勝部元気先生という先生がいて、いろいろネット上で物議を引き起こしているようです [1]このあと余計で失礼なこと書いてました。すみませんすみません。 。今回はレイプと性欲の関係ということで、このシリーズのいきがかり上コメントしないとしょうがないですね。
この記事。「高畑容疑者が抑制できなかったのは「性欲」ではなく「性暴力欲」です」
勝部先生は性欲と性暴力欲というまったく別の欲求があって、性犯罪につながるのは性暴力欲であり、そうでない潜在的な加害者もいる、という立場のようです。なんか独自理論ですごいです。これ、「レイプは性欲ではなく支配欲が原因」っていうやつを極端にしたやつですね。「支配欲」のかわりに「性暴力欲」っていうのを想定する。
「性暴力欲とは、征服欲(≒支配欲)・嗜虐欲・逸脱行動欲等の合成物であり、性欲とは完全に別のものです。ただ、時として性欲的な要素が混じる場合もあります」ということです。
図に「「性欲が混じる場合がある」と表記したのは、たとえば痴漢の半数以上が犯行時に勃起していないと回答する加害者調査もあるように、性欲的な要素が無い場合もあるため。このようなケースは、「性」というものそれ自体が「目的」ではなく、あくまで他の欲求を満たすための手段として用いられるために起こる」そうです。なんかすごい。この先生は、性欲があれば勃起するものであり、勃起する場合のみ性欲がある、っていうことなんでしょうか。この先生にとって、性欲は勃起なのですかね。
実はたしかに「性欲」っていうものがなんであるのかっていうのはとても難しい問題で、セックスの哲学の根本問題の一つです。これ、このセックスの哲学ブログの最初の方ですでに書いてますが、よくわからんですよね。おおざっぱに、セックスしたいとか、他人の身体に触れたいとか、エッチなものを見て性的に興奮したいとか、そういう欲求としときますか。だいたいわかるっしょ。ていうか、私はそういうふうにまさに「「あの」感じ」ってしか指し示せないんちゃうかと思ってる。性欲 sexual desireと性的興奮 sexual arousalの区別も難しい。性的に興奮すると、多くの人の身体には生理学的な変化が起こる。脈拍が早くなったり(「ドキン!」)、性器がある状態になったり、のぼせたり、いろいろあるっしょ。
実は性欲(性的欲望)と性的興奮の関係もなかなか難しくて、私まだよくわかってないです。でもとりあえずこの二つは別ってことにしましょ。性的興奮がそれほど高くないけど自分の性欲を意識している状態、とかありそうではありますね。「エッチな写真が見たいなあ」みたいなときはそういう感じですか。性的快楽っていうのもあって、これと性的欲望や性的興奮の関係もこれまた難しいけど今回はパス。ただし、性欲が性的快楽、特に局所的な(つまり性器付近の)快楽を目指しているものかどうかもよくわからない。おそらくそうではない。
あやしくなってきましたね。まあ性欲は難しいっす。今回は許してください。
勝部先生が性暴力欲って呼んでるのは、征服欲とか嗜虐欲とか逸脱行動欲とからしい。征服欲っていうのは、誰かを従属させたい欲望ですかね。好みはあっても、誰かを従属させたり支配したりするのが楽しいことがあるだろうことは否定できないですね。力への意志すか。問題はこれがなぜ(主に若い)女性に向くのか、ですわね。征服感を味わいたいなら、政治家とかヤクザの親分みたいなひとをあれした方がずっと征服感があるかもしれない。赤ちゃんとかおじいさんおばあさんの方が服従させやすいかもしれない。
嗜虐欲はだれかをいじめたい欲求だろう。これはふつうの人によくわからんかもしれませんね。でもいじめるのが好きな人はいそう。でもこれもなぜ女性に向くのかがわかりにくい。やっぱり赤ちゃんやおじいさんや政治家やヤクザの人をいじめても同じく楽しいのではないか。
逸脱行動欲っていうのは、悪いことをしたい、っていう感じですかね。これはわかる。男女問わず、「どきどきしたい」っていうか興奮や刺激を求める人はいるんですよね。それほど興奮や刺激を求めないひとも、いつもおとなしく生きてられるひとはそんなにいない。我々は時々、わざわざ危険なことしてみたり、場合によっては悪いこととかして、ドキドキを味わったりする。盗んだバイクで走り出したとかっていうのはまさにそういう感じですわねえ。このネタに関しては、下のがおもしろかったです。でもなぜ痴漢とか強姦とかになるのか。
んで勝部先生の論の問題点ですが、って書きはじめて、問題点とかそういうものですらないことに気づきました。それは(1)なんの根拠もなく、(2) 多くの事実に反し、(3) 何の役も立たない。
(1)のなんの根拠もないっていうのは見れば明らかだと思います。なんの出典もなくなんの権威もない。思いつき。せいぜい前にあげたマッケラー先生やブラウンミラー先生のタイプのフェミニスト的な見解をあげることはできるかもしれませんが、その根拠をこの先生が確かめたかどうかよくわからない。唯一言及されている「痴漢はペニスだけの問題ではない 誤解している加害者の実態」という記事だって、性欲ではなくて性暴力欲という独立の欲望があるとかって話はしてないですね [2] … Continue reading 。
