演。ニキシュのベトベン5番ってのもある。これはSPからので音が悪すぎるなあ。フリッチャイのベト7番。これは録音もよい。

講談社のベトベン全集の冊子を読む。ふむ、ベートーベンの時代までは コンサートでは序曲か交響曲→アリアや協奏曲、合唱曲と曲目が進む、と。 コンサートでは交響曲より協奏曲の方が偉かったのだな。 モーツァルトでも交響曲より協奏曲の方が力がはいっているという私の感覚は正しいわけだ。

CDをApple LosslessでiTunesに読みこむと、けっこうよい音質で聞けることを発見する。へたすると今使っている安物のCDプレイヤーよりましかもしれん。ベトベンを大量に読みこむ。

朝日新聞、朝日が武富士から5000万もらったという記事を載せた文春の広告の一部を黒塗り。広告代理店がやったらしいが。もうだめだな、この新聞。

バタバタしているといかん。心を落ちつけるべし。


2005/04/01 (金)

早起き。朝から大学。成績疑義あり、紙束をひっくりかえす。入学式だった 模様。大学から京都駅までの直行バスが走りはじめた。真赤なそ の名も「プリンセスバス」らしい。

あの方が植物状態になったり脳死になったりしたらどうなるんだろうか。やっ ぱり「特別な手段」は使わないんだろうな。・・・入院を拒否しているらしい。 なるほど。

なるほど、 あたりまえだが「はてな」とか実際に使ってみないとわからないこと、気づかないことというのはたくさんあるのだなあ。 通常の人々が追跡可能な足跡をあちこちに残すのはやっぱり気持ち悪いな。

ウィスキー飲んでしまい、心理的に調子悪くなる。いかん。


2005/04/02 (土)

昼前まで寝てしまう。午後大学。新入生が健康診断している。

昨日帰り道で新入生らしき人びとが歩いているのを見掛け、背筋が伸びてい るなと思った。いちおう大都市に出てきて誇らしいのか孤独で緊張しているの か。まあ未来があって好奇心に満ちている人びとの姿はよいものだ。これが数 か月たつと連れ立って横並びでダラダラ歩いて邪魔になる。

久しぶりに『ユリイカ』を立ち読み。ブログ特集。なんというか、この雑誌自 体が、読者がなんらかの物書きかもの書き志望者であるということが意識され る特集。この雑誌の読者のほぼ全員がブログとか持っているだろう。ブログな るものと同じ構造なんだよな。すべての読者が同時に書き手でもある。

たしかにハテナはアンテナもダイアリーもよくできていると思う。他企業と の連携もうまい。どういう人が設計しているのだろうかと興味がわく。


2005/04/03 (日)

早起き。朝から。午前中ネットワーク停止。心おだやか。

例年この時期は学生のお泊り保育があったのだが、今年は廃止。 ちょっとだけ余裕があるのはそのせいだな。

日曜だというのに赤いバス(「プリンセスライン」が正しい名前らしい)は 誰も乗せずに京都駅と 大学の間を走りつづけているようだ。馬鹿。だから市バスは赤字なのだ。

26年以上も人からあがめられ、人間の(少なくとも信者の)模範として生きるってのはどういう感じなんだろうか。窮屈だったろうなあ。 そういう意味ではダライラマとか心配だ。

なんか考えがまとまらず散慢な一日。いつもそうだが特に。

プリンセスラインは市バスではないという情報をもらった。ありがとうございます。なるほど。市バスすまん。セレモニー観光株式会社できるかぎりがんばれ。(女坂登るのいやがる学生さんも多いようだから、1時間に3本も走らせるなら京阪七条でも止まって110円ぐらいとった方がいいんじゃないかなあ。)

春雷。雷が鳴るのは季節が変る印。

N響アワー、お気にいりの若村真由美たんが降板していて不愉快。もう見ない。


2005/04/04 (月)

早寝したのになかなか起きられない。昼から。快晴なれど風強し。

仕事仕事。

こういう時でもないと聞く機会がないので クリュイタンスのフォーレのレクイエムとか聞いてみる。名曲名演だねえ。

学生と単位の相談なども。ああ、新学期がはじまってしまった。

夜まで。またたくうちに時間が過ぎる。


2005/04/05 (火)

なんとか起きて会議。今年は会議が多い役回り。やだなあ。

mixiって覗いてみたいんだが、誰か招待してくれないだろうか。→招待してもらった。 ふーん、こういうところなのか。ぜんぜん知らなかったがなかなか賑やかだな。まあ こういうコミュニティのようなところは昔からそれほどハマることはなかったから、 今回も覗くだけかも。

emacsのcalcって素因数分解もできるのか。

会議もう1件。

某衣笠琵琶湖株式会社の大阪ドームでの入社式ならぬ某式典をネット実況で 見てしまう。すげー。

夜まで。しかし調子上がらず。

mixiは崩壊寸前という感じかなあ。コミュニティとしてあんまり長く持たな いような気がする。


2005/04/06 (水)

午前中起床。昼から。会議。教授会。

放っておいたら ずいぶん安定したようだし便利なパッケージもあるようだから X11からCarbon版のemacsに移行するつもり。同時についつい無意味に行なうcvs update / make 地獄から。

私に来るメールはゴミが9割を越しているので、メールはもはやMacのMail.appでないと読めない。Mail.appは賢い。

どうもやっぱり、いつも使っているCDプレイヤーより、MacにApple Losslessで取りこんだ方が音がよい。オーディオインタフェースにそこそこの ものを使っているからか。つまりもっとよいプレイヤーが欲しくなるというこ とである(今使ってるやつは29800だったか39800だったかそれくらい。)困った。

夜まで。けっきょくあんまり能率があがらないので夜まで研究室にいるのは やめにしよう。

mixi。直感的になんか人間性に反したところがある。少なくとも私の人間性には反している。狭い狭い田舎の村のようだ。そういう村的なものを目指しているのだろうが、人数がある程度あつまるとそれではうまくいかないんじゃないかなあ。トレースが簡単すぎるから?なんというか、平面的で裏表があまりないようなところに違和感があるのか。どうも表面的なお付き合いを強要するところがあると思う。はてなと違っていちいち「mixiに入る」という意識を強要するところがあるから違和感があるのか。まだそういう違和感を克服させるような強力なコンテンツを見つけてないだけかも。

池坊短大学長(43)「廉潔を要求される教育者としてあるまじき行為の疑いを 生じさせた」として解任。なんだろう。廉潔廉潔。


2005/04/07 (木)

朝小雨。昼から陰。昼前まで寝てしまう。昼から大学。授業開始。賑やか。

なるほど、やぱりemacsには「はてなモード」があるのか。まあそこまで使う気にはなれないけど。

仕事仕事。授業準備も。

池坊学長解任はセクハラ疑惑。「事実ではなかったが、疑いを生じさせたこ とに厳正に対処した」らしい。どういうことだろう。 「助兵衛であるから解任」とはっきりしたらどうか。 まあ学生のバイト先の飲み屋に顏を出したり、自宅に学生を出入りさせて るようではダメだろう。


2005/04/08 (金)

朝から。授業準備。やだなあ。

授業3個。金曜はきつい。

なんか疲れて調子悪くなる。早く寝よう。


2005/04/09 (土)

泥のように寝る。ひさしぶりに人前で話をした緊張のせいか。

午前中に起きて昼から大学。鴨川は春。花見客もたくさん。

hatena-mode.elも試してみる。

あれ、今月貧乏だぞ。

研究室にいてもどうにもダメなので帰宅して寝る。


2005/04/10 (日)

久しぶりにテレビ将棋を見る。花曇り。鴨川は今日もなごやか。

午後から大学。授業準備が。

時間がないときにどうやって当面無駄な読書の時間を見つけるか、ってことが これから10年の問題。

NHK FMでハイドンとか聞くが、音楽史的には巨大な人物だよな。ソナタ形式 とか完成したのはモーツアルトやベートーベンってよりはこの人なわけだし。 なんで人気がないんだろう。答。退屈だから。いろんなところに文章書いてる オーボエの茂木って演奏はちゃんとした人だな。

うわ、延々昼寝してしまった。


2005/04/11 (月)

衣笠。2コマ。疲れた。久しぶりに自転車に乗る。

中国の半日デモの話、毎日テレビのニュース番組見て新聞読んでるのに デモ側の大義がよくわからん。なんかおかしい。報道統制?自主規制?

『日出処の天子』再読。たしかに少女漫画の金字塔。 なんといっても、主人公たちの意図的でない行動が(御都合主義にならずに)重要な帰結をもたらすという筋のつくりがすばらしい。作者がなにをどう考えて話を描いているのか想像できない。たいていのお話というものは作者の苦労を読んでしまって見苦しく感じてしまうわけだが、この作品では偶然が必然に見えるというか意図が偶然に見えるというか。いまでも少女マンガではこれくらい複雑な話が描かれているのだろうか。(いまやってるバレエ漫画は大量に出てくる伏線がさっぱり解決されていかないので気持ち悪い)(どうでもいいが、この手の作品で「この作品はフィクションです。実在の人物・事件には一切関係ありません」ってのもなんか違和感。)

それほどまじめに考えがいわけではないが、フェミニストにとって山岸涼子の女嫌いってのはどういう意味づけされているのだろうか。


2005/04/12 (火)

雨。

午後から。某君に来てもらい某協会事務。

前期の火曜日はとりあえず授業がない。しかし例年通り、もしかして授業をすっぽか しているのではないかという不安に襲われ何度も時間割を見る。

一滴も飲まず、寝るのに苦労する。寝られないと苦しいのはなぜか?→人間 ができていないから。心安らかに瞑想でもできればいいのに。ストレッチして ほんの軽く筋トレして体を温めるとちょっと楽になることを発見。


2005/04/13 (水)

早起き。曇。朝から。

昼教授会。

午後3回生ゼミ。

吾妻ひでおの『失踪日記』読む。子どものころ世話になったひとがこんなこ とになっているとは。ホームレス生活はかなり不便なようだからやる気はないが、アル中恐い。渡ってはいけない川があるのだろう。私は まだこちらにいるよなあ。

会議。

サークルの相手。

いまのところ自分には関係のないことだが、 自分の利益が他の人々によって(不正に)損なわれていると考え、法や道徳 など、より上位の権威に訴えねばならないと判断したときには、ジタバタする ことが傍観者に見苦しく見えるかもしれないなどということを考えてはいけな い。そもそもなんらかの上位の権威に訴えねばならないと判断しなければならな い時点で、自分はなにかに頼らねばなない弱者であると判断しているのであるから、 弱者は弱者なりに全力でジタバタしなければならない。見苦しい かもしれないなどいう見栄は自滅につながる。また弱気でしりぞいてしまうことは さらに問題を悪化させる。少なくとも現状から一方も 退ぞいてはならない。てなことをふと考えた。特に現在私の生活に問題がある わけではないが、いざというときのために心にとめておくこと。そういうことが 私の身に起こらないとは限らない。

夜眠れず瞑想する場合、なにを考えるべきか。そもそも瞑想とは なにを考えるのだろうか。公案?「禅の手引」とかそういう本をさがすべきか。


2005/04/14 (木)

早起き。

うーん、carbon emacs、どうも入力まわりがうまくないなあ。emacsでは当 然SKKを使い、他のアプリケーションではAquaSKKを使うわけだが、この AquaSKKがemacsでも入力を邪魔してしまっているような。それに研究室と家の MacはOSもemacsもバージョン同じなのだが、ここらへんの挙動が若干違うのは なぜだろう。

迎えてもらって宴会。

百万遍初非常勤。どうもこの大学はレターケースもないらしい。ハンコ押すだけ。 控え室もあるのかないのかわからん。そういうものなのか。 (控え室は実は知られざるところにあるらしい)。


2005/04/15 (金)

あんまり飲んでないのに二日酔いっぽい。苦しい。

授業2個。

1週間して授業ひとまわりしたわけだが、身体的にかなり苦しい。非常勤して時間を 使う必要はないのだが、やらないと寂しいし勉強しなくなるってのもありジレ ンマ。


2005/04/16 (土)

研究会のために早起きするも準備間にあわず。

バッハのモテットとか聞きはじめる。

調子悪いので早く帰って寝る。

健康診断まであと1月。養生と精進につとめたい。


2005/04/17 (日)

なんとか起きて研究会というか作業日。正門前の八重桜も満開。

ミサ曲ロ短調。名曲ですな。ヨハネ受難曲も。 原則的に宗教曲は聴かないようにしているのだが、聴くものが なくなってきたしるし。

また新しい音楽の鉱脈を見つけたいなあ。どこらへんにあるのか。 バッハ以前には行く気にならんし、古典・ロマン派・近代はリスト以外は だいたい押えたような気がするし、現代曲はコストパフォーマンス悪いし。 Funk/ R&Bは飽きたような気がするし。ジャズも名盤はたいがい知ってると思いこんでるし。 ワールド音楽とか民族音楽とか?そういやサルサ系統はMetroに行かなくなってから あまり聴かなくなったな。まだラテンの日やってるのかな。

iTunesで音楽を聞いていると曲の切れ目に「プチ」っと音がする のに我慢できない。あれ、これはOSを10.3.9にしたからかな?


2005/04/18 (月)

そこそこ早起き。

他の合法・違法ドラッグと同じような意味でラーメンはドラッグであり、健康に悪いだけでなく強い身体・精神依存性がある。同じようなものにハンバーガーと宅配ピザがある(私はあんまり関係ないが砂糖と脂質が大量に入ったケーキ類も)。どれも食ったあと数日はさらに同じものを食いたくなる。どれも高カロリー高脂肪のファストフードで1食1000kcalぐらいある。これはこれらのファストフードが栄養的に偏ったたものだからなのだろう。どれも80年代後半から急速に成長した営利企業のものだ。ラーメンにしろ、おそらく80年代まではさほど凶悪に高脂肪なものではなかったのではないか。

ああいうものを食いたいと思うのは低血糖で時間がない時や、しばらく脂質をとらずに減量しつつあるときなので、あらかじめそういう事態に落ちいらないように注意しておく必要がある。また、他のドラッグと同様、我慢とかそういう「意志の力」でどうにかなるものではない。われわれは自分の意志を意志そのものによってコントロールすることなどできない。むしろ、他のより害が少なく健康的でなもので置きかえるつもりでなければならない。戦略的に対応しなければならない。たとえばラーメン食いたくなったらコンビニでおにぎりを1個買って様子を見るとか、すぐにうどん食うとか。ただしカロリーが少なくすぎると非常に強い反動があるので、脂質も炭水化物も蛋白質もより健康的なかたちで十分にとらなければならない。

もちろん他のドラッグ類と同様に、人生に彩りを与えるために利用するのは可。禁欲的な生活は生きるに値しない。よりよい快楽を求めてうまくコントロールすることが重要。

衣笠。去年は昼からだったが今年は4、5コマなので時間的に余裕がある。印刷室で先を争ったり気兼ねしたりする必要もない。


2005/04/19 (火)

起きるのに苦労する。昼前から。あら、なんか喉が痛いぞ。

昼会議。

午後某孃に来てもらって某協会事務。面倒。もう5年もやったから そろそろ卒業でいいだろう。

作業中クリスマスオラトリオを攻める。

CarbonEmacsは見栄えはいいのだが、日本語入力まわりの動作と、子プロセス(xdviとか)動かしたときのフォーカスまわりが気にいらない。よってやっぱりX11上emacsに戻る。

NHKの番組でリソグラフの話を見る。リソグラフは教育のあり方を根本的に変えたよなあ。そういや、小学校のときにガリ版で「学級新聞」作ったり手書きで「個人新聞」とかってものを作らされたのを思いだした。面倒でいやだったのだが、まさか30年後にこんな形でそういうものを書いているとは予想もしなかった(っていうか、1999年に世界は終わっていたはずだったし)。ああいうものを作るのはいやだったのは文字がヘタだったり、書くのに時間がかかって指が痛かったからではないのか。

いまどきの子どもは「ホームページ」とか作らされているのかとか考えてたら、 はっとする。自分が自分だと気づいたのは、日記を書きはじめてからのような気がする。 ・・・・いやいや、そのちょっと前から、卒論のノートをとりはじめたころ? っていうか、単にそのころから記憶が連鎖しているにすぎないのか。

五代目柳家小さんの「長者番付」「たらちね」。

某日記、私ならどうするかと考える。おそらくガンつけるんだろう。それでおさまらなかったときはどうなるんだろう。数年前には一気飲みしている青少年に意見しに行ったことがあるからおそらくなんか口を出すことになるんだろう。最初はやっぱり「静かにしてください」とかそういう発言の形をとるんじゃないかな。歳とったなあ。もっとも、そういう「笑い」の反応ってのはショックを受けた若い人がとりやすい行動だから、あまり厳しく考えてはいかんと思う。 また、おそらく、「おかしい」と思った人々の行動をおかしいと思うこと自体も責めるべきではない。それはその人の責任ではない。責めることができるのは行動だけだ。・・・いや、そうでもないかな。非難によって感じかたを変えることはできるな。

ネットで高い古書を注文する。しかし手に入るとは思っていなかったのでよ かったよかった。よい時代になった。


2005/04/20 (水)

陰。早起き。朝から。まず各種事務仕事から。

アフリカ人(ナイジェリア?)枢機卿がかっこよかったのだが。次回期待。

バッハのBWV500番台なかばのオルガン曲を攻める。ヴァルヒャ。どれも同じように聞こえる。というか「様式」そのものという感じがして、曲の間の差異とかそういうものを十分感知していないような気がする。音楽はつまり様式なのかどうか。おそらく対位法に対する注意が足りないのだろう。モツアルトを聞いてもベトベンを聞いてもそういう印象を感じることがあったりするわけだが、オルガン曲は特に。よく知らんが、ここらへんに古典派〜ロマン派の作曲家たちの調性感との格闘の萌芽があるのか。彼らは「うーん、こういうのも悪くはないけど、ちょっと退屈かなあ。もっと歌いやすいメロディーとか新鮮な和音使って、転調とかしたいね。」とか言ってたのかどうか。ピアノ曲はあんまりそういうの感じなかったんだけど、それはなぜか。あ、チェンバロで弾かれると退屈に感じるかな。

3回生ゼミ。例年のようにちまちま英語というか辞書のひき方から教える。 私が教えられることはこれくらいしかないし。

会議。今年は雑用多くてたいへん。っていうか書類の整理の仕方をおぼえないと ヤバイことになりそうだ。

研究系の日記群では某大金の行方をめぐって当たったはずれたと騒いでいる。有力日記作者が当ったと叫んでいるのが目につくのは、やっぱりそういうことをするくらいの余力がないとそういうものは当たらないということなのかどうか。私は今回は基本的に関係ないが、うっすら関係していたのは落ちたようだ。やむなし。

どうでもいいことだが、私がODのころから読んでいて、連続するアイデンティティを保って続いているのは某「禁煙日記」「はかもなきこと」「めいじてき」「仕切り直し」しかないような気がする。しかしかの日記作者たちも一時中断したり名前を変えたりしているから、実質的に私のこの記事群と同じアイデンティティの連続性を誇ることができるweb日記は日本中ほとんどないだろう。なんだか誇らしい。まちがいがあったら教示を乞う。

・・・いや、読んでないけど「のだなのだ」「じだらく」あたりが私より古い か。いや、もっとあるな。慢心はいかん。

と思って確認したら、一番古い日記は「ふと感じたことの〜」ではなく 「書き殴り」というタイトルになっていた。どっかで変更したのね。アイデンティティなし。 だめだ。

サークルは自分たちでMacをいじれるようになったようだ。

小さん「へっつい幽霊」。


2005/04/21 (木)

卒論ゼミ。自殺と報道。真面目に指導。

百万遍非常勤。学部生に真面目に英語を教えつつ 大学院生の方々にいろいろ教えていただく。

某読書会を不真面目に傍聴して勉強させていただく。

寝る前にバッハのオルガン曲を聞いて、なるほどニ短調のトッカータとフーガなどはたしかに超名曲なのだなあと体得する。注意を音楽そのものに向けねばならん。ところでこの曲は偽作かもしれないということだ。へーえ。

小さん「御慶」。


2005/04/22 (金)

なんとか早起き。朝から授業準備。

授業2個。なんだか調子が上がらない。天気のせいか。

百万遍の新歓コンパに参加。飲みすぎ。

小さん「強情炎」「竹の水仙」「花見小憎」。


2005/04/23 (土)

昼は二本足、夜は四本足、朝も四本足なーんだ? 答。二日酔いの男。終日 褥中。酒は体に合わない。

長生きしたいと考える。

小さん「穴どろ」「一目あがり」。

さすがに夜は寝られず。


2005/04/24 (日)

もうシャガが咲きはじめている。寝られぬまま朝から研究室。イスの上で昼 寝したり。腰を痛めそうだからちゃんとした安楽椅子が欲しい。めざせ安楽椅 子哲学者。

そういやフリーソフトウェアとかは、Xとemacsとplatex関連以外は使わなくなったなあ。 コンピュータにかける時間は激減した。OS Xはよくできてるってことだな。


2005/04/25 (月)

なんとか起きて研究室に出てきて今日〆切の事務仕事をして、 授業準備。

午後衣笠。なんだか調子があがらず。身だしなみをちゃんとしていなかったから ではないかと思う。毎日鬚剃りすること。

列車脱線大事件。学生は大丈夫だろうか。

小さんの「花見の仇討ち」「たぬき」。


2005/04/26 (火)

なんとか起きて会議。昼突風。 たまっていた事務書類を片づける。

脱線事故、どうもうちの大学の学生さんも犠牲になってしまったらしい。

ミスや遅れというのは一度やってしまえば、そのミスや遅れの大小はあまり 怒られる程度とは関係ないので、隠したりごまかしたりしない方がよいと思う。 5分遅刻も30分もあまり違いがない。

最近のOS Xアップデート(10.3.9)のあとSafariが頻繁に落ちるようになった。

ここのとろころ通勤に 落語を聞いている。小さんの「湯屋番」「提灯屋」「大工調べ」。

早寝。


2005/04/27 (水)

早起き。朝から。五条の自家焙煎している喫茶店でコーヒー豆を買ってみる。 悪くはないが小川珈琲のブルーマウンテンブレンドがよかったなあ。

小さん、「千早ふる」「御神酒徳利」。

うちには歴史的事情から光とISDNの2本の電話回線が来ている。 これ「ひかり電話」とかで1本にまとめることができるのかな。NTTに相談しよう。 っていうかもう電話いらんし。

3回生ゼミ。

教授会。

「黙祷」とは「無言で神や死者の霊に祈ること。」(大辞林) 「無言のまま、心の中で祈祷すること。」(広辞苑) 「無言のまま心の中で祈ること。」(大辞泉) であり、「祈祷」とは「神仏にいのること。」(広辞苑) 「神仏の加護を願い、言葉によって除災増福を祈ること。」(大辞泉) なわけだが、なにに祈ればよいのかわからない。祈る対象を持たない祈りというのは 可能なのだろうか。無神論者は他人の死に対してどういう態度をとればよいのか。 わかっているのは、本心でない祈りは(概念的に)不可能だということだ(ハックルベリーフィン→ネーゲル)。

米朝の「天狗さし」。江戸前の有名な咄ならだいたい本で読んでいるわけだが、見たこともない珍しい話。

岩波新書で『ワーグナー』『J・S・バッハ』『モーツァルトを聴く』。

ビールがまずい。なんかアルコールの分解がどんどん苦手になってきているような気がする。やばいので早寝。


2005/04/28 (木)

早起き。朝から。

Safariが挙動不審なのでFirefoxを試してみる。快速だが、ボタンやアイコンや操作感がMacらしくない。微妙なのだが、そういう微妙な感覚がけっこう重要なのだなあ。

卒論ゼミ。『仮面ライダー龍騎』観賞。なるほど、ライダーものはこうなっていたのか。なかなかおもしろいじゃないか。全話(50話?)見てみたいような気がする。そのうち手配を頼んでみよう。

『好色物の世界』。

百万遍。まだまだ勉強不足。自分がちゃんと読めない書けないではだめだ。連休中は勉強しよう。まあそういうこと思うのがこの授業やらせてもらっているおかげである。

しばらく前から自転車の後輪が歪んでいて不愉快だったのだが、最近は不愉快だけでなく危険を感じるまでになってきた。タイヤ交換で済むのかどうか。

夜散歩がてら研究室へ。米朝の「帯久」。このひとの勧善懲悪ものは安心して聞ける。「たちぎれ線香」うまい。

会費制の結婚パーティー(披露宴は別)に別に祝儀は必要ないですよね。

滝川クリステル飽きた。美人なだけではだめ。フジテレビらしくないと思ってたら共同テレビだった。

やっぱりビールまずい。アルコール分解酵素が急速に枯渇しているような気がする。年とってけっきょく親と同じような体質になりつつあるのだろう。父親もこの年には太鼓腹、アルコールもあまり飲まない。


2005/04/29 (金)

起きなくていいのに早起きしてしまい、研究室へ。

Firefoxはなんかメモリ管理がおかしいような気がするので Caminoも試してみる。

Carbon Emacsは自分でコンパイルせずとも パッケージもらってくればよいことに気がついた。

各大学のwebとか見て、やはり評価の高い大学は簡潔にわかりやすいページを 作っているなあとか。まあ事務系がどの程度優秀かがわかるわけだな。

長家の隠居としての大学教員ということを考える。そういや前に落語として の大学講義ってことも考えてた。芭蕉は37才、西鶴は34才で隠居。

某助教授の結婚二次会パーティー。こじんまりとなごやかでよかった。 出席者は皆主役の結婚を喜んでいるようで、これが人徳というやつだな。

ちょっとしか飲んでないのにその後苦しむ。病でなければ、 本格的にオジサンになって体質がまた大きく変わりつつあるんだな。生活スタイルもそれに合わせて 変えねば。

米朝「馬の田楽」「不動坊」「天狗裁き」「猫の忠信」。


2005/04/30 (土)

初夏。サツキも満開。昼から大学。研究室でショスタコ聞きながら読書など。 ちょっとゆっくりして英気を養なわねばならない時期。

今熊野女子大は月曜も創立記念日で休み。図書館金曜日まで閉まっ てしまうのは困るなあ。衣笠は日曜日も図書館開けてるらしい。偉い。まあ うちは誰もいないから開けてもしょうがないのかもしれないけど。

米朝「五光」「はてなの茶碗」「足あがり」「百年目」「焼き塩」「らくだ」。

米朝を聞きながら、 明治だろうが江戸時 代だろうが平成だろうが、各人の送っている内的生活の総量(あるいは可能な 総量)は同じようなものなのだろうと思う。質の方は、まあ、個人によって違 うだろうが。現代の方がテレビだの本だのCDだの大量の情報に曝されることに よって大量の内面生活しているような勘違いをしてしまうわけだが、別段そう いうわけではない。誰でも時間はおなじように流れている。

このごろなんだか喉が乾く。

ビールは夕食に1本だけ楽しみながら飲むように。

学びて思わざれば則ち罔し。 思いて学ばざれば則ち殆し。 私はあやういよりはくらい方がよいと思ってこれまで 生きてきたわけだがあやうくなる危険を冒してみるのもよいのかもしれんな。

山岸涼子『アラベスク』読む。ううむ、なかなかのドロドロぐあい。 すでにこのころからキレていたのね。


2005/05/01 (日)

陰。午後大学へ。なんだか眠い。なんだか頭がぼんやりするというか、ふっと気が遠くなるような感覚。 なんだろう。

明日の授業準備。

シンガーの『実践の倫理』ももうずいぶん講義で使っているのだから、もっと誤解なく考えてもらう手段を手に入れてもよいはずなのだが・・・学生にはかなり理解しづらいところがあるらしい。私家版「シンガーの立場に関するよくある質問と答」が必要な気がする。っていうか作っておこう。

昨日にひきつづきショス タコ交響曲の復習。滑稽で奇妙だと思っていた7番もなかなかよいことを確認。夕方雨。

「京の茶漬」「愛宕山」「矢橋船」「本能寺」。

山田勝『ダンディズム』。 キェルケゴールの関係で ヒマになるとダンディズム関係の本に目を通したりしているわけだが、 こういうものに興味を持つひとってのはどういう人びとなんだろうかってことに 興味がわく。

私はキェルケゴールのような軽薄で浅はかで自己愛の強い人間のタイプとしてダンディズムをとらえていて、まあダンディズムなるものへの関心は外的なものなわけだが、まあ本気でダンディーに生きたいと思っている人もいるかもしれんな。いや、私の関心はむしろ自己批判っていうか。まあそれも自己愛の裏返しだが、ダンディズムなるものは唾棄すべきなにものかであるとは思うのだが。 まあしかし、かっこよく生きたいね。

このままずっと今熊野女子大にいれば、 退職までにおそらく図書館でわたしが興味を持つような本をだいたい読みつくす ことができるだろう。隠居としてはそれでもよいような気がする。

大学広報の一環として、教員ブログとか学生ブログとかそういうものを発足 させるらしい。高校生がそういうものを見て大学選択の基準にする時代が来る のだろうか。っていうか、大学教員個人にそういうのを書かせたらきっとヤバいことが起きる、 すくなくともよい宣伝にはならないだろうってことを 事務方はわかっていないのだろうか。

もし女子高生やその保護者がこの日記を読んでしまったらほとんど引いてしまう ような気がする。すくなくとも誤解される恐れがあるような書き方をしている。 そういう読者のことまで考えるのは面倒だなあ。 まあブログな人々は「自己紹介」という側面や 読者が受ける印象を十分に意識しているだろうから あんまり違和感はないかもしれないが、このページのようなスタイルを とっているとはちょっとなあ。

まあ女子大とかってところにいると、教育者として期待されていることと、私 自身が望んでいるスタイルや表現したいこととの間のギャップを感じざるをえ ない。10人女子がいたら4人は私をこわがり、3人は私をいやがり、2人は私を憎むだろう。残り1人も好意的である可能性は低い。 ここらへんが私のゼミが人気がない理由だ。 中学・高校の先生とかってのは地獄だろうな。そろそろこの大学の教員 だとわからない場所に引越すべきなのだろうか。友人の某のところを使うべ きなのかな。しかし諸般の事情から友人の某とは距離をとっておきたいし。 とりあえずホームページからのリンク切っておこう。

山岸涼子理解のために「ラ・シルフィード」を見てみる。 爪先立ちの意味をはじめて理解するが、バレエって芸術形態はやっぱりわか らんな。オペラやミュージカルの一部としてならわかるが。 とにかく、音楽が一流じゃないのがつらい。チャイコフスキーでも厳 しいだろう。ストラヴィンスキーなら楽しめるかもしれないが。それにクラシッ クバレエとかってものは音楽のビートと踊りが合わないのがなんだかつらい。 それにしても女子というものはなぜ踊りたがるのだろうか謎。 踊り好きな男子は同性愛の傾向があるような気がするし。あれ、偏見かな。 まあ男が踊りを持たない部族ってのもないだろうが。 男子が格闘技したがったりするのと同じな感じなのかな。生物学的な基盤がある?


