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yonosuke昔話(10) 24時間楽曲制作スレ

ええと、赤の他人バンドやったところまで書いたんだったかな。

そのちょっと前から「24時間楽曲制作スレ」ってのが立って、ここでちょっと遊んでたのかな。誰かがお題を出して、24時間以内にうpするっていう遊び。サーバーの音源復活させたので他の人のも聞けるようになってるのでスレの雰囲気とか見てほしい。なんか楽しくやっている。

215のF G Am F Em7 F Em7 F Em7 っていうコード進行のでやってみたのが https://yonosuke.net/clip/data/2692.mp3 。これはなにも考えず一発でやったのに気にいってた記憶がある。もう一つ、F G#m F#m Eっていう課題でできたのが https://yonosuke.net/clip/data/2916.mp3 で、もちろんボブマーレー先生のあれのリスペクトで「のうまんのくらい」って曲になったけど歌詞とかは自分では気にいった。こういうちょっとメッセージ入ってるのも作りたいとか。

このスレはおもしろくて、他にも「眠い」とか「肩こりと電気ストーブ」とかって題でそれらしいの作って遊んでた。どれもアイディアから録音まで3〜4時間ぐらいかけてたかな。こういう制作を一番楽しんでた時期だなあ。まあ失敗してどうもならんのも多かったけど。

このスレッドでは、そういう「お題」のもとに、自分一人では作らなかったであろうような曲を作ってみるっていうおもしろさを味わった。まったくの無からなにかを作るってのはないわけで、たいていはなんらかの強い経験や情動とかから作りはじめるんだろうと思っていたわけだけど、それを作りはじめるにあたってのキッカケみたいなのも必要なわけだわね。なにかを作るときは、そういうの外的な条件もけっこう大事なんよね。

このスレを動かしていたヤヤ嬢は今プロとして活動している。彼女は当時からそういう仕事として楽曲を作っていくことを意識してたんだわね。

 

 

マーレー先生ごめんね。

 

    yonosuke昔話 (9) 2ちゃんねる赤の他人バンドでステージに出る

    んで、このときのジャムセッションの感じがとてもよかったので、このままライブしてしまえ、ってことに。

    その場で「こういう企画があって」って説明して2回ぐらいリハして出よう、みたいな感じ。実際に練習したのは2回だったか3回だったか。ギター3、キーボード1、ベース、私ボーカル、みたいな。

    時間なかったけどみんな腕利きだから「こういう感じにしたい」っていうとやってくれるすばらしい状態でした。でも全員そろって練習できたときはなかったんだったかな。特にハンター・Kさんは私と同じくらいの年齢で実質的にバンマスというか方向性教えてくれてよかた。

    2003年11月3日の学園祭。雨ふってたけど強行。

    ハンター・K、蔵土、ふりっぷ教授(以上ギター)、べーかも(ベース)、でほ(ドラム)、やや(キーボード)。

    ステージの1番手だったのでサウンドチェックがあったのですが、みんなパープルのBurnを弾きはじめてすごかった。はじめてやってるのに完コピ。なにごとかと人集ってきておかしかったです。

    客寄せファンク  https://yonosuke.net/yonosuke/20031103-1.mp3 かっこいい。
    J-A-S-RAC ← https://yonosuke.net/yonosuke/20031103-2.mp3 まあこんな感じか
    ちょっと待って ← https://yonosuke.net/yonosuke/20031103-3.mp3 リズムギターがうらがえってしまってうまくいかなかった。私が求めてるノリみたいなのもリハでうまく伝わらなかったのが残念。ハンターKとふりっぷ教授のギターバトルさせよう、っていうのは成功。
    みのむし(←夏はボサボサから進化した) ← https://yonosuke.net/yonosuke/20031103-4.mp3 いまでも好き。歌詞その他気にいってる。ソロはもうひとりのギターの蔵土さん。
    ラチラチ ← https://yonosuke.net/yonosuke/20031103-5.mp3 まあ最後はこういう感じでおわろう。

    まあリハ不足でちょっとあれだけど、私としては満足。次はきちっとやろう、みたいな。

    yonosuke昔話 (8) 自分で人を集める(J-A-S-RAC、夏はボサボサ)

    「ジャムセッション」から半年、くだらない音源を作りつつ、いろいろ想を練ったわけです。とりあえず前年コピバンで学園祭に出たから、こんどは自分のバンドで出たい。しかし友達バンドは技術が足りない。 てんでやっぱり楽器板の連中とやりたい。 というわけで、夏に今度は自分でジャムセッションを企画しました。前は大阪だったけど、京都でやる。んでそこに集まった連中をバンドにして学園祭に出てしまおう、というそういう邪悪な計画。 このセッションはおもしろかったですね。集まった人はみんな腕がいいし、「こうしたい」っていうとやってくれる。 私がスタジオ代出してるから王様。「しゃべってるとき音出すのやめよーぜー」とか。 その場で曲を作ることさえできました。まあアイディアはもっていったんだけど。 1曲は、そのころJASRACがネットで話題になってたので、ビートルズのTaxmanを替え歌にしてJASRACの歌にしたらおもしろいだろう、みたいな。アイディアだけだったんだけど、その場で録音までできた。ベースの人がTaxmanをよく知ってたんよね。 その場で書いた歌詞。「俺の名前を知ってるか」はジョージ秋山先生の『くどき屋ジョー』『WHO ARE YOU?』から。
    俺の名前を知ってるかい
    俺の名前を知ってるかい
    俺はJASRAC、泣く子も黙るJASRAC 歌歌うんなら金払え
    ギター弾くなら金払え
    俺はJASRAC、泣く子も黙るJASRAC
    この時点で、ライブでふりつけしようと決めた。 その場で歌詞書いたりしたんよね。最初のギターソロは私。 だんだん皆帰ってしまって人が少なくなってから、ドラムとギターと私だけになったんだけど、ギターの人がジャズの勉強しているってんで、私がピアノ弾いてこれもできた。 このセッションは自分にとって非常に実りがありましたね。私はコンポーザー/バンドリーダーとしてやってけるかもしれない。
    尊敬する毒薬先生

