書き殴りINDEX / 読書・映画・音楽

書き殴り


2018/12/15 (土)

某応用倫理国際会議さぼってしまう。でも体が動かない。

まあ私はもう無理しないことに決めたのだ。実際無理もできないし。そして好きなことしかしない。実際好きなことしかできないし。もうなにもかにも投げだすしかない感じ。自分の判断と責任でできることしかしない。人々に気を使うとかえって失敗するし迷惑をかける。 義務とか「こうあるべきだ」とかそういう意識をなるべく減らしたい。いろんなことを自分の責任だと思わないようにしたい。 自分のカンを信じる。むしろ自分のカンを最優先するように意識する。


2018/12/14 (金)

講義2個。今年の講義はどれもがんばった感じがある。ゼミも卒論指導もかなりがんばった。がんばりすぎかもしれない。

プールに浸かるだけ。

クレジットや剽窃とかについて考えたり。見てるネット論調はなんかおかしいと思う。そういうの考えてる場合ではないが、どうしても考えてしまう。


2018/12/13 (木)

講義。


2018/12/12 (水)

戦略的二度寝。好天。

スーパーのフレスコが24時間営業になって、通勤途中で弁当を買う、という選択肢ができて昼飯QOLがずいぶん上がった。電子レンジ用意しておきたい気がしてきた。


2018/12/11 (火)

雨あがりジョギング。

テレビでFNS歌謡祭を見る。いかにも師走な感じ。


2018/12/10 (月)

長時間睡眠。というかはっきりアレが出ている。悪夢で難度か起きたような。

上位校の先生たちを見ていると、講演や論文の執筆、学生や院生の指導に加えて予算や研究費の手配や学会の重職だの各種研究会の手配などいろんなことをしなければならず、スーパーマンでないとつとまらない感じ。我々も学務その他の業務はけっこうな負担なわけだけど、もうなんか研究するっていう雰囲気じゃないわよねえ。

MeTooとかの文書を訳してみたりする。いろいろ思うところあり。共感は危険だというのもわかる。っていうか、実は国内ではハリウッド女優とかの話ばっかりで、あんまり知られてなかったのではないかと思う。

4回生ゼミはもうすこしでおしまい。

軽くプール。おっくうでも体動かしておかないとほんとになにもできなくなる。

雨。


2018/12/09 (日)

長時間睡眠で少し回復。とにかく禁酒と睡眠。 また肝臓のあたりがしくしくする気がするし。もうねえ。節制しかない。

迷ったが、やはり勉強しておくべきだと北山に。英語のを4件、日本語のを4件聞く。やっぱり優秀な人々もみんな時間的に苦労している感じで、哲学的な分析が必要な話をするには15分はやはり短かすぎると思う。20分あればずいぶん楽なのだが。自分の自分が主張したいことの前提を説明して共有するまでにどうしても10分はかかってしまうので、主張に使える時間が5分か10分かというのはずいぶんちがうように感じられる。まあこれから先、どの学会からも距離をとりたいとは思っているのだが、小さい研究会というかとかではゆっくり話を聞きたい人々も多いので、人々とのつきあいかたは考えたい。研究会も10人越えると大きすぎるんだわ。

午前中で勉強おしまいにして、植物園を少し歩いて帰る。この秋は人生ではじめて紅葉の価値を知った感じがある。花はまだしも紅葉に関心なかったのはなぜだろう。

なんかここ数日、ツイッタの微妙な反応みたいなのがおかしいと思っていたら、どうも政治思想史関係ので余計なことを私が書いてしまっていたのが問題にされていたらしい。というかログ見なおして自分がなに書いてるのか確認してやっと問題を理解したり。いつのもだらだらとした思いつきを書いているつもりだったのだが、どうもそうはとられてないようで、よく考えるとちょっといくかの本の批判的な書評みたいなのを書き散らかしていたり、ごく最近フェミニズム関係の本が剽窃かなにかで問題になったりしているのにちょっとかかわっていたりしていて、ネット界隈でそういう警察みたいな人という扱いになりつつあったことにやっと気づく。まあいわゆる「パーソン論警察」は長年やっててそっちでは望ましくない研究慣行みたいな話もしているし、そう見られてもしょうがないようなアカウントになってたのかもしれない。気づくの遅くて馬鹿すぎ。フォロワーは少ないにしても、生身の自分に比して相当大きなアカウントをもっている感じなので余計なことやよく考えてないことは書いてはいかんのだ。まあこの日記とかでも大学での授業のことが書けなくなったり、読書とかについてもかなり用心して書かねばならない感じになって方針変更せざるをえなかった時もあるし。正直なところ、知ってることについてはっきり書いているときはいろいろ言われてもしょうがないが、知らんことについては勝手なことを言っても許されるみたいな考え方はしてたわねえ。反省すべし。