2005/05/02 (月)

眠いが衣笠。どうも調子が出ない。2コマとも、 全体にしゃべりすぎのような気がする。 もっと話をコンパクトにすること。

自転車を修理に出す。後輪のリム、ペダル。

「くしゃみ講釈」「算段の平兵衛」「近江八景」「骨釣り」「まめだ」。

夜、某医者と会う。1杯だけ飲み某学会の話などを聞く。


2005/05/03 (火)

helmet 早起き。上七軒まで自転車を取りにいく。タイヤも交換して8000円。乗心地 は改善された。ついでにヘルメットも購入。8000円。高いが安全第一。発泡ス チロールのようなものでできている。(わざわざ上七軒の店にたのまずとも、 今熊野にも同じ店があった)(ヘルメット購入とこの前仮面ライダーを見たことの 間には因果的関係はないとは言えない)

昼前から大学。三日間の連休を有益に使おう・・・と書きつつもダラダラ無駄な読書。 研究室向いの木で今年も鶯が鳴きはじめた。ショスタコ復習の続き。ひとまわりした。

「親子茶屋」「植木屋娘」「軒づけ」。

思いたって、とりあえずしばらく友人のyonosuke君のサーバを使うことにする。 思うところあって.htaccessでは飛ばさない。 新URLはhttp://yonosuke.net/papirer/

このページを引越しするのは何度目かな。百万遍社会学教室→百万遍倫理学 教室→ごく短期間so-net→百万遍倫理学教室に戻る→百万遍某プロジェクト→今熊野 女子かな。一瞬asahi-net使っていた時期もあったかな。

サーバーにcourier-imapdを入れようとして苦労。こらいかん。もうFreeBSDサーバーの管理なんて できない体になっている。ドキュメント読む気力もなし。 →なんとかスクリプトや/usr/ports/UPDATINGを読んで、rc.confに authdaemondやimapdの起動を指示しないとならないことがわかった。

風流を解さない阿房たちが花火する時期になってしまった。鴨川付近のコンビニは 住民のために、季節はずれの花火を売るのをやめろ。深夜花火売るのはもっとやめろ。


2005/05/04 (水)

昼前に起きる。晴。午後大学。

以前は連休なんてなんでこの時期にあるんだ、5月末か6月ぐらいの方が疲れ のたまっている時期で有益なんじゃないかとか思っていたのだが、お上がこう いうよい季節のときに人民に遊んでもらうために決めてくれてるんじゃな。ま あインドア派にはあんまり関係ないけど。鴨川で一人で本読んだりして いる若者とかには好感が持てる。

「ホームページ」からのリンクはこっそり復活。学生さんたちや、私をわざ わざネットで探してきてくれた人がぜんぜん読んでくれないというのもアレだ という微妙な感覚(てへっ)。とりあえずサーバーを移してしまえば、「個人のサイトだ から好きなこと書くけんね」という言い訳ができるのが大きい・・・とも言え んな。まあしかしそろそろ公的な機関からこのページ群を形だけでも分離する 必要はあるような気がしたので。

IMAPサーバを立ちあげたので、大学あてのメールをそっちに転送するように するかどうか考慮中。大学でIMAPを動かしてくれれば一番よいのだが。POPだと 同じメールを家と大学の2回読まなくてはならないことになる。

もうコンピュータまわりにはほとんど関心がないのだが、いまUNIX使いがま ともに仕事に使えるノートPC といえば、PowerBook 12inchしかないと思うのだ が。キータッチもよいし。メモリも1GB超積めるし。finkその他のパッケージ使えるし。 面倒な作業なしにXやTeXその他の標準的UNIXアプリが使えてそこそこの重 さで。ほとんど選択肢ないんじゃないかな。

そういや最近調査していないが、けっきょくLinuxやOpenOfficeなんかはふ つうの人がなにも考えずに使えるモノにならなかったと解釈していいんだろう か。PGPのようなものも普及しなかったな。これはふつうのひとには需要がなかっ たからか。

OpenOfficeについて書いたので、とりあえず使ってみるかと OS X版をダウンロードしてみたが、インストーラーにエラーがあって インストールすらできない。うーん、前途多難が見えてるな。がんばってほし いんだが。

落ちついて読書。

久しぶりに黒木玄先生のサイトを見ることがあり、その荒廃に驚く。 飽きたか絶望したか面倒になったか忙しいの歴史的使命を終えたのかわかないが、 栄枯盛衰とか諸行無常とかそういう言葉が頭に浮かぶ。

体調に不安あり。用心すべし。来週は健康診断。

いまごろはてなダイアリーについて考えたり。 なるほど、はてなダイアリーはキーワードがポイントなわけだな。以前はリンクされるキーワードだらけで使っている人がいて、いったいなんでそんなごちゃごちゃににしているのかと思っていたのだが、人々が注目しているキーワード、よく使うキーワードを使えば使うほどこれまで読んでいなかった人々に読まれる可能性が増えるわけだ。意味なく本やCDをリンクしている人々が多い理由も同じだということもわかった。「トラックバック」なるものを使うのと同じインセンティブがあるのね。よくできてるように見える。いまやgoogleで上の方に行くのはなかなか難しいが、はてなユーザーが紹介している本→はてなキーワード→自分のブログって誘導するのはそれほど難しくないもんな。テクノロジードリブンとかそういう言葉も思いうかぶ。はてなをデザインしている奴は、そういうものを書く人間の気持ちをなかなかよくわかっている。

「狸賽」。


2005/05/05 (木)

昼前に起きる。晴。NHKで小学生将棋名人戦を見る。おもしろい。 準決勝はどっかで見た名前だなと思ったら、 某今熊野女子大学付属小学校の生徒。応援したのだが無念。 準優勝の子が乱戦好きで、真っ向から斬り合うような将棋は ひさしぶりに見た(プロの将棋とかはああはならない)。 優勝の子は読みの入った受けに感心。こんなにおもし ろいなら、ゆっくり将棋でも指したいような気がする。

午後大学。だらだら。

「風の神おくり」「七度狐」「ふたなり」「一文笛」。


2005/05/06 (金)

雨。なんとか起きる。あわてて授業準備。しかし頭がはっきりせず。連休ぼけ?

授業2個。案の定非常に調子が悪い。 もうちょっと授業の出来不出来の波を小さくすることはできないものだろうか。 ノートを読みあげるような授業にすれば一定の水準は保てるような気がするが、 それではおもしろくないしなあ。

「鴻池の犬」「千両みかん」「軽業」。

やはりJR西日本宴会報道の件は、ひとびとから反感を買っているようだ。わ れわれはどのくらいの広い集団にまでアイデンティティを感じるべきかっての はほんとうにおもしろい問題だよなあ。むしろわれわれはどの程度広い集団を 非難したくなるか、どの程度の集団を非難したくなるべきかって問いの方がさ らにおもしろいかな。わたしの思考の傾向だと、その集団の粒粒のひとりであ る人間はそういう特殊なケースでどういうことを感じるかとか、わたしがその場におかれたときに「正しい」判断を下すことができるかとか考えちゃうけど。


2005/05/07 (土)

昼前に起きる。なんか疲れているのでゆっくりしたい。

大学へ。しかし調子悪いのですぐ帰る。

「地獄八景亡者戯」。

ひさしぶりにジャズ名盤なども買いたいと思ったのだが、こうやってクラシックの2枚組1000円とか買ってると、廉価版でも1500円では手がでなくなっている。2000円を越えるものはなおさら。

突然HD/DVDレコーダーが欲しくなる。よく考えることにしよう。最近テレビはニュースしか見なくなっているのだが(昔からテレビはそれほど好きではないが)、そのせいで人間が薄くなっているような気がする。そういやCDプレイヤーも欲しいんだった。どっちが先か。


2005/05/08 (日)

なんとか起きる。某協会講演会の準備とか。

某協会理事会、講演会。

「どうらんの幸助」。


2005/05/09 (月)

前日は10時前には寝る。早起き。朝から大学。授業準備。某書類書き。

「巡礼の年」は第2年がよい曲が多い。 リストの晩年の小品(「凶星!」「ゴンドラ」「ワーグナー」「雲」とか) は誰がよいのだろうか。ポリーニが廉価版にならないかなあ。

衣笠。

「鹿政談」「宿屋仇」


2005/05/10 (火)

午前中起きる。

床屋。新規の美容室を試してみる。

午後、空いている時間をみはからって健康診断。ここ数日ちょっと節制足りなかったかも。 検尿、採血、レントゲン、視力聴力、身長体重(増えてる)。

「阿弥陀池」「住吉駕籠」「壷算」。


2005/05/11 (水)

前日は調子悪く10時には寝た。早起き。

ほっといてた書類は大量に書くべき文章があることを発見。こらやばい。 自分になんの利益もない書類は書きにくい。

3回生ゼミ。

「饅頭こわい」「除夜の雪」。

ベトベンの歴史的名演を観賞。ヴァインガルトナの8番、フルトヴェングラの9番、 ブッシュカルテットの9番、カペーカルテットの10番など。


2005/05/12 (木)

なんとか早起き。授業時間を勘違いしていた。あぶないところだった。 昼前から雨。

4回生ゼミ。ゼミというのは本当は3回生といっしょにやった方が教育的効果が あるんではないかと思うが、10人はちと多いのでやむなし。

1回生向けオムニバス。 まだ大学の講義に慣れていないらしく(あるいは慣れてしまって気がゆるむ時期だから?)、注意しても私語する馬鹿な学生がいるのでひとしきりお説教。しかしそのなかで、「女子大生はたいていいつも群れて私語するので嫌いなのです」と発言してしまい、それは女子大生をひとくくりにとらえてしまっているのではないかという正しい指摘を受ける。ごもっとも。はっきりセクハラだな。深く反省する(実は初犯ではない)。次は「いつも群れて私語する女子大生を憎んでいます、ただし女子大生だけでなく群れて私語する存在者はすべて憎んでいます」と明確にすること。

「女子」にポイントがあるのだろうか。「大学生は私語するので憎みます」はNGで「私語する大学生を憎んでいます」ならOKだろうか。まあしかし、不用意な発言は本気で反省する必要がある。無用な誤解をまねかぬようにすること。私にも嫌いなものを嫌う自由はあるはずだが、発言する自由はないかもしれんし、奇妙なくくり方や偏見があるのだろう。反省反省。

ところで、私が教えているようなことはほとんどの学生にとって一生の間思いだすこともないようなことなわけで、そういうのってどうなんだろうとか。

午後、雨があがって助かる。百万遍。そろそろ授業のペースを上げよう。この学校はぼやぼやしていると前期が終ってしまう。

読書会を傍聴。勉強になるなあ。


2005/05/13 (金)

なんとか起きる。朝から。たまにはゆっくり朝寝したいなあ。

書類が。

授業2個。どちらも密度を上げて短か目にする。

なんか疲れた。

「菊江仏壇」「百人坊主」「亀佐」「二階借り」「狸の化寺」。


2005/05/14 (土)

晴。だらだらお休み。散歩して昼寝していちおう大学まで往復して散歩。 左足足首に違和感。ひどい肩こり。

宵から日本酒をちびちび飲みながら将棋指したりして楽しむ。たまには よかろう。もうビール は飲めない体なのかもしれない。さようなら、青春のビール。こんにちは、日 本酒。

「始末の極意」「酒の糟」「質屋蔵」「べかこ」。


2005/05/15 (日)

陰。午後遅くに大学。授業準備しながらベトベン名演観賞。カザルスだのシュナーベルだの。

どういうわけか喉が痛い。なんか発熱しそうな感じ。前日の肩こりも風邪の前兆だったのだろうか。ちょっとでも体調が悪いと休講したくなるのがいかん。この時期に休むわけにもいかない。PLが残っていたので飲んでおく。ビタミンCも。以前は薬嫌いだったのだが、この5、6年の間になにかあると薬を飲む男になってしまった。

「馬の尾」「仔猫」。

夜、喉の痛みがひどくなる。


2005/05/16 (月)

晴。頻繁に、頭の右半分のてっぺんから首にかけてビリビリと神経に触るような頭痛。 休講しようかどうしようか迷うが、やることに。

いったん今熊野。

衣笠。 調子悪いので早めに終わらせてもらう。


2005/05/17 (火)

晴。暑い。昼まで寝て養生。頭痛は少し軽くなった。左足の違和感変わら ず。

午後大学。

徒歩通勤の間に米朝全集145題を聞き終わる

クラシックCD買うのはしばらくお休みのつもり。もうこれ以上横にはなかなか広がらない。「名演奏を探す旅」「名演奏家を知る旅」に出るのはコストパフォーマンスが悪いのでできれば避けたい。ベトベンとバッハとベルクと武満徹は全集を手に入れ 、モーツァルトとブラームスとドビュッシーとラヴェルとバルトークとストラヴィンスキーとマーラーとR.シュトラウスとシェーンベルクとプロコフィエフとショスタコヴィッチと主要なものを集めた。フォーレとシューマンとメシアンもそこそこ集めた。ショパンとブルックナーは不要。オペラも主要なものは見たり聴いたり。これまでのコレクションをくりかえして聴くだけでしばらくかかるだろう。

次の人生の楽しみはなにか。これまでまったく関係がなかった造形美術? ってことはないわなあ。ワールド音楽か古典邦楽か。なんかブレイクスルーが欲しい。まあこうして待ちのぞんでいれば、そのうちなにかが起こるだろう。意外にアイドルものや歌謡曲だったりするかもしれん。

まあ色々聴いてみて、結論としてたしかにベトベンは偉いということがわかった。他の作曲家はこちらの調子や気分によって聴こえ方がいろいろ変わるわけだが、ベトベンだけは常によい。例のおおげさな交響曲というやつを除けば、これといった嫌みがなくて澄んだ味だけがある。こう、やっぱり主題と発展という音楽作法の頂点なのだということなのか、わたしの耳があまりよくないのか。

あと色々聴いてみて、どうも私はオケ曲がそれほど好きではなくなったようだ。 大声を出さなくても言いたいことは言えるとか。

左足の違和感を気にしていたら負担がかかったのか右足までおかしい。 なんというか、あちこち調子悪くてマジンガーZの調子が悪くて困っている 兜光二乗組員な感じ。どうしたマジンガー。ノイラートの船の船員。


2005/05/18 (水)

小雨。頭痛は頭の後にちょっと残っている。喉はOK。左足は変わらず。 歯磨きすると歯茎からかなり血が出る。あれ、なんだ?歯周炎? 歯磨き励行。

3回生ゼミ。あまり無理せずだらだら雑談など。

某老師のいう「フォーム」だが、たしかに保守的な人間にとって定まったフォームは重要だ。毎日同じことを同じように繰り返して平穏に生きていければ幸福であると思う。私の場合服装はさだまっているのだが、最近食生活が乱れぎみ。早寝するようになってきたりビール飲めなくなったのはフォームを変える必要があるということだろう。

ハービーハンコック先生はジャズでもファンクでももっと高く評価されてもいいんじゃないかと思うのだが。チックコリアやキースジャレットと比較されたころもあったようだがイノヴェイターとしての格が違う。まあファンク側からはちゃんと評価されてるのかな。

卯月妙子の『新家族計画』(モノホン)とか川端聡一郎の「S60チルドレン」(まとも)とか。マンガ喫茶行きたいなあ。そのうち一日マンガ喫茶で過そう。学生によれば『デスノート』も読まねばならんらしいし。


2005/05/19 (木)

早寝早起き。というか夜起きてられず10時前には寝た。朝から。授業準備。

先週某研究室で某君のきれいに整頓された机を見て感銘を受けたので私もマ ネしたいと片づけてみる。机の上だけ。そういや今年は明窓浄几を目指すので あった。

卒論ゼミ。

オムニバス担当。あと2回もある。ぜいぜい。もっとも、オムニバスとはいえ1、 2回だけより4回あればあるていどまとまったことも話せる。

百万遍。 勉強させてもらう。なんか経済学部の学生が二人も来る。なんだろう。読書会にも参加。こちらも勉強させてもらう。なるほど、(科学)哲学の方の議論の発展がメタ倫理学の方に影響しているのだなあとか学んだ。と同時に名古屋の博士がそういうことを日記に書いていて、なるほどそういうことかと。

某君の机はますます発展していた。ああいうおかたづけけが好きな人間ってのはどういうことを考えているのだろうか。世界も違って見えてるんだろうなあ。

自転車で動いたせいか、足はあまり気にならなかった。歯茎は大丈夫。頭痛(頭皮痛?)もほんのちょっとだけ残っているが明日は健康だろう。


2005/05/20 (金)

まずまず早起き。陰。いやな天気。早く温度が上ってくれないか。

授業2個。 ちょっと低調。

Amazon中古で福山康治の『マドモアゼル・モーツァルト』を入手できて嬉 しい。このマンガ家はコンプリートしたい。

某ガクシン長者から借りた「仮面ライダー龍騎」を第1話から見はじめる。わか りやすいキャラ設定やオジさんの記憶をかすめる引用から、細かいクスグリまで よくできている。いわゆるオタク文化ってのはオタク第三〜四世代ぐらいになっ てオタクエリート中のエリートが作ってんだな。それにしても男ってのはたい へんだ。


2005/05/21 (土)

するべきことはあるのだが、一日休みをとることに。ガクシン長者から借りた「仮面ライダー龍騎」は昨日から徹夜で見つづけて、午後ほぼ全話見終わる(DVD1枚分欠損、ただしその一部はしばらく前に見た)。疲れた。これも実は仕事の一環でもある。こういう疲れかたしたのは同じく長者から借りた(その頃は長者じゃなかったが)幽遊白書と、エヴァンゲリオンか。

気温が上がってきたので糠床(二代目)を作る。 糠と塩と水だけ。全部適当。ちゃんと発酵するかな。


2005/05/22 (日)

小雨。午前中起きてテレビ将棋を見てまた昼寝。

左足首の違和感はなくなっている。午後遅くに授業準備と事務仕事に大学。 いろいろすべきことはあるのだがボーっとする。

サーバーを変えてから、このページの「はてなアンテナ」での更新がうまくいっていないような気がする。人気のないページは更新を確認しに来てくれないのだろうか。


2005/05/23 (月)

早起き。いったん大学。事務と打ち合せ。今年はけっこうな量の 校務させられてる。

衣笠。

二代目糠床、発酵はじまる。命名「糠次郎」。今日は薄いアルコール臭あり。 漬物ってのは料理の最高峰で、技術と経験と心の余裕を要求する。それは禅。 それは甕のなかの宇宙。それは数百兆の多種の微生物によるミクロコスモス。料理界の盆栽。

ちなみに料理とはすなわち、煮る、焼く、蒸す、炒める、揚げる、合える、 腐らせるのどれかなわけで、「腐らせる」だけ時間のスケールが他のものと違う。 ぬか漬けより高級なのには味噌を作るとか酒を醸すとかがあるんだろう。 (日本人はまだ1700回(年)ぐらいしか酒を醸したことがないはずだ。米糠を使うぬか漬けも同じようなものだろう。) ラッキョウも漬けたいような気がしたが、微妙に時期をはずしてしまったよ うなので今年は見送り。梅が出たら梅酒を作ろう。


2005/05/24 (火)

なんとか起きて会議。

迷走していることがはっきりしてしまう買物だな。

眠い。


2005/05/25 (水)

早起き。二度寝しようとするが時間がもったいないので朝から。今年度になっ てから俄然夜型生活を脱しているが、なにか起きたのだろうか。夜起きていられないってのはあり。

書類書き。3回生ゼミ。教授会。サークルの相手。

無駄にグールド関連の評伝などを読んでいる。 グールドは聴衆を嫌った演奏家なわけだが、それでもラジオやレコードは 好きだったわけだ。 まったく聴衆を拒否(レコード等でも)する演奏家ってのは 存在可能かってなことを妄想したりする。自分一人だけのために演奏する演奏家ってのは どっかおかしいような気がする。音楽は常に外に開かれている。


2005/05/26 (木)

早寝してもなかなか起きられないが仕事だ。 4回生ゼミ。 オムニバス。

広島の某君らが結婚すると葉書。

百万遍。読書会を傍聴。心の哲学とかもせめて表面的になでておく必要があるのは気づいてはいたのだが、勉強不足で・・・。

疲れた。

仮面ライダー剣(ブレイド)の一部を見る。「ヘンシン!」で一定のポーズ をとらないのは仮面ライダーではない。あと匿名性ってのは仮面ライダーにとっ てかなり重要なのだと思うのだが(「龍騎」ではかなり崩れていたがそれでも 一部継承していた)、このシリーズではそこらへんも怪しいようだ。ライダーキックがキメワザでなくてはならん。したがって本作品は仮面ライダーとして却下する。

関係ないが、どうも自動二輪の免許(と二輪。昔のCB(?)みたいなシンプルなやつ)が欲しいのだが、どうしたものだろうか。 しばらく考えよう。

最近の寝る前の読書はちょっと前は新今古だったが、最近は『中国名詩選』上中下。 陶淵明だの李杜だの白居易だの ながめつつ、こういうものを味わう素養を身につけられなかったことを残念に思う。 こういう詩は原語ではどういう響きだったのだろう、 どういう抑揚やメロディーがついてたんだろう、とか。 日本の古典もちゃんと味わえるようになりたかった。そういう時間を 割くことはこれからも可能なんだろうか。 百年三萬六千日、一日須傾三百杯。そんなに飲めないし、 飲んでたら他に味わうものを逃してしまう。 陶淵明読みつつ仕官とかそういうものについても考えたり。 陶淵明が隠遁したのも四十歳ちょっとあとかあ。 誤落塵網中、一去三十年。わたしは誤って落ちたとは言えないだろう。

オムニバスの授業では、いつものミルの自由論の「生活の実験」の話をして、 まだだ実験を続けなくてはならない自分を反省した。

世の中には、自分がその立場の置かれたらどうかということを 考えてもみずに他人を批判したりチャカしたりする人がいて(まあ私もアレなのだが)、 そういう傾向が極端に強いひとの文章は読んでいてもなんか奇妙な感じがする。 まあ読まなきゃいいだけだな。


2005/05/27 (金)

なんとか起きる。

授業2個。一週間があっという間に過ぎていく。よい天気なのに授業に出て くるとはなあ。こんなに初夏のよい天気はもう今年はないのに。人は明日にも、 いや今日にも死ぬかもしれん。学生よ、よい天気を味わうべし。

天気に感じいりながら、 また岩倉あたりで暮したいと思ったり。地面というか土をいじりたい。 せめてプランターを置けるようなところに。 となると車で通勤になるのか・・・自動二輪か。 ボーナス貯金しよう。

朝日アマ将棋名人でおもしろい子がアマ名人になったらしい。平成ライダーを 連想。

ついでに書いておくと元奨励会の瀬川アマ、プロ試験を合格すればプロ棋士に。 まあ、MかDで中退してODやらずに大学教員になるような感じか。

ぬか漬け胡瓜試作品。うむ、ちゃんと漬かっている。温度が上がってもこの状態を維持できるか。


2005/05/28 (土)

早起き。快晴。事務処理のために大学。

禁ラーメン。


2005/05/29 (日)

午後研究室。しかし眠くて眠くて地べたで延々寝てしまう。疲れているようだ。

失せ物探しに百万遍。出でず。

ここしばらく意識が低下した状態で生きているような気がする。

梅が出てるので梅酒つけよう。


2005/05/30 (月)

どうにも調子が悪く、一回お休み。すみません。どうしてもダメ。


2005/05/31 (火)

前日はどうにもこうにも体調が悪く休講してしまった。病臥。 今日の昼まで寝る。

前にも書いたような気がするが、コンピュータ上で文章を書くってことは文章を断片化させ、思考も断片化させる傾向があるような気がする。「はてな」だのmixiだのってタイプのblog/日記システムってのはその傾向をさらに強めているような気がする。次々に「エントリ」を加えていってしまうので記事に2度3度と手を入れるのが面倒に感じられるからかな。

昔の筆書きの人々がどうものを考えていたのか今となっては想像しにくい。おそらく頭のなかである程度文章の形をつくってから筆を動かしていたんだろうが。たまには手で文章を書いてみるべきなのではないか。こんなに頭が悪い時期だからなおさら心をおちつけて書道でもしたいような気がする。

関係ないが、Movable Typeな人はエントリをあまり細かくすると見にくいと思う。それでなくてもたいてい左右のマージンを大きくとってるので1画面あたりの情報量が少ないし。まあw3mで見ている分にはどうってことないが。

やっぱり地べたで寝たり。

レッサーパンダのレッサーっていうのはなんだか気の 毒な呼び方だ。なぜジャイアントと比べられなければならないのか。 デカければ偉いのか。 あれをレッサーと呼ぶなら、私もレッサー助教授とかレッサー ニンゲンとか名乗らねばならないのではないか。学生にそう呼んでもらうか。 「あのレッサー倫理学者くだらないことばっかり喋っててだめよねえ。」

がんばらねばなないのだが力つきる。 なんか慢性的に疲れている。やっぱり水泳とかしてちゃんと体調を整えるべきではないのか。とにかく精進養生。

イザイの無伴奏ヴァイオリンソナタ聴いてみるが、バッハやバルトークと 比べられるほどの名曲というわけではないような気がする。・・・バルトークが聴きたくなり聴く。

そういや昔はヴァイオリン曲やヴァイオリンコンチェルトって好きではなかっ たのだが、各種弦楽四重奏やフランクやドビュッシーのソナタやクレーメルのクロイッツェルとか頻繁に聴くよ うになってから好きになった。なんだか昔のヴァイオリン演奏はピアノやオケ に比べてピッチが全体に高くていやだったのだが、最近の人々はそういうこと がないような気がする(チボーとか昔の人の演奏を聴くといまだにイヤな感じ がある)。あ、それと「シ」の音がなんだか高いのも気になっていた。これは まあ純正律とかそういうやつなのかもしれんけど。

ちはる先生経由で知った「高橋メソッド」、たしかに興味深い。 一回どっかで使ってみたいが、私の業界でも使えるだろうか。 「汝と他の人々の人格における人間性を、単なる手段としてではなく常に同時に〜」で すでに1画面に入らないような気がするが、これを 「単なる手段はだめ!」と書かなくちゃならんわけだな

もっとも、私の業界はプレゼンソフトのようなものは向かない業界だと 思う。(単なる印象は重要ではなく、筋道・論理が重要だから・・・ しかしそれは本当だろうか。)

最近買ったR&B新譜を何度か聴いてみて、もうついていけないと判断。 っていうか、そういや昔からトップ10に入るような曲は聴いてなかったような気もする。 やっぱりこういうのはamazonのおすすめなんかじゃなくて、 どこかでの偶然の出会いや偶然の紹介を求めるべきだ。

プロの将棋棋士とアマなら、強さが違う。プロの哲学研究者とアマの哲学ファンの違いは?