    yonosuke昔話 (7) 2ちゃんねる楽器板の「ジャムセッション」に参加してみる

    えーと、2002年の夏に共作にチャレンジしたところまでね。

    そのあと秋から冬にかけて、ネット上ではかなりいろいろやってたんですが、ちょっと飛ばして生身の活動を。2002年の秋には、友達の哲学者バンドで学園祭出たんですわ。ビートルズとかのコピバン。これ音源がなくてあんまり語れない。演奏もまあそういう感じであんまり語るべきものもない。まあふつうのコピバン。

    でもだんだん自信がついてきて、2002年の12月に2ちゃんねる楽器板で、大阪でジャムセッションオフミするぞってんで賑やかしに参加したんですね。オフミとか出ることはめったにないのでいろいろ緊張しました。ベースがいないってんでベースもってくことにしたんだけど、もってるベースは中学生がヘビメタすご飯るのに使うような8000円の先っちょが尖ったやつしかないので中古楽器屋でもうすこしまともなやつを入手。あとパーカッションちょっともってたかな。

    んで参加してみると、これがなかなか厳しい場だったんですね。

    9人か10人ぐらいいたと思うんだけど、20代男子中心。10代もいた。ドラム2人、キーボード1人、ベース1人(私)、ギター5人? 雑談とかもせずすぐに「んじゃやりますか」ってんで誰か弾きだしてそれにあわせる、みたいな。しかしキーも構成も決まってなくてどうしたらいいかわからない。ギターの人たちが4人ぐらいいて大音量で鳴らすもんだからなにやってるかわかんない。ジャムセッションというのはこういうのものなのか!みたいな。まあおかしいですよね。困りました。

    とりあえずワンコードでなんかしたいのかな、とか。でもギタラーは自分しか聞いてないからどうにもこうにも。いやすごい困りました。その後知ることになったのですが、ギターの人というのはどこでもそうなんですよね。打ちあわせとか相談としかしているときもピロピロ弾く。あれなんなんでしょうね。

    んで、まあ私が一番年嵩みたいだったら、「とりあえずAのブルースやりましょうよ」「誰がソロとるかはっきりしましょう」「ソロのあいだはバッキング控えめに」とか声かけたんだったかなあ。まあブルース進行やってたらなんとかなります。とりあえず司会係を決めて、手のあいてる人は他に指示して、みたいな。でも技術的にはいちばん下なのであんまり指導的なことはできない。

    こんな感じ。カオス。まあでもベースは権力がある。
    https://yonosuke.net/yonosuke/200212jam1.mp3

    ベースが私。とにかくギターの人は弾きたいんよね。でも3人も4人もいるならバッキングする必要はないと思うのだが。

    クリスマスシーズンだったので、赤鼻のトナカイとかいろいろやってみたり。とにかくカオス。

    https://yonosuke.net/yonosuke/201212rock.mp3
    https://yonosuke.net/yonosuke/201212samba.mp3

    まあこの時の経験については、いろいろ考えましたねえ。とにかく音楽はコミュニケーションであり、お互いを聞きあわないとならん。あと、バンドするには、とにかくギタラーを支配しなければならんということを意識するようになりました。強力なリーダーシップが必要だ。

    yonosuke昔話 (6) 音楽制作猿状態

    ええと、2002年の夏に初の共作を経験したところまでかな。ここらへんに来るとなんか音楽作るのが楽しくてしょうがない状態。

    ちょうど2ちゃんねるに「夏限定 なんでもうpスレ!」とか立ったのでもうなんでもうp。音源用の掲示板立てたのはその前だよな。このころの2ちゃんねるはほんとうにおもしろかった。もう12年前かー。それまで聞くことができなかったヘタクソ素人たちの音源を聞いて楽しい。このスレを立てた「激厨房」またの名を「黒豹」はほんとに素敵な奴だった。おそらく大学関係者だと思うんだけど、どこでなにしてるんだろう。あれほどの創造性と文章力があるんだから、ツイッタとかで見かけてるんじゃないかという気がする。

    あ、そうか。音源用の掲示板を立てたのは2002年の9月10日ぐらい。 

    それまでは数メガバイトの巨大ファイル(当時は数MBのMP3音源でさえ巨大だった)を長期間置いとける掲示板がなかったんよね。んで最初は無料ウェブサーバを使ってCGI動かして、すぐに足りなくなるから自宅サーバーを立てたのであった。けっこうみんなに重宝してもらってうれしかった。

    アドリブ用のオケを用意してくれる人とかいて、フルート吹いてみたり。https://yonosuke.net/yonosuke/jazz.mp3 

    まあそんな感じで、とりあえず録音してはアップする、みたいん。9月はじめにはこんなの録音している。 https://yonosuke.net/yonosuke/sep.mp3 ははは。恥とかそういうのがなくなっていて、ウケを狙う。でもなんというか、人生で本当に自由っていうのを感じたのはこの頃なんちゃうかな。このころになるとコード進行やベースラインとかも、簡単なものなら耳コピちょっとはできるようになっててそういうのもうれしかった。それまではどうやって作ってるかわからない、ただすごいなーって聞くだけの音楽ってものが、なんとかすれば手の届くところまで来た感じ。