プールで体をほぐす。まあ午後はさぼって正解だった。つきあい悪くてもうしわけない感じもあるけど、まあ健康第一。今年もやっぱり冬に苦しんでる感じではあるのよね。注意や時間の感覚その他あんまり正常ではない。内的な感覚に注意があつまってしまう。

そういやweb日記からブログ時代を経てツイッタ全盛時代で、ネットであんまり内省的な文章を見る機会が減ったような気がする。人々はあんまり内省的でないのか、そういうのはもうネットで見せる時代ではないのか。でも昔からそういうのは一部の人々だったか。

ちゃんと飯を食う。 最近食が細ってる感じがあるな。


2018/12/08 (土)

某学会。発表はするもののぜんぜんだめ。 終って植物園ぼーっとしてから飯を食おうとすると本気で調子悪くなり、帰って寝込む。

思えば朝から携帯忘れたり、携帯取りにもどったら時計と指し棒忘れてたり、開始時間を勘違いしてたり、意思疎通うまくいかなかったり、注意がおかしくなっていた。これはいかん。というのでしばらく休んでおとなしくしていよう。 なんで私はこうなんかね。

まあレジリエンス。生き延びるのはたいへんだ。とにかくしばらく冬眠しよう。毎年のことである。


2018/12/07 (金)

講義2個。

いろいろ悩み多い年頃。悩みない年頃はないのね。


2018/12/06 (木)

雨。

某学会のシンポの件は話題になっている。3〜4日かかるというわけだ。

発表スライド作り。時間内で言うべきことを言うのはやはり難しいし、けっきょくこの手の話は聴衆の前提知識を期待できないので自分ではエレメンタリーだと思ってる話に限定せざるをえない。

卒論早い人々は目処がつきはじめている。がんばれがんばれ。

あんまりよくないニュースあり。


2018/12/05 (水)

深夜悪夢を見て起きてしまう。心配事を反映しているやつ。じじいになっても夢は見るのだ。

学園記念日で休講。発表準備しなくては。もう今回はいつもとはぜんぜん違うアプローチで発表しようと思っている。つまり、好きなことを言う。

ツイッタで論文や書籍や学会発表にコメントしては怒られている。どうしたらいいのかな。もちろんネガティブなことは書かない、っていう方針はあるだろうし、某先生からは「ポジティブなことは表で、ネガティブなことはこっそり」という方針を教えてもらった。でもほんとうにそれでいいのだろうかと思う。プライベートなことはともかく、勉強的なことはもっとおおっぴらに書くべきじゃないかと思っている。だれがどういうことを考え、どういう評価をしているかを共有することはとても大切なことだと思っている。

発表準備。ちょっと考えをふりきって、いつも自分が考えていることだけを話そうかと思う。面倒な細かい議論をもっていくこともできないではないが、そういうのやっても無駄な気がしている。


2018/12/04 (火)

私の見るネットはあいかわらずジェンダー問題でモメている。つい余計なことを書いてしまうがやはりよくない。せめてここに書くのでおさめておかねばならない(こっちの方が凶悪だという可能性もあるのだが)。それにしてもいろいろ重要な問題を含んでいるのに、有力な個人の偏りみたいなのによってうまく議論が進まない、という問題は感じる。私自身がそれに参加してしまうのはよくない。一方で、こうしてネットで20年というか30年近く暮していて、ネットの情報流通によって改善された点も多いので、うまく進歩していけばいいとも思うし、そのためになかできることがあればなにかしたいとも思う。まあ淡々と自分の考え方を書いていくしかないだろう。