2005/06/01 (水)

なんとか起きる。昨日、一昨日よりは調子よい。とにかく色々書類。事務仕 事なんてのは順番とか考えず目の前にあるものを後回しにせずに片づけていけ ばよい、ってことは頭では理解しているのだが。書類作りの時間のほとんどを 書類の捜索に使っているわけだし。

研究室で弁当を食っていると、不動産だか先物だかなんだかわからんあやしい会社の セールスウーマンが来る。滑舌悪くどう見てもセールスは向いてない。「お金 ならありません」と断わってもモジモジしている。だいたいひとが飯食ってると きにいきなり来て「お話を」とはなんだゴルァ入って来んな出てけ帰れせめて出直せとか言いたくなったが、まだ就職活動中の学 生と変わらん感じで、自分が教えた卒業生たちは達者に仕事しているだろうか、悪質な会社に騙されていないかと思うと それほど厳しい態度にも出られない。おそらく会社はそ れを狙ってそういう社員を送りこんでいるのでろう。悪質。とにかく 顏から金のあるなしを見分ける常識ぐらい仕込んでから送ってこい。

3回生ゼミ。

北大路大学新任講師が来てくれて事務仕事。

右手首に違和感。腱鞘炎のような感じ。なぜだろう。

Mac OSはまだオーディオドライバ回りが不安だから10.4には移行できない。 慎重になったなあ。コンピュータのことを考えずにすむのはよいことだ。とい いつつひさしぶりにemacsをmake。CFLAGS="-fast -mcpu=7450"で最適化したら ずいぶん速くなった。→G5の場合-mcpu=7450は不要。

中国人夫婦がピカソ落札。日本語流暢で驚いた。 ほんとうに中国国内で貧富の差がついてるんだろうとか。


2005/06/02 (木)

小雨。なんとか起きる。4回生ゼミ、オムニバス(担当は最終回)、百万遍、読書会は延期。


2005/06/03 (金)

陰。なんとか起きる。ぬかの調子がよい。ふかふか。

健康診断の結果が帰ってきた。「総合判断」が真っ黒で当然「異常につき、 精密検査を要します」。しかしそういうのも馴れっこになってしまった。今回 の新しい項目は、「動脈硬化危険度について精密検査を受けてください」。脳 硬塞や心筋梗塞の恐れがあるので、とにかくタバコやめましょうとのこと。

血液検査結果
項目 GOT GPT γ-GTP コレステロール 中性脂肪 尿酸
基準値 11-31 7-45 12-67 130-219 32-149 3.5-6.9
2005/05 49 47 170 222 796 7.1

肝機能や中性脂肪が標準であるような状態ってのはどういう感じがするもの か、想像さえもつかなくなってしまった。いまとはぜんぜん違う身体感覚なん ではなかろうか。とりあえずまた医者に相談しよう。でも何もすることがない んだよな。食生活とアルコールと運動。2キロほど減量する必要がある。タバコ は絶対にやめよう。

授業2個。 校舎の一部に冷房が入っている。早すぎるんじゃないかなあ。


2005/06/04 (土)

明け方までサッカー見てしまい、昼まで寝ている。午後大学。夕立ち。

阪大医学部のデータ捏造論文事件、金銭の授受まで発覚しておもしろすぎる。

ぬか漬けの味の調整のため試行錯誤。売り物のぬか漬けってのは、 一定の味を保っていて偉いものだ。

研究会の準備。

ひさしぶりに家のオーディオ設備で音楽を聴くと、研究室とは同じCDと思え ないほどよい音だ。大きな音で鳴らせる家に引越したいような。CDプレイヤー がのトレイがちゃんと動作しない。買換えの必要がせまってきた。ヴィデオテー プデッキのリモコンもチャンネルが切り替わらなくなった。そろそろHD/DVDレ コーダーが必要か

ぬるぬるした文章を読んでイライラする。

とにかく減量しよう。食事量をとアルコールを減らし運動して内臓脂肪を減 らせばいろんなことが解決するはずだ。遺伝子との宿命的戦い。体重も毎日計量すること。 やっぱりまたプール通うのが一番なのだろうが、時間がなあ。


2005/06/05 (日)

朝から。

昼から研究会。

帰りに皮膚病に冒され、歩くのもやっとな捨て犬(あるいは迷い犬)らしき ものを見て、死ぬほどいやな気分になる。私は苦痛と不自由が恐しい。 動物を飼うひとはた のむからちゃんとしてくれ。だいたい犬っていうペットはどうも遺伝的に健康でないような形状の小型犬とかが珍重されているようで気にくわん。


2005/06/06 (月)

13、4時間寝てしまう。

衣笠。

スイミングスクールかスポーツクラブかを検討。 具体的には踏水会か、コナミスポーツ丸太町か。 踏水会は以前通って成果があがった実績があるし、 調べてみるとマシンも自由に使えるようになったようだ。 しかしコナミでエアロビクスやダンスその他を試してみたい気もあり。 しかしコナミはプールが小さいようだし。 うーん、どうか。あんまり保守的な生き方もあれだから、新しいことを試してみるか。


2005/06/07 (火)

明け方目が覚めてしまい、ジョギングして飯食ってまた寝る。

午後大学。火曜日は前期で唯一ゆっくり机に座れる曜日。読書。

3回生と飲み会。カラオケなども。飲みすぎ。っていうかほんとうに ビールを分解できない体に。


2005/06/08 (水)

3回生ゼミ。あと一月で夏休みだ。 会議。

ヴェーベルンは歌曲が意外によいようだ。とりあえず 新ヴィーン楽派の収集も終了だな。

男女共同参画法、「ポジティブアクション」の是非については あまり議論されていないような気がするのだが、どうなんだろうか。


2005/06/09 (木)

朝飯食ったあと二度寝してしまい、10分遅刻。いかん。4回生ゼミ。

百万遍。読書会も見学。


2005/06/10 (金)

早起き。授業2個。へとへと。しかしヤマは越えたような気がする。

少々体調悪くても仕事に行く人びとの日記を読み反省。

『オペレッタ狸御殿』。40年近く生きてきて、最低最悪の映画。なにもいい ところがない。スジなんかどうでもいいが、音楽がよくないのが致命的。ダン スもだめ。クスリともニヤリとも笑えるところがない。寝ようとしても音響が悪くてうる さくて寝られない。上映中、「この時間をシェーンベルクのピアノ曲を聴いて いればもっともっと充実した時間が過ごせただろう」と考えていた。なぜシェー ンベルクなのだろうか。なんかアレだなあ。 (ちなみに『ピストル・オペラ』は楽しめたのに。

狂言DVDで「蝸牛」を見て機嫌をなおす。

注目している朝日アマ名人の吉田君は朝日オープンでプロに勝っていたようだ。


2005/06/11 (土)

昼前に起きる。こよみで「入梅」かつ気象庁梅雨入り宣言。梅雨らしい雨。 やっと夏が来た感じ。毎年、皮膚が常に濡れた感じになってくると調子があがっ てくる。蛙人間だから。午後大学。落ち着いて読書。

なんか今年はCDを買いすぎたような気がする。もうしばらく新規に買うべき曲はないだろう。 コレクションを整理して聞きなおそう。

研究室を片付けようとするがなかなかうまくいかんなー。

自宅のCDプレーヤーほぼ死亡。


2005/06/12 (日)

梅雨らしい曇天。昼前に起きて将棋を見てジョギングして大学。

楽天で安いCDプレーヤーを注文する。もう電気屋行っても試聴とかできない だろうし、そもそもモノがないし。オーディオってのはよい趣味だったのにな。 音楽オヤジなんだからもうちょっとよい品を注文してもよかったかなと思う。 そういや某先生からスピーカーをもらう話もあったな。

デネットの『自由は進化する』 「刑務所の看守にこんな経験則がある——起こりえることは必ず起こる。つまり警 備に不備があればすぐに囚人たちに見つかり、存分に利用されてしまうという 意味だ。・・・囚人たちは・・・利口で機知に富み、不満をかかえている。だ からかれらは情報豊かな欲求を膨れあがらせ、持て余すほどの暇にまかせて自 分たちの世界を探検することになる。・・・見つけられるものは必ず見つけ る」 (「情報豊かな欲求」はinformed desire。ちょっと訳語あれかな。)

暦でも農業でも薬でも科学でも文学でもその他なんでも たいへんなもんだよな。数と時間の蓄積ってのはすごいものだ。 大量の人間が生活のなかであらゆることを実験している。 わたしもそういう人類全体の「生活の実験」の一参加者だと思うことはなんだか 生きていく希望を与えてくれる。それがなんでかはわからん。 「大きなもの」に参加している感覚を与えてくれるからだろうか? 実験が失敗しそうなことにも「意味がある」と言えそうだからだろうか。 (関連する過去記事


2005/06/13 (月)

昼まで起きられず。

衣笠。2コマ目に低血糖な感じになって頭がまわらなくなって往生。 いつも天一で高カロリー摂取していたのはこれを防ぐ意味があったのだなあ。

なにをする気にもなれないので『銃・病源菌・鉄』をだらだら読みなおしたり。おもしろいなあ。


2005/06/14 (火)

苦労して起きる。午前中会議。

所用で左京税務署へ。

なんか疲れているので早く帰る。火曜日はゆっくり休まねば。

CDプレーヤー(YAMAHA CDX-496)到着。安物だけあってチャチだ。 寝室に置いて以前研究室で使っていたVictorの小型スピーカー と中学からずっと使っていたアンプをつなぐ。うむ、まあCDラジカセよりはかなりましだな。オーディオっていう趣味にはずっと憧れているが、 そういう経済力を身につけることは無理なようだ。

今日もだらだら『銃・病源菌・鉄』を再読。 世界史は入植と虐殺の歴史だ。 こういう学説が標準的なものになれば、世界史の教科書はどう変わるのだろうか。 もう変わっているんだろうか。

数年前に、「私が子どものころは標準的じゃなかったけど今は標準的になっ た科学理論(仮説)」とかってことを考えたことがあったような気がするけど、さすが に40年も生きてるといろんな学問で革新が起きてるよな。ちゃんとついていっ てるだろうか。最近すでに標準になっていることを一般の 人々が意識していないと思ったのは、自閉症に代表される精神疾患の原因とか性 差についての見方あたりか。若いころに学んだことは捨てにくい。この前の地球進化のNHK番組もおもしろかった。そういや、 クエーサーっていったいなんだろうって話は見通 しがついたのだろうか。超巨大ブラックホールってことになってるのかな。 私は超巨大宇宙人が作ったおもちゃ宇宙(我々が住んでいる)の縁の飾りのランプじゃないか と思ってたのだが、ちがうのか。違うよなあ。

お腹の調子が悪い。 実はわたしは大学に入って以来常時お腹がゆるい方。 最近牛乳を飲まないようになってずいぶんよくなり、 ビールをやめてさらによくなったのだが。 ラーメンもよくないということだな。


2005/06/15 (水)

調子悪くて休講にしようかと思ったが、この前反省したばかりなので出てくる。 と、会議をひとつすっぽかしていた。ダメダメ。 3回生ゼミ。

教授会。


2005/06/16 (木)

起きられず遅刻しそうになる。4回生ゼミ。昼寝して、百万遍。ちょっと早めに終る。


2005/06/17 (金)

なんとか起きて午前中会議。

授業2個。 授業アンケートをとるのを忘れる。

戸に左足小指をぶつけて痛い痛い。


2005/06/18 (土)

足の小指まだ痛い。午後大学。梅雨なのに雨降らないなあ。鴨川の水が枯れている。

emacsの透明化パッチとか試してみる。こういう透明なウィンドウってのは 見やすいと言えるだろうか。

足指にサロンパスを貼る。気持ちいい。ついでに肩にも貼ってみる。ほおお。 ついにサロンパス人生のはじまり?


2005/06/19 (日)

昼まで寝ていた。午後大学。なんか調子悪い。考えがまとまらないうちにどんどん時間がすぎていく。 もうすこしで夏休みなのだが。日が暮れるころやっと頭が動きだす。

どうでもいいが、government of the people, by the people, for the peopleの`of'はgovernの目的語を表わす目的語のofだろう。a statment of the factsとかthe writing of a letterとかthe bringing up of a childとか his love of musicとかと同じof。ジーニアスだと ("Government of a big city is full of difficulties."とかって文例が。もっともこれは「政府」っていう意味じゃない。)「人民によって、人民のために、人民を治める政府」。自律、自己統治っていう理想。ルソー。

つい数日前に使った本 を探すが見つからないので本屋で買いなおす。ばか。


2005/06/20 (月)

衣笠。 学生による授業評価アンケート。うちもマークシートにしたらよいと思うのだが。

某日記者が怒っているが、もう教授だから博論いらない某教授は、まあ文章やWebページの書き方から判断するかぎり、あれだ。 ページの作り方ってのはほんとうにその人が出るよなあ。


2005/06/21 (火)

昼まで起きられず。大学。事務的業務。

なんだかダメダメ。やはり火曜日はちゃんと休養。


2005/06/22 (水)

悪夢に悩まされ早起き。

高校の教科書(「現代社会」とか「倫理」とか「公民」とか)を読んだり。

3回生ゼミ。ちゃんと教育しよう。教育のためには勉強しなくてはならん。むしろ教育されるのだ。

学内委員会。


2005/06/23 (木)

4回生ゼミ。

しかし体調悪く百万遍1回休み。すみません。なんか疲れがたまって動けない感じ。

ミケランジェリ聴きながら寝る。なかなかの名演が含まれていて これで10枚1500円はすばらしい。これまで買ったCDのなかで最高のコストパフォーマンス。 ベルクとバルトークのバイオリンコンチェルト、 バレンボイムのディアベリ変奏曲。


2005/06/24 (金)

なんとか起きる。会議、授業2個。授業評価アンケート。 夕方には死にそう。

野村万蔵の「唐人相撲」(傑作)見て寝る。


2005/06/25 (土)

調子悪くて研究会は欠席。 なまけ病? そういや、子どものころから不定愁訴を訴えて仮病と呼ばれたものだなあ。 はやくゆっくり一日すごしたい。

とにかく寝る。

あいかわらず新ヴィーン楽派。シェーンベルクのop.11もベルクのソナタop.1も ヴェーベルンのop.27もすばらしい名曲。内田光子、グールド、ポリーニと聴き比べ。 ドビュッシーの歌曲。

田舎からさくらんぼが届く。


2005/06/26 (日)

調子悪いときはとにかく睡眠。 本日も研究会は欠席となってしまった。

と、午後研究室。

カラヤンのアリアドネ。 NHK-FMで「現代の音楽」。シュトックハウゼン。 ストラヴィンスキーの40年代以降の作品。 ショスタコの四重奏。 ラヴェル歌曲。特にシェラザードは名曲だよなあ。


2005/06/27 (月)

だめだめ。


2005/06/28 (火)

だめだめ。

衣笠の学生さんから「大丈夫か」というメールをもらう。ありがとうございます。休講してすみません。補講2回やります。

クラシックCDをApple Losslessでハードディスクに入れているのだが、あっというまに ディスクがいっぱいに。(現在60GBぐらい)


2005/06/29 (水)

なんとか早起き。眠い。3回生ゼミ。会議。午後雨。


2005/06/30 (木)

なんとか起きる。4回生ゼミ。百万遍。夕立ち。京都は完全に熱帯。

どうでもいいが、なんやらバトンとか考えつつ、 『ミームマシーンとしての私』に目を通しながら、 「辞書をひく」という行為のミームについて考えたり。辞 書好きの教師は辞書をひくように学生をしこもうとするし、ある種の教師は辞 書をひかず、さらに学生にも辞書をひかせず、「全体を見回して意味を推測せ よ」のようなことを指導する(塾に多い)。どっちのミームが広がるかは淘汰 によって決まるのだろう。しかしどういう淘汰がかかるのだろうか。 百万遍のまわりでは辞書をひくミームの方がまさっ ているようだが、今熊野ぐらいだと微妙であることを最近発見した。自分のまわりには辞書ひきミームを伝搬させつくしていたので気づかなかった。

無理せずクーラーを使って寝る。


2005/07/01 (金)

なんとか起きる。梅雨らしい。

授業2個。終った。


2005/07/02 (土)

徹夜で準備して新幹線に乗り東京へ。道に迷い、汗だくになってはじめての東大。「すげえ、これが赤門か!」。「ここが宇宙人たちのいる東大医学部なのね!」「そうだ、ここが日本の大学の頂上だ・・・ルールを作る側の人間たちがここにいる・・・」(『ドラゴン桜』風)

時間があるので喫茶店でコーヒーを飲む。東京人はものの味を知らん。本郷というのは悪くない町だとは思うが。

学会。どうでもいいが、ちかごろの大学の新しい建物ってのはどうしてカーペットとか貼るのだろうか。音響がデッドすぎて声が通らなくて教室として使いにくいと思うのだが。自分のところの校舎もそうなのだが、大学を知らない人間が部屋を設計しているようで非常に気になる。殺風景な壁も問題。

三四郎池も見る。本郷は百万遍より環境がよい。

秘密の「殺すリスト」に新しい名前がふたつ加わる。ひとつは以前から記載されている。

宴会。若い人々は元気でいいねえ。ブログな人にも会ったり。酔っ払って徹夜ハイで余計なことをしゃべったような気もする。

とってもらった旅館は修学旅行用。風呂はついているがトイレがなかったり。 次はもうちょっとまともなところにしよう。


2005/07/03 (日)

ふたたび道に迷いつつなんとか帰る。地図が読めないってのはどういうこと なんだろうか。だから旅行とか移動するのが嫌いだ。

久しぶりに新幹線に乗ってふたたび思ったのだが、なんで人々はこんなに速く頻繁に遠くに移動する必要があるんだろうか。どっかおかしいんじゃないかなあ。荷風なんかは生涯に2、3回しか京都に来たことなかったのに。

夏は毎年蚊に悩まされる。マラリアが心配。


2005/07/04 (月)

熱帯な感じの雨(熱帯だからしょうがない)。衣笠。補講を入れてあと3回もある。


2005/07/05 (火)

いかにも梅雨な感じ。昼前に起きる。昼から大学。自転車で坂を登るだけでぜいぜい。体が重い。なまっている。 この時期ウォーキングやジョギングは無理なので、早急にスポーツクラブに入会しよう。

打ち合わせ。

ぼやぼやしていると日が暮れる。


2005/07/06 (水)

梅雨空。なんとか起きて3回生ゼミ。これで今熊野は授業終了。

会議。

ちょっとアスペルガー症候群に興味があって 見つけた 「パパはアスペルガー!」 なんというか、おもしろすぎる。おもしろいと思うのが不謹慎なのかどうかも よくわからない。並の筆力ではない。卒論はJ.S.ミルだとか。それにしても、人間の生活はほんとうに多様で困難に満ちていて、時に滑稽 だ。ブログはまだまだ可能性があるなあ。

さらに掲示板読んだりして、我々は人間性について20世紀とはぜんぜん違う理解にたどりつこうとしているのではないかと思った。「医療的な目」とかそういうんじゃなく。男性であるのはどういうことかとかについてもぜんぜん違う理解が必要になるかもなあ。


2005/07/07 (木)

昼研究室。学生と相談。

百万遍。


2005/07/08 (金)

わりと早起き。七条京阪のところの喫茶店で買ったコーヒー豆があまりにまずくて(古くなっている)非常にQOLが下る。

七条京阪にプリンセスラインが停車するようになっていたので乗ってみる。

会議。

名古屋の先生からちくま新書が届く。良書。そこそこ評判になるだろう(ジャンル的に大人気になることはないだろうが)。これで名古屋の先生も有名人だ!

研究室の片付けをしようとして余計散らかる。

アスペルガーについてwebをブラウズ。おもしろいなあ。 まあアスペに限らず、世の中「まとも」な人間というか、なんらかの欠点を持たない人間なんてどれくらいいるんだろう。(もっともアスペからそういう一般化をしてはいけないのかもしれない)大学関係の知り合いを思いうかべても、教授会を見回しても、バイト経験からしても、マトモな人間なんか見たことがないような気がする。「人間というねじまがった素材からまっすぐなものなど作られたためしがない」?

衣笠から「来年は契約しないかもしれないからね」という手紙が届く。クビになるのかな。非常勤の組合とモメているという噂あるが、勤務態度が悪いからかも。


2005/07/09 (土)

衣笠補講。学生さんはけっこう来てくれた。

終了後いったん研究室へ。

某クリシン本を読んでぜんぜん関係ないことを思いだしたのだが、私も大学のなかに生きているわけだから、臨床心理士まわりのゴタゴタとプロパガンダについてもうちょっと詳しく知っておく必要があるのではないかという気がする。うちの大学でも臨床心理士の資格とか売り出しているわけだし・・・。あれは疑似科学なんじゃないのかなあ。学生になんらかの注意をしておく必要はないのだろうか。どうなんだろうか。腫れものには触らないのが政治的に正しい態度なのかどうか。ここらへんクリティカルシンキングな人にちゃんとつっこんでほしいと思うが、それじゃ他人まかせでだめで、自分でクリティカルシンキングしてみるべきなのかどうか。ちょっと力と動機が足りない感じだなあ。でもいま大学関係者にとって一番クリシンが必要な話のような気がする。心理学関係の学者たちの自浄作用を期待したいところだが、そうもいかないのだろうか。どういう学問分野でも、以外に歴史的偶然というか少数の政治的な力をもった人がいるかいないかとかで全体が影響を受けたりするわけでなあ。

倫理学とかって学問にしても、少数の「書ける人」がどういう人であるかってことに全体の論調がひっぱられている感じはあるしなあ。クリシンクリシン。


2005/07/10 (日)

昼起きて研究室。

まだアスペルガーブーム。アスペルガーの息子を持った父親のブログとか もあり、ネットでときどき見かけるタイプの読みにくい一方的な書き方。 おそらく彼自身その傾向があるのだろう。うーむ、なるほど。

あんまり関係ないが、道徳的非難てものはどの程度効力があるのだろうか。→ けっこうあるのだろう。他の人びとの怒りその他は、そういう人びとを社会へ適応させる誘因の一つになる。

臨床心理士にもまともな人がいるようだ。別にああいう政治的な組織だからといって、その資格にかかわる人びとツブツブがおかしいということはない(あたりまえだが)。


2005/07/11 (月)

衣笠。 あと1回。

歯医者で検診と歯の掃除。不精髭に白い歯が輝く男になる。

授業中の私語についてメモ。(参照

以前から、せっかくブログにしたのに1回もトラックバックをもらっていない人を見て、 一回トラックバックしてみよう と思った。しかしトラックバックというのはどうやってするのだろうか。ていうかそもそもトラックバックとは何だろう。ただのreferer環境変数?試してみるか・・・と思ったが、そのブログはすでにトラックバックを表示しなくなっていた。とりあえず試してみる。いまどきトラックバックがなんであるかを知らないってのは恥ずかしいことなんだろうなあ。


2005/07/12 (火)

トラックバックというのは単にブラウザのreferer環境変数を使ったものじゃなくて、「トラックバックping」とかを使ったもっと動的なものらしい。「送る」という表現はやはりそういう仕組を反映しているわけだ。つまりこの日記のような原始的ベタHTMLとは関係がないことがわかった。余計な迷惑をかけたなあ。

朝から。会議。

プロレスだのプロボクシングだの、やっている人びとはどの程度のリスクを自覚しているのだろうか。直接にケガや死亡する確率そのものは他のスポーツと比べてもそれほど高いとは言えないだろうが、最近読んだ記事では他にもさまざまな重い障害や後遺症が出るとか。たとえばボクサーにはその後性的不能に苦しむ人が多いとか。まあリスクがあるから避けるべきだというわけではない。例えば冬山登山のような非常に危険らしいスポーツもあるし。ボクサーは危険についてどの程度知っているのだろうか、ってことで。まあ当然われわれよりは知っているのだろうな。

自分の人間性を反省すべき点あり。しかしどうにもならんのだなあ。道徳の問題としてではなく、合理性の問題としてとらえた方がよいのだろう。

名古屋の先生のクリティカルシンキング本の第4章、どうもよく理解できない部分があるのでうだうだ考えている。

どうでもいいが、これまでの科学の歴史のなかで、「それを(その方法を)知ることが倫理的に問題があるから」という理由で科学研究を社会的にストップさせたことってのはあるのだろうか。素粒子研究にあんまり金がまわらなくなったとか、アポロ計画が終ったとかまだ火星に行けないってのは倫理的な理由からじゃないよなあ。


2005/07/13 (水)

床屋へ。再度坊主頭に。三分刈。同僚たちからは「生臭坊主」と呼ばれる。たしかに顏が丸々として油ぎっていて自分でもそういう感じ。体がたるんでいるのでどうしてもスポーツマンには見えないのも一因。

教授会その他の会議。

大学教師は性格的に向いてないような気がする一件あり。・・・少なくとも女子大は向いてないよな。てのは、今年5月12日の江口、女子大生ヘイトスピーチ?の一件について、授業評価に書いている学生が複数。「失言があってショックだった」とか。まあやっぱりヘイトスピーチなのかなあ。やっぱりそうなんだろう。厳しく反省するべきだな。

あるグループによくある属性(この場合はすぐに私語する)を憎むてのはどういうことか。そういうのは個々の人びとの属性というよりは、あるグループの統計的な傾向に見えるからややこしい。とにかく言動には注意すること。しかしあまり注意しすぎるのは息ぐるしい。徳を身につける必要があるわけだが、難しい。この場合は、私語する学生(あるいはその心性)を憎み、しかしグループには拡大しないってのが必要なのか、そもそもそういうのをグループでとらえることそのものがいかんのか。

・・・別の考え方をしてみると、そこで個人に非難を集中して、いつも通り「出てけ」とやればよかったとも思えてきた。微妙に甘くなって(その時は犯人を特定までは行けなかったのかもしれない)、「女子大生は(一般に)いつまでも私語していて嫌いです」のような言わずもがななことを言ってしまったのが問題で、「この」特定の学生、まで絞ればよかったか・・・そうするべきなんだろう。なぜなら、女子大生一般なんて連帯感はないわけだし、静かな学生は私語する学生の行動について責任はないわけだから。

なんでわれわれはあるグループの統計的な性質について考えるんだろう。思考の経済? 野蛮な心性?

うーん、あの瞬間には私はかなり不愉快になってたんだよなあ。(先日書いたように、「てめーらダマレ」と(いう意味のことを)言っているときに横の友人とかとごちゃごちゃやられると本当に腹が立つ。しかし人の前に喋る人間は腹を立てたりしてはいかん。

まあとにかく私に「女嫌い」なことは認めなくちゃならんなあ。それはなるべく直そう。認知的心理療法が必要?

某講師が来て某協会の仕事。ごくろうさまです。


2005/07/14 (木)

百万遍。読書会と授業。前期終了。久しぶりに某助教授らと飲む。ヘイトスピーチやらアスペやら臨床心理士やら最近関心のあることについて語る。

さすがに「サーバーが見つかりません」な人が心配になってきた。


2005/07/15 (金)

真夏到来。昼前に起きて研究室。卒論相談1件。もう1件。

鬱やADHDや自閉症や高機能発達障害や性同一性障害などが注目されるようになったというのは、まあ一つにはそういうものを「問題だ」「異常だ」と見る見方が定着したのだとも言えるのだろうが、それよりも、環境要因(しつけや教育、文化その他)がわれわれの性格その他心理的特性に与える影響が、戦後〜70年代の終りぐらいまでに思っていたよりも小さかったという認識に対応しているのではないだろうか、とか。思えば私の子ども時代は環境万能主義というかそういう感じだったような気がする。性格も精神疾患も、ほとんど環境のせいにされていた、というのは私の理解が浅かったのかどうか。

というか、性格その他に与える先天的・遺伝的要因影響を過小評価していたというか。そういう遺伝や先天的要因とかを考えることがほぼ隠されるか禁じられていたかしていたのではないだろうか。60年代以前には、子どもが(生まれつき)ある程度親に似るのはあたりまえと考えられていたのではないかとも思う。

まあ自閉症や統合失調症のような症状が道徳の問題(「親の育て方が悪かったのだ」「愛情が足りないのだ」)ではないとされるようになってきたのは悪いことではないような気がする。「道徳」の問題として扱うってのはけっきょく世論の非難とかそういうことで問題の解決をめざすってことで、かなりコストがかかる。それが無駄なコストだったのなら避けられた方がよいに決まっている。まあわからんけど。

昼間学生とアスペ児童に対するいじめの話をしていたのだが、そういうタイプのいじめっていうのはある種の「道徳的」なかおりがするものだ。そういういじめは、「世論による非難」の原始的なタイプなんだよな。いじめる方は、おそらくいじめの対象が「非難や制裁に値する」と信じているし、その裏には、「こいつの性格やふるまいは変えることができるはずだ、変わるべきだ」ってのがある。今思えば私が時々いじめられたりしたとき(特定の子どもや特定の教師にいじめられた)というのは、私の他の人びとに対する無関心や敬意のなさや、好かれようと努力しないことや、隠しもっていた(かもしれない)軽蔑が非難されていたのだろうと思う。単に変わっているとか目立つとかだけでいじめられるわけではないだろう。(もっとも当時の私は他人に関心をもったり好かれようと努力することができなかったわけだが。)

(「いじめる子どもは他人の痛みがわからない」、とかってのはおそらくうそっぱちだろう。むしろ、相手が痛みを感じるからいじめるのではないのか。)

ところで、私自身について考えれば、いろんな点で(心理面でも身体面でも)年をとればそれだけ両親との類似点を強く感じるようになってきた。もう20年以上離れて暮し、ほとんど影響はなくなっているし、生活スタイルもまったく違うはずなのに。(まあそれは必ずしも悪い感じだけではない。)

われわれの性格はどの程度変えることができるんだろう。いや、こういう問いそのもののフレームがおかしいのだろうか。どうすれば、どの程度世界とうまくやっていけるのだろう、と問うべきなのか、もっと別の問い?

深夜コンビニに行くと、祇園祭に出た若者たちがうろうろしていて殺伐。パトカーと救急車がパープーパープー。恐いから祭が終わるまで外に出ないようにしよう。


2005/07/16 (土)

昼前に起きて補講の準備。

衣笠補講。けっこう出てきてくれていた。 とにかくやっとのことで終了。羊頭狗肉な授業、竜頭蛇尾な終り方が好きである。

ついに夏休みだ。と、これをたまたま読んでしまった学生さんのために書いておけば、大学教員にとって「夏休み」は休みじゃなくて授業とは別の重要な仕事をする時期である。教員にとっては一年で四毛作(前期、夏休み、後期、春休み)とかしている感じなのだが、私の仕事ぶりではわかってもらえないかもしれないなあ。全国的に大学教員はこの時期を「夏休み」と言わずに「夏仕事」と呼ぶことにしてはどうか。


2005/07/17 (日)

午前中に起きる。午後大学。心を落ちつけて。


2005/07/18 (月)

ここしばらく寝る時に足〜腰のあたりがムズムズして寝にくい。運動不足?