    まあこういうのはやっぱり機材買ったりするお給料をもらえるようになってこそできたわけだけど、その職場はいろいろ問題があったんよね。とにかく会議が長いし、おじさんおばさんがモメていて、これが社会なのだなあ、みたいな。この曲「難曲ペンギン」はそういう会議を歌ったもの。 https://yonosuke.net/yonosuke/penguin3.mp3 歌詞とかよくできてて、今でも気にいっている。自分で作ってみてから、怒りとかいらだちとかてのも音楽になるのだ、とか、むしろそういう音楽もけっこうあるのだということに気づいて聞き方が変わった。やっぱり実作してみないとわからないことっていうのがあることに気づいた。

    自信がついてきたから、ライブバンドもやろうってことになった。ビートルズとかのコピーをして遊ぶってのは2001年にはすでにやってたんだよな。メンバーは全部自分の業界人。

    yonosuke昔話 (5) 仲間との共作を経験する

    えーと。まあ録音機買って「ちょっと待って」でいちおうやりたいことを終えたんだなこれがその年の夏。

    ここらへんになると、自分で楽曲作るのが楽しくなっている。2ちゃんねる楽器板の人びとには本当にお世話になった。実はいちおう自分がやっていることの意味とかも考えていた気がする。楽器はうまく弾けないけど、情熱をもって作ったものは誰かに聞いてもらえるかもしれない、みたいな。それに別にうまく弾けなくても自分が考えている「感じ」みたいなのを形にしてみるのはたのしい。バンドやってる人びとはそういうなかでいろいろやるわけだけど、録音機があれば自分だけでできる。

    んでやってみたのがコール・ポーターの名曲をトレイシーソーンがカバーしたあの曲。

    別のエントリで書いたけど、この曲は高校3年生ぐらいに聞いて衝撃を受けたんよね。こんなギター弾けたらいいな、みたいな。コードがすごく複雑に聞こえて、それまで聞いてたロックとはぜんぜん違う。ジャズっていうのでもない。

    コード拾ったりごまかしたりしてやってみたのがこんな感じ。サビのとこはいまだによくわからない。がんばればできるかもしれないけど。高校生のころはどうやってるかわからなかったけど、このころになると楽器とかコードとか少しわかってきてなんとか拾えるところある。

    あら、youtubeだめだわ。 https://yonosuke.net/yonosuke/and0724.mp3

    まあ本当に楽器弾ける人からするとあれなのがすぐわかるだろうけど、気分だけはわかるだろう、みたいな。この程度のもそのころの楽器板ではあれだったので気分よかった。自分一人でいろいろやることができる、ってことはこのころわかった。

    そんで8月の京都の大文字の時期に、ネットで知りあったトーマスさんと遊ぶってことになったんだよな。web日記時代に知りあった方で、2、3回オフミみたいなのをして会ってた。自分以外の人と曲を作る、っていうのをやってみたかった。やっぱり演奏技術はいろいろ問題があるし、共作ってのがどんなのかも知りたかったと思う。

    昼ぐらいにドラムとかある某所に来てもらったんだよな。この某所はふつうは入ってはいかん場所なんだけど、まあ夏休みだし大丈夫だろう、みたいな。んで「なんか作りましょう」みたいな。どういうわけかなにかできるんじゃないかと思ってた。歌詞もなにも用意してなかった気がする。いや、「ヒートアイランド」というコンセプトだけは用意してたんだたかな。思い出せない。

    トーマスさんはエレキガッットギターを最近買った、とかでもってきたんだったかな。二人でギターかかえてDm7-G7とかよくある弾いいて適当に「こんな感じのノリ」とかやったと思う。トーマスさんは山下達郎とかそこらへんが好きな人で、気分はそういうノリ。んでそのノリを私のドラムと彼のベースで出してみましょう、みたいな。ベースもその部屋のを使わせてもらったと思う。すみませんすみません。私のドラムはモタってるけど、彼のベースのキレがいい。

    んでどうしたんだったかな。尺もよくわからない状態でとりあえずドラムとベース録音して、ギター二人で重ねて、そのあと時間もらって歌詞書いたんだな。なんか椅子の上で歌詞書いたのをおぼえている。ここらへんまでで2時間ちょっとぐらい。サビは私のアイディアだけど、Aメロディーラインはトーマスさんがその場で歌詞を見て歌ってる。それがすぐにメロディーになってるのですごく驚いた(このテイクはちょっと歌詞とあってないところがあるけど、愛嬌)。アウフタクトでメロディーをはじめるっていうのが自分では思いつかなくて、すごく新鮮だった。誰かと曲を作るのはすばらしい。もう気分はレノン/マッカートニーかジャガー/リチャーズか、って感じですわね。私たちは作詞作曲能力がある。その部屋では1コーラス分しか歌詞作れなくてラップもどきでごまかしたのがテイク1。ガットギターがトーマスさん、ストラトが私。

    その部屋であんまり長くあれしているのはあれなので歌とったとこまでで引き上げて別の部屋でトーマスさんのリードギターとったんだな。

    https://yonosuke.net/yonosuke/heat20020816.mp3

    んでラップパートがかっこわるすぎるので、あとで歌詞書きたしたのがこれ。うまくとれないコーラスも1拍ずらしてごまかしたり。

    https://yonosuke.net/yonosuke/heat20021010.mp3

    歌詞はすごく気にいっている。ボーカルの出もいい。まあ録音技術がよくわかってないのでコンプ効きすぎてるけど。単純だけど、自分が書いたとは思えない。トーマスさんのギターソロもいい。他の人といっしょに作ったり、自分ができないことをやってもらうといろいろ楽だし自分一人よりずっといいものができる。