(2) の事実に反するというのは、たとえば、(多数いて、そっちの方が問題だと言われている)デートレイプとかの加害者は、円満にセックスできるならそうしたいので、デートしたりプレゼントしたり食事させたりしてご機嫌とったりするわけですよね。ソーンヒル先生たちは、たとえば「買春する男は、お金を払うことを欲求しているのではない」みたいなことを言うわけです。おそらくそりゃそうですわね。セックスしたいからお金を払うわけで、お金払わなくていいならそうするだろう。レイプ犯の多くもそういうもんで、暴力使わずにすむならそっち選ぶでしょ。実際に、大半のレイプ犯は被害者が抵抗しなくなる程度までしか暴力や脅迫を使わないということです(ソーンヒル&パーマー、pp. 255-256)。これは多くの場合、暴力や強制が単なる手段でしかないことのあらわれだと解釈されるわけです。
もちろん、一部のサディスティックなレイプ犯や痴漢が、さまざまな要因から、その当の行為そのものを目標にしているってことはありそうではある。性犯罪の常習犯なんか、上の斉藤先生たちが指摘しているように、性欲以外にも興奮その他を求めてそうなっている可能性がある。でもそれって、性犯罪は性欲ではなく性暴力欲によって起こる、っていうほどのボリュームを占めてるってことがどれほどあるのかわからないですね。私の思弁(勝手な妄想)では、電車痴漢だけでなく、露出痴漢のようなひとびとも、もしそれが可能であれば実際にその被害者と性器セックスしようとするんじゃないかと思います。それが不可能だから、電車痴漢とか露出とかにしている場合が大半ではないんかな。「いや、私は痴漢専門でして、そっちの方は興味がないんですわ」みたいな痴漢がどれくらいいるのか、調査があれば見てみたい。いや、そういうのもいるとは思うですが、少数派でしょうね。でもこれは私の思弁。
余計ですが、勝部先生は、某AV監督が「男の優しさ、は性欲があればこそ」とかっての言ってるのを叩いてますが、この「優しさ」が優しさのすべてではなく、プレゼントするとかお世辞を言うとかロマンチックな場所やギンギン派手な光と音楽で気分がおかしくなるような場所に連れていく、のような特定の人に対する特定の優しさであるなら、人々が、性欲、つまりセックスしたいという欲求からそういうことをしている場合は十分あるように思いますね。もちろん、そうじゃない場合もたくさんあるだろうけど。監督は別に「人間のすべての優しさは」とかってことを言ってるわけじゃないと思う。
(3) 役に立たないというのは、けっきょく「性暴力欲」みたいなのを、他の性欲とかから分離することはほとんど無理だからですわ。せいぜい、性暴力を奮った人間は性暴力欲に動かされている、ってことが言えるだけ。どういう人が性暴力欲をもっているかは、性暴力させてみないとわからない。好意的に解釈すれば、勝部先生の言いたいことは、性欲にも相手との共感や愛情その他をもとめる性欲と、そうしたものをもとめない性欲がありますよ、ってことを言いたいと思うんですが、特定の「性欲が混じらない性暴力欲」みたいなのをどうやって性欲から分離するのか、わたしにはちょっと想像がつかないです。マッキノン先生たちのように「この男性優位社会では、女に対する暴力も、レイプも、どちらもセクシーなのだ」みたいな言い方の方がまだまし。「だから、勝部先生のような人がやっていることは、単に言葉の遊びをしているだけだと思います。単に、「相手との共感〜を求めないものは、私の言う意味では「性欲」ではない」っていう自分勝手な言葉の定義をしているにすぎないわけです。もちろんそういうことをするのは勝手だけど、それは何も役に立たない。
実際、男性が、自分の「性欲」は無害なもの、すばらしいもので、性暴力につながる性暴力欲は悪いもの、と考えたとき、そしてそこに「俺はもてる」「あの子は同意している」「ぜったい誘われてるわー」という認知の歪みその他が入りこんだとき、いったいどういうことになるか考えたらいい。それが実際に起こってることじゃないんすかね。
「レイプはセックスではなく暴力」「性欲ではなく支配欲」「女の体は女のもの」「個人的なことは政治的なこと」「夜を取りもどせ」「ノーはノーを意味する」「セックスはジェンダー」みたいなフェミニスト的なスローガンっていうのは、それが考案され普及した時代にはそれなりに重要な意味があったわけです。これは否定できない。というかむしろ肯定的に評価できる面はものすごくある。それらは、一見すると、矛盾していたり、あるいは逆にごく当たり前の同語反復に見えるたりする。そうした意外なスローガンは印象が強く、人々をそれについて考えさせ、社会の問題に目を向けさせる力がある。そしての当時、その社会ではちゃんとした役目を果たしたと思います。
よくないのは、そうしたスローガンの背景になっている事情や、そのスローガンが訴えている問題意識を忘れて、なんからの絶対的な「真理」だと思いこんだり、それを「定説」としてそれ以上勉強しなくなったり、それ以降の多くの人々の研究や努力を無視してしまったり、事実や我々の実感にそぐわないのを無視し自分でもなかば意識しながら無理な解釈をしようとするとき、あるいはそれに批判的な人々を敵とみなしたりすることですわ。人々が政治的スローガンを科学的な真理であると思ったり、なにごとにも適当な人がなんの根拠もない勝手な理屈づけをしてそれを社会に広めようとするとき、それを無批判に人々が広げていくとき、それは人々に害悪をもたらすものになりかねないんではないかと思います。
- 牧野雅子先生の『刑事司法とジェンダー』
- 女性には男性の性欲がわかりにくいのだろう
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- ブックガイド:性暴力に関するフェミニスト文献古典
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