昼前に起きて大学。クーラーつけたまま寝てしまったせいか、お腹ピーピー。

昼前に起きて大学。国民の祝日だが試験日としているらしく、学生さんがうろうろし ている。3回生の発表相談1件。

学生から価値の哲学の見取図のような本はないのかという意味のことをたずねられ、答に窮する。日本語で読めるやつはないねえ。どうにかならんのかな。高校や大学で哲学とかの教育が必要だと主張するつもりなら、教材も開発する必要があるんだよな。哲学・思想系の新書とかも一部の例外を除いて現象学だのポストモダンだの難しくて役に立たないものばっかりだもんな。もっと基本的で誠実なのが欲しい。

食欲なし。


2005/07/19 (火)

どうも睡眠が浅く、意に反して早起きしてしまう。

ジョギングして朝から研究室。しかしイスの上で寝たり。 起きてからも頭がぼーっとしてぜんぜん動かない。

午後、某講師らが来て某協会事務。

質問があったので書いておくが、下のリストの「ジョギング」や「散歩」のあとの「1」とか「2」は、いつも走っているコース(鴨川左岸丸太町〜今出川)の往復2.4kmの周回数である。ちなみに「徒歩」は家〜大学(距離不明、徒歩35〜40分)の片道である。保守的な男は同じコースを同じように走る。すべての変化は敵。

「不徳とは、わたしの場合、やや過剰な近親憎悪である。もちろんこれは多かれ少なかれ誰にでもあるもので、書かれたもののなかに奇妙なこだわりや攻撃的姿勢が見られるとき、そこには近親憎悪が潜んでいると想像できる。自分も落ちてしまいたいけれど何とかがんばって退ぞけているつもりの誘惑、自分も本当はやってみたい恥知らずな振舞い、自分が自分に禁じているこれらのことを、自意識にも苦しめられず、のびのびと行なっている(ように見える)他者に対して、いわれなき憎悪を抱く。」高田里恵子『グロテスクな教養』ちくま新書。 それにしてもこの本おもしろいなあ。わたしもかなりの教養主義者だ。

歯医者。前歯。

飲酒禁止は19歳未満とかにしといた方がいいんじゃないかな。なんか社会の規範に合ってないというか、欺瞞的であるというか。全国の大学教員はどう考えているのだろうか。

あれ、障害者自立支援法案とかって、すでに衆院を通過してたのか。けっこう重要だと思うのだが、郵政がどうのこうのの話にまぎれていたような。新聞とかの扱いが小さくて気づかなかった。あるいは私の関心が向いてなかった?やっぱりこういう件を考えるに、障害者に対する視線は厳しいなあ。まあ私も関心ある方じゃないけど、郵政云々よりは重要な話だったんじゃないかな。数が少ないと不利だってことなのかどうか。政治ってのはほんとうに難しいな。


2005/07/20 (水)

今日もそこそこ早起き。午前中から大学、打ち合せ。この夏仕事期は、いろいろ雑用(じゃなかった本務)があるなあ。

眠くて頭がまわらない。

午後も打ち合せとかいろいろ。いろいろ考えるべきこともあり。研究と教育以外にも考えなきゃならんことはあるなあ。

BSでやっている『チャングムの誓い』やっと筋がわかってきて おもしろくなってきた。伝統知は大事だねえ。


2005/07/21 (木)

思いたって帰省。山形は涼しい。


2005/07/22 (金)

日本酒を飲みすぎて昼まで寝ていた。

新庄市はクーラーがいらないくらい。市内を散歩。衰えた街。 城跡を歩き、資料館とか見る。


2005/07/23 (土)

寒くて朝早く起きてしまう。遅いひかり号で帰宅する。のぞみより楽だが、疲れた。

食欲なし。


2005/07/24 (日)

午前中に起きる。喉が痛い。

昼から研究室。思考がまとまらないのでさっさと帰る。

すいかを食う。やっと夏休みな感じ。夕方は湿度が低くてそれほど暑くない。


2005/07/25 (月)

早起き。午前中から研究室。卒論相談1件。

あまり調子よくない。昨日よりはましだが。


2005/07/26 (火)

雨。明け方からやっとうとうと。昼から研究室。卒論相談2件。

不愉快な不動産セールスの電話。昨日につづいて2回目。

ちかごろの「ジェンダーフリー」バッシングなるものは、たしかに、「ジェンダーフリー」とかっていう奇妙な(出典のあきらかでない)言葉についての誤解にもとづいたものなのだろうが、それを単なる政治的バックラッシュだと見てしまうとこれまた新たな誤解を生みだす原因になるような気がする。政治ってのは難しい。

「ジェンダー」まわりについては、フェミニストの偉い人が公式に、マーガレット・ミードの文化人類学や、ロバート・ストーラー→マネーとタッカーあたりのジェンダー/ セックスの分け方を2000年ごろにちゃんと批判的に精算しなきゃならなかったのではないのかなあ。精算しないままにしておくから「ジェンダーフリー教育」とかってもの(それがどんなものかは知らんが)に対する誤解がなくならないんではないのか。

でも実際に偉い人びとはその後バトラーとか援用して「いや、ジェンダーだけじゃなくてセックスも社会構築だし」とか言いはじめてさらに混乱させているような気がする。偉い人というのはたとえば上野千鶴子、江原由美子、竹村和子あたりだろうか。どう読んでもバトラーは不明瞭で有害であるように見えるのだが、そうは思われていないのかなあ。なんでこんなに人気があるのだろう。フェミニストの「頼みの綱」になっているような気がする。(それにアン・ファウスト=スターリングやバダンテールあたりの「フェミニスト科学者」とかの言い分を無批判そのまんま受け入れちゃってるのではないか。もちろん、それ以外の「科学者」を信じる理由も難しいわけだが)

もし仮に教育現場で「生殖以外には男女の間にまったく生得的な差はなく、ジェンダーもセックスもぜんぶ完全に社会的構築にすぎません、男性の性欲や攻撃性も単なる文化で、わたしたちはそういうのから完全に自由になれるし自由になるべきです。つまり、道徳の問題なのです。」とか教えようっていうなら(いくらなんでもそんなことはないだろうが)、私だって反対したくなるもんな。

そういや、あんまり関係ないが、

ラセットは、ジョン・スチュワート・ミルの『女性の隷属』を読んだダーウィンが、婦人参政権に関するミルの見解をあざ笑い、「この男は科学を勉強する必要があるな」と言ったという逸話を紹介している。(江原由美子『ジェンダー秩序』勁草書房p.344)

出典がはっきりしないが、シンシア・イーグル・ラセットの『女性を捏造した男たち——ヴィクトリア時代の性差の科学』工作舎p.10だとすると

[ミルによれば]両性の間に見受けられる差異を自然なものと決定するには、それが教育や外的環境の影響を受けた人工的なものであってはならない。当分のあいだは、卒直に無知を認めるのが唯一まともな知的立場であろう。

チャールズ・ダーウィンはこの考えに反対だった。彼はウェールズのとある丘の斜面で声を張り上げ、そこから二十mほど下に住む夏の隣人、すなわちすぐれた著作家であり社会改革者でもあったフランセス・パワー・コブに向って、出版されたばかりのミルの女性に関するエッセイに関する意見を述べたことがあるという。いわく、彼の本には興味があるが、「ミルは少し自然科学の勉強をした方がいいね。それに・・・雄に力と勇気があるのは、生存競争、ことに雌を得るための戦いのせいなのだ。」女性の性質も男性と同様に、彼女たちの生物としてのあり方に根ざすものなのだ。重要なのは文化ではなく自然なのである。〜」

ずいぶん印象が違う。私はダーウィンがそれほど馬鹿げたことを言っているとは思えないのだが。その「エッセイ」はたしかに『女性の隷属』かもしれないが、ラセットの記述では、ダーウィンは直接に婦人参政権の問題に文句つけているわけじゃないし。男女に性差があるかどうかという話についてダーウィンが科学的になんか言えるんじゃないかてことを示唆したという文章に見える。ミルはミルらしく慎重で、ダーウィンはダーウィンらしく野心的だ。こういう印象操作(あるいは意図せざる誤解)がフェミは怪しいと思わせる原因になってると思う。(もっとも、ラセット自身の書き方もミルにもダーゥインにもフェアでなくていやな感じがする。もちろんミルもダーウィンもその時代のバイアスの影響下にあったことは疑えない。)

フェミニズムもこれからはなんとかダーウィニズムなり進化心理学なり社会生物学なりを無視したりインチキ科学呼ばわりするのをやめて、それなりに折り合いをつけていかないと長くは持たないかもしれない。倫理学もしかり。

あと、インターセックスとかトランスジェンダーとかの存在もどうも政治的に利用されているような気がしてなんかおさまりが悪いな。ここらへんはよくわからん。

まあ「ジェンダーフリー」について言えば、この言葉が意味不明な和製英語なのにあまりにもキャッチーすぎて、内実不明なままで独り歩きしてしまったのがアレだな。「「男女についての偏見をなくす(教育)」ぐらいにしときゃいいのに、これじゃキャッチーじゃないんだな。「ジェンダーバイアスフリー」でも長すぎてわかりにくくてだめだったんだろう。ふたたび政治は難しい。

一日バッハのチェンバロ曲。昔からチェンバロの音が好きではなかったのだが、ここ数日、それほど気にならない。

ちなみにフェミニズムのいくつかの主張についての私の立場は、

ぐらい。保守的で平凡だな。もっと他にも論点があるな・・・。

2005/07/27 (水)

午前中起きて大学。まだ喉が痛い。喉から顏の右半分にかけて痺れる痛み。

教授会。打ち合せ。


2005/07/28 (木)

早寝したので早起き。朝夕の暑さはちょっと楽になったような気がする。 この時期が一番好きな季節だよなあ。

朝から大学。いろいろ相談。


2005/07/29 (金)

午後から大学。

某協会の事務が混乱している・・・。

落ちつかず。だめだめ。早々に帰宅。

胃腸の調子が悪い。ヨーグルトを食べよう。


2005/07/30 (土)

午前中大学。オープンキャンパス開催中。なかなか盛況。道行く高3生たちにどうか受験してくださいおねがいしますとおねがいしたくなる。

明日北海道で行なわれる研究会も行きたかったのだが、業務のため動けず。かわりに、午後、同志社で開かれている某研究会を見学しに。時間に余裕があったので久しぶりに「ほんやら洞」でお茶を飲むが、だめだめ。

研究会ではおとなしくしている予定だったのだが、やっぱりちょっと暴れてしまう。もうちょっと質問うまくできないかな。私の質問の仕方は、過剰に攻撃的に聞えるんじゃないのか(そういう意図はあんまりないのだが)。いつも反省はすれども難しい。まあこの年になってから新しい徳を身につけるのはむずかしいか。

まあ私はこの年までオリジナルなことができなかったから、これからもオリジナルなことはできないだろう。おそらくなにかにちょっとした「ひねり」を加えることさえできないだろう。しかしもうそれはそれでかまわん。最近、わたしの人生は、これまでは気になってきた奇妙な考え方の落し穴から なんとかして脱出するためだけにあるのではないかと思いはじめている。ネガティブだけど、それはそれで自分にとっては意味があるかもしれない。オリジナルでなくていいから正統派の広い教養を身につけた人間になりたい。

そういや、「〜という結論をデリダやレヴィナスからひきだす」とかって表現を聞いて、強い違和感を感じた。そういう発想をするひとは、誰かの思想とかそういうのをなんらかの装置かブラックボックスのようにとらえているんだろうか。同じように、今日の研究会(合評会)でも、皆、議論の筋道や論理的整合性より、提出された結論の方に関心があるようなのが気になった。そういうのは哲学じゃないような気がする。もっとチマチマしないと。でもそういうチマチマさが他の人びとには理解してもらえないんだよな。私のケツの穴が小さすぎるのだろう。っていうか、チマチマしているだけではだめなんだろう。だめだ。

若い女性に浴衣がはやっているようだが、街中で昼日中に見るとかっこ悪いと思う。あれは外出着ではないのではないか。どうにかならんか。まあお金がないだろうからしょうがないのか。

中西準子が環境ホルモンやナノ粒子な人たちから名誉毀損で訴えられているのか。おもしろいなあ。ジュディシャルハラスメントってやつかな。


2005/07/31 (日)

早起き。7月も終り。朝から大学。研究会というか翻訳打ち合わせというか各自作業というか そういう日。

ファイルのバージョン管理に失敗し、フラッシュメモリが壊れていて途方に暮れる。

そろそろ落ちついたようだからOS 10.4にしたいような気がする。 (10.3.9ではgccの最適化オプション -fastでエラーが出るのだ)

ちょっと前にボクサーのリスクはどれくらいなんだろうと書いたような気がするが、ボクサーの6人に1人は50才までにパーキンソン病かアルツハイマー病にかかる、っていう記述を見かけた。 ほんとうだとすると、パーキンソン病の頻度が10万人あたり50〜100人とかと比較すると、かなりのリスクだな。サッカー選手も年とると記憶障害とか。

日本女性学会が「「女性学/ジェンダー学」および「ジェンダー」概念バッシングに関する日本女性学会の声明」ってのを出してたんだな。ふーむ。 「Q & A -- 男女共同参画をめぐる現在の論点」によれば、この学会は「ジェンダー・フリー」という言葉も認めているようだ。なるほど。それにしても、「ジェンダー・フリー」じゃなくて、「ジェンダー」という用語そのものも使用制限しようとする動きがあるのかな。(どういうグループがそれを主張しているのだろう。「ジェンダーフリーの方はどこぞの教育委員会が「使わないように」というお達しを出したようだが)

それにしても、この学会の「声明」は、この文脈でみずから「ジェンダー」の意味を明確に定義していないのは致命的だと思う。それに、学会として、「ジェンダー概念や男女共同参画の理念を曲解した「ジェンダーフリー」批判が強まっている。」としてそれが意図的な「曲解」や、単なる「バッシング」だとするのは一方的すぎるんじゃなんじゃないかな。また、そういう批判が「学問の自由」の侵害だとかってのもどうか。ジェンダーフリー批判の人びとの側が、誰も主張していないことをフェミの主張だとしているのとまったく同じように、典拠なく「ジェンダーフリーバッシング」をつくりあげて批判しているように見えてしまう。そもそもその「バッシング」なり「使用規制」なりが誰が行なおうとしているものかも不明だし。こまかいことを言いはじめれば、男女共同参画基本法には「ジェンダー」なんて言葉は一回も使われてないし。そういう「声明」に政治的な意味以外の意味があるんだろうか。ここらへん政治的にあぶなっかしすぎるんじゃないだろうか。)

ところで、「ジェンダー・フリー」という用語は、 「アメリカのバーバラ・ヒューストンが「性別に関して存在する決めつけからの自由」、すなわち性別による偏見からの解放という意味で用いているのを、日本では東京女性財団が紹介し広まったもの」なのか。ちゃんと出自があるんだな。でもなんかこんな変な和製英語のようなのは納得いかんな、ともうちょっとサーフィンすると、山口智美というひとの こういう文章がみつかった。なるほどふむふむ。これなら筋が通る。納得しそうだ。 ちとリンクがおかしくて読みにくいので、その文章の 「続き」にもリンクしておこう。誤解を解き、言いがかりを回避するには、こうして出典しらべたりするチマチマした作業が重要なんだよな(私はこの件についてはただサーフィンしただけで終ってしまうわけだが)。この人はブログや他のページも持ってるようなので一応リンク。「ジェンダー」を「社会的・文化的な性差」としてしまうおさまりの悪さ(私もそういう教えかたをしてしまうわけだが )についてもそれを理解するヒントが得られた。

しかしあたりまえのことだが、フェミニズムってのはまずは政治的な主張・態度なんだよな。政治ってのは難しい。私はほんとうに政治音痴だし。その音痴さは不道徳かあるいは犯罪的かもしれん。わたしがdisinterestedな立場をとってるようにも見えてしまうかもしれん。


2005/08/01 (月)

なんとか起きて朝から大学。年に1、2度のネクタイとスラックス。業務。

卒論相談1件。

歯医者。終了。

今衛星軌道の上で宇宙空間であれやこれやと働いている人をテレビで見ると、 どうも「苦力」とかって言葉が思いうかんでしまう。 それにしても世界の何人が「ちゃんと帰ってこれないんじゃないか」と思ってるんだろうか。 シャトルなんかやらないでサターンと遠隔操作ロボットでやってれば、もっと安価に 色んなことができたのではないか、とか。それでも宇宙はロマンなのかなあ。 あそこはわれわれ生物がいるべき場所じゃないような気がするなあ。 シャトル計画の副産物ってどういうのがあるんだろうか。 でも私も小学生のころのこころざしを忘れずにちゃんと生きてれば宇宙船に乗れたかなあ、とかも思う。


2005/08/02 (火)

午前中から大学。だらだら。能率あがらず。しょうがないので採点したり 片づけしたり。

午後俄雨。

ケロウ・チェズニー『ヴィクトリア朝の下層社会』とか読んだり。 ボクシング禁止しようっていう動きは当時からあった、というか ああいう格闘技に対する疑問はずっとあったわけだな。 「動物いじめ」ってのもアレだなあ。つい100年前の話なんだよな。 それにしても人間の生活というのは多様だ。 世界はよくなっているのか、と問われれば、「悲惨は世界中に満ちているけど、 部分的にはよくなっている」と答えていいんじゃないだろうか。

某君にまわした某協会の事務の仕事がまわってきてしまい難儀。

夏休み期間は図書館が夕方にしまってしまう。まあ寮も閉ってしまうような のでしょうがないのか。

夜まで研究室。


2005/08/03 (水)

明け方目が覚めてしまう。朝から。だらだら読書と事務仕事。

卒論相談1件。

注目していた吉田正和朝日アマ名人、朝日オープン3回戦で有吉九段に勝利。強い。


2005/08/04 (木)

早起き。朝から大学。

どういうわけかiPodがつぶれた。リセットしても復旧せず。困り顏のアイコンが出てる。 これは修理が必要かも。

某協会事務仕事。午後がつぶれてしまう。というか、そういう仕事をすると 心がざわついてもう他になにも(読書も)できなくなってしまう。

大学生に「疑う」「人を信用しない」ということを教えるのは意外に難しい。 特に書籍になってしまっているものは信頼する傾向があるし。特に医者が書い たものはあれだ。まあ私もそうなわけだが。おそらく中堅私学の卒論というの は、そういう態度を身につけるっていうレベルなんではないかと思うのだが、 どうなんだろうか。


2005/08/05 (金)

よく寝た。ストレスに対抗するには寝るにかぎる。

朝から大学。山ほどの事務仕事が。・・・重大なミスを発見してパニックになる。 (私のミスではない)

午後も事務仕事。卒論相談1件。

夕方驟雨。

ちくま新書とかぱらぱら。小谷野敦『帰ってきたもてない男』。おもしろい。 正直で迫力がある。結婚して離婚して大学やめてもの書きとして一皮剥けた感 じ。奇妙な私小説ならぬ私評論というかそういうジャンルを作りつつあるので はないか(仲正昌樹とかとともにそういうジャンルを作りつつあるのか)。 佐藤卓己『八月十五日の神話』。いま日本で一番生産力のある人の一人なのだ ろう。 田中宏巳『BC級戦犯』。B級(ふつうの戦争犯罪)とC級(人道に対する犯罪)の区 別をしなくていいのかいな。・・・とふらりgoogleと、B級とC級の区別はそれ ほどはっりしていないのかもしれない。A級戦犯についてはいろんなところで語られているが、 ここらへんちゃんと議論されていないような気がする。私の視野が狭いからかもしれないけど。

新書を読むことに人生の楽しみを感じるのは、私は浅さをよく表現していると思う。 幅広く色々なことを知りたいが、それほどつっこまなくても十分、ということなんだよな。 学者向きではない。(まあ何にも向いてないけど)


2005/08/06 (土)

大量虐殺記念日。テロを見たり、アフガニスタンやイラクの戦争を見たり、 「戦後責任」とかの議論に触れたりして、自分の原爆や無差別爆撃についての 解釈も変わりつつあるのを感じる。

はずかしい話なのかもしれないが、(私はふつうの戦争教育を受けたと思う のだが)、ちょっと前まで戦争というものはそもそも国どうしの全面的な殺し あいであると思っていたような気がする。戦闘員とか非戦闘員とかの区別は、 それほど重要なものではないと思っていたのではないだろうか。それは原爆や 無差別都市空襲とかが「戦争」の典型的な姿として描かれていたからのような 気がする。

昼起きて百万遍生協で本を買って大学。落ちつかずすぐ帰る。

そういや、1998年に「総合雑誌」という言葉を知り、読まなきゃならんのか なと思いつつ数年が過ぎた。やっぱりそういうものは読まない生活が続いてい る。それでいいのだろうか。新書が好きなのならそういうものも読むべきなの だろうか。論壇とかってものもよくわからないまま人生後半。

ジョン・カートライト『進化心理学入門』新曜社。コンパクトでスタンダードを目指したらしい入門書。 あまり新しい情報はないが、見通しがよくなったような気がする。倫理学もこういう教科書があればいいのになあ。

デイヴィッド・プロッツ『ジーニアス・ファクトリー』早川書房。ノーベル 賞精子バンクのその後。ノンフィクションとは思えないくらいおもしろい。お もしろすぎる。ショックレーの暴れ方(精子バンクに参加していたのは知って いたが、60年代の活動は知らなかった)と「ドナー・コーラル」の行動、精子提供の現場ルポなどが笑え る。そしてがんばれ、トム。

ウルズラ・ヌーバー『〈傷つきやすい子ども〉という神話』岩波書店。子ど もの性的虐待がその後の人生に影響してるとかっていう説を批判する本。いま はやりのPTSDとかをあつかってないのでもうひとつ古くさい。文章の切れ味がいまひと つ悪い。こういうまったく知らない分野について対抗する説明がある場合、ど うしても文章のキレや全体まとまりなどの印象で判断してしまうよなあ。

荒井信一『戦争責任論』岩波現代文庫。ふうむ、なるほど。

ポパーの自伝読んだり。自伝にしてはむずかしい話をするなあ。

入江重吉『ダーウィニズムの人間論』昭和堂。「進化と倫理」 のところだけ読んでみたが、どうなんだろう、これ。

シリアルキラー(サイコパス?)、 自殺系サイトで被害者を物色っていう新聞記事を読んで気 持ち悪くなる。キラーじゃなくてよかった。


2005/08/07 (日)

明け方から昼すぎまで寝て、午後遅くに大学。雲一つない快晴。日射しは厳しいが日陰はすずしい。夏も終りだな。・・・あれ、今日立秋なのかな?

iPod復活せず。うーむ。新品を買う予算も小遣いもない。

ダーウィンの『人間の由来』読んだり。ヴィクトリア朝の人びとには 道徳ってのはほんとうに重大だったのだなあ。 人間と動物を分けるのはなによりも道徳だ、と思われていたわけだ。

それにしても19世紀イギリスってのは本当に進んでいるな。19世紀と20世紀の間の 差より、18世紀と19世紀の間の違いの方が大きいように見える。19世紀イギリス人は われわれとほとんどかわらん。

あら、この翻訳(長谷川真理子訳)、初版の翻訳なのかな?オンラインで見つけた第二版とはずいぶん違うぞ。書誌的情報がどこにもないのが困りものだ。

「愛国心、忠誠、従順、勇気、そして共感の感情をより高く保持していて、たがいに助け合ったり、全員の利益のために自分を犠牲にする用意のあるような人物をたくさん擁している部族が、他の部族に打ち勝つだろうということは間違いがない。そして、これは自然淘汰である。いつの時代にも、世界のどこでも、ある部族が他の部族に置きかわってきた」 日本やらドイツやらという国が、とにもかくにも成功しているのは、やっぱり道徳性なのかなあ。

へえ、明治天皇には側妻がたくさんいて、大正天皇は「妾腹」なのね。知らなかった。

英語で怒っているメールが届く。困ったなあ。

毎日ほとんど誰とも会わず、研究室にこもっていると、自分は チンパンジーよりオランウータンに近いのではないかとか考えたり。

一方、日本中行楽中の事故でどんどん人が死んでいるが、彼らは遺伝子プールから 自分を排除しているのだなあ・・・


2005/08/08 (月)

暑くて午前中起きる。大学。

ピーター・ボウラー『チャールズ・ダーウィン 生涯・学説・その影響』朝日 新聞社。 ミルとダーウィン(それにハクスレーやスペンサー)に共通の ある種の思想は、やっぱり時代の「雰囲気」なんだろうなあ。

読書会の見学。Mark TimmonsのMorality Without Foundationというやつだが、文章がとんでもなく無味乾燥でたまらん。 メタ倫理とかってのはもう終わってると感じさせる文章。もう内容が難しすぎてつ いていけないのもあるのだが。 終了後某助教授らと宴会。


2005/08/09 (火)

飲み過ぎ。昼起きて大学。 NASA TVとか見ながら。シャトルや宇宙ステーションのは、すごい映像だよなあ。「♪宇宙はひとつ、地球もひとつ〜」。NASAの基地にいるひとたちは、「〜君、軌道計算しなおして」とか言われるとすぐにニュートンできるんだろうなあ。すごいなあ。計算尺ぶらさげて歩いているやつとかはいないのようだ。

急いで書かねばならない書類 があるのだが、なかなか手を付けられない。

夜まで。本読んだりしてけっきょく手を付けられなかった。・・・帰宅してから書きはじめるが、1時間あれば書けると思っていたのにたいへんな量であることに気づく。徹夜だな。

なんか新しいCDを聞きたいのだが、なにを買えばいいのかわからない。もうクラシックものは買うべきものは十分買ってしまったような気がする。細かい演奏の違いを楽しむのはもうちょっと年をくってからの楽しみに残しておきたい。コルトレーンかな?


2005/08/10 (水)

昼から。

数日探して見つからなかった本が、探してもいないときに出てくる。 (R.ドゥオーキン『ライフズ・ドミニオン』)

3回生相談1件。


2005/08/11 (木)

昼から。

老師も毎日大学に来て次の著書の校正などをしている。偉いなあ。 http://hideyukihirakawa.com/blog/archives/200508/102355.php なんかすごいな。 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050809-00000002-san-pol とかってぜんぜん統計にも調査にもなっていないものについて 評論していったい何になるのだろう。 その前の日もCNNの意味のない調査に噛みついている。だいじょうぶなんかい な。

吉田朝日アマ名人、矢倉五段に挑戦中。ネット中継はありがたい。目が離せない。 ・・・2ちゃんねるにも貼りついて観戦。だめか。しかしボロボロになっても粘る姿勢に感動。 吉田君、これからも応援するよ。奨励会入会がんばれ。

なんか夏ばて。それに、日に日に酒に弱くなっているような気がする。ほんのちょっと 飲んでもすぐに気分が悪くなる。タバコもうまくないし。

NHKで空爆番組。なるほど。よいタイミングだった。


2005/08/12 (金)

朝から。毎日研究室でだらだら本読む生活を送っているが、 映画やビデオなども 見た方がよいのではないかという気がしてきた。

某協会打ちあわせ。 私は本当に悲観的で憶病だ。なにごとかをやりとげたり、世界を変えたりする人びとは楽観的で勇敢なのだろう。


2005/08/13 (土)

昼から大学。午前中まで降った雨のおかげでクーラー要らず。

三条の十字屋に寄ったが、なにも欲しいCDがない。しょうがないので中古CD屋。

木下圭他『新しい発生生物学』ブルーバックス。ほう、地味だけどいろんなことがわかってきているのだなあ。そりゃ私が高校の生物で習ったときから20数年経ってるんだもんなあ。ガンのメカニズムの話がおもしろい。

永江朗『不良のための文章術』。意外におもしろい。文章の書き方に加えもの書き的な思考の術まで。

そろそろ採点せねば。しかし紙の山を見るとどうにもこうにも。やればいずれ終るとわかっているのだが。レポート採点てのは、活動それ自体の楽しみがないんだよなあ。授業準備や授業はそれ自体がおもしろいことが多いので嫌いではない。課題の出し方が悪いのか。

そろそろ夏休みはおしまいだな。


2005/08/14 (日)

昼まで寝ている。午後遅くに大学。とにかく採点。 作業中何を聴けばいいのかわからんのでFM放送を。

今日の毎日新聞の田中優子の書評。政治色が強すぎてたまらん。

「2000年になってはじめて国連が「国家は戦時の性暴力を訴追する責任がある」ことを決議し、女性国際戦犯法廷において、日本軍慰安婦制度は「人道に対する罪」と国際的に認定されたのである。」

国連決議とVAWW-NETのアレを同列に並べるのは意図的にミスリーディングな文章に見える。

若桑みどり『戦争とジェンダー』については、

「戦争を起こすシステムの基本には家父長制があり、それが多民族支配、異文化差別、女性差別そして暴力と結びつくのだ、と。南京では約2万人が強姦され、その多数が殺されたことが東京裁判で報告されている。戦争における強姦は自然な性欲の結果などではなく、形を変えた戦闘なのだという論は、非常に説得力がある。実際に、慰安婦も南京虐殺も無かったと言いたがる人びとが夫婦別姓に反対し、派兵に関心をもち、家庭を大切に、とぶつそのつながりが、私はこの本で非常によく理解できたのである。」

なんでも家父長制で片づけることができるてのはなあ。「強姦は自然な性欲の結果などではなく」も気になる。「自然な」というフレーズをとりさったらどうなるんだろう。「強姦は性欲の結果ではなく」。これはかなり怪しい。

よくわからないが、人は個人としての自分に対する懐疑が一段落したり出口がなくなったり余裕ができたりすると、次に自分が所属している集団のアイデンティティについて考えたくなるんだろうと思う。


2005/08/15 (月)

クーラーを使って久しぶりによく寝た。昼起きて午後大学。

うーん、採点・・・。能率あがらず。だめ。

夕方から雨。早めに帰宅。


2005/08/16 (火)

午前中から。採点にとりかかれず読書しちゃったり。

とにかく1科目終了。あといくつあるんだ・・・

恒例の大文字校舎鑑賞会。卒業生たちも来る。ちょっとだけ飲む。

何度も書くが、ほんとうにアルコールに対して急速に弱くなっている。ちょっと飲んだだけなのに夜更けに苦しむ。あまりに苦しいので明け方前にアイスクリームを買いに走る。


2005/08/17 (水)

昼から。大文字がすめば完全に秋。遊んでいる場合ではない。とにかく某大の採点を終えよう。

どうでもいいが、小学生のころは夏休みの「自由研究」ってのと「読書感想文」、それに「自由工作」ってのが嫌いで嫌いでしょうがなかった。いったい何をすればいいのか漠然としてよくわからなかったからだな。「自由」ってのがよくわからなかったわけだ。「自由」といいながらなんかお手本や暗黙の形式が決まっていて不自由でもあったし。いまならどれもわりに楽しんできるような気がするが。工作は無理だがなんか作ること一般ならなんとかなる。あれはもうちょっと指導のしかたがあったんではないのかなあ。当時の私がいたら、「作曲しよう」「君の好きなトランジスタ工作でよい」とか「アストロ球団のキャラクターのまとめ」とか「諸星大二郎の『暗黒神話」と古事記で書けば?」と言ってあげたい。まあ教師のせいではなく、当時から私が保守的で人目を気にして生きていたのが悪いといえば悪いのだが。いまだに「読書感想文」という形式のものを書けと言われれば困ってしまうような気がする。

日が暮れるのもずいぶん早くなった。

ふう、とりあえず衣笠分終了。自分とこのがこの3倍近くある。

自宅のCDプレーヤーは諦めて、研究室のプレーヤーを移動。研究室では Macで聞くことに。

夜雨。雷。


2005/08/18 (木)

昼前から。採点も勉強もノラず、うだうだやる気が出てくるを待つ。

しかしほとんど進まなかった。休息の必要があるかも。


2005/08/19 (金)

昼から。ここ1週間ほど頭が猛烈に悪い。採点のせいではないだろう。

やっぱりダメダメ。


2005/08/20 (土)

「かぼちゃの種数当てゲームを行ないます」「子どものくじびきです」とか 地蔵盆の放送が秋を感じさせる。午後ちょっとだけ研究室。だめだめ。夕方遠 雷。そして驟雨。

岩波の『BC級戦犯裁判』とか。なるほど。

だめだめなので気分転換に映画。『ヒトラー最後の12日間』。 たいした事件はないが、飽きずに見ることができた。それにしても 最近の映画は音響がよすぎる。


2005/08/21 (日)

雨。おかげで寝過ぎる。午後遅くから。仕事をかかえていると頭がどんどん悪くなっていくので、まず採点を済ませたい。

衣笠大学のは採点済んでいるのだが、郵便局に出しに行くのを忘れていた。うーむ。

それにしてもMail.appのジャンクメール排除はよくできている。どういうアルゴリズムになっているかはわからんのだが、かなり的確に振り分けてくれる。

採点中FMラジオをつけっぱなしにしていると、それなりに楽しめる。採点につれて部屋が片づいていくのはうれしい。

うちの大学は2回生から学籍番号が一気に二桁増えて8桁になってしまって非常に読みにくい(マジックナンバー7を越えた?)。 これは学部・学科が増えた(10学科を越えた)からなのだろうが、AとかBとか使えばわかりやすいし整理しやすいのに。せめてハイフン入れるとかしてほしい。こういう細かいところに気が利く人びととそうでない人びとがいるんだよな。(某衣笠大学もひどいが・・・)

久しぶりに研究室で徹夜して採点をすませよう。

夜半過ぎ、出口が見えてくる。

深夜色々遊びつつほぼ終了。


2005/08/22 (月)

明け方から地べたで寝てしまう。午後起きて某協会のために働く。

けっきょく徹夜とかってのは2日を1日として生きるわけで、効率が悪い。わかっちゃいるのだ。

殺人犯がその後大学生していたとか。ううむ。発覚が犯人の周辺関係者(親族?)のDNAをてがかりにとかってのもなかなかキテる。


2005/08/23 (火)

明け方まで寝つけず、午後まで寝てしまう。一応大学へ。いろんな事務的な仕事がはじまってしまった。打ち合せ1件。

「クォーツ」とかいう馬鹿な宇宙人会社からなにかの勧誘電話がかかって腹が立つ。電話があることそのものではなく、電話口の宇宙人の口調がたまらん。今日でたしか4回目ぐらいなので責任者を出せと言ってみるが、もちろんそんなことを宇宙人に向って言っても無駄。純粋に人の気分を悪くすることだけを目的とした会社なのだろう。

雨降りそうなので早々に帰宅。

この調子の悪さ はやっぱり運動不足だな。やっぱり毎日最低でも歩く程度のことは しなければ。秋だし。


2005/08/24 (水)

朝から。

午後会議。つかれる。


2005/08/25 (木)

台風が来たら家でゆっくり寝ていようと思っていたのだがそれてしまったようだ。

午後大学。もうクーラーはいらないので窓を開けているが、民家のセミがうるさい。 〆切通り成績表提出。 書類作成。

小谷野敦のはてな日記を読んだり。おもしろいなあ。 あれは物書きとしてのスタイルかと思っていたが、 彼が書くものは全部本気なんだなあ。 どんなにものの見方が歪んでいても、 あれくらい正直になれるっていうのにはある種のあこがれを感じないでもない。

あんまり調子が悪いので夜久しぶりにちょっと飲みに出てみる。 オーネット・コールマンとスコット・ラファロ聞いたり。


2005/08/26 (金)