    アスファルトで守られた僕らの楽園
    水銀計は体温を越え
    短夜に争われる囚人ゲーム
    緑の木々は記憶のかなた
    Heat Island
    Heat Island

    たちならぶビル街が僕らの高原
    熱源は恐竜の記憶
    蜃気楼追いかける僕らのチキンレース
    灼熱の欲望の王国
    Heat Island
    Heat Island

    この曲によって、誰かと曲を作るっていうのがどういうことかわかりはじめた。一人でやるより楽しい。

    yonosuke昔話 (4) いちおういったんやりたいことを終える

    5月にはスタジオでドラムも録音してみる。家から歩いて1分のところにへんなスタジオがあったんだよな。娘がLUNA SEAのファンとかの小さなホテルの地下。

    どうやったんだったかな。マイクはバスドラに1本、ドラム全体に1本だったか。この曲はクリック聞かずにドラム先だったかな。イントロと1コーラス目のテンポが違ってて笑える。間奏部分ははじめてアドリブスレにアップしたのとほとんど同じ。アイディアがない。歌もスタジオなので思いっきり叫んだ。なるほどこういう声に採れるのか、みたいな。まだイコライザやエフェクタでの声質の調整とかはできてない(今もできない)。

    歌詞っていうか「ラチラチ」っていうコーラスの部分の原型は1月ぐらいにバンド(スタジオでビートルコビバンして遊んでた)で「こんな曲作りたいんだど」みたいなときにできてたんかな。2001年12月に木屋町三条でボコボコにされた若者が車に載せられるのを見た衝撃を歌っている。見回りしていた警察の人に「なんかボコボコになった人がタクシーに載せられてました よ」ってすぐにチクったんだけど、どうなったかな。このころの木屋町は深夜になるとあちこちでケンカしていてすごい危険だった。数年後木屋町どまんなかに交番とかできたんだけど。あと集団強姦とか七年監禁とか名古屋アベック殺人とか「DQNの川流れ」とかいろいろ事件もあって、暴力について考えてた。これは「私も暴力使わないようにしないとな」とか思ったわけではない(と思う)。物理的な暴力ではないにしても、職場の揉め事などから集団というものの恐しさ、他に追従する人々の無責任さについてはまあいろいろ考えてる時期ではあった。

    「ラチラチ」

    あいつはそんときヨレヨレで
    よっぱらいだと思ってた
    うなだれ口あけ目をつぶり
    ヘロヘロなんだと思ってた
    監禁ラチラチ

    あいつの顏は青黒く
    腕は逆に曲ってた
    あいつのシャツは赤黒く
    車乗せられ街から消えた
    監禁ラチラチ

    ラグビー部員と泣いて頼んで
    南港泳いでコンクリつめられ
    手錠かけられ一室七年
    なんで世の中暴力ばかり
    恐いよラチラチ

    んでまあ3曲いちおう完成させてみて(というか「プリプロ」か「デモ」だわね)、曲を作るということがだいたいわかった気がしたので、夏休みに入ったところでやっと3月に作りたかった曲の制作に入る。歌詞はそのときに書きとめたメモ。その出来事をうまく抽象化していると思う。正直気にいっている。曲をどうしたらいいかわかんなかったんだけど、FunkadelicのMaggot Brainのコピーしているときにそのコード進行使ってしまえば延々ペンタトニックでギター弾けるってわかったのでそれを使う。さすがに一本調子だとロックにはならんのでサビはちょっと考えたけど、そこも自然にロックらしくできた。まあいかにも古いロック、って感じにしたかった。

    歌詞できてからまずスタジオでリズムギターをジャズコで爆音で鳴らしてとったんだったかな。アンプ爆音で鳴らすとギターの弾いた時の感じが変わることはこのときにやっとわかる。なぜマーシャルにしなかったのかは謎。それにあとでドラムを入れてベース入れたのかな。まあヨレヨレ。ドラムとか頭のなかで鳴ってるリズムが叩けないし、ちゃんと尺が決まってないのに叩いている。「まあだいたいこういう感じでここらへんに山場のはず」程度。どういうわけかチャイナシンバルついてるドラムキットだったので(ヴィジュアルバンド向けだ。ははは)バッシャーンってやって気持ちよかった。んで歌入れまでスタジオでやってそこでスタジオ時間切れ。次の日に自室でベースとギター入れたんだったか。ベース以外はどれも完全に1発だった気がする。どうせだったらリードギターも生でとるべきだった。でもこういうのはテイクをかさねるともっと悪くなるのがわかってた。ばらばらだけど1回しかできない気合だけは入ってる。

    「チョット待って」

    ちょっと待ってくれよ
    あいつが帰るまで
    ちょっと待ってくれよ
    彼女が戻るまで待ってくれ

    なんでそんなに急いでるのか
    半時ばかりおれと茶でも飲んでいけよ

    そりゃお前は抜けだしたいんだろ
    好きなように飛んでみたいんだろ

    そこが寒けりゃ 毛布貸してやるよ
    ここが暑けりゃうちわ使えよ
    腹が減ったら
    なんか食わしてやるから
    だから ちょっと待ってくれよ
    挨拶くらいしてけよ

    そりゃお前は飛びたいんだろ
    ラブソング歌ってみたいんだろ
    ちょっと待ってくれよ

    この曲をあげたときにはヘタクソスレはパート2になっている。過去ログはここで発見した。 http://uta.s115.xrea.com/1026044131.htm

