の続き。
charis先生に教えてもらったエッカーマンの『ゲーテとの対話』だが、どうにもへんな感じ。ゲーテ先生がカントの文章を褒めているところは見当らないような。かろうじてかすっているようなのが、
私はゲーテに、近代の哲学者のうち、誰がもっともすぐれていると思うか、と尋ねてみた。
「カントが」と彼はいった、「最もすぐれている、間違いなくね。(中略)もし君がいつの日か、彼のものを読みたくなるようだったら、私は君に彼の『判断力批判』をおすすめしたい。そこでの彼のテーマの扱いぶりは、修辞学がすばらしく、文学もかなりよい。ただ造形美術が不十分だが」(ゲーテとの対話 上 (岩波文庫 赤 409-1) p. 316)
“Kant”, sagte er, “ist der vorzüglichste, ohne allen Zweifel. Er ist auch derjenige, dessen Lehre sich fortwirkend erwiesen hat, und die in unsere deutsche Kultur am tiefsten eingedrungen ist. Er hat auch auf Sie gewirkt, ohne daß Sie ihn gelesen haben. Jetzt brauchen Sie ihn nicht mehr, denn was er Ihnen geben konnte, besitzen Sie schon. Wenn Sie einmal später etwas von ihm lesen wollen, so empfehle ich Ihnen seine Kritik der Urteilskraft, worin er die Rhetorik vortrefflich, die Poesie leidlich, die bildende Kunst aber unzulänglich behandelt hat.”
これかな。でもこれは文章を褒めてるんじゃなくて論考の対象としてレトリックをうまく扱っているという指摘で、カントのレトリックが達者だという意味ではないような・・・ほんとにゲーテはカントの文章を褒めたんだろうか。情報求む。野田又夫先生に降霊してもらわないとならんのだろうか。いかん変な癖がついてきた。文献考証癖なんてなかったのに。これはまちがいなく人間をダメにするね。
まあしかし、こういうゲーテの言葉なんかが「カントは一番偉い哲学者」っていう通念を促進したんだろうなあ。そりゃゲーテが一番だって褒めてたらやっぱり信用しちゃうよな。旧制高校生とか「ギヨエテはカントが一番の哲学者だと褒めているらしい」「よしそれでは我輩はカントを」「では拙は対抗してシヨウペンハルエルを」とかだったんだろうなあ。なんかいいなあ。そしてストーム。ゲーテが「ヒュームが一番」と言ってたら世の中ぜんぜん違っていただろう。まあルソーが一番と言われるよりはずっとよかったか。
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