午後まで寝ている。

某女子大学生 ピラミッド前でパフォーマンス。これ、アートなんだろうか・・・。なんでもアートと言えば許されるわけではないような。脱ぐか上下逆ならアートだったかもなあ。オカリナも気持ち悪い。


2005/08/27 (土)

午後大学、しかしなにも手につかず無駄に苦しむ。


2005/08/28 (日)

低調。いろいろ苦しむ。


2005/08/29 (月)

昼まで寝てしまう。大学は恒例の廊下のワックスがけ。後期がはじまるなあ。

デイリーとウィルソン『人が人を殺すとき』。恐い。

寝られず苦しむ。


2005/08/30 (火)

朝から大学。

何度もかかってくるクソ電話勧誘から会社名とweb聞いてみた。もうひとつふたつ名前をもっているはず。

ちょっと復調のきざし。


2005/08/31 (水)

早起き。大学。

いろんな趣味があるものだなあ。色川武大の小説のようだ。http://diary.jp.aol.com/4tatandxsnbg/


2005/09/01 (木)

前日早々に寝て早起き。クーラーに半袖だと寒すぎる。とにかく心を落ちつけて、できる仕事から。


2005/09/02 (金)

借家の瓦を貼りかえ。

書類作ったり打ち合せしたり。忙しいなあ。

読書会を見学。飲み会。調子悪いので早々に帰宅。

ニューオリンズはなんか たいへんなことになっている。尊厳ってのはこういうときに使う言葉のような 気がする。


2005/09/03 (土)

朝から。某研究会作業日。


2005/09/04 (日)

某研究会二日目。翻訳はしんどいし、キリがない。


2005/09/05 (月)

早寝早起き。朝から。急ぎの仕事がある。

NHKスペシャルで「夜回り先生」水谷某。ぜんぜんどういう人間か知らんが、話しぶりを見るかぎり、私の直観ではとんでもないニセモノだな。だいたい口ヒゲはやしている奴にまともなやつなし・・・とおもったら、一瞬だけ激しく批判する人が出演してた(スルーされていたが)。まあそうだろうなあ。


2005/09/06 (火)

朝から。

調子悪い。早寝。


2005/09/07 (水)

台風一過。風強し。よく寝た。調子悪いとばかり言ってられない。

各種事務処理。打ち合せ。

徹夜で仕事しなければならないつもりだったのだが、いつも通りの時間に地べたで早寝してしまう。


2005/09/08 (木)

そしていつも通りの早起きしてしまう。やばい。いったん帰宅してシャワー浴びて飯食って出直し。

卒論相談1件、入試の打ち合せなども。忙しい。読書会パス。


2005/09/09 (金)

卒論相談2件。

入試の打ち合せなども。忙しい。


2005/09/10 (土)

調子悪いので完全にお休みの日にする。

映画『キンゼー』見る。退屈はしないが、つっこみが足りなくて全体としてダメ。もっと奇怪な人物だったのではないかという気がするし、夫婦関係はもっと複雑だったろうし、婚外交渉ももっと色々あったのではないだろうか。エッチな刺激も足りなすぎるのではないか(それを求めて行ったわけではないが)。まあ世界を変えた巨人だよなあ。

さらに昼寝して。

夜、気分を変えるために久しぶりに酒飲みに出る。 それほど改善されず。木屋町では若者が復活して殺伐としている。


2005/09/11 (日)

「二日酔いのんだ所をかんがへる」柳多留。やっぱり禁酒しかない。

肌寒くて苦手な季節。ますます調子悪い。もう1日お休み。

今週から教師モードなので午後床屋でアニキな感じにしてもらい、汚ない不精髭も落とす。

さらに昼寝してから選挙。

夜も意図的に積極的にだらだらする。まあだらだらしかできないのだが。 本も読めない、テレビも見れない、音楽もだめという状態。


2005/09/12 (月)

寝られず。「♪昼寝をすれば夜中に寝られないのはどういうわけだ」

朝から。二月ぶりに腕時計をしティーシャツ以外のものを着る。はじめて隣の名門今熊野女子高に潜入し、ゼミ生がやっている教育実習をはらはらと参観。なるほど、女子校というところはこういうところなのか。空気が女子大より女臭くない。まあ1年生だし。

保守的な人間としては、あんまり一党が巨大になるのは恐いなあ。自民党は保守政党じゃないような気がするし。

つぶれたiPodはまだ保証期間中であることに気づき、がぜん修理する気になるが、保証書なんてものはもちろん出てこない。やっぱりiPod nanoを ・・・いやいや。小一時間検索するが、もちろん出てこない。説明書は見つけたのだが。

最近、学部設立のときに導入されたPCが次々につぶれている。6年目だからそういうものだろう。たいていの人はバックアップのことなんか考えていないから、これからの半年ぐらいはあちこちで惨事が起こるに違いない。

今日は音楽が聞ける。

The Beatles Anthology DVDを見始める。よい。


2005/09/13 (火)

なんとか起きて午前中会議。

昨日webから申し込みしたら、運送屋さんが来てiPodを発送。運送屋さんが箱もって取りに来てくれるというのはすばらしい。Appleはスマートだ、と言いたくなる。っていうか、知らないうちに輸送業界が進歩してるんだなあ。

午後眠くてしょうがない。

高校訪問のことを考えて気が重くなる。地図や路線を見ていると頭がごちゃごちゃしてきてたまらん。数学の苦手な中学生とかこういう感じのはずだ。


2005/09/14 (水)

早寝早起き。朝から。

昼百万遍へ。

しょうがないので明日出張しようと思っていたが、 2、3校体育祭や文化祭の代休とかでだめ。いかん。まずい。自分の要領の悪さに 嫌気がさす。

御利益もないのにOS X Tigerにしてしまう。ついでに諸事情から Happy Hacking Keyboard LiteからAppleのPro Keyboardに戻る。テンキーが欲しかったわけ。

教授会とか。

最近の楽しみはビートルズDVD。4話まで見た。編集がすばらしくよくできてる。


2005/09/15 (木)

朝から。どういうわけかMacのCDトレーがちゃんと動かず、ディスクが取り出せない。イライラ。・・・げ、どういうわけかCDドライブ認識してないし。やばい。やっぱりOSなんかいじるからこういうことになるんだ。わーん。何回同じ失敗をくりかえすのか・・・。クリップで押し開けて再起動したらなんとか復帰。死ね。

いろいろ手配したり、地べたで昼寝したり、それをゼミ生に見られたり、またイスの上で寝たり、セールスのオヤジたちに起こされたり。

寒い。低調。


2005/09/16 (金)

いくら寝ても眠い。

朝遅くから。成績表配布の日らしく学生がキャンパスにあふれている。父兄会かなんかの「校舎視察」らしいので、研究室のドアを閉めておく。

心落ちつかず。

会議があることを忘れていた。明日も午後になんかあるらしいので忘れないこと。

夜まで。危険なので、これから自分のやるべきことを整理。

久しぶりにジャム&ルイスの昔の音を聞いたら少し元気になった。今なにやってるんだろう?


2005/09/17 (土)

眠い。昼から。1回生秋季オリエンテーション。新装された学食での懇親会まで出るが、学生さまとはあまり懇親せず。すみません。苦手なんだよな。来年はギターでも持っていくか。

中途半端に飲んで気持ち悪い。

今月、特殊マンガ家卯月妙子がストリップ舞台で首切って自殺未遂でたいへんなことになっていたらしい。・・・・キチガイマンガ書けばいいのになあ。表現者とはなにか。

ビートルズDVDは本編を見終わって、おまけの部分を見ている。古い機材を扱うジョージ・マーチンがかっこいい。特に「サジェントペパーズ」や「アビーロード」にはほんとうに思い入れがあるのね。私の好きなビートルズの1/4ぐらいはジョージ・マーチンなのかもしれん。

ジョンレノンも生きてたら、3人となごやかに昔話できる歳になってたのかね。こういうふうに、人びとが子どもから大人になるのを見るのは奇妙な感覚だな。マイケルジャクソンとかどうなんだろうか。


2005/09/18 (日)

オープンキャンパスの仕事だと思って朝から出てくるが、 明日だった。

学内ネット停止。仕事しよう。

研究室で寝たり起きたり。だめだめ。

名月。でかい。


2005/09/19 (月)

オープンキャンパス。

やっぱり部屋で寝たり。なんで寝ても寝ても眠いんだろう。まあ眠れないよりはよいが。

だめだめなので帰宅して明日の授業初日に備える。寝坊しませんように。


2005/09/20 (火)

早寝したにもかかわらず起きるのに苦労する。1コマ目から。2、4コマも。後期は火曜日が一番たいへん。

人前に出たら久しぶりに覚醒した気がする。(昼寝もしたが)

おお、iPod(20GB)が保証書もなしにいきなり新品になって戻ってきた。 なんか得したような気がする。

急ぎの書類書き。


2005/09/21 (水)

自転車に空気をつめて久しぶりに乗る。

3コマ目3回生ゼミ。


2005/09/22 (木)

今日も朝から2コマ。英語と4回生ゼミ。どちらも少人数なので 楽といえば楽。

新しいカッターシャツとスニーカーとベルトが早急に必要だ。

夕方会議。明日は休日なのであった。

クラシック音楽系の新書を3冊ぐらい読む。どうして日本のクラシック音楽評論家とかってのはオケというか指揮者を中心に語るのが好きなのかな。ジェンダーバイアスがあるような気がする。器楽・室内楽の方がずっと多彩で多様で語るべきことが思うんだけどね。


2005/09/23 (金)

昼まで寝る。

安い中古CD。

高島屋でカッターシャツ2枚、ネクタイ1本、ベルトを買う。ぜんぶ店の若い男の子に おまかせ。でも、きれいなシャツやネクタイを見てたら、年齢的にそろそろ服にもある程度の金を かけるべきではないかという気がしてきた。この秋はジャケット着てネクタイ締めるかなあ。

午後研究室で色々重要なことを。


2005/09/24 (土)

業務のため朝から。

夜、某医者と久しぶりに飲む。祇園に進出しようと縄手通を歩み、目をつけていた客の入っている安そうな店に行こうとするが、その一歩手前の店にしてしまい失敗。客の入りというのはこれはもうはっきりした店の評価基準だ。政党政治、立候補の可能性、ジャンクDNAとRNAの謎、遺伝とその人生に対する影響、不惑を迎えての心がまえなどについて楽しく語る。飲みすぎ。


2005/09/25 (日)

宿酔。酒を飲む楽しみは三つあって、飲んだり談笑したりするときの快楽、宿酔で苦しみ、延々夢うつつの状態が続く快楽、宿酔が引いて行くときの、急速に病が癒えていくときに感じる感謝に似た快楽がある。

研究会。懇親会にも参加しようとするが、一杯飲んで調子悪い(当然)なので乾杯だけで帰る。すみません。

授業準備のためにバスで今熊野へ。すぐに帰宅して宵から寝る。


2005/09/26 (月)

昼過で寝てしまう。衣笠。

なんか体調やばいような気がするので、 今日からしばらく禁ラーメン。節酒。1月ぐらい節制して血液検査を受けよう。

スニーカーを買う。いつものNIKEになってしまう。26.5cm。

見出しから本文を選択させる形式の日記は面倒なので読めない。


2005/09/27 (火)

1コマ目から。

2コマ目、苦手な大教室で1回生相手(まあ教員なら誰もが苦手か)。最後まで私語のやまない学生たちを叩き出してしまう。まだ私が私語を極端に嫌うことを知らない学生が多かったのもあるだろうし、私自身の調子が悪かったかもしれない。「女は公の場所に向かないというとを言っていた人びとがいて・・・」という授業中だからいろいろ考えてしまった学生もいたであろう。「男か女かとにかく、馬鹿は公の場所に向かないから家にひっこんでろ」とか言いたくなる。

どうも私は私語に敏感すぎるのかという気もする。学生からはそういう指摘もあった。私自身が、会議とか研究会とかでもコソコソ話されるともう気が散ってしょうがないからなんだよなあ。聖徳太子にあらざればやむなし、なのかどうか。コソコソ声は私の悪口を言っているに違いないから気になるのだろうか?実は被害妄想?

人の話を聞くときは、その人の声と内心の声(のようなもの)の二つについて考えるわけで、他の言語が入るとそれが指数的にあがるな気がする。外部の音の全部を一度にシャットアウトすることは簡単なのだが。こういう感じ方は病気か認知障害か?あ、ADHD?器楽は頭の違う部分を使ってるようでOKだが、ボーカルもの聞きながらでは本がまともに読めないし、考え事も難しい。

まあ私語そのものよりも、「私語やめろ」と言った途端に隣とこちゃこちゃしゃべられるとアドレナリンが出てしまう。これをやるのはいまんとこ私が経験したのは女性「だけ」なんだよなあ。この憎しみは、自分を無視されたときの憎しみに近い。

少人数のときに「〜さん、〜はどうですか?」とやって隣とこちゃこちゃ相談されるのも 腹が立つ。同じタイプのイライラ。

とにかく私語は教師の不徳のなすところである。自分に驕り、慢心などないか反省すること。徳を積むべし。これから色々心配だからテストステロンは適量に。無駄なアドレナリンは出さぬがよし。去勢するかなあ。週刊誌記事ぐらいにはなるだろうなあ。「大学教員、みずから去勢!——女子大教員に宦官制度の復活?」とか。

いろいろ反省しつつ2回生ゼミ。やっぱり午前中はイライラしてたみたいだなあ。

その後さらに反省し、今回の問題は5月の時点にあったことを確認する。前回のクラスとすべての学生がかぶっているわけではないが、半分くらいは同じ学生なわけで、そこに色々原因がある。参考は5月12日7月11日7月13日。5月の時点で、ちゃんと叩き出すべき者は問答無用で叩き出すべきだった。そこで手を抜いてヌルい余計なことをお説教したのがまったくのまちがい。「私語するな」なんなことは当該の学生以外にはまったく関係のない話なわけだし。ジャマなものはウダウダ言わずに自信をもって排除すればよろしい。

さらに無駄な反省を続け、今日も7月にも書いた私にとって重要な「「出てけ」と命令した直後に仲間で相談されるとキレる」のはなぜかという問題を考える。やはり「ホールドアップ!」なり「フリーズ!」「撃つぞ!」なり最終警告を出してしまえば、それにしたがわなかった場合には実際に撃つしかないんだな。でなければ警告の意味がないし、最終警告のあとにもグズグズしているのを他の人びとに見られるのはまずい。さらに悪いことには敵に反撃される危険も非常にでかい。そこで、警告に従わなかった場合には間断なく即座に敵を撃ったり殺したりできるようにアドレナリンが出るように我々(男性?)はできてるんじゃないだろうか。それをわざわざコントロールできるようになる「べき」かどうか。警察官や自衛官に聞いてみたいな。

教室を「守る」教員として「出てけ」は最終勧告なわけだから、やっぱりそれは実際になんらかの強制力をもってして執行しなきゃならんような気がする。となると自分の「ナワバリ」意識について考えねばならん。教室は私のナワバリだから・・・。オスの場合は早めに私の態度(そういう場合は自分にもある程度の損害(少なくとも心理的な葛藤があり、それに加えて男子学生の場合は物理的な衝突がありえること、女子学生の場合はあとでアカハラ・セクハラなどで問題にされえること)があるかもしれないことは覚悟している)に気づくようだが、今回の相手はメスだからそういう感覚がわからないのか・・・私も相手がオスだともっと早く殺そうとしているのかもしれんし。うーん、適応なのかどうか。私がオスがナワバリを持つタイプの猿の非常に近い親戚なのはまちがいがないと思う。(もちろんネコの親戚でもありサンマや納豆菌の遠い親戚でもあるわけだが)

とかってことは、この前マーゴ・ウィルソン他の『人が人を殺すとき』(長谷川眞理子他訳)を読んで考えていたんだな。オスであるってのはそういうことなのだろうか。やっぱり私は戦争行ったら殺して強姦して火をつけるような標準的で平凡なホモサピエンスのオスなのだと思う。ほんとうにふつうのニンゲンのオスである。やっぱり去勢か。あるいはラーメンの食いすぎか。

しかしまあ、私のルーズな授業スタイルやもっとルーズな服装にも問題があるのかもしれない。とりあえず後期は講義科目はぜんぶネクタイするかね。


2005/09/28 (水)

昼会議。3回生ゼミ。教授会その他。長い。

宵、近所の酒屋(立飲みをかねる)の前で酔っぱらいが警察の厄介になっている。絵に描いたようなすばらしい酔っ払い。おそらく近所の職人さん。昼間はおとなしい職人で夜はトラ、ってのはかっこいいなあ。

野球セリーグは阪神という球団が優勝するらしいが、大昔や一昨年あたりに比べてあんまり盛りあがってないような気がするのは気のせいなのだろうか。


2005/09/29 (木)

朝から。英語と4回生ゼミ。

調子悪いので早々に帰宅。


2005/09/30 (金)

風邪をひいてしまったようだ。喉が痛い。昼から大学、保健センターで薬をもらう。ついでに切れていた胃薬ももらう。30才ごろは薬なんてまったく使わない人間だったのに、最近は薬大好きジャンキー。

4コマ目講義。

いろいろやばいが、とにかく寝るしかないか。熱出しそうだ。


2005/10/01 (土)

午後研究室へ。また〆切破ってしまった。

ビール激まず。早寝。


2005/10/02 (日)

病気のときはとにかく寝る。

止まっていた腕時計に電池を入れる。

EMIの廉価版ダブルフォルテがなくなるという噂なので めぼしいものを買っておく。

午後から大学。プリンタで名刺作ったり。これから徳島に出張。 夏休みに行けばよかったのだが。馬鹿馬鹿。名刺も1組ぐらいは 常に持っておくべきだ。

プリンセスラインバスに出張用の荷物を忘れて冷汗をかく。 時間的余裕を見ておいてよかった。この年になってこんな恥ずかしいことするとは。

高速バスで徳島へ。東急INN。N響アワー見てすぐ寝る。


2005/10/03 (月)

トヨタレンタカーで車を借りる。 「げえっ!カーナビがついてる!車がしゃべるなんて!」「地図が読めない私でも 安心ね!」「そうだ、これがカーナビだ・・・エリートたちがより有利になる装置だ・・・」

おかげで約束の時間をまちがえるという大問題の他は問題なく高校まわり終了。 道に迷う楽しみってのもあったような気がするのだが、それは昔の話。

そういや、15年以上前にGPSの開発の会社でバイトしたなあ。大阪中を 車で走りまわったものだ。あの当時は道を走っていても画面では海走ってることになっちゃったりしてたが、 こんな精密なものになってるんだからたいしたものだ。

徳島県らしいおみやげは何かと考えて、なにも見つからなかった。 むずかしい県だな、徳島。すだちとか買えばよかったか。


2005/10/04 (火)

「ロックは貴様らの音楽ではなく俺達の音楽だ」、ってのはすさまじいな。 ロックは自分で音楽作らない(作らなくなった)連中の音楽ではない、なんちゃって。

朝から。ネクタイ着用。プリセンセスラインバスに乗る交通費も欲しいなあ。 220円×2×26日で11400円余計にくれないかな。交渉してみるかな。

風邪はクシャミ、鼻水、喉の痛みと絶好調。

金木犀薫る。午後雨。

3コマ。なんか猛烈に疲れた。オムニバスは問題なく終了。

各地でエアガンだのそういう事件。 能力や装備があれば使ってみたいと思うのは人情なんだろうなあ。 磨製石器で槍作った人も、鉄器で剣作った人も、 弓矢も火薬も核兵器も。

小谷野敦というひとは「私随筆」として なかなかおもしろいことを書くのだが、 哲学を勉強すればいいのになあと思う。まあそういう芸風だからいいのか。


2005/10/05 (水)

荒神口。 看護学科。数年前に 短大だったころに1、2年教えたことがあるのだが、 そのころ女性だらけの教室が新鮮で まぶしく見えたものだった。いまとなっては「うちの大学と比べると なんだか地味だな」とか思う。成長したのかな? 時間がないのになにをやっているのだ。来年は誰かに 渡そう。

すぐ今熊野へ。会議。3回生ゼミ。なんか不調。と思ったら、風邪が悪化して発熱しているようだ。こらいかん。早々に帰宅。暑いのやら寒いのやらわからんような状態。寝る。

糠味噌を捨てる。また来年会いましょう。


2005/10/06 (木)

発熱。解熱剤を服用。

夕方寝汗びっしりで起きると熱は下がっていた。

学生から借りた『仮面ライダー龍騎Final Episode』をぼーっと見る。

さらに寝る。


2005/10/07 (金)

昼前まで寝ていた。風邪をひくとよく寝られて奇妙な夢も見れてよいのだが。

雨。なんとか出勤。まだ眠い。なんとか授業。

養生。


2005/10/08 (土)

雨。前日無理矢理寝たおかげでずいぶんよくなった。午前中事務のため 出てくるが、頭さえず。

心を落ちつけて一つ一つかたづける。


2005/10/09 (日)

14時間以上寝てしまう。午後大学に来るが、地べたでさらに寝てしまう。 だめだめ。(今年はもうちょっとちゃんとした寝袋か折畳みベッドを用意したい。)

久しぶりに夜も研究室。

最近、英語の復習にiPod(Podcast)でESL Podcast (English as a Second Language)というやつを聞きはじめた。独仏も同じようなやつがあればいいなあ。ていうか、NHKラジオの語学番組もPodcastしてほしい。せめてMP3で配信してくれないかな。・・・とFrenchPodclass.comってやつも見つけた。 ドイツ語はとりあえずDeutsche Welleで聞けばいいのか。ネットラジオ界も進歩している。仏語はどこがい いかな。

去年からもうドイツ語は教えていないのだが、いま授業すればまた色々な可能性があるなあ。 --


2005/10/10 (月)

朝帰って一寝してから衣笠。休日なのに学生さんはけっこう来ている。

あれの継承問題。文明国で基本的人権とかが保証されてないひとがいるって のはどうなのか。子ミル先生は生まれによって差別されないのが近代社会の大原則だと言ってるよ うな気がする(まあ「王位は例外」と言ってる)。実際自分がその立場に置かれたらと思うと色々気の毒でたまら ん。もうそろそろあれはやめてしまえばどうか。どうしても国民の象徴や万世 一系のY染色体が必要なら、この前の前立腺癌の細胞でも培養してはどうか。 まあ、一夫一婦制とそういう血統を重視する態度の相性が悪いのも アレなのだろう。明治のひとなんか4人も妾がいたようだし。


2005/10/11 (火)

朝から。 午後も2回生ゼミ。 ノドが痛い。

年月日による連用日記にはあまり興味がないが、旧暦で数年連用日記にしたら おもしろいかなとか考えたりもする。めんどうだからやらないけど。


2005/10/12 (水)

荒神口。

3回生ゼミ。

どうでもいいのだが、研究室の近くに学生用のベンチがあって、よく学生が座っているわけだが、最近M字開脚している学生が多くて 目のやり場に困る。おまえらはインリン・オブ・ジョイトイかと。

数日ESL Podcast (English as a Second Language)を聞いたのだが、非常によくできてるな。特にTOEFL編はよい。アメリカの力を感じる。高校生や大学生で英語できるようになりたいという学生にすすめたい。自分では ニュースでも聞きようにしようかと思う。

それにしても、Podcastにはたしかに可能性がある。「徒歩」している時間を音楽聞く以外にも使えるってのはでかい。ネットラジオ知って以来の可能性を感じた。(ネットラジオは飽きたけど)

仏独はまだよいものを見つけていない。上のESL Podcastぐらいの内容のやつがあればいいんだけどなあ。そいや中国語とスペイン語も 初歩ぐらいはやりたいなあ。・・・そうか、NHK語学放送をMacで自動録音すれば(今ある機材でできるはず)iPodで持ち歩けるんだな。

ここらへん を参考に考えてみる。 Radio Shark というよさげな製品もあるのだな。シェアウェアでタイマー録音ソフト買うくらいなら、 製品買ってもいいな・・・ひさしぶりにこういう電子ものにグっときている。


2005/10/13 (木)

朝から。英語と4回生ゼミ。

百万遍。博論試問を受けた人や数日後に関東に引っ越す人などの祝い宴会。

D1ぐらいまでは「自分以上に賢い人間はいない」と思うのが普通なのかな。 まあこの業界ではそうなのかもしれないが、私自身はそういう感覚をもったことが 一度もないような気がする。 もちろん高校までは、「学校で一番かしこい」ぐらいは思っていたわけだが、 大学にはいってからはそういう感覚を得たことはないよなあ。 クラスでも特に「できる奴」ってのはいたし。 うちのクラスから哲学科に進んだ人だだと某都立大にいるはずの彼(ほとんど話したことない)とか 四国のどこかにいるはずの彼(あんまり話したことない)とかか。 学部に進んでキルケゴールがあまりにも意味不明だから修士まで進んでしまった とかってのが真相だしなあ。 大学院に進んでからも私より賢い人びとはたくさんいたし。 (必ずしも生き残っているわけではない) そういう自信のなさが私がこの業界に向いてない理由の一つなのかもしれないなあ。 研究室の先輩たちも偉いなあと本当に思っていた。 M2ぐらいのときに、恐い先生を見て、ものわかりが悪いことも それほど悪いことじゃないんだな、とか感じたのはいまでも強い印象に残っている。 「よくわからん」とつっこんでよいと知ったわけだな。 それまでハイデガやらフッサルやらウィトゲンシュタインやらそういう難しいものが 哲学だと思ってたし。 いまだにおかしいと思うことをおかしいと言いきる自信がわたしにはない。 「無知の知」とかそういうんじゃなくてさ。

Deutsch WelleはPodcastでもLangsam gesprochen Nachrichtenという番組を 流していた。ボキャブラリー解説もあればいいんだけどな。


2005/10/14 (金)

昼まで寝る。講義。

NHKラジオ語学講座自動録音計画発動。うまくいくかな。 ドイツ語は興味がない。でもニーチェは一度ちゃんと読もう。 フランス語読み書き話せるようになりたい。モンテーニュとパスカルを読みたい。 (パスカルは読めそうだが、モンテーニュまでは遠いなあ。) スペイン語サルサがわかるようになりたい。 中国語読めるようになりたい。うん、なりたい。漢詩読めるようになりたい。 古典ギリシア語とラテン語はどうなんだろう。プラトンやアリストテレス読む気には なれないよな。エピクロスとエピクテトス、 マクルクアウレリウスのほんの一節が読めるようになればいい。読むか。 デンマーク語、『死に至る病』だけはもう1回だけ読もう。 いずれ読みたいテキストはもう買って手元に置いておくべきだな。 明日ある身かわからないのだから。

ふと、胆石の危険性があるような気がする。

ラジオ中国語語講座のテキストをながめていたら 酒見賢一が 例の孫武の女殺しの話 に触れていて、 いろいろ思うところあり。この話は人間の狂気と甘さと虚栄心と傲慢と血の匂いとが すみずみまで行きわたっていて、よくできていると思う。 呉王の「寡人非此二姫、食不甘味、願勿斬也。」あたりがシビれる。

こういう秩序なんかに対する意識ってのは ほんとうに「男性的」だよなと思う。 なぜ「男」はそんなに秩序と権力と強制が 好きなのだろうか。なんで「女」は身に迫っている危険を察知しにくいのだろうか。


2005/10/15 (土)

自動録音は成功していた。

業務で朝から。非常に疲れた。

いろいろ焦る。冷汗。

といいつつ今日も老後の楽しみをさがして NHKハングル講座のテキストながめたり。「(ハングル・・・は) この講座では、朝鮮半島で話されていることばの総称としても使われます。」 だそうだが、それは何語なのだ。なんともすさまじいよなあ。

現代中国語は、唐代の漢詩とかとはぜんぜん発音が違うらしいことを知る。 漢文訓読する方がいいな。白文読めるようになる必要はないし。

通勤pod。中国語超初級はChinesePod.comが 体育会系?でおもしろいと思う。

Podcastに関心が向くと、さすがにこれまで全然知らなかったiTMSについてもちょっと調べたり。いま んとこ音楽は買う気になれないけど、名人の落語を一席50円〜100円で配信して くれれば買ってしまうな。・・・と、志ん生はすでにあるな。でも高い(700円)ので買えない。若手ではすでに podcastしている噺家もいるようだ。 が、もちろんうまいとはいえない。

それにしてもアレだ。子どものころってなんで一日が長かったんだろう、と 月並。

ところで、ニーチェが酒と宗教を嫌い、 ワグナーを嫌ったのはわからんでも ないのだが、ワグナーのかわりに好きになったのがビゼーで 母親と妹に頭があがらず、脳梅毒に酔ったってのは やっぱり笑える。


2005/10/16 (日)

昼まで寝る。午後。お茶を買って研究室。とにかく心を落ちつける。

ジョン・トゥービーとレダ・コスミデスの報告によれば、 男は脅迫の70%についてそれが本気かはったりかを正確に見わけたが 女は48%の精度らしい。 マイケル・P・ギグリエリ『男はなぜ暴力をふるうのか』朝日新聞社。この本は 参考文献リストがついていないので価値が落ちている。 原典さがすこと。

そういや、昨日の面接中、「最近どのようなニュースに興味をもちましたか?」 「モデルガンの事件とか・・・なんであんなことするのか想像つきません」とかって 会話があって、「そら男の子だからでは?」とか口を挟みそうになった。 この本によれば、あらゆる文化で武器の製造は男性が行なうらしい。

研究室のMacのディスクが足りなくなってきた。CDをApple Loslessで iTunesに入れているのが原因。増設するかな。

上の本、ついでに書くと、ちゃんとした殺人者はその時彼に手に入る最善の 武器を使用するらしい。ふうむ。一時期の私がPCをむやみに強化した りしたのもそういう(略)

月が皓々。

疫学的調査についてふと。 やっぱりいろんな血液サンプルを持っている人はいろんなことを調べたくなるだろう。 しかし発表できないこともけっこうあるんだろうな。

なんか風邪がぶりかえしたような。

通勤chinesepod.comのおかげで四声の別を理解しかけた。やはり 新しい言語を知るのは楽しい。 ついでに『漢文入門』から「平・上・去・入」の別を知る。 なるほど、普通話(この言葉もchinesepodで知った) の四声と一対一対応しているというわけ ではないのだな。

中国4000年の歴史、といっても、20年1世代としても たったの200世代でしかない、っていう事実はなんだか 奇妙な感じがする。4000年前のご先祖まで(一世代一人ずつ)手をつないで並んで立ったら、 200mぐらいにしかならないんだもんな。おーい、と声をかければ聞こえる距離だ。 この調子で10kmぐらいジョギングすればそのひとはもうホモサピエンスじゃない。稲作だって まだ数千回しかしたことがないわけだなあ。私の人生で数千回した行為なんてのは けっこうあるよな。飯も便所も。


2005/10/17 (月)