    この93でコメントしてくれた人はおそらくそれまでも何回か好意的なコメントをしてくれている人でいろいろ感謝している。(そしてあの方と同一人物なのではないかと思う)まあネットに音楽あげれば誰かがコメントくれてそういうのははげみになった。

    まあこの曲作って一段落。なんていうか才能のある人が高校生ぐらいでやることを中年にやってから追体験している、みたいな感じ。若いときにできなかったこと、やっておけばよかったことは多い。音楽ぐらいは取り返して経験してみたかった。そういう活動がどういうことか、ってのの片鱗は味わった気がする。とりあえず一人で曲と歌詞を作りドラム叩きギター弾く。夢のようだ。ここらへんで余はもう満足じゃった。

    どうでもいいけど金のないM1のころに、「〜君は家に機材そろえて音楽作ってるのよ」みたいな話聞いて悔しかったおぼえがある。ははは。私はみんながそういうのやめた中年になってからやりましたよ。

    ネットにはそれ以前にあげてるけど、上の曲のうしろに「返し」としてつけるつもりだった曲。

    「さらぬ」

    くりかえすけどこのコメントの方(上と同一人物だろう)には本当に感謝している。ポイントポイントでなにをやろうとしているかを理解して適切なコメントつけてくれている。「こんな未熟でも、日本のどこかには他人の音楽を聞いて理解して応援してくれる人がいるのだなあ」みたいな。今久しぶりに読みなおしてみて、私も人々を応援できる人にならないとならんねと思ったりする。

    yonosuke昔話 (3) 2曲目で女子にセクハラする

    んでまあ仕事的に4月はバタバタするんでなにもできなかったんだけど、5月の連休期間を使ってもう1曲作ってみた。バックトラックはギターの教則本読みながらリズマシーンを使ってカッティングの練習してたら自然にできてしまった。これは歌詞は自然にできたとは言えなくて、それなりに考えた。

    前の1曲で自分は歌詞を書けるってことがわかったので、それなりにこった歌詞にしたかった。中年が仕事場の密室で徹夜で2ちゃんねる読みながらウォッカ飲みタバコ吸いながらこんなんしてって馬鹿だな、みたいに思ってそれを歌う。「密室ポップライフ」っていうワードが最初に浮かんだけど、対になる「密室ファンクライフ」が中心になった。これコードの進行もリズムもファンクじゃないよね。けっきょく合わなくて「密室ファンク」だけになった(F-wordだし)。エロキモいセクハラ歌詞を作ろう、みたいな。与謝蕪村の本を読んだところなので「行く春や重たき琵琶の抱きごこち」を引用しているのが自慢。私が歌詞書くときは、こうやって文章書いてるときと同じ脳味噌の部分を使っている感じ。3コーラス目はおもいっきりセクハラな感じにしてみた。

    こんな曲「密室ファンク」

    月がぼやける夜はぬるいウォッカグラスについで
    タバコに火をつけドラムマシン走らせよう
    空気の重い夜はギターの重さも感じ
    やさしく腰に抱いてマシンランプともらそう
    密室ポップライフ
    密室ファンクライフ
    重たきギターの抱きごこち愛し
    さりゆく春を思ってみよう
    ジェマーソンきどってベースをならしたら
    マービンきどってささやいてみよう
    (Chorus)
    閉ざされて部屋のかたすみのくらがりで
    シールドのヘビが僕等をさそっている
    君の胸のポップマシーンゆっくり汗ばんで
    腰のファンクマシーン動きだすのを待とう

    「ゆっくり汗ばむ」のところは録音したバージョンでは「じっとり汗ばむ」になってるけど、もうとりなおせない。他にもうまく合ってないところがあるけど解決できなかった。まあ、いいや、みたいな。歌はキモすぎるが、一発でとったベースラインの感じは気にいっている。なにも考えてないのに自然に弾けて自分で驚いたのをおぼえている。ここらへんになると、自分には技術はないにしてもある程度の音楽センスがあるんではないかと思いはじめていたんじゃないかな。っていうか、楽曲を作るということは感性というよりはむしろかなり知的な作業なのだということがわかりはじめる。

    最初は一人密室のままあっぷしたんだけど、これくらいエロくしたら女性ボーカル入れないとかっこつかないと思って事務系の同僚たち(特別な関係ではない)に頼んでコーララス入りバージョンに差し替えよう。一人だけやってくれた。いやがって恥ずかしがってるのがおかしい。自分のアイディアを他人に歌ってもらう、なんてのはもちろん初めての経験。最初に「密室ファンク」てコーラスが思いうかんだときからから頭のなかでは女性ボーカルが鳴ってたんだと思う。

    今聞くとボーカルはやっぱりキモいけど実はリードギターも気にいっていて、なぜ一発でこう弾けたのかはよくわからない。なんかある興奮状態にあったのだと思う。気分だけはパットメセニーだったのはおぼえている。最後の方のコーラスも女子にささやいてもらえばよかったねえ。

    セクハラで訴えられなくてよかった。危ない危ない。まあ職場3年目ぐらいで慣れてきたので、「同僚にもお客様にもセクハラしないようにしないとな」みたいなことを考えていたんじゃないかとも思う。それのはけ口。ははは。しかし女子コーラスを入れさせてエロセクハラする、というのはその後も作った。(「マジンガーZ」)

    やっぱり女性コーラスいれたのウケてうれしい。まあ女子にコーラスさせればウケるのはわかっていた。まあ楽器の技術はなくてもアイディアさえあれば曲は作れる、っていうのを皆に見せたかったところもある。とにかくもっとみんなに歌詞を作ってほしいと思ってた。やっぱりロック・ポップスは歌詞だ。