2回生ゼミはポジティブ心理学やっていて、今日は楽観性について。私も楽観的にならないと。でもずいぶん楽観的になった感じもある。

4回生はついに卒論提出直前。でもみんなそれなりに書けるようになったと思う。

最近惣菜買うときは煮魚。煮魚ぐらいは作れるが、買った方が楽。焼き魚はだめだが煮魚は電子レンジで温めれば十分食える。

いろいろ悩み多い年頃。それぞれの年頃に応じていつも解決不可能な問題がある。楽観は難しい。


2018/12/03 (月)

発表準備やばい。

卒論相談もやばい。

今月から近所のスーパーのフレスコが電子支払機になり、電子マネーも使えるようになったのだが、私らはよいものの、年寄は苦労している模様。いらだっている人々も目にする。ああいうのはよくないよな。年寄レーン作ればいいのに。24時間営業にもなったのだがこの地域で夜中活動している人なんかいない。

午後、帰宅して飯を食い、軽くプール。締切であせってるときこそ体をほぐす。


2018/12/02 (日)

わりと快眠。快晴。週末の発表の準備しなくては。しかしまず部屋の片付けと各種の雑用しておかねばならない。

ここしばらく、特定の人物に貼りついたものとしての学問、みたいなの考えてる。けっきょく学問の世界というのは少数の優秀な人々と声の大きい人々によって動いているわけよね。ぜんぜんそうした意識がなかった。

昼いったん帰宅して粗食。自転車は便利。

午後発表準備をしようとするが、なにしようとしているのか忘れていて思い出したらやばいことが判明。しばらくうなる。

遅く帰って炊飯器をしかける。夕食が10時を過ぎるというのはとてもよくない。やはり夕方には帰るようにしないと死ぬのではないか。どうしたらいいんだろうなあ。

またフェミニズムについて考えているが、学会行ってわかったことは多い。本読んでるだけじゃだめね。ツイッタでまたちょっと批判的なことを書いてしまう。そういうのはあんまりよくないのかもしれないが、かといって論文の形になるのは先の話だし、ツイッタにでも書いてコミットしておかないとモチベーション失なってしまう。


2018/12/01 (土)

無事起きられたので品川へんの立正大学へ。はじめてのジェンダー法学会見物。 当然のことながら女性が多い学会で、ものすごくアウェイな感じで少し緊張する。

午前中はポルノについての古めの話の再評価みたいな感じ。いろいろ不満あり。中心の先生とはそのうちディスカッションしてみたいたいとは思う。

昼は大学近辺のラーメン屋、まずい。スタバでしばらく時間をつぶし、午後は売買春に関するシンポジウム。

要友紀子先生という先生に興味があって聴きに言ったようなもの。本やネット活動は見ているが、話を聞くのははじめて。よく考えていて迫力がありとても感心した。自分がなにを知っているかを知っていて、自分がやっていることとやるべきことがとてもよくわかってる感じ。どういう背景の人かよく知らないんだけど、高度な知性を感じる。 ディスカッションは質問紙つかっていてとてもよくなかった。5人いるのに、企画者兼パネラーが質疑の時間の半分を使ってしまって他の人が話すスペースがない。要先生がんばろうとするが時間がなく、けっきょくフロアからの発言はなし。意見がかなり分かれるテーマではあり、あれはいわゆる「サイレンシング」ではないんかなあとか気になる。他にも気になることは多かった。でも会場から不満の声はなかったようなのでそういう学会なのだろうか。とにかくこの前の関倫にひきつづき、学会の司会とかは難しいものだとは思う。

まあ学会とかそういうものちゃんと出てなかったのはいろいろ反省すべき点がある。ネットでいろいろ書いててもしょうがないし、学会で宣伝しないと書いたものも見てもらえない。他の研究者との距離感というか、考えていることが違いすぎてやばい。

不満をネットに書いてるばっかりというのはやはりよくない。他人様も不愉快だろうし、益がない。もっと生産的なことをするべきだ。

ホテルとっていたのだがキャンセルして猫まっしぐらで帰る。いつものように駅弁を食うわけだが、いつものように胸焼けして薬局で胃薬を買って帰宅。


EGUCHI Satoshi<eguchi.satoshi@gmail.com>

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