昨日の夜から喉(と頭の右半分)が痛い。PL服用。

衣笠。しゃべりすぎで喉痛い。もっと平静に授業できないか。

chinesepod.com、よくできている。Jennieの声もいい。 通勤で19回分聞いて、今日ついに制作に追いついた。 漢字もピンインも読まずに音だけ聞いて中国語超初歩というのは なかなかおもしろかった。 非常におもしろいので、とりあえず中国語の勉強を続けることにしよう。 (できたらいいな)韓国語とスペイン語はしばらく延期。

いろんな言語これほどまでに文法も考え方も違う(声調があるとかないとか) というのはなにを意味しているんだろうか。初期の人類が あんまり文法をもってなかったというか言語がしっかりしてなかったときに 各言語族に枝わかれしたということなのか、 もともとあった一つの言語からの変化が激しいということなのか。欧米人と中国人と日本人の共通の祖先の言語は あんまりちゃんとした文法をもってなかったのだろうか、とか いろいろ 想像は膨らむなあ。(もちろん、その手の話の研究者はいろんな仮説を もっているんだろう。PIEの話は読んだことがあるが、それ以前の枝わかれなわけだし。)

ぽっどきゃすてぃんぐ落語の若手の落語はちょっとつらい。 まあ寄席とか実際行ったらこういう感じなのかな。成長を 楽しむとかそういう感じでいればいいのか。


2005/10/18 (火)

早起き。喉痛い。ついでに右上の歯も痛い。

短大授業、会議、昼寝、2回生ゼミ

小学館の中日辞典を買う。

首相の靖国参拝問題というのはさっぱりわからん。

・政教分離が問題なのか←問題だろう。政教分離は大事。靖国が神社で宗教団体 なのは誰でも認めると思うので、公人として靖国行くのは無理だ。でも 逆に私人として行くのを止めるのも信教の自由から無理だろう。

・A級戦犯が合祀されているのが問題なのか←「歴史認識」とかの問題になるよなあ。 東京裁判をどう考えるかとか。これはでかい問題だ。 A級なのが問題なのかどうかって問題もある。私自身はBC級をまつって る方が問題な気がするんだが、気のせいだろうか。

・中国や韓国との外交が問題なのか←それなら話は早いかもしれない。台湾とか フィリピンとかインドネシアとかどう言っているのか報道されないのはなぜだろう。 なにも言ってないのだろうか。 まあ外交とか力関係の問題だといいうことになればまあそれはそれでいいような気がする。

・憲法九条とか武装放棄とか絶対平和主義とかの問題なのか。←改憲論争とかと 直接の関係をもつ話になるんだよな。

・デモンストレーションとして問題なのか←自分でもなに言ってるかわからん。

どれなんだろう。

「戦没者」とかって言い方もよくわからんしな。空襲で死んだ人とかが まつられているわけじゃないのだから、あれはちゃんと 「兵士」と呼ぶべきなんじゃないのかな。

まあわからん。ドーキンスのような無神論者は、自分の国の死んだ兵士について どう言ってるんだろう。

以前から思っているのだが、小川環樹先生の『漢文入門』の ページ割りの読みにくさは、当時の版組の技術的問題もあったのだろうが、 白文をノートなりなんなりに書き写してから 読めということなのだろうなあ。碩学とかってのはこういう人を言うのだよなあ。


2005/10/19 (水)

荒神口。

3回生ゼミ。

会議。打ち合わせ。

しかしまあ適応選好というか、 環境への順応というか、そういう適応の効用をさっぱり考慮に入れないというのも へんな話なんだよな。どう考えていいかわかんないのだけれども。


2005/10/20 (木)

前日は寝つけず苦しむ。朝から。 英語、 4回生ゼミ、 卒論相談1件。

百万遍。


2005/10/21 (金)

昼まで寝てしまう。書類書いたり色々。 4コマ目。夜までねばるが能率あがらず。泊まるつもり だったがどうにも眠いので帰る。

しかし寝ようとすると寝つけず。


2005/10/22 (土)

研究会というかみんなで書類を書く会。 一日中目が覚めず。

聞くべきものがなくなってきたので、ケージからの連想で図書館から『世界民族 音楽大集成』100枚組とか借り出してどんどんiTunesにとりこむんでいる。 「ジャワの民族音楽」とかそういうやつ。音楽はまだまだ多様だ。 (にしてもペンタトニックと撥弦楽器は世界的に強いな)。

研究会メンバーの引越し祝いホームパーティおよびマンション見学。 いかにも酒井順子言うところの「負け犬」の中の勝ち組的マンションとパーティ。 高層マンション、オープンキッチン、イタリア手料理、高級ワイン、チーズ、 ハイヴィジョンテレビ、5.1chオーディオ。 バブル復興?まあ楽しく飲む。飲み過ぎ。


2005/10/23 (日)

当然の宿酔。いろいろしなければならないことがたまって焦るのだが、 チケット買ってしまっているのでコンサート。 サカリ・オラモ指揮フィンランド放送交響楽団。 シベリウスの交響詩とマーラー4番。オケの後から見たので 指揮だの奏者のふるまいだの色々なかなかおもしろかった。 ホルンとイングリッシュホルン奏者は 達者。マーラーの音楽自体は退屈。 マーラーのような音楽を聞いていると、オケというのは非人間的な 組織だという気もするが、そういうもんでもないのだろう。マーラーの楽器法が 非人間的なだけか。作曲者の奴隷。 次は11月18日に京響を聞きにいく。またマーラーだが、こんどは「大地の歌」なので たのしみ。京響はちゃんと演奏できるかな。

寒い。とにかくいろんなことに目をつぶって寝る。冬眠の季節。


2005/10/24 (月)

なんとか起きる。会議。

衣笠。

自転車の前輪を調整してもらう。無料ですんだ。

さらに研究室に戻って仕事。終わらず。


2005/10/25 (火)

なんとか起きる。1コマ目短大。

昼寝。2回生ゼミ。

夜まで。


2005/10/26 (水)

荒神口。3回生ゼミ。会議。長い。

左耳が痛い。綿棒でつつきすぎたか・・・これはいかん、頭も痛くなってきた。 早く帰って寝る。


2005/10/27 (木)

夜明け前に目が覚めてしまう。 まだ左耳が痛い。左頤まで痛い。発熱しているような気がする。 早朝から大学。

英語、4回生ゼミ。

保健室で抗生物質と痛み止めをもらう。痛み止めが利くのが私の体のいいところだ。 ついでに血液検査してもらう。

来客。

科研費に使い方の監査が当ってしまったらしい。 まあ特に後ろめたいところはないが、あまり気分がよいものではないし 本探したりして面倒。

百万遍。

早々に寝る。


2005/10/28 (金)

4コマ目。非常に調子悪い。(二日酔いではない)


2005/10/29 (土)

長時間睡眠、というか金縛りに苦しむ。

午後なんとか大学に這って出てくる。なぜちょっとした事務仕事ができないのか 苦しむ。

Mighty Mouseを使ってみる。ボタン3とボタン4をExposé、 に割り当ててみる。なんかAppleの製品にしては微妙に使いにくいような 気がする。やっぱりMacはシンプルな1ボタンがいいような気がする。

「隠れて生きる」のはなかなか難しい。 他人さまに迷惑や面倒をかけずに静かに暮すにはどうしたらいいものか。 大学教員なんか「隠れて生きる」にはぴったりの職業のような気もするのだが なかなかうまくいかない。


2005/10/30 (日)

また長時間睡眠。昼まで寝ている。ゆっくり大学へ。

小川珈琲で豆を買う。いつものブルーマウンテン30%。 祇園にメイド喫茶ができていた。

心を落ちつけて細かい仕事をひとつづつ。机のまわりを片づけることから。

なんでCCDBの「ジャンル」はあんなにも米国中心なのだろうか。 自分とこの音楽以外は全部"World"でくくってしまうというのはなあ。

1月にTOEICがあるようだから受験してみるかな。 (12月にはTOEIC-IPがあるのだが、おそらくそのころ友人の結婚式で帰省する必要があるので 受けられない)

2ちゃんねる読むのにBathyScapheってのをしばらく使ってみたが、 やっぱりemacs + navi2chの方が便利。

徹夜のつもりだったが、調子悪いので無理せず帰宅。


2005/10/31 (月)

早起き。大学へ。いろいろピンチ。

衣笠。


2005/11/01 (火)

11月になってしまった。なんとか起きて1コマ目。

ものを考えるにはかなりの時間がかかる、というのは 当たり前のようで不思議な感じもする。いったい脳みそのような狭いところで 何分も何時間も何日もかけていったいなにが起きているのか。


2005/11/02 (水)

3回生ゼミ。

四十男の汚れきった血液検査の結果が届いている。急性膵炎直前。 これで調子がいいわけがないよな。(しかしそれでも去年のこの時期よりましだというのが なんとも)

血液検査結果
項目 GOT GPT γ-GTP コレステロール 中性脂肪 尿酸
基準値 11-31 7-45 12-67 130-219 32-149 3.5-6.9
2005/10/27 36 65 223(!) 251 1249(!!!) 6.8

死ぬ。絶対禁酒。禁煙。禁高脂肪食。特に禁ラーメン。

いったん帰宅して仮眠。

夜また出てくる。 この前買っておいた内蔵ハードディスク(250GB)を増設。蓋を開けてパカっと入れて ケーブル繋ぐだけ。こういうのもずいぶん簡単になった。音楽ファイルを移動する。 (現在iTunesライブラリは7907項目、87GBを使用してる)


2005/11/03 (木)

朝帰宅する途中、鴨川の様子が違うと思ったらユリカモメが到着していたのであった。

朝飯食って寝て夕方また出てくる。

今年の音楽は新ヴィーン楽派だったというのは一昨日書いたが、 あともうひとつあまり聞かなかったリートものが好きになりつつあるってのも 今年の収穫かも。語学の勉強とかゆっくりしたい。

余計なことをして一時ログインできなくなる。まったく馬鹿。


2005/11/04 (金)

朝帰って午後起きる。

午後小川珈琲で豆を買って大学へ。学園祭。今年は参加せず。

ハードディスクを増設したのでiTunesにどんどんCDを読みこんでいる。CDを 入れかえる手間がないし、その曲を聞いた回数が残るのがおもしろい。Apple Losslessだと、ヘタなCDプレイヤーより音もよい。 すでにライブラリにはほぼ30日分の音源が入っている。人生の短かさと昨今の ハードディスクの巨大さの関係について考えずにはいられない。

プレイリストにはいっているのはバッハ、 ベートーベン、 バルトーク、 ブラームス、 ベルク、 ケージ、 ドビュッシー、 フォーレ、 フランク、 リスト、 メシアン、 モーツアルト、 プロコフィエフ、 ラベル、 リヒャルトシュトラウス、 シェーンベルク、 ショスタコヴィチ、 ストラヴィンスキー、 ウェーベルン、 武満、 あと演奏者 としてミケランジェリ他のピアニスト。これが私の聞くクラシックのすべてと いうことだな。 20世紀前半にかたよりすぎている感じがするが、まあしょうが ないか。もう買うべきものがない。現代音楽は興味あるが、廉価版がないから 買う気になれない。

うちの大学図書館ではJapanKnowledgeが使えるので非常に便利。

「月に憑かれたピエロ」は名曲だなあ。これが当時のキャバレー音楽の影響下にあるという 認識を得たら聞き方が変わったり。

たしかに音楽かけている喫茶やバーのマスターなんてのはやってみたい職業 の一つだよな。んでストラヴィンスキーやらウェーベルンやらオーネットコー ルマンやらかける。DJとかも。そういや某助教授の店はそろそろ行ってみなきゃ な。(まだ行ってなかった)

シネマディスプレイが欲しくなってきた。どっかに余っている予算はないだろうか。

トイレの鏡に映る自分の腹のあたりが、父親が私の年齢のころのそれと まったくそっくり。やだなあ。


2005/11/05 (土)

朝帰り3日目?寝て夕方出勤4日目。昼夜逆転研究室生活は正直楽しい。わた しは基本的にひきこもり中年なんだよな。

たしかにピアニストやら、1時間も2時間もある曲を暗譜できる てのはたいしたものだよなあ。

チョコレートを食べてたら、舌の横に血豆ができた。なんだこれ。噛んだのか。

眠い。ので地べたで寝てしまう。


2005/11/06 (日)

でかいディスクにしてよく聞くCDをぜんぶiTunesに入れたら、 なんだか生活の質が上がったような気がする。もちろん気のせいなのだが。

眠い。が至上の愛とかドンジョバンニとかツィガーヌとか聞きながらがんばる。

雨。学園祭なのに気の毒。 午前中ちょっとだけバンドを見に行く。 もたもたせずにさっさとセッティングしろ、 ステージの上でだらだらチューニングするな、なんでそんなに時間がかかるんだ、 余計な時間あったら私にまわせ2、3曲やれるじゃないか、 とか言いたくなる。

某学会に久しぶりに顏を出す。 顏出してすぐ帰ろうとしたら偉い人に怒られた。すみません。 年齢的にもっと学会・研究会活動をまじめにやるべきなのだろう。

煮詰まって ぐしゃぐしゃになっていた原稿を遠くから来ている 赤ペン先生 に直してもらう。的確ですばらしい直し。 混沌に目鼻がつきそうだ。ありがとう赤ペン先生。

フランスの暴動が気になる。やっぱり「こんな状況だから捕まらないだろう、 もし捕まってもいつ もより罰が軽くなるだろう」と思うと人はいろんなことをするのだろうか。昼 の学会では正しい戦争などありえないとか永遠平和だとかそういう話をしてい たような気がするが、なんだかピンボケな気がした。性悪説?


2005/11/07 (月)

午後起きて あわてて衣笠。 なんだか舌がまわらないが、 先日噛んで血だまりを作ったせいか(まだ痛い)、 それとも恐れている脳硬塞か。非常に恐い。

いまじゃマーラーはあまり好きな作曲家ではないが、 『大地の歌』だけはいいなあ。他の作品よりはるかに構成が緊密な感じがする。 あの素朴すぎる民謡聞かされないのもよい。 ・・・あら、家のCDプレイヤー頻繁に音飛びするようになってる。


2005/11/08 (火)

うまく寝られず。朝から。

科研費の監査(そういうものがあるらしい)が 当たってしまっていて、さっさと買った本を揃えて差し出せと言われているのだが、 どこになにがあるやら・・・。古本屋へ売っぱらったりする人がいるのだろうか。

短大。 やっぱり滑舌悪い。

会議。

本を探しているつもりがいつのまにかワルターの大地の歌を探していた。 一番好きなショルティのも見あたらない。

2回生ゼミ。


2005/11/09 (水)

3回生ゼミ。

教授会。

夜もちょっと仕事しようとするが、助走に時間がかかって離陸できず。

前から疑問に思ってたんだが、ラヴェルのト長調のピアノ協奏曲ってのは、 ガーシュインのパクリというか得意のパロディなのだろうか。ていうかラベル の曲ってのは初期を除いてぜんぷ模造品というかパロディなんじゃないだろう かという気がしてくるのだが、どうなんだろう。気合いがはいってないという か醒めてるというかイロニカルという、非常にヘンな奴だと思う。ドビュッシー なんかとはぜんぜん態度が違うような気がする。19世紀的な意味で本気だった のはピアノ三重奏ぐらいではないのか。シェーンベルクとかバルトークとかが 泥くさくジタバタしているのをにやけて見ていたような気がする。ストラヴィンスキーと 仲がよかったとかってのも同じタイプの人間だったのだろうか。

あれ、時代合っ てるよな。・・・うん、あってる。大学でひける「ニューグローヴ世界音楽大辞典」 によれば、ガーシュインのRapsody〜は1924、ヘ長調のピアノ協奏曲は1925、ラ ヴェルのアメリカ旅行は1928年。ピアノ協奏曲は29〜31年ごろ作曲。便利。


2005/11/10 (木)

寝つくのに苦しむ。 なんとか朝から。英語。

百万遍。

ルネで本を買う。コーナーをなくす予定なのか、売れ残りCDを安売りしていたのでつい買ってしまう。

音楽の特徴は「早分り」ができないことだよな。 どんなに才能ある人間も知的な人間でも、ある一曲を聞くには私と正確に同じだけの 時間がかかる。そして誰も150年生きることはできない。 (もっともシェーンベルクのような人は楽譜を見ればわかっちゃうのかもしれんが)


2005/11/11 (金)

昼近くまで寝てしまう。講義。

最近新聞報道で評判の伊田広行のページ http://www.tcn.zaq.ne.jp/akckd603/。デザインが異常に読みにくい。ちょっと前から読んでるのだが、はてなアンテナにもひっかけにくいし、どうしようもないなあ。大峰山についての主張もわからんではないがなんだかなあな感じ。

とにかくデザイン工夫しすぎて読みにくいページはいかん。学生さんたちが作ってるページもそういうのが多くて、説教したくなるのだが、まあやめておこう。その点はてなダイアリーとかはなにもしなくてもそこそこ読みやすいページになってるからえらい。ただしどうでもよいキーワードに対する繁雑なリンクはうるさい。

そういやどうでもいいことだが、最近小谷野敦のブログ http://d.hatena.ne.jp/jun-jun1965/がおもしろくてしょうがない。人間の小ささと、金がないのか他人からの評価に飢えているのか、日を追うにつれてどんどん壊れていく感じがなんともいえない味を出している。特に5日づけの「公募面接の風景」と9日づけの「北風と太陽」には感動した。「もっとやさしくしてくれよう」という叫びが聞えるようだ。涙。やはりこの人は私批評という新しいジャンルを開拓する人だ。すばらしい。絶賛。がんばれ小谷野敦。

夜、「コシ」を聞きながら仕事。 一般人が思うところの「哲学者」っていうのはこの劇の アルフォンソのような人ってことでいいのではないだろうか。 哲学者というよりむしろ人間通。人文学者。心理学者にして社会学者。

落語聞きたい。山ほど音源があるんだろうから、iTMSで志ん生や円生を一話 100円で売ればいいのに。700円じゃ高くて手が出ない。ちなみに以前に下手だと書いた 「ぽっどきゃすてぃんぐ落語」だけど、柳家三三という人はわりと安心して聞けることがわかった。がんばれ。


2005/11/12 (土)

地べたで寝てしまい、体が冷えてしまう。いかん。

起きてからぼやぼやしていると、他大学の院 に 進んだ卒業生が来訪。たいへんそうだが楽しそうだ。

いったん帰宅して風呂入って小川珈琲で豆を買ってまた出てくる。

研究室でだらだら。

もうひとつ以前から注目しているサイトは、パートナー婚解消裁判の当事者 のページ。 http://www.partner-marriage.info/ 。 どの記事も文章が非常に難解で(おそらく論理に飛躍があって)、私は主旨をちゃんと読み とれないのだが、そこが泥沼 の淵を覗き込んでいるよう でぐっと来る。著作権も大丈夫なのか。 おそらくこのひとは、「自分 がかかわった裁判についての論評なのだから当事者である自分は自由にそれを 使うことができる」と考えているのではないかと私は邪推してしまう(あるいは 法文や裁判所の判決文と、その他の文章とを混同しているのだろうか)。そういうふ うに発想や思考方法が一見自己中心的に見えるところがこれまたぐっと来るねえ。

先日書いた記事に、

音楽は早分かりできないという件ですが、凡人は一曲の全体を把握するのに何回も聴かないとわからないのに対して、天才は一回でオッケーなのでは?
というコメントをもらった。その通りで、私なんかはよく主題や展開や転調そ の他の音楽的構造が十分わからなくて、ちゃんと音楽的な才能がある人より楽しめてな いような気がする。でも音楽楽しもうと思ったらやっぱり誰でも同じ時間がか かるはずで、誰もマーラーの最初の3分聞いて「もうわかった。楽しんだ。」と 言うことはできないんじゃないだろうか。

もっともカラヤンは「俺様はブルックナーの8番の全体を8分で頭のなかで細 部まで生き生きと再現できる」という意味のことを言ったらしい(出典忘れ た)。そういうのってどういうことなんだろうか。そういう人にはスコアを読 むことが実際に音楽を聞くのと同じ効果があるのかなあ。そういやシェーンベ ルクが実際に鳴る音より楽譜に書かれたものの方が大事だというような意味の ことを言った(これも出典忘れた。どちらもうちの図書館にある本。)という のもどういうことなんだろうとか。音楽の本質とかそういうのをプラトン的な 何かと考えてるのかな。


2005/11/13 (日)

ふと福田恆存の『私の國語教室』(旧漢字出すのがめんだう。「福」は旧漢 字。)とか眺めて四十にしてはじめて国語表記について考へたり。SKKなら旧仮 名遣いでも別段の不便はないが、格好をつけてまちがへると恥づかしいだらう。

フルトヴェングラーのドンジョバンニ聞きながら徹夜。

某学会。眠い。

900度数も残つていたコピーカードがどういうわけか使へなくなる。痛い。

肝臓仕事その他を気にして懇親会には出ず。

クロイツェルはたしかにとんでもない名曲だよな。クレエメルとアルヘリツ チのやつしかまともに聞いたことがないのだが(これは切つたはつたのくんづ ほぐれつ、ツンツンデレデレな感じでほんたうにいやらしい。第1楽章でバイオリンがピチカート入れ るところとかドキドキしてしまふ)、他に名盤というと誰のになるんだら うか。→シェリングとルービンシュタインのがよいらしいのでそのうち入手。

風流とか季節感とかそういうものをわかっていない阿呆が強力なサーチライ トのようなものでどっかを照らしているらしく、それにつられた阿呆が人出し て五条とか混雑して警察まで出ている。誰が始めたんだ。やっぱり清水寺?


2005/11/14 (月)

昼に起きる。突然寒い。衣笠。 通勤路上にいる警察が自転車通行の邪魔。


2005/11/15 (火)

寝付くのに苦労して、遅刻しそうになる。短大。

空き時間に床屋に行こうとするが2軒とも休み。

2回生ゼミ。 p>夜、鴨川べりで激しく示威行動。機動隊もたいへん。 紀宮の結婚ではなくブッシュの上洛に対してらしい。

MS WORDはいろいろ賢いが、強制的に使わされるのはいやだなあ。 一番問題なのは使いなれたemacs上のSKKが使えないこと。 まあAquaSKKというすばらしいソフトがあるので我慢できない わけではないが。 ファイルがWORD互換でもうちょっとシンプルで気のきいたやつが欲しい。 AppleのPagesも入手しているのだが、実は使いにくい。昔のMacWrite IIはよかったなあ。 もうひとつはbibtexデータベースが使えないこと。Endnote買うかね。

それにEmacsのような操作性より、 マウスによるカットアンドペーストの方がMacらしくて優れているとは思う。そういや数年前に 「脱Emacs計画」を立てたような気がするが、いまだに縁が切れず Emacsの上で生活している。すでにメールはMail.appで読むようになり、 2ちゃんねるはBathyScapeで読むようになってるんで、残りは SKK(辞書として広辞苑ひけるのが便利)とlookupとHTML書くためのpsgmlモードとpcl-CVSせいだ。 あ、インクリメンタルサーチといくつかの自前のマクロもあるな。いやいや、M-x grep とかもあるな。

いや、もうここらへんで捨てるか。うん、捨てよう。なんかどうもEmacsがまともな文章を書く 妨げになっているような気がするし。エディタはmiにするか。Emacsとは15年ほどのつきあいだったが、 とりあえず別居してみる感じで。ついでにこれまた長いつきあいのシェル(tcsh)やX11ともおわかれしたいような 気もするな。UNIX文化ってものは私に多くのものを与えてくれたけど、実は多くのものを奪っていたような気も するのだ。

あんまり自分に日課のようなものは課さないようにしているのだが、 最近は歩いているときにエアチェックした NHK語学を聞くようにしている。最近1日遅れで聞くようにするのがよいことに 気がついた。


2005/11/16 (水)

ギリギリに起きて荒神口。 警官だらけ。生身のブッシュが1km以内にいたのではないか。

3回生ゼミ。

ゼミ生が昨日横断舗道上でヤンキーの自動車にひっかけられたらしい。転んでアザができ、自転車が だめになったにもかかわらず、運転手は警察も救急車も呼ばず、自分の車に乗せて 学生の下宿まで送ったらしい。そういうのに乗ってしまう学生もだめだめ。レイプ殺人犯でなくてよかった。 んで、気をとりなおした学生が警察に行くと、 警察は運転手を呼びだし、二人で話をさせて、「自転車なおしたら文句言わん」という ような文書に一筆入れさせられてしまったそうな。写しももらってない。わけわからん。 とりあえず病院に行って診断書もらっておくように指示しておく。修理した自転車の引きわたしにも つきあうことになってしまう。警察にも行かねば。大学教員というのはそういうことまでやらなきゃ ならんのかなあ。まあでも、 その年頃でその場でちゃんと自分の利益と権利を守るというのも難しい話かもしれん。 気も動転するだろうし。 なんというか、 そういう危険や事故があったときにどうするかとか教育しておかなきゃならんなあ。 とりあえず学生センターに相談。

その後、運転手と学生の自転車の受け渡しに参加する。まさにヤンキーそのもの。 ちゃんと金をむしりとろうとしたが 学生の弱気のため果たせず。無念。まあ学生も私も勉強したと思うしかない。

脱Emacs一日目。miに引越して、キーバインドをemacs風にする。LaTeXともとりあえずさようなら。


2005/11/17 (木)

夜明け前に起きる。朝から。 英語と4回生ゼミ。

脱emacs二日目。CVSの操作がなあ。GUIのフロントエンドがあるかな。

iPodのイヤホンが断線しかけているので、 ルネでSONYのMDR-EX51SPというイヤホン(3280円)を買うが、あまりに音が悪くて泣ける。 それにこのタイプは遮音性が高すぎて自転車とかだと危ないような気がする。 もっと下調べして慎重に購入するべきだった。安物買いの銭失ないとはこのこと。あまりに無念で足摺する。

256MBのフラッシュメモリも購入。安くなったなあ。小さすぎて無くしそうだ。

百万遍。授業後、マクダに頭を悩ませる。こういうのは私にはわからん。


2005/11/18 (金)

午前中床屋。長めにしたかったのだが、またいつものようにアニキにされてしまう。次は店を変えてみよう。

あまりにイヤホンの音が悪いので悲しくなる。スネアドラム系の音がぜんぶ同じつぶれた音になる。 衝動的に寺町へ。 あやうくSHUREの2万円ぐらいのを買ってしまうところだったが、なんとか思いとどまる。 ポータブルオーディオは私の福祉に大きく関与しているのだから慎重に検討すべきだ。 エージングがすめばもう少しまともになるかもしれないし。 Senheiserのでかいヘッドホンでもして歩くという手もあるかなとか考える。 徒歩での使用が中心だから音もれとか気にする必要ないから、耳栓型にこだわる必要もない。 もうちょっと情報を集めねば。

いろいろ事務仕事。ばたばた。書類を探して一日何時間も使うのはほんとうに時間の無駄。 そういう細かい時間を有効に使えるようにならねば、あっという間に定年が来てしまう。

脱emacs三日目。家のPowerBookでもマウスを使うように。けっこうすんなり移行できた。もう戻らない。

講義。

京都市交響楽団の定期演奏会へ。最前列、コンサートマスターの足元で聞く。 大友直人指揮で「未完成」と「大地の歌」。もちろん「世界一流」という演奏を期待していたわけではないが、 「未完成」の方はどうにも歌わず、かなり厳しい演奏。この曲がちゃんと演奏できないというのは、こういう地方オケとして致命的なんじゃないだろうか。 どういうわけか「大地の歌」はどそれに比べてずいぶんマシ。歌手はそれなりにがんばっていたし (白井光子とクリストフ・プレガルディエン)、主席管楽器奏者たちは優秀で音楽している。でもやっぱり 弦楽器が鳴らないというか歌わないというか。第6楽章はかなりバラバラで、最後のもりあがりの部分がうまく盛り上がれず終ってしまう。指揮者のせいなんじゃないかと思うが、 もしかしたら会場のせいかもしれない。この前のフィンランド放送響の時も感じたが、 京都コンサートホールは反響がデッドな感じがする。コペンハーゲンのオペラホールと同じような 規模なのだが。クラシック専用のホールなのに、設計がおかしいんじゃないだろうか。 まあオーケストラというのは地元のものを聞きに行くのが政治的にも経済的にも正しいと思うので、 もう1回聞いてみてもいいかもしれない。(次は井上道義でプロコフィエフのVn協奏曲とショスタコ11番。) 終了後レストランで食事。


2005/11/19 (土)

昼から大学。重要な事務仕事が1件あっのだが、来週になってしまう。

マクダはあきらめて、自分とこの大学の公開講座「バルトーク: 村の楽師と20世紀音楽の前衛」に。 伊東信宏によるレクチャー、大谷正和のピアノ演奏。こういう自分の専門とまったく関係のない講演とか聞くのは久しぶりで新鮮だった。学者も一般向けにわかりやすいことを言ったり書いたりして社会貢献しなきゃならんよな。 内容は民俗音楽学者としてのバルトークはわかったが、それとタイトルの「前衛」との関係は不明。まあ蝋管に残っていた実際の音源とバルトークによるそのアレンジとか聞けたってだけで満足すべきなのだろう。

うっかりアルコールを口にしてしまい、気がついたら木屋町で酔っ払っていた。だめだめ。


2005/11/20 (日)

小川珈琲で豆を買い、昼から研究室。心を落ちつけて仕事。

脱emacs五日目。Emacsでは一々改行を入れないと操作性が悪かったが、ふつうのエディタでは改行とか気にせず書けるので気楽。カーソルというかキャレットの移動もキーでやるよりマウスの方が楽だし。 ずいぶんEmacsに使われてたんだよな。bibtexもHyperBibDBを使う。

夜も大学。ひきこもり。 毎日があっという間に過ぎていく。

「はかもなきこと」がSafariでは文字化けしてしまうのだが、Safariが悪いのかな。 UTF-8で書くならcoding-systemを指定しないとダメなんじゃないだろうか。

キェルケゴールの日本での受容ってのには、やっぱり問題があったよなあ。 本来キェルケゴールという人は哲学者というよりは作家で、ポーやフロベールやボードレールと同じような意味でだけ哲学者だったんじゃないかと思う。その証拠に、キェルケゴールが言ってることを要約しても意味不明にしかならん。彼の魅力はむしろ文学的なところにある。本人も「作家」になりたいとは言うが哲学者になりたいという文章は残してないし。日本では主として哲学とかやってる人がキェルケゴールをとりあげたから、あのルーズな「哲学的」思考がキェルケゴールの本領とされてしまっている。むしろ文学論とかメディア論とかそういう人々が受容するべきじゃなかったんだろうか。私も「ポーとキェルケゴール」とか書いてみたいけど、大物の方を研究状況をよく知らないし、いまさら文学史とか勉強する気にもなれんしな。

寒い。


2005/11/21 (月)

自分がやるべき仕事をどんどん忘れていくのに腹が立つ。メモ帳に書いてもホワイトボードに書いても、見るのを忘れてしまう。どうしたものか。手にマジックで書いておくべきなのか。