    ヘタクソスレッドはけっこう自作曲あげる人もでてきて繁盛していてうれしかった(歌まで入れる人は少なかたけど)。ギターの技術が中心のアドリブスレとは違う流れができつつあった。

    yonosukeの歩み(1) 初録音

    2007年ごろにある機会にyonosuke.netについて話したスライドが出てきた。そのまま上げてもいいんだけど、keynoteやPDFだと読みにくいので書き直してみたい。このブログ100投稿目みたいだし。

    昔「不如意音楽掲示板」というのをやってた。いまはもうない。それの話。

    もとはもちろん2ちゃんねる。お世話になりました。1999年か2000年ぐらいに存在を知ったけど、なにがどうなってるのかわからなかった。

    興味のある楽器・作曲板(以下「楽器板」)に出入りしてたんよね。

    2001年当時は、作曲の話はほとんどなくて、楽器の演奏方法とか議論してたみたい。問題は、偉そうにいろいろゴタクや蘊蓄を並べている人間が実際に弾けるのか、ってことだわね。弾けない人が言ってることは信用できないわけだし。画像は200kbぐらいでOKだけど音源は簡単に1MBは超えるのでシェアしにくかったんよね。それに対応している掲示板(アップローダ)も少なった。2001年ぐらいになってネットが速くなって掲示板の容量も増えて、自分が演奏したものを「うp」できるようになった。勇者たちが挑戦をはじめた。

    楽器板で有名だったのは「アドリブをうpしてコメントを貰うスレ」だったと思う。ここは勇者が多かった。「1」に書いてあるスレでいくつかあっぷされてて、それを集約する意味があったんだと思う。

    これを見て、すごいうらやましかったんよね。あとみんななんかうますぎ。もっと下手なものが聞きたい。っていうかそもそも楽器板にいる高校〜大学生がそんなうまいわけないじゃん。
    私は2000年にやっと就職して、2002年になってからやっと機材を買えるようになった。3月23日にやっと念願のデジタルMTRを買った。んで、使い方を研究して3/27にデビュー。
    たしかMTRは12月にカセットのやつをヤフオクで買ったけど使いにくくてほうておいたんだと思う。
    yonosukeという名前はそれ以前からずっとネットで使ってたけど、2ちゃんねるで使うのははじめてだったと思う。
    そんときの音源はこれ

    もちろん、原曲はPrince様のPeach。youtubeにはないですな。まあ技術的にはなにもあれだけど、勢いは感じるねえ。喜んでいる。

    反応はこんな感じ。

    まあ勇気に乾杯されている。
    そしてこの日に「ヘタクソ・初心者がうpして評価を頂くスレ」が誕生する。(続く)

    ジャズ飲み屋と私

    まあ大学院以降飲むとなると一人のことが多いわけですが、そういうときはやっぱり音楽とか欲しいもので、飲む場所はなんかそういう音楽かかってるところとかが多い。

    そういう場所でちょっと軽く音楽の話とかできるとうれしいもんですよね。音楽好きは音楽の話をしたいもんです。身の上話とかしんどいからしたくないし。お天気の話してもしょうがないし。

    音楽なんか家で聞いてても同じだろう、という話もあるわけですが、まあ自分の知らないよい音楽を知るのは人生最大のよろこびの一つだし。

    ジャズはそういう店がけっこうあるのでまあ楽しい。R&Bのところはなんか音楽について話したりする感じじゃないですよね。あったら行くんだけどな。ファンクに詳しいマスターがいるような。(あ、祇園の某店は知ってる。)

    クラシック飲み屋とかもどうっすかね。1曲長いから帰りにくかったり深刻だったりしてあれか。

    安物ギターとODの私

    30手前になった1994年、オーバードクター人生はどんぞこでもうどうしようもなくてギターを買う。ははは。ストラトとアンプのセットで4万円。払えず2回ばらい。ジャズギター練習するつもりだっんだよな。教則本もいちおう買ってみるけどなかなかむずかしい。コードおさえらんないし、どう練習したらいいのかもわからんし。

    まあでも荒んだ心のなぐさめになりました。

    ピアノと院生の私

    4回生ぐらいから大学の夜中に侵入すると某部室のピアノを弾けることを教えてもらってまあ時々あれしたり。ひたすらインヴェンション。あとシャコンヌをブラームスが左手に編曲したやつとか。亜麻色の髪の乙女とか。

    まあその部室では数人の奇妙な人々に出会ったり。すれちがいではあるけどまああれだ。

    M2のときに研究室の同級生が大学やめて帰ることになり、エレピをもらう。うれしいなあ。やはりインヴェンションを弾く。ははは。

    イギリス組曲2番とかにもチャレンジ。3声の曲を弾くのははじめてですよ。

    とかまあ。

    黒人音楽と私

    学部生のころにプリンス様はライブ聞きに行ってるんだわ。アラウンドザワールドツアーんときかな。でも座席が大阪城ホールの一番上で、そのときはあんまり楽しめなかった。

    だいたいジャズのレコードとか買ってたわけだ。ジャズ喫茶の先輩の車に乗せてもらってるときにプリンス様のLovesexyのAlphabet Streetをかけてて、ギターのカッティングにシビれた。あれはすごい。「これなんですか?」「プリンスの新譜」みたいな。あ、この時点ですでにCDになってるね。とにかくこれでプリンス様にはまる。スライを知ったのもこのころかな。Family Affairがラジオで流れててシビれた。

