「レイプ神話」での性的動機 (5) 21世紀ではどうなってるの?

「レイプの動機は性欲ではなく支配欲」っていうのはちょっとやばくて、これ自体は新しい神話とでも呼んだ方がいいかもしれない。いろいろ悪影響があるので注意してください。

でもそこらへん以外の点では、マッケラー先生以来フェミニストの皆さんが指摘している「レイプ神話」の多くが実際に神話であるってのはいまだに大事なことで、神話は撲滅したいものです。ここらへん、フェミニストの支配理論以降、進化心理学なんかの影響も受けつつ、行動科学として発展しつづけている犯罪学とかの知見をちゃんと勉強しておきたいですね。

わたしのおすすめはこれです。

これはものすごく立派な本だと思いますね。

この本では「レイプは支配欲が原因」みたいなあきらかにだめそうな理論は注意深くしりぞけられてますが、やっぱり「レイプ神話はなくそう」みたいなことが提唱されてます(前書き、pp.44-46)。

  • 「男性は女性に比べてはるかに強くまた抑えがたい性的欲求をもっているから、レイプはやむを得ないこともある」
  • 「レイプは一時の激情によるものだから、厳しくとがめられるべきではない」
  • 「女性の性的魅力に圧倒されてレイプに走ったのだから、女性の性的挑発も原因の一部である」
  • 「女性は男性から暴力的に扱われることで性的満足を得るものである」
  • 「女性は無意識のうちに、強姦されることを願望している」
  • 「行動や服装に乱れたところがあり、自らレイプされる危険を作り出している女性は被害にあっても仕方がない」
  • 「レイプ事件のなかには、女性が都合の悪いことを隠したり、男性に恨みを晴らすために捏造したものが多い」

まあこいうのは、どれも神話として退けられてます。「神話」の提示はほとんどマッケラー先生たちのとかわりませんが、田口先生たちは気をつけて「仕方がない」とかそういう規範的判断までこみで「神話」にしてますね。まあこういう形ならわかりますよね。みなさん気をつけてくださいね。

んで、ここ10〜20年ぐらいはこの手の研究をしている先生たちは、レイプの原因というよりさまざまな要因を探っていて、まあいろんなことがわかってきているようです。要因はいろいろあるんで、生物学的要因の影響や解釈の方法を検討したあとで、さらに70年ごろのアミル先生と同じように、個人的要因と状況要因・環境要因を見てます。

もはや専門家は、「原因は性欲か支配欲か」みたいな乱暴であんまり役に立たない問いはしないっぽいですね。いろんな個人的・状況的要因を検討していって、それぞれがどれくらい加害に影響しているかとか、それぞれの要因の間にはどのような関係がどれくらいありそうか、とかそういう議論をするわけです。もちろん50年前とは質・量ともにぜんぜんレベルが違いますね。脳神経科学だの、実験室調査だの駆使して、いろいろモデルとか作ってる。えらい。

だいたいここらへんの本や論文で共通に指摘されていることだけを私なりに簡単に紹介しておくと次のようになります。

  • レイプ犯は一般に反社会的傾向・暴力的・支配的傾向がある。レイプだけに特化した加害者は少ない。
  • レイプ犯の性生活は異常に活発で性的に早熟な場合が多い。多くの合意の上のセックスパートナーをもつ。買春、マスターベーション、ポルノ使用、露出などの逸脱行動も活発。
  • 性的強迫、性衝動を抑えられないかまたは抑えるつもりがない。性的快感を感じやすい。乱交傾向がある。自分の性生活に満足していない。対人関係にトラブルを抱えていることが多い。
  • レイピストは一般に若くて魅力的な被害者を探す。
  • ストレンジャーをレイプするには計画が必要だが、デートレイプなどについてはあまりあてはまらない。(つまり、デートのつもりで最終的にレイプしてしまうケースがある)
  • 投獄されたレイピストのうちサディストと診断されるのは5%程度。起訴・投獄されない全体ではもっと低い。重症を負う被害者は5%程度。たいていの暴力は目的ではなく手段。
  • 性犯罪者は被害者が性的快感を感じればレイプはもっと楽しいだろうと言う。また実験室下でも、レイプ被害は害がない、被害者も楽しんでいるという信念と自分のレイプしやすさの評定に相関。
  • 勃起計を使った実験でもレイピストは通常人と同様に女性の苦痛に対しては興奮しない。写真を使った実験でも大半は笑顔の女性を好む(自分のレイプ傾向性が高いと報告したうちごく一部だけがネガティブな表情をした女性を好む)。
  • レイピストの大半が暴力を使うのはセックスするための手段であり、被害者の苦痛などに配慮しないためであるが、被害者の苦痛や侮辱そのものを目的としたものではない。
  • 男らしさの証明、優越、力、支配。マッチョな態度とレイプ傾向には相関あり。

まあこんな感じで、細かいことがたくさんわかってきているようです。おもしろいけど私にはコンパクトに取捨選択する力がないですわ。もっとしっかりしたエントリ書きたかったんですが、あきらめ。基本的にはソーンヒル&パーマー先生があげてるラインの方が支持されてるっぽい。ただし田口先生たちはフェミニスト的問題意識にもかなり気をつかってます。

あと最近の傾向として、レイプ犯にもいくつかのタイプがあるようだっていう考え方をしてるみたいですね。The Causes of Rapeっていう本では、(1) 若い暴力的男性、(2)社会的その他不利な状況にある男性、(3)サイコパス、みたいに分けて、それぞれ違う経路をたどってレイプ犯になってる、みたいな説明がされてました。なんか一元的に「男は女を支配するためにレイプするのだ」みたいなのはまあ言いにくい時代っすわ。人間世界のことはそんな簡単にはわからん。ソーンヒル&パーマー先生たちのやつだって、この高いレベルでならいろいろ批判されている。

でもまあ上にあげた田口先生たちの本なんか読むと、ほんとに時代はずいぶん進んだなあって感じがします。ぜひ読んでください。あと英語でよければ良質な論文がけっこうころがっています。Bryden & Grier (2011) “The search for rapists’ real motives” ってのは、レイプの動機の解釈が歴史的にどう変遷しているかわかりやすくて、すごくよかったです。

下の本はちょっと微妙に古い感じがするけど、犯罪心理学とかっていうのがどういう感じで発展してきているのかわかる。性犯罪以外もいろいろ検討していておもしろいです。科学だ。

犯罪心理学の超入門なら下の。

あと、ここらへんの研究や論説は、イデロギーがからんでいてひじょうにややこしい。フェミニスト理論vs進化心理学、あるいは性暴力に関するイデオロギーの問題については  http://davitrice.hatenadiary.jp/entry/2016/05/22/100201 をちょっと読んでみてください。性暴力の解釈をめぐっては、まだまだ論争が続いているところです。とにかくそんな簡単じゃないです。基本的に、人間についてあんまり単純でわかりやすい話はうたがってかかりたい。


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