朝帰宅して寝て衣笠。

いろいろ非常にまずい状態。パニック。

寒い。

「天皇は一系統のY染色体が云々」とかって文章をよく見かけるようになった。 そういうことを言うひとたちって、もし染色体が男がXXで女がXYだったらどういうことを言ってたんだろうか。天皇家のSry遺伝子がポイントなのかな。江戸時代や明治天皇と現在の皇族男性や元皇族男性の子孫たちがほんとうに遺伝的につながってるか調べてみるとおもしろいんじゃないかな。


2005/11/22 (火)

朝から。とてつもなく寒い。手袋をすると少しQOLがあがる。年寄は防寒第一。

短大。

Happy Hacking Keyboard Professionalが届く。作りはしっかりしているがすばらしいが、思ってたほどキータッチがよくない。私には軽すぎるかストロークが短かすぎるような気がする。音は悪くない。全体として値段(23000円強)はちょっと高すぎるんじゃないかな。もちろんApple純正やこれまで使っていたHappy Hacking Keyboard Lite2とは比べものにならないから、1万円だったらまちがいなく「買い」と言えるのだが。キーボード市場てのは狭いんだろうな。IBMのThinkPadのキーボードとかいいよなあ。ああいうタッチの大きめのテンキーなしのキーボードが欲しい。他にUBSハブ(キーボードにハブがついていないから不便になるので)と、自宅のPowerBook用に2個目のMighty Mouseを買う。

イヤホン、iPodを聞かずにi鳴らしっぱなしにしてエージングしたら、なんとか聞ける音になってきたような気がする。

2回生ゼミ。

あら、事務処理のまずさからまずいことに。他の教員に迷惑をかけることになりそうだ。反省。

夜もちょっとがんばる。さすがに新しいキーボードだと気合いが入るなあ。

ハ音記号を読めるようになりたい。いや、なろう。

眠い・・・明日こそすべてを片づけよう。

う、Mighty MouseはOS X 10.4以上じゃないとただのスクロールマウスなのか。

UTF-8で書くなら、ヘッダで <meta http-equiv="content-type" content="text/html;charset=utf-8">と指定してもらえばよいだけなのではないのだろうか。


2005/11/23 (水)

昼から大学。ぜんぜんだめ。心落ちつかず仕事をはじめられず、1日まったく無駄にすごす。 せっかくのお休みの作業日だったのに。 死にたい。


2005/11/24 (木)

なんとか朝から。数分遅刻してしまう。 英語、4回生ゼミ。

昼会議。

名作『S60チルドレン』の川畑聡一郎逝去という噂。将来があるマンガ家だったのにもったいない。人生は短い。

午後ばたばたいろいろ慌てふためく。注意が散慢でなんかいろんなものが手につかない。心をおちつけること。百万遍はお休みなのがたすかる。

ばたばたしているのに散慢に思いつきで保健室に恐しい病気の相談に行ってちゃんと皮膚科に行けと追い返されたり。

夜、やっと気分が落ちついてきた。

Emacs脱出は成功したようだ。ついでに煙草もやめたい。


2005/11/25 (金)

早起き。朝から。まずたまっている事務仕事をやっつける。

講義。

最近目が覚めてる時間のほとんど研究室にいるので、テレビとかちゃんと見てないな。世の中どうなってるんだろうか。 しかしまあ、小学生のころからあんまりテレビ見る方じゃなかったな。あのころは皆に話合わせるのに苦労したような気がするが、いまはつきあいがほとんどないから楽なものだ。このまま世間様と縁が切れればいい。

常用していたマクロを利用するためにemacsを立ちあげてしまう。perlやrubyで同等のものを書こうとするとやっぱりemacsが必要になる。ううむ、emacs中毒恐るべし。

どうでもいいことなのだが、最近の私学では学生や教員にブログなるものを書かせて大学の宣伝をさせるのがはやっているようだ。どうもそういうものは批判精神がなくてヌルい。たいていなんの批判精神も感じられず、精神の不活発というか頽廃というかそういうものだけが感じられてしまう。「学食おいしい」「授業楽しい」「京都は素敵」とか、読者も信じられないだろう。っていうか、そういうのを信じてしまう人間を集めてしまいそうで恐い。やはり「まずいし混んでるけど安いから許す」「眠いけど適当に時間作れるからよい、他よりはまともらしい」「こじんまりして活気がないけど私には適当」と本音を書くべきだろう。

広報係の職員がよいことばかり書くのはそれが仕事だし、教員がヌルい文章を書くのは、まあその教員の資質がそういうものだからそれでいいのかもしれないが、学生にバイト料はらったりしてヌルい文章を誘導的に書かせるというのは教育的にどうなんだろうとか。批判するというのはより高い理想がないと書けないわけで、そういうのを指導するのが教育なんではないのだろうか。特に大学の批判とかってのは別の大学を経験することがないわけなのでなかなか難しい。そんでもふつうは不満とかあるわけなのだが、宣伝用ブログとかの学生の文章を書いていると、いろんなことを自己規制しながら文章を書き、なにかを発言するというのはそういうことなのだと思いこんでしまっているのを感じる。レポートや授業後のコミュニケーションシートを読んでも、なんやらでもなんだか耳ざわりはいいが、ぜんぜん気合いがはいってないこと書いてくるので読んでうんざりすることがある。

そういうのは石原千秋あたりが盛んに指摘しているように、中高の国語教育が奇妙な道徳教育になってるのも一因かもしれないし、われわれ教員が建前ばかりしゃべってしまうというのも一因かもしれない。もっと毒と悪意と敵意が必要だ。他人を批判し、馬鹿にし、軽蔑することを教える必要がある。もちろん私自身ももっと敵意を表に出してもいいのかもしれんなあ。私自身本音を文章に書くことを恐れているところがあるからなあ。自省自省。 (もっとも学生さんは私より数倍賢いので、人生とはそういうものだと正しく悟っているような気もする。)

たとえば完全匿名掲示板を使わせて好きなこと書かせる、とかってのは教育的にどうなんだろうか。人を批判し攻撃する第一歩としてはそんな悪くないような気がしてきた。やらないけど。

そういや、あんまり関係ないけど、こういう日記のたぐいをアイデンティティたもったまま続けるのはある種の人にはかなり難しいようだ。私は興味ある人のは数年にわたって読んでみたいけどねえ。まあいろいろチャラにしたいというのはわかるけど。どんなことを書いていても、過去のエントリを大量に残しているひとはある程度信用してしまうものだ。やっぱり日記はHTMLベタ書きに限る。

CDを読みこんだはいいけど1回も聞いてないのがけっこうある。 iTunesで「クラシックで再生回数が0のもの」のスマートプレイリストを作る。(その他はいずれiPodでシャッフルしているうちに聞くことになる。)で、久しぶりにグールドのブラームス間奏曲聞いて感動してしまったり。

もっと有名になりたい、功名を得たいと願うべきなのだろうか。なぜ私はそういう野心はみっともないもものと思いこんでいるのだろうか。他人から評価を得たいのは私が思っているよりももっと自然な欲求なのではないだろうか。

種々の芸術や知的な職業においては、それによって生計を経てようとすればある程度まで上達しなければならず、さらにその名を不朽にするような傑作を残そうとすればいっそう高い程度にまで上達しなければならない。たんに前者の程度まで上達することにたいしても、職業としてその仕事に従事するものの立場からすればそれ相当の動因があるが、後者の程度にまで上達することは、はげしい功名心をもつものか、あるいは一生のうちある時期にその心を起したものでなければ到達できないことである。たとい偉大な天分に恵まれていても、すでに最高の天才による見事な傑作が数多く残されている仕事において、自分もまたぬきんでようとするためには、長い期間耐えがたい苦行を重ねてゆかねばならないのであるが、その場合の刺激剤としては、ふつうこの功名心にまさるものはないのである。 (J.S.ミル『女性の解放』大内兵衛・大内節子訳、岩波文庫、pp.151-2)

(ちなみにこの直後に、一般に女性は男性に比べて功名心が薄いという観察が来る)

たしかに、大学でそこそこの職を得てもさらにちまちまと勉強を進める動因なんて、上でミルが言う功名心"ardent desire for celebrity"以外には思いつかないもんな。しかしそういう功名心ってのはどういうもんなんだろう。特にセレブな人々とおつきあいしたいと思ったことはないし。有名になったらモテたりして繁殖成功率が上がる? とか考えるのがおかしいのかなあ(でもモテるだろうし、少なくとも包括的適応度はあがるような)。ミルもやっぱりモテたかったんだろうか。

衣笠で教職員ストライキがあったようだ。なんについて争っているか知りたいのだがよくわからん。とりあえず非常勤講師は関係ないのだろう。どっちかというと自分が属するべき組合(あるらしい)より「京滋非常勤講師組合」とかに親近感を持っていたりするのは労働者としてどうなんだろう。


2005/11/26 (土)

昼前まで寝る。キラ星のような人々が集まる東京の某学会に行こうかと思っていたが、果たせず。

小川珈琲で豆を買う。タニヤマ無線でSennheiser PX 200を買ってしまう。音は素直でまずまず、軽くて圧迫感もない。もうちょっと安くてもいいと思うけど、こんなものかな。だいぶQOLが上がったような気がする。

午後大学。

衣笠大学のストライキ、たしかに1ヶ月分もボーナス減ったら組合としては強硬に行かないわけにはいかんよな。しかし専業非常勤との格差についても考えたりも。がんばれ京滋非常勤講師組合・・・と、合併して関西圏大学非常勤講師組合になったのか。ついでにゼネラルユニオンもがんばれ。

いろいろ手配。

「ジェンダーフリー」やフェミニズムに一部の人々が噛みついている件。 macska dot orgとかがまともで詳しい。 しかし、うまく書けないが、もうちょっと問題は複雑であるような気がする。けっきょくフェミニズムってのは政治運動なわけで、その際にあんまりうまくない議論を行なったりしている。問題は、フェミニズムが一枚板ではない(あたりまえだが)ことにもあるのだが、フェミニズム内部での相互批判がうまくいってないことにあるんじゃないだろうかという印象を持っている。 今けっこうもりあがっている(というか小谷野敦とかが盛りあげようとしている)昔懐しいマネーvsダイアモンドとかの話について、フェミニズムはやっぱりなんらかの総括というか意見の統一をするべきだったんじゃないかという気がするなあ。フェミニズムという政治運動の特徴というのは、とにかく分派・細分化してしまい、互いに批判することを避けているように見えるところだと思う。冠つきフェミニズムっていうのかな。まあそれは外から眺めている人間にはそう見えるというだけなのかもしれない。


2005/11/27 (日)

早起き。朝から大学。うっかりしていたが今日で運転免許が切れるので、書き換えに行かねば。失効とか繰り返しているので、40歳にもなって「初回更新」のはず。なんだかなあ。 しかし諸般の事情があり午後行くことにする。

午後免許試験場へ。なんか京都に来て20数年、何度も来ているが遠い。中書島からはバスが1時間に1本しかない。初回更新ということでみっちり2時間拘束される。まわりは若い女の子ばかり(初回更新でほぼ無違反というクラスだからだろうか)。ヒゲヅラ中年男はなんだか浮いている。話があんまり上手くない教官に当ってしまったらしく疲れはてる。私の授業もああいう感じなんだろう。できた免許の顏が丸くていやになる。

それにしても、試験場の人間のさばき方は見事だ。日本の公務員の能力を知らされる。誘導が的確で、非常に雑多な階層の人間が集まっているにもかわらず(あるいは雑多だから?)皆屠殺場に送られる羊のように秩序正しく誘導される。そのままガス室に連れていかれても最後の瞬間までわかるまい。

国内の(応用)倫理学とか社会学とか政治学とかその他隣接分野で、 話が「自己決定」まわりのことばっかりになるのはどうしてだろうか。 そういう話を中心にやった有力な論者(加藤先生とか)の影響が圧倒的だということなのかな。 まあ大事な話だし(もちろん加藤先生あたりが80年代あたりにやったことは偉大だ。)、政治学や法学なんかだったらそれでいいのだろうが、少なくとも哲学分野の人間はもっと直観の分析や価値論をきっちりやるべきだと思う。ていうかでないと倫理学プロパーやってる意味がないよな。

あまりにもテレビを見てなかったので体操とか見てみたり。一昔前とは女子選手の体型が変っているような気がするが、気のせいだろうか。以前は拒食症か子供のようなのばっかりだったが、若干おおがらになったような。筋肉量が必要になったのか、それとも年齢制限が入ってるのかな? 男子の方は技術がとんでもなく進歩しているように見える。すげー。宙返りとかさかあがりとかできる人びとってのは、飛び箱も翔べない人間とはまったく身体感覚が違うんだろうな。宙返りしたり、自分の体重を腕だけで支えたりできるってのはどういう感じなんだろうか。

大学教員にも年休ってあるのか。休講してもかまわんということなのかな。


2005/11/28 (月)

なんとか起きる。

衣笠。 学生による授業評価アンケートの日。私は授業評価は教師としての通信簿だと思っているので文句はないのだが、今年は丁寧に「TAまたは受講生に回収させ厳封してもらってください」のような指示までついている。「学生に公正であることを示すためです」ということだ。いったい何があったんだろう。まあ具合の悪い授業評価されたらそれを抜いたり、自分でよい評価を書きこんだりする教員がいるかもしれないということなんだろう。教員と学生は、まあ敵対関係のようなものでもあるしな。まあわからんでもない。ここまでやるんだったら、みんなの就職株式会社のように、紙は使わずにwebとか使って入力させて好きなこと書かせたらどうか。(いずれそうなるんだろう)

最近講談社から出たウィトゲンシュタインの日記、これは腹がよじれるほど恥ずかしい。むふ〜。げらげら。もっとたくさん読みたいのだが、残りの分は出てこないのだろうか。もっともっと〜。偶然BGMにグールドの弾くリヒャルトシュトラウス(イノック・アーデン)鳴らしてたのも恥かしさをさらに増強してすばらしくよかった。さすがキルケゴール直系。タイトルは『ウィトゲンシュタインなさけな日記』とかにすりゃいいのに。ところでこの人はヴィトゲンシュタインと書くべきかウィトゲンシュタインと書くべきか。鬼界先生は「ウ」だな。


2005/11/29 (火)

久しぶりに雨。あら11月が終りますよ。31日はありません。とにかく朝から。

以前から感じていたのだが、OS XのMail.appとアドレスブックはもう検索しにくい。アドレスブックも同一アドレスに複数のカードを割り当ててしまうことがあるのが不満。アドレスは一義的なんだから、名前じゃなくてアドレスを主キーにして、名前は複数持てるようにしたらいいのに。現状では漢字名とよみしか入力できない。

短大。

会議。

2回生ゼミ。『女性の解放』を読みおわった。随所にミル節が炸裂していてなかなかおもしろかったというか勉強になった。古典的名著だけど、日本では意外に読まれてないかもしれない。来年はベーベルの『婦人論』あたりを読んでみるかな。ざっと見た感じミルほど慎重ではないようだが。 19世紀はすでに現代と地続きなのを強く感じる。残りは2回。中途半端に余してしまった。

夕方、なんかイライラ。睡眠不足だ。

はじめてiTMSを利用してみる。ボブディランの"Just like a woman"とStyle Coucilの'My ever changing moods" (アップテンポの方。青春の音楽)。ゲームセンターでバイトしながらMy ever changing moods聞いてたのが20年前とは信じられん。ロックは遠くなりにけり。ディランが"All along the watchtower"歌ってるトラックはないのかな 。ジミヘンのやつしか知らない。

衣笠大学の教職員はボーナス1割カットを結局受けいれたというか泣き寝いりすることになったのかな。もっと激しい闘争を期待していたのだが。全日ストライキとなったら非常勤はどうするんだろうとか考えていたのだが。非常勤組合ももう少し人が集まったらストライキしてみたらどうだろうか。ていうか全国的に非常勤講師ゼネストとかやれば待遇上がりそうな気がするけどなあ。非常勤の口にさえ困っている人びともいるからうまくいかないかな。まともな授業を学生に提供するには、研究経費のない非常勤専業の人間の謝金は最低今の1.5倍〜2倍ぐらいは必要な気がするけどな。この手の話ってのはぜんぜん勉強したことないし、考えたこともない。労働者としてどうなんだろう。

miの上からシェルスクリプトとかを動かす技を理解する。


2005/11/30 (水)

いろいろ悔いの多い11月が終る。

荒神口。だめだめ。今年のワースト授業。

3回生ゼミ。

学生が「エクセル・ヒューマン」という会社の就職説明会に出たら、その場でエントリーシートを書かれたという。ちょっとその会社のウェブを見たらなんか非常にいやな感じがしたのでgoogleでひっかけてみると、やっぱりやばい会社のようだ。どうも老人相手の催眠商法のようだ。私のまわりの人間を食いものにする企業は許さん。腹立つ。 っていうか、こういうインチキ企業に騙されない人間を育てねばならん。これは大学教員としての私が最優先でやるべきことがらなんだろうなあ。

よく知らないが最近道徳教育だのなんだのってものがはやっているようだが、まっさきに教育するべきなのは被害者にならない教育なんではないだろうか。人間はチャンスがあれば嘘をつき騙し強姦し殺す邪悪な存在だってことを早期教育したらどうか。ネガティブすぎるかなあ。

教授会。

寒くてなにもできず。田舎の熊たちは冬眠に入ったろうか。

暮れに楽しむためのオペラDVDを入手しなくては。


2005/12/01 (木)

なんとか起きる。英語。

4回生ゼミ。年内あと1回しかないらしい。足りないので今月個人指導しまくることになりそうだ。今熊野女子大でもやっと授業回数についての議論。いやだけどやっぱり14回は必要なんじゃないだろうか。ていうか、今多くの大学で実施しているセメスター制度ってのはダメダメ。

しかしまあ、大学での教育をそんなにいっしょうけんめいやる必要はないという意見もありそうな気もする。制度をいじろうってのは悪い発想かもしれん。だいたい私自身が学部ではたいした教育を受けてないような気がするし。もちろんそれは先生方が悪いんではなくて私が悪い。

色々事務的な仕事。

百万遍。あと2回あるようだ。

やっぱりフラッシュメモリは小さすぎると使いにくい。

最近、若者文化とかそういうものにまったく触れなくなっていることに気づく。紅白出場者でさえさっぱりわからないようになってしまった(さらに悪いことにゼミ学生とかもそういうのを教えてくれない)。そういうものに理解あるふりをする中年男というのはいやなものだが、世の中どうなっているかまったく知らないというのどうなんだろうか。

う、文献リストをいじっていたら、FilemakerProが欲しくなった。旧バージョンは持っているわけだから、会社に問い合わせよう。


2005/12/02 (金)

皆に遅い仕事を怒られている夢を見て跳ね起きる。

自宅のCDプレーヤーの音飛びが激しい。フタを開けてピックアップを掃除してみるがダメ。寿命か。最近の安価なプレーヤーはほとんど消耗品だよな。

ゴリゴリとmiのβ版を使っていると2回続けて落ちたので、安定版に戻す。あたりまえ。自然言語を書くにはやっぱりemacsよりMacらしいインタフェースのものの方が調子がよい。WORDがもうひとつ気にいらんのだよなあ。WORDで感心するのはリアルタイムのスペルチェックと校正機能だけ。うーん、皆これで満足しているのだろうか。miはなかなかよいのだが、もうちょっと機能が欲しいような気もする。シンプルなワープロが欲しいですよ。AppleのPagesは文章書くのには使いものにならんのですよ。

ていうんでやっぱりlatexに戻ってしまう。bibtexの使い方に悩んだり。無駄なことはしないこと。>

朝から。

懸命に準備して講義。

(キーボードとエディタを変えたせいか、文章を書くのが楽しい。例のものはこの週末かたづけます。すみません。)

夕方、なぜかSPI対策で算数の問題を解いてみたり。意外に計算量が多い。これはたしかにうちぐらいの大学だと苦労する子がいるなあ。でも「〜割引〜割増し」をすぐに計算できないのは人生的にまずいよなあ。ていうか、こういうことの手当もしておくべきだったことに今ごろ気づく。一期生は優秀だったし、二期生は優秀ではなかったがそこそこ口がまわる人びとだったから気づかなかった。ていうか、大学にはいって多くの学生は頭使うことなくぼーっと生きているわけで、なんか頭動かすようにさせないとならんわけだよなあ。こういうところが放っておいてもよいというか放っておくべき百万遍の学生なんかと違うところだ。

ネット古本屋で現代倫理研究会訳『現代英米の倫理学』福村書店全5巻というのを入手する。実はSellarsとHospersの名編集のReadings in Ethical Theoryの訳本。横書きだったり、なんか全体的に訳文が生き生きとしていて、訳者たちの気合いが感じられる。訳者たちは「俺たちが新しい倫理学紹介するぜ!」ってな感じだったんじゃないだろうか。ところでこの本は前世紀前半の倫理学の入門にはとてもよい本だと思うのだが。本屋さんもへんな本とか出してないでこういう真面目な倫理学の本を出してほしいものだ。ていうか自分でやらねばならないのかな。本には某「明治大学図書館」の磁気タグがついているが、だいじょうぶなんだろうか。これがなぜ佐賀まで流れていったのだろうか。

あいかわらず小谷野敦のブログがおもしろい。なにがおもしろいかというと、いろんなことに非常に正直であり(これは文筆家として最大の徳だ)、そして倫理判断をするときにわれわれが落ちいりやすい落し穴にことごとくはまっているところだよなあ。たとえば、

「嫌煙家がタバコの煙が嫌であるように、私は匿名での批判が嫌なのだ。タバコの煙は健康に悪い? 匿名での批判も精神の健康に悪いのだよ。まあ現に匿名で私を非難する嫌煙家ないしは禁煙ファシストは多いわけで、彼らは当然ながら匿名での批判がマナー違反だとは思っていない。残念ながら、この議論には調停者はありえないから、いくら議論しても水掛け論にしかならないのだ。」

最後のあたりのシンプルな倫理的ニヒリズムがよい。ちょっとkallikles君につついてもらうかなあ。

寝る前に松原岩五郎『最暗黒の東京』岩波文庫おもしろいなあ。なんで新仮名にしたのかな。そのまま出してくれればいいのに。


2005/12/03 (土)

昼から。日は射しているが、もう冬。お茶を飲んで心を落ちつけよう。

心を落ちつけすぎてノーマン・レブレヒトの『だれがクラシックをだめにしたか』とか読んでしまう。おもしろいなあ。

けっきょく昼はなにもできず。夜も研究室。

HTMLってのは脚注・後注が付けられないのが最大の弱点だよなあ。

last.fm、クラシック曲には相性悪いが、けっこうおもしろい。音楽が本当に共有できればもっとおもしろいんだけどな。

あら、HyperBibDBの後継にBibCompanionてのがあったのね。これはクールだ。すばらしすぎる。これで完全にEmacsから脱出できそうだし、FileMakerを買いなおす必要もない。


2005/12/04 (日)

朝帰宅。夜まで寝るつもりだったが目が覚めてしまい午後遅くまた出てくる。合言葉は「商いはあせらずコツコツと」。

小糠雨に落葉が京都の初冬。

あれ、井上達夫って1954年生まれなのか。影響力が大きいように見えるから、もっと年上なのかと思っていた。一人強力な人がいると、下の世代はそれを下敷にせざるをえないからな。

AquaSKKの入力文字をいじりたい場合は、

  1. /Library/Components/AquaSKK/Resources/kana-rule-listを~/Library/AquaSKKにコピーして
  2. kana-rule-listを編集してログインしなおす。

どんどん時間が過ぎる。


2005/12/05 (月)


2005/12/06 (火)

氷雨。冬の匂い。と思ったら初雪になった。

短大。

遅れに遅れた原稿、今度は字数オーバーで怒られる。やはり人に迷惑をかけないように隅こで生きていくしなないよなあ。とにかく締切守れないんだからやってる資格なし。締切のある仕事はしないこと。ていうか、そういう締切とかなければ書かないんだろうか?

でも毎年適当になんか書いて紀要でアリバイ作りをするってのはよいことかもしれんが、はたしてそれでなんか書く動機があるかどうかは不明。なぜ人は書くのか?

自分の性格や気質に合っていないことをすると人間は不活発になるとミル先生も言ってるよなあ。もっと自発的になんかしなきゃならん。学生にお説教している場合ではない。

短大、2回生ゼミ。年内終了。


2005/12/07 (水)

なんとか起きて荒神口。

3回生ゼミ。

どうでもいいが、京都市の交通行政について考えたり。

会議。

今年もエントリーシートとかの添削とかする時期になった。これって、大学で一番教育効果があるんではないかとか。実際これ見ただけで学生(と大学で指導している教員)の能力がわかっちゃうよな。

国会の不動産関係者の答弁おもしろいなあ。どいつもこいつもキャラがちゃんと立ってる。ビデオにとっておけばよかった。それにしても、なぜこんな事件に税金を使うのだろうか。他にもいろいろ泣き寝入りしている人びとは多いだろうが、なぜこの事件の被害者は特別なのだろうか。単に人数が多いから?わたしにはわからんなあ。

西の方の大学の消えたブログの人はどうなったんだろうか。ああいうのは一回はじめると完全にやめることはできないような気がするから、そのうちどこかで復活するんだろう。

ちょっとしたテキスト処理をやるのに今まで通りperlを使うか、rubyを覚えるかってのは微妙なところ。やっぱりperlの方がライブラリが揃っていて楽なような。


2005/12/08 (木)

なんとか起きて英語。

4回生ゼミ。これは補講しなければならん。

百万遍。

学生さんからチケットをもらったので、実に20年ぶりに百万遍大学音楽研究会器楽部の定期演奏会に。アルティははじめて行ったが、音響も配置もなかなかよくて気にいった。途中から聞いたが、最後の二組のベトベンのヴァイオリンソナタ8番とリストのカンパネラとかを聞いて圧倒される。ちゃんと芸術になってる。ああいう人びとを作るために何代かかって何千万使ってるんだろうと思う。私が2、30年かかって近づこうと努力しているが、しかし絶対に手の届かない豊かな世界を二十歳やそこらで知っている奴らがいる。正直うらやましいというか嫉妬を感じる。なんか理不尽だと思う。ルサンチマン。会場も賢そうな人びとでいっぱい。高学歴大学でクラシック音楽を弾いたり聞ける人びと。とりあえず人生の勝ち組が約束された人びと。(ただし高学歴だけど育ち悪そうな人びともいる。)日本はすでに階層社会だ。 CD聞いて喜んでいるクラオタなんて大衆というか下賎の民草。金でCDは買えるが、育ち(と失なわれた時間)は買えない。

ショックでしばらく庶民について考える。私は庶民的教養主義者なので自分に教養をつけるべく生きてきていて、よい趣味とかいうものも、まあ手の届く範囲で身につけあるような気がする。しかしその結果が、自分の手の届かないものに対する苛立ちのようなものだ、ってのはいったいどういうことなのか。なんか腹がたってしょうがない。

それにしても、この「(文化的に)豊かになりたい」という強い衝動のようなものはどこから来てるんだろうか。そういう理想を誰かから教えられたりしたおぼえはない。田舎の高校生が、適切な先達なしに勝手に抱いた妄想なんではないんだろうか。他人との比較がなぜ問題になるんだろうか?