    Lovesexyツアーも見に行ったけど、これはすごかったわ。もう私の人生最高のライブかも。

    しかし本当にファンクにはまりはじめるのはもっと遅くて、D2ぐらいのときじゃないかと思う。お金ないからTSUTAYAから適当に借りてきてコピーしていたカセットのなかにMothershipコネクションがはいってて、あれのP-Funk (wants you to get up)にシビれた。こんなんあるんか!知らなかった!みたいな。んでP-Funkにはまる。これ90年ぐらいだわね。

    そのあとはR.Kellyにはまったりまあいろいろ。つらいOD生活の学習塾への通勤電車のなかでBootsy CollinsのF-encounterよく聞いてたのは覚えてる。I need a job!って頭のなかで叫んでたなあ。

    Lovesexy
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    ジャズ喫茶と私

    ジャズとか興味はあるものの、よくわからん。とふと通りがかった「しあんくれ〜る」という老舗ジャズ喫茶が「バイト募集」の紙を出してるから面接。2回生の冬ぐらいかな?無事やとってもらって働くことになる。

    まあ1人でコーヒー入れてレコードかけるだけの仕事。時給500円だけどこれはよかった。スイングジャーナルとか読み放題、聞きたいレコードも好きにかけられるし。3000枚ぐらいあったんちゃうかな。詳しくなりました。

    木屋町の某ジャズ飲み屋にも出入りするようになります。なんかスナックというか女の子がいるところで馬鹿みたいに高くてあれなんだけど、他に行くところがなかった、というかよく飲んでる奴がそこ好きで。お金足りなくて学生証置いて帰ったりすることもよくあったな。ははは。

    ジャズ喫茶はM1ぐらいまでやったのかな?ママがちょっと変わった人だったけどまあいろいろ勉強になった。

    その後、金銭的にも困ったりいろいろ人生の荒波にもまれて音楽のこととかあんまり考えられなくなる。

    でもまあCDは買い続けてたか。レコードからCDになったのはやっぱり修士のころかなあ。機械が高くて買えなかったんだけど、上の酒飲んでる友人が私のほぼ廃車再生させた車で大破してケガしてその保険金でお詫びとして買ってもらった。ははは。

    軽音に入りそこねリスナーとして生きる私

    んでまあ大学進学。ギターはあんまり興味もてなかったのでどっかのタイミングで後輩に売ってしまった。

    大学入ってサークルどうするかなあ、とか考えているうちに金欠でバイト人生になる。軽音に入っていっしょにバンドしないか、楽器はなんでもいいぞ、みたいな友人もいたんだけどお金なくて楽器買えなくてねえ。毎日バイトづけだったし。

    リスナーとしてはまあデビッドボウイとかRoxy MusicとかあそこらへんのUKもの聞いてたのかなあ。まあふつう。バイトはゲームセンターとかで優先で流れているプリンス様のLittle Red CorvettとかPurple Rainとかかっこいいなあ、と。

    ゲームセンターのバイト先には金髪ヘビメタ野郎どもがたくさんいて、ちょっとつきあいがあった。金髪だからふつうのバイトできなくてゲーセンにいるわけだ。「ヘビメタでビッグになる」みたいな。ライブ聞きに来てくれってんで2、3回行ったことあるな。なんかどの曲も同じ作りで頭悪そうでどうにも。歌詞も聞こえないし聞こえるところもあれだし。

    なんか年末クリスマス付近に衣笠大学のバイト仲間と自宅部屋でデビッドボウイ聞きながらぐだぐだやってたの覚えてるな。世の中なんか景気よくておしゃれだったのにぜんぜんあれでなあ。金って大事よね。みんなおしゃれして歩いているのにこっちは汚ない制服着てゲーム機雑巾で拭いてるだけなんだし。あーあ。

    ドラムセットと私

    ギターはうまくならないしなんかピロピロを練習する気にはなれなかったんだけど、ドラムセットには興味があった。そもそも中学校でもドラムセット(当時はやってた透明のやつ)があって、打楽器担当の子が叩いてたんだけど私も叩きたい!でもなんか禁欲的な部活なので自分の楽器以外に手を出してはいかん、みたいな雰囲気があってねえ。エイトビートとかシャッフルぐらいはこっそり習ってた。

    高校では1年上の打楽器の先輩がなかなかドラムうまい人で、吹奏楽でポップスやるときかっこよかった。私もやりたい。

    ってんで2年生ぐらいのときは夏休みとか部室に忍びこんでドラムセットして練習。ちゃんとメトロノームも使ったんですが、やっぱりうまくはならんわねえ。リズム音痴は直りません。遊んでいるをその先輩にバレたりもしたけど見逃してくれた、っていうか「ほんとはよくないんだけど」と言いつつちょっと教えてくれたりもした記憶がある。お世話になりました。

    まあでもこれは使いものにならんな、というのは練習していてわかった。

    高3のときにクラスの同級生がバンドやりたいがドラムがいない、みたいな話になって、あれがドラム叩けるらしい、みたいな話でスカウトされてしまう。下手だからあれなんだけどねえ。

    「あの娘は浮気なパレットキャット!」とか「愛の世代の前の暴風雨の中」とかなんかそんなんやった記憶がある。ハシっちゃったりしてあれだった。

    まあでもギターのやつとボーカルのやつはうまかったな。中学とか住んでる場所が違う異文化の人々なのでそれほどつきあいはなかったんだけど。

    あと別のバンドにベースすごいうまいやつがいた。自分で考えたように見えるスラップベースソロとかしていてすごいなー。ベースやりたいなー。

    どういうわけかその学園祭が終ったあとに、物置みたいなところにベースとベースアンプが放置されているので潜入して弾いたり。(私は休みの日の学校にいるのが好きなのである。)ちゃんとしたフェンダーのジャズベ。これはよかった。しばらく練習して、ベースこそが私の楽器みたいな気がするな、とか思ったけど買えない。受験まじかだし。
    まあでもどんな楽器でも音を出してスケール弾いて超初心者はすぐに脱出できるんすよ。フルートやクラリネットやサックスも吹ける。金管もOKだし。オーボエとバスーンはわからんけど。なにごとも初心者から中級にあがることができない。