2005/12/09 (金)

昼から。滞納していた巨額の税金やら巨額の奨学金返還金を納める。日本を支えているのは私だ。

NHKビジネス英会話によると、よいオフィスではどんな書類も3分以内に出てくるのだそうな。机のかたづき方と昇進の間にも相関があるそうな。たしかに私の一日を見ても、多くの時間が書類や本の探索に使われてしまってるもんな。秘書欲しい。1週間に1回来て、本と書類をあるべき場所に戻すってのをやってくんないかな。日給1万円出すけどな。

まだクラオタについて考えている。18世紀だったら音楽家なんてのは単なる使用人。19世紀前半だったら有産市民様が芸人として、せいぜい対等の存在として聞いてたはず(イタリアオペラとかは別かな)。19世紀後半から20世紀にかけて、観賞する人間がどんどん下層にひろがっていって、いつのまにか音楽家の方が聴衆より偉くなっちゃってる。・・・と、そう単純でもないかもしれない。ウィリアム・ウェーバー, 『音楽と中産階級:演奏会の社会史』(法政大学出版会, 1983)を読んでみよう。

操作ミスでこのファイルの一部を消してしまう。CVSで前のバージョンを取り出す方法をいまごろ知る。cvs update -p -r (version) で標準出力に出る。cvs log filenameで履歴がわかる。両方とも使ったことがなかった。

講義。

これらのファイルから自動的に連用日記を作りたいとか、bibtexのファイルをHTMLで公開したいとか考えたりしてperlやrubyのライブラリを見たり。そういうライブラリを使えばやりたいことはすぐにできそうだが、冬休みの工作課題にしよう。

石井宏『帝王から音楽マフィアまで』新潮社。なるほどこれは音楽之友社からは出せまい。クラシック音楽と金と陰謀ってのはやっぱりおもしろいなあ。

まあスポーツ選手やらクラシック演奏家やらロックスターやらが、一人では1000年かかっても使いきれないほど巨額の金をかせいでいる、ってのはなんかおかしいような気がするよな。とりあえずクラシック演奏会は高いのは行かないことにしよう。地元密着で三流の演奏家でよし。

私が好きなのはイーホームズの藤田社長だね。もうダントツ。ビリビリ来るですよ。


2005/12/10 (土)

前日NHK BSの『ヴァイオリンの芸術』を見て夜更ししてしまう。昼から。

宇治で『漂流教室』のような事件。うなされそうだ。

本が本棚に入りきらない。完全に収容量オーバー。いま9棹あるのだが、これ以上増やすと部屋の真中に立ててしまうことになる。どうしたもんかな。

SPI相談とか卒論相談とか。

夜まで。

某医者に誘われ久しぶりに飲む。木屋町のみや本。いろいろ興味深い話を聞く。「専門医」という概念についてとか。恥ずかしながらそれがなんであるかは理解していなかった。


2005/12/11 (日)

午後ちょっと研究室に。調子悪いのですぐに帰る。どうも体内脂肪が増えて血が濁っているような気がする。


2005/12/12 (月)

早起き。朝から大学。いろいろ事務。ほんとうに秘書ほしいのだが、実際に雇うとなると予算がないよなあ。

最近Adobe GoLive!の使い方をおぼえつつある。持ってたけど使ってなかった。意外に便利。特にtableを書くときに。

出られるかどうかわからないが、3月12日の京都シティハーフマラソン大会にエントリーする。

先日書いた「専門医」だが、これを名乗るためにはいろいろ面倒な手続きがあって、学会発表したら何点、研究会に顔を出したら何点とポイント化されていて、一定ポイントがないと受験資格がないし、いったん取得しても毎年ポイントを獲得していなければならないそうな。やっぱり医者集団はプロフェッションとしていろいろやってて偉いものだ。「倫理学研究者」を名乗るためにもそういうのあってもいいんじゃないか、とか。わたしとか受験資格なさそうだが。ていうか、大学教師も形だけでも「専門大学教師」とか制度つくってみたらどうか。

今日も本を探して残された人生の貴重な時間が過ぎていく。いかん。さらに、探しているうちに今まで手元にあった本まで消えていく。ムキー。

衣笠。

非常に邪悪な貼り紙を読む(ネットのどっかに全文掲載してないかな?)。ストライキを決行したゼネラルユニオン組合員に「文句があるなら専任教員に応募してください」ってたって、あんたのとこそんな募集してないんじゃないとか。逆に言えば「あんたが優秀だったら専任にするけど、だめだから非常勤なんだ」というメッセージにも読める。非常勤講師がいなきゃどの大学もやっていけないのに(特に語学)、そういう言い方はなんだかなあ。ストライキが学生の学ぶ権利を冒すものだとかってのもなんだかな。労働者の権利じゃろ。なんだか他人事(?)ながら腹が立った。がんばれゼネラルユニオン。

しかし慎重にゼネラルユニオンの主張を見ると、年限つき採用が問題なのか。ううむ、けっこう微妙かなあ。外国人教師に特有の問題という見方もあるなあ。ふつうの日本人講師は1年の年限つきで雇われているわけだしなあ。うーん。

寝る前に高島俊男の『三国志きらめく群像』とか読んだり。なるほどこれがマンガの『蒼天航路』のネタ本だな。


2005/12/13 (火)

昼まで寝てしまう。寒い。マフラーをひっぱり出し、コンビニで手袋を買う。(いままで去年コンビニで買った指先が空いてるやつを使っていたが、これでは対応できない)

今熊野は早くも冬休みに入っている。(補講は残っているが)

算数教えたり卒論直したり。

なんかイライラして落ちつかず。注意散慢。本や書類もちゃんと見つけることができない。心を落ちつけるにはどうしたらよいか忘れてしまった。

どうにも落ちつかない。いったん帰宅して本を探して(見つからなかった)、軽く飯食って夜も出てくる。あまりに寒いので下ズボン(ズボン下/パッチ)も着用。しかし歳をとってくると、体温が低くて厚着しただけでは暖かくならないようだ。女子大生はタイツや生足でたいしたものだ。

どうも本に関しては、ついにある一線を越えてしまったのではないかという気がする。数年前まではだいたいどこらへんにどの本があるかの見当があったのだが、ここ数か月で破綻はすさまじい。毎日本を探して時間のほとんどを使っているような気がする。家の本棚もなにがなにやら。本の著者とかの固有名が覚えられななくなっているのも数年前にはなかったことのような気がする。無駄な本を買ったり読んだりしすぎているのか。

(一方で増えつづけるCDの方は、いまのところiTunesのおかげで把握できているような気がする。)

つい本棚から見つけたアドルノの『不協和音』とか読んでしまい、あまりの馬鹿らしさにあきれたりする。こういうのは今どう扱われているのだろうか。

夜中になってやっと落ちついてくる。なんだったんだろう。

自分に残された時間のことを考えると、なにを勉強するべきかとかどういう本を読めばいいかとかどういう音楽を聞くかとか考えてしまうわけだが、そう迷ったり考えたりする時間も馬鹿にならない。なるほど、これが「合理性」とかいうものの問題のひとつなのだなあ。まあ難しい話は別にして、あんまり時間を貴重だと思ってもいかんなあ。

クリティカルシンキング本をありがたくいただく。なかなかよい本のようだ。しかしこの手の本で3400円は高い。大学教員向けということになるよなあ。

企業へのエントリーシートとか書かせていると、どういうわけか「人間ってのはself-interpreting animalじゃなきゃんらん」とか強く思うわけだが、それとエントリーシートを書くことの関係ってのはうまく説明できない。


2005/12/14 (水)

荒神口。

一眠りしてから大学。会議。

看護の授業についてさらに考える。私がやりたいのは、看護師なら看護師としての自己解釈というかそういうものを可能にする教育というかそういうもの(それほど偉いものじゃないが)がやりたいのだな。"I know what I am doing."とかそういう感じ、自分たちがどこから来てどこに行こうとしているのかを知るというか。クリシン教育もそういう意味でなら意義がある。まあ私自身がなにをしているかよくわかっていないのだから、そんなもん教育できるはずがないのだが。


2005/12/15 (木)

なんとか起きて、4回生ゼミ補講。低血糖のようで頭がまわらず苦しむ。

なんか今週は姿勢が悪いのが気になる。姿勢はいつも悪いわけだが、ここ数日歩く時も腰が曲っているようだ。腰が悪いのかな?

百万遍。その後忘年会。


2005/12/16 (金)

昼まで寝てしまう。銀行で新札を入手。

火曜日からもう冬休みなのが、回数をそろえるため金曜だけ離れ小島で講義。出席は半分ぐらい。年内終了。

シラバス書かなきゃ。「研究」と言えるほどのことはなにもしていないわけだが、「研究」と「授業」は十分にリンクさせなきゃならない、ということが今年学んだ一番重要な教訓。ついでに「研究」と「業績」もリンクさせなきゃならん。

あたりまえのことだが、まともな大学教員は、自分が現在研究していることを授業でやり、かつ、それを発表しなければならんようだ。大学非常勤とかの仕事を教養科目ではじめたことも原因しているのか、自分の専門とは違う学部にいるという意識からか、恥かしながら私にはそういう意識が十分ではなかった。どうも授業と自分のための勉強は別のものだという意識があったような気がする。そしてそういう「手加減して授業をする」という感覚が私をダメにしていたようだ。

ゼミでも(「入門」以外の)講義でも、自分が今関心をもって勉強できることをやり、その研究というか勉強の成果を学生に見せることが必要なのだ。そうでなければ教育効果も上がらない。理想的には授業を1個やると本が論文2、3本、または(出版できるかどうかは別にして)本が1冊できるような内容を目指さなきゃならんのだな。

もちろんそういう授業ができるためには、学生の質も高くなきゃならんわけだが、うちの大学だってそこそこ優秀なものだ。スローラーナーの不惑は近いかどうか。

夜ちょっとブックファーストに行くと、忘年会らしき学生でいっぱい。雰囲気が20年ぐらい前にバイトしながら見ていた風景と似ている。なんか景気よくなってるんじゃないかなあ。

そういや、耐震偽造事件とかってのもバブルのはじまりの感じがするんだが、うまく説明できない。これからあちこちでドカンドカンと建物が立つんだろう。っていうかすでに私のボロ家の町内でもどんどん新築改築が進んでいる。バブル憎むべし。

五嶋みどりはすばらしいなあ。


2005/12/17 (土)

高校時代の友人の結婚式のために、早朝に家を出て、雪の降る山形に帰省。

新郎新婦ともに中学教師で、皆から好かれ信頼されているようでなにより。結婚式は開宴から乾杯まで1時間もかかる長大なもので、来賓挨拶、お色直し、ビデオレター、詩吟、中学生のダンス、教師のダンス、カラオケ、寸劇、メルヘン、花束贈呈とひさしぶりにてんこ盛りの結婚式。中学校対抗演芸大会の趣もあり。中学教師たちの集団を見て、このひとびとが地域や国を支えているのだなあと感じる。地の塩ってこういう人々なのかな、とか。

同級生たちと飲み直し。皆いっちょ前のオヤジになった。


2005/12/18 (日)

二日酔い。大雪のなか9時台の新幹線で帰る。福島あたりから雪が少なくなる。ほんとうに雪は不公平だよな。家にiPodを忘れてきてしまう。

夜研究室で授業準備。また本を探して時間を無駄に。


2005/12/19 (月)

起きたらノドが痛い。

午前中研究室で授業準備。

衣笠。これで授業は年内終了。でもここは新年に補講を入れてあと3回もある。

前から気になっていたのだが、衣笠大学の学籍番号は1111223333-4という形。調査の結果、1111は学部・学科・専攻を表現し、22は入学年度、3333が学生番号らしい。最後の4はチェックサムかなにかで人間には余計。いったいどこの世界に10桁をぱっと見て理解できる人間がいるのか。学生によっては最後のハイフンを入れずに11桁そのまま書いてくるやつもいて、とてつもなく把握しにくい。100億なんて数を把握できるやつなんていない。せめて1111-22-3333-4とハイフンでも入れてくれればまだ読みやすいのだが。あるいは学部・学科をアルファベットにするだけでも視認性がずいぶん上がるはずなのに。だいたい学生が1000人越す専攻があるのかとかも。「文05A-999」で十分なのに。この大学は学生を10億人ぐらいまで増やす気なのかもしれん。

さらに、学年が番号のまんなかに入っているのに、登録簿や成績表がまず学年別になっているのが許しがたい。かつ、紙の途中で学年が変わる。さらに、その表が1回生から順に並んでいるのがたまらん。後に行くにしたがって途中の桁が突然減ることがあるなんてのが神経をすり減らす。こういう学籍番号にしているなら、成績表も学科・専攻順にしてさらにそのなかで番号が若い方(上回生)から並べるべきだろう。こういう非人間的なことをやらされるのはたまらん。つい(どうにもならんのはわかっているのだが)事務の人(アルバイト?)と某教授をつかまえて文句を言ってしまう。こういうのはなんだか人間の尊厳とかいうものを傷つけられているような気がする。私は人間であって機械ではない。控え室の片隅にバーコードリーダのようなものがあるようだが、どう利用するか見当がつかない。あー腹立つ。今年は採点拒否しようかとも考えたり。

ちなみに東鴨川女子大も去年から番号が変わってわけわからんが、たしか11222333ぐらいなのでまだかわいい。以前は11-2333という形で、11が入学年、2が学科、333が学生番号。こういうのは教務とかやっている部署か、受託のSEにたった一人でもまともな人間がいれば回避できるのに、どちらの大学も事務処理のイロハっていうかソートの仕方すら知らない質の悪いSEをやとっているのだろう。無能なSEは世界を地獄にする。人びとの幸福のためには、工学倫理とかやる前にまずふつうの事務処理教育が、情報リテラシーとかやるまえにまともな業者の見分け方が必要ではないのか。

荷風の評伝を読む。荷風の評伝がどれもこれもおもしろいのは、やっぱりおもしろい奴だったということなのだろうなあ。あるいは書ける人間を集める魅力があるのか。どちらだろう。


2005/12/20 (火)

いろいろやばい。午前中百万遍生協に寄ってから大学。

部屋の片づけ。卒論添削。卒業回生が基本的なワープロの使い方も知らずに驚愕する。まずい。

めでたく就職決まった某君来訪。おめでとう。

授業準備。昨日「ぜんぶ終了」と書いてしまったが、実はもうひとつ残っていた。それにしてもなぜほとんど授業が終わってからの方が準備がたいへんなのか。

いったん帰って飯を食い、また出てくる。ぼやぼや。


2005/12/21 (水)

荒神口。終了。まあこの授業は総合的に惨敗という感じだったが、いろいろ勉強になったところもあり。まあ看護関係はしばらく手を出さないが、いろいろ問題があることがわかった。分化した職業倫理はおもしろいかもしれない。もちろん、そういうのはそれぞれの専門の人が考えるべきことで、ただの倫理学者がでしゃばるような問題ではない。

一寝して、百万遍研究室の宴会に。偉い先輩に久しぶりに会いちょっとうれしい。勉強しよう。


2005/12/22 (木)

雪。昼前から大学。静かだ。

卒論指導。たいへん。唯一の指導らしい指導のようなものなのだから、まじめにやる。

まさに無駄な履歴書とか業績表とか書かされる。どうせ等級が変わったりするわけじゃないのに。こういうの、書式を埋めろとか言わずにwebのコピー一発にしてほしい。せめて文科省の資格審査の様式なら一発で出せるのに。ていうか、ReaDとかで一括管理するわけにはいかないのか。(まあ微妙な情報だから無理か)

京大生協。ちょっと予算が余っているようなので、文献の整理をするためFileMakerPro8を購入。FileMaker5はもっていたのだが、バージョアップをさぼっているうちに丸々買うことになってしまった。でもどうせbibtexなんだからemacsで十分かな。とりあえずテスト。

岩波の「1冊でわかる」シリーズ、今日は『ヨーロッパ大陸の哲学』。このシリーズはどれも立派だ。

と思ったが、『ポスト構造主義』は読む価値がなさそうだ。

「ラカンは途方もなくよく本を読んでいて、きわめて知性が高かった。彼は折に触れてたとえば絵画、建築、悲劇などにコメントしているが、ずっと重々しい学問的著作何冊かにそのコメントが匹敵することも珍しくない」
とか
「デリダを読むのがむずかしいのには、三つ理由があるわ。まず最初は、彼が(大陸の)哲学者だってことね。この伝統の外ではあまり行きわたっていない対象に幅広く言及するの。彼のとりわけ不可解な言明の多くは、わかってみるとプラトンとかヘーゲルとかハイデガーに間接的に触れていて、わたしたちの大部分とは違って彼らの著作に精通した人には、全然難解ではないのよ。つぎには、たいへん細かいところにこだわるということがあるわね。繰り返しが多くて気取りすぎだと思えることがあるかもしれないけど、それは厳密さを求める欲望から来ているのよ」
とかって馬鹿な文章をこのシリーズで読むことになるとは。

ついでに、ちかごろ時々見かける「パフォーマティブ」とかってものがちと気になるので、デリダ『有限責任会社』をいまごろよむ。キチガイ。精神的有害。「サールの「反論」に対するデリダからの反応として、サールのほとんど全文を引用しながらの徹底した「理論的」反批判であると同時に、そのエクリチュールそのものがサールの「論」の限界を示す「実践」である点で、デリダの数多いテクストの中でも最もテンションが高く、狡知に満ちたものの一つといってよいと思うが」とかって訳者のあとがきの文章も笑わせる。


2005/12/23 (金)

午前中から。あら、休日なのか。百万遍の講演会に行くかどうか迷った末にやめる。

心を落ちつけて色々。

けっこうよく聞いていたChinesePod、最近多様化して面白くなくなってしまった。成長に失敗したな。ある程度ウケたら、その路線でつっぱしるべきで、他のことやりたいなら新しい番組を作ればよかったのにね。 ESLpodはそこらへん正しい方針をつらぬいていると思う。

やっぱりbibtexデータベースの記入はemacsが最高ということになるのか・・・

スローラーナーは今日も行く。本を読んでいると自分はほんとうに頭が悪いと思う。

大庭健『「責任」て何?』とか。責任ってのは語源からして応答可能という意味で、「**だから**責任を負うということは、そのつどすでにすでに呼応可能な間柄において生きている者として、その事実を与件として間柄を引き受けなおしていく、ということに他ならない」とか。こういう主張ってのは、「責任」という語や概念の分析なのか、新しい用法の提案なのか、規範的主張なのか、私には理解できない。頭悪いなあ。

同じようなことを言う人々にはヨナスとか高橋哲哉とか瀧川裕英とか佐藤義之とか数えきれないよな。ていうか奇妙なことに倫理学分野ではそっちの方が主流。

私はハートとかの分析がまともだと思っているので、「責任」という語の用法の一番中核の意味は賠償責任だと思うのだが。でもこういうことを言いたい人々が本当に言いたいことをわかってあげる必要があるんだよな。早急にわかってあげよう。

ひとつは義務や責務。

ひとつはコミットメント。上の数人が考えているのは「責任」というよりも社会生活を営む上で必要になるコミットメントで、コミットメントから生じる責任のことを「責任」と呼んでるのかな、とか。コミットすることと責任を負うことってのはたしかに概念的に分別することが難しいものな。少なくともコミットメントすることは責任を負うことを約束することを含む。逆に「責任を負う」ことがコミットメントすることを含んでいるのかというと、そう簡単な関係じゃないようだ。頭悪いからちゃんと分析できない。

大庭健「倫理とは、現にわれわれがそうであるような人間というあり方を可能にしている、もっとも基本的な規範の相対だから、である。したがって倫理はいわゆる道徳よりも広い。」

この人は「倫理」という語を定義しようとしているのか分析しようとしているのか新しい用法を提案しているのか。自分がなにをしているのかどう自覚しているんだろうか。

ていうか概念を分析するってのはどういうことなんだろうな。「分析的に真」になるようないくつかの命題を発見することなのか(ちがうだろう)、おおまかなパラフレーズを発見することなのか、用法を分類したりすることなのか。ちゃんと勉強しておくべきだった。

だいたい、「応答責任」とか言っている人々ってのは、そういう曖昧な責任ってのがインフレしちゃうことについてはどう思ってるんだろう。

ちなみに佐藤さんの本はゆっくり読んでみると、なにを考えているのかはわかりつつある。

どうでもいいことだが、日本の人文社会学ってのは学会よりも少数の出版社が方向を決めてしまっているような気がするが、気のせいだろうか。私はもっと学会誌を読むべきなのかもしれん。まあ私は学者じゃなくてディレッタントかもしれないからそれでいいのかも。ナチュラルボーンディレッタント。

げ、AquaSKKが使えなくなってしまった。言語設定にどういうわけかAquaSKKが二つ現れ、選択するとメニューバーの表示が乱れる。うーん。またOSをクリーンインストールしたいという邪悪な欲望を感じてしまう。だめだめ。だいたい内蔵DVDドライブの調子がわるいし。いらいら。帰ろう。

大庭本の後半、これはもう哲学ではなく、政治学でもなく、かといって歴史学でもなく、つまり学問ではない。意味不明なぼかし、論拠の偏り(「やくざ」については猪野健治にべったり)。なんだかなあ。まあこの人がほんとうに書きたかったのはこういうことだったのかもしれないな。長い屈折した哲学修行を経て、ついに躊躇なくアジ文を書けるようになった、ということなんだろうか。 でもまあ、色々評価すべき点も多数見つけた。

科学の目指すものは心理と説明である。現代の科学者が何より望むのは、新たに重要な真理、法則を発見し、説明を工夫し、しかもそれが将来、教科書に載ることである。現在、物理学者、生物学者、あるいは経済学者のなかで、自分の書いた論文が百年後にもそのまま読まれることを予想したり、ましてやそれを期待する者など一人もいない。これらの科学論文は、直接読んだり触れたりしてもらうことを意図しているのではない。・・・これに対して、芸術や文学作品が作られるのは、それに直接ふれてもらうことを意図してである。・・・だがこうした芸術作品(は)・・・真理や説明を与えようとするものではない。・・・さてしかし、真理や説明などを与えようとする一方、単に他人の著作の内に組み込まれるよりは、読者が直接本文を読んでくれるいことをも意図した一群の作品がある。政治哲学、社会理論、道徳理論、宗教思想、その他多くの哲学の名著がこれに入る。こうした名著の作者は真理を追究し、またそのことを重視していながら、しかも自分の作品がそのまま読まれ、肉声が伝わるよう意図して書いたのである。 (ノージック『考えることを考える』下巻、pp.494-495.)

2005/12/24 (土)

昼から。

馬鹿らしいが、どうもうまくないので205GBのディスクの方から起動することに。

  1. ホームディレクトリを丸々コピー。sudo ditto。ふむ、便利なコマンドがあるな。iTunes Musicディレクトリに注意。
  2. FinkとFink COmmanderを入れる。
  3. あ、X11が動かない。ネットからダウンロードはできないのか。
  4. む、Adobe製品も起動ディスクを変更すると動かなくなる。/Libraryあたりに登録情報があるんだな。腹立つ。シリアル番号なんてどこに行ったかわからん。
  5. 他のシェアウェアは大丈夫のようだ。Microsoftのものも大丈夫。
  6. あ、TeXもインストールしなきゃならんのか。
  7. w3mも入れなきゃ。
  8. あ、その前にXCodeも入れなきゃならん。
  9. finkでgc、rxvt、wget、ncftp、eb、lookup、skkその他を入れる。
  10. ここまで2時間強。ばか。時間の無駄。でも2時間程度ですんだのは幸い。
  11. Adobe製品のレジスト情報は/Library/Application Supoort/Adobe/Adobe Registration Databaseにあった。コピーすると動いている模様。まあAdobe製品なんて滅多に使わないのだが。
  12. あら、Roxio Toastも動かん。まあ年末の部屋掃除書類整理のときに出てくるだろう。

心を落ちつけて勉強。

研究室に段ボール4、5個分のCDがある。もう本棚には入れておけないし、聞くものはだいたいiTunesに読みこんでいるから、家に持ち帰るべきか。しかし家でも置場はないんだよな。

うどんが食いたくなるが近所はぜんぶ休み。

1冊でわかるシリーズ『進化』。うまく表現できないが、ポストモダンとかいうものと、ちゃんとした学問の本を読み比べると、学問の方の文章からは文章に奥があるのがわかる。1パラグラフに書いてあることにはちゃんと裏づけがあって、疑問に思ったり、もっとちゃんと知りたい場合はそれを調べる道がある。 学問じゃない文章にはそれがない。 ニセモノと本物の違いというか、ヴァーチャルリアリティーとかと現実の違いというか。裏や細部があることが保証されているのは安心感を与える。正統派倫理学とかってのはどうなんだろう。

以前は太平洋戦争はずいぶん昔だと思っていたが、戦争から60年のうち40年生きてるんだということを考えればつい最近だな。200万年とか1億年とかってのはたしかに気の遠くなる時間だが、世の中には1億円稼いでいる人もいることをお思えば、到達不可能な数でもないような気がしてきた。

いったん寝て夜中に起き出す。


2005/12/25 (日)

朝から。コンピュータ室の電源工事かなんかでネットワークが切れていて往生。

スローラーナーはまだポストモダンしている。

「あらゆる決定や判決は正義を目指して行われるが、それは同時に特定の名あて人に向けてなされてたものである。その意味で、決定や判決の形で現れる正義は、常に単独的・個別的なものである。しかし、正義が法の形をとって現れるとき、それは一般的で普遍的なルールという形を取らざるをえない。したがって、問題は次の点となる。「個々の個人、集団、かけがえない存在、他者、あるいは他者としての自己といった、単独性とつねにかかわらざるを得ない正義の行為と、(中略)一般的な形式をとる正義のルール、規範、価値、命令とを、どうすれば和解させることができるのか」(『法の力』)」中山竜一『20世紀の法思想』p.172

わけわからん。なぜここに和解がアポリアがあるのか。個別と普遍ってのがなんか対立したりするもんだって前提があるのかな。デリダも中山も自分が何を言っているのか理解しているのだろうか?

あるいは、これは、この前八幡さんが言ってた「いまだに普遍性と一般性を区別してないやつらが多い」という一例なのか。意外にこの解釈はよいものかもしれない。

「過去に下された決定や判断に現れた正義は、たとえそれが普遍性を標榜していているようでも、実はつねに単独的・個別的な他者に向けてなされたものであったこと、これを想起しなければならなない。というのも、そうすることではじめて、普遍性の名のもとに固定化した正義を、単独かつ個別的な他者への公正に向けて、流動化させていくことが可能となるからだ。」p.173

どうもそういうことなのかな。単に「あんまり法の一般性に固執すると、マイノリティとかが視野に入らなくなってくるから、細かく行きましょう」ということのように見えるな。そういうことなら理解できる。

この中山さんの本のハートやドゥオーキンについての解説は明確で勉強になる。ドゥオーキン直系のようだ。でもまあドゥオーキンみたいなちゃんとした学者に習った法哲学の専門家がデリダなんかに騙されてちゃだめだ。・・・いや、ドゥオーキンに習ったからこそデリダのああいう調子に魅かれるところがあるのかな。

デリダにしても高橋哲哉にしても大庭健にしても佐藤さんにしても、なんかある種の人格の価値とかそういうのにコミットしてるんだよな。その衝動はわかる。でももっとクリアに行けないのかな。

「哲学には擬似問題などというものは存在しない。もしなにかが哲学的な混乱をもたらすなら、その混乱の原因を発見しそれをとりのぞくことが哲学者の任務である。わたしのスイス人の友人は偽善者ではなかった。彼の問題は、哲学的にナイーブだったため、彼が本物の道徳的問題だととらえたことは、道徳的問題などではなく、哲学的問題だったことである。——それは解かれるべき問題だが、それは魂の苦悩などによってではなく、自分がなにを言っているのかを理解することによって解かれねばならない。」R. M. Hare, "Nothing Matters"

またemacsに戻ってきてしまった。文章を寝るにはmiのようなMac的なカット&ペーストがいいんだけど、HTMLただダラダラ書くにはemacsの方がいいんだよなあ。emacsがMac的なインタフェースと表示行での編集を採用すりゃいいのだが。

卒論指導。時間がかかる。

大学に置いていたサーバー(サークル等)のディスクが飛んでしまう。やばい。ちゃんとシャットダウンしなかのが原因というか、ディスクの寿命というか。/etcは生きているのが幸い。っていうかそこさえ生きてればあとはなんとでもなる。しかしマシンを一台調達せねば。1日つぶれそうだ。

フィギュアスケートとか体操とか、音楽に乗せて演技する競技は、もっと音楽に気をつかったらどうだろうか。私だったらシェーンベルクで表現主義フィギュアとか挑戦してみたい。


2005/12/26 (月)

午前中から。喉が痛い。

研究会の会場設定でバタバタ。人来るのかな。

研究会。けっこう集まった。

いろいろ考える。

懇親会。いろいろ反省する。


2005/12/27 (火)

なんとか起きて研究会2日目。どうも若干遅れたせいで発表者に迷惑をかけてしまったようだ。っていうか、いっちょまえの大人がコピー機の電源を自分で入れることができないはどうか。バタバタ走りまわる。責任の有無は微妙だと思うが、いろいろ反省。やっぱりバイト雇うべきだったな。

研究会は全体としてまずまずおもしろかったと思う。元気な若い人びとに発表してもらうのは大事だ。ラオスの話もホンモノな人格を感じさせてくれる方でとてもよかった。発表者ならびに関係各位に感謝。

サーバー落ちたままなのが気になる。


2005/12/28 (水)

午前中から。いったん京大ルネでハードディスクとVirtual PCを購入。

午後まじめに卒論指導2件。疲弊する。

サーバー機のディスクを入れ換えようとするが、ネジ回しが見つからない。必要ないときは非常によく目にするのだが。

なんとかネジ回しを見つけ、作業開始。コンパクト型だからディスクを2台入れることができない。裸のまま接続。それでも電源コードも足らんな。ううむ。ミニタワー型にしときゃよかった。FreeBSD 4.9のCDを見つけたので、これでいいや。

思えば三十代をこんな無駄なことをして過してしまったのだなあ。いったい何回OSをインストールしたことだろう。四十になってもまだやってるというのもなあ。もしPCやネットワークがなかったら私の青年期はもっと有意義で充実したものになったのだろうか。70年代に生きてたらどうだったのかな。そういう想定はばからしいとわかっていても考えちゃう。まあpcsや草の根BBSを経験しなかったら今の私の性格や考え方は根本的に違ったものになってたろうな。

2日続けて飲んで調子悪いので年内は禁酒。

「日本の古本屋」は便利だ。

テレビドイツ語会話、しばらく見ないうちにずいぶんおもしろくなってるな。

ちょっと早いが2005年に買ったCD。今年の発見は新ヴィーン楽派とストラヴィンスキーの「結婚」以降。ベストCDは内田光子。1曲となるとラヴェルのシェラザード。ベートーベンとショスタコで四重奏にめざめた。なんか難しい音楽を聞いた年だったな。それにしても莫大な額を投資してしまった。まあテレビも映画もヴィデオも見なかったし、小説も読まないし。

まだポストモダンしている。高橋哲哉の『デリダ』。イライラする。なんでこんなもの読んでるんだろう?

「デリダの読みの重要なテーマになったテクストは、哲学、文学、思想関係に限っても厖大な数にのぼる。プラトン、アリストテレス、〜カント、ヘーゲル、マルクス、〜〜ジョイス、マラルメ、〜ハイデガー〜〜レヴィナス〜〜〜〜〜〜〜・・・(計30人)。すぐに思い出せる有名どころだけでも、ざっとこんな具合だ。デリダを読むことは、これらのテクストを読むデリダのテクストを読むことでもある。だから、デリダを読むためには、ある程度、これらの著者を同時に読まなければならない。」p.2

ばからしい。一人の生身の人間が本当にそれだけの本を読んで理解できるはずがない。デリダを読むためにそういう本を読まなければならないのは、デリダが本当は読んでないからだ。おそらく、ポストモダンとかいうものの背後の一番重要な部分は、「おれは本を読んだ」という威嚇なんだろうと思う。そういう威嚇におびえるのはバカらしい。ちかごろ目につくところでは、ではバトラーとコーネルが同じ威嚇を使っている。ヘーゲルとデリダとフーコーを読まなければバトラーはわからず、カントとラカン(変な組み合わせだ)を読まなければコーネルはわからないらしい。わからないのはお前の勉強が足りないせいだ。高橋もこういう文章を書くことで読者を威嚇する。もちろんよい古典を読むことは重要だが、古典を読まねばわからない現代ものは価値がない。少なくともポパーもヘアもサールもドゥオーキンもハーバーマスも内井惣七もそういうタイプの威嚇は使わない(と思う)。おそらくウィトゲンシュタインやクリプキも。プラトンやヒュームやカントやヘーゲルを読むときでさえも、議論の本当の核心の部分ではそういうのは必要ない(と思う)。

そういう威嚇が成立するのは、やっぱり「頭がいい」人びとに対してわれわれ凡人がなんか尊敬や嫉妬や恐怖を感じているからなんだろう(たしかに頭がよい人びとってのはいる)。さらにその奥には、「自分もそこそこ頭がいいはずだ(でも勉強が足りないからわからないだけだ)」という自負心がある。

良識については、誰もそれが自分に不足していると不平をもらすことはない。(デカルト)

2005/12/29 (木)

午前中から。口の端が切れそう。胃が悪くなってるのね。飲み過ぎだ。

小春日和。

サーバーをもとの場所に戻す。

学生の面倒見1件。

夜厳しく冷え込む。はやく夏が来ないかな。

ダイアモンドの『文明崩壊』おもしろいなあ。(『銃・病源菌・鉄』ほど衝撃的ではないけど)


2005/12/30 (金)

昼から。

某芸能ユニット来訪。遊ぶ。

早々に寝る。


2005/12/31 (土)

早起き。・・・とスパゲティ食ったら眠くなり午後まで寝てしまう。

午後大学へ。

寺町で蛍光灯を一台購入。

自宅でも増え続ける本はどうにも片づけようがない。段ボール10〜20個分を預かってもらう貸し倉庫とか貸し本棚とかどれくら費用がかかるのだろうか。・・・1月7千円ぐらいかな。もうおそらく読まない本とかは捨ててしまう方がよいのかもしれないが、それもなかなか勇気がいるよな。

十字屋にも寄るが買うべものがない。オペラDVDは3000円以内じゃないと。

ジャスコでも買うものがない・・・年末年始は苦手だ。

来年は憎むべきバブル経済の再来の年になりそうだ。

master.passwdはコピーしたが、pwd_mkdb -p master.passwd しておくのを忘れていた。

『文明崩壊』読了。環境問題は難しいな。

早々に寝る。

  1. 研究室用スピーカー購入。
  2. はじめて胃カメラを飲む。

EGUCHI Satoshi<eguchi.satoshi@gmail.com>

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