    FMラジオと私

    「こんばんわ、渋谷陽一です」先生と坂本龍一先生にはお世話になりました。聞きそこねたときはカセットテープ友人から借りました。

    Roxy MusicとかTracy ThornとかStonesのWild Horses教えてくれたのは渋谷先生でした。ありがとうございます。ストーンズは好きな友人が多かったのでみんなで1枚ずつかってテープつくって交換しました。

    R.C.サクセション教えてくれたのは雑誌『宝島』だと思うけど坂本先生にもお世話になりました。DVDとかオーディオショップで数人で見てもりあがりました。教室の片隅でトランジスタラジオ歌ってました。

    Let it Be映画は中学の友人の家で見ました。
    ブルーススプリングスティーンのライブくりかえし聞きながら徹マンしたりも。

    まあ生涯を通して友達は多くはなかったけどよい時代でした。

    ロックギターと私

    さすがに高校生になるとハードロックぐらい聞かないとね、というわけで高1の夏ぐらいにツェッペリンの2枚目を買う。これはシビれた。

     

     

    再生装置がそこそこのものなので、あのレコードの最初の「あっ」「シレーシレーミみみみミみみみミみみみ」がもうたまらん。ブリッジの部分の歪みとソロもたまらん。これはいい!

    近所に毎日大音量でロック聞いている不良の(そんな不良じゃない)お兄さんがいたのだが、その人がかけている(今思えばジミヘンやクリーム)のと近いブルースロックのLemon Songにもしびれた。ギターよりジョンポールジョーンズ先生のベースラインがよくてねえ。

    高校でヘビメタ好きな同級生コンビとかと話をするようになっていろいろ教えてもらったりもする。ピストルズのNever Mindはなぜかそのヘビメタから貸してもらった。

    ストーンズも聞く。Start me upが出たときで新譜で買った。これも最初のリフにしびれた。『花椿』とかって雑誌で誰か批評書いてた(黒田先生かな)のを参考にして書いたのかな。「ストーンズの音楽はバルトークの弦楽四重奏のようで」みたいでバルトークとかも聞いたり。インテリだから。

     

    しかしこのギターの音のよさはすばらしいっすよ。テレキャスかなあ。

     

    ギター欲しくなって正月のお年玉で中古のサンバーストのレスポール買う。7000円だったかなあ。3弦がへんなビビりかたする悪い楽器だったけどまあうれしかった。アンプも数千円の。んでパワーコードぐらいは弾けるようになる。売り譜買ってきて天国への階段ぐらいは練習するのである。

    でもギターはなんか違う感じはしてた。どうもうまくならないし、パワーコードみたいなのは好きだけどピロピロやるのは違うと思ってた。まあ歪ませないでビートルズのコードとか弾いてた。

     

     

    Led Zeppelin II

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    ビートルズと私

    妹も音楽好きなようで、ビートズの1万円ぐらいの6枚組の名曲集みたいなのを買っていたので中3の夏ぐらいから聞いてたのかな?なんで1980年ごろにビートルズ聞いてなきゃならないかわからかいけど、まあRubber SoulやRevolverのころの曲は好きな曲多い。今でも好き。英語得意ではなかったけど歌詞カード読んで歌えるように勉強したりしてたらだいたい覚えたその年の12月に暗殺されて。でもそれほどのショックというわけではなかった気がするな。

    でもまあビートルズの曲は同世代との共通の財産って感じするよね。音楽好きなら誰でも知ってるし。今の学生様とか知らないから。高校でも大学入ってからでもビートルズの曲についてはいろいろ語りあったなあ。

    あと高校入ってからとりあえずギターのコード押さえられるようになったら歌本でみんなで歌いまくったりしてね。血となり肉となっている、はず。当時はレノン派。

    THE BEATLES 1962 - 1966
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    The Beatles 1967-1970
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    ジャズと私

    さて、そうしているなか、Band Peopleという吹奏楽雑誌を読んでいたら、サックスの本田俊之先生が連載していて、アドリブというものについて語っていたわけね。

    「元の歌と同じコード進行で自由に吹くのです。」へえ!

    んじゃジミー・ネッパー聞いてみると、たしかにそうなっているじゃないか。こういうものなのか! けっこうおもしろい。なにをやっているか理解できれば、リズムとかたのしいし。まあこんなふうにいつでも頭から入るのは私の悪い癖なわけだけど。

    もう1枚買ってみよう、と思っていたところでオーディオ雑誌で録音がよいのでおすすめとされていたのが福村博先生のHunt Up Wind。これはすごいよ。

    このレコードはもうほんとに何百回も聞いた。ナベサダ先生、ベースはチャック・レイニー、ドラムはHerbie Mason。鬼のような名盤。いまだによく聞く。

    でもまあお金もないのでジャズのレコードとか買うわけにもいかない。マーラーとかバルトークとかストラヴィンスキーやドビュッシーも買わなきゃならないし。

    中学時代に買ったのは、これとThelonius Himselfとコルトレーンのバラードだけなんじゃないかしら。

    アルバムは苦労して入手したんだけど、おや、MP3が入手可能になってる。

    Hunt Up